キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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リズベット&キリトさんTUEEE回。


04:心の温度Ⅰ

          □□□

 

 三人で出かける事に夢中になり、うっかり鍵をかけ忘れてしまい、リズベットは慌てて街中を駆けていた。しかも留守中に客が来てしまったとくれば、店の品物を盗まれてしまう可能性だってある。

 

 

 普段はこんな事なんか一切ないのに、新しい友達になってくれたシノンがいたためなのか、それともこれまで見てきたそれとは全く違う雰囲気のアスナと話をしたせいなのか、全く見当が付かないが、とにかくうっかり鍵をかけ忘れたうえに、店主のいない店に利用客が来てしまっているという非常に拙い状況だ。急いで戻らないといけない。

 

 

「全くもう……なんでこんなにうっかりしてたんだか……!!」

 

 

 道行く人をかき分けながら路地を走り、街はずれまで来たところで方向を変えて更に走る。人々の奇妙なものを見るような目線を浴びても気にせずに走り続けて、街角を何度も曲がった。そんな事を続けていると水車のある店が見えてきたが、リズベットは走り続けて、店のすぐ前まで来たところで立ち止まった。

 

 客の反応は未だに店の中から感知できる。恐らくだが、中にある品物をじっと見ているのだろう。しかし客はいくら読んでも店主が現れてこない事に困惑していたに違いない。鍛冶屋に来たらまず、店主に声をかけるのが普通だからだ。

 

 まずは入り口から入って、中に居る客に、留守にしていて悪かったと謝罪をしなければならない。怖い客だったらどうしようという緊張が胸の中で起こり、心臓の音が耳元に届くようになる。

 

 だがここで引き下がってしまっては、リズベット武具店の店主は勤まらない。とりあえず中に入って客に謝罪をせねば。

 

 

「よし……」

 

 

 深呼吸をした後に、リズベットは触り慣れた玄関の戸に手をかけて、勢いよく開いた。そして店の中に入り込んでいきなり謝罪をした。

 

 

「店を空けて申し訳ございませんでした! リズベット武具店へようこそ!」

 

 

 どんな罵声が飛んでくるか、リズベットは頭を下げながら顔を顰めていたが、いつまで経っても罵声が飛んでくる事はなかった。

 

 あれ、どうしたんだろうと思って顔を上げてみると、店に飾られている剣をじっと眺めている男性プレイヤーの姿が目に飛び込んできた。それほどレベルの高いプレイヤーには見えないが、他のプレイヤーとは全く違う存在である事が、リズベットには一瞬でわかった。

 

 男性プレイヤーは黒い髪の毛に、同じく黒いコートに黒い長ズボンにブーツ、背中に片手剣を携えていたが、その肩には装備の色とは真逆の白色の毛と甲殻に身を包んだ犬のような小竜が乗っていた。これこそが、他のプレイヤーとは一線を画している存在であると伝える要素だ。

 

 

(あれ、まさか……《ビーストテイマー》?)

 

 

 以前、《ビーストテイマー》というモンスターを連れているプレイヤーの話を小耳にはさんだ事があった。もしかしたらモンスターを連れた《ビーストテイマー》が現れるかもしれないと、その時からしばらくの間、リズベットは楽しみにしていたが、店に現れるプレイヤーはモンスターを連れていない一般プレイヤーばかりで、《ビーストテイマー》が姿を現す事は一切なかった。

 

 その事柄はリズベットに飽きを(もたら)したどころか、もしかしたら《ビーストテイマー》などというものは存在していないのではないかという疑念を植え付けた。――その疑念は今この瞬間を持って、リズベットの中で打ち砕かれる事になった。

 

 

「いらっしゃいませ。今日はどのような御用で?」

 

 

 《ビーストテイマー》は相変わらず片手剣の棚を眺めていたが、そのうちその肩に乗っている小竜がリズベットの方に顔を向けた。宝石のような紅い瞳と目が合って、リズベットは一瞬ぎょっとしてしまったが、直後にその飼い主である男が何かに気付いたような顔をして、リズベットの方に顔を向けてきた。

