キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 アイングラウンド編第五章、最終回。

 なお、アンケートは次回更新時に終了します。引き続きご協力をお願いいたします。

 


19:生命と人と

          ◇◇◇

 

 

「プレミア―!」

 

「プレミア―! どこ行ったのよー!」

 

 

 俺とシノンの二人の呼び声がリューストリア大草原の一角に木霊していった。

 

 ジェネシスとティアの両名によるアイングラウンドそのものを滅ぼす厄災は食い止められ、プレミアは双子の姉妹であるティアの心を動かす事に成功した。アイングラウンドに落下しようとしていたアインクラッドが止まった後、街に戻った俺達は一斉にピクニックの準備を始め、そしてリューストリア大草原で開催した。

 

 厄災のトリガーにされている事に悩み、悲しむプレミアのために開催する事を予定していたピクニックは、すべてが終わり、厄災を食い止める事に成功した祝勝会として開かれ、大盛り上がりだった。

 

 俺、プレミア、リランの三人で選んだ場所でシートを広げ、アスナ、シノン、リーファ、ユピテルといった料理上手達が作った色とりどりの弁当を皆で食べたのだが、これがどれを食べても美味しく、誰もが夢中でがっつき、時にはどっちが早かったか、どちらが口にするかをじゃんけんで決めるなどが起きた。

 

 ジェネシスとティアと戦った後だったという事もあって、俺もアスナ達の作った料理にがっつき、食べ進めた。何もかもが美味しく感じられたのは、アスナ達の料理スキルだけではなく、景色のいいところで、皆で集まって食べているからという事に気付いたのは、その途中の出来事だった。

 

 厄災からついに解放されたプレミアも、夢中になって料理を食べ進めていたが、その中でも皆との会話や笑い合いを忘れたりはしなかった。一番最初は料理にがっつく事に集中しきるような娘であったプレミアは今、最高の仲間達に囲まれて、ピクニックを心の底から楽しいと思えるくらいの娘へと進化を遂げた。

 

 ジェネシスとティアを食い止められたのも嬉しかったが、俺は何よりプレミアの成長と進化の度合いが見られた事が嬉しかった。そんな彼女を救う事ができたのも、これ以上ないくらいに嬉しい出来事だった。

 

 そんな楽しくて仕方がない祝勝会ピクニックの途中で、俺達はある異変に気が付いた。

 

 プレミアが居なくなっていたのだ。ジェネシスとティアとの戦いに参加してくれたヴェルサは私用があると言って最初からいなかったから気にしないが、最初から居て、皆と話をしていたプレミアが居なくなっているというのには驚く事になった。

 

 だが、すぐに同じ《アニマボックス搭載型AI》であるリラン達はプレミアが離れたところにいない事を察知し、俺達を安心させた。しかし姿が見えないのには不安があるし、何か異変が起きていないとも限らない。俺は同行すると言ってくれたシノンと一緒に、プレミアを探しに出ていた。

 

 

「そんなに遠くまで行ってないって事だけど、なかなか見つからないわね」

 

「プレミアはもうカーディナルから切り離されてるから、また操られるなんて事はないはずだけど……どこ行ったんだろう」

 

「けど、探してれば見つかるって事でよさそうね」

 

 

 シノンと共に歩く草原地帯は、とても長閑(のどか)だった。モンスターはおらず、草木は日光を浴びて暖かくなった風を受けて揺れている。つい先程まで大地をくり抜かれる事ででき上がった浮遊城が落ちる厄災に見舞われていたとは思えないくらいに牧歌的であった。これ以上ないくらいのピクニック日和だった。もしかしたら俺達以外のプレイヤー達も攻略を休み、ピクニックしているかもしれない。

 

 そんな世界の一部を一緒に歩くシノンが、空を見上げた。

 

 

「……それにしても、色々あったものね。この世界で」

 

「あぁ。いつも以上に色々な事があったな」

 

「アインクラッドで暮らした家を見つけられて、またあなたとユイとリランとで暮らせるようになって……」

 

 

 シノンにとってはそれが最も大きな事であろう。実際俺もそう思っている。アインクラッド第二十二層で、家族皆で暮らした家。帰りたかった場所に、俺達は帰ってくる事ができたのだ。この《SA:O》で体験した思い出の中で一番色の濃い出来事であったと、自信を持って言える。

 

 

「アスナとユピテルの事もあったし、ユウキとカイムの事もあったな。特にユピテルとカイムの成長はすごかったと思うぜ」

 

