キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:血盟騎士団の長

 詩乃が裸身を起こすと、窓からは昼の日差しが伸びていた。ウインドウを呼び出して時間を確認してみれば、もう朝を通り過ぎて昼の12時30分になっている。いつもよりも5時間以上遅く起きてしまっていた。

 

 それもそのはずだ。昨日――もう今日に入っていただろうか。その時には何にも邪魔をされたくないと思って、タイマーや目覚まし時計などの設定を全て消して眠った。だからいつも自分達を起こしてくれる物は全て眠ったように静かだったのだ。

 

 詩乃は軽く隣に目を向けた。そこで、彼がまだ眠りに就いていた。昨日初めて、他人と交る事を教えてくれて、尚且つその相手になってくれた、この世界で最も愛おしい人。そんな彼が今、完全に無防備な状態で眠りに就いている。二本の剣を操り、時には竜の背中に乗って戦い、自分を守ってくれる彼。

 

 その彼の身体は思いの外華奢で、とてもこのアインクラッドで指折りの強さを持つプレイヤーには見えなかったが、この身体の中に様々な技術と戦術、自分の事を絶対に守り、最後まで戦いをやめないという意志が内包されていると考えると、彼の強さというものが納得できた。

 

 うつ伏せになっていて、左半分しか見えていない彼の頬に、詩乃は手を当てた。ほんのりとした暖かさが腕を通じて全身に広がってくるのを感じる。

 

 この彼の温もりを、昨日の夜から今日の深夜まで感じ続けたのをしっかりと覚えているが、どんな事をしたのかはほとんど覚えていない。もしかしたら恥ずかしい事を言ったかもしれないが、正直な話、彼と本当に幸せな時間を過ごす事が出来たという実感だけで、その他の事はどうでもよかった。

 

「……」

 

 しかし、自分に幸せをくれた彼でも、その心は非常に不安定で、いつ崩れ出してもおかしくないくらいに脆い。そして彼は、苦しみを何でもかんでも一人で背負いこもうとしてしまうような性格だ。もし誰にも手を差し伸べてもらえなければ、一人で何でも抱えて、そのうち壊れてしまう事だろう。

 守ってくれると言ってくれた彼だが、そんな彼を、自分もまた支えてやって、守ってやらなければならない。

 

(彼に守られるだけの私じゃ駄目だ。彼を、この人を……私が守ってあげなきゃ)

 

 そう心の中で決めて、詩乃は手を離し、装備ウインドウを呼び出して下着といつもの衣服であるパーカーと白いズボンを全て着用し、倫理コード解除を元の設定へ戻し――この世界での自分である「シノン」に戻ってベッドから降り、音を立てないように下の階へ向かった。自分とこの世界で戦う全てのプレイヤーを守りたいという意志を抱えて戦い続けた彼を、出来るだけ長い間休ませてやりたいと思った。

 

 

 

        ◆◆◆

 

 

 

 彼――キリトが降りてきたのは私が起きて数分後の事だった。

 

 眠たそうに目を擦りながら、寝癖全開の頭で、黒いTシャツと黒い長ズボンを履いた、若干だらしない格好をしているキリトが、昨日まで戦いを続けていたキリトだとは思えず、私は笑ってしまった。何をそんなに笑ってるんだとキリトに聞かれても私は大した答えを返さず、朝ご飯――と言っても時間的には昼ご飯であるサンドイッチとコーヒーをキリトに差し出した。

 

 昼ご飯をちゃんと用意していた事が意外だったのか、キリトはありがとうと一言言って、サンドイッチを口に運び、コーヒーを飲み干した。コーヒーの覚醒効果が出たのか、キリトは目を覚ましたようになって食器を片づけて、リビングの椅子に座った。そこの近くにあるソファに座ると、キリトが声をかけてきた。

 

「さてと、もう昼過ぎだけど……今日は何をしようか」

 

「そうね、せっかくの休暇なんだし、ゆっくりするのもありだけど、それだけだとつまらないから……」

 

「何か刺激的なものが欲しいって?」

 

「そのとおり」

 

 キリトは「刺激的なもの……」と言って、顎に手を添えて考えた後に、何やら怪しげな笑みを浮かべた。

 

「なら、いいところがあるんだけど……」

 

「なに? なんだかあまり良さそうな顔をしてないけれど」

 

