キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:嵐を舞う白亜の猫 ー白の竜剣士との戦いー

 急に状況が変わった。ユウキはそんな気を感じて仕方がなかった。ヴェルサとのデュエルをする事になったまではよかったが、ヴェルサはデュエルの最中で様子を急変させた。

 

 突然ユウキの事をキリトの仲間と叫んだ。その時ヴェルサのマフラー――正確には帽子から伸びている垂れなのだが――が外れて、隠されていた素顔が露見したのだが、そこでユウキは絶句する事になった。

 

 ヴェルサのまさに美少女のそれというべきその顔には、笑みが浮かんでいたのだ。

 

 

「ヴェルサ、笑ってる……?」

 

 

 疑問を口にしてもヴェルサに届いている気配はなかった。ヴェルサとの距離が離れているからというのもあるのだろうが、周囲のプレイヤー達の喧騒やら歓声やらがユウキとヴェルサの会話を明らかに妨げている。何を言ってもきっと聞こえないだろう。

 

 いやそもそも、今のヴェルサにユウキを聞くための耳は存在しない――ユウキはそうとしか思えなかった。

 

 

「しッ!!」

 

 

 直後、ヴェルサは噛み合わせている歯の間から声を出し、ユウキに再び突進を仕掛けてきた。地面を蹴り上げて、かなりの速度で近付いてくる。その速度は自分とキリトの全速力に近しいくらいだ。自分やキリトと同じように、AGIを重点においたスキルやステータス構成にしていたのだろう。

 

 猫の帽子を装備しているせいなのか、白毛(アルビノ)のチーターにも思えるヴェルサは、既にユウキの目の前にまで迫ってきていた。これだけのAGIに重点を置いたヴェルサを振り切るのは自分でも不可能だろう。ヴェルサの攻撃と動きに遅れをとらないように、自分も反撃を仕掛けていくしかない。

 

 一瞬のうちに判断を下したユウキは、振り下ろされてきたヴェルサの双剣に向けて突きを繰り出した。

 

 

 攻撃に攻撃を繰り出す事で弾くカウンター、《パリング》。

 

 

 金属音に伴って赤橙色の火花が双方の顔を照らした刹那、ヴェルサの体勢が僅かに崩れを見せる。STRがあまり高くないならば、ここで大きな隙を作るけれど、ヴェルサの作った隙はかなり小さい方に入っている。ヴェルサはSTRのバランスも良くなるような装備構成にしているらしい。こういった立ち回りの気配りもしっかりできているのが、ヴェルサの強さの秘訣のようなものだろう。

 

 感心を交えながら、ユウキは隙を作ったヴェルサに向けて突きを繰り出す。光は宿らせない。これだけの動きをするヴェルサにソードスキルを使うなど、ボーナスタイムを与えるだけだ。

 

 ソードスキルじゃないけれども、AGIが高いユウキから繰り出される切っ先は真っ直ぐヴェルサへ向かう。突ききっても手応えはない。ヴェルサはユウキの切っ先を受ける寸前で体勢を戻し、身体を逸らして回避していたのだ。

 

 その隙を突いて、ヴェルサはもう一度振り下ろしを仕掛ける。今度は双剣をクロスさせての振り下ろし、当然光は宿っていない。ヴェルサもソードスキルを使うつもりはないようだ。

 

 ヴェルサからのクロスを描く攻撃を、今度はユウキは片手直剣で防御する。ぎいんという鋭い金属音が鳴ったのを皮切りに、ヴェルサは一気に速度を上げて連続攻撃を仕掛けてきた。あらゆる角度からヴェルサの剣が飛んでくる。

 

 

「ぐっ、うっ、ぐぅッ!」

 

 

 まるで嵐のような剣撃。それは時にキリトとレインがやる事もあったものだが、彼らのものとは決定的に異なっていた。キリトやレインがやった時には、その素早い剣閃は美しさを感じさせる軌道を描いて対象を切り裂く剣舞となる。

 

 だが、ヴェルサの繰り出す剣はそんなものではない。

 

 相手を徹底的に切り刻み、叩き潰す事を目的としているような剣の嵐だ。

 

 

「ふっ、ぅふっ、ははっ、あははははッ!!」

 

「……ッ!」

 

 

 それを受け止め続ける事で、ユウキはぞっとする真実にたどり着いたような気がした。

 

 

 ヴェルサは笑っている。こちらに聞こえるくらいの声で笑いながら、ヴェルサは剣撃を繰り出してきていたのだ。

 

 