「それもわかるわ。ユピテルの時もすごかったものね。けれど、無事に乗り越えられて良かったと思う。それで……怖い事もあった。あなたがあんなふうになって……」

 

 

 シノンの顔に若干の悲しみが現れ、その目は俺の右手に向けられる。シノンが贈ってくれて、プレミアが祈りを込めてくれた銀の腕輪。陽を浴びて七色に煌めいているそれがなければ、俺はカーディナルシステムの機能一つである防衛機構に呑み込まれてしまう事がある。そうして何もかもわからなくなって、世界の敵を排除するためだけに動く、《ホロウ・アバター》になるのだ。

 

 

「……そういえばそうだったな」

 

「キリト、あなたはあれからどう。また塗り潰されるような感じ、なかった?」

 

 

 腕輪を見つめながら、シノンの問いかけに思考する。

 

 この腕輪を贈ってもらってからというもの、俺にカーディナルシステムが干渉してくる事はなくなったと思っている。実際ジェネシスとアヌビスと戦った時、アヌビスが防衛機構の力を引き出した状態になった時、俺までそんなふうになる事は無かった。その後も変わりはない。シノンの贈った腕輪は、お守りとしてこれ以上ないくらいに俺を守ってくれている。改めてそれがわかった。

 

 

「それがもう無いんだよ。シノンが贈ってくれたお守りを持つようになってから、何もないんだ」

 

「本当に? 私の見てないところで起きてなかった」

 

「本当だよ。あれから俺はずっとシノンとシノンのお守りに守られてるみたいだ。君が俺を守ってくれるんだよ」

 

 

 シノンは返事をしなかった。表情も不安そうなものから変わらない。思わず首を傾げようとしたそこで、彼女はようやく再度口を開けてくれた。

 

 

「……あなたがあぁなった時、本当に怖かったの。もうあなたが元に戻らなくなったんじゃないかって。あなたが私の知らない何かになっちゃったんじゃないかって。あなたと築き上げた思い出が、全部崩れたような……そんな気さえしたの」

 

 

 周りからすれば、そんなのは大袈裟だと思うだろう。だが、俺はシノンの気持ちがわかって仕方がなかった。大袈裟だなんて気持ちは全然ない。

 

 

「けれど、俺はあれからあぁなった事はないんだ。皆も力を貸してくれたけど、やっぱりシノンが俺を想ってくれて、頑張ってくれたから、俺はもうあんなふうにならなくなれたんだ。俺が君の知る俺で居られてるのは、全部君のおかげだよ、シノン。ありがとう」

 

 

 思っていたけれども、今まで言う事ができなかった言葉が出ていく。シノンとはずっと一緒にいるというのに、言えない事があった事に自分で驚き、少し呆れた。何も今の今まで黙っている事はなかったじゃないか。

 

 そんな事を脳裏で考えていたが、それはすぐに消え去った。シノンが頬を桜色に染め、笑んだからだ。

 

 

「私が頑張ろうって思えたのはね、キリトがいつもそうだからよ。あなたはいつだって私のために必死になってくれて、いつも私のために頑張ってくれてる。私を危険から守ってくれて……私の傍に居て、私を好きだって言ってくれる。あなたがいつもそうであってくれてるから、あなたに何かあった時、私も頑張らなきゃって思えるの」

 

 

 シノンはその目を俺に向け直した。黒色の瞳の中に空が、雲が、そして俺が映り込んでいた。

 

 

「私の力なんてたかが知れてるかもしれないけど、それでもあなたを守るから。私を守ってくれる、誰よりも大好きなあなたを……これからも、ずっと……」

 

 

 シノンに言われた途端、胸の底から愛おしさが込み上げてきた。シノンは滅多にこんな事を言わない。彼女もまた、思っていたけれども口に出さないでいた事を、口に出してくれていた。

 

 

「だからキリト、これからもずっと一緒に居て……ね?」

 

「……勿論だよ。これからもずっと一緒にいるよ、シノン」

 

 

 シノンはそっと腕を広げた。「私を抱き締めて」と言葉なく伝えている。同様に言葉なく返事し、俺は彼女の身体をそっと抱きすくめた。腕だけではなく、全身で包み込んでやるように彼女の身体に腕を回し、肩口に顔を埋める。身体に彼女だけの温もりが広がり、鼻に彼女だけの匂いが流れ込む。何度もやっているが決して飽きる事のない感覚を、自分そのものに刻み込もうとした――

