キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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新展開早々のキリシノ回。


15:After_The_Rain

 俺達はシノンを連れ戻し、本当の事を聞いた後に、すぐさま22層へと転移して、着替えて眠った。あんな雨の中探し回っていた事と、そもそもボス戦の後だった事、色んな事を吐き出してスッキリした事など、様々な物事が重なって、ぐっすり眠る事が出来た。

 

 そして、ようやく眠りから覚めたその時の時間は朝の8時半。いつもより30分遅い起床だった。そういえば、アラームをセットして寝るのを忘れてしまっていた。というか、ぐっすり眠っていたいと思ったから、アラームをセットしないで寝たような気がする。

 

 ぐっと背伸びをして、軽く身体を動かしたその時、左手に何かが当たったような感覚が走った。俺一人だけが使っているベッドなのに、何かあるのかと思って目を向けてみたところ、俺は驚いてしまった。いつもは一人で使っているベッドに、シノンとリランが寝転んでいた。それも、かなり深く寝入っているようで、俺の手が当たったくらいじゃ起きる気配も見せなかった。

 

 

「シノン……」

 

 

 そういや、昨日は疲れに身を任せて、シノンと一緒に眠ったような気がする。別にそんな事はどうでもよかったのだが、シノンはいつも俺よりも早く起きているのに、俺の方が先に起きているという状況が、どこか不思議に思えた。

 

 シノンは歳の割に大人っぽくて、どんな状況でも基本慌てる事なく対応する事が出来る。このデスゲームに放り込まれた事を知った時も大して混乱する事なかったし、まるで歴戦の勇者のよう落ち着き払っていた。あの時シノンに混乱されていたら、どうしようもなかったなと今でも思う。――そんなシノンの寝顔は年相応か、それともそれ以下に見えて、意外だと思えた。

 

 俺はそっと手を伸ばして、シノンの髪の毛に触れた。まるで絹か何かのように柔らかく感じられる。

 

 これまで、シノンはただの仲間でしかなかったけれど、今となっては誰よりも大切な存在、誰よりも、優先的に守りたいと思える人だ。そして……俺が初めて、愛おしいと思える人。今こうして寝顔を見ているだけで、胸の中に愛おしさが込み上げて来て、心の中が暖かくなる。きっとシノンは、俺にとって温もりそのものなんだと、つくづく思う。

 

 

 だけど、そんなシノンには痛々しい過去が有り、今も尚それに苦しめられて居て、心にどこか危うい部分が出来てしまってる。今までは一人でどうにか支えて来たけれど、とうとう一人だけじゃどうにもならなくなってしまった。だから、俺が一緒に居ると同時に、シノンの事を支えてやらなければならない。だけどそんな事はとっくの前に心に誓っていた事だから、何を今更と言いたいところだ。

 

 

「ずっと一緒に居てやるからな……シノン」

 

 

 そう呟いて、手を離したその時に、シノンが小さな声を口の隙間から漏らして、その瞼を静かに開いた。

 

 

「おはようシノン。ぐっすり眠れたか」

 

 

 シノンは俺と目を合わせた後に起き上がり、手で口を押えながら軽く欠伸をした。そして、少し眠そうな顔をして、俺に言う。

 

 

「おはようキリト……今何時……?」

 

 

 俺は近くにあった時計を手に取って、シノンに見せつけた。文字盤は朝の8時35分を指示している。普段のシノンからすれば寝坊の時刻だな。

 

 

「朝の8時35分。シノンは普段7時半頃に起きてるから、大分寝坊したみたいだな。まぁ別に何か予定とか学校があるわけじゃないからどうでもいいはずだけど」

 

 

 シノンは軽く頭を抱えた後に、少しだけ微笑んだ。

 

 

「なんだろう、久々に、ぐっすり眠れたような気がする。嫌な夢とかも見なかったし」

 

 

 シノンは以前、思い出しそうで思い出せない記憶が夢に出てきて、あまりぐっすりと眠る事が出来ずにいた。だけど昨日、記憶をようやく取り戻して、しかもその記憶の内容を俺とリランが受け入れた。そのおかげだろう、シノンがぐっすりと眠る事が出来たのは。何がともあれ、よかった。

 

 

「それはよかったじゃないか。俺もなんだかぐっすり眠る事が出来たような気がするよ」

 

 

 直後、シノンは髪の毛を軽く触りながら苦笑いする。

 

 

「でも変な感じね。あんなにびしょ濡れになってたのに、風邪引いたりしないんだから。普通、あんなにびしょ濡れになってしまえば、次の日は必ず風邪をひくものよ」

 

