キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 また新要素。



17:思い出を掴むために

 

 

           ■■■

 

 

 キリト達、スリーピング・ナイツの皆と約束をした次の日。

 

 ぼくは朝から木綿季に挨拶をする事が出来た。ぼくが起きた時には、木綿季はいつものようにプローブを起動して、ぼくの事を見ていたのだ。

 

 晴れて思いを伝え合ったぼく達。お互いが大好きであるという事を伝え合ったぼく達二人。

 

 もしかしたらお互い変に緊張してしまって、これまでのように接する事が出来なくなるんじゃないか。

 

 思いを伝える前はそう思う事もあったけれど、その時ぼくはそんな事を思ってはいなかったし、木綿季を変に意識する事はなかった。木綿季の命があと少しで、尚且つ木綿季に思い出を作ってあげるという目的があったために、そんな気持ちを抱く余裕がなかったのかもしれない。

 

 それは意外にも木綿季も同じだった。木綿季も変に緊張したりせず――それでもいつもより遥かに静かだったけれど――、ぼくとひとまず会話をしてくれた。

 

 そこでぼくは、スリーピング・ナイツとキリト達と話し合った事を木綿季に話した。

 

 これから木綿季に思い出を作ってあげる。木綿季の大好きな戦闘、クルドシージ砂漠でエリアボス戦をして、《SA:O》にぼく達の名前を刻み込んでやろうという、スリーピング・ナイツ全員と仲間達で立案した作戦を話した。

 

 その作戦を――木綿季は呑み込んでくれた。彼女も色々あったから、戦闘で気晴らしがしたいと言っていた。それがボス戦で、尚且つその戦いに勝つことで《SA:O》にスリーピング・ナイツの名前が記録されるなんて最高だよ――そう言って木綿季は、元気な声で応答してくれた。

 

 そこでぼくは木綿季の病院での検査が気になったけれど、彼女曰く、病院の検査は木綿季の意識がメディキュボイドの部屋の中にある必要は無く、他VRMMOにログインしたままでも良いらしく、木綿季にはたっぷりと時間が与えられているという話だ。

 

 今日の作戦は問題なく実行できるというのがわかった時点で、ぼくは嬉しさを感じられた。ぼく達はようやく恋人同士になれた。だけど、恋人らしいことを考えたり、実行したりするのは今日の作戦が上手くいってからだ。今はそんな事をしている場合じゃない。ぼくの考えていたことは木綿季もわかっている事のようだった。

 

 

 ぼくが攻略の準備をするように伝えると、木綿季は景気良さそうな返事をしてくれて――ぼくを置いてけぼりにして《SA:O》にダイブしていった。また木綿季に取り残されたというのに、ぼくは怒りどころか喜びを感じて、木綿季の後を追うように朝食を終えてログインの準備をし、いつものアミュスフィアを起動して《SA:O》へダイブした。

 

 

 ダイブした先は《はじまりの街》の大宿屋の一室だった。木綿季の思い出を作る作戦を立てた後、ぼくはキリトの家から《はじまりの街》の大宿屋に戻り、ログアウトしたのだ。《はじまりの街》の大宿屋で、スリーピング・ナイツを結集させ、クルドシージ砂漠のエリアボスのいるところへ向かうというのが作戦の第一段階だった。

 

 ぼくが大宿屋のラウンジへ降りた時――スリーピング・ナイツの皆は既に集まっていた。しかも、その装備品はいつの間にか最前線で使えるものに変わっていた。ぼくがログアウトした後に、皆は出来る限りの装備の慎重をしたという話だ。皆の準備はログインした時点で万端だった。

 

 そしてそのスリーピング・ナイツの皆の中に、木綿季/ユウキはいた。昨日のデュエルの時のようじゃなく、見慣れた菖蒲色の長髪に紫色の軽装、赤紫色の瞳。まさしく《絶剣》のユウキだった。ユウキは「おっそーい!」と、一番最後に到着したぼくに文句を言ってきたが、これまでのような怒りはやはり湧いてこなかった。あれだけ心配だったユウキの様子も最高だったからだ。

 

 ぼく達は最高の状態で今日という日を迎えられている。最高の状態で――クルドシージ砂漠のエリアボスの討伐へ向かえる。ただただそれが嬉しくて、何よりユウキに――いや、スリーピング・ナイツの全員にとっての最高の思い出を作れるのが、これ以上ないくらいの高ぶりを与えてくれた。

 

