キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 キリトパート。

 ちょっと珍しくなってしまったキリトとカイムの会話のある、第四章第三話。





03:好きのかたち

          ◇◇◇

 

 

 ソードアート・オリジン ジュエルピーク湖沼群最北部

 

 午前九時半に少し遅めのログインを果たした俺は、いきなり《はじまりの街》へ行かず、家で寛いでいた。正確には寛いでいるのではなく、メモを開いて入力と操作を繰り返している。

 

 色々異変が立て続けに起きたけれど、俺達の攻略は更に進み、新エリアである《クルドシージ砂漠》を開放する事に成功した。

 

 そこはその名の通りの砂漠地帯で、入って早々熱波と尋常じゃない暑さの日差しが照り付けてくるような場所であり、耐暑装備もしくは対処アイテムを使わないと攻略する事さえも難しいと思えた。

 

 だが、その時俺達は足を止める事はなかった。日頃から何が起きても大丈夫のようにと、耐暑ドリンクアイテムを用意しておいたのだ。それを使う事によって、俺達は街に戻って買い出しに行ったりする事なく、そのまま攻略をする事が出来たのだった。

 

 そして今も攻略は続行中なのだが、最新エリアよりも気になるものを見つけたという報告が入ってきており、俺達はそこに興味を向けている。

 

 提供者はフィリアとアルゴだった。二人によると、《ジュエルピーク湖沼群》でジェネシスと戦った場所に向かったところ、文章の書かれた石碑を発見したというのだ。ジェネシスと戦った場所はプレミアのクエストを進めるためのアイテムである聖石の祀られていた場所だった。

 

 初めて行った時はジェネシスとの戦いで詳しく調べられなかったけれども、そこにプレミアのクエストのヒントがあると思った二人はもう一度そこへ向かったのだという。その場所で見つかった石碑には、『大地を混沌の黒き闇が覆う時、二人の女神が舞い降り、祈りによって黒き闇は討ち払われん』とあったと、二人は教えてくれた。

 

 これまでプレミアのクエストを進めるにあたって見つけたヒント、聖石や女神などという単語から、俺達はプレミアが女神なる存在だと勝手に思っていた。皆もそうに違いないと言ってくれていたけれども、今回見つかった石碑の文によって、プレミアが女神であるという前提はなくなってしまった。プレミアのクエストは《二人の女神なる存在》が関係しているという事になったのだから。

 

 もしプレミアが女神だった場合には、もう一人の女神が存在している事になるけれども、そのもう一人の女神と呼ぶべき存在を見つけられていないし、情報屋の間でも確認されていない。だからプレミアが女神であるという説は無くなったのだ。

 

 その事から皆は「プレミアは女神の付き人ではないか?」「プレミアは天使みたいに可愛いから、女神の使いの天使じゃないか」などの予想を始めたが、どれも的を得ているようには思えなかった。

 

 結局プレミアの正体は何で、プレミアのクエストを進めた先に待っているものは何か。現状は攻略を続けるしかないという結論が出され、俺達は引き続きプレミアのクエストに関する情報を探し、最新エリアを探索するという作戦のもと、行動する事となった。

 

 

 しかし、その事がわかっても尚、俺は胸に引っかかるものがあって仕方がなかった。

 

 そもそもプレミアは初期設定が《Null》であり、ダミークエストを持っているNPCだった。そんなものが存在している事自体がゲームとしてはおかしな事である。

 

 それにプレミアは他のNPC達と同じ、成長型AIを搭載したNPCなはずなのに、成長力は他と比べて抜きんでており、最近はユイやリラン達と同様に人間性というものを得ていると言っても良いくらいになっている。プレミアは明らかに他のNPC達と差が存在していた。

 

 この事もひっくるめて、セブンに話すべきではないだろうか。セブンもプレミアについて調べていると言っていた。きっとセブンの方でも進んだ事柄があっただろう。その報告も聞きたいところだ。

 

