キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:雪と氷の異変

 

 

          □□□

 

 

 いつの日かのアインクラッドの一角を思い起こさせる情景広がる、新生アインクラッドでのキリト達の探索は続いていた。

 

 このノーザスロット氷雪地帯に降り立ってからそれなりの時間が経過し、大分奥にも進んでいるが、一向に《仮面のNPC》なる存在は見つからない。勿論キリト達の本来の目的であるティアもだ。彼女らの痕跡を探し、猛吹雪に包まれているこの氷雪地帯を歩いているが、どうにも彼女らの痕跡や姿形を捉える事は出来なかった。

 

 その途中で、ばらばらに散らばって探索を行っていたキリト達は合流し、全員で同じ場所に集まりつつ探索を続けるやり方に変えた。理由はモンスター達の異変に対応するためだ。

 

 ノーザスロット氷雪地帯というだけあって、毛むくじゃらの猪や象、もしくは青色の身体を持つ蠍や蛾といった、極寒地帯に適応するための進化を遂げたような姿形、性質を持っているのがここのモンスター達だった。

 

 そんな者達でフィールドが満たされているというのはキリトの予想の範囲内であったが、その予想は途中で大幅に外れる事となった。猛吹雪の中を進み続ける事十分ほど行ったところで、モンスター達が異様になり始めたのだ。

 

 身体のあちこちが崩れたように欠損しており、断面は赤紫と黒のモザイク柄が蠢いているという異様な姿でありながら、姿勢などは一切崩れていないという有り様になったのだ。

 

 しかも名前も文字化けをしているようなそれとなっており、正確な名前を把握する事も出来なくなっている。まるで身体が崩れても本能と執念で動く事をやめないでいる、動く死体(リビングデッド)不死者(ゾンビ)のようなそれに、モンスター達はなり始めた。

 

 このアインクラッド創造の影響で様々な不測の事態がこの世界に起きているが、ここまでの異変が起こるものなのか。キリトと同行するクラインも、リランさえもモンスター達の姿形に驚き、戸惑う始末だった。

 

 襲ってきたそれらを全て撃破した後、別なところで探索している仲間達から「モンスター達の様子がおかしくなり始めた」という報告が続々とメッセージで届いてきた。こんな状態になっているのに散らばって探索するのは危険だ――キリトは咄嗟に皆に集合指示を出し、皆で集まって探索をする事にして、現在に至っている。

 

 あの異様になったモンスター達と交戦したのであろう、寒冷装備に身を包んだリズベットとシリカが少し怯えた顔で言ってきた。

 

 

「なんだっていうのよ、あのモンスター達は。いくら作り物だってわかってても、怖すぎでしょ!?」

 

「モンスターの身体、おかしな事になってます。あちこち落ちちゃってて、それでも動いてるなんて……」

 

 

 他の皆も事態を信じられないような様子だった。キリトもその一人だ。これまでSAO、ALO、そしてこの《SA:O》とゲーム世界を渡り歩いてきて、実に様々な異変に出くわしてきた。仮想世界ならではの常軌を逸した事態にも多く遭遇してきたつもりだが、今回はその中で最も深刻であると思えるくらいだ。

 

 

「名前も文字化けしているような感じになってたし、フィールドイベントもそんな感じ。説明文が欠損してたり、文字化けしてたりしてて、読めなかったよ」

 

「進めたらヤバそうだったから、無視してここまで来たけど、本当にどうなってるっていうんだ」

 

 

 ユウキとカイム、他数名から聞いた話によれば、ここいら一帯で発生するフィールドクエストもまた、説明文が文字化けしている、明らかに他の文章と間違って差し変わっているなどの異変的不具合を起こしていたという。それらを進めればもっとひどい異変に巻き込まれるかもしれない。進めずに無視でここまで来たという判断は実に正しいと思えた。

 

 

「一体どういう事なの。こんなにおかしな事が起こるものなの?」

 

