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アインクラッドにて新エリアが解放され、そこに仮面を付けた未知のNPCが見受けられた。その情報をキリト達の許に持ってきたのは情報屋アルゴと情報屋未満の情報通シュピーゲルだった。
アインクラッドがアイングラウンドより誕生した後、創世者そのものを止めた事によって、アインクラッドがアイングラウンドに落下して、すべてのNPC達が死に絶えてしまうという厄災は回避された。その後アインクラッドの存在はアイングラウンドが舞台となっている《SA:O》の運営自身によって調べられた。
その結果、アインクラッドは完全に無害であり、寧ろ一つのフィールド集合体として存在が成立しているという事が判明した。カーディナルシステムや《SA:O》の根幹システム群にも何の悪影響もない。観察や動作テストなどは必要になるだろうが、アインクラッドは何も心配がないという結論が出され、《SA:O》のベータテストは引き続き行われ、正式サービス開始も近付いているのが今だった。
そんな《SA:O》で遊び続けていたある時に、アルゴとシュピーゲルの二名がアインクラッドに潜入し、情報を持って戻ってきた。なんでも、アインクラッドは運営と開発によるテストがされていないにも関わらず、普通に動作しているエリアがあり、《はじまりの街》の転移門はそこを新たに解放されたフィールドとして認識し、飛ばしてくれるというのだ。
それによって現在沢山のプレイヤー達が続々とアインクラッドに向かって飛んでいるのだが、そこで《仮面を付けたNPC》が見つけられたという情報が情報屋の許に転がり込んだ。
そのNPCはプレミアやティアのような特異性がある事が見るだけでわかるような存在で、詳細情報はわかっていないものの、接触する事が出来れば、未知のイベントに遭遇できるかもしれないという。その情報は今《はじまりの街》中に拡散し、誰もが興味を寄せていた。
その波に乗らないわけがないのがキリト達だった。未知のイベントを持ったNPCならば是非とも接触して、そのイベントを見てみたいと思わないはずがなかった。それにキリト達にはずっと気がかりな事があった。プレミアの双子の姉妹であるティアの事だ。
アインクラッドを作り上げ、この世界を滅ぼさんとしていたティアは、その計画がプレミアとキリト達によって潰れた後、行方を眩ました。そのティアと早く会いたいと思っていたのがプレミアであり、彼女は「どうにかアインクラッドへ行ってティアを探せないか」とキリトに頻繁に持ち掛けているような有様だった。
プレイヤー達の攻撃と迫害によって、人間への憎悪を抱き、負の感情で心をいっぱいにしていた娘であるティア。その憎悪と負の感情はプレミアによって浄化されたが、完全に浄化しきったかというと疑問だったし、そもそもそんな彼女を一人にさせたままであるというのは、キリトもずっと気にしていた。なのでプレミアの気持ちもよく分かったが、如何せんアインクラッドへ向かう方法が無くなっていたため、どうする事も出来なった。
そしてようやく、アインクラッドへ飛ぶ手段が見つかった。キリト達はすぐさま準備を整え、そこへ向かったのだ。《仮面を付けたNPC》もそうだが、アインクラッドのどこかにいるとされるティアを見つけるために。
そのアインクラッドに飛んだところで辿り着けた場所、《スタルバトス遺跡群》の中央広場が、キリト達の現在の居場所だった。
あちらこちらが崩れた遺跡で、闘技場、古代都市、地下遺跡などが存在する大遺跡。古代文明の
そのスタルバトス遺跡群の探索にキリト達も出ていたところだったが、キリトが送ったメッセージによって、あちこちに散らばっていた仲間達はキリトのいる中央広場に集まってきていた。
「ううーん……やっぱり《仮面を付けたNPC》も、ティアの情報も無しか」