 そのセブンも姉であるレインによれば、研究が山場を乗り切り、落ち着いてきているという。近日中にまた話をすると言っていたので、セブンと意見交換は確実にできるものとなっているのだろう。俺は今からそれが楽しみだった。

 

 セブンと話をすれば、ある程度の事がわかるはず。それまで俺達は俺達で情報を探すのだ。

 

 未知のエリアを探索するという事と、プレミアのクエストの情報が見つかるかもしれないという事が重なり、俺達はいつもより張り切ってフィールドに出かけるようになった。

 

 今日もそうであり、皆は俺よりも早くログインして、先にフィールドに出て《クルドシージ砂漠》の探索に当たっている。俺はかなり出遅れているが、これから向かうつもりだ。

 

 

「けど」

 

 

 今日はいつもより少ないメンバーでの探索になっていた。ユウキとカイムの二人がいないのだ。事情は知っている。

 

 昨日のうちから、カイムは「明日はぼくとユウキは一緒に遊べない。ALOで一緒だったギルドが来るんだ」と俺に連絡してきていた。

 

 カイムとユウキがALOに居た時にギルドに所属していたという話は既に聞いていたし、二人はそのギルドと俺達のパーティを兼任しながら、攻略を進めていたという話も知っている。

 

 そして二人はそのギルドの皆と仲が良く、ただならぬ絆というモノがあるというのもわかっていた。だから俺は特に文句も何も言わず、カイムに「ギルドの皆と楽しんでこい」と言っておいた。きっと今頃、そのギルドの皆の時間を楽しんでいる事だろう。そう思うと、なんだか心の中が暖かくなった気がした。

 

 それは相手がカイムだから、というのが大きいかもしれない。俺もそうだけれども、カイムもまたある時から状況が一変して、現在に至っているのだから――。

 

 

「おはよう、キリト」

 

 

 そう思っていると、上の方から呼び声がした。寝室のある二階とここ一階を繋ぐ階段を伝って、人が下りてきていた。セミロングの髪の毛で、もみあげの辺りを白いリボンで結んでいるという、すっかり見慣れた髪型をしている。いつもの戦闘服ではなく、部屋着としている白緑色のパーカーと白いハーフパンツのセットに身を包んでいる少女。シノンだ。

 

 

「おはようシノン」

 

 

 遅めの朝の挨拶を交わしたシノンは、俺の許へとやってきた。

 

 

「珍しいわね、ここにいるなんて。いつもは私がログインした時、もう街に行っちゃってるのに」

 

「ちょっと情報のまとめをしてたんだ。もう少ししたらいつもどおり街に行くつもりだよ。シノンもか」

 

「えぇ。なんなら一緒に行く?」

 

「そうさせてもらおうかな。というか、向かうところは一緒だし、丁度いいよ」

 

 

 シノンは「そうね」と言って微笑みつつ、俺の隣に座った。直後、俺の展開しているウインドウの中身を興味深そうに覗き見て来た。

 

 

「これって……これまでわかった事のメモ?」

 

「そうそう。プレミアのクエストの情報を整理してたんだ。今日も皆で探索するから、また書き込む事になるんだろうけど」

 

 

 シノンは本を読んでいるかのように俺のメモに目を通していた。読書家であるシノンからすれば、俺のメモさえも読み物として興味のあるものなのだろう。シノンに読まれる事はあまり予想していなかったけれども、こうして読まれるならば、もっと読んでて楽しいものにすればよかったかなと感じた。

 

 

「プレミアのクエストも随分進んだものね。次はもっと大きな事がわかったりするのかしら」

 

「そうだろうな。ユイが「これは大きなキャンペーンクエストかもしれない」って言ってたから、このクエストはきっと壮大だぜ」

 

「楽しみでしょ?」

 

「勿論。これでも筋金を通り越して鉄骨入りのゲーマーですので」

 

 

 シノンはくすすと笑いながら、俺のメモを見続けていた。

 