 ぼく達は絶対に勝つ。誰よりも早くクルドシージ砂漠のエリアボスを討伐して、スリーピング・ナイツの名前を《SA:O》というこの世界の全ての人々に知らしめる。その作戦――望みを現実にするべく、ぼく達は息と声を合わせ、《はじまりの街》の転移門からクルドシージ砂漠の最終エリアに転移した。

 

 

 ぼく達はクルドシージ砂漠の最終エリアは探索していないが、その場所の情報は手に入れられていた。クルドシージ砂漠の最終エリアの名は《アデルザネード管制塔》。その名の通り高い塔であり、クルドシージ砂漠の洞窟以外のエリアから見えていた場所だ。

 

 砂漠のどこを歩いていても遥か遠くにその姿が見える、砂の中に聳え立つ塔、砂上の楼閣とも言えそうなその塔が最終エリアになっていそうだという予想をキリトがしていたけれど、その予想は的中していた。

 

 そしてぼく達の探索していた最前線は、丁度その《アデルザネード管制塔》の手前だった。あと少しで《アデルザネード管制塔》の内部の探索に差し掛かるというところだったから、丁度良かった。ここからスリーピング・ナイツ全員の力を結集させて全速力で登れば、あっという間にクルドシージ砂漠のエリアボスの許に到着するだろう。

 

 スリーピング・ナイツという超小規模ギルドの記念日を作るための攻略戦。どこの誰にも邪魔はさせない。一番乗りは絶対に渡さない。ぼく達はもう一度意を決して声を合わせ、《アデルザネード管制塔》に突入した。

 

 《アデルザネード管制塔》の中は外と同じように一面が砂に覆われている遺跡のような場所だった。太陽の光が入ってこないせいなのだろう、かなり薄暗くて不気味な雰囲気だった。

 

 

 だけど、その不気味さに拍車をかけるような出来事が塔の中で起きていた。

 

 ――モンスターが居ないのだ。

 

 

 アルゴやフィリアが集めた情報によれば、《アデルザネード管制塔》はトーラスというミノタウロスのような獣人が支配するダンジョンだという話だった。だから突入する時にはトーラスの群れとの戦いになると覚悟していたというのに、ぼく達を出迎えてくれるトーラスの群れなんていなかった。

 

 どうしたものかと思って先に進んでみても、やはりモンスターは居なかった。支配者種族であるというトーラスも勿論いない。あまりにモンスターが居なさすぎる。

 

 

 まるで戦闘好き過ぎのプレイヤー達が狩り尽くして、全部経験値とドロップアイテムに変えてしまったような光景だった。

 

 

 そこでぼくは嫌な予感を感じた。昨日キリト達と話し合いをした時に聞いた、異様なプレイヤー達が構成しているチームの存在を思い出す。砂漠を凄まじい勢いで攻略していき、真っ先に《アデルザネード管制塔》を開放したという者達だ。

 

 見た事もないし遭遇したこともないそのチームだけれど、そいつらは狂暴極まりない性質を持っているという話で、ぼく達スリーピング・ナイツのボス戦攻略の時に支障になるかもしれないという懸念をリランがしていた。

 

 もしかしたらそれは現実になってしまったのかもしれない。この《アデルザネード管制塔》の異様な光景を作ったのは、そいつらかもしれないのだ。そしてそいつらは恐らく今――ぼくがそれを考えるよりも前に、ユウキが「急ごう!」と号令。ギルドリーダーである彼女からの珍しい号令だったけれど、ぼく達は素直に聞き入れて、急ぎ足で《アデルザネード管制塔》を登った。

 

 

 モンスターどころか環境生物一匹の姿も見えてこない、不気味な雰囲気の砂の塔を登っていく事数分。奥の方から物音が聞こえるようになってきた。足音、武器の振るう音、モンスターの断末魔と撃破の際の破砕音。そして人の声。それは紛れもなくぼく達と同じプレイヤーのものだった。

 

 やはりぼく達よりも先にこの塔を登り、エリアボスの許へ向かおうとしている者達がいる。言うなればぼく達にとっての障害が、残念な事に、あるらしい。

 

 気を引き締めながら急ぎ続けると、聞こえてくる物音はどんどん大きくなり――やがて発生源が姿を現した。様々な色の装備、鎧、衣装に身を包んで、片手直剣から大剣、片手棍といった様々な武器を持った戦士の群れだ。見えるだけ数えても三十人以上はいる。

 

