キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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18:終結 ―特異点との決戦―

          □□□

 

 

 ネフティスとの戦いは中盤を超えた――キリトはそう思えた。特異点がボスとしての姿を獲得したものであるネフティスは、身体の大きさや攻撃範囲、威力などはかなり高いものであるとわかっている。一撃でももらえば、重いダメージを受けて後退を余儀なくさせられ、追撃を仕掛けられればそのままやられるくらいだ。

 

 しかしその代償と言えるのか、ネフティスの速度はそこまで早くない。神話の中では息子であり、つい先程キリト達が相手にした黒狼竜アヌビスの方が素早く動いて攻撃を仕掛けてくるくらいだ。アヌビスと比べれば回避も防御も容易だった。

 

 かつてもっと早いモンスター達を相手にしてきたキリト達にとって、ネフティスは恐れるに足らないモンスターとも言えるかもしれなかった。だが、それでもキリトは一切油断する事なく立ち回っているし、他の皆だって同じように立ち回っている。誰もが余裕を持ちつつも油断したりせず、着実に戦いに臨んでいる。それはアインクラッドでの戦いの日々、経験と記憶が与えてくれているモノだった。

 

 かつてのアインクラッドの闘いの日々を胸に、新たなるアインクラッドのボスへ挑んでいるというのが、キリト達だった。

 

 

《わたしの未来、受け入れて。わたしは人間達から迫害される存在。わたしの未来は変わらない。変わらない》

 

 

 ネフティスは相も変わらず《声》を発し続けている。誰もいない未来、哀しい思いしか抱けない未来を語り続けている。最早無くなったものだというのに、頑なにその事実を受け入れようとしていない。それはジェネシスと融合した頃のティアの頑固さによく似ていた。

 

 気が付いたようにティアが反論する。

 

 

「何度言えばわかってくれるの。わたしの未来はもう哀しくなんかない。なのにずっと同じ事ばかり繰り返して」

 

「もうわたしも飽きてきました。いつになったら理解してくれるんでしょうか」

 

「あれは超高速演算が出来ても、我らのように賢くはない。バグって壊れた下等な機械だ。同じ事を繰り返す事しかできぬ」

 

 

 ティア、プレミア、リランの三人が口々にネフティスに文句を言っている。特異点を生み出したのはカーディナル・システムだが、そのカーディナル・システムには彼女らのような人格や賢さは存在していない。

 

 彼女らはカーディナル・システムを基礎に生み出されたという話だが、賢さや心では既にカーディナル・システムを上回っている。リランが特異点に下等な機械と言ったのも頷ける。現に特異点であるネフティスは同じ言葉を壊れたように繰り返すだけなのだから。

 

 

「なら、とっとと壊しちゃいましょうよ!」

 

「賛成だ。直すのは大変でも壊すのは簡単だッ!」

 

 

 そう言ってリズベットとエギルの二名がネフティスへ走り込んだ。二人の接近を認めたネフティスは勢いよく身体を回して尻尾を叩き付ける攻撃を繰り出す。遠心力を纏ったネフティスの尻尾が高速で迫り来たところで、二人は急ブレーキをして防御態勢に入る。防御力が自慢の二人が作る壁にネフティスの尻尾が衝突し、轟音と共に停止した。

 

 単純な機械でしかないネフティスは動きを止める。今がチャンスだ。キリトはエギルに向かって走り出す。それはシノンと同時だった。二人で並んで駆けて、キリトはやや丸まったエギルの背中、シノンは同じくやや丸まられたリズベットの背中を軽く踏んでジャンプ、そのまま一気にネフティスへ飛び込む。

 

 至近距離まで飛んだところで、二人同時にネフティスの尻尾へ向けて連撃を仕掛けた。水平方向斬り、垂直斬り、振り降ろし――ソードスキルを使わず、それぞれの武器で乱舞を仕掛け、斬り刻む。闇のような色をしているネフティスの尻尾に斬撃の風が吹き荒れるが、斬り落とされるような事はなかった。

 

 ネフティスの尻尾はかなり長く、如何にも切断できそうな見た目である。斬属性で攻撃し続ければいずれ切断できると踏んでいたが、どうにも手応えが甘い。そう簡単に切断できないようになっているのだろう。

 

 自分の邪魔をする存在に怒ったのか、ネフティスはまたぐるりと身体を回してキリトとシノンを眼中に捉え、その開口部から黒い稲妻の弾を放つ。ソードスキルを使っていれば、使用後硬直で避けられなかったかもしれないが、ただの武器による攻撃をしただけなので、容易に回避に入る事が出来た。