「この層、出る場所があるんだ」

 

「出るって、何が?」

 

 キリトはゆっくりと私に顔を向けて、怪しく笑った。

 

「おばけだよ……」

 

「おばけ?」

 

「そうさ。この層にはおばけの出るポイントがあるらしい……」

 

 おばけと言えば、一般的には幽霊や人魂などを示すけれど、まさかこの世界にもそんなものがあるというのだろうか。もしそんなものがあるのだとすれば……。

 

「見たい」

 

「え」

 

 キリトはきょとんとしたような顔をした。そしてそのキリトに相対する、目の輝いた顔をしている事を、私は自覚する。

 

「おばけ、見たい」

 

「見たいのかよ! てっきり怖がるかと思ったのに……」

 

 私は得意気に笑んだ。

 

「残念ながら私はそういうものを怖がらないのよ。寧ろ見てみたいっていう好奇心の方が大きいわ。怖がらせたいっていうなら、アスナを連れて行くといいかもしれないわね」

 

「あぁ確かに、アスナはそういうのに弱そうだな。今度おばけ層とかに連れて行ってみるかな……」

 

 でもアスナならそう言う層に行く時はリランを貸してって言って、おばけも妖怪も全部焼き払ってもらいそうだ。そして今頃、アスナはくしゃみをしてリランに首を傾げられているだろう。

 

「まぁアスナにそんな酷い事をする必要はないとして……とにかくそのおばけの出る場所っていうのは気になるわね。ちょっとそこ行ってみましょうよ」

 

「あっはい。シノンさんは随分肝が据わっているようで」

 

「変な言い方しないでよ。まぁ幽霊の正体見たりなんて言葉もあるわけだし、意外と大した事のないものなんじゃないかしら。幽霊だと思ったらモンスターだったとか」

 

 キリトが腕組みをする。

 

「確かにおばけが出るなんて言っても、ただの噂程度だからな。強いモンスターが出てきて、驚いたプレイヤーがおばけや幽霊に見間違えたなんて事もあるかもしれないから、とりあえず武器は持って行こう。何があっても大丈夫なように」

 

 私は頷いた。ここ22層にはモンスターが出現しないようになって居るけれど、キリトの言うおばけがイベントによって出現するモンスターだったら、丸腰で行くのは凄く危険だ。しばらくは武器を手放したいって思ってたところだけど、やっぱり何かあった時のために武器は必要だ。

 

「そうね、武器は持って行きましょう。すごく強いボスモンスターの(ネグラ)に入るわけじゃないから、そこまで大層な装備は必要ないかもだけど」

 

 キリトは少し楽しそうな表情を浮かべて椅子から立ち上がった。

 

「そうと決まったら早速行ってみよう。俺達がおばけの真実を見つけたら、「幽霊の正体見たり」で情報屋に言えるかもしれない。連中驚くと思うぜ」

 

「そんなに驚くような話じゃないって思うけれど、気になる事に変わりはないし、出かけましょうか」

 

 私達は装備ウインドウを開いて武器を装備した後にログハウスを出て、キリトの言うおばけの出るポイントを目指して歩き出した。まぁ本当に大したことはないんだろうけれどね。

 

 

 

 

        □□□

 

 

 

 

 血盟騎士団本部付近 街中

 

「にぇぇぺしょっ!」

 

 アスナが変なくしゃみをし出して、その肩に乗るリランは首を傾げる。

 

《どうしたアスナ。随分と妙なくしゃみをしたみたいだが》

 

 アスナは鼻の下を少し擦りながら答えた。

 

「何だか急に鼻がムズムズして……なんというか、誰かに噂をされたような気がするわ」

 

 リランが血盟騎士団の本部の方に目を向けた。

 

《確かにアスナは優しき血盟騎士団の副団長として、人気が急上昇したからな。恐らく団員の誰かがアスナの噂をしているのだろう。別に珍しくはない》

 

「そうだといいんだけれど……」

 

 アスナは転移門の方へ目を向けた。アスナが休みを取る事になって22層のキリトの元へ赴こうとした直前、その間の事に付いてヒースクリフと話をしていた直後、57層のボスの情報を持った偵察隊プレイヤーの一人がヒースクリフの元に、非常に慌てた様子で現れた。

 