「確かにな。だけどこの世界はゲームの中だから、風邪を引いたりする事ないから便利だよ。まぁその分、死んだら本当に死ぬわけだけど……」

 

 

 直後、いきなり背中が少し重くなった。見てみれば、シノンが頭を乗せてきていた。まるで、俺に体重を預けているような感じだ。

 

 

「だけど、暖かさは本当よ。本当に温かく感じるし、すごく安心できる。とくに、あなたのは」

 

「……そうだな」

 

 

 確かにこの世界はゲームの世界であり、茅場晶彦が自分の欲望のために造り出した世界だ。だけど、ここに生きているものは本当に全て生きていて、温もりも冷たさも本物だ。以前からそんなふうに感じてはいたけれど、ここ最近、いや、リランとシノンに出会ってからは、それをより強く感じるようになった。

 

 俺達を閉じ込めてはいるけれど、「この世界がゲームではあるが、遊びではなく現実である」という茅場の謳い文句に、今なら頷ける。文字通り、俺もシノンも、そしてリランもこの世界で生きているのだから。

 

 やがて、シノンが頭を離して俺に声をかけてきた。

 

 

「さてと、朝ご飯にしようかしら。何が食べたい?」

 

「別に何だってかまわないけれど……()()()()、玉子のサンドイッチがいいかな」

 

 

 その時、シノンはいきなり吹きだした。

 

 

「キリト、あなた今なんて言った?」

 

「え、玉子のサンドイッチがいいかなって」

 

「その前よ」

 

「そうさな、玉子のサンドイッチが……」

 

 

 シノンは軽く笑い出す。

 

 

「あなた、リランみたいな事言ってる。リランはそう言うじゃない、「そうさな」とか、「であるな」とか」

 

 

 無意識で言ったつもりだったけど、そうさなはリランがよく使う言葉、というか口調だ。いつの間にか、無意識のうちにリランと似た言葉を口にするようになってしまったらしい。ペットは飼い主に似るっていうけれど、俺が《使い魔》に似てしまった。

 

 

「ペットは飼い主に似るっていうけれど……」

 

「あなたの場合、《ビーストテイマー》は《使い魔》に似るね」

 

 

 次の瞬間、腹の奥から笑いが込み上げて来て、笑い出してしまった。それに誘われたかのようにシノンもまた声を出して笑い出した――が、すぐさまその笑いは、頭の中に響いてきた《声》のせいで止まってしまった。

 

 

《何がペットは飼い主に似るとか、飼い主はペットに似るだ。我はキリトのペットではない!》

 

 

 驚きながら、シノンのすぐそこで寝ていたリランに目を向ける。リランはもう起床しており、少し怒った様子で俺達の事を睨んでいた。

 

 

「り、リラン起きてたのか」

 

《起きていたとも。少なくともキリトが起きた直後にな。全く、我をペット扱いするでない!》

 

 

 それもそうだ。リランは俺もペットじゃなく、《使い魔》であり、仲間であり、大事な相棒だ。こいつには何回も助けられているから、その時の事を思い出すとあまり頭を上げる事が出来ない。

 

 

「ごめんリラン。そうだな、お前はペットじゃなくて俺の相棒だし、俺達の大事な仲間だ」

 

 

 リランの顔から怒りが消える。

 

 

《わかっているならばそれでいいのだ。さてとシノン、今日の朝食は玉子のサンドイッチか》

 

「そのつもりだけど……リランもキリトと同じメニューでいいんだ?」

 

《構わぬよ。我も同じものを食べよう》

 

 

 毎回思うけれど、リランの食性って一体何なんだろう。狼みたいな輪郭をしてはいるけれど、身体はドラゴンだし、背中からは翼が、額からは剣が生えてる。狼みたいな顔をしてるから、食性は狼、即ちイヌ科の動物と同じなんじゃないかと思ったら、犬が食べてはいけないはずのネギとか味の濃いものとかに該当する食べ物を食べても平気な顔をしているし、むしろ美味そうに食べる。

 

 だから、イヌ科の動物のそれとは違う食性の生物である事は間違いないんだけど、本当にゲームの中だから、何でもありだ。

 

 

「そうか。ならシノン、今朝は玉子のサンドイッチとコーヒーにしてくれ」

 

「了解よ。それじゃあ早く着替えて下に行きましょう」

 

 

 その時、リランが何かを思い付いたような仕草をして、シノンに顔を向けた。

 