 

 

「あ、君が店主?」

 

 

 男の声にリズベットはピクリとして、すぐに頷いた。

 

 

「そうです。片手剣を装備されているようですから、片手剣をお探しですね」

 

「そうなんだけど、店の物が欲しいんじゃないんだ。オーダーメイドを頼みたいんだよ」

 

 

 リズベットは思わず目を丸くした。特殊な素材を用いたオーダーメイド武器の相場価格は最低でも10万コルは超えてしまう。男の要求を叶えられないわけでもないが、代金を提示したらその金額に真っ青になってしまう事だろう。

 

 

「今は金属の相場価格が上がっておりまして、多少代金が(かさ)む事になるかもしれませんが」

 

 

 男は首を横に振り、得意気に笑んだ。

 

 

「代金なんてどんなでも大丈夫。今作れる最高の剣を、作ってもらいたいんだ」

 

 

 リズベットはまたまた目を丸くした。オーダーメイド武器の代金を見せた時の男の真っ青な顔を、もしかしたら今自分がやっているかもしれない。

 

 

「と、と言われましても、具体的なプロパティの目標値とかを出してもらわないと……ねぇ」

 

 

 男は「あぁそうか」と言って納得したような顔をした後に背中に携えた片手剣を外して、リズベットに差し出した。

 

 

「この剣と同等以上の性能の剣を作ってほしい」

 

 

 リズベットは男の差し出してきた剣を見つめた。鞘に包まれているため、具体的な姿は見えない。鞘を外してみなければ、いかなる性能であるかも確認できないため、リズベットはひとまず男の手から剣を受け取った――次の瞬間、リズベットは大きくよろけて床に剣を落としそうになった。男の剣は、とんでもなく重く感じられた。

 

 このゲームでは、物の重さなどはプレイヤーの筋力値次第で軽く感じたり、重く感じたりするようになっている。これほどの重さという事は、この剣はかなりの筋力値を要求しており、尚且つそれを持っているこの男はそれをクリアしているという事だ。

 

 自分も鍛冶屋兼戦鎚使い(メイサー)として筋力値を上げていたが、この剣を扱えるほどの値に達していない。もしこの剣を所持したとしても、振り回す事は到底できないだろう。

 

 リズベットは両手で剣を持って、近くのガラス棚の上に剣を置くと、そっと鞘を外した。黒銀に輝く剣だ。ウインドウを開いて詳細情報に目を向けてみれば、分類は片手剣(ワンハンドソード)、固有名は《探究者(エリュシデータ)》。制作者の名は無し。鍛冶屋プレイヤーが制作したものではなく、モンスターがドロップしたものだ。

 

 

 この世界の剣、というか武器には二つのタイプがある。一つは自分のような鍛冶屋が制作したものであるプレイヤーメイドウェポン。もう一つは冒険の過程で手に入る、モンスターがドロップしたり、宝箱の中から見つかるようなモンスタードロップウェポン。

 

 このうち、プレイヤーメイドウェポンはウインドウを開いて詳細情報を見れば、制作したプレイヤーの名前が記されているが、この黒銀の剣にはそれが無い。

 

 これはつまり、後者であるモンスタードロップウェポンである事を意味するが、詳細情報に記されているステータスは自分達プレイヤーが作ったものよりも頭一つ飛び抜けた数値となっている。

 

 プレイヤーメイドウェポンは、時折途轍もなく強い武器が現れる時があるが、モンスタードロップウェポンの場合はそれを超えるほどの代物、《魔剣》《聖剣》クラスの代物が現れる時がある。このエリュシデータは自分達プレイヤーメイドウェポンを笑ってしまえるほどの数値の代物。この男は、魔剣使いだ。

 

 

「とんでもない数値だわ……これ、魔剣クラスの代物じゃないの」

 

「これくらいのものを作ってほしいんだけど、作れそうかな」

 

 

