キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 メリクリ。

 引き続きカイムパートですが、どうぞ。




06:菖蒲色の転機

           ■■■

 

 

 おねえちゃんが死んだ後、ぼくは行けなかった世界へ行く事が出来た。ナーヴギアが回収された後、アミュスフィアというナーヴギアに搭載されていた危ない機能を全てオミットしたVRMMO機器が発売されたのだ。ナーヴギアよりも安価で手に入るそれを、ぼくは迷わず買って、行けなかった仮想世界への道を手に入れた。

 

 そして選んだ仮想世界の名前は、アルヴヘイム・オンライン。ALOと呼ばれるそれは、レベルではなくスキル制を採用していて、自由に空を飛び回れる妖精になって世界を冒険できるというVRMMORPGだった。

 

 おねえちゃんを喪ったうえに、勝手に世界中の患者を救った英雄扱いされているのを上乗せされたぼくは、このALOにのめり込んだ。

 

 アバター作成時にぼくの選んだ種族はシルフ、その他の容姿などはシステムによって勝手に決められるようになっていたけれど、どういうわけかぼくのアバターは現実のぼくと同じ髪色と目の色をしている、長身の青年のそれになった。

 

 現実世界の身体と身長が全く異なるうえに、背中から翅を生やして空を飛ぶ事の出来るシステムがあるおかげで、最初は色々と戸惑う部分も多かった。しかし、元からSAOへ行きたいという希望もあったからか、ぼくはすぐにALOのシステムに慣れる事が出来、他のゲームでも気に入って使っている刀をメイン武器として戦い、世界を飛び回る日々を送っていった。

 

 このALOはプレイヤー間での対戦や競争、勢力抗争がメインとなっているゲームだったので、強いプレイヤーほど注目される傾向にあった。ぼくは自覚は無かったのだけれど、プレイしていく中でプレイヤースキルが高くなっていき、ついにはシルフの中で最も刀の扱いにたけているプレイヤーという扱いを受けるようになっていた。

 

 そんな事もあってか、ぼくに挑んでくるプレイヤーの数も日に日に多くなっていった。ログイン中に二回以上デュエルを申し込まれる事も珍しくない。あまりに沢山のプレイヤー達が挑んできたけれど、ぼくは身体に叩き込んだプレイヤースキルで全て返り討ちにした。

 

 ぼくは全てのプレイヤーと比べて自信があったわけじゃないし、負ける可能性も十分にあった。でも、負けたくなかった。そう思って戦う事で、刀を振るう事で、ぼくはどんなプレイヤーが来ても勝つ事が出来た。勝って、ぼくは強くなっていった。

 

 そんな事をしているうちに、ぼくの評判はシルフ領土のあちこちに広がっていき、ついにはシルフの領主を務める、ぼくと同じ刀使いであるサクヤという女性に声を掛けられた。

 

 サクヤが話しかけてきた理由はただ一つ。ぼくを側近にスカウトしたいという事だった。シルフならば誰でも知っていて、シルフの中でも抜群の美貌を持つサクヤ。そのサクヤの側近になる事はシルフ――全ALOプレイヤーの憧れなんて言われていた。

 

 その誰もが憧れるところへぼくは導かれた。しかしぼくはこれを大して喜ばしくは思わず、ただ流れに任せるような形でサクヤの側近になった。おねえちゃんが死んだというショックがあまりに大きすぎて、感情が麻痺していたのかもしれない。

 

 

 けれど、そこが一つのターニングポイントだったと思う。

 

 シルフ領を治めるサクヤは、確かに美しい女性のアバターの持ち主だったけれど、ぼくが注目したのはそこじゃない。ぼくと同じように和服を基にした服を着て、腰には太刀を下げていたのだ。ぼくとサクヤは同じ種族で同じ趣味の服を着て、同じ武器を使って戦っていた。

 

 そんな共通点を好ましく思ったのかもしれない、ぼくはサクヤと話をした。領をまとめるだけの人物だから、厳格な人なのかと思いきや、サクヤは結構気さくな人物で、話しても全然苦じゃなかった。

 

 その中でぼくは気付いた。サクヤはシルフ領どころか、ALO全体で指折りの実力を持つ刀使いだった。だからその強さと美貌ばかり注目される傾向にあるけれど、それ以前に彼女は気さくで優しい女性だったのだ。

 

 

 そしてある時サクヤはぼくに言ったのだ、「お前は一人で戦ってきたのだろう」と。

 

 