 自分もデュエルがヒートアップするくらいのものだったならば、つい楽しさのあまり笑ってしまう事もあるけれど、ヴェルサの笑いからはデュエルそのものの楽しさが故というものを感じない。

 

 まるで叩き潰したい相手にようやく出会え、手合わせ出来、本当に潰せる瞬間を迎えたかのような、怒気と殺気、恋い焦がれが混ざった笑いだ。

 

 

 ヴェルサはデュエルをしていない。

 

 潰し合いをしている。

 

 自分を潰すつもりで、攻撃してきているのだ。

 

 

 そうとしか思えない。

 

 

「なん、だッ……!?」

 

 

 ユウキは怒濤の攻撃の合間を縫い、周りをちらと見た。ヴェルサのファン達は歓声を上げて大手を振っている。まるでアイドルのライブで興奮してサイリウムを振っている観客達のようだ。

 

 

「ヴェルサちゃーん!」

 

「ヴェルサちゃん、いけいけー!」

 

「どっちも頑張れー!」

 

 

 その誰もがアイドルの戦う様に熱狂しているが、アイドルの異変に気付いている様子はない。そればかりか、アイドルの素顔がようやく見えた事に気付いている様子もないようだ。

 

 いや、気付いている者もいるのだろうけれど、顔見せしなかったアイドルの素顔がようやく見られた喜びに支配されて、アイドルがおかしくなっているという肝心な事に気付いていないのだ。

 

 《SA:O》のアイドルが一般プレイヤーに潰し合いを仕掛けているという事に気付いているのは、自分ただ一人だけらしい。

 

 

「なんで――うぐッ!?」

 

 

 驚いてしまったのは甘かった。防御が一瞬だけ崩れて、ヴェルサの剣先が顔に到達し、頬を僅かに抉った。熱さと痛みに似た不快感がそこを中心に走り、意識がこの場に固定された。同時に、ヴェルサの負の感情が渦巻いているようにしか見えない笑みがより深いものへ変わる。

 

 ようやく感じられた手応えに喜んでいるのか、それともこちらへの叩き潰しが進行した事が嬉しいのか。いずれにしても正常な感情を抱いているようには思えない。

 

 もう加減している場合でもなんでもない。ヴェルサはスリーピング・ナイツを助けてくれた恩人だが、そんな事を構っている余裕などなかった。

 

 

「このぉッ!!」

 

 

 ユウキは音が鳴るくらいに歯を喰い縛って体勢を戻し、ヴェルサの迫り来る剣に振り下ろしを仕掛けた。音楽のように連続していた金属音が一度だけ一際大きく鳴り、それ以降が無くなった。反撃されるのが予想外だったのか、笑ってばかりだったヴェルサの顔には今、驚きの表情が浮かんでいる。

 

 

 以前ALOでアスナとデュエルした時、彼女はSAOや現在同様に細剣を振るっていた。細剣使いは自分の知る者の中にも沢山いるが、アスナの細剣の速度は誰よりも遥かに早かった。だからこそアスナはSAOの時には《閃光》と呼ばれたわけだが、その速度や動きをユウキは見切れたし、彼女の繰り出すソードスキルの《カドラプル・ペイン》さえも見通してパリング出来た。

 

 そして幸いな事に、ヴェルサの速度はアスナの剣捌きに及んではいない。確かに常人よりも早い剣捌きだが、ユウキの目に止まらないものではなかった。

 

 

 ユウキは大きく息を吸い、意識を研ぎ澄ませた。自分と手元の剣を一体化させ、自分自身を一つの剣にするようにイメージする。

 

 直後、常人の数倍の早さで体勢を建て直したヴェルサが剣の嵐を再度繰り出してきた。初撃は右上からの振り下ろしと左下からの切り払い。迫り来る二本の刃にそれぞれ狙いを付け、まず右から振り下ろされてくる剣に突きを放った。

 

 カンッという鋭い音が鳴って手応えが来ると、剣の柄を持ち直しながらそのまま切り払って左からの水平斬りを同じく水平斬りを放ってパリングした。丁度その時、ユウキの思惑通りに剣がヴェルサの腹を水平に抉った。

 

 

「ぅぐッ」

 

 

 攻撃されながらパリングされた事により、ヴェルサの体勢は完全に崩れた。ヴェルサはSTRとAGIを高くしていても、体力や防御力を司るVITはあまり高くないステータス構成のようで、既にHPが半分近くまで削れている。

 

 ユウキは再度剣の柄を持ち直すと、刀身に藍色の光を宿らせ、ヴェルサに狙いを定める。

 

 

「はあッ!!」

 

 