 リズベットは聞こえない程度の声で溜息を吐いた。こんなものを作れなんて言われても早々できるものではないし、このような魔剣が生まれ来る可能性だってゼロに等しいかもしれない。ここは一つ、既存の武器で我慢してもらう他ないだろう。

 

 リズベットはそそくさとカウンターの方へ行き、店の奥の方に置いてある一本の片手剣を手に取って男へ持ち運んだ。その剣は、これまで作った中で最も性能が良かった剣だ。これを渡せば男も満足してくれるだろう。流石に魔剣には届かないけれど。

 

 

「これならどうかしら。あたしが鍛え上げた最高傑作(さいこうけっさく)なんだけどっ」

 

 

 自信満々のリズベットから剣を受け取り、興味深そうに眺めた後にリズベットから離れて、軽く振り回して見せた。しかし、何回か振り回した後に男は首を傾げながら、リズベットの自信作を眺め始める。

 

 

「少し軽いね、これ」

 

「まぁ使った金属がスピード系だしね。威力よりも扱いやすさを重視してるわ」

 

 

 男は「ふぅん」と言った後に、肩に乗るモンスターに声をかけた。その時に、リズベットはモンスターの額から大剣のような形をした不思議な角が生えている事に気付いた。

 

 

「リラン、この剣に角を振ってみろ」

 

「えっ、ちょっ、何をするつもり?」

 

「耐久値を試すのさ。どれほどの代物か、確かめたいんだ」

 

 

 なんて事を言い出すのか。あの剣はこの店に並ぶ剣の中で最強、そこら辺のモンスターがドロップする剣よりもはるかに強力な代物だ。そんなものを、ましてやあんなに小さなモンスターの角にぶつけたりでもしたら、モンスターの角が折れてしまうだろう。慌てながら、リズベットは男に言う。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんな事したらそいつの角折れるわよ!? 角が折れたらどうなるのよ!?」

 

「どうなるんだろうな。だけどこいつの角は俺が使ってるエリュシデータ以上の耐久値と威力を持っている事が判明してる。剣にこいつの角をぶつけたらどうなるのか、剣がどうなるのかをテストする」

 

 

 無茶苦茶だ――そうリズベットが言い出す前に男は小竜に指示を出してリズベットの自信作をテーブルの上に置いた。

 

 小竜は男の肩から降りると、その大剣のような角を光らせて、リズベットの剣に狙い定めた。拙い、小竜の角が折れる――リズベットが叫ぼうとした次の瞬間に小竜はその角を思い切り振り下ろし、リズベットの自信作に叩き付けた。

 

 刹那、リズベットの自信作と小竜の角の間に火花のエフェクトが起こり、バキィンという金属音が店の中に木霊したと同時に、リズベットの剣が真っ二つになり、宙を舞った。

 

 あれ、折れたのはあたしの剣――? リズベットがぽかんとする中、折れた剣の先側は壁に衝突し、同じく金属音を立てて床に落ち、数秒後に水色のシルエットとなって爆散、ポリゴン片となって消え果てしまった。

 

 

「うわあああああ――――――――ッ!!!?」

 

 

 リズベットは悲鳴を上げて残った剣の柄側を掴んだ。自信作の剣の柄には、修復不可能の文字が浮かび上がっている。

 

 

「しゅ、修復不可能……?」

 

 

 次の瞬間、剣の柄もまた水色のシルエットとなり、ポリゴン片となって消滅してしまった。自信作の実にあっけない消滅を目にしたリズベットは全身の力が抜けたようになって、床にへたり込んでしまった。

 

 その直後、リズベットの中にとてつもない怒りが込み上げて来て、それが頂点に達したと同時にリズベットは立ち上がり、小竜の飼い主である男に掴みかかった。

 

 

「なんて事すんのよ――ッ!!」

 

 

 男は焦った様子を見せる。まさかこのような事態になるとは思っていなかったのだろう。

 

 