 ぼくは沢山のプレイヤー達と戦ってきたけれど、友達と言えるプレイヤーは居なかった。現実で塞ぎ込んでいたせいで、友達や仲間を作ろうと思わなかったのだ。ぼくはぼくが強いシルフだから、サクヤがスカウトしに来たと思ったし、屋敷に呼んでくれたりするのもぼくが強いシルフだからだと思っていた。

 

 そして実際そうだったのだけれど、彼女はぼくと過ごすうちに、ぼくがソロプレイヤーである事に気付いたらしい。

 

 「お前が一人で戦っているようなプレイヤーだからこそ、私はお前に声を掛けたり、お前を呼んだりするのだ」。彼女はそう言った。彼女はぼくの友達になろうとしてくれていたのだ。

 

 だから、ぼくは他種族との抗争時には率先してサクヤを守って戦ったし、よくサクヤの屋敷に行って一緒にお茶を飲んだりした。そしてぼくはいつしかサクヤの事を、目上の女性を示す「(ねえ)」と呼ぶようになったのだ。

 

 

 おねえちゃんとかじゃなく、ねえちゃんとかでもなく、姐。サクヤがおねえちゃんじゃない事くらいはよくわかっていたから、間違ってもおねえちゃんと呼ぶような事はしなかった。そもそもサクヤとおねえちゃんは全然似ていなかったのも助かった。

 

 そんなこんなで、ぼくは姐と呼ぶようになった領主サクヤのために、ALOで戦う日々を送った。その中でぼくと仲良くなったプレイヤーの数も多くなったし、ぼくの気力も通信教育を受けられるくらいに戻っていった。

 

 でも、それはごく僅かで、学校に行ったりする気力や、おねえちゃんの事を思い出して悲しまないような強さを与えてくれるようなものじゃなかった。そして仲良くしてくれる女性である姐の事も、好きになるような事はなかった。

 

 

 ぼくの日々は変わったようで、変わらなかった。

 

 

 けれど、そんなある時だ。ぼくの主治医の一人である倉橋先生から電話があった。

 

 なんでも、ぼくの身体から見つかったウイルスを利用した新薬を投与した事で、エイズを治す事に成功した患者が、あの病院にいるらしいのだ。

 

 その話を聞いたぼくは溜息を吐きたかった。アメリカ、イギリス、ロシア、果ては南アフリカのエイズに苦しむ患者が新薬によって助かったなんて話は新薬が開発されてからいくつも聞いた。しかもその患者達は決まって新薬の開発者達にお礼を言い、ぼくには何も言わないのだ。開発者達もぼくの身体から見つかったウイルスがなければ新薬を作る事なんてできなかったというのに。

 

 だから、倉橋先生の話も聞きたくなかったけれど、思わず止まるような事を倉橋先生は言った。

 

 その患者は無菌室に居て出られないでいるけれど、ぼくのようにフルダイブマシンは使っていて、ぼくと同じALOをやっている。現実で会うのは難しいから、ALOで会って、直接お礼を言いたいと言っているらしいのだ。

 

 だから、ALOでのアバターネームと、種族を教えてほしいと頼んできている――というのが倉橋先生からの話だった。

 

 

 なんでALOのアバターネームと種族を教えなきゃいけないのかと思ったけれど、別に教えておいても問題はない。重要個人情報を晒すわけじゃないから。ぼくは倉橋先生を通じて、その患者に自分のアバターが「カイム」である事、シルフである事を伝えた。

 

 でも、そんな名前のプレイヤーは沢山いるし、シルフの中にも同名の人はいる。だからその人がぼくを見つけられる可能性は低い。どうせ会えないだろう――そう思ってぼくは、いつもどおりALOでの遊びを楽しむ事にした。

 

 

 だが、その日の夜だった。ぼくはその時クエストを受注してボスモンスターとの戦いに挑んでいたのだが、そこに乱入者が現れた。乱入者は目にも止まらない速度でボスモンスターを片付けて、ぼくとボスモンスターとの戦いを半ば強制終了させた。

 

 菖蒲色の長髪をなびかせて、頭に赤いリボンを付けている、紫色の軽装に身を包んだ、片手剣使いのインプの女の子――それが乱入者の正体だった。女の子は戦闘を終わらされてきょとんとしているぼくに近付き、言った。

 

 

「君がカイムだよね!? ボクを助けてくれてありがとう!!」

 

 

 突然現れてとんでもない剣捌きを見せつけた挙句、自分をボク呼ばわりして、ぼくに助けてくれてありがとうなんて言った女の子。

 

 

 名をユウキというその娘との出会いが、ぼくの全てを変えた。

 