 かつてのSAOと同じサーバー、同じ基幹プログラムで作られている《SA:O》では、アバターを他のゲームからコンバートする事が出来るようになっている。他のゲームと同じように《ザ・シード》を使ってもいるからだ。

 

 しかし、俺達のようにかつてSAOで使用していたアバターデータをこの《SA:O》にコンバートしてくると、アバターの姿がSAOで使っていたものになるようになっている。その証拠に、ALOでは白水色の髪の毛と水色の瞳が特徴的だったシノンの姿も、ここでは現実世界のそれとほとんど変わらない見た目になっている。

 

 

 見慣れた黒茶色の髪に、同じく黒茶色の瞳――現実世界の彼女と全く同じ特徴を持ったアバターで、俺の隣に座っているのだ。

 

 

「……」

 

 

 そんな彼女を見ていたそこで、俺はふと思い出した事があった。

 

 それは、カイムとのある日の会話だった。

 

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

 三日前 《はじまりの街》の喫茶店 午後十時三十分

 

 

「好きのかたち、だって?」

 

「そうそう。キリトにとっての好きのかたちって、何かな」

 

 

 急に問いかけてきた親友に、俺は思わず向き直る。

 

 

 俺は今日、カイムとパーティを組んでクエストをこなした。ALOでは風妖精族シルフの領主サクヤの側近にして、シルフの中で勝る刀使いがいないと言われるくらいの実力を持っているカイムは、《SA:O》でも同じように刀を振るっていた。

 

 その刀捌き具合は《SA:O》でも変わらず、並大抵のモンスターを瞬く間に蹴散らしてしまうくらいで、中ボスが出てきたとしてもどうという事なしだ。そんなシルフの最強刀使いを親友としている俺はこれ以上ないくらいに安心して、今日やりたかったクエストを一通り終わらせる事が出来たのだった。

 

 そうしてクエストを終わらせてフィールドから帰還した俺達は、《はじまりの街》の喫茶店を訪れ、寝る前のブレイクタイムを楽しんでいたのだった。

 

 

「好きのかたちって……どういう事だ」

 

「ほら、キリトにはシノンさんがいるじゃないか。キリトはシノンさんが好きなんでしょ。キリトはどんなかたちでシノンさんが好きなの」

 

「ん、んんん~?」

 

 

 俺は返答に困った。質問自体がかなり急なのもあるのだが、何よりその内容が理解しがたい。

 

 シノンが俺の恋人であり、俺達が恋愛関係であるというのは俺の仲間達全員が知っている事項だ。だからカイムも俺の恋愛事情をよく知っているし、時にそういう話をする事もある。今回もその話なのだろうが……如何せん内容が掴みにくかった。

 

 俺は確かにシノンの事が好きだ。

 

 シノンが好きだからこそ、シノンと一緒にいる。シノンと一緒に過ごしている。そしてシノンを愛おしいと思っているから、時に恋人らしい事もするし――それ以上の事もするし、シノンを危険から守ろうとするのだ。

 

 俺のシノンに関する行動は全て、シノンが好きだからという事実に根付いている。だからこそ、そのシノンの事がどんなかたちで好きなのかという質問がよくわからない。

 

 

 いや、そもそもこの質問自体がよくわからなかった。

 

 

「ん~とだな。俺は確かにシノンの事が好きだよ。だけどどんなかたちで好きなのかっていうのがよくわからん。詳しく!」

 

「……!」

 

 

 よくわからない質問をしていたというのが自覚できたのだろう、カイムは少し済まなそうな顔をして、手元の飲み物に目を向けた。

 

 

「……キリトにとってシノンさんは恋人なの? それとも家族なの」

 

「えっ」

 

 

 カイムは横目で俺を見た。何か言いにくそうな話をしようとしているかのような様子だ。

 

 

「……誰かに言ってないよね、ぼくがユウキが好きだって話」

 

 

 俺とカイムの間には皆に秘密にしている話がある。カイムがユウキに恋心を抱いているという話だ。

 