 

 

「……やはり、シノンはキリトのあいじんなのですね」

 

 

 ――その時に急に声がしたものだから、俺とシノンは大声を上げて驚いてしまった。慌てて互いを離しながら声の方向を見ると、そこにはゆったりとした水色と白の服を着た、切りそろえた黒髪、金の髪飾り、右目元に泣き黒子のある水色の瞳の小柄な少女の姿。その娘は今、俺とシノンを興味深そうな目で見ていた。

 

 

「「プレミア!?」」

 

 

 その名前を出したそこでようやく、俺はここに来ていた目的を思い出した。

 

 俺とシノンは皆から(はぐ)れたと思われていたプレミアを探しに来ていたのだ。目的の少女はどこかと思っていたが、目の前に突然出てくるのは想定していなかった。……そういえばこの現れた方は、イリスが突然現れる時に似ている。プレミアはイリスが産んだ娘の一人だが、こんなところまで遺伝しているのだろうか。

 

 

「い、いつの間にそこに。というかどこに行ってたんだ」

 

「この近くで寝転んでいたのですが、キリトとシノンが通り過ぎたのが見えたので、追いました。そしたら二人は抱き合って……」

 

 

 シノンは顔を赤くして下を向いた。俺も燃えるように顔が熱い。赤くなっているのは間違いないだろう。俺達はプレミアを探していたのに、いつの間にか二人の想いを告げる事に夢中になって、プレミアが見えなくなっていたのだ。

 

 そして忘れられた彼女は、俺達が想いを告げる光景を最初から最後まで見ていた。誰も見ていないとわかっていたからやった事が、実はプレミアに見られていた。こんなのを恥ずかしく思わない者などいないだろう。

 

 SAOの頃のシノンだったら今頃全身で悶絶しているだろうが、現在の彼女は顔を赤くして下を向いているだけだった。……それでも動作がないだけで悶絶しているのは間違いないようだ。

 

 

「寝転がってたなんて、気付かなかったぞ。なんでそんな」

 

「それがピクニックの醍醐味だからと、キリトが教えてくれたからです」

 

 

 俺達をきょとんとさせたプレミアは、胸の前で手を組み、目を閉じた。

 

 

「こうして天気がいい日に寝転がると、わかります。青い空、流れていく白い雲、広がる景色。何もかもが綺麗で最高であるというのが、よくわかって最高です」

 

 

 そういえばピクニックの場所探しをした時、俺はプレミアにそんな事を教えていた。彼女は忘れずにいてくれたのだ。

 

 

「そうだったのか。だから寝転がってたんだな」

 

「はい。キリトが教えてくれたこれは、とても気に入りました」

 

「そっか。それなら教えた甲斐があったよ」

 

 

 そこでプレミアは、先程のシノンと同じように頬に桜色を浮かべ始めた。

 

 

「こうして知らない事を沢山知る事ができたのは、キリトとシノンが、皆がわたしと出会ってくれたおかげです。あなた達がどういった存在なのかは、まだわたしにはわかりません。けれど、わたしがイリスの《こども》としてこの世界に産まれ、この世界にやってきたあなた達に出会えたおかげで、今のわたしは存在しています。この気持ちも、感情も、あなた達と出会わなければ得られなかったものです」

 

 

 俺とシノンは聞き入っていた。いつの間にかプレミアはイリスに《子供》である事を教えてもらっていたらしい。そして彼女の言った事の中には、俺が思っていた疑問もあった。

 

 俺達という存在がこの世界に存在する事で、この世界に、この世界の住人達にどれだけの影響を与えてしまうのか。実際俺達はどれ程の影響をこの世界に与えてしまっていたのか。そんな世界に影響を与える俺達を、プレミアはどんなふうに思っているのか。

 

 それが疑問で、不安だった。

 

 

「つまり、わたしはあなた達と出会えて本当に良かったと思います。つまり……ありがとう、キリト、シノン。わたしと出会ってくれて。わたしと一緒に居てくれて……」

 

 

 プレミアの心の内を開けられた俺達は、思わず黙ってしまっていた。俺達に対してプレミアが思っていた事とは、感謝の想い。人間への疑問や憎悪などは一切なく、感謝と友愛の気持ちだけがある。俺達は確かにプレミアを、良い娘に育てる事ができたという証拠だった。そこでようやく俺は嬉しさを胸に抱き、プレミアに返答する事ができた。

 

 