 

 同じく異変に巻き込まれたというアスナが声掛けしたのはユピテルだ。アスナとリーファとで探索に赴き、異変に出くわしてから、ユピテルは暇さえ見つければホロキーボードを叩いている。歩行を一旦止めている今も、一人ホロキーボードを叩いているが、何かを見つけるためにやっているのは確かだ。

 

 

「ユイと一緒に調べてますが、具体的な原因がまだ……でも、やはりモンスター達を含めたオブジェクト群に不具合が起きているのは確かのようです。まだそれほど深刻ではありませんが、運営も開発も意図しないバグが起きています。モンスター達があんなふうなのはそれによるものですね」

 

「なんでまたそんな事に? このゲームはカーディナルシステムが動かしてて、カーディナルシステムはいつでも不具合とかバグを直せるんじゃないの」

 

 

 シノンの問いかけに答えたのはリランだった。人狼形態に戻っている彼女は今、弟同様にホロキーボードと繋がったウインドウを開き、中を見ている。

 

 

「そのカーディナルシステムは正常に作動しているだろう。恐らく外部……何らかの外的要因がモンスター達やクエスト達をバグらせているようだ。それが何かはもう少し調べてみないと見当も付かぬ」

 

 

 そこでキリトは仲間達を見回した。その中にこのゲームの開発者に一時的に加わっていたというイリスと、現在も加わっているセブンの姿はない。両方とも仕事と研究の都合で今日は来れていないのだ。

 

 彼女達が居れば、何かわかったかもしれない。それだけに彼女達が抜けてしまっている現状が悔やまれるような気がした。

 

 そんな中、防寒着を纏ってしっかりしているプレミアは、考え事をするキリトの許へ向かってきた。

 

 

「こんな状況にティアが独りぼっちなのは、あまりに危険だと思います。もしかしたらティアまで……」

 

 

 彼女の心配は尤もだった。ここにいるプレミア、そしてティアはこの世界の住人であり、この世界の基幹システムに繋がれている。

 

 モンスター達があんなふうになっているのだから、プレミアやティアまでもそうなってしまう危険性は十分にあるし、何よりモンスター達だって、今は外観が崩れているだけで済んでいるが、そのうちステータスまでも崩れて、異常な攻撃力や戦闘力を持ったモノまで出てくる可能性さえある。

 

 こんな運営も開発も、カーディナルシステムさえも意図していないようなフィールドに、ティアをたった一人で居させるなど危険すぎる。アニマボックス搭載型AIと言えどこの世界のNPC、一度死ねばそれで終わりからは抜け出せていないのだ。だからこそ一刻も早くティアを発見し、安全なところへ連れていくべきだ。

 

 

「あぁ、ティアまでもモンスター達みたいになるかもしれない。ここはあまりに危険だ。早く連れ戻さないと」

 

「けれど、目星はあるのか。俺達は散々探したつもりだったが、ティアだと思うのは見つからなかったぞ」

 

「そういえば仮面のNPCっていうのも見つけられてないね。もしかしてここら辺にはいないのかな」

 

 

 ディアベルとレインの意見もそうだ。

 

 皆で散らばり、様子がおかしくなっているモンスター達を相手取って探索を続けてきたが、ティアも仮面のNPCの痕跡などは全く見つけられていない。このまま皆で探索に出たところで、途方に暮れる可能性も十分にあるだろう。どうにかしてティアや仮面のNPCの痕跡を探し出す方法はないか。

 

 思考しようとしたキリトを、プレミアが遮ってきた。

 

 

「とにかく探しに行きましょう。フィールドがこんなになっているのでは、ティアが心配でなりませ――うぅ゛ッ!?」

 

 

 言いかけたそこで、プレミアは突然姿勢を崩して倒れた。びっくりしたキリトが咄嗟に受け止めると、その場の全員が一斉に驚いた。すぐさまアスナとユピテル、シノンとリランとストレアが駆け寄ってくる。