「わ、悪い悪い! まさかこいつの攻撃を受けて折れてしまうなんて思っても見なくて……!」

 

「なっ! それはつまり、あたしの剣の方が思いのほか(ナマクラ)だったって意味!?」

 

 

 男は顔をリズベットから逸らす。

 

 

「あぁ、まぁそうだ……というかこいつの角に当てられて折れたなら、多分エリュシデータでも同じ事が起きたと思う……」

 

 

 リズベットは歯を食い縛った後に男から手を離し、そのまま手を腰に当てた。

 

 

「言っておきますけれどね、材料さえあればあんたのモンスターの角も、あんたの剣もボッキボキに折ってやれるくらいの剣を作れるんだからね!」

 

 

 男はぴくりと反応を示し、目を半開きにした。

 

 

「ほほぅ、それは是非ともお願いしたいね。俺の剣も、こいつの角も折れてしまうような一級品」

 

 

 リズベットは怒りのあまり顔が熱くなるのを感じた。恐らくだが、今頃顔が真っ赤になっている事だろう。

 

 

「なら、最初から最後まで付き合ってもらうわよ!」

 

「最初から最後まで?」

 

「そうよ! 材料を取に行くところから、その材料を使って剣を作るまで、全部ね!!」

 

 

 男は少し顔を顰めた。同時に小竜の表情もどこか呆れたようなものになる。

 

 

「それなら俺とこいつだけで十分だよ。足手まといになられても困るだけだしね」

 

 

 リズベットは歯を食い縛った。この男、とことんこっちを舐めている。

 

 鍛冶にスキルを注ぎ込んできた自分ではあるが、同時に戦鎚(メイス)スキルも上げ続けてきて、マスターメイサーと呼ばれるくらいにまでなった。だから戦闘になったとしても別に大丈夫だし、この男に心配されるほど弱っちいわけでもない。

 

 

「馬鹿にしないで頂戴(ちょうだい)。あたしはこれでもマスターメイサーなのよ」

 

 

 男はそうかと言って棚に上がっている剣を鞘に戻し、背中に再度携えた。

 

 

「一緒に行くとして……どこに行けばいいんだ」

 

 

 リズベットは頭の中を探って、情報を引っ張り出した。確か前に鍛冶屋の間で、五十一層西の山岳地帯に生息しているドラゴンが腹の中に貴重な金属を溜め込んでいるという情報が流れた。勿論それはある種のクエストなわけだが、そのクエストの報酬こそ鍛冶屋達の求める貴重な金属アイテムであり、リズベットも求める物だ。

 

 そしてその金属はこれまで発見された事が無いくらいにレアな代物で、これを使えば、これまで作られた事が無い程の、それこそ魔剣聖剣クラスの剣が作られると、リズベットと他の鍛冶屋達は確信していた。この男の求める剣を作るには、それが必要になるだろう。勿論道中の敵はこの男に何とかしてもらうとして。

 

 

「五十一層の西の山岳地帯に、水晶を餌にしているドラゴンがいるらしいの。そいつのお腹の中にレアな金属が備蓄されているらしくてね。そいつを使えば、とんでもない剣を作る事ができるはずよ」

 

 

 男は「ドラゴン……」と呟いて、軽く上を眺めた。

 

 

「五十一層か……そしてドラゴン……やっぱり俺とこいつで行ってきた方が」

 

 

 リズベットは得意気に笑った。話によると、レアな金属を手に入れるにはマスタースミス、即ち鍛冶屋プレイヤーの同行が必要であるらしい。だからこの男が言ったとしても金属を手に入れる事はできず、そのまま帰るだけになる。リズベットは男を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

 

「レア金属が欲しいなら、鍛冶屋の同行が必要らしいわよ。それでもそのトカゲみたいなのと一緒に行くわけ?」

 

 

 男はリズベットをじっと見つめた後に、諦めたような溜息を吐いた。

 

 

「わかったよ。でも陰で大人しくしてろよ」

 

 

 男の心を折る事に成功して、リズベットはにっと笑った。

 