 

 

 

           ■■■

 

 

 

 

「君と会った時の事はすごくよく覚えてる。まさかあんなふうに来るなんてね」

 

 

 スピーカーから悪戯っぽい声がする。仮想世界の中に用意されたスペースで、実際そんな顔で笑っているのは確かだろう。

 

 

『ちょっとびっくりさせちゃおうって思ったんだ。海夢ってば、本当にびっくりしてくれたね』

 

「誰だってあんな事されたらびっくりするよ。けど、よく倉橋先生からの話だけでぼくを見つけられたね」

 

『シルフの人達に聞き込みしたら、すぐにわかったんだ。シルフでカイムって言ったら、サクヤさんの側近のカイム以外ありえないって。シルフでカイムなんて名前の人は結構いそうなのにね。カイムの知名度はすごかったんだよ』

 

「それでも間違ってたらどうするつもりだったの」

 

『考えてないよ。一発で当たったから!』

 

 

 その一言に倉橋先生も治美先生も笑う。如何にも木綿季らしい答えではある。

 

 ぼくは認めざるを得ない。こんな無鉄砲な出会い方をした木綿季のおかげで、ぼくの日々は劇的に変わったのだから。

 

 

「でも、木綿季くんとの出会いで随分と変わりましたね、海夢くん」

 

 

 倉橋先生の言葉に頷く。

 

 

「そう、ですね。ぼくも木綿季と出会ったのは本当に良かったと思います」

 

『ボクもそう思ってるよ。海夢に出会えて本当に良かった!』

 

 

 スピーカーからする元気な声。初めて出会った時にも聞いた声色。ぼくは木綿季と出会ってからずっと、この声を聴いて生きてきた。

 

 

 あの時突然やって来たインプの女の子であるユウキこそが、倉橋先生が教えてくれた患者だった。

 

 本名を紺野(こんの)木綿季(ゆうき)というその娘は、ぼくが通院する病院の最深部、当時実装されてあまり日が経っていなかったメディキュボイドという医療用機械を使っている人だった。

 

 後で倉橋先生と治美先生に聞いたところ、木綿季はぼくやおねえちゃんと同じようにエイズを患っていたという。エイズになっていたのは木綿季だけではなく、両親、姉といった木綿季の家族全員であり、ぼくと知り合った時には既に家族全員がエイズによって死亡。木綿季自身も間もなく末期へ突入するところだったけれど、ぼくの身体から発見されたウイルスで開発された新薬を投与される事で奇跡的に回復したんだそうだ。

 

 木綿季は自分が助かる事なんか予想もしていなかったそうで、家族同様に死を待つだけだと思っていたそうだが、その運命がひっくり返った事に歓喜して、ぼくに直接礼を言いに来たと言った。

 

 

 ぼくにとってはそれが驚きだった。今まで新薬を投与された患者の中に、ぼくにお礼を言った人はいなかった。誰もが病気が治ってよかったとか、新薬をありがとうとか、そんな事しか言わなかったのだ。

 

 だけど、木綿季だけはぼくにお礼を言ってきた。わざわざALOでぼくを見つけ出して、お礼を言ってきたのだ。

 

 ぼくは驚く半面、それがとても嬉しかった。

 

 

 

 それからというもの、木綿季/ユウキはぼくにつきっきりになった。ログインすればまずユウキが出迎えてきて、クエスト行く時もユウキが一緒で。ストーリークエスト進めるのも勿論一緒だった。

 

 流石にサクヤ姐の護衛任務だとか、シルフ領内の領主の屋敷の仕事の時とかはそうじゃなかったけれど、そういった時以外はユウキがいつも一緒に居てくれた。

 

 一緒にALOを旅して、一緒に戦って、一緒に苦楽を共にした。

 

 

 ユウキはぼくと違って、いつも笑っていて、底なしと言わんばかりに元気だった。ぼくが疲れていてもお構いなしで――元気にぼくの事を振り回した。ぼくのALOでの日々は、ユウキという元気な女の子に振り回される日々に変わっていった。

 

 そんな日々を送っていったおかげで、三ヵ月くらいで学校に通えるようになったし、おねえちゃんが死ぬ前と同じくらいの気力を取り戻す事も出来た。それもきっとユウキのポジティブさにブン回され続けたおかげと、ユウキがリーダーを務めるギルドであり、構成者メンバー全員が病人である《スリーピング・ナイツ》の一員になったおかげであるというのは、わかっているけれど本人言っていない。

 

 