 ここがALOだったならば種族さえも違っただろうが、《SA:O》では種族は平等であるために、姿形はほとんど変わりない。しかし本当に種族が違うかのように、それらはそれぞれがばらばらな動きをして、周りのモンスター達と戦っていた。

 

 先程から聞こえていた物音の原因があのプレイヤー達で確定したその時、ぼくは背筋が冷たくなったのを感じた。目の前で戦闘を繰り広げるプレイヤー達は、尋常じゃない勢いと怒気、殺気を全身から噴出させながら、モンスター達と戦っていたのだ。普通のプレイヤーが放っているとは思えないような雰囲気こそが、ぼくの背筋を舐めた張本人だった。

 

 そんなものを放つプレイヤー達を相手取るモンスター達は、瞬く間に切り裂かれていき、断末魔を上げる事すらできないような速さで、次々とポリゴン片と経験値に変えられていった。

 

 この塔の支配者層であるはずのトーラスの群れも、その他のモンスター達も、目にも止まらぬ速さで一方的に駆逐され、やがて最後の一匹が消滅。

 

 

 《アデルザネード管制塔》に住まうモンスター達は絶滅し、リポップ待ちとなってしまった。たった一つの攻略チームの手によって。

 

 

「な、なんなんだあいつらは……!?」

 

「もしかしてモンスターがいなかったのは、あいつらのせい!?」

 

 

 テッチとジュンがひどく驚いているように声を出した。他の皆も同じような顔だ。スリーピング・ナイツは全員揃って目の前の妙な軍勢に驚かされている。その軍勢の特徴をよく見てみたところ、全員が男性プレイヤーである事、全員が妙に興奮しているのがわかった。

 

 

「へへっ、もう終わりかよ。最終エリアって事だから期待してたってのに、全然刺激が足らないぜ」

 

「そこら辺のモブどもで満たせるわけないだろ。やっぱエリアボスくらいじゃねえとなぁ」

 

 

 プレイヤー達の声がする。やはり皆揃って異様な雰囲気を出しているし、ガラが悪い。まるで色んな物事を暴力で片付けようとするような人達だ。

 

 

「この先が昨日取り逃したエリアボスのいる部屋だ。今のところオレ達に追いついてる奴らはいねぇ。一番乗りだ」

 

「確かエリアボスを一番乗りで倒すと、倒したプレイヤーの名前が記録されるって話だったよな。って事は、アタシらの名前も刻まれるって事だから、最高じゃん」

 

 

 よく見ると、男性に混ざって女性プレイヤーの姿もあった。男性プレイヤーだけのチームかと思ったら、そうでもなかったらしい。しかしその女性の様子も、周りのプレイヤー達と何も変わりがない。

 

 そしてそのプレイヤー達の目的は、最悪な事にぼく達と同じだ。一番最初にエリアボスを撃破して、《はじまりの街》の黒鉄宮の記録碑に名前を刻もうとしている。ぼく達スリーピング・ナイツがやろうとしている事を先にやろうとしているのだ。

 

 

「ま、拙いです。彼らも目的が同じのようですよ」

 

「しかもあいつら、なんなんだ。ここにいるモンスター全部を片付けちまったっていうのか」

 

 

 タルケンがさぞかし焦りながら、ノリが冷や汗を掻きながら呟く。異様な攻略チームだとは聞いていたけれど、まさか最終エリアである《アデルザネード管制塔》のモンスターを全滅させるまでの実力者集団だとは思っていなかった。

 

 

「カイム……」

 

 

 シウネーが不安そうにぼくに呼びかける。

 

 ここでぼく達がやるべきことは、あのチームに向かって「道を開けて、エリアボスを先に倒させてくれ」と頼み込む事だろう。だけど、エリアボスを最初に倒したという名誉が手に入り、記録碑に名前を刻まれる景品ももらえるのがこの先の戦いだから、どう考えても譲ってくれそうにない。

 

 それにあの集団の雰囲気から、そもそも譲るという事自体考えてくれそうにない連中の集いであるというのがわかる。交渉は無意味だろう。

 

 ならば実力行使で連中を倒し、道を確保するか。それは昨日からスリーピング・ナイツの皆で考えていた事だ。道を塞ぐのが居たらぼく達の力で倒そうと、皆で話し合って決めた。その時を迎えたならば全力で道を切り開くと決意していたし、いけると思っていた。――奴らをこの目で見るまで。

 

 

「あいつら……僕達で勝てそうかな……」

 

 

 目の前の連中と似たような恰好をしてフルフェイスヘルムに頭を包んでいるジュンの声は弱気だった。

 

