キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 もうすぐ渡りの凍て地の調査開始なので楽しみ。

 


15:異相界 ―切り開く戦い―

 

          □□□

 

 

「はああああッ!!」

 

 

 咆吼しながら力を入れて大剣で一閃すると、モンスターの身体が横から真っ二つになった。しかし一匹倒したところで終わらない。ティアの周囲にはまだまだ沢山のモンスター達が群れを成して(たむろ)している有様だ。しかもそれらは全て身体が崩れたような異様な姿となっており、直視しているだけで気分が悪くなりそうだった。

 

 それでもティアは止まる事など出来ない。この異形達が塞ぐ道の先にこそ、全ての元凶がある。それを破壊する事こそが、自分のやるべき事なのだ。誰かの助けを借りてはいけない。誰の助けも借りないで困難に打ち勝ってこそ、人々の輪の中に入る事が出来るというものだ。

 

 これは自分が乗り越えなければならない困難であり、試練である。そう心に決めたからこそ、彼女は単身でここにやってきたのだ。エリオンウォード異相界という名の、異様極まりない場所に。

 

 エリオンウォード異相界の中はティアの想像を超えていた。どこもかしこも、身体が崩れつつも何故か動けている異形となったモンスター達で溢れていた。それらは視覚や聴覚などが異常に発達しているようで、普通ならば察知されないような距離でも、近付いて攻撃を仕掛けてきた。まるで飢えに飢えて獲物をとにかく求めているかのように獰猛であった。

 

 明らかにアイングラウンド、アインクラッドと全てが異なってしまっている。こんな場所に単身で向かうなんて危険すぎる、俺達が一緒に行こう――きっとあのキリトならば自分にそう言って、一緒に来てくれただろう。しかし彼女はキリト達には何も言わずにここまで来た。

 

 キリト達は確かに自分を受け入れてくれたようだった。あれだけの事を仕出かし、世界を滅ぼす厄災を引き起こした自分を受け入れてくれた。彼らはとても優しくて暖かい。かつてマスターであったジェネシスよりも暖かくて、心地が良い。

 

 こんな人達の傍に居られるならば、本当の幸せを知る事が出来るし、掴む事が出来る――ティアは彼らの中にいる最中でそう思うようになっていた。

 

 しかしそんなキリト達に一方的な攻撃を仕掛けてきたのがマキリという人間だった。マキリは逆上し、キリトを襲った。キリトはマキリとの決着を付けるのは自分にしかできないと言ったが、それを彼の仲間達は許さなかった。キリトは仲間達と手を合わせてマキリを撃破する事に成功したが、キリトは仲間達を巻き込んだ事を謝っていた。

 

 キリトが仲間を巻き込まずに決着を付けねばならなかったのがマキリ。それがティアにとっての未来の自分の意識だ。未来の自分の意識を、人との繋がりを持てなかったという未来の自分の可能性を自分自身の手で撃破し、封鎖する。

 

 自分を受け入れてくれたキリト達を巻き込まずに、大きな問題を解決する。その時こそが、自分が本当に人との繋がりを持てる時だ。厄災を起こした自分が出来る贖罪だ。その決意が今のティアを動かしていた。

 

 目の前にいるのは異形のモンスター達だ。彼らは最早、自分がどうなっているのかもわからないだろう。ただ獲物を求めて暴れ回るだけの単純な存在になり果てている。そんなものに負ける事など許されはしない。この者達が塞ぐ道を切り開き、自分の抱えた問題を解決するのだ。

 

 

「どけ……どけえええええッ!!」

 

 

 ティアはひと際強く咆吼し、異形の群れへ飛び込んだ。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 あまりに酷い状況じゃあないか――キリトはエリオンウォード異相界に入って早々そう思った。アインクラッドの上空に出現している奇妙な天体の内部、エリオンウォード異相界へとキリト達は飛び込んでいた。ここにティアの反応が検知できるとプレミアが訴えているからだ。

 

 ユイ曰くティアを今の姿に変え、尚且つ意識さえも未来の孤独なティアのそれに塗り替えようとしている特異点があるとされるそこに、キリト達はティアと共に力を合わせて攻略へ向かおうと思っていた。

 

 しかし事態はキリトの立てた予定通りには進まなかった。ティアがエリオンウォード異相界へ単独で向かってしまった。かつては人間から拒絶されて、同じように人間を拒絶するようになってしまったティアは、キリト達の訴えかけや運び掛けによって心を開きつつあった。