 

「陰で大人しくしなくたって、あたしの実力なら水晶を食べるドラゴンなんて恐れるに足らずよ。さっさと行きましょう。えっと……」

 

「キリトだよ。それで、こっちの名前は……」

 

《我が名はリラン。見ての通り、キリトの《使い魔》だ》

 

 

 いきなり聞き覚えのない《声》が頭の中に響いてきて、リズベットは少し慌てたように周囲を確認した。声色は自分と同じ少女のものによく似ていたが、どこにも喋りかけてきたと思われる少女の姿は確認できない。ここにいるのは黒ずくめのキリトと、その肩に乗っている犬のような小竜、そして自分だけだ。

 

 

「何よ、今の《声》。キリトは聞こえてきた?」

 

 

 キリトは何も言わずに肩に乗っている小竜を指差した。キリトの行為にリズベットは目を丸くする。

 

 

「えっ」

 

「だから、君に喋りかけてきたのはこいつだって」

 

「えぇっ!?」

 

 

 リズベットは思わず驚きの声を上げてしまった。今の《声》は、キリトの肩に乗っている小竜が発したものらしい。だがこれまでこのアインクラッドの生活して、リズベット武具店を経営し、時折フィールドに出てモンスターと戦って来た中で、喋るモンスターなどという存在に出会った事はない。というか、モンスターが喋ったなどという情報すらも小耳に挟んだ事はなかった。

 

 

「も、モンスターが喋ってるの!?」

 

「正確には念話(テレパシー)みたいなものだけどな。頭の中に直接喋りかけてくるんだよ。だからこいつには、俺達の事を理解できるし、人間みたいに心を持っているんだ。あまりぞんざい扱ったりしないでくれよ」

 

 

 リズベットは何度も瞬きをして、喋りかけてきたであろう小竜を見つめていたが、そのうちまた《声》が頭に中に響いてきて、驚いた。

 

 

《よろしく頼むぞ、えっと……》

 

「うわわっ! 本当に《声》が聞こえてきた!」

 

「だから言ったろう。こいつは喋れるんだって」

 

《おい、我の事を無視するでない。鍛冶屋、お前の名はなんというのだ》

 

 

 本来ならば喋るはずのない存在から名を尋ねられたリズベットは、きょとんとしながら口を小さく動かした。

 

 

「あ、あたしはリズベット……」

 

《リズベットか。これからよろしく頼むぞ》

 

「よろしくな、リズベット」

 

 

 リズベットは何がなんだかよくわからないまま、頷いた。

 

 その後、今度こそ鍵をしっかり締めてリズベットはキリト達と共に外へ出た。そして目的地である五十一層の山岳地帯に赴いたが、そこでリズベットは予想外のでき事に出くわしてしまった。

 

 山岳地帯と聞いていたから、てっきり岩山や野山のような場所であると思っていたが、そこは現実世界の氷山のように吹雪が吹き荒れる、氷雪地帯だったのだ。

 

 まさか氷雪地帯に投げ出されるとは思ってもみず、寒さに耐性のないいつもの服で来てしまい、リズベットは吹き付けてくる冷たい風と雪に震えあがった。しかも足元はスカートなものだから、素足とほとんど同じようなものが風と雪に晒されて、尋常じゃ無いくらいに冷たくて寒かった。

 

 

「ま、まさか……氷雪地帯だったなんて」

 

「水晶を食べるドラゴンがいるって聞いてたなら、氷山地帯だって考える事だってできただろう」

 

《余分な服とか用意しなかったのか》

 

 

 キリトは吹雪の中であるにもかかわらず平然としていたが、リズベットはそんな事に驚きはしなかった。リズベットが驚いたのは、街にいる時にはキリトの肩に止まっていた小竜リランがフィールドに出た途端、自分達よりも何倍も大きなドラゴンの姿に変わった事だった。あんなに小さかったリランがこんなに大きく変化してしまうなんて思ってもみず、フィールドに出た時には目を丸くしたまま動けなくなったくらいだ。