 

 

「プレミアちゃん!?」

 

「プレミア!?」

 

「う、うぅ゛、あ゛ぁぐ……ッ」

 

 

 キリトは驚いたままプレミアを見たが、彼女は脇を締めて両手で頭を抱えていた。顔は激しい苦痛で歪んでいる。まるで強い頭痛に襲われているかのようだ。いや、実際そうなのかもしれない。

 

 

「プレミア、どうしたんだ!? プレミア!?」

 

「あ゛ぁ、う゛あ゛ぁぁぁ、あた、ま゛に、なにか、あ゛」

 

「頭? 頭が痛いのか」

 

「な゛、にかぁ、ながれこん、でぇ」

 

 

 頭に何か流れ込んでくる――プレミアはそう言いたいらしい。そんなものに人間がなる事はないから、何も掴めなかった。だからこそキリトではなく、同じAIであるリランとユピテルがプレミアに尋ねた。

 

 

「プレミア、どういう意味だ。お前に何が起ころうとしている!?」

 

「プレミア、しっかりして! 何かわかる事があるの!?」

 

「こ、れ、はぁ……」

 

 

 次の瞬間、プレミアは目をかっと開き、キリトから抜け出すようにして立ち上がった。痛みが一瞬にして引いたのかと思わせるより先に大声で、

 

 

「ティアッ!!?」

 

 

 と叫んだ。大声を出したり、叫んだりしないプレミアが急にそんな声を出したものだから、皆で言葉を失ってしまった。突然の起立をしたプレミアはその姿勢のまま口をもう一度開く。

 

 

「ティア、そこにいるの……ですか……!?」

 

「プレミア……?」

 

 

 恐る恐るキリトが声掛けした次の瞬間、プレミアはぷつりと糸が切れたようにまた姿勢を崩し、倒れ込んだ。今度は受け止めたのはシノンだった。シノンの胸の中で止まるなり、プレミアは荒い呼吸を繰り返した。

 

 

「プレミア、あんた……」

 

「ティアが……います……」

 

 

 プレミアのシノンへの回答に皆がもう一度驚くと、プレミアは説明してくれた。急な頭痛の中で、彼女はこの近くの一角から、一つの信号を感じたらしい。リランのモノ、ユピテルのモノ、ストレアとユイのモノでもないそれは、間違いなくティアから感じられる信号であると、彼女は言った。

 

 

「ティアの信号だって? 三人とも、わかるか?」

 

 

 キリトの問いかけを受けたリラン、ユピテル、ストレアの三人は首を横に振る。全員が不思議そうな表情をしており、そのうちストレアが言った。

 

 

「アタシ達は何も感じてないよ。ティアの信号みたいなのは何も感じられなかった」

 

「そもそもアニマボックス信号は個体識別できるものではありません。なのにティアのものだとわかる信号だとは、どういう事でしょうか」

 

 

 プレミアがユピテルの質問に答えた。シノンの胸から起き上がったプレミアは、具合が良くなってきているようだった。頭痛と不調はごく短時間のものであったらしい。

 

 

「わたしにもよくわかりません。ですが、確かにこの先にティアの信号が感じられたんです。間違いありません。ここに、この先にティアがいます」

 

 

 その主張にはなんの確証もなかったが、キリトは素直に信じる事ができた。

 

 プレミアとティアはMHHP、MHCPと同じアニマボックスを搭載した娘であり、彼女らの最大の特徴はいつだって真実を告げ、嘘を吐く事はないという事――そもそも嘘を吐けるのは人間の特権みたいなもので、人間性を持ったAIとして作った彼女達にも再現させるのは無理だとイリスが言っていたの――だ。その言葉には基本的に偽りはない。だからプレミアの証言は真実だ。

 