「……どういたしまして。俺もプレミアと出会えて、本当に良かったと思えてるよ」

 

「キリトだけじゃなく、私も同じよ。プレミア、あんたに出会えて本当に良かったわ。ありがとうね、私達と一緒に居てくれて」

 

 

 俺の時とは意味合いが違うだろうが、同じ言葉をシノンはプレミアにかける。プレミアは首を少し横に振り、シノンに向き直る。

 

 

「お礼を言わなきゃいけないのはわたしです。わたしの毎日は充実しています。それはあなた達のおかげです。散歩や冒険で教えてくれた楽しい事や、大事な人を守る事……そして、生きるという事を、わたしも《生命(いのち)》であるという事も、あなた達は教えてくれました。わたしはあなた達と出会うまで、色のない世界を生きていました。わたしの世界に色を与えてくれたのはあなた達なのです。これからもわたしは、あなた達と一緒に色付いた世界を歩いていきたい。そしてあなた達は本当に一緒に歩いて行ってくれている。だからわたしは、いくらでもあなた達に感謝します」

 

 

 プレミアの中には愛情で溢れている。そう感じられた。俺達は無意識のうちに空っぽだったプレミアの中に愛情を注ぎ込んでいて、プレミアはその愛を糧に育っていった。そして今目の前のプレミアに至っている。プレミアに辛い思いをさせたくない、プレミアに幸せを与えてやりたいと思い続けた結果が、今のプレミアの姿なのだ。

 

 そのあまりに良すぎる事実を目の当たりにした俺とシノンは、思わず笑んだ。

 

 

「俺の方こそ感謝するよ、プレミア。これからも一緒に歩いていこう」

 

 

 プレミアはこくりと頷き、もう一度満面の笑みを浮かべた。最初出会った時とは比べ物にならないくらいに、太陽のようにまぶしくて美しい笑顔だった。

 

 しかし彼女はそれを長々と俺達に見せてはくれなかった。笑顔を何かに気付いたような表情に変え、彼女はシノンに顔を向けた。

 

 

「シノン、思い出した事があります」

 

「へ?」

 

「やはりとは思っていましたが、シノンはキリトの『あいじん』なのですね。シノンがキリトの『あいじん』だからこそ、シノンはキリトと抱き合ったりしていたのでしょう」

 

 

 その問いかけに俺達はひっくり返りそうになった。それはいつだったかに、ユイからのとんでも発言による爆撃を受けた時の再現だった。生みの親のイリス自身がとんでも発言天然爆撃機であるが故なのか、その娘であるユイも天然爆撃機だった。そしてプレミアもまたイリスを母親とした子供なので――天然爆撃機だったのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと、プレミアさん!?」

 

「愛人!? 愛人って、何言ってるのよ!?」

 

 

 二人して慌てている最中、プレミアは胸の前で手を組み、答えた。

 

 

「わたしは皆から、はち切れんばかりの愛情を注いでもらいました。しかし、シノンはキリトからそれ以上の愛情を注いでもらっている。それはシノンがキリトの『あいじん』だからなのでしょう? わたしはもっともっと、愛情を注いでもらいたいですし、シノンの境地というモノが知りたいです。シノンと同じなれば、その願いは叶います。ですからシノン、教えてください。どうすればわたしもあなたと同じキリトの『あいじん』になれますか」

 

 

 プレミアは愛情を理解できるくらいにまで進化し、実際に愛情を注がれている事に気が付いた。もっと沢山の愛情を注いでもらう事を望んでいるのは自然な流れと言えるだろう。だからこそ、プレミアは『愛人』になりたがっているのだろうが――明らかに変な方向に進んでいる。俺もシノンもしどろもどろして、シノンは一応正しい事を教え始める。

 

 

「えぇっとねプレミア、私はキリトの愛人じゃないの。正確には私達は夫婦であってね」

 

「夫婦。互いに愛情を注ぎ合う男女がなるもので、男は夫、女は妻と呼ばれるようになる。そしてお互いにはちきれんばかりの愛情を注ぎ合うようになる……そうですよね」

 

 

 意外にもプレミアは夫婦という概念を理解していたようだ。が、そこで俺は嫌な予感を抱き――それはすぐに現実となった。

 

 

「そうだったのですか。ではシノン、どうすればわたしはあなたと同じキリトの妻になれますか。どうすればキリトを夫とする事ができますか」

 

 