 

 そんなティアがどうして一人でエリオンウォード異相界へ向かったのかはわからなかった。ティアは心を開いたとはいえ、あまり多くの事を語らなかったからだ。ティアに起きている事情の事だって、母親であるイリスが話してくれた事だった。

 

 考えていても(らち)が明かない。詳しい事情は直接確かめる、とにかくティアの許へ急ごう――キリトは仲間達全員にそう呼びかけて、エリオンウォード異相界へ向かった。

 

 崩れかけの足場を飛び乗り、時にリランの翼、ユピテルの収縮自在の身体の力を借りながら空を目指していくと、エリオンウォード異相界へ辿り着く事は出来た。

 

 しかし中はキリトの想像を絶する光景だった。空は青白い光を放つ奇妙な雲に覆われ、あちこちに岩や削れた地面が浮遊している。大地の一部は黒と赤紫のモザイク模様が蠢いており、身体を欠損させたモンスターが闊歩している有り様だった。さらに地名も文字化けを起こしており、まともに読む事も出来ない。

 

 特異点が現出した事により、エリオンウォード異相界全体が不具合を起こしてしまっている。今のところここだけに収まっているが、そのうちアインクラッドにも侵喰し、やがてアイングラウンドにも広がっていくかもしれない。

 

 その前に特異点による影響を受けているティアが時間経過でどうなるかもわかったものではない――その場にいるストレアとユピテルと共に解析を行ったリランはそう説明した。

 

 いずれにしても運営が修正に取り掛かるだろうし、その前に特異点の影響下からティアを切り離さなければティアもプレミアも消されてしまう。イリスがロックできているのはデザインとアニマボックスだけで、完全消去までは防げないとも言っていた。残されている時間は少ない。どんなにここが異変空間であろうとも、突き進み、ティアの許へ向かわねばならない。

 

 キリトは皆に再度指示をして、エリオンウォード異相界攻略を開始した。しかし早々厄介な事が起きた。エリオンウォード異相界からティアの信号を感じると言っていたプレミアが、その信号を掴めなくなったと報告したのだ。

 

 恐らくアインクラッド誕生前のカーディナルシステムの時同様に特異点がジャミングを発し、信号を妨げているのだろう――リランはそう結論付けた。ならば総力で手分けしてティアを探すまでだ。キリトが言うよりも前に皆はそう言い出し、各地に散らばっていった。すぐさまキリトもその中の一人となって、バグに呑み込まれた大地を駆け始めた。

 

 

「それにしても、どうしてこんな危険な場所にティアは一人で向かってるっていうのよ。危ないってわかってるはずなのに」

 

 

 周囲に気を配りつつ進むシノンが独り言のように言った。彼女の言っているように、ティアがどうしてここに一人で来る事を選んだのか掴めないでいる。かつてのように自分達を拒絶しなくなっているはずだというのに。その問いかけに答えたのはリランだった。

 

 

《我も気になっている。まだ我らを信頼出来ていないという事か?》

 

「可能性としてはありそうね。あの娘はずっと人の事を信じられないでいたわけだし。……私みたいに」

 

 

 そう言ってシノンは表情を曇らせる。シノンもかつては人から拒絶され、同じように人を拒絶し、人との繋がりを断ち続けてきた。シノンはティアの気持ちがわかると、かなり前から言っていた。

 

 シノンの心がそうであったように、ティアの心も癒され切れていないのかもしれない。人間に与えられてしまった傷がまだ癒えていないのかもしれない。

 

 

「けれどティアを独りぼっちにさせておくわけにはいきません。もうティアを独りぼっちになんかしないって決めたんです」

 

 

 力強く言ったのがプレミアだった。その言葉にキリトも頷く。

 

 ティアをずっと独りぼっちにさせてきたのは結局自分達人間なのだから、その償いはティアを独りぼっちにさせないという形で果たさねばならない。人と繋がりが良いものである事を、しっかりと教えてやらねばならないのだ。

 

 彼女がどんなに人間を拒絶しようとも、心を開かせてやらなければ――キリトはそう決めていた。

 

 

「そのとおりだ。早くティアを見つけ出そう」

 

 