 藍色の光を纏う剣で、ユウキはエックスの文字を描くような二連斬りを放った。斬撃はヴェルサの胸と腹を抉り、赤いダメージエフェクトを発生させる。

 

 

 二連続水平攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・アーク》。

 

 

 使うまいと思っていたソードスキルは、ヴェルサにしっかりとダメージを与えた。だがそこでユウキは動きを止めなかった。

 

 先発のSAOにはなく、後発のオリジンにだけ存在するシステム。

 

 ソードスキルを放ち終えた後の僅か数フレーム間に別なソードスキルの発動体勢を作る事で、使用後の硬直を打ち消しながら、追撃のソードスキルの発動を可能とする。時間がかかったが、(たゆ)まぬ修練のおかげで習得する事が出来たモノの名をユウキは脳内に閃かせる。

 

 

 ――ソード(S)スキル(S)コネクト(C)

 

 

 《ホリゾンタル・アーク》の追撃として使う技の発動体勢を作ると、ユウキの片手直剣が紫色の光に包み込まれる。ALOの時に習得する事に成功して、奇跡的に《SA:O》にもアバターごとコンバートする事の出来た、自分だけの絶技。

 

 

「はああああああああッ!!」

 

 

 隙だらけになったヴェルサ目掛けて、ユウキは連撃を放った。ヴェルサの左肩から右下へかけて五回突き、更に右肩から左下にかけて再度五回連続の突きを放つ。あっという間にヴェルサのHPは減少し、危険値を示す赤色へと変色する。

 

 五連続の突きによってダメージエフェクトがエックス字を描いている。その中心に向けて、ユウキはとどめの一撃を放った。

 

 

 十一連続攻撃片手剣オリジナルソードスキル《マザーズ・ロザリオ》。

 

 

 最後の一撃は深々とヴェルサの胸に突き刺さり、その身体は大きく後方へと吹っ飛ばされていき、地面を転がった。周りが一斉に黙り込む中、ヴェルサのHPは瞬く間に減っていき――やがて《HPバー》はからっぽになった。

 

 そして次の瞬間、ヴェルサの身体は水色のシルエットと化し、爆発音と共にガラスのようなポリゴン片となって爆散した。

 

 

 デュエルの勝敗は決した。全損決着モードデュエルの結果、勝者はユウキ。

 

 

 その事をシステムそのものがウインドウを出現させて、大きな効果音をそこら一帯の草原へ響き渡らせた。そして周りは信じられないような様子でユウキの事を見ていた。

 

 

 あのヴェルサが負けた。

 

 自分達のアイドルである《白の竜剣士》が負けた。

 

 あのユウキの方がヴェルサよりも強かったなんて。

 

 

 彼らにはなかなか受け入れる事の出来ないありとあらゆる事柄が、この場で起きている事をユウキは感じ取っていたが、すぐさまそれを振り切って周囲を見回す。丁度自分のいる場所から後方に、スリーピング・ナイツの皆の姿があった。ユウキはそこへ一目散に走り出して距離を詰める。

 

 皆は驚きを隠せない様子だった。ユウキがいきなり走ってきたのもあるのだろうが、やはりヴェルサにユウキが勝った事が一番の原因だろう。

 

 ヴェルサとの戦いを終えて戻ってきた自分達のリーダーに、最初に話しかけたのはノリだった。

 

 

「お、お疲れさんユウキ。まさかヴェルサにまで勝っちゃうなんて……」

 

「なんか、見直したよユウキ。やっぱりユウキは最強だって」

 

 

 ジュンが驚きながら言うが、ユウキは忙しなく周囲を見回した。いつものユウキらしからぬ様子に皆が首を傾げる中、ユウキは自分の息が上がりっぱなしな事に気が付く。

 

 

 ここにいては拙い。よくわからないけれど、ここにいたら拙い。

 

 

 そして《はじまりの街》の転移門広場付近、特にフィールドで戦闘不能になった者達の復活地点(リスポーンポイント)である黒鉄宮付近にいても拙い。

 

 とにかくここから一旦離れて、黒鉄宮からも離れたところへ行きたい。

 

 それで、出来る事ならば、ヴェルサの話に出てきた――。

 

 

「どうしたんだ、ユウキ? なんだか変な気がするぞ」

 

「そういえばそうですね。ユウキ、顔色が悪いようですが……」

 

「ヴェルサさんに勝ったのに、嬉しくないのでしょうか?」

 

 

 テッチとシウネー、タルケンが心配しているように言うと、ユウキは青ざめた顔で伝えた。

 

 

「ここから、()()()()()()()()()()! それで、行くところは――!!」

 