 カイムとユウキはALOで知り合い、長らく行動を一緒にしてきているが、その中でカイムはユウキに好意を、恋心を抱いていた。それはユウキも同じであるらしく、二人は俺とシノン同様に相思相愛の関係になっている。

 

 

 だが、お互いにそれを打ち明ける事が出来ずにおり、二人の恋はまだ成就には至っていない。そのままの形で現在まで続いているのだ。

 

 この事を知っているのは俺とカイムだけで、カイムに好意を抱いている――と思われる――ユウキも、カイムの思いを知ってはいない。

 

 

「勿論誰にも話してないけど……なんだ、ついに告白する気になったか」

 

 

 カイムはぶんぶんと首を横に振った。ついに進展させるかと思いきやの反応に、思わずがっくりしそうになる。

 

 

「お前、ALOでも結局告白しなかったじゃないか。ユウキも待ちくたびれてると思うぜ。お前からの告白が来る事に」

 

「……するべきなのかな」

 

「え?」

 

 

 カイムは軽く俯いたまま、言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「ぼく、最近思うんだ。ぼくの中にはユウキが好きっていう気持ちがあるんだけど、その気持ちはユウキが恋人して好きなのかなって」

 

「ユウキが恋人として、好き?」

 

「ぼく、ユウキの事はもう家族みたいに思ってるんだ。キリト達がメカを作ってくれたおかげで、ユウキはぼくと現実世界でも一緒にいるんだ。同じ家で暮らしてるようなものなんだ。だからぼく、ユウキの事は恋人というより、家族みたいな気がしてきて……家族としてユウキが好きなのかなって思ってきて……」

 

 

 現実世界のSAO生還者達の学校に通う俺は、そこで出来た友人達と一緒に《視聴覚双方向通信プローブ》という機械を開発した。これはVR世界と現実世界を繋げる事を目的とした機械で、当初はユイやリランに現実世界をある程度見せてやるためにと思って作った。

 

 しかし、この機会が完成してから数日経ったある時、アスナ/明日奈やシノン/詩乃といった女の子達が「病院に居るユウキ/木綿季に使ってやれないか」という話を持ち掛けてきた。

 

 木綿季はずっと入院しており、メディキュボイドを使用してVR世界に来ている娘だった。そんな木綿季の目や耳に出来るのではないか、現実世界を見せてやる事が出来るのではないかと彼女達は頼んできた。

 

 その頼みを俺達は聞き入れ、木綿季に与えてやるために視聴覚双方向通信プローブを改造。完成したものを木綿季と交流のあるカイム/海夢に渡したのだった。

 

 

 その視聴覚双方向通信プローブは最終的に海夢の持ち物となって、海夢の自宅に置かれるようになり、木綿季は海夢と同じ屋根の下で暮らしているのと等しい状況になったのだった。

 

 そして海夢の話によれば、海夢は視聴覚双方向通信プローブをほぼ常に持ち歩いており、木綿季も海夢の肩から現実世界に触れ続けているという。学校にいる間は流石に無理だけれども、登下校や通学時は勿論、食事なども一緒なのだそうだ。今や木綿季は海夢の家族のように暮らしている。

 

 そんな木綿季の事を、海夢/カイムは家族のように思ってきているというのが現状のようだ。

 

 

「だからキリトに聞きたかったんだ。キリトはシノンさんの事がどんなかたちで好きなの。恋人としてシノンさんが好きなの? それとも家族としてシノンさんが好きなの?」

 

 

 向き直ったカイムからその問いが出てきたところで、俺はようやく答えを掴んだ。

 

 シノン/詩乃が恋人として好きなのか、それとも家族として好きなのか。

 

 

 その答えはずっと前に出している。

 

 

「そういう事か。それなら最初からそう言ってくれよ」

 

「え?」

 