眼前に表示しているウインドウを眺めたキリトが独り言ちる。《SA:O》の前身であるSAO、SAOの後に誕生したALOを攻略してきた頼もしき仲間達も、このスタルバトス遺跡群の探索に出て、各々情報を集めてくれてきていた。皆が集めた情報、そして自分とリランが集めた情報を一つのメモにまとめて、キリトは閲覧していた。
「痕跡らしい痕跡っていうのも無かったわ。ここにはいないんじゃないかしら」
皆にとっては仲間、友達の一人、キリトにとっては大切な人であるシノンが言うと、他の皆も同様の言葉を述べ始める。
スタルバトス遺跡群はアイングラウンドより切り取られたものであるためか、広さそのものはアイングラウンドにあるフィールドよりも狭い方に入る。だから探索すればすぐに何らかの情報が得られるかと思ったが、キリトのその読みは外れていた。自分の手に入れた情報の中は勿論、皆が集めてきてくれた情報の中にも、《仮面を付けたNPC》とティアに関する情報はなかった。無駄骨かと言われるとそうではないと言い切れるが、収穫があったとも言い難い。
「《仮面を付けたNPC》って言いますけれど、具体的にどんな姿をしてるんでしょうか。その辺の情報はありませんよね」
「そうよ。一口に《仮面を付けたNPC》って言われてもわかりっこないわ。どんな仮面付けてて、どんな格好してるのよそれって」
シリカが難しそうな顔をして言うと、リズベットが文句を言う。彼女らの言っている事は
そういう情報を持ってきてくれるアルゴは近くにいない。まだ探索に出ているという連絡が彼女からあった。ちなみにフィリアも同行しているそうで、やはりここにはいない。ちなみにトレジャーハンターを自称する程お宝探しにぞっこんな彼女は、このスタルバトス遺跡群に来た時に大興奮を見せつけてきて、喜びに満ちた足取りで遺跡へ向かって行っていた。
そんな彼女達と一応同業者であるシュピーゲルが、皆に話す。
「僕も調べてみてるんだけど、情報屋も全然情報を集められてないんだ。わかってるのは仮面を付けてるって事だけで、後は全然。目撃出来たプレイヤー達は、詳しい容姿とかを記録する前に姿を消されたって話で」
「目撃されてすぐに姿を消したって事は、警戒心が強いとか、人目を嫌うとか、そういう感じの性格に設定されてるのか? レアモンスターとか、希少環境生物とかもプレイヤーを見つけるとすぐ逃げる習性を持ってるのが多いもんな」
青と白の鎧服、青髪が特徴の青年ディアベルの言葉に皆が考え込む。目撃する事に成功したかと思ったらすぐに逃げられたなどという話は、モンスターや環境生物に関する情報でよく出てくる。
倒す事で得られる経験値が膨大である、SAOから続投しているS級食材などの激レアアイテムをドロップするなどの性質を持っているものの、人目を嫌い、見つかるとすぐに逃げてしまう。そんな性格や特徴を持ったモンスターや環境生物は、この《SA:O》にもたくさん存在している。
だが、それはあくまでモンスターや環境生物の場合であり、NPCには適用されないはずだ。フィールドを
けれど、こんなに広大なフィールドを闊歩していて、見つかると逃げ、しかも見つける手がかりもないというのは、イベントを起こすNPCにしては少し理不尽じゃあないか。キリトはそう思えて仕方がなかった。
その思いと似た事を考えていたらしいリーファが、挙手するように意見を述べた。
「けど、そんな仕様は難しすぎませんか。遭遇するのも話しかけるのもすごく難しいなんて、ALOにもありませんでしたよ」
「って事は、その《仮面を付けたNPC》は他のNPCと違う性質を持ってるって事なのかな。プレミアちゃんやティアちゃんみたいにさ」
リーファに続いて述べたユウキは、遺跡の破片である岩に腰を掛けているプレミアに顔を向けた。
プレミアとティアの両名は、この《SA:O》に実装されたNPCの二人だ。しかしその実態はリランとユピテルの該当する《MHHP》、ユイとストレアが該当する《MHCP》を産んだイリスが、同じように産んだAI達だったというのが、最近になってわかった。