 

 

 

             ◇◇◇

 

 

 

 ジュエルピーク湖沼群 最北部 ログハウス

 

 

 最新エリアであるクルドシージ砂漠の探索を終えた俺は今、自分の家で休憩をしていた。

 

 俺の座っているのはいつものソファだが、その隣には探索に同行していたシノンとリランとプレミアが同じように座っており、三人揃って飲み物を飲んだり、集めてきた情報を整理したりしている。特に情報の整理を興味深そうにやっているのはリランの方だった。

 

 

「マップデータはかなり集める事が出来たが、肝心なプレミアのクエストの情報は手に入らなかったな」

 

「祈りを捧げなければならない場所も、聖石も見つかりませんでした」

 

 

 リランの横でプレミアが残念そうな顔をしている。

 

 俺達はユウキとカイムを除いたチーム編成でクルドシージ砂漠の探索に当たっていた。目的はプレミアのクエストだ。

 

 これまでプレミアのクエストはリューストリア大草原、オルドローブ大森林、ジュエルピーク湖沼群と、踏破されてきたすべてのエリアに関連するイベントが存在していた。クルドシージ砂漠にも間違いなく、プレミアのクエストに関連するイベントを起こすものがあるはず――そう思い、俺達はプレミアと共にクルドシージ砂漠の探索に出かけていた。

 

 だが、これまで攻略してきたフィールドとは違い、今回は中々プレミアのクエストに関連するモノを見つける事は出来ないでいた。

 

 そもそもクルドシージ砂漠はその名の通り砂漠地帯。日中は肌を黒焦げにすると言わんばかりの猛烈な熱が照り付けてくる灼熱の大地となっていて、夜はその逆、着込まないと寒くてたまらなくなるような極寒の大地と化すようになっている。

 

 現実の砂漠の環境を見事に再現しているところには拍手したいところだが、この温度によって思うようにフィールドを歩けず、探索は若干難航している。勿論この温度の対策として耐暑アイテム、耐寒アイテムを持ち込んではいるけれど、これらは使えばずっと効いてくれるものでもないし、一度に持ち込んでいける数だって多くは無い。

 

 アイテムが切れたら街に戻らなければならないという事もあって、フィールドの探索と攻略は勿論の事、プレミアのクエストの情報収集もあまり進まないでいた。

 

 

 今日もクルドシージ砂漠に行き、容赦なく照り付ける日差しの中探索をしたが、プレミアのクエストの情報と思われるそれは一切見つからなかった。

 

 プレミア曰く、そう言ったものがあれば近付くだけでわかるというのだが、彼女の反応するものを見つけられる事はなかった。

 

 

「もしかしたら砂漠側にはないかもしれないな。あの砂漠には岩山地帯と洞窟地帯もある。プレミアの聖石のあったところは洞窟の中とかが多かったから、案外目指すべきところはそこかもしれない」

 

 

 クルドシージ砂漠にも、きっとプレミアのクエストに関連するモノは存在しているはず。皆でそう思っているからこそ、探索をやめないで続けているのだ。

 

 そしてプレミアのクエストは――。

 

 

「ねぇ三人とも、やっぱり変じゃない?」

 

「え?」

 

 

 シノンを除く全員でそこへ向き直る。シノンは訝しむようにプレミアの事を見つめていた。

 

 

「私、色々情報をまとめてから思ってたんだけど……プレミアのクエストはやっぱり変よ」

 

「変って、何が変なんだ」

 

「そもそもプレミアって、最初は《Null》の状態になってて、ダミークエストを参照するようになってたでしょ。この世界のNPCとしてはそれはおかしい事だって、あなたもイリス先生も言ってた。

 それにこの前皆で話し合った時、プレミアのクエストは途中で止まってるっていうか、継ぎ接ぎになっているような感じだって言ってたじゃない」

 

 

 シノンの言っている事はもっともだった。

 

 そもそもとして、プレミアには異様な存在としか感じられないような点が多すぎる。プレミアはこの世界に生きるNPCの一人であるというのに、役割も何も持っていない《Null》の状態になっていたし、そのせいで延々とダミークエストを参照し続ける事になってしまっていた。

 

 そのダミークエスト続けからは俺達が脱却させてやれたけれど、そこからは聖石と呼ばれるアイテムを集める事になったり、この家のある地帯と同じところにあった巨大な樹に祈りを捧げたりするなど、一貫性のない内容のクエストを展開している。

 