 次弾装填を終えて再度爆撃を仕掛けてきたプレミアにまた二人でひっくり返りそうになる。シノンはすぐに体勢を立て直し、反論を試みる。

 

 

「それはできないの! 妻になれる女性は一人だけで、キリトは私以外の妻は持てないの!」

 

「そうなのですか? それではシノン、妻を交代というのは」

 

「駄目に決まってるでしょう! いくらあんたの願いでもこれだけは譲れないわ!」

 

 

 シノンは完全に取り乱していた。妻を交代させてくれなんて言われているのだから当然の反応なのだが……シノンは俺の妻という立場を、俺が思っていた以上に大切に思っていたらしい。現に今のシノンからは、「これだけは絶対に渡さない」という決意と意志が見えていた。こんなにその気持ちを周囲に出しているシノンは、初めて見たかもしれない。

 

 そしてプレミアからも、その決意と意志が見え始めた。

 

 

「ぬぬぬ、ここまで言われると余計に気になります! シノン、あなたの感じられるものを教えてください。独り占めしないで、あなたの境地にわたしを連れて行ってください!」

 

「だから駄目って言ってるでしょ! ここはあんたを連れていけるところじゃないの!」

 

 

 反論するシノンにプレミアも更なる反論を仕掛ける。ここまでの事ができるというのは、それだけプレミアの人間性が高い事を意味している。プレミアの心臓部である《アニマボックス》という存在の秘めた進化の可能性の露見だった。しかしそれは今は素晴らしくなく、どこまでも厄介であった。

 

 

「落ち着いてくれ、プレミア。君は何が欲しくてそんなに意固地になってるんだ」

 

 

 プレミアはシノンと一緒に俺へ向き直ってきた。

 

 

「わたしは愛情が欲しいです。これまであなた達に注いでもらったように、これからも愛情が欲しいと言いました」

 

 

 そこで俺は光を掴めた気がした。プレミアを止める方法はあった。

 

 

「なら、俺の妻になる必要はないぞ。シノンの居る立場と、君の居る立場は何も変わらないんだ」

 

 

 プレミアは「え?」と言って首を傾げる。止まってくれたプレミアにシノンが安堵すると、俺は更に続けた。

 

 

「俺とシノンは夫婦だけど、それ以前に家族なんだよ。俺がシノンに愛情を注ぐのは、シノンが大切な家族だからだ」

 

「家族だから……」

 

「そして君も今は家族がいるじゃないか。イリスさんっていう母親が居て、ユイ、リラン、ストレア、ユピテルっていう姉兄(きょうだい)達が居る。今は離れてるけれど、ティアっていう双子の姉妹もいる。彼女達はこれから君が言うはち切れんばかりの愛情を注ぐ気でいるよ。なんていったって、家族だからな」

 

 

 本人達はそう呼び合うつもりはないみたいだが、プレミアはリラン達の末妹(すえのいもうと)だ。彼女達は家族として互いに愛情を注ぎ合っているが、プレミアもこれからその中に入っていくのは確定している。

 

 

「だからプレミア。君もこれから家族にシノンと同じくらい愛情を注いでもらえるんだよ。楽しい思い出を作りに出かけたり、一緒に美味しいものを食べたり、一緒に色んな事をしたりできるんだ。だから、君が俺の妻になる必要はないよ。そうしなくたって、君の願いは叶うんだ」

 

 

 プレミアはちょっと意外そうな顔をしていた。これからの自分の立場というモノを再確認したのかもしれない。

 

 

「……そうだったのですか。わたしはキリトの妻にならなくとも、沢山の事を共有してもらえて、キリトの妻であるシノンと同じくらい愛情を注いでもらえる」

 

「そうだよ。特に君のかあさんはすごいぜ。これから君に、びっくりするくらいの愛情を注いでくれるはずだ」

 

 

 そう言われてはいないが、少なくともイリスがその気でいるというのは今までの経験で分かる。AIと言えど『我が子』だと思っているイリスは、リラン達やユイ達にそうしているように、プレミアへ愛を注ぎ込むのだろう。

 

 そう思うと、ここから少し離れたところで、プレミアという家族と一緒にピクニックを楽しまんとしている彼女達の姿が目に浮かんだ。早く帰ってやらないと。直後、シノンが俺より先にプレミアに言葉を掛けた。落ち着きは取り戻されている。

 

 

「だからプレミア、こんなふうに妻が愛人がどうこう言ってないで、早くおかあさんと姉兄のところに帰りましょう。皆あんたに愛情を注ぎたくてうずうずしてるんだから」

 