 それに、もしかしたらプレミアとティアは双子であるが故に、互いを感じ取れる力があるのかもしれない。イリスに聞いてみなければわからないが、彼女の事だ、そのくらいはやっているだろう。

 

 シノンから離れたプレミアに、アスナが話しかける。

 

 

「プレミアちゃん、ティアちゃんの正確な位置とかわかる? どこまで感じ取れたの」

 

 

 プレミアはキリト達から見て正面へ向いたが、やがて首を横に振った。

 

 

「それが、ほんの少しの間しかティアの信号は感じられませんでした。しかし、おおよその位置はわかる気がします。とにかくここから前へ進んだところ……そこにティアはいます」

 

 

 ノーザスロット氷雪地帯では、どこもかしこも猛吹雪に包まれている。だが、モンスター達の様子がおかしくなり始めた頃から、猛吹雪も穏やかな降雪に変わってきて、視界は比較的良化していた。この中ならばティアを探し出すのは可能だろう。確認したキリトは、プレミアに向き直った。

 

 

「プレミア、道案内(ナビ)を頼めるか」

 

 

 カーディナルシステムの介入が原因であったが、プレミアはかつてキリト達の道案内を受け持ってくれていた。自分達がここまでやってこれたのは、プレミアが道案内をしてくれたからだ――キリト達全員がそう思っており、だからこそプレミアの道案内に頼ろうという気持ちがあった。それを感じ取っているように、プレミアはくるりと回れ右をし、キリト達に向き直った。強い意志を含んだ光が瞳で瞬いていた。

 

 

「はい。わたしに付いてきてください。わたし自身の意志と力で、皆を導きます」

 

 

 アニマボックスを搭載したAIの中身をほとんど作らず、《ゼロの状態》のまま仮想世界に放ったらどうなるのか。その実験をするためにプレミアとティアを作って実装した

とイリスは言っていた。

 

 最初に出会った時のプレミアは、本当にゼロの状態で、何の感情も抱いていないような様子であったが、今のプレミアは全く違う。もし今のプレミアがイリスの言う《百まで中身が詰め込まれた段階》であるというならば、最高の状態と言えるだろう。そうでなければ、ここまで頼もしいとは思えまい。

 

 そんなプレミアに皆で笑みかけると、シノンが皆に聞こえるように言った。

 

 

「それじゃあ進みましょう。プレミアが道案内してくれるんだから、きっとすぐにティアのところに辿り着けるはずよ」

 

「そうだ。早くティアのところへ行ってやろう」

 

 

 キリトの号令に皆が頷くと、プレミアは「こっちです」と言って道案内を開始。キリト達はなるべくプレミアを囲みつつも道を開けて、進み始めた。

 

 比較的穏やかな降雪のある雪原地帯を抜けると、崖が見えてきた。白い雪が降り積もり、真っ白になっているせいで底が見えず、覗き込むと腹の底から震えが来た。落ちたら一溜まりもないだろう――キリトは皆に注意を促した。

 

 崖の近くには見事な樹氷の群で出来た森もあったが、プレミアの道案内はそちらに向かわず、底の見えない崖の近くを示し続けた。なるべく離れた位置をプレミアは歩いたが、それでも滑落の危険が拭いきれず、全員で注意を払いつつ進んだ。そのまま二分程度進んだところ、向こう岸とこちら側を繋ぐ橋に差し掛かった。それは人工的に作られた橋ではなく、崖がそのような形に削られたものであった。

 

 人工のものではないが故に安全性に欠ける橋を渡っていき、丁度半分の位置に差し掛かったところ、白い雪の中に佇む黒くて大きな影が見えてきた。雪と氷に一部を侵食された巨大な建物だ。外観は西洋の城や宮殿のようで、円形の壁に閉ざされており、橋の先端はそこに空けられた穴に通じている。

 

 上部の城や宮殿の大きさから、城下町も含めての大きさだとわかった。恐らくノーザスロット氷雪地帯における大ダンジョン、旧アインクラッドでの迷宮区に該当する場所であろう。