 三人に再度確認するように言ったその時に、キリトは足を止めた。前方から向かってくる気配がある。リランも察知できたようで、鼻に(しわ)を寄せてぐるぐると喉を鳴らし、臨戦態勢を作る。間もなくして前方からモンスターが迫ってきているのを認められた。

 

 どれもが人型だが、騎士型、首無し(デュラハン)型、鬼人型、悪魔型と形も得物も異なっている。更にどの個体も身体が歪な形に欠損していたし、名前も文字化けを起こしている。特異点の起こすバグに呑み込まれて異形と化しているのだ。中には顔と頭部が部分欠損している者までいる。さながら地獄の亡者が作る兵団だ。

 

 大地も空も奇怪な形に変形してまともでなくなっているのだから、ここは地獄と言っても過言ではないのだろう。偶然その住人にされてしまったモノ達は異形となり果て、飢え、外からの獲物を求めている。キリトはそうとしか思えなかった。

 

 そんな地獄の奥にティアが居る。向かうべき場所はそこなのだから、立ち止まってなどいられない。キリトは剣を抜き払い、臨戦態勢を作る。続けてシノンとプレミアもそれぞれ槍と細剣を構えて臨戦態勢を取った。

 

 すぐさまキリトに向けて騎士型と鬼型が一匹ずつ襲来する。それぞれ大剣と長刀を持っているのが原型だが、今の彼らの武器は大剣が根本、長刀は半ばが欠損していて、延長線上の虚空に先端だけが浮かんでいる有様だ。振り回されてきたそんな武器を、キリトは後方にステップして回避した。

 

 あれらはリーチが短くなっているように見えるが、欠損しているようになっているだけで、リーチや威力に変化はないのだ。そのせいで距離感の狂いが起こり、どこを受け止め、どこを避ければいいかが掴めない。だから大袈裟なくらいの距離を作らねばならないし、防御に至っては欠損している武器や部位の元来の形状を覚えている必要がある。

 

 こんなものが存在するのが《SA:O》の生来の姿とは思えない。バグにバグを繰り返し、本来の姿から逸脱した世界。それがここエリオンウォード異相界なのだ。

 

 その住人目掛けてカウンターを仕掛け、キリトは両手の剣で一閃した。モンスターを斬った時と同じ手応えが一応返ってきて、《HPバー》もしっかり減少する。モンスター達のバグは容姿と名前だけに確認できているが、中身がどうなっているかまではわかっていない。

 

 もしかしたらHPがバグって雑魚モンスターがエリアボス並みのHPになっているのではないかという危惧もあったが、流石にそこまでの事は起きていないでくれたらしい。それでもこれまで相手にしてきたモンスター達よりも反応が鈍く感じられる。ステータスは高めに設定されているようだ。気を抜けば瞬く間にやられるだろう。

 

 剣を振り切ったその時、キリトから見て前方、モンスター達から見て後方の群れのいくつかが()ね飛ばされるのが見えた。間もなくキリトが斬った騎士と鬼の二匹も撥ね飛ばされて視界から消え、新たなる存在が姿を現す。

 

 それはドラゴンだった。白い鱗にドラゴンらしい輪郭をしている典型的な容姿だったが、顔の半分、右前足と左前脚、翼の半ばが欠損している。外観はそうでなくても、亡者となりながらも動き続けているドラゴンゾンビのようだ。

 

 ドラゴンは多くが貪食な性質を持っている。このエリオンウォード異相界という場所に入れられたばかりに、その貪食さは増しており、我先にとここに駆けつけてきたのだろう。その突進攻撃がキリトに迫り来る。

 

 

「――!」

 

 

 不意な事に回避行動を取れなかった。ダメージ覚悟で防御姿勢を作ったその次の瞬間、ドラゴンゾンビは上から降ってきた重いものに潰されたような姿勢になった。どぉんという轟音と震動が足元に伝わる。

 

 顔を上げると、目の前に白い毛並みが見えた。ドラゴンゾンビと同じドラゴンであるリランだった。ドラゴンゾンビの背中に右手を突き立てている姿勢から、空中からの掌底をお見舞いしたらしい。

 

 

《ドラゴンにはドラゴンがぶつかれば良いのだ! 他の連中も巻き込みながらやるが、全部は無理だ。他は頼んだぞキリト!》

 

 