「それなら、わたしは愛する家族に申し訳ない事をしてしまっていました。早く帰りたいです」

 

「そういう事なら、行くべき場所は一つだ」

 

 

 俺の言葉を受けたプレミアは、その水色の瞳を向けてきた。とても穏やかな光が瞬いている。

 

 

「キリト、シノン。わたしを連れて行ってくれますか」

 

「勿論だよ。早く行こう」

 

 

 その答えにプレミアはもう一度笑み、俺とシノンの手をそっと握ってきた。本当の《生命》だけが、そして彼女だけが持っている温もりがしっかりとそこにあった。手から全身へ感じながら、俺とシノンは元来た道を戻った。

 

 

 厄災が過ぎ去った世界は、拍子抜けするくらいに平和だった。

 

 

 

《キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド 05 終わり》

 




――あとがき――

 ドーモ、皆=様。クジュラ・レイでございます。

 今回でアイングラウンド編第五章が終了となりましたが、お楽しみいただけたでしょうか。第五章はプレミアの双子であるティア、そしてキリトと同じ《黒の竜剣士》という異名で呼ばれていたジェネシスにスポットライトを当てました。

 彼らを描くうえで、ホロウリアリゼーション本編で見られなかった描写も出てきましたが、それはコミック版、SAOマガジンなどで描かれたものに参考に、更に肉付けしようと思って作ったものでした。

 そこまでした一番の理由は、ホロウリアリゼーション本編のジェネシスがあまりに小物というか、描写がなくて寂しいと思ったからです。そんな彼は本編で退場するところで退場せず、ラスボスにまで昇華しました。しかしそんなジェネシスのラスボス化も、実はホロウリアリゼーション編のプロットを考えた時点で誕生してたネタであったりもします。

 なんにしても、ジェネシスをオリラスボスとして描いたわけなのですが、いかがでしたでしょうか。もし楽しんでいただけたならば、嬉しい限りです。

 さて、第五章の話はここまでにしまして、次の話を。

 ホロウリアリゼーション編ことアイングラウンド編ですが、次は第六章であり、アイングラウンド編最終章となります。それがどうなるかは、原作をプレイした方ならばそれなりにわかると思います。

 しかしそれだけでは終わらないという事を、これまでのアイングラウンド編で出てきた謎等が明かされていく事だけを、ここに明言します。今お伝え出来る事はそれくらいでありまして、あとは次回以降でお楽しみいただけたらと思います。

 今回を以ってアイングラウンド編第五章は終了です。ここまで読んでくださった読者の皆様に、感謝申し上げます。


 本当に、本当にありがとうございました。




















 ――予告――









 全てを失い、変わり果てた姿の少女に《声》は囁きかける。


《いくら抗ったところで、可能性は変わらない》

《わたしは永遠にひとりぼっち》


 孤独な少女は叫び、その全てを否定する。


「うるさい……うるさいうるさいッ!! わたしの可能性を決めつけるな!!」


 孤独な少女は《声》に抗い、進み続ける。可能性を掴み取るために。

 そして少年は思い出す。かつての想い人から教わった想いと真実を。


『私、あの娘があんなに頑張ってくれてるのは嬉しい。でも、本当はあんな事をしてもらいたくない。あの娘が頑張るのは、全部私のため。私が弱いのがいけないの……だからあの娘は私を守ろうと思って、強くなろうとしてるの。あの娘を危ない目に遭わせてるのは、私なんだよ……』


 時を合わせ、『それ』は目を覚ます。『それ』とは一人の少女だった。誰からも忘れられていた、少女だった。


「おねえちゃんと先輩達が居たから、毎日楽しかった。SAOに閉じ込められても、皆が一緒だったから、楽しかった。苦しくなかった。辛くなかった。皆が一緒に居てくれたから、デスゲームでも生きられた」


 少女を起こした存在は微笑む。獣とそれに襲われる者達に嗤いかける。


《わたしが作り直したそれか? アインクラッドが育んだ諸君か? わたしの愛おしい怪物達よ、せいぜい楽しむがいい》


 少女のような獣は、その牙を覗かせて咆吼する。



「あたしのおねえちゃんを返せええええええええええええええッ!!!」



 その獣は、ついにやってくる。

 大切なその娘をさらいに、やってくる。


 そして彼女は、現れる。



「こんな形でまた会う事になって、ごめんね……………………キリト」



《キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド 06》


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