その証拠として彼女達には《MHHP》と《MHCP》が搭載している《アニマボックス》が搭載されており、この《アニマボックス》の存在によって彼女達は他のAI達よりも遥かに早く成長、進化出来ている。実際にリランとユピテルがプレミアに専用コマンドを実行してみたところ、それは動作し、一時的に機能を停止させられたプレミアの胸中より、複雑な青い光の文様の走る白い箱は姿を見せた。
紛れもなくプレミアはイリスによって作られた娘であり、それはティアも該当している。キリト達の間にだけ共有されている真実であった。そのプレミアに向けて、アスナが声をかける。
「プレミアちゃん、何か感じたりしないかな。他と違う反応とか、信号とか、感じられてない?」
プレミアは首を横に振り、少し悔しそうな顔をした。
「リランとユピテル、ユイとストレアに教わって、やってみたりもしました。しかし、リラン達の反応と居場所は探し出せるのに、ティアやその他の存在の事は感じ取れません」
皆が少しだけ残念そうな表情をする。それはキリトも実際にやらせてみた事だった。
プレミアがリラン達同様の《アニマボックス搭載型》ならば、互いに《アニマボックス信号》を検知し合う事が出来る。だからティアの居場所も容易に掴めると思ってやらせてみたのだが、プレミアは「リラン達は見つけられるのにティアは見つからない」と告げてきた。
それはリラン達も同じで、ティアの位置だけは掴めないと返してきた。同じアニマボックスがあるはずなのに、それが検知できない。プレミアとティアは当初カーディナルシステムの崩壊シミュレーションモジュールの受け皿にされる事でジャミングに包まれ、《アニマボックス信号》を検知できない状況下にあったが、それは今はなくなっている。
なのにティアの《アニマボックス信号》がどうやっても見つからないというのだから、ティアの身に何か異変が起きてしまっているかもしれない。キリト達はそう思えて仕方がなく、心配だった。プレミアもずっとそんな調子だったからこそ、アインクラッドへ向かう事を望んでいた。
「《仮面を付けたNPC》の反応を検知できないのは当然ですが、ティアの反応まで検知できないというのは異常事態です。早く見つけ出してあげたいところですが……」
「ティアの痕跡っていうのも見つかってないんだよねぇ。情報屋にも入ってきてないみたいだし」
ティアの家族であるユピテルとストレアも心配を隠せない様子だ。もう一度皆の集めた情報を最初から最後まで読んでみても、やはりティアの情報と思わしきものはない。スタルバトス遺跡群の限定イベントやクエストでぎっしりだ。いつもはありがたい情報も、今は全く必要ではなかった。
スタルバトス遺跡群に来たのは間違いだっただろうか。もしかして偽情報を掴まされてしまったか。キリトの脳裏にそんな考えが
その名をシノンが呼んだ時、二人はキリト達の許へ辿り着いた。二人とも何かしらの収穫を得たような顔をしている。
「二人とも、何か掴めてきたのか」
「勿論だヨ。けど、それがわかった時がっかりしたヨ。ここには意味がなかったんだからナ」
「皆、聞いて!」
そう言って注目を集めたフィリアとアルゴに皆で向き直ると、報告が始まった。二人はこのスタルバトス遺跡群の下の層への道を見つけ出し、すでに底の探索をしていたプレイヤー達から情報をもらう事が出来たそうだ。
それによると、《仮面を付けたNPC》は既にスタルバトス遺跡群より移動し、下の層に位置するフィールドにて再び姿を現したという。
スタルバトス遺跡群の下の層、新生アインクラッド何層目かは不明であるその場所の名は《ノーザスロット氷雪地帯》。その名の通り氷雪の降り積もった場所であるそこの探索を開始したプレイヤーが、《仮面を付けたNPC》の姿を見つけ出せたという。
勿論接触は出来ず、逃げられてしまったものの、姿形を認める事は出来た。《仮面を付けたNPC》は仮面と一緒に黒いローブを深く被り、両手剣を携えていたという。この前はその容姿さえも詳しく掴めなかったが、今回でようやく形が掴めたので、見つけ出すのは容易になったかもしれない――というのが、アルゴとフィリアの報告だった。