 確かにドラゴンゾンビを自分達で相手にするのは困難だろう。ドラゴンゾンビは聖なる龍であるリランに任せて、自分達は周りの人型を相手にするのが得策だ。キリトが頷くや否や、リランは続けて《声》を飛ばしてきた。

 

 

《お前には最高の剣が二本もあるのだ。心配なかろう》

 

 

 その言葉にキリトは思わず口角を上げた。リランの額には大剣のような角が生えていたが、それは今、形を変えてキリトの左手に収まっていた。

 

 先端が少し広くなっていて、邪悪な闇を斬り払う白き輝きを放つ刀身。SAOでキリトの愛剣の一本となり、最後まで支えてくれた剣。名を《ダークリパルサー》というそれを、キリトは再び左手に握っていた。

 

 リランの額に生えていた角は、マキリの攻撃によってへし折られた。その折れた角をリランは自ら回収し、リズベットに加工を依頼した。もしかしたら尻尾の時同様、新しい武器に作り直せるのではないか――依頼を受けたリズベットはその角を加工し、新たな武器を生み出した。生み出されたのは片手剣。彼女はそれを出発する前のキリトに手渡した。

 

 その剣は、かつてSAOで彼女が作ったダークリパルサーと瓜二つの外観と同じ名を持つモノだった。使い心地はかつてと同じだが、ステータスは飛躍的に上昇している、『聖なる龍ウプウアウトの角より産まれし、闇を穿つ剣』。

 

 SAOでキリトを守った二本の剣の片割れ《エリュシデータ》は斬られたリランの尾から作られ、《ダークリパルサー》は折られた角から作られた。SAOが終わった後、二本は《SA:O》にて《守剣龍ウプウアウト》であるリランの角と尾に転生していた。そして再びかつての主の許へ姿を現したのだ。

 

 かつて自分を、仲間を守ってくれた二本の剣との再会に胸を高鳴らせながら、キリトはここまでやってきた。エリュシデータとダークリパルサーはリランが進化すると同時に強化される進化武器である。

 

 今のリランの形態がどの位置にあるのかは定かではないが、このエリオンウォード異相界の敵に手古摺(てこず)るようなものではない。それは二本の剣も同じ。

 

 リランが敵に負けなければ、この二本もまた負けない。

 

 

「はああああああッ!!!」

 

 

 キリトは咆吼して亡者の群れに突進した。道中に両手の剣に水色の光を宿らせ、突進しながらの斬撃の嵐を繰り出した。闇を照らす水色の光に包まれた二本の刃は、闇の住人となったモンスター達を悉く斬り裂いていった。

 

 六連続攻撃二刀流ソードスキル《デュアル・リベレーション》。

 

 当然その使用後にはキリトは硬直を強いられる。だが心配はなかった。

 

 

「キリト、スイッチ!」

 

「わたし達にお任せを!」

 

 

 硬直するキリトの左右方向にシノンとプレミアが躍り出て、攻撃しようとしている亡者達に攻撃をやり返した。シノンは槍で演舞するような動きで斬り裂く《ヘリカル・トワイス》、プレミアは細剣とは思えない威力で斬り払う《デルタ・アタック》を放ち、群がる亡者達を払い飛ばした。

 

 亡者達はついに爆散して姿を消して、道がある程度開かれる。その奥にいる亡者達の数は数えられるくらいだった。このまま押し込めば行けそうだ。

 

 

「よし、進むぞッ!!」

 

 

 硬直から解き放たれたキリトは頼もしくて大切な仲間に呼びかけ、残された亡者の群れに飛び込んだ。徐々にティアとの距離が詰まっていっているのは明らかである――そんな気を感じながら、剣を振るった。

 

 

          □□□

 

 

 そこら中一帯に蔓延っている異形のモンスター達を狩りながら突き進んでいくと、宮殿のような相貌の建物の中に入り込んだ。一応マップを確認してみると、《サーペントニア中央府 西区画》という名前が記載されていた。

 

 人の気配など微塵もないが、かつてここには沢山の人が住んでいたのだろう。中央府とある辺り、かなり重要な施設であったに違いない。そう読み取れる石造りの風景が広がっている。しかしここも通って来た道同様の異変に呑み込まれているようで、あちこちが欠損状態になっていて、どこから差し込んでいるのかもわからない赤い光に照らされている。

 