 

 どれ程入り組んだ地形になっているかは入る前から予想がつき、胸のうちでティアの居場所があの中ではない事をキリトは祈ったが、プレミアは「あの中にティアの信号があった場所がある」と言った。

 

 あんな中でティアの居場所を探すなど無茶だと思ったが、プレミアは更に「具体的な位置が掴める」とも言ってきた。ノーヒントならば無理だが、プレミアの道案内があれば大丈夫だ。キリトはひと安心して、仲間達と一緒に雪の城の中へ足を運んでいった。

 

 

 城の中は石造りのよくあるダンジョンのようだった。侵入者を撃退するための場所ではなく、本当に宝の眠る迷宮のようで、灯りがほとんどなかった。

 

 更にノーザスロット氷雪地帯の空模様も関係して、午後三時でも日の光など差して来てい――そもそも窓自体が――ない。まるで亡者や幽霊の住処と言えるようなダンジョンだ。それらが全く駄目なアスナ、そしてその息子のユピテルは震え上がっている有り様だった。

 

 しかしティアがいるようだから、退くわけにはいかないとわかっていたのだろう、二人は何とか勇気を振り絞って、前へ、奥へと進んでくれた。だが流石に少人数での探索は無理そうだったので、結局全員でプレミアの道案内を受けつつ、探索を進めた。

 

 そんな不気味な迷宮の中を警備する存在がいないはずはなかった。探索を開始してすぐに、警備にあたっている存在が出迎えてきた。これまでのフィールドでも見てきた、黒い人間の身体に山羊に似た頭部と角を持つ、悪魔型モンスター達がそれであり、いずれも剣、槍、両手斧などを携えて向かってきた。それはキリト達の想定の範囲内だったが、範囲外の事もあった。

 

 モンスター達は悪魔というよりも、本当の亡者だったのだ。やはり身体のあちこちが崩落欠損を起こし、断面は赤と黒のモザイク模様が蠢いている。腕が無くなっているのに剣や槍を構えていて、剣や槍はしっかり持たれている位置に浮かんでいると来ていた。そして剣も槍も両手斧も、持ち主にちゃんと振られている動きをしてキリト達を襲った。

 

 外に居たモンスター達同様、異変に巻き込まれてバグを引き起こし、仮想世界の亡者となっている。そんな者達が住まう迷宮は、本当に亡者達の王国、正者が近付いてはいけない場所のように思えた。しかし亡者達も斬ればダメージを受け、HPが空になれば正常に消滅し、経験値とドロップアイテムになった。

 

 どんなに悍ましい見た目をしていても、結局通常のモンスターと変わりがない。それがわかったキリト達は臆せずに戦い、突き進んでいった。

 

 

「やああああああッ!!」

 

 

 戦闘と全身を繰り返して三十分くらい経った頃、前方から突然声がした。同時に異様になったモンスター達の断末魔と咆吼が響いてきた。どうやら自分達よりも早くここに辿り着いたプレイヤーが居るらしい。ここはフィールドとして開放されている場所なのだから、他のプレイヤーが居ても不思議な事は何もないが、それは今戦闘を行っているように聞こえた。

 

 耳を澄ませば、プレイヤーの掛け声は一種類しか聞き取れず、モンスターの鳴き声は何種類も聞き取れる。そのプレイヤーは一人でモンスターの大軍を相手にしているのかもしれない。

 

 キリト達はかなりの数のメンバーで揃って行動しているので、多くのモンスター達が一度に立ち向かってきても迎撃できたが、ソロで動いているプレイヤーが同じ事をするのは不可能だ。同じ探索をする者として助太刀しよう――キリトの提案に全員が乗り、全員で声のする方向へ向かった。

 

 

「見つけた! あそこだよ!」

 

 