 

 ネフティスのブレスを避け切ったところで、キリトは自身の《HPバー》等が並んでいるところの最下層に注目する。青いゲージが半分を超えて、右端に辿り着かんとしていた。《使い魔》であるリラン、最高の切り札を使う時が近付いて来ている。それにはもう少し攻撃を仕掛ける必要があるらしい。

 

 

「キリト、リランは元に戻らないの。そろそろ来ても良い頃じゃない?」

 

 

 シノンの声掛けに応じる。

 

 

「もう少しかかりそうだ。早く使いたいところではあるんだけど……なんか溜まりにくい気がする」

 

 

 キリトはもう一度ネフティスを見る。

 

 ネフティスの身体は大きいので、攻撃しようと思えばいくらでもやれる。だがそれでもゲージの溜まり具合はこれまでのボスのどれよりも遅いように感じる。恐らくボスの身体が大きければ大きいほど、攻撃を当てやすければ当てやすいほど、ゲージの溜まり具合に下方修正がかかるようになっていたらしい。

 

 こんな事ならばもっと早くその仕様を掴んでいたかったが、如何せんアイングランドに居るボスモンスター達はどれも似たような大きさをしているため、測りようがなかった。この事実はネフティスというとても大きなモンスターが出てきて、初めてわかったようなものだ。

 

 ここに来て初めてわかった事があまりに多く、頭が追い付くので精一杯だった。これ以上の新たな事実を突きつけられたら眩暈(めまい)がしてきそうだ。そんな上体のキリトに声を飛ばしてきたのは、人狼形態で大剣を手に戦っているリランだった。彼女は同じ大剣使いであるストレアと一緒にネフティスへ走っていた。

 

 

「我らでなるべくネフティスの動きを止める! お前は出来る限り攻撃を仕掛けよ!」

 

「ネフティスの注意を引くのは任せといてよー!」

 

 

 これだけ切迫した状況であるというのに、いつもの調子が崩れていないストレア。そんな妹を連れてリランはネフティスへ立ち向かっていく。

 

 ネフティスはその目でリランとストレアを捉え、咄嗟に右手を突き出し、続けて叩き伏せを繰り出した。勢いよく振り降ろされるネフティスの右手はリランとストレアを圧し潰さんとしてきたが、そこで彼女らは一斉に防御にも似た姿勢を取る。

 

 ネフティスの掌が触れた瞬間、爆発的な速度で二人は大剣を振り上げて、逆にネフティスの掌を斬って弾き返した。敵の攻撃を弾くスキルであるパリングを同時に使って、普通は弾けないような攻撃を弾いたのだ。

 

 まさかパリングされるとは予想していなかったのだろう、ネフティスは右手を引っ張られるようにして姿勢を崩す。そこですかさずアタッカーのシリカと、本来はタンクであるディアベルが突撃、ネフティスの左手に向けてソードスキルを放つ。

 

 

「やああああッ!!」

 

「せぇやああッ!!」

 

 

 SAOの頃を彷彿(ほうふつ)とさせる勢いと咆吼を載せて、シリカは無限大を描くように斬り刻み、ディアベルは全身の体重を乗せたような縦斬りをお見舞いする。五連続攻撃短剣ソードスキル《インフィニット》、重攻撃片手剣ソードスキル《ソニックリープ》の二連撃がネフティスの左腕を襲った。

 

 ネフティスのHPは削れはしたものの順当とはいかない。ネフティス自身が強いのもあるが、アタッカーの数が足りていないのだ。このままでは倒せはするものの、かなりの時間がかかってしまうだろう。

 

 丁度二人の硬直が解けたその時だった。突然耳元に大きな音が聞こえてきた。ぴんぽんぱんぽーんという、何かのアナウンスが開始される時に使われる効果音だった。それは言うまでもなく、運営からの連絡開始の合図だった。

 

 

《ゲームにログインしているプレイヤーの皆様に、運営より連絡いたします。ただいまゲームの基礎的なプログラムに重要な問題が発生しております。この問題解決のため、本時刻から三十分後に緊急メンテナンスを開始いたします。ゲームにログインしているプレイヤーの皆様は、メンテナンス十分前に強制ログアウトされますので、ご注意ください。まことにご迷惑をおかけいたしますが、ご了承いただけるよう、お願い申し上げます――》

 

 