 昨日は確かに、ぼく達は邪魔する奴らに勝つつもりでいた。スリーピング・ナイツの力を見せてやり、全部倒してやろうと思っていた。しかし、その邪魔する奴らの実力はぼく達の想像を遥かに上回っていた。あそこまでの強さを持っているのは、流石にぼくでも予想できていなかった。

 

 それだけじゃない。ここにいるモンスター達から採れる経験値は、きっとクルドシージ砂漠のどこのモンスターよりも多いだろうし、あいつらが駆逐したモンスターの中には中ボスやネームドエネミーなんかも居た事だろう。あいつらが《アデルザネード管制塔》を登り始めた時と今を比べたら、今の方が強くなっているに違いない。

 

 交渉は勿論、実力行使も上手くいくか怪しい。どうするべきだろう。あいつらをどうすればいいのだろう――考えようとしたその時だった。

 

 

「ぁん? おい、見ろよ」

 

 

 凶悪な人相をしたプレイヤーの一人が、ぼく達の方に目線を向けた。それに続いて周りのプレイヤー達も一斉にぼく達に目を向ける。……気付かれた。全員がぼく達の存在に気が付いた。

 

 

「なんだあいつら。いつの間にオレ達の後ろに来てやがった」

 

「いけねぇ。モブどもを全滅させたせいで、他の連中まで易々通れちまうようになってたのか」

 

「モブ? あいつらもモブに違いないだろ」

 

 

 連中は口々にぼく達の事を好き勝手に言う。そしてすぐさま、一人がぼく達に声掛けする。

 

 

「おいそこのお前ら。お前らもこの先のエリアボスが狙いか?」

 

「ここまで来たって事は、エリアボスが狙いで違いないよなぁ?」

 

「残念だったなぁ! ここは通行止めだ。エリアボスに行くのはオレ達だって決まってんだよ」

 

 

 プレイヤー達は勝ち誇った様子だ。ムカつく事に、全員が嗤っていると来ている。完全にエリアボスは自分達のモノだと思っているのだろう。……更にムカつくのはそれが事実であるという事だ。

 

 あいつらよりも先にエリアボスのところに行くには、あいつらを退けるしかない。けれど連中はここにいるモンスターを全滅させるような強さを持った者達だ。ぼく達が戦って勝てる相手か否かは、もう決まっているに等しい。もしあんなに強いわけじゃなかったなら、戦いを挑もうという気にもなったかもしれないけれど、そうじゃない。

 

 

「……」

 

 

 もうちょっと早かったら、ぼく達の方が先だったかもしれない。いや、例えぼく達が先に言っていたとしても、あいつらは平然と追いついてきて、ぼく達を他のモンスター諸共狩り尽くしていた事だろう。いずれにしてもぼく達はあいつらに勝てなかったのかもしれない。スリーピング・ナイツの皆も、完全に意気消沈してしまっている。

 

 昨日はあんなにやる気だったのは、異様な攻略チームがそこまで強くないと考えていたからだ。ここまでの事をするくらいの相手ではないと思っていたからだ。これだけぼく達と相手との差が開いているとなると――。

 

 

 

「……退()いてよ。エリアボスに一番乗りするのは、ボク達だ!」

 

 

 

 そんなぼく達の中から大きな声がした。皆で驚いて目を向ければ、そこには菖蒲色の長髪の少女。今日を最高の思い出の日にしてあげると約束してあげた、ユウキだった。

 

 ユウキは少しだけ前に出て、皆の注目を集めるなり、もう一度大きな声を出す。

 

 

「今日はボク達の記念日だ。この日にエリアボスを倒すって決めてたんだ。だから、退いてよ」

 

 

 思わずぼく達はきょとんとしてしまった。いや、絶句してしまった。

 

 まさかここまで説得の通じなさそうな連中に、ユウキがぼく達の都合を話してしまったのだから。どんな反応が返ってくるかなんて簡単に予想が付き――それは数秒足らずで現実になった。

 

 連中は皆数回お互いに顔を合わせ合った後に、大声で笑い出した。

 

 

「記念日だぁ!? そんなもののためにここに来てんのかよぉ!?」

 

「エリアボスを記念日に倒すとか、なんだそれえ!」

 

「うはははははははは、最高だぜ!! こんなにお花畑頭した奴らいるのかよ!!」

 

 

 連中は腹を抱えてぼく達を嘲笑していた。腹の底から怒りが湧いてくる。

 