 しかもこれらは全てノーヒントだ。普通ならばクエストには必ず次へ向かうためのヒントが所々に散りばめられているはずなのに、進んでもそれらしきものは見えてこない。今やっている探索だって、プレミアのクエストに関連するモノがあるかもしれないという憶測の許やっている有様だ。

 

 

 プレミアは明らかに他のNPC達とは異なる存在である。それは誰もが思っている事だった。俺はプレミアのクエストを最後までこなす事が出来たならば、その答えに辿り着けるのではないかと踏んでいるけれども、そう思っていてもプレミア自身とそのクエストに対する違和感の払拭(ふっしょく)は出来ないでいる。

 

 これについてこのゲームと開発者の一人であったというイリスに聞いてみたけれど、コンソールが見つかれば何かわかるかもしれないと言っただけで、あとは何も教えてくれなかった。そのコンソールを見つけるという目的も兼ねているのが、俺達の探索だ。

 

 

「そうだな……シノンの言う通り、プレミアのクエストには違和感が多いな」

 

 

 その一言に反応したように、プレミアがくいと向き直ってくる。

 

 

「違和感? わたしに何か違和感があるのでしょうか。もしかして服から異臭がするとか」

 

「それならば我の鼻が一番に告げておる。そうではなく、お前の使命に違和感があるのだ」

 

 

 同じAIであるリランとプレミアの視線が交差する。

 

 

「プレミア、お前何かわからないか。自分の役割とか使命とか……とにかくそういったものに思い当たる節は無いか」

 

 

 プレミアは考え込むような仕草をした。以前ならば首を傾げるだけだったかもしれないが、今のプレミアは考える事も出来るのだ。自分で考えて、自分で答えを出す事が。

 

 しかしそこから見る見るうちにプレミアの顔は気難しいものとなっていき、最終的に膝に肘を乗せて、膨らませた両頬に両手を当てるという妙な姿勢を作って「ふぐ~~」という妙な声を出し始めた。瞳の奥にぐるぐると渦巻のようなものが見えそうだ。恐らく頭の中をフル回転させて答えを出そうとしているのだろう。

 

 その様子に思わず笑いそうになり、シノンも必死になって笑いをこらえているように声を出している。笑ってはいけないけれど、プレミアの仕草は笑いを誘うものだった。

 

 次の瞬間、プレミアの頭から「ぼんっ」という音が鳴り、ぷしゅ~という音と共に煙が出た。如何にも答えが出なかったような様子を見せるなり、プレミアはずんと頭を膝へ落した。

 

 

「……駄目です。何も思い当たりません。わたしの使命や役割とは、なんでしょうか」

 

「やっぱりわかるわけないか。ここはやっぱりコンソールを見つけるしかないみたいだ」

 

 

 俺の言葉が耳に入るなり、プレミアはぐいっと顔を上げた。何かを思いついたような顔をしている。

 

 

「あ、でも、わたしにはやるべき事はありました」

 

「え?」

 

「キリトを守る事です。わたしには《むがむちゅうのちから》があり、それはキリトを助けます。わたしのやるべき事は、危なくなったキリトを《むがむちゅうのちから》で守る事です」

 

 

 そう言われて、俺は思わずきょんとした。

 

 プレミアはジュエルピーク湖沼群のボス戦の後、俺を守りたいという意志を持って戦ってくれるようになった。プレミアに課せられた責務や役割はわからないが、プレミアには俺を守りたいという意思が存在しているし、それが自分のやるべき事だと彼女は信じている。

 

 その事を再確認させられると、俺は思わず笑んだ。

 

 

「……そう、だったな。君の役割はそれだ。今はその役割を信じればいいと思うよ」

 

「はい、信じます。わたしはキリトを守ります。聖石は二の次です」

 

 

 いや、それは駄目だろう――そう言いかけたその時だった。突然玄関のドアが蹴破られるように開いた。何事かと思って全員で驚きながら向き直る。そこに居たのはそれぞれ全く異なっていて、尚且つ見覚えのないプレイヤー達の姿。その中に一人だけ、そうではない者がいた。

 

 今日は俺達と別れて行動しているはずの、ユウキだった。

 

 

「ユウキ!?」

 

 

 ここまで随分と走って来たのか、ユウキは下を向き、肩で息をしていた。底なしのスタミナと行動速度が最大の特徴であるユウキにしては珍しい様子に注目していたそこで、ユウキはその顔を上げた。

 

 

「キリト……ヴェルサが襲ってきた……!!」

 

 

 

 そう伝えたユウキの顔は、これまで見た事が無いくらいに蒼褪めていた。

 






























―――――――



(|)「カーディナルとアドミニストレータはかわいいですね」

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