 SAOの時にも聞いた覚えのある、電子音声によるアナウンスだった。その声が伝えたのは、あまりに唐突なタイムリミットの接近であった。今から三十分後にメンテナンス開始、十分後に強制ログアウト。突然すぎる決定に、リズベットが焦ったように天井へ向けて抗議する。

 

 

「三十分後にメンテで十分前に強制ログアウト!? 何よ、その急すぎるアナウンス!」

 

「こっちはそれどころじゃないですって! なんで急にそんな事を!?」

 

 

 シリカも焦り、ピナも「きゅるるー!」と抗議の姿勢をしている。

 

 運営が動き出した理由はただ一つ、特異点の表面化とそれに伴う大規模なバグ発生の認知だ。なるべく運営に知らされないように、もしくは運営よりも早く対応する事を目的にここまでやってきていたが、運営の動きは思いの外早かった。

 

 

「くそ、もう嗅ぎつけられたのかよ!」

 

「運営だから当然だろうが、それでも早すぎるっての! どこのゲームメーカーも相変わらずユーザーが関わるバグとか不具合を察知して直すのだけは早えんだな!」

 

 

 ディアベルとエギルの大人男性二名も焦っている。いや、この場にいる全員が焦っていた。

 

 まだティアとプレミアを特異点から切り離す事が出来ないでいる。このままの状態で運営が修正に取り掛かれば、ティアとプレミアは特異点共々消されてしまう。事実上の死刑宣告だ。後二十分後に、ティアとプレミアは運営に殺されてしまう。

 

 そんな事実を掴んだのだろう、シノンが焦って声掛けしてくる。

 

 

「キリト、このままじゃティアが、プレミアが!」

 

「わかってる! くそ、けれどどうすれば!」

 

 

 ネフティスのHPは黄色になるまで減ってはいるものの、まだ十分な残量があると言っていい。あれだけのHPを自分達だけで削り切るのは難しいだろう。しかもそれを後二十分以内にこなさないといけないというのは、理不尽極まる。所謂無理ゲーの有様だった。

 

 

《もう変わらない。何も変わらない。わたしはもう何も変えられない》

 

 

 その時、ネフティスが咢を開いて黒雷ビームブレスを照射してきた。顔と同じくらいの太さの禍々しいビームで、ネフティスは薙ぎ払いをしてきた。横方向から極太のビームの壁が迫って来たのにはっとし、キリトは咄嗟に防御指示を出して、自身も防御姿勢に入った。

 

 しかしビームの出力はキリトの予想を上回っており、皆の防御が次々と破られ、キリトもまた防ぎきれなかった。暴風に吹かれたように横方向に飛ばされ、地面を転がる。HPがネフティスと同じように黄色になるまで減らされてしまっていた。

 

 他の皆もHPが黄色、もしくは赤色になっており、上手く動けないでいる。その中ヒーラーであるプレミアもビームブレスを受けてしまっており、地面に倒れていた。とても回復スキルを使う余裕があるようには思えない。

 

 

「このぉ……!」

 

 

 重さに似た不快感に襲われながら、キリトは立ち上がった。ネフティスは竜と人のものが混ざったような声で遠吠えする。まるで勝利を掴んだような様子だ。いや、それはネフティスの勝鬨だった。

 

 確かにネフティスは後二十分後に邪魔者の全てを退ける事に成功する。そしてそのまま運営の手によって絶命させられる。プレミアとティアを道連れにして。

 

 このままではプレミアとティアはあのネフティス共々消されてしまう。自分達はここまで来た全ての意味、プレミアとティアとの思い出、これからの全てを潰される。そんなのは絶対に許せないが、打破できそうにない。

 

 ここで終わるしかないのか――。

 

 

「そんなの、許せるかッ……!」

 

 

 ティアはようやく可能性を導く事が出来た。明るくて幸福な未来を掴み取る事に成功したのだ。それをこんな僅かな時間で、人間の勝手な都合で終わらせる事など許されるわけがない。身勝手な人間の思惑と都合に振り回され続けたティアを、同じような理由の下に死なせる事など、絶対に許せない。

 

 これで終わりにさせてたまるか――キリトは全身に力を込めて身構え、ネフティスを眼中に捉える。リランを狼竜形態に戻すための力はあと少しで満杯になる。それでネフティスを討つのだ。何としてでも間に合わせてやる。

 

 

「……うぉあああああああッ!!」

 

 