 ユウキが連中に話すというのは予想外だったけれども、ぼく達にとって今日は大事な日である事に変わりはないし、何よりユウキにとってはこれ以上ないくらいに大事な日だし、エリアボス戦をするのはこれ以上ないくらいに重要なイベントだ。

 

 それを口にしたら嗤われるのは目に見えていたけれども、実際に嗤われてみると、とても腹が立ってくる。そんな思いをぼく達にさせる目の前の連中のうち、嗤うのをやめた一人が目を向けてきた。

 

 

「そうかぁ。てめえらモブ共も目的同じなのか。それならてめえらは、オレ達の障害って事になるなぁ」

 

「ボク達にとっても君達は障害だよ。退かないって言うなら、無理矢理にでも退かすよ」

 

 

 そう言うなり、ユウキは直剣を引き払って刃先を連中に向けた。

 

 こいつらは《アデルザネード管制塔》のモンスター達を全滅させるような戦闘力を持っているような連中だ。そして普通のプレイヤーとは思えない怒気と殺気を放っている。ぼく達が戦っても勝てる相手ではないというのが見えていたから、ぼく達はどうするべきかと悩んでいた。

 

 しかしそんなぼく達を他所に、ユウキの目には一切の恐れも焦りもなかった。ただ目的を、大事な日を邪魔しようとするモノに純粋な敵意を向け、大事な日を勝ち取ろうという意志の光が瞬いていた。それはユウキの剣にも届いているらしく、薄暗い一帯にいるのにも関わらず剣は光っている。

 

 

「カイム、皆、戦おう。あいつらを倒して、エリアボスのところに行こう」

 

「お、おいユウキ! 本当にやるつもりなのか!?」

 

 

 テッチが焦りを隠さないで伝える。他の皆もかなり焦っている様子だ。しかしやはり、ユウキはその焦りを微塵も感じていないようだった。

 

 

「ボク、今日を無駄にしたくないんだ。皆が、カイムがボクのために用意してくれた日を、ボク達の名前を記念碑に刻み込むっていうのを、他の誰かに渡すのなんて嫌だよ。だから……あいつらが邪魔してるんなら、無理矢理にでも退ける」

 

 

 その言葉で、ぼくはハッとさせられる。あの連中の怒気と殺気と戦闘能力を見たせいで忘れてしまいそうになっていた。

 

 そうだ。ぼく達は今日、何としてでもエリアボスのところに辿り着き、エリアボスを最初に倒す事を決めてここまで来た。それを邪魔する奴らが居たなら、全部倒してみせると決意して、ここまで来たのだ。

 

 もしここであいつらに圧倒されて逃げてしまったら、スリーピング・ナイツの皆で考えた記念日は台無しどころじゃない。ユウキに最高の思い出を作ってやることも出来なくなる。

 

 

 ――そんなのは、ごめんだ。

 

 胸の深くで言えたその時、それまで頭の中にあった焦りや戸惑い、迷いは全て消え去った。代わりに道を切り開こうという意思が広がっていき、それが全身に行き届いたその時、ぼくは刀を抜いて構えていた。

 

 

「……そうだったね。ぼく達は退()けないんだったよ。なんとしてでもエリアボスを倒さなきゃいけなかったんだ。そのつもりで来たんだったね」

 

「そうだそうだ。何が邪魔してこようが、絶対に進むって決めてたよ。まさかそれをユウキに思い出させてもらうなんてね」

 

 

 ぼくに続いてノリも長槍を構えた。ALOでは長棍を使っていた彼女だが、《SA:O》にはそれがないため、槍を使うに至っている。

 

 続けてジュンも小柄な身体に不釣り合いな大剣を構え、テッチも分厚くて大きな盾と重そうな片手棍を、タルケンも槍を構える。

 

 そして最後にシウネーも同じように長杖の代わりの槍を構えた。ユウキの意志は既にスリーピング・ナイツ全員に伝染し、武器を構えさせるに至っていた。全員が、大切なイベントに向かうための道を切り開く準備を終えている。

 

 その姿を見た連中はもう一度ぼく達を嘲笑した。

 

 

「おいマジかよ。あのモブ共、本気でオレ達とやり合うつもりらしいぜ」

 

「とんだ大馬鹿野郎のモブ共だ。身の程知らずにも程があるっての」

 

「そうだぜ。《アレ》を使ってる俺達とやり合おうだなんてな」

 

 