 

 だけど今はそんな事よりも、とにかく寒くて仕方がない。こんな事なら――。

 

 そう思った次の瞬間、リズベットの目の前はいきなり真っ暗になった。同時に、何かが被さってきたような感覚が身体に起こる。何事かと慌てて手を動かし、覆い被さってきたモノを確認してみたところ、それはキリトが出したであろう、防寒用コートだった。

 

 

「これは……」

 

「それを使うといいよ。暖かいだろ?」

 

 

 リズベットは思わず頷いた。キリトが渡してくれた防寒コートは驚くほど暖かくて、身に纏うとそれまで感じていた寒さが全くと言っていいほど感じなくなった。

 

 

「あったかい……」

 

「ならよかったよ。だけど大丈夫か? 限界ならリランの背中に乗っていくといいよ」

 

 

 リズベットは首を横に振って、キリトの隣に並んだ。

 

 

「そんな必要はないわ。どうって事ない」

 

「そうか。リズベットが寒そうだったから、つい心配になってさ」

 

 

 リズベットはキリトの目を見ないまま言った。

 

 

「呼び捨てにするくらいなら、リズでいいわよ。それよりも早く行きましょう。ドラゴンが出てきても、あんたのドラゴンなら一網打尽にできるでしょ」

 

《我が名はリランだ。覚えてくれ、リズ》

 

 

 リランの《声》にびくりとして、リズベットはキリトのドラゴン、リランに顔を向けた。

 

 

「悪かったわよ、リラン!」

 

 

 そのまま、リズベットはキリトの方に顔を向け直した。まさかこんなひょろい男と一緒にフィールドへ赴き、冒険をする事になってしまうなんて、まったく妙な事になったものだと、リズベットは思いながら、足を進め続けた。

 

 しばらく雪道を進んでいると、山頂が見えてきたが、そこでリズベットは目を輝かせた。吹雪は止んで穏やかな雪空になり、辺り一面には無数の水晶の柱が雪を突き破って飛び出している。それはまるで、水晶の花畑のようだった。

 

 

「綺麗……」

 

 

 思わず声を出して水晶の花畑に近付いたその時に、いきなり襟首(えりくび)を掴まれて、リズベットは驚きながらキリトに振り向いた。

 

 

「何すんのよ」

 

「転移結晶を用意しておけ。いつでも逃げだせるように」

 

 

 リズベットは「わかったわよ」と面倒くさそうな返事をして、転移結晶をポケットの中に仕舞い込んだ。続けて、キリトが山頂付近を見つめながら言う。

 

 

「それと、ここからは危険だから俺とリランの二人だけでやる。リズはドラゴンが現れたらその辺の水晶の陰に隠れているんだ。絶対に顔を出さないでくれ」

 

 

 リズベットはむすっとした。自分のレベルは既に60代、この層は五十一層であり、出てくる敵も大した事が無い。戦闘になっても、苦戦する事など無いはずだ。

 

 

「なによ。あたしだってレベル高いんだから、戦闘くらいやりこなせる――」

 

「駄目だ!!」

 

 

 いきなりキリトに怒鳴り付けられて、リズベットは口を塞いだ。キリトの黒色の瞳がじっとこちらに目に向いていたが、そこには、自分の事を真剣に案じ、心配してくれているという光が浮かび上がっているのがすぐにわかって、リズベットは息を詰め、立ち尽くしてしまった。しばらくすると、キリトは小さく口を開けて、静かに言った。

 

 

「いきなり大きな声を出してごめん。だけど、いいね?」

 

 

 リズベットは何も反論せずに頷いた。キリトはにっと笑ってリズベットの頭に軽く手を置き「行くとしよう」と言って、リズベットの横を通り過ぎた。キリトの後に続いて自分達よりも大きな体をしているドラゴン、リランが通りかかったが、リランは途中で足を止めてリズベットに言った。

 

 

《……キリトは今、金属や剣よりも、お前の事を最優先に考えている。わかるな?》

 