 地面を勢いよく蹴り上げて疾走すると、一気にネフティスとの間合いが詰まった。そこでネフティスはまた右手を突き出す攻撃を放ってきたが、間一髪のところで回避する。

 

 その時に、横に黒い影と思わしきものが視認できた。そしてネフティスの顔面に辿り着いて、双剣の切り払いを仕掛けたその時――四つの斬撃が放たれた。二つは自身の放ったものだが、残り二つは心当たりがなかった。正体不明の二つの斬撃に見舞われたネフティスは悲鳴を上げて後退し、姿勢を崩す。

 

 そこでようやくキリトは、両隣にいる黒い影を認めた。

 

 

「間に合ってよかったー!」

 

「思い切り走ってきた甲斐があったね」

 

 

 右に居たのは片手剣を握る紫の長髪の少女、左に居たのは刀を握る黒茶色の少年だった。それは別行動をしていたはずの――。

 

 

「ユウキ、カイム!」

 

 

 思わず名を呼んだ直後、ネフティスの身体の至るところで斬撃の放たれた音がした。二人から目をそちらに向けると、声がした。

 

 

「到着したよ、キリト!」

 

「待たせちまって悪かったな!」

 

「なんとか間に合わせたよ、おにいちゃん!」

 

 

 ネフティスの右後ろ脚で攻撃をしていたのは、フィリアとクラインとリーファの三人だ。

 

 

「こんなにヤバいモンスターが待ち構えてたなんて、とんでもない事が起きてるじゃないカ、キー坊!」

 

「すごい情報だけど、そんな事言ってる場合じゃないか」

 

「キリト君、やっと着いたよ!」

 

 

 更に左後ろ足の方にはアルゴ、シュピーゲル、レインの三人が確認できた。いずれもユウキとカイムと同じ別行動をしていた仲間達だ。そして一緒にネフティスと戦っていた者達の地面に巨大な緑色の魔法陣が発生したのが見え、間もなく彼らは立ち上がった。

 

 

「皆、何とか無事みたいね!」

 

「どうにか駆け付ける事に成功しました!」

 

 

 その中心に居たのはプレミアにヒーラーとしての立ち回りやスキルを教えた張本人であるアスナ、その息子であるユピテルの二人だった。

 

 

「皆、来てくれたんだな!」

 

 

 キリトの声に応じたのもアスナだった。皆が完全回復したタイミングでスキル使用を止める。

 

 

「ユピテルとユイちゃんがここまで連れてきてくれたの。リランとストレア、プレミアちゃんとティアちゃんのアニマボックス信号を掴んでくれたの」

 

 

 続けてキリトに歩み寄ってきたのは、非戦闘員であるが、今回の事態に出ざるを得なかったユイだった。ユイはネフティスに目を向けていた。

 

 

「パパ、特異点の反応があのモンスターから出ていますが……」

 

「あぁ、特異点からあいつが出てきたんだ。それで特異点が消えたんだけど、あいつが特異点そのものって事でいいんだな?」

 

「間違いありません。あれこそが特異点です。ですが、まさかそれがあんな姿を取ってしまうだなんて……とても運営が予想できた事ではないでしょう」

 

「だから運営はあんな急なメンテナンスを始めようとしてるのか」

 

 

 ユイは頷く。特異点の具現化、そしてモンスター化とエリオンウォード異相界周辺のバグ発生。いずれも運営や開発が予想できた事ではないだろう。だからこその緊急メンテナンスを宣言と、唐突な強制ログアウトをするに至っているのだ。

 

 

「当然運営に特異点を修正されれば、()()()()()()()も助かりません。その前にわたし達の手で特異点を止めましょう!」

 

 

 ユイの言った事はわかっていた事だ。そしてそれを達成するのはつい数秒前までは困難だった。だが、仲間達が全員ここに集結した今ならば、困難ではない。皆で力を合わせてネフティスを攻撃すれば、緊急メンテナンス開始よりも先に特異点を止める事が出来るだろう。それはきっと、上手くいく。

 

 胸に高鳴る思いを抱き、キリトは再度号令した。

 

 

「皆、あと少しで特異点を止められる! 力を貸してくれッ!!」

 

 

 SAOというデスゲームを乗り越えた仲間達より勢いの良い声が返って来て、円形闘技場にも似たこの戦場に鳴り響く。誰もがネフティス打倒と特異点の切り離しを胸に抱き、武器を構えた。直後にネフティスが咆吼し、再び口内に黒稲妻を迸らせる。反応したのはALOの際にナビゲートピクシーであったユイだった。