 そんな底なしポジティブ少女ユウキが、SAOに閉じ込められるという事件もあったけれど、その時ぼくは塞ぎ込む事もなかったし、不安になる事もなかった。ユウキならSAOなんか突き破って出てくると信じていたからだ。スリーピング・ナイツの皆の中にはユウキの身を案じる人もいたけれど、ぼくはユウキを信じて待った。

 

 そしてユウキはある時本当にSAOから帰還した。親友である和人達と一緒に。てっきりSAOに囚われて死んだとばかり思っていた和人まで戻ってきた時には、ユウキが取り戻してくれたんじゃないかと思ったりもした。

 

 そしてぼくは戻ってきた和人とまた会う事が出来て、ユウキとまた話をする事が出来て――和人/キリト達とVRMMOで一緒に遊べる日々を手に入れる事が出来たのだった。

 

 

「私はあなたが入院していた時から見ていたけれど、木綿季ちゃんと出会ってからのあなたの変わり方は目を見張るものがあったわ。木綿季ちゃんはとてもいい影響を与えてくれたのね」

 

 

 治美先生が穏やかな顔をして言う。実際そのとおりだ。ぼくが学校に行けるようになったのも、ある程度ポジティブさを取り戻せたのも、全部木綿季がぼくに構ってくれたおかげだ。まぁ、その代償として木綿季/ユウキにブン回されて疲れの溜まる日々を送る事にもなったんだけど。

 

 そしてこの疲れの日々は場所が《SA:O》に移った今でも変わっていない。

 

 

「まぁ、毎日振り回されてますけれどね。木綿季の元気さには困ってるかもです」

 

『えぇ、そうだったの!? 海夢はちゃんと付いてきてるじゃない!』

 

「付いていってるけれど、それでもやっとなんだよ。たまには休ませてほしいな」

 

『それ、海夢のスタミナが足りてないだけじゃない? スタミナ付ければ付いてこれるようになるよ』

 

「君のスタミナとぼくのスタミナを一緒にしないで。全くどこからそのスタミナが出てくるんだか」

 

 

 木綿季が如何にも文句がありそうな声を出す。こんなやり取りをするようになったのも木綿季と出会ってからだ。おねえちゃんとこんなやり取りをする事はなかった。そのやり取りにもう一度倉橋先生と治美先生が笑ったのを見てから、ぼくは二人に尋ねた。

 

 

「治美先生、倉橋先生。木綿季は出て来られるんでしょうか。新薬は効いてるんでしょう」

 

 

 二人ははっとしたような反応を見せた。木綿季は新薬を投与された事で、エイズが治っている。身体の中にHIVはいないはずなのに、木綿季は未だに無菌室の中、メディキュボイドの中に引きこもりっぱなしだ。他の患者のように、もう無菌室に居る必要はないはず。

 

 

「そうね。その事を話そうと思っていたのよ」

 

 

 治美先生は表情を極めて真面目なものに変える。

 

 

「木綿季ちゃんに新薬が投与されてからの容態だけれど、極めて良好よ。木綿季ちゃんの身体に十四年以上巣食っていた薬剤耐性型HIVは全て新薬のウイルスに駆逐された。免疫細胞も新たに作られてきているし、そのおかげで他の患者達にも与えている栄養剤とか点滴を投与する事も可能になっているわ。木綿季ちゃんの身体は本来のかたちに戻ろうとしている。もうあと少しだとは思うのだけれど……」

 

「思うのだけれど?」

 

 

 話は倉橋先生にバトンタッチされた。倉橋先生は和人のように顎もとに手を添えて、上に目を向ける。

 

 

「奇妙な事に、木綿季くんの身体の中に新薬のウイルスがいつまでも残り続けているのです。新薬に含まれるHIVを食べるウイルスは、HIVを食べ終えるとそのまま死滅します。これは世界各国の病院で確認されている共通事項なのですが、木綿季くんの体内のウイルスだけは、何故か生き残り続けています」

 

 

 ぼくは首を傾げた。木綿季の身体の中にHIVがしぶとく生き残っているとでもいうのか。

 

 

「木綿季の中にHIVがまだいるって事ですか。十四年生き続けたHIVを駆逐するのには時間がかかるとか、そういうものでしょうか」

 

「そんな事はありません。現に木綿季くんと同じくらいHIVを内包し続けた患者でも、新薬を投与すれば二週間前後でHIVの完全消滅が認められます。木綿季くんに新薬が投与されたのは二年近く前ですから……木綿季くんの体内にHIVが残り続けているというのはありません」

 