 何事かとヒースクリフが尋ねると、57層のボスの偵察に向かったところ、偵察隊がボスの攻撃に晒されて、全員ボロボロで帰ってくる羽目になった、あれはクォーターポイントに匹敵するイレギュラーボスであると言った。

 

 クォーターポイントは毎回死者が出る危険なボス戦であり、それに挑むには毎回精鋭部隊を組む必要が出てくる。その中にはいつもアスナ、キリトとリランがいたので、クォーターポイントの攻略とあらば、休暇を取り消して、キリトとリランにも連絡すると、アスナはヒースクリフに伝えたが、ヒースクリフは拒否。

 

 「君達は休んでいろ、君達の分まで私が戦う」と言って、血盟騎士団の精鋭部隊を連れ、そそくさと出かけて行ってしまったのだった。そしてそれから一時間ほど経った今でも何の情報も来ていないし、本部に行ってもヒースクリフ達の姿はなかった。

 

「団長達大丈夫かな……クォーターポイントみたいに危険なエリアは私やキリト君の力が必要になる事が多いのに」

 

《今回ディアベルの方も欠席しているようだ。頼れるのはヒースクリフだけだが……あいつ一人でどうにかなるものなのか。あいつは人竜一体を使えるわけでもないし、ましてや《使い魔》を連れているようにも見えぬ》

 

 ヒースクリフの実力が折り紙つきなのは、アスナも十分に熟知していた。ヒースクリフは《神聖剣》というユニークスキルを持ち、他のプレイヤーでは絶対に真似できない盾による絶対防御でモンスターの攻撃を完全に無力化し、剣による強力な攻撃で瞬く間にモンスターを撃破する。

 

 その実力によるものなのか、このアインクラッド中のどこを探しても、ヒースクリフの《HPバー》が黄色になったところを見た者はいない。これらの実力とユニークスキル、実績があるからこそ、ヒースクリフは血盟騎士団の長が勤まり、血盟騎士団の最終兵器(おくのて)と言われるのだと、アスナは思っていた。

 

「団長はアインクラッド最強って言われる剣豪だから、剣と盾だけでどんなボスも撃破しちゃうんだ。前にも言ったけれど、50層のボスは、団長の力をメインにして撃破するような作戦だったんだよ。なのにリランに乗ったキリト君が現れて、血盟騎士団が辿り着く前に撃破しちゃった……団長、「とんだ番狂わせがあったものだ」って苦笑いしてたよ」

 

 リランは険しい表情を浮かべた。

 

《我がボス戦で力を出せるのはキリトと人竜一体が出来た時で、ボス戦で常に力を解放するような事は出来ない。ボス戦でもそれだけの力を発揮できるとは、ヒースクリフはどれほど圧倒的な存在だというのだ》

 

 アスナは軽く空を見上げた。暖かい日差しが常に降り注ぐ、雲一つない快晴だった。

 しかし、ヒースクリフはきっとこの空の真逆、曇り空のような存在だ。普段見ている部分は雲であり、雲の向こうを見た物はどこにもおらず、完全に謎である。

 

「確かに団長って謎だらけなんだよね。とんでもなく強いプレイヤーだって事くらいしかみんな知らないし……その強さもキリト君とリランが人竜一体した時くらいのもので……」

 

《謎の雲に包まれしヒースクリフという名の空か……》

 

 その時に、アスナはふとリランの方を見て思い出した。

 

 そう言えばリランもまた、謎だらけの存在であるとキリトは言っていたし、自分自身もそう思っていた。リランはキリトの《使い魔》という事になっているけれど、フィールドと圏内で姿が大きく違い、この世界のNPCであるはずなのに、まるで心を持っているように――いや、心を持っており、喋る事が出来、主であるキリトのところにも、自分達が持っていないゲージが出現しているという。

 

 そんなものをキリトに与え、更にこれまで見てきた《使い魔》達とは全く違う特性を持ち、自分達と力を合わせて戦ってくれる《使い魔》であるリラン。そんなリランはアスナにとって、いや、リランを知る者にとっては、ヒースクリフ以上に謎の存在だった。

 

「ねぇリラン、貴方は何か知らないの」

 

《何かって何をだ。ヒースクリフか?》

 

「ううん団長じゃないよ、貴方自身の事。キリト君から聞いた話だと、貴方って記憶喪失らしいじゃない。何か覚えてる事とかないの? それとも、思い出した事とか」

 