 

 

「薙ぎ払いビームブレスが来ます! 発動まで十、九、八……!」

 

 

 ネフティスの切り札とも言えるのが先程放ったビームブレスによる薙ぎ払いだった。壁際で放ったら向こうの壁まで届く射程を持つそれを回避する方法は無く、防御してもあまりの威力に突き破られてしまう。ヒーラーが増えているため回復できるけれども、ここにいる全員を一度に回復する事は出来ない。

 

 

「そんな事させないよッ!」

 

「懐ががら空きになってるゾ!」

 

 

 どうするべきかとキリトが指示を出すよりも前に動き出した者達が居た。スピードアタッカーであるユウキ、リーファ、フィリア、シリカ、アルゴの五人だった。彼女らは口内でエネルギーを溜めているネフティスに向けて走り出し、距離を詰める。

 

 

「五、四、三……!」

 

「やあああああッ!」

 

「はあああああッ!」

 

 

 ユイによるカウントが三になったところで、五人はネフティスの顎下に潜り込んでソードスキルを放った。片手剣二人、短剣三人によるバラバラのソードスキルだが、どれもが連続攻撃であり、合計すれば四十連撃を超えるくらいの数だった。

 

 秒単位の時間で斬撃の嵐を顔に叩き込まれたネフティスの、黒い稲妻が走る口内が爆発し、悲鳴と共に地面へ崩れ落ちる。ブレスのためのエネルギーが五人の攻撃によって暴発してしまったのだろう。

 

 リランも含まれるドラゴン系のモンスターは、溜めを必要とするブレス攻撃を放つ間際に口や顔に攻撃を受けてしまうと、エネルギーが口内で暴発し、多大なダメージを受けてダウンしてしまう弱点がある。

 

 ネフティスほど巨大な存在となればその弱点は克服されているかと思ったが、そうではなかった。どんなにバグっていようとも、その部分だけは都合よくバグってなくなったりせずに残っていた事実に、キリトは思わず感謝の思いを募らせる。

 

 

「キリト君、今だよ! 今のうちに攻撃しよう!」

 

「切り札を使えるようにしないとね!」

 

 

 レインとカイムに声掛けされ、キリトは「わかった!」と返事してネフティスに走る。三人で並んで走り、ダウンしているネフティスに近付いた時には、周辺の仲間達の全員がネフティスを取り囲んでいた。

 

 

「そこだあッ!!」

 

 

 エリュシデータとダークリパルサーに光を募らせて、叩き付けるような連続斬撃を繰り出す。剣が振られる度にバチバチと静電気が起こり、ネフティスの漆黒の外皮を斬り裂いた。

 

 

 十連続攻撃二刀流ソードスキル《ボルティッシュ・アサルト》。

 

 更に続けてレインも突進しながら連続で斬り刻むソードスキル《デュアル・リベレーション》、カイムは斬り払いの後に前方に斬撃の嵐を発生させるソードスキル《真蒼》を叩き込み、ネフティスに確かなダメージを与える。更に続けて仲間達が一斉にソードスキルでの追撃を仕掛けて、ネフティスへのダメージを上乗せする。

 

 しっかりとしている手応えが返ってきた時、ネフティスの《HPバー》は最後の一つの半分以下となり、赤色に変色した。そして同時刻、視界にある自身の《HPバー》などが並ぶところの最下部にあるバーが海のような青に染まり切っているのを認められた。

 

 

「キリト!」

 

 

 その時が来た事を感じたように声掛けしたのは、人狼形態となっている《使い魔》であるリランだ。彼女も大分待っていただろう。今、発散させたくてたまらくなっているはずだ。キリトは《使い魔》に向き直り、頷きを返す。

 

 

「やるぞ、リラン!」

 

 

 キリトからの言葉を聞くまでもなく、ソードスキル使用後の硬直を解かれた仲間達が後退し、ネフティスが起き上がる。キリトは大きく息を吸い、一旦止めて――。

 

 

「リラン――――――ッ!!!」

 

 

 咆吼するような大声を放った。号令を受けた《使い魔》であるリランの身体が白い光に包み込まれ、一気に巨大化し、やがて光は爆発するように広がった。暗黒の空間を真昼間のように染めた光が収まった時、リランの姿は白金色の毛と鎧に身を包む狼竜に変わっていた。

 