「俺は、シノンの事は家族として好きだよ。SAOで結婚もしてたし、同じ屋根の下で暮らしてたし。一緒にいると本当に気持ちがよくて、いつまでも一緒に居たいって思ってる。だから俺にとってシノンはもう家族なんだ。家族として、シノンの事が好きなんだ。

 親もそう思ってるみたいだし、リーファもそう思ってるみたいだぜ。……まぁ、流石にまだ本当の家族にはなれないけどな、年齢的な意味で」

 

 

 カイムはきょとんとしたような顔をしていた。カイムからすれば驚くべき話だったのだろう。

 

 

「そして……お前もそう思ってるんじゃないか、カイム。お前、ユウキの事を家族だって思ってきてるんだろう。家族として、()綿()()が好きなんだろう」

 

 

 カイム――海夢はもう一度俯いた。頬が若干赤くなっているように見える。

 

 

「……ぼくの親も、木綿季の事は好きみたいなんだ。ぼくの家にいる事も受け入れてくれてるし、木綿季を本当の家族みたいに扱ってくれてる。木綿季も親を拒否してないんだ。それに木綿季は……おねえちゃんにも……」

 

 

 恋人が最終的に辿り着くのが夫婦という家族であると、恋人としての愛情を深め切った二人が家族になると、前にイリスから聞いた。その話は俺と詩乃にも、そして海夢と木綿季にも当てはまっている。

 

 木綿季は待っているはずだ、海夢と本当の家族になるその時を。

 

 

「それなら、木綿季に告白してあげるんだ。木綿季が好きだって、家族になってくれって、言ってやれよ」

 

「本当にそれでいいのかな……拒絶されたりとか、しないかな……」

 

 

 やはりというべきか、海夢/カイムは不安そうな顔をしている。俺よりも場合をネガティブ方向に考えがちなカイムにはよくある事だ。しかし今のカイムの心配は全く持って無意味だと思える。

 

 もしユウキ/木綿季がカイム/海夢の告白を拒否するんなら、木綿季がどうして海夢の家に住む事を選んでいるのか、どうして海夢の両親と仲を深めているかの説明が付かないのだ。

 

 木綿季も既に海夢と家族になっているつもりなんだろうし、本当の家族になる日を迎えるつもりでいるはず。

 

 

「そう心配するな。お前と木綿季は間違いなく上手く行くよ」

 

「本当に?」

 

「そうだよ。だから早く告白をしてやれっての。木綿季はいい()だから、あまり待たせてやるな」

 

 

 海夢/カイムは小さく頷き、飲み物を口に運んだ。あまり変化がないようにも見えるけれど、話は先に進んだはず。カイムは遠からずユウキに本当の思いを打ち明けるだろう。

 

 海夢と木綿季が現実世界で結ばれる日は、もうすぐだ。

 

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

(……好きのかたち、か)

 

 

 頭の中のフラッシュバックから戻り、俺はもう一度隣のシノンを見つめた。

 

 あの時カイムに言ったように、俺はシノン/詩乃の事は家族だと思っている。年齢的な問題でまだそこまではいけないけれど、結婚もしたいし、これからもずっと一緒にいるつもりだ。

 

 何より、守りたい詩乃を見えないところに放置しておく事自体が耐え難い。

 

 最初は恋人として詩乃の事が好きだったのだろうけれど、既に俺の中での詩乃への好きは家族としての好きになっている。

 

 

 けれども、詩乃はどうだろう。

 

 俺は既に詩乃と家族になりたいという事を伝えているけれど、詩乃のちゃんとした思いは聞いていない気がする。詩乃の俺への好きは、どんなかたちなのだろう。

 

 ふと気になって、俺は詩乃/シノンへ問うた。

 

 

「シノン」

 

「うん?」

 

「シノンって……俺の事が好きなのか」

 

「え?」

 

 

 シノンは俺に向き直る。その目は丸くなっていた。結構驚かせてしまったようだ。

 

 

「どうしたの、そんな事を聞いて」

 

 