 リランは目を閉じて、何かを考え込んでいるように何も言わなくなったが、すぐに目を開けて、再びアスナに《声》を送った。

 

《何も思い出せぬ……キリトに叩かれた時の衝撃はよほど強いものだったようだ。だが、最近わかってきた事ならあるな》

 

「わかってきた事?」

 

 リランの顔が急に険しいものになった。

 

《この世界を乱す者達が、我は許せぬのだ》

 

「この世界を、乱す者達……?」

 

《そうだ。お前達が言う、殺人ギルドなどの事だ。この世界を引っ掻き回し、他の者達を(たぶら)かし、利用し、殺す。懸命に生きようとしている者達を巻き込み、悲しみや怒り、狂気、恐怖などの負の感情を誘う……我はそれが許せぬのだ》

 

 アスナの顔もまた険しくて厳しいものになる。

 

「それは私だって許せないよ。でも、そもそもなんでそんな事に走るんだろう。この世界はゲームじゃない、本当の現実と変わりないはずなのに……」

 

《……キリトはこう言っていた。きっと、この世界で悪事を働くような奴は、現実世界でも性根の腐り切った奴だと――恐らくそういう事なのだろう。だからこそ、我はそういう者を許せぬ。この世界を引っ掻き回し、乱す者達を》

 

 そう聞いて、アスナの中に思い当たるものがあった。いつ頃からこのアインクラッドに現れたのかは知らないが、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》と言われる、犯罪者の身で構成されている異形ギルドの存在だ。

 

 あそこにいるプレイヤー達は殺人、暗殺、略奪、果ては倫理コードを無理矢理解除させたうえでの強姦など、犯罪行動ならば何でもアリと言わんばかりに暴挙を行う、リランの言う世界を乱す者そのものであり、時折モンスター以上の脅威と言われるような集団だ。

 

 《笑う棺桶》の悪逆非道な行動の情報は血盟騎士団にも入り込んでくる事があり、長であるヒースクリフも《笑う棺桶》の存在をさぞかし拙そうに思っているように見えた。そこであまり広がらないように、《笑う棺桶》討伐作戦を企てていると、ヒースクリフは言っていた。

 

「世界を乱す者っていえば……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》がそうじゃないかしら。あのギルドは殺人、暗殺、略奪、強盗、強姦っていった犯罪なら何でもやるような最悪の組織よ。アインクラッドで時折モンスター以上の脅威って言われる事もあるわ。あの組織は、そのうち何とかしないといけないと思う」

 

《そんな集団がいると言うのか。おのれ調子に乗りおって……!!》

 

「うん。許せないよ。この辺りは団長達とよく相談してやらないとね……それにしても、団長は大丈夫かなぁ」

 

「誰が大丈夫だって?」

 

「あぁうん、私達よりも明らか年上で、曇り空みたいな髪の毛を色をした血盟騎士団の団長……」

 

 背後から聞こえてきた声に反応するように振り向いたその時に、アスナは顔を真っ青にした。

 

 そこにいたのは赤を基調としていて、ところどころに白い模様と、マントが備え付けられている鎧を身に纏い、自分達よりも遥かに年上のような貫禄のある顔、灰色に近しい髪の毛をオールバックに近い形にしている男性――血盟騎士団の団長、ヒースクリフだった。

 

「だ、団長!?」

 

 いつの間にか姿を現していたヒースクリフは「やぁ」と言ってアスナに声をかけた。

 

 アスナはぎこちない動きをしながら、ヒースクリフに頭を下げる。

 

「お、お帰りなさい。随分と早いお帰りでしたね」

 

「あぁ。皆と手を合わせて戦ったら、大したことのない敵だったよ。まぁ、クォーターポイントのボスに近しい強さを持っているというのには納得したがね。それにしてもアスナ君」

 

「え、なんですか」

 

「今見たところ、君の肩にトカゲのような、犬のような姿をした小型のモンスターらしきものが乗っているのが確認できたのだが、君はいつの間に《ビーストテイマー》になったのかな?」

 

 アスナはぎょっとして周囲を見回したが、どこにもリランの姿は確認できない。先程まで肩に乗っていたのに、どこかに隠れたのだろうか。

 