 キリトの《使い魔》であるリランの真の姿――その項付近にキリトは飛び乗って跨り、振り落とされないように剛毛を掴む。SAOの時からである人竜一体を成し遂げて、キリトは《使い魔》と一緒にネフティスを眼中に捉える。目の高さが一気に上がり、ネフティスを見上げる必要が無くなっていた。

 

 

「逆襲の時間だぜ、リラン」

 

《中々に待たせてくれたな。思い切り発散させてもらうぞ》

 

「そうだろうな。思い切りぶちかましてやれ!」

 

 

 《声》に応じると、リランは力強く吼えた。その見た目からはあまり想像できないような、楽器のような甲高い声色の咆吼。竜という架空生物だからこそ出せるような声だった。するとネフティスはまた身構え、黒雷を口内に光らせ始めた。またビームブレスを撃ってくるつもりなのだろう。キリトが言うまでもなく、リランもまた身構えて口内に炎と熱を滾らせる。リランを中心にして熱の流れが出来、陽炎が起こる。

 

 両者がそれぞれの口内に溜め込んだモノをブレスとして照射し始めたのは同時だった。ネフティスからは禍々しい黒い稲妻の光線が、リランからは炎と熱が凝縮された赤橙の光線が放たれ、激突し合った。

 

 雷と炎、闇と光の対極のエネルギー同士がぶつかり合い、戦場は両者を中心にして生じた暴風と熱に包み込まれた。あまりのエネルギーの奔流にキリトも飛ばされそうになるが、リランの剛毛にしがみ付いて耐える。

 

 その鍔迫(つばぜ)り合いを制し始めたのは――リランだった。徐々にリランの光線がネフティスの光線を押していき、ネフティスのはどんどん短くなっていく。

 

 

「隙だらけッ!!」

 

 

 そんな時ネフティスの姿勢が突然崩れ、光線が止まった。一気にリランの放つ熱のブレス、《イラハ・シャラーラ》という名のそれがネフティスへ迫り、直撃。数秒ネフティスの肩付近を焼いた後に大爆発を引き起こした。

 

 一体何が起きた――目を細めながらネフティスの近くを見るとティアの姿が確認できた。ブレスのぶつけ合いでネフティスの動きが止まっているのをチャンスと捉えて接近し、ネフティスに不意打ちしたのだ。リランのブレスによる爆発に巻き込まれる危険もあっただろうが、恐れずに飛び込んだのだろう。

 

 そんなティアの無茶とも言える一連の行動によって、ネフティスはリランのブレスをまともに受けた。ティアの一撃も加わっているので、甚大なダメージになっただろう。その《HPバー》の残量は、後数ドットになっていた。

 

 止めの一撃を放つ事が出来れば、それで終わる。その時、《声》がした。

 

 

《ティア、こっちに来い! 止めを刺せ!!》

 

 

 彼女の姉であるリランはくんと頭を下げる。どうするつもりなのかわかったキリトは、同様にティアへ叫ぶ。

 

 

「ティア、終わらせよう!!」

 

 

 ティアは頷き、こちらに向けて走ってきた。途中で軽くジャンプしてリランの鼻先に乗ると、リランは頭を思い切り上へ突き上げた。尋常ならざる力を持ったジャンプ台に乗ったティアは上空へ跳ねて宙を舞う。その場の全員の注目を集めたティアは、大剣を振りかぶりつつネフティス目掛けて急降下を開始する。

 

 

《わたしの未来は、わたしの可能性は――》

 

 

 ネフティスの姿をした過去のティアが語りかける。現在のティアは落下しながらそれに答えた。

 

 

「わたしの未来は、可能性は――皆と一緒の暖かくて幸せなものだッ!!!」

 

 

 高らかな声と共に、ティアは渾身の振り降ろしをネフティスに放った。人々との繋がりで作られた全てを斬り裂く一撃は、ネフティスの頭を両断した。散々動き回って様々なモノを壊していたネフティスの動きは完全に停止し、石像のように硬直する。

 

 ダークブルーの空間に静寂が取り戻されるや否や、ネフティスの禍々しく黒い身体は水色のシルエットと化し、やがて盛大な爆発音と共に破裂。無数のガラス片のようになって消えていった。

 

 今度こそ完全に近しい静寂が取り戻された中、それを(もたら)したティアは深呼吸の後に大剣を背中の鞘に仕舞った。その行為自体が戦闘の終了を周囲に知らせ、視認した仲間達は武器を仕舞い込み、キリトもリランの背中から降りた。間もなくリランの身体は光と共に人狼の姿に戻った。

 

 ティアはネフティスが居た場所から、こちら側へと歩いてきた。

 