「《仮面を付けたNPC》は下に移動してたのか。っていうか、下に行く事なんて出来るのかよ」
「アインクラッドの時は迷宮区を通らなきゃいけなかったガ、今回はそんな事ないみたいダ。下に行ける道さえ見つけ出せれば、そのまま下層フィールドに行けるみたいだヨ」
クラインの疑問にアルゴが答えると、今度はキリトが疑問を抱く。このアインクラッドが上にも下にも自由に行ける不完全構造だというのはわかったが、下に向かえばモンスターなどは弱くなるのではないだろうか。現にアインクラッドは上に登るにつれて、敵は強くなっていく構造となっていたが、ここはどうなのだろう。
その疑問を口にしてみたところ、答えたのはリランだった。
「アインクラッド下層は、敵が弱いように設定されていた。だがそれはSAOの場合で、《SA:O》は違う。《SA:O》はプレイヤーが活動できる範囲から広がるように難易度設定がされている。恐らくこの《SA:O》のカーディナルシステムが自動調整しているのだろう。下層へ向かうからと言って、そこにいるモンスター達が弱いという保証はないぞ」
「寧ろ骨のある奴らが居るかもしれないんだな」
エギルの言葉にリランは頷いた。スタルバトス遺跡群には《仮面を付けたNPC》の痕跡も、ティアの痕跡も無かった。ティアの痕跡に至ってはまだ探しつくしていないかもしれないが、《仮面を付けたNPC》がどうなのかも気になるし、もしかしたら《仮面を付けたNPC》と同様にノーザスロット氷雪地帯で、ティアの痕跡を見つける事が出来るかもしれない。
そう思うキリトの横で動き出す影があった。プレミアだった。
「そういう事ならば、早くそこへ向かいましょう。《仮面を付けたNPC》も気になりますが、ティアの痕跡を早く探し出したいです」
皆を急かすかのようにも見えるプレミアの顔には、決意に満ちた表情が浮かんでいる。一番最初の頃には決して見る事の出来なかった表情が彼女の顔にあるという時点で嬉しいところだが、同時に気になった事があった仲間もいたようで、その中の一人であるシリカがプレミアに近付いた。
「プレミアちゃん、よっぽどティアちゃんに会いたいんですね。どうしてそこまで会いたいのかな」
プレミアはきょとんとする。そんな事を尋ねられるのは想定してなかったらしい。
「わたしがティアに会いたい理由、ですか」
そこで割り込むように言ったのがリーファだった。キリト共々、プレミアとその姉妹達と暮らしているからこそわかる事があるかのようだ。
「やっぱり心配だよね、ティアちゃんの事。なんたって、プレミアちゃんとティアちゃんは姉妹で、家族同士だもんね」
最初は驚いた、実はプレミアとティアもリラン達の家系の一人だったという話。今やそれに驚く者はいない。そんなかつては衝撃的だった事実を抱えるプレミアは、胸の前で手を合わせた。
「はい、ティアが心配です。ティアは以前、人と繋がりを持つ事をよく思ってはいませんでした。そのため、こんなアインクラッドを作り出し、世界を滅ぼそうとしたんです」
「確かに、プレミアちゃんとティアちゃんを狙うプレイヤーもいたもんね。そんなのに追われ続けたら、あぁなって当然かも……」
レインが悲しげな顔をすると、皆も続いてそうなった。プレミアは続ける。
「それもありますが、ティアはずっと、ここにいる皆のような素晴らしい人々に出会えなかったからもあると思います。しかし、わたしは皆と出会う事が出来ました。そして皆と繋がりを持つ事で、色々な可能性を得る事も出来ました。今こうして安心できる場所を得られたのも、先に生まれていた家族に出会えて、一緒に暮らせるようになったのも、皆と繋がりを持つ事が出来たおかげなのです。ティアにも、この事を、人との繋がりがどれ程素晴らしいものなのかを教えてあげたいです」
プレミアから告げられた事実、自分達の近くは彼女にとっての安心できる場所であるという事。そこまでの思いを寄せられていたという事はキリトもあまり予想出来ていなかった。それは皆も同じだったらしくシリカが照れくさそうな様子を見せた。