 

 リズベットは頷いた後に、キリトの後ろ姿を目にし、追いかけた。

 

 ドラゴンとの戦いは、普段の鍛冶の息抜きや、その程度のものだと考えていた。しかしキリトにとっては本当に生死をかけた戦い……いや、キリトにとってではない、この世界の全てのプレイヤーにとって、この世界での戦いは常に生死をかけた戦いなのだ。

 

 きっとその感覚が無かったのは、レベルアップのための経験値を武具制作で得続けていたからだ。だけどキリトはずっとシビアな戦場にいて、そこで戦い続けて……いくつもの死線を潜り抜けてきたのだ。だからこそあんなふうに、真剣に怒ってくれたのだ。

 

 

 そう考えていると、ほんの息抜きや場の勢いの感覚でこの山岳地帯に、ドラゴンの元へやって来たのが申し訳なくなってきて、リズベットはキリトが手を置いてくれた頭を軽く抑えた。次の瞬間、周囲の静まり返った空気を切り裂くように、猛禽類のそれによく似た咆哮が氷山の山頂付近に木霊した。――ドラゴンが現れた。

 

 

「ドラゴン……!!」

 

 

 リズベットが呟くと同時にキリトは剣を引き抜き、リズベットに指示を下した。

 

 

「そこのクリスタルの陰に入れ! 来るぞ!!」

 

 

 リズベットは頷いて、近くにあるひときわ大きな水晶の陰に隠れた。次の瞬間、キリトの目の前の地面が突然盛り上げって、轟音と共に破裂した。大量の雪と結晶の欠片のエフェクトを周囲にばらまきながら現れたのは、周囲の結晶のように青白く輝く鱗と甲殻に身を包み、同じく結晶のような角を頭から数本生やした白い竜だった。

 

 色はリランのそれに似ているような気がしないでもなかったが、リランの色はどちらかと言えばプラチナのような純白、結晶の竜の身体の色は結晶のような青みがかった白。そしてその色に身を包みし竜は翼を広げて、キリトとリランに咆哮したが、二人は全く動じずに身構えているだけだった。

 

 あんな恐ろしいドラゴンを目の前にして動じないとは、一体何者なのかとリズベットが思った瞬間、キリトは素早くリランの背中へ飛び乗り、まるで手綱を取るかのごとく力強くリランの剛毛を掴んだ。

 

 次の瞬間にリランは結晶の竜に咆哮し、翼を大きく広げる。一体何が始まるのかとリズベットが目を丸くした瞬間、結晶の竜の口元に強い冷気が硬質な効果音と共に迸った。――ブレスが来る!

 

 

「ブレスよ、ブレスが来る!!」

 

 

 リズベットが悲鳴を上げるように言った瞬間、結晶の竜の口から猛烈な冷気のブレスが発射され、リランとキリトに向けて襲い掛かった。が、その次の瞬間にリランはその顎門を大きく開き、身体の奥から爆炎を迸らせ、灼熱の光線ブレスとして結晶の竜目掛けて照射を開始した。

 

 リランのブレス攻撃は結晶の竜のブレスをあっという間に押し返し、やがて大爆発を引き起こして結晶の竜を大きく後退させた。猛烈な爆発音と衝撃で周囲の結晶が震えあがったのが、一瞬でわかった。

 

 

「リラン、俺がジャンプしまくってあいつを斬りまくる。その後を受け止めてくれるか?」

 

《我を踏み台にでもするつもりか? だがお前が新たな戦術を思い付いたのであれば、協力しよう》

 

「頼んだぜ、相棒!」

 

 

 何かしらの指示をした直後、リランの背中を蹴り上げてキリトは宙に舞い上がった。そしてそのまま結晶の竜の元へ突撃し、首元を切りつけて通り過ぎた。そしてそのままキリトが水晶の花畑に落ちようとすると、リランが素早く駆け付けてキリトを背中で受け止め、そのリランの背中をもう一度足場にしてジャンプし、結晶の竜を斬り付けて通り過ぎた。