 

《シノン、我は紅茶で頼む》

 

 

 思わず二人でリランに目を向けてしまう。

 

 

「お前、紅茶が好きなのか」

 

 

 リランは首を傾げながら俺達に目を向ける。

 

 

《なんだ? 我が紅茶を飲みたいと思ったら変なのか》

 

 

 シノンは頷いた。

 

 

「えぇ。まさかそんな事を言い出すなんて思ってもみなかったわ。食べ物どころか飲み物すらも人間の食性に近いのね、リランって」

 

《さては、我をそこら辺の狼や犬と一緒に考えておったな? 我は見ての通り狼に近い見た目をしてはいるが、歴としたドラゴンなのだ。

 食べる物が違ったところで、別に驚くべき事ではないだろう》

 

 

 いや、狼みたいな見た目をしてたら、食性も狼に近いものだって思うのが普通だと思うよ。狼みたいな見た目をした生物がネギとか味の濃いものとか食べてたら誰でも驚いてしまうって。そんな事を思いながら、俺はリランに言った。

 

 

「まぁお前は本当に不思議な奴だから、いちいちツッコミを入れていたらきりがなくなる。こいつが紅茶を飲むのはとりあえずそういう事にしておこう」

 

 

 シノンが軽く腕組みをする。

 

 

「あんたは雌だから、女性よね。女性は確かに紅茶を好んで飲むような気がするから……あんたが紅茶を飲みたいって思っても別に不思議な事はないって事か」

 

《そういう事だ。さぁ早く下へ行こうぞ》

 

 

 そう言ってリランは軽く羽ばたいて舞い上がり、俺の肩に飛び乗った。慣れた重量感が肩にかかり、俺はどこか安心を覚える。

 

 

「よし、それじゃあシノン。いつもどおりお願いな」

 

「任せておいて」

 

 

 シノンと一緒にベッドから降りて階段を下り、俺達はいつもどおりのリビングに赴いた。けれど、シノンの雰囲気が少し変わったせいなのか、リビング、というかログハウス全体が少し明るくなったような気がする。

 

 シノンは俺にリビングで待つよう言い、キッチンへ向かっていき、俺はリビングに行ってソファに座ったが、そこからキッチンに目を向ければ、料理をしているシノンの姿がすぐに捉えられた。

 

 全てを打ち明けてすっきりしたシノンの後ろ姿。戦闘服ではなく、明るい緑色を基調としたパーカーと、裾がひざ上まで切り詰められている白い色のズボンという完全に力が抜けきったような服装。そんなシノンの後ろ姿を見ていると、不思議な安心感を覚えた。きっと、シノンの肩に乗せられていた荷が下りて、更に俺の事をもっと信じてくれるようになった事が理由だろう。

 

 そんなシノンに見惚れていると、頭の中に再びリランの《声》が聞こえてきた。

 

 

《シノンの動き、どこか軽やかだと思わぬか》

 

 

 シノンに気付かれないような小声でリランに答える。

 

 

「思う。昨日までと比べて、すごく足取りも軽やかだし、何だか雰囲気も明るくなったような気がする」

 

《シノンの身体には昨日まで沢山の錘が付けられていた。だがキリト、それをお前が外したのだ。お前が彼女の記憶を受け入れた事によってな》

 

 

 そういうけれど、そもそもシノンだって俺の事を受けて入れてくれた。俺はギルドを一つ壊滅させてしまったと言うのに、シノンは悪罵をぶつける事も、離れる事もなく、俺の事を受けて入れて、こうして一緒に暮らす事を選んでくれた。「俺が君を守る」って言っても、俺が過去を打ち明けた際に、彼女が俺に幻滅して離れていってしまう可能性だって十分にあったし、シノンだってそういう行動をとる事だって出来たはずだ。だがシノンは俺から離れる事はなかったし、より一層心を開いてくれたような気がする。

 

 

「シノンだって、俺の事を受け入れてくれたよ。それにリラン、お前だってそうさ。俺がギルドを一つ潰した事のある人殺しだって言った時に、俺の事を消し炭にする事だって、お前には出来たはずだぜ。それで、シノンの《使い魔》に転属する事だって出来た」

 

《確かにお前がギルドを潰し、サチ達を死なせてしまったという事実は、正直我も驚いた。だが、お前は自分のやった事を認めて、こうして前を向いて生きる事を選んだ。仲間を失った、死なせてしまったという事実を受け入れて身体に刻み込み、前に進み続けようとしていたから、我はお前を攻撃しようとも、離れようとも思わなかったのだ。もしお前が言い訳でもしていたならば、攻撃をしていたかもしれない》