「じゃあなんでそんな事に……」

 

 

 治美先生が倉橋先生からぼくと木綿季に目線を向け直す。

 

 

「それを今調べている最中なの。その原因を特定するまで、木綿季ちゃんのメディカルチェックを中断したり、木綿季ちゃんの現状を変えるわけにはいかないの。だからもう少しだけ我慢して、木綿季ちゃん」

 

 

 木綿季の身体がHIVに侵されていたのはもう昔の話だ。だからもう木綿季は出てきていいはずなのに、新たな出来事があったから出てこれない。

 

 新薬誕生の経緯を体験しているぼくからすれば、新たな出来事の連続は慣れたものだけれど、この出来事のせいでずっと閉じ込められている木綿季が外に出られないというのは、苛立ちを感じる。そして木綿季も苛立ってきている頃かと思ったけれど――現実はそうでもなかった。

 

 

『ボクは別に大丈夫ですよ。もう少ししたら外に出られるっていうのは、もう確定してるんですよね』

 

 

 木綿季は全然気にしていないようだ。メディキュボイドの中に居て三年以上だから、その中に居続ける事も全然苦じゃないんだろう。そんな木綿季のポジティブさに安堵するように、治美先生は頷いて見せる。

 

 

「えぇ、そうよ。あなたはもうすぐ外に出られるわ。これだけは約束できる」

 

『なら我慢できます。ボク、ここから出られる日が来るのが楽しみで――』

 

 

 しかし、治美先生の表情はすぐに曇り空のようになった。

 

 

「だけど木綿季ちゃん……あなたは外に出られて、退院できても……行く場所が……」

 

 

 その言葉に木綿季は黙った。

 

 木綿季の家がどこにあるのかはぼくも知っているし、実際に木綿季から話を聞いて行ってみた事がある。もし木綿季が退院したならば、住むところはそこだけれども……そこはもう少ししたら取り壊される予定だ――親族達が木綿季がメディキュボイドの中で黙っている事を良い事に勝手に話を進めたせいでそうなった――そうで、木綿季が退院する頃には更地になっている可能性が高い。

 

 勿論取りやめさせる事も出来たんだろうけれど、それが出来るのは権限のある大人だ。木綿季はまだ子供だから、そんな権限は持たされていない。

 

 ならば親族や親戚のところにいかせるかという話もあるけれど、木綿季の家族の親戚や親族は皆仲良く揃いに揃って木綿季を忌々しく思っているようで、到底預けられるような状態じゃないという話だ。

 

 木綿季は退院したとしても、どこにも行くところがない。

 

 

『……そういえばそうだった。ボクはここから出て……どこに行ったら……』

 

 

 木綿季の声に珍しく落ち込みが混ざる。退院できる、メディキュボイドから出られるという話にだけ注目してしまって、その後の事を考えていなかったのは明白だった。

 

 倉橋先生も、治美先生も悲しそうな顔をして木綿季を見ている。病院側としても、健康な人間を生活させられるような余裕があるわけではないのだ。健康になった患者は出て行かせる必要があるのだから。

 

 

『……海夢ぅ』

 

 

 

 予想通り、木綿季はぼくに助けを求めてきた。いつもブン回すお返しとして、こればかりは自分で考えろと言ってやりたいのもあるけれど、それよりも言いたい話がぼくにはある。

 

 

 木綿季本人に代わって木綿季のスケジュールを作るぼくが、こっそり作っていたもの。

 

 おかあさんとおとうさんと話をして、決めた事。

 

 後は木綿季に話して、良いか否かを聞くだけになっていた話だ。

 

 

 その話を、ついにぼくは木綿季に伝えた。

 

 

「……木綿季はどこにも居場所がないよ。ムカつくけど、あの家の解体の話は進んじゃってるみたいだし。退院した頃には、あの家もきっと更地になってると思う」

 

『……』

 

「だからさ木綿季。君がちょっと病院に戻ってる間に、おかあさんとおとうさんと話をしたんだ」

 

『え?』

 

 

 ぼくは立ち上がり、無菌室へ近付いた。分厚いガラスの向こう、様々なコードに繋がれて、頭を巨大な機械に覆わせている少女に向けて――しっかりと伝えた。

 

 

「木綿季。ぼくの家の養子……ぼくの妹にならないかな」

 

 

 

 




――キリトとカイムの違い――

 
・カイムの方が言い方に棘がある。

 
・重要な事はあまり言わない。

・若干ネガティブ思考。
























――軽いネタバレ――

・KIBTでアドミニストレータは、死なない(予定)。

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