 そもそもヒースクリフは《ビーストテイマー》がキリトである事は知っているが、その《使い魔》が喋ったり心を持っていたりするのは知らないし、リランがそもそも今まで確認された事のないモンスターであるという事も知らないのだ。

 

 だから、ヒースクリフにばれてしまうと、キリトに詰め寄ってしまうような事になりかねない。それを防ぐためには、ヒースクリフと出会った時にはリランを隠すようにしていたのだが、リランはいつの間にか自主的に隠れたらしい。

 

「え、えっと、何の事ですかねー、知りませんねー」

 

「そうかい。では私の見間違いだったという事か。すまない、私もボス戦で疲れてしまったようだ。《ビーストテイマー》は君ではなくて、別なところにいるプレイヤーだったね」

 

 ヒースクリフは顔に軽く手を当てた後に、何かを思い出したような顔になった。

 

「そういえばアスナ君は、そのプレイヤーとはなじみ深い関係にあるようだけど、彼に物を渡したりできるかな」

 

「出来ますけれど……何かあるんですか」

 

 ヒースクリフは「あぁ」と言った後に右手でウインドウを操作し、アイテムウインドウを呼び出して、特定のアイテムを選択、送信ボタンをクリックした。それから直後に、アスナのところにアイテムが届いた事を知らせる告知が来て、クリックしたところ、ヒースクリフが送ったであろうアイテムの存在が確認できた。

 

「《ナイトメアビーストの尾》? なんですかこれ、S級食材か何かですか」

 

「私にもよくわからないのだ。先程のボスを撃破した時に、ボス部屋に落ちていてね。食材でもなければ素材アイテムでもなくて、使い方に困っていたのだが……君の友達の《ビーストテイマー》ならモンスターに詳しそうだと思ってね。それを彼に渡してほしいのだ」

 

 別にキリトは《ビーストテイマー》であってモンスターに詳しいわけではない。だからキリトにこれを渡しても困られるだけだと思うが、もしかしたらキリトならば何らかの役に立てるかもしれない。

 

「わかりました。休暇が終わり次第、彼の元へ向かいます」

 

「頼んだよアスナ君。それと、もし何かが起きても君は動かないでくれたまえ。君は休暇中であり、その間は完全に戦線から離脱すると言う命令なのだから」

 

 そう言って、ヒースクリフはそそくさと本部の方へと戻って行ってしまった。一体あんなアイテムをどうしろというのだと思ったその時に、アスナは休暇中のために着ているロングスカートの中に違和感を感じて、ぎょっとした。直後、ロングスカートの中から何かが出てきて、肩によじ登ってきた。ヒースクリフが現れた途端に姿を消したリランだった。

 

「り、リラン、貴方どこに隠れてたのよ」

 

《仕方あるまい、他に身を隠せそうな場所はなかったのだ。ところでアスナ、アレが団長のヒースクリフなのか》

 

「えぇそうよ。あれこそが血盟騎士団の長であり、神聖剣使いのヒースクリフ。中々凄味のある人だと思わない」

 

《うむ。あれは中々の貫録の持ち主だ。ヒースクリフ、只者ではないな》

 

「只者じゃないよ。でもその代わり謎だらけなんだよね」

 

 リランはアスナの顔を見た。

 

《ところでアスナ、お前今何をもらったのだ。相手は使いどころに困っていたようだが》

 

 アスナはアイテムウインドウを開いて、ヒースクリフから貰ったアイテムである、モンスターの身体の一部と思わしきアイテムを選択した。普通、アイテムに名前の下に詳細情報が出てくるのだが、このナイトメアビーストの尾に限っては何も表示されていない。完全に謎のアイテムだ。

 

「本当に何なのかしらコレは。使いどころが全然思いつかないわ」

 

 その時、リランは物事に閃いたような顔になって、アスナに《声》を送った。

 

《アスナ、そのアイテムを以ってフィールドに行け。とにかく我を元の姿に戻すのだ》

 

「え、なんでフィールドに?」

 

《いいからフィールドに赴くのだ。とにかく我を元に戻せ!》

 

「わ、わかった。行きましょうリラン」

 

 リランの指示に首を傾げながら、アスナはリランを連れてフィールドの方へ向かって行った。このアイテムの正体が何者であるかは、わからないままだった。

 




シノンの好奇心、何かに気付くリラン。

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