 

 

 リランは俺に顔を向けた。そこには微笑みが浮いている。

 

 

《お前が月夜の黒猫団の皆を死なせてしまった事実は覆らないし、彼女達に直接償いをしてやる事も出来ない。だが、前を向いて生きる事と、彼女達の死を、そして彼女達のような犠牲を出すような過ちを繰り返さない事を、忘れるな。きっとこれが、お前に出来る彼女達への償いだ。そしてお前がそれを忘れずにいるならば、我はその背中を押し続けよう》

 

 

 そうだ。俺のやった事は覆らないし、死んでしまった彼女達には償いは出来ない。だけど、いつまでも彼女達の死に囚われているわけにはいかないし、何よりそんな事を彼女達が、サチが望んでいるとは思えないし、そんな事では、きっとまた同じような過ちを繰り返す事になるだろう。もう、あんな事になるのは沢山だし、もう俺は何も失いたくない。――そして、決して失いたくないものが、今俺の横と、目の前にある。シノンとリラン、その命だ。

 

 シノンの方は現実に戻っても一緒に居たいと思うし、一生かけて守ってやりたいと思っている。リランの方は……この世界が終わってしまった時に別れる事になってしまうかもしれないが、リランとも最後の一瞬まで一緒に居たい。最後の時を迎えるまで、絶対に失わないたくない。

 

 

「わかったよ。なぁリラン」

 

《どうした改まって》

 

 

 俺はリランの頭に手を乗せた。柔らかい感触が手を包み込む。

 

 

「お前も……最後の一瞬まで一緒に居ような。最後の、最後の時まで……」

 

 

 リランは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま笑みを浮かべた。

 

 

《何を言うか。我は死なぬよ。お前が無事にこの城を脱出する時まで、お前の《使い魔》としての使命を全うしよう》

 

「あぁ、頼むよ相棒」

 

 

 直後に、シノンが声をかけてきて、俺達はその方を向いた。そこには玉子のサンドイッチが乗った皿を両手に持ったシノンの姿があった。

 

 

「二人とも、出来たわよ」

 

 

 シノンの声に答えた直後に、俺は、シノンに声をかけ返した。

 

 

「シノン、ちょっと皿をテーブルに置いて、こっちに来てくれないか」

 

 

 シノンは首を傾げた後、俺の指示通りテーブルに皿を置いて、目の前までやってきて立ち止まった。

 

 

「どうしたのよキリト」

 

「ちょっと手を出してくれないか?」

 

「手? なんでまた?」

 

「いいからいいから」

 

 

 シノンはどこか不思議そうな顔をして、俺に向けて手を差し伸ばしてきたが、その腕を掴んで、一気に自分の方へ引っ張った。シノンが驚きの声を上げながら、俺の身体に飛び込んで来たところを俺はしっかりと受け止め、すっぽりと抱き締めた。柔らかいシノンの匂いが鼻に流れ込み、優しい温かさがじんわりと身体に伝わる。

 

 

「ちょ、ちょっとキリト、どうしたのよ」

 

 

 シノンの焦りの声を受けながら、俺は静かに言った。

 

 

「君の場合は二回目だけど……最後まで一緒に居ような、シノン。ずっと、ずっと、一緒に……」

 

「あ……」

 

 

 シノンの声から焦りが消えて、やんわりとしたものに変わった。

 

 

「うん。一緒に居てね、キリト。でも……」

 

「え?」

 

「人前でこういう事をするのはやめてね? 流石にこれを人に見られるのは恥ずかしいわ」

 

 

 思わず苦笑いしてしまった。

 

 

「いやいやしないよ。君と二人きりの時だけにするさ。攻略は、これまでと同じようにいこう」

 

 

 シノンはもう一度頷いた後に、小声で俺の耳元に囁いた。

 

 

「……信じてるわ、キリト」

 

 

 俺はシノンと同じように頷いた。そして、心の中で改めて決心した。

 

 こんなにも愛おしい命を、こんなにも俺の事を信じてくれる人を、絶対にこの世界には奪わせない。

 

 最後まで……守り切ってやるんだ。そして最後まで……一緒に居るんだ。この娘の支えに、なってやるんだ。

 

 

 




この話の小ネタ

After_The_Rain→「獣の奏者エリン」のエンディングテーマ。




次回からは攻略へ戻ります。そして、シノンのあのスキルがとうとう発生?

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