 もう一度連中からどっと笑い声が上がる。どいつもこいつも飢えた獣みたいな顔をしている。その様子に――ぼくはどこか見覚えがあった。以前連中のようなプレイヤーをどこかで見た事がある。そのプレイヤーと目の前の連中は似ているような気がしてならない。

 

 

「改造と改良がされた《アレ》を使ってるオレ達は無敵だ……その事をわからせてやるよ」

 

 

 《アレ》、改造と改良がされた《アレ》。口々に連中はそう言っている。《アレ》と言われても察しがつかない。何か連中だけが知っているモノがあるのだろう。

 

 その事をぼくが気に掛けるより前に、連中も一斉に武器を構え直した。いよいよ連中のやる気にも火が付いたらしい――かと思った次の瞬間、連中の一部がとんでもない速さで移動してきた。

 

 

「なッ!?」

 

 

 連中はそのままぼく達の背後に回り込み、瞬く間に円陣を作る。気付いた時、ぼく達は連中に取り囲まれてしまっていた。

 

 

「ちょっ、なんだぁ!?」

 

 

 あまりに早すぎる速度で取り囲まれた事にユウキを除く皆で驚き、周りを見る。どこを見ても飢えた獣のような凶悪な人相のプレイヤーで塞がれている。勿論退路などない。連中はぼく達を袋叩きで潰すつもりのようだ。

 

 

「な、なんなんだこれ!?」

 

「この人達、どうなってるんですか!? こんなAGIはありえませんよ!?」

 

 

 ジュンとタルケンが背中を合わせながら焦る。連中のAGIはユウキ以上の数値になっているのは確かのようだけど、それにしたって何かがおかしいとしか思えない。ぼく達では為せないような何かをしているようにも思えた。明らかに、こいつらは異常だ。その異常な連中が包囲網を築いてきたのだから、最悪にも程がある。

 

 ぼくはユウキの顔を見た。連中がここまで異常だとは思っていなかったのだろう、苦虫を噛んだような表情と冷や汗が浮かんでいる。しかし、立ち向かおうという意思は消えていない。ユウキはこの異常な連中と本気でやり合うつもりで、勝つつもりでいるのだ。

 

 だが、いくらユウキが、ぼく達が強くても、これだけステータスがおかしなことになっている群れの一斉攻撃を受けようものならば、一溜りもない。意思だけで勝てる相手じゃない。こいつらをどう退けたらいいか。

 

 

「叩き潰してやるッ!!」

 

 

 次の瞬間、丁度ぼく達の背後に回り込んでいた連中が走り出した。それを皮切りにして、他の連中もぼく達の許へ向かい出す。ついに一斉攻撃が始まる――かと思われたその時。

 

 

 ぼく達の背後に居た連中が突然爆発した。

 

 

 光と爆炎が連中を呑み込み、轟音と爆風が吹き荒れた。

 

 

 突然敵を囲む味方の一部が爆発に呑み込まれ――いやそもそも爆発が起きたのだ、連中は一斉に足を止めて爆発のあった方に釘付けになる。勿論ぼく達も唖然としたまま爆発した咆哮を見ているしかなかった。

 

 その直後、大きくて黒い影が爆炎を切り裂いて躍り出て、ぼく達から見て左側を高速で通過。ぼく達を囲む円陣を作る連中の左側と前側を全員蹴散らして右側に吹っ飛ばしていった。黒い影はボス部屋とここを繋ぐ扉の前で轟音と共に制動し、その姿をぼく達に見せつけた。

 

 移動中は黒かったけれど、その実態は、白金(はっきん)色の毛並みに身を包んでいる。背中から天使のような大きな翼を一対、額から大剣のような角を、先端が切れてしまっているようになっている形状の尻尾を生やしていて、紅い瞳と人間の頭髪のような金色の鬣を持つ。この場所の天井に届いてしまいそうなくらいに巨大な狼の竜。

 

 それが今、ぼく達を囲む円陣を崩した存在だった。

 

 

「あ……!」

 

 

 ぼくとユウキは思わず声を出してしまった。他の皆は言葉を失って狼竜に注目していて、右側に吹っ飛ばされていった連中は「なんだなんだ」と怒りの声を上げている。間もなく、狼竜の背中から人影が三つ躍り出てきて、そのうちの一人がよく聞こえる声を出した。

 

 

「悪いな、この先はそこの少人数チームが行く事になってるんだ。それ以外は通行止めだぜ」

 

 