 皆にわかる声で言ったのはリーファだった。彼女の指し示す方へ向き直れば、そこで起きている戦闘が確認できた。

 

 キリトが感じ取ったとおり、両手剣を携えるプレイヤーが一人だけで、モンスターの大軍と戦っていた。モンスターは全て悪魔亡者であり、崩落した身体を難なく動かしてプレイヤーを襲わんとしている。そんなのが部屋いっぱいに集結している状況なのだから笑えない。このままではプレイヤーは袋叩きにされて終わりだ。

 

 状況を確認したキリトが指示を出すよりも前に、プレイヤーに一匹の亡者が飛び掛かった。崩落した両手で両手斧を持って、その刃に光を宿らせている。動きからして、エギルもよく使う重攻撃両手斧ソードスキル《スマッシュ》である事がわかった。キリトは咄嗟に駆け出して双剣を抜き払い、そのままプレイヤーと亡者の間に入り、回転斬りの姿勢を作った。

 

 

「だあぁッ!!」

 

 

 亡者の斧が降ってきた瞬間に、ぐるりと勢いよく回転斬りすると、二本の刃が亡者を吹き飛ばし、更にキリトを中心に衝撃波が発生して、周りの亡者達も壁に吹っ飛ばされた。

 

 広範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》が炸裂すると、次々とキリトの後方で様々な武器のソードスキルが放たれ、実に様々な色の光が暴れ狂った。キリトの後に続いて、皆が亡者達目掛けて突進し、ソードスキルをお見舞いしたのだ。間もなく、使用後硬直で止まったキリトとシノンがスイッチをし、その槍の穂先に光を纏わせる。

 

 

「はあああッ!!」

 

 

 咆吼に等しい掛け声の直後、シノンは舞踏するような身のこなしで槍を振るった。キリトよりも回数の多い回転をし、光に包まれた穂先で亡者達を一気に斬り払う。

 

 広範囲攻撃槍ソードスキル《ヘリカル・トワイス》が《エンド・リボルバー》のすぐ後に放たれた事により、プレイヤーを襲おうとしていた亡者、その近くに居た亡者達は一気にHPを空にして、エフェクトを巻き散らして消滅した。

 

 続けて他の仲間達もそれぞれのソードスキルをスイッチを混ぜて放っていき、亡者達を一掃していった。SAOという極限世界を乗り越えてきた猛者達によって、亡者達は瞬く間に部屋の中から消滅した。

 

 亡者の姿や気配が確認できなくなったのを見計らい、キリトは双剣を鞘に戻して、プレイヤーに向き直ったが――そこで驚く事になった。キリト達が助けたプレイヤーは、鼻元から上を隠す形の白い仮面で顔を覆い、赤紫のラインの入ったローブを纏い、フードを深々と被っているという、異様な姿をしていたのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待テ。お前はまさカ!?」

 

「仮面のNPCじゃない!?」

 

 

 その相貌に真っ先に反応したのがアルゴとシュピーゲルの二名だった。元はと言えば情報屋とその見習いである二人の情報の中にあった、《仮面を付けたNPC》を追ってアインクラッドに入った。しかしそのアインクラッドにティアもいるという事を考えて、ティアを探す事を最優先する事にし、ここまで来た。

 

 そんな優先目標を掲げて来たというのに、待ち構えていたのはティアではなく、《仮面のNPC》だった。一番の目標ではなく、二番目の目標が先にやってくるとは。

 

 

「そ、そうなのか!? これが《仮面のNPC》なのか!?」

 

 

 エギルが言うなり、全員に驚きが伝染する。そういえばアルゴ達の情報によれば、《仮面のNPC》は仮面を付けて、更にローブを着ているという話だった。この目の前にいる人間と、《仮面のNPC》の外観的特徴は合致している。これが《仮面のNPC》で間違いないだろう。

 

 

「これが《仮面のNPC》……確かにレアっぽい感じはあるな」

 