 そして異形達の溜まり場だった。外よりは少ないかもしれないが、あちこちに異形となっているモンスターの姿がある。元からそうであったかもしれないが、飢えた獰猛な獣達である。ここを抜けるには彼らとの戦闘は避けられないだろう。ティアは背中の大剣の柄に手を掛けつつ、足を運んだ。

 

 自分はかつてとは比べ物にならないくらいに強くなった。自分を産んでくれた母親(ママ)であるというイリスは「成長した」と言っていたが、そのとおりのようだ。今この瞬間の自分は成長した自分。だからこそここまで来る事が出来たのだろう。

 

 だが、それでも何匹の異形を相手にしてきたかわからないくらいだ。身体も疲れて重くなってきているし、未来の自分からの塗り潰しも時折来る。はっきり言ってきつい状況であるが、弱音を吐く事も、退く事も許されない。

 

 ここがこんなふうに異変に呑み込まれているのも、モンスター達が異様な姿になっているのも、全部自分が引き起こした厄災のせいだ。きっと未来の自分の意識だって、自分が厄災を起こしたからこそ産まれてしまったものに違いない。ここの異変も、未来の自分も、今の自分が引き起こした厄災が全ての元凶なのだ。

 

 そんなものは断ち切らねばならない。一時の欲求に突き動かされるままに自分がやってしまった厄災を自分自身の手で断ち切ってこそ、人々の手を握り返せる。繋がりを持てるはずなのだ。

 

 ここで未来の自分を、かつての厄災の残滓(ざんし)を大剣で叩き割り、皆の許へ帰る。かつて敵対し、拒絶した自分さえも受け入れてくれた皆の許に帰り、厄災を本当に終わらせた事を報告し、言うのだ。

 

 

「ただいま」という、帰りの挨拶を。

 

 

「……!」

 

 

 その時、一番近くにいた頭のない兵士モンスターが駆け寄ってきた。大鎌を持っているその手は片方が欠損しているのに、大鎌は両手で持たれている形になっている。既に何度も見ている光景だが、やはり間違っている。間違いは正さねばならない。

 

 

「わたしはこの先に用があるんだ。どけぇッ!」

 

 

 大剣を抜き払いつつ横振りを仕掛けるのと、首無し兵士の大鎌が同じ横振りで迫るのは同時だった。ティアの大剣が先に首無し兵士に到達し、その胴体を抉る。そのまま断ち切られる事はなく、後方へ吹っ飛んでいった。もう少し弱いのであれば、この一撃で倒せただろうが、ここのモンスター達はそんなに弱くない。

 

 もしかしたら苦戦させられるかもしれない――胸の中に生じた一抹の不安を拭い去るように、ティアは次の標的に大剣を振り下ろした。縦方向の重い一撃を受けた鎧の兵士は地面に叩き付けられ、うつ伏せにさせられる。

 

 

「だああッ!!」

 

 

 そこへティアは掬い上げるようにして大剣を振った。地面ごと抉られた鎧の兵士は天井まですっ飛んでいって激突、そのまま地面へ真っ逆さまに落ちた。兵士に突っ込まれても天井は崩れない。頑丈にできているあたり、ここは城塞のような施設だったのだろう。今は獣らが(うごめ)く禁断の地だ。

 

 その獣らは続々と奥から集まってきた。異形化によって加速している飢えを満たすために、獲物を求めてきたのだろう。我先に、我先にと言っているかのように押しのけ合いをしながら寄ってきている。

 

 こいつらに負ければ、そのまま餌にされて終わりなのだろう。そんなものはごめんだ。

 

 餌はお前らの方だ。お前らがわたしの成長のための餌になるのだ――ティアは奥歯を噛み締めて大剣を構え直した。その時に、迫り来るモンスター達の群れが爆ぜた。轟音と共に暴風が吹き荒れ、哀れにも呑み込まれたモンスター達は全身をばらばらにされて砕け散る。

 

 

「え……!?」

 

 

 その爆発そのものにティアは見覚えがあった。爆発を構成しているのは炎ではなく、電気だ。しかも色は赤と黒。その爆発を比較的近くから見ていた時期がティアにはある。その爆発を引き起こせるのは――ティアがそう思った時に、土煙を切り裂いて大きな黒い影が躍り出てきて、すぐに正体を現した。

 

 

「あ……!」

 

 