 明らかに連中を挑発するような台詞回しと声色を発したのは、黒髪に黒いコートを纏う黒尽くめの少年。隣に居るのは同じくセミロング――よりもショートか――の黒髪と露出度がそれなりに高い軽装に身を包む少女と、栗色の長髪に白と赤を基調とする戦闘服に身を包んだ少女の二名だった。

 

 

「キリト、リラン!!」

 

「アスナ、それにシノンまで!!」

 

 

 ぼくとユウキで名前を口にすると、三人はぼく達の許へ駆け寄ってきた。その中のアスナが、安心したように声掛けしてきた。

 

 

「ユウキ、カイム君、間に合ってよかった!」

 

「やっぱりあんた達を邪魔する奴らは居たのね。予想通りでよかったわ」

 

 

 シノンの顔に強気な笑みが浮かんでいた。三人の到着を受けて、スリーピング・ナイツの皆も、そしてぼくも思わず安堵の顔をする。しかしユウキだけは置いてけぼりになっていて、首を傾げていた。

 

 

「え、え、なんで? なんでキリト達が来たの。しかもすごくタイミングよく」

 

「あれ、カイムから聞かなかったのか。カイム達が出てったら俺達も出るように作戦立ててたんだよ。カイム達の救援をするってな」

 

 

 そうだ。ぼく達がもし邪魔者たちに阻まれることがあったなら、その時はキリト達に助けてもらうというのを作戦の中に組んでいた。しかしそれはキリト達の都合頼みだったので、基本的に上手くいくかどうかは不明瞭であった。だからあまりあてにしていないつもりだったし、ユウキにも話さないでいたようなものなのだけれど――本人達は間に合わせてくれた。

 

 それを聞いたユウキは少し驚いたようにぼくとキリトをきょろきょろと交互に見た。

 

 

「そうだったの!? っていうか、なんでそれ話してくれなかったの!? ボクはてっきり……」

 

「まさか本当に間に合うかだなんて思ってなかったんだよ。けど、間に合わせてくれたね、キリト」

 

 

 キリトは「おうよ」と言って頷いてくれた。しかしすぐさま、リランに弾き飛ばされた連中が続々と起き上がり、武器を構えて睨みつけてくるようになった。さっきもすごかったけれど、怒気が一層増している。キリト達の出現にさぞかしムカついたのだろう。

 

 そんな連中を一瞥(いちべつ)してから、キリトはぼくに言う。

 

 

「もうすぐ皆も来るから、ここは任せて先に行け」

 

「大丈夫なの。あいつらの強さは尋常じゃない。ここにいるモンスター全部、あいつらが倒したんだよ。リランがいるとしても、四人でなんとかなるような奴らじゃ……」

 

 

 信頼している仲間達とは言え、不安になるぼくに答えたのは、意外にもアスナだった。

 

 

「大丈夫だよ。()()()()()()()()

 

 

 ぼく達は一斉に「え?」と言って首を傾げる。キリト達を見ても四人しかいない。どこを見ても四人以上の存在は認められなかった。

 

 いよいよおかしなことを言われたような気になったのか、ユウキが恐る恐るアスナに問うた。

 

 

「四人じゃないって、どういう事?」

 

 

 アスナは「んー……」と言って少し苦笑いをする。何か複雑な事情があるかのようだ。

 

 

「わたしもまさか、こんな事になるなんて思ってなかったんだけどね。もしかしたら何か問題かもしれないんだけど」

 

 

 皆が首を傾げる中、アスナは一歩前に出て、全員の注目を集めた。次の瞬間に、アスナはすうと大きく息を吸い――、

 

 

「――ユピテルッ!!」

 

 

 叫ぶようにそう唱えた。

 

 ユピテルの名前を唱えてどうしたのか――そう思ったその時だ。突然リランの足元から高速で何かが飛翔してきた。それは青い光の球体だった。

 

 一体なんだと皆が驚いた直後に、青い光の球体は爆発したように真っ白い光を放ち、辺り一面を白一色に染め上げた。

 

 

 その光が止んだそこで、アスナの隣に現れていた存在に皆でもう一度絶句する。

 

 

 それは肩から一対の大きな腕を生やした、リランよりは小さいけれども大きな狼だった。

 

 しかしその身体は青白いエネルギーで出来ており、足の先端や頭部、胸部や腰部なんかは白い金属質になっていて、全身に青白い電気がスパークしているという、異形のモンスターだ。

 

 ALOでも勿論、《SA:O》でも見た事が無いような形状をしたモンスターの登場に、スリーピング・ナイツ全員で驚いてしまった。

 