 

「終わったのか、ティア」

 

「えぇ。わたしに流れてくる、あの哀しい意識は無くなった。定められた可能性を、ようやく断ち切る事が出来た」

 

 

 ティアはぐるりとキリト達を見回した。その表情はとても穏やかなものとなっていた。

 

 

「ここまでわたしが来れたのは、あなた達が一緒に来てくれたから。哀しい可能性を断てたのも、皆が一緒に居てくれたおかげ。わたし一人じゃ本当にどうにもならなかった」

 

 

 未だにティアが一人だけだったならば、きっと勝っていたのはネフティスだっただろう。そしてティアもプレミアも運営に削除されて死んでいた。そうならずに済んだのは、ティアが人々を信じる気になってくれたおかげだ。

 

 

「皆、本当にありがとう。わたしに手を貸してくれて、ありがとう……」

 

 

 ティアからようやく聞けたその言葉を耳にした仲間達は、穏やかに笑んだ。ティアを独りぼっちで無くさせ、人々との繋がりの暖かさや大切さを教える事が出来た。ようやく彼女へ犯してしまった罪の償いが完了できた――キリトはそう思えた。そんな中、ティアに近付いたのはプレミアだった。

 

 

「ティアはもう独りぼっちではありません。これから一緒に、新しい可能性を探しに行きましょう」

 

 

 ティアは頷いた後に、もう一度仲間達を見回した。

 

 

「……わたしは一度支え合う事を拒絶したのに、今はこうして受け入れる事が出来てる。人を思う力というのは、とても大きくて強いのね」

 

 

 その言葉に皆が再度笑みを浮かべる。ティアはこれまで以上に強くなる事が出来たし、こうして危機を乗り越える事も出来た。それはきっと彼女が人と支え合う事、思い合う事を受け入れたからに違いない。ティアもプレミアもプログラムだが、人間と変わらない存在なのだ。キリトは改めてそう思う。

 

 直後、再び大きな効果音がその場に響いた。システムアナウンス開始のものだ。

 

 

《プレイヤーの皆様に、運営よりお知らせします。緊急メンテナンスの時刻の十分前となりました。これよりログインしているプレイヤーは、自動的にログアウトが行われます》

 

 

 機械音声による声にキリトははっとする。そうだ、ネフティス討伐を急いでいたのは、緊急メンテナンスが行われるという連絡を受けていたからだった。それから夢中で戦っていたが、どうやら緊急メンテナンス前に終わらせる事は出来たらしい。

 

 

「そ、そうだった。プレミアとティアは結局大丈夫なわけ? 特異点は破壊出来たんでしょ」

 

「もしかして特異点を壊しても、プレミアちゃんとティアちゃんが消されるなんて事はないですよね!?」

 

 

 リズベットとシリカが焦る。彼女達の心配はキリトにもあった。確かに異常を起こしている特異点を破壊する事には成功し、プレミアとティアを切り離す事は出来た。だが、その直前まで二人は不具合を起こし続けていたわけなので、完全に安全だとは言い難い。仲間達の間に、見る見るうちに不安が広がっていく。

 

 「ティアとプレミアは助からないの」、「ここまで来たのに、そんなのってないよ!」と、誰もが口々に不安を出したが、それを抑えたのはユイだった。

 

 

「大丈夫です。プレミアとティアは完全に特異点やシステムから切り離されています。これから特異点の修正、修復作業が行われるでしょうが、そこに二人が巻き込まれる事はないですよ」

 

「恐らくログを調べられたりもするかもしれませんが、そこにプレミアとティアが直接的に関わる事は無いでしょう。安心してください、皆さん。これでプレミアもティアも大丈夫です」

 

 

 説明にユピテルも加わると、皆が一斉に安堵の溜息を吐いた。ユイもユピテルも嘘を吐かないのが特徴だし、今のも瞬間的にシステムを調べた結果出せたものだ。プレミアとティアを脅かす危険は、本格的に取り除かれたのだ。

 

 

「プレミア、ティア……」

 

 

 キリトの声に二人は応じる。揃って安心しきった顔をしていた。

 

 

「わたし達は大丈夫ですキリト。行ってきてください」

 

「皆とはちょっとの間お別れだけど、ちゃんと待ってる。プレミアと一緒に」

 

 

 プレイヤーのログアウトに合わせて、リラン、ユイ、ストレアはキリトの、ユピテルはアスナのアミュスフィアに帰る事になる。本当にプレミアとティアだけをこの世界に置いて来てしまうのが、すまなく感じられた。