 それは大きな黒いドラゴンだった。全身を漆黒の毛並みと金色の鎧に包み込み、背中からは四枚の翼を生やしていて、鋭い狼の輪郭が特徴的だ。その容姿を認めたティアは、思わず咄嗟にある名前を口にした。

 

 

「アヌ……ビス……?」

 

 

 かつてジェネシスの許に居た時に仲良くしてくれた友人。普段は小さくて愛らしい姿をしているが、戦闘になれば大きくなって、道塞ぐ敵を根こそぎ倒してしまえる力を発揮する黒い狼竜。名をアヌビスといったその者と、前方のドラゴンの容姿は酷似していた。

 

 主であるジェネシスがこの世界を去った事によって、とっくに死んでいたとばかり思っていた。しかしアヌビスは死んでいなかったのだろうか。気付かないだけで、ジェネシスが去った後もずっとこの世界に居てくれたのだろうか。

 

 

「アヌビス、あなたなの……?」

 

 

 思わず問いかけたその時、狼竜の両手が中間部分、後ろ足の先端部分、翼の根本、そして顔の左半分が欠損しているという事にティアは気が付いた。そのくせ欠損部位の先端部分は残っている。他のモンスターと同じ異変に呑み込まれているのは確かだ。それでも、狼竜はかつての友であるアヌビスに似過ぎていた。

 

 

「ねぇアヌビス、わからない? わたし、そう、ティア。ティアよ」

 

 

 あの時アヌビスは自分に心を許してくれていた。どんな人間からも拒絶された自分を拒絶しなかった、唯一無二の友人だった。あなたはあの時のアヌビスなのでしょう? 聞いているのであれば返事をして――ティアの思いに、しかし黒き狼竜は凶悪な咆吼で答えた。猛烈な音量の声にティアが耳を片方を塞ぐと、そのまま黒き狼竜は更に天へ向けて咆吼した。

 

 黒き狼竜を中心に赤黒い電撃の竜巻が巻き起こり、残っていたモンスター達は吸い込まれて消し炭になる。そこに善意など感じなかった。自分の邪魔をする存在を、他に獲物を狙う邪魔者達を消し去るための竜巻だった。

 

 

「アヌビス――」

 

 

 耳から手を離したティアに、黒き狼竜はショルダータックルをお見舞いしてきた。

 

 

「きゃああッ!」

 

 

 悲鳴を上げたティアの身体は宙に吹き飛ばされ、背中から地面へ落ちる。その衝撃で視界が一気に揺らめいて、息苦しさが襲い来た。力をふり絞る事ですぐに立ち上がる事は出来たが、黒き狼竜は交戦態勢のままだった。

 

 

「アヌビス、わたしが、わたしがわからないの!?」

 

 

 あの時のあなたはわたしを受け入れてくれたじゃない。どうしてあなたはわたしを攻撃するの。友達であるわたしを、どうして――。

 

 

「……あ」

 

 

 もしかしたら、最初からアヌビスと繋がりなど持てていなかったのかもしれない。実際アヌビスが何を考えているのか、アヌビスが何を言っているのかを理解できた事はなかった。思っている事は掴めていたつもりだが、つもりでしかない。自分はアヌビスと繋がりを持ったと勘違いをしていただけなのかもしれない。そんな考えが頭に過る。更にそこに追い打ちをかけてきたのは頭痛と声だった。

 

 

《わたしは誰とも繋がりを持てない。永遠に独りぼっちのまま。ずっとずっと、独りぼっちのままなの》

 

 

 そんなわけがないと首を横に振って否定するが、そこにアヌビスの咆吼が加わる。人間ではないアヌビスとさえ繋がりを持つ事が出来なかった自分。繋がりを持ったつもりになっていただけの自分は、本当に誰とも繋がりを持てないのではないか。

 

 自分を受け入れてくれて、帰りを待ってくれているであろうキリト達だって、本当は自分を受け入れてくれているわけではないのではないか。自分を受け入れたように見せかけているだけなのではないだろうか。拭い去りたくても消えない感情が、考えが頭の中いっぱいに痛みと一緒に広がって止まらない。

 

 

「そんなの、そんな事……わたしは、結局そうなの……?」

 

 

 顔を上げると、アヌビスはもう一度咆吼し、ティアに飛び掛かった。

 




 ――原作との相違点――

 ・ティアが改心済み。

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