 

 そしてその先にまたリランが駆け付けて背中で受け止め、キリトは更に飛翔して結晶の竜を斬り付け通り過ぎるを繰り返し始める。結晶の竜はホバリングしてキリトやリランに攻撃を仕掛けようとするが、二人の速度に全くついていけず、一歩的に攻撃されるだけになっている。

 

 

(な、なにこれ。なんて圧倒的な戦いなの。というかキリトは一体、何者なの)

 

 

 普通、宙を舞う敵には投擲スキルなどをぶつけて地面へ叩き落とし、短距離攻撃を仕掛けるのだが、キリトの場合はリランを足場に使う事によってジャンプを繰り返し、近接攻撃を空飛ぶ敵に当てている。まるで二人が一つの存在になっているかのような見事なコンビネーション、宙を舞う剣士と竜が繰り広げる戦いはまるでサーカスの空中ブランコのよう。

 

 二人の攻撃に当てられ続けて目に見えて《HPバー》が減少していく結晶の竜の姿に、背中がぞくぞくするのをリズベットは感じていた。これほどの戦いができるという事は、キリトはきっと攻略組だ。しかしキリトのような存在、キリトという名前を血盟騎士団や聖竜連合から聞いた事はないし、見た事もない。一体あの剣士は何者なのか――。

 

 そう思っていると、結晶の竜のHPの色が黄色から赤へと変わるのが見えた。もうすぐ片が付くではないか――そう思ってリズベットは水晶の陰から身体を出し、キリトに声をかけようとしたが、次の瞬間、キリトはいきなり焦ったように叫んだ。

 

 

「ば、馬鹿! まだ出てきちゃ駄目だ!!」

 

「何よ、もう終わるころじゃないの。何をそんなに焦って――」

 

 

 リズベットが言いかけたその時、結晶の竜はキリトとリランから目を逸らし、リズベットの方に身体を向けてその翼を力強く広げた。そしてそれが思いきり前方へ動かされると猛烈な暴風が巻き起こり、周囲の雪を呑み込み、やがてリズベットを呑み込んだ。暴風雪に呑み込まれて身体が吹っ飛ばされ、リズベットは悲鳴を上げたが、やがて《声》を止めて着地の姿勢を取った。

 

 しかし、暴風雪が消え果たその先に、地面はなく、代わりにぽっかりと空いた縦穴があった。何なのこの穴――そう思った瞬間に、リズベットの身体は穴の中へと吸い込まれるように落下を開始。リズベットは再度悲鳴を上げる。

 

 

「う、嘘、うそ、嘘、うそぉおぉぉぉおおおお!!」

 

 

 ばたばたと手をばたつかせていると、いきなり右手を掴む黒色のグローブが見えた。何事かと目を開けてみれば、そこにあったのは結晶の竜と戦いを繰り広げていたはずのキリトだった。その瞬間に、キリトは結晶の竜との戦いをやめてここまで飛んできた事をリズベットは理解する。

 

 

「き、キリト、キリト!?」

 

「掴まれ、リズ!!」

 

 

 キリトはぐいっとリズベットの身体を引き寄せて抱き締め、リズベットの頭を自らの胸に押さえつけた。何がどうなっているのかよくわからないまま、リズベットはキリトの身体にしがみ付く。そしてそのまま二人は抱き合ったまま縦穴の底目掛けてまっさかさまに落ちて行った。

 

 

《キリト!!》

 

 

 主と少女が落ちた事に驚いたリランは結晶の竜を無視して縦穴の中に飛び込もうとしたが、見えない壁のようなものに弾かれて、入る事ができなかった。

 

 見えない壁に着地し、目を凝らして落ちて行った二人を凝視したが、二人の姿はすぐに闇の中へと消えて行ってしまった。

 

 

《キリト、リズベット――ッ!!》

 

 




原作との相違点

1:レア金属が取れるところが51層になっている。原作では55層。

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