 その事を聞いて、俺は小さな失敗に気付いた。あの時のカイムのような、話しかけ方、尋ね方を間違えてしまった。ただしくは――。

 

 

「あぁごめん。ちょっと間違えた。シノンは俺の事はどういう風に好きなんだ」

 

「どういう風に好き?」

 

 

 俺はあの時のカイムとの会話を――カイムがユウキに恋心を抱いていて、告白間近である事は隠して――の事を話した。シノンはいつものように静かに話を聞いてくれた。

 

 

「俺は……シノン――詩乃の事はもう、家族だと思ってる。君が家族として好きなんだ。恋人というよりも、家族として好きだ」

 

 

 シノンは目を丸くしたまま瞬きを繰り返している。そのシノンに向けて、俺は改めて問う。

 

 

「シノンはどうかな。俺の事はどう好きなんだ。恋人として好きか? それとも……」

 

 

 シノンはじっと俺の事を見ていたが、やがて何かに安堵したように深呼吸をした。引っかかっていたものがようやく腑に落ちたかのように見える様子だった。

 

 

「なんでそんな事を聞いてくるのかしらってびっくりしたけど……なぁんだ、そういう事だったの」

 

 

 シノンは少しだけ俺と顔を合わせてから、俺の手に自身の手を伸ばして掴んできた。そのまま俺の両手を胸の前に持ってきて、自分の両手で覆ってくれた。何度も感じている彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。

 

 

「私もあなたと同じよ。あなたの事は家族として好き。私も、これでもあなたの事はもう家族だって思ってる。あなたと家族だって……家族として愛し合ってるって、そう思ってる。家族として愛し合って、家族としてずっと一緒に生きていきたいって、そう思ってるわ」

 

 

 シノンはもう一度俺に顔を向けてきた。その頬は暖かい桜色になっている。

 

 

「ううん、家族として好きだけじゃない。あなたの言った恋人として好きもある。それだけじゃないわ。こういうあなたへの好きのかたちは沢山あるし、これからもっと増えていくと思う」

 

「増えていく?」

 

「うん。今は恋人として好きと、家族として好きがあるけど……将来結婚する事を約束してくれてる人として好きもあるし、一緒に居てくれる事を約束してくれた人として好きもあるし、守ってくれる人として好きもあるわ。

 それに、あなたと本当に結婚したら、夫として好きが出来て、ユイの妹か弟が出来たら、父親として好きが出来て……これから沢山好きのかたちが出来ていくと思うの」

 

 

 シノンは俺の手に静かに額を付けた。シノンの手に包まれて暖かい手が、更に暖かくなった。

 

 

「そういう色んな好きのかたちを全部ひっくるめて、私はあなたが好き。色んな好きが沢山あって仕方ないあなたが、私はどうしようもなく大好きよ」

 

 

 改めて聞かされたシノン/詩乃からの告白。その一言一句が耳へ入り、胸の中に落ちると、身体が心地よい暖かさに包まれた。

 

 俺の好きな人であり、生涯一緒にいる事を誓い、守り続ける事を、愛し続ける事を決めた人は、こんなにも俺の事を思ってくれている。

 

 周りからすれば異変を抱えまくっている俺を、こんなにも愛してくれている。

 

 俺を愛してくれる詩乃はこんなにも暖かくて、どうしようもないくらいに愛おしい――その確信が改めて雫となって胸の中に落ちると、俺はたまらず詩乃/シノンの手から自分の両手を引き抜き、そのまま彼女の身体に手を伸ばして、そのまま一気に引き寄せた。

 

 

 シノンが小さな悲鳴を上げながら俺の胸の中に入ってくると、俺はすかさずその背中に手を廻し、しっかりと抱きとめた。

 

 もう何回目だろう、こんな事をするのは。でも飽きた事は一度たりともないし、飽きが来る事はない。そればかりか喜ばしい事に、この回数は彼女の告白のおかげで、これからも増えていく事が確定している。

 

 そんな事を考える俺の胸の中で、シノンは小さく声をかけてきた。

 