 

 キリトの呟きは誰もが納得しているようだった。街やフィールドにいるNPC達には、確かに固有の見た目が与えられている者もいるが、それでも汎用性というものが感じられるそれだった。しかしここにいる《仮面のNPC》は、これまで見てきたNPC達と違って、明確な固有性が感じられる。所謂レアものに与えられているそれだった。

 

 そんなレアものに巡り合えたという感動を心に覚えたその時、《仮面のNPC》は急に腕を払った。

 

 

「NPC……? 違う! わたしはそんなものではない! わたしはモブとは違うんだ。わたしはそんなものじゃない!!」

 

 

 突然大声を上げて怒り出した《仮面のNPC》に、皆でもう一度驚く。更にキリトはその時、《仮面のNPC》の声が女性である事、そしてその声に明確な感情が含まれているのを感じ取り、もっと驚く事になった。

 

 

「な、なに言ってるんだ、このNPC!?」

 

「NPCじゃないって、どういう事?」

 

 

 並んだクラインとカイムが声を発すると、《仮面のNPC》はキッとそちらを睨み付けた。仮面で隠されていても眼光を感じられたのだろう、クラインもカイムもぎょっとしたような顔をした。

 

 だが、すぐさま《仮面のNPC》とクラインとカイムの間に入り込んだ者が現れた。

 

 

「あの、あなたは……」

 

 

 それはプレミアであり、彼女は《仮面のNPC》の仮面の奥を見つめようとしていた。一方問われた《仮面のNPC》はプレミアに目線を向けて、口を閉ざした。口元から明確な戸惑いが見える。プレミアの登場が予想外だったとか、そういうものではない。

 

 

「あなたは……プレミア……」

 

 

 《仮面のNPC》の口から出た言葉に皆で反応する。今、《仮面のNPC》はプレミアの名を呼んだ。初対面のNPCならば知らないはずのない名前を、《仮面のNPC》は口にした。呼ばれたプレミアもびっくりしたように目を見開いていた。

 

 

「え、わたしの名前が……わかるのですか?」

 

 

 《仮面のNPC》が次の言葉を発しようとしたその時だった。

 

 

「あなたは――うぐッ!?」

 

「――あうッ……!」

 

 

 プレミアと《仮面のNPC》は急に悲鳴を上げ、頭を抱えた。先程と同じ頭痛が再び襲ってきたらしい。それだけでも驚きだったが、さらに驚くべき事は、《仮面のNPC》までも同じような状態になっている事だった。

 

 

「プレミア!? それに……!」

 

「ど、どういう事なの。二人ともどうしたっていうのよ!?」

 

 

 シノンとリズベットが戸惑いながら言うと、周りも戸惑い始める。その中で、《仮面のNPC》の方が先に声を出した。

 

 

「入って……入ってくるなッ……わたしは、わたしはそんなものを、認めないッ!!」

 

 

 何かを振り払おうとしているかのような怒声だった。一体何の事を指しているのか、何に向かって言っているのか、キリトは何も掴めない。ただ、その頭痛は彼女の内部で発生しているモノではなく、外部から与えられているモノのように見えた。

 

 

「う、わたしは、あ、ああああああああああッ!!」

 

 

 《仮面のNPC》が突然絶叫すると、その身体がノイズのような白い光に包まれた。キリト達が驚くより先に、光は爆発したように広がり、暗い迷宮の中を昼間のように明るくした。

 

 まるでリランが狼竜形態に移行する時のような光。それが収まると、すぐにキリトは目を向け直し――絶句した。

 

 《仮面のNPC》の居たところに《仮面のNPC》は居なくなっており、代わりに一人の少女が姿を現していた。プレミアと同じ顔の形、髪型、服装をしているものの、髪の毛と目の色が白銀色に染まっている。その姿はまさしく追い求めていた――、

 

 

「ティア……!!?」

 

 


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