 

「え、えええええッ!?」

 

 

 アスナと一緒の時間が長かったというユウキでさえも驚いている始末だ。最早驚いていないのはキリト、シノン、リラン、そしてこのモンスターを呼び出したと思われるアスナだけで、他全員が一斉に驚くしかなくなっている。

 

 一体何が起きたというのか、このモンスターは一体何者だというのか。

 

 何もかもが把握出来ないでいたその時、

 

 

《ユウキねえちゃん、カイムさん!》

 

 

 《声》がした。耳に届いたものではなく、頭の中に直接響いてきたようなもの。これはリランが狼竜形態になっている時に使っている会話方法だ。

 

 だが、その声色は聞き覚えのあるものであるものの、リランによるものではなかった。その声色を頭に入れたユウキは、強い反応を示していた。

 

 

「へっ!? ちょっと待って、その《声》って……」

 

 

 ユウキはあるところを見ていた。それはアスナの呼び声の直後に現れた謎のモンスターの頭上だった。同じように目を向けてみたところ――目を疑う事になった。謎のモンスターの頭上に表示されているのは、リランと同じやたら長い《HPバー》。

 

 

 そして、《Juppiter(ユピテル)_Feretrius(フェレトリウス)》というモンスターらしい名前。……ユピテル?

 

 

「ユピテル・フェレトリウス……え」

 

「まさか、ユピテル!?」

 

 

 ぼくとユウキの声に、謎のモンスターは頷いて見せた。そこでまたぼく達は大声で驚く羽目になる。

 

 ユピテル。ここにいるアスナの息子であり、リランの弟であるというその少年と、ぼくは昨日話をしたばかりだ――そこで思い出せたが、頭の中に響いた声色とユピテルの声色は一致している。しかし、そのユピテルの《声》を発するモンスターの姿と、ユピテルの姿はあまりに異なりすぎている。

 

 

「ゆ、ユピテル!? 本当にユピテルなの!?」

 

「その姿はどうしたっていうの!? 何があったの!?」

 

 

 焦るユウキとぼくの問いかけに、《声》は答えた。

 

 

《驚かせてしまってすみません。ぼくは今、かあさんの《使い魔》になっているんです》

 

「あの後、何故かわたしのところにキリト君が持ってるっていう《ビーストゲージ》が出現してて……試しにゲージを貯めてみたら、ユピテルがこんな事になっちゃって……」

 

 

 そう話すアスナも大分困っている様子だった。どうしてこうなったのかよくわかっていないのは確からしい。

 

 ユピテルはアスナの息子であって、《使い魔》ではなかったはず。なのに息子はいつの間にかあんな姿を手に入れて、母親の《使い魔》となってしまった。それも全く見た事が無いモンスターに。

 

 この親子に一体何が起きてしまったというのか。思わず尋ねたくなったその時、ユピテルの《声》がもう一度した。

 

 

《ユウキねえちゃん、カイムさん。ここはひとまずぼく達に任せて、皆さんは先に進んでください。ここはぼく達で食い止めます!》

 

 

 ユピテルの《声》にはっとさせられる。

 

 《ユピテル・フェレトリウス》となったユピテルの登場は完全に予想外だったが、それはぼく達の味方だ。三人と二匹がここを塞いでくれれば、ぼく達は迷いなくエリアボスのところへ向かえる。しかも後からキリトの仲間達も駆けつけてくれるという話だ。このチャンスを利用しないわけにはいかない。

 

 その後押しをするように、キリトとシノンがそれぞれの得物を手に、異常で凶悪な連中の前に立ちはだかった。その背後にリランも並んで身構える。

 

 エリアボスの部屋へ続く道は、ぼくたち以外通行できなくなった。

 

 

「行け、カイム! 何も心配するな」

 

「ユウキ、仲間との最高の思い出を作ってきなさい!」

 

 

 キリトとシノンの言葉を受けたのは全員だった。ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーの五人が一斉にぼくとユウキに顔を向ける。これから何をするべきか、完全に理解した表情だった。

 

 

 ――エリアボスを倒しに行こう――

 

 

 ぼく達はそれに応じるように、頷いて声を出した。

 

 

「ありがとう、キリト!!」

 

「ボク達、行ってくるね!!」

 

 

 そう言って、ぼく達は一気にスピードを上げて走り、キリト達が確保してくれたエリアボスの扉へ到達。それをこじ開けた先に広がる部屋の中へ飛び込んだ。

 


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