 

「……キリト?」

 

 

 俺はシノンの頭に手を伸ばして、その髪の毛を撫で上げた。仮想世界のものとは思えないくらいに、指触りが良い。

 

 

「……俺も、君への好きのかたちは一つじゃないよ。恋人として好きだし、家族として好きだし、守るべき人として好きだし、一緒に居てくれる約束をしてくれた人として好きだ。色んなかたちの好きを全部まとめて、俺も君が好きだ。

 どうしようもないくらいに君が大好きだよ……これからも、ずっと……」

 

 

 シノンは何も言わなかった。しかし間もなく小さく微笑むような声を出して、俺の胸に顔を擦り付けてきた。じんわりと身体が暖かくなったところで、シノンは小さな声で言った。

 

 

「もう一度言わせて……キリト……ううん和人……大好きよ」

 

 

 俺は彼女と同じように微笑み、再度彼女の髪を撫でた。その中で――いや、今回こうして話し合った事で、俺は見つけ出した真実がある事に気が付いていた。しかもそれはどうしてもというくらいに彼女に伝えたいものだ。

 

 ある種の衝動に駆られたように、俺は手をシノンの両頬に添えた。そのまま優しく顔をこちらに向かせると、シノンはゆっくりとその目を閉じた。きっと唇を求めているのだろう。

 

 その期待を裏切ってしまう事をすまなく思いながら俺は――シノンの額に自身の額を合わせた。

 

 

「へっ、キリト?」

 

「シノン、今改めて気付いた事あるんだけど」

 

「なに?」

 

 

「シノンって、どうしようもなくかわいい」

 

 

「えっ、かっ、かわい……!?」

 

 

 すぐそこにあるシノンの目がもう一度丸くなる。それもかなりの勢いだ。頬は桜色を通り越して赤色に染まっていく。その様子をじっくり見てから、俺は彼女の額に自身の額を優しく擦り合わせた。

 

 ずっとやってなかった、彼女も認めている俺達だけのスキンシップだった。

 

 

「えっ、ちょっ、ちょっと、きりっ、と……なにっ……」

 

「前からずっと思ってたけど、やっとわかった。シノンはかわいいよ。俺の好きのかたちには、どうしようもないくらいシノンがかわいいからっていうのもちゃんとあるんだ。君がどうしようもなくかわいい。だから、こうしたい」

 

 

 俺はスキンシップを続けた。言葉では嫌がっているようだが、シノンはそれをしっかりと受け入れてくれている。ただ、何かに焦っている様子はあるが。

 

 

「やっ、ちょっと、かわいいとか言わないでっ……」

 

「嫌なのか」

 

 

 シノンは満更じゃない事を証明してきた。スキンシップをやり返してきたのだ。

 

 

 

「嫌じゃない。嫌じゃないけどその……かわいいとか言われると……くすぐったい」

 

 

 

 その一言を聞いた俺は動作を止めた。何か強いものが胸の中を飛んだ気がした。そしてそれのせいなのか、額を付け合っているシノンのかわいさが更に増したような気がして、たまらずスキンシップを再開する。

 

 

「シノンさん~あまりそういう事言わない方がいいですぞぉ~あまりのかわいさに余計にくすぐりたくなってしまいます」

 

「だから、くすぐったい、かわいいとか言わないでってば……」

 

「いーや言うね。やっぱりシノン、どうしようもなくかわいい」

 

「ん―――~~~~~~~……」

 

 

 シノンは猫のように喉を鳴らしながら、強めのスキンシップをしてきた。

 

 様々なかたちの好きが集まるシノンのあまりのかわいさに、俺のくすぐりはしばらく続いたのだった。

 

 




 原作でもアニメでもゲームでもどこでも、シノンはかわいいですね。


























































 そしてアリシゼーション編で出てきたあの醜悪貴族二人はKIBTにて大の字ジャンプで原作以上のバッドエンドへ飛び込み確定。慈悲はない。

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