「安心できる場所だなんて言われると、なんだかくすぐったい気持ちになります……」
「けれど、そう言ってもらえるとすごく嬉しいわ。あんた、そんなふうに思ってくれてたのね、あたし達の事」
嬉しそうなリズベットにプレミアは頷き、キリトの目の前にまで歩いた。プレミアの方が背が低いので、見下ろす形になると、キリトの黒色の瞳とプレミアの水色の瞳が交わされ合う。
「キリト、ティアの目撃情報のあったノーザスロット氷雪地帯へ行き、ティアに会いに行きましょう」
「勿論だ。俺も早くティアを君の許へ連れて帰ってやりたいって思ってたところだしな」
プレミアがこれだけ良い思いをしているのだから、ティアも当然そうなるべきだ。かつての主人と友人を喪ったティアは独りぼっちだろう。誰も信じられなくて辛い思いをしているに違いない。一刻も早く、彼女を暖かい場所へ連れて行ってやらなければ。
「皆、下へ向かおう。ノーザスロット氷雪地帯で、《仮面を付けたNPC》よりも先にティアを探し出して、彼女を保護できるように頑張ろう」
かつてアインクラッドに居た時にそうしたように皆に指示を送ると、皆は快く「おぉー!」と返事をしてきてくれた。この仲間達が居てくれれば、きっとティアの辛い思いを解消してあげられるだろう。一刻も早くそうするために、ティアを探し出さなければ。
そう思っているキリトの指示の後に、アルゴとフィリアが道案内を開始。キリト達は彼女達の後を追って、進み始めた。
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「はぁッ」
掛け声と共に両手剣で前方を薙ぎ払うと、そこにいた敵達は横一文字に切り払われた。しかし倒すまでには至らず、後退させられただけだった。
その敵達は形がいくつもある。白い毛並みを持つ猪、青い装甲に身を包んだ
「やるようになった……」
両手剣を構え直し、彼女はモンスター達に目を向け直す。モンスター達はこれまで見た事のない種類だが、結局いずれもこれまで彼女が相手にしてきたモンスター達と性質は変わりなかった。道を塞いでくる障壁であり、倒すべき敵。それだけは変わっていない。
「けれど、なんなの」
いつもは斬り倒して、かち割ってやる事くらいしかしない彼女は、そのモンスター達に疑問を抱いていた。モンスター達の様子がおかしいのだ。
これまで見てきたモンスター達はちゃんとした形を持っていた。どこかが崩れたりしている事などなく、綺麗な形をしていたと言える。しかし今の彼女の目の前にいる白猪、青蠍、青蛾らは、身体の至るところが欠けたり、崩れたような形になっている。そんなふうに欠け落ちた部位の断面は、黒紫色のモザイク模様に発光していた。あんな特徴を持ったモンスター達は彼女の記憶に出てこない。
新たな種類と出くわしただけなのかもしれないが、それにしたって何かがおかしいように感じられる。まるで得体のしれない異変に呑み込まれた結果、身体に狂いが生じてしまったかのようだ。
それこそ、身体が大幅に変化した今の彼女のように――。
「違う……違う、違う! わたしは、お前達と一緒じゃない!」
彼女は首を横に振り、様子のおかしいモンスター達に向き直った。
わたしはお前達と同じであるものか。
わたしは特別な存在だ。それ故にお前達とは違う。
なんの可能性も持たされていないお前達とは、何も作り出す事の出来ないモンスター達とは違うのだ。それにお前達には名前すらないじゃないか。
「わたしにはティアという名前がある……名も無いお前達とはわけが違うッ!!」
彼女――ティアと名付けられた少女――が腹の底から叫ぶと、思いの他声が周囲に木霊した。ティアを中心に震動が起こり、周囲の木に積もっていた雪がばたばたと音を立てて落ちた。
地面の雪を思い切り踏んでから蹴り上げて眼前の白猪に接近すると同時に、ティアは両手剣の突きを放った。どすりという音と、肉を突き破る手応えが返ってくる。最初は不気味に感じたものの、今は何とも思わない。
それと時を合わせて、周りのモンスター達が一斉にティアへ飛び掛かった。