 

 

「すぐに戻ってくる。少しの辛抱だぞ」

 

 

 長女であるリランが言うと、二人の妹は頷きを返した。自分達人間という存在を心より信じてくれている。そんな穏やかな笑みが彼女達の顔には浮かべられていた。

 

 さぁ、ログアウトの時間だ――

 

 

 そう思ったその時だった。

 

 

 

《プレイヤーの皆様に、皆様に、みなさまま、みなさまままに、おしらららせ、おおおおしらせせせせ、おしししししらせせせ、でででですすすすす、ぷれいやーの、ぷれれれれれれ、いいいいい、ややややややややの、みななななな》

 

 

 

 突然システムアナウンスが再開した。しかしその言葉はまともではない。バグっている。システムアナウンスがそんな声を出したものだから、キリトも含めた一同がびっくりして辺りを見回し始める。

 

 

「ちょ、何!?」

 

「システムアナウンスが……どうかしちゃったの!?」

 

 

 シノンとアスナが焦った様子を見せる。他の者達もほとんど同じ状態だ。更にシステムアナウンスが続く。

 

 

《ぷれいやの、ぷれれみなさまに、おしらせせせ、ででです。緊急、きんきゅ、きんきんきんきんきゅう、緊急事態、発生、きんきゅじたいは、せい、緊急事態発生、きんきゅきゅきゅじたたたはっせい、いいい、しままましししたたた、緊急事態が発生しました》

 

 

 壊れかけた機械となったシステムアナウンスは告げた。緊急事態が発生しました。必死になってそう伝えようとしている。だが、その緊急事態とはなんだ。当然の疑問を抱くキリトの耳に飛び込んだのは、ユイとユピテルの声だった。

 

 

「た、大変です! 《SA:O》のシステムが、基幹プログラムがクラッキングを受けているようです!」

 

「これは、外部からの攻撃!? 誰かが、何かが《SA:O》のサーバーを攻撃して来てます! あ!? システムが乗っ取られます!」

 

 

 皆が驚く中で、キリトはぞっとした。外部からのクラッキング攻撃と言えば、それの専門家がいる。ありとあらゆるものにクラッキングを仕掛けて、社会の重要機関を滅茶苦茶に引っ掻き回し、この日本という国家の有り様を激変させたサイバーテロリスト。

 

 ネット、リアルの一部からは神のように信奉されているそれは、活動を止めていたはずだった。まさか、それがまた動き出したとでもいうのか。これが事実ならば――。

 

 その時、足元を掬われるような縦揺れが起きた。地震のようではなく、どすん、どすんと一定の周期で起きている。それこそまるで、とてつもなく大きなモンスターがこの円柱状の戦場の崖、外壁にしがみ付き、登ってきているかのようだ。だが、そんなものなど見当も付かない。

 

 

 

「……………………あ……はは………………はは………………………………あはははは………………あははは……………………」

 

 

 

 揺れと轟音に混ざって、声が聞こえた。聞き間違いではない。確かに声が混ざっている。そしてそれは――信じがたい事に笑い声だった。ノイズが混ざっているが、確かに笑っている。何かがどこかで笑っている。しかし決して楽しそうではない。狂ったような笑い方だった。

 

 その笑いに、キリトは心当たりがあった。だが、それが今どうして聞こえてきているというのだ。そう思っている中でも揺れは大きくなっている。元凶がどんどん近付いて来ているようだった。

 

 

「み、皆!!」

 

 

 ティアが叫び、その声に引き寄せられるように目線を向ける。ティアが指していたのはこの戦場の奥部だ。異空間に繋がっているかのように見える景色に、黒い何かが映り込んだ。しかも下からよじ登ってきたような登場の仕方である。やはりこの戦場の下から何かが来ていたのだ。

 

 その正体を認めて、キリトは絶句した。下からよじ登ってきたのは、闇色の体色を持ち、肩から人間のそれに酷似した四本の腕を生やし、人間のものに酷似した上半身を持つ、人目では巨人に見えるものだった。

 

 だが、その輪郭は――猫と人間が混ざったような形状だ。その人間の顔の部分は、目元と口許に強く表れており、その特徴にキリトは見覚えがあり――信じられなかった。巨人の目の色は青水色で、左目は潰れている。

 

 その特徴は他ならない――

 

 

 

「ま……………マキ……………?」

 

 

 






















 次回『新月の黒猫』


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