「せやああああッ!!」
もう一度咆吼したティアは白猪の頭から両手剣を引き抜き、その刃に光を宿らせ、勢いを付けて回転斬りを放った。光を纏う刃はティアに飛び掛かった青蠍、青蛾、白猪を捕まえて一周し、丁度円を描いたところで解放され、勢いよくすっ飛んでいった。雪原、大木、雪に包まれた巨岩に六匹は轟音と共に激突。その後すぐに全身を紫の光のシルエットに変え、ガラス片のようになって消えた。
これまで見てきたモンスター達は、水色のシルエットになってから、水色のガラス片になって消滅するようになっていたのだが、今はその水色も変わってしまっている。モンスター達に確実に異変が起きているという証拠であった。
その光景を見届けて、ティアは両手剣を背中の鞘に仕舞い込んだ。全くなんだというのだろう。この異変は誰が起こしたというのだろうか。
「……」
溜息を吐くと白い煙のようになって広がり、消えた。かつてティアはこの世界に異変と厄災を起こした。しかしそれはティアの双子の姉妹と、随分仲良くしている人間達の手によって止められてしまった。その時彼女達に言われた事を、ティアはこれ以上ないくらいよく覚えている。
『わたしはこの世界で生きて、皆と出会って……わたし達であろうと尊い生命であると、生まれてきてくれてありがとうと言ってもらえる生命だと知りました。そんな人達との繋がり、世界の広がりを知りました。そして、人が誰でも大きな可能性を持っているという事も、知りました。明日にはまた知らない発見や体験をして、今とは違う自分が居るはずです。明日には、新しい仲間が横に居てくれるかもしれません。そんな事を、わたしはこの人達に教えてもらいました』
ティアの頭の中にプレミアと名乗った彼女の言葉がリフレインする。プレミアは人間達を信じていたように思えた。自分達を迫害するはずの人間達を、愛しているように見えた。人間と繋がりを持つべきだと、持ち掛けてきた。
「……けれど」
人間達は自分達を迫害する者達だ。この異変も人間達によって起こされたモノかもしれない。人間達はいつだって、自分達を迫害し、否定するのだ――。
そう思ったそこで、ティアは頭を抱えた。頭痛が起きている。頭の中に得体のしれない何かが居て、頭を食い破って外に出ようとしているかのようだ。これもまた、彼女に起こっている異変の一つだった。
《わたしは永遠に独りぼっち。わたしはどんなに足掻いても、人間達と繋がれない》
《声》がする。耳に届いているのではなく、痛みの走る頭の中で直接響いているのだ。しかもその声色はどういう事なのか、彼女自身の声色と同じだった。
「違う、そんなわけがない」
《わたしは独りぼっちで居るしかない。どんなに足掻いても何も変わらない。わたしには可能性もない。未来は何も変わらない》
ティアは首を横に振って否定する。
ずっと独りぼっちだと?
可能性がないだと?
そんな事があるわけない。わたしにだって可能性はある。
未来を作り替える事くらい、わたしにだって出来る。
「馬鹿にするなッ! わたしが、未来を創るんだ。未来はわたしが創るんだぁッ!!」
ティアは渾身の力で咆吼し、《声》に抗った。放たれたティアの声は周囲に木霊していき――聞こえなくなった時に、頭痛と《声》が止んだ。
ティアは頭から手を離し、正面を向いた。向かうべきところが自分にはある。変えるべき未来がそこにある。そのためにも――。
「……進もう」
独り言ちて、ティアは岩だらけの雪原を歩き出した。
――原作との相違点――
・ティアを探すフィールドがいきなりノーザスロット氷雪地帯。原作ではヴォルカノア旧火山城塞。
・モンスター達がいきなりバグっている。原作でバグり始めるのはエリオンウォード相異界。
――元ネタ――
・目撃する事に成功したかと思ったらすぐに逃げる環境生物
⇒白くてふわふわした外観で、異様に長くて速い足の鳥。
もしくは黒緑でふわふわした外観で不気味な赤い目をしている、異様に長くて速い足の鳥。ちなみに後者は場所によっては壁に突っ込み続けて隙だらけになる。