キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 アイングラウンド編、フェイタルバレット編の間を繋ぐ短編新章、開始。





―オーディナル・スケール―
01:拡張現実の世界


           □□□

 

 

 随分と寂れてしまっている一つのビルに到着し、その中に入り込む。ビルはそこら辺にある建物よりも大きく、立派な見た目である。その大きさはビルに本社を置く企業の威厳と力強さを示していた。

 

 かつて、ここに二人の教え子がいた。それは男と女の二人。そこにもう一人女を加えるべきだろうか。いや、彼女は関係がない。あくまで彼らと親交が深かっただけで、直接的な関わりがあるというわけではない。

 

 彼らは学生の時から、本当に学生なのか、自分よりも年下の子供なのかと疑ってしまうほどの、奇跡のような実力と技術を持っていた。在籍中にも驚くべきものを作り出し続け、女の方はやがて男の右腕となる。自分の許を離れ、この会社に行くや否や、もともとはあまり大きくなかったこの会社を、ここまで巨大に育てた。

 

 このビルはあの男女が作り上げたものなのだ。しかしそこはもう電気も通っていなければ、水道だって通っていない。なのでどこを見ても薄暗く、手持ちの灯りがなければ足下だって危うい。かつて栄華を誇ったこの会社は今、ただの廃墟なのだ。

 

 当然だ、誰も見た事がない上に、誰も作れはしなかった機械を作り出したのだから。多くの人々の命を、自分の何よりも大切なモノを奪う悪魔の機械を作り出して、世に送り出してしまったのだから。この会社――《アーガス》は消えて当然だったのだ。

 

 そんなアーガスの跡地を歩き続け、やがて階段を登る。ある程度登っていくと、一枚のドアの前に差し掛かった。アーガスというロゴが描かれている。風化して形が崩れつつあるが、読めなくなるほどではない。元々は自動ドアだった記憶があるが、電気が通っていないので、当然作動しない。半開きになっているので、手を入れて動かすと、容易にスライドした。

 

 部屋の中は散々だった。並んでいたであろうデスクや椅子、パソコンなどの機材は全て取り除かれ、がらんどうになっている。空調設備は外れて、コード共々天井から垂れ下がっている有様だ。かつてここが社会を動かせるほどの栄誉を誇っていた会社であるとは思えない。廃墟というものはどこもこういうものだ。

 

 だが、そのだだっ広い空間とかしている部屋の奥に、一つだけ撤去されずに残っているものがあった。近付いていくと、それは奥に長い、スーパーコンピュータに近しい形をした機材だと認められた。コンセントが刺さりっぱなしになっており、全体的に埃を被っている。

 

 それはかつて、教え後の二人が作り出し、実際にこの社会の有り様を変えた悪魔のゲーム、そのデータを管理するサーバーだった。これこそが、この廃墟に足を運んだ理由だ。

 

 悪魔のゲームを内包するサーバーは沈黙を貫いている。持ち込んだ機材を配電盤に接続して起動させると、廃墟が息を吹き返した。みるみるうちに至るところで起動音が鳴り、サーバーにもまたエネルギーが流れ込み始めた。起動できる状態になった。

 

 確認するや否や、持ち込んだノートパソコンを起動し、そこから伸びるケーブルをサーバーへ接続した。いよいよ、悪魔のゲームが再び目を覚ます。目覚めてはいけないものだが、これをする以外に方法はない。

 

 教え子の彼らができたような事を、教えた自分ができなくてどうするというのだ。

 

 

「茅場……愛莉(あいり)……悠那(ゆうな)……」

 

 

 かつての教え子、元凶、そして愛しい名を呼び、重村(しげむら)徹大(てつひろ)はサーバーを起動した。

 

 

           □□□

 

 

 

「どうだ、和人(かずと)。次の手は思い付いたか?」

 

「むーん……さてさて……」

 

 

 桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)は頭を捻っていた。目の前下方にあるのはチェス盤。黒いコマを動かしているのが和人だが、追い詰められていた。

 

 最初こそは好調だったかもしれないが、時間が経つに連れて白いコマの侵攻を許してしまった。黒の兵士(ポーン)も大分減らされ、辛うじて(キング)が守られている程度であり、明らかに劣勢である。

 

 いつものゲームならば即座に戦略を見出し、作戦を組み、実際に攻撃を仕掛ける、もしくは反撃する事ができたのかもしれないが、こういったチェスやオセロなどはどうにも苦手だ。どうやっても追い詰められる。

 

 だからできる限りこういったボードゲームは遠慮がちなのだが、相手が必ずわかってくれるとは限らない。そしてそういう時は決まって、負ける。

 

 

「……これならどうだ」

 

 

 呟きつつ、兵士のコマを動かす。ターンが終了すると、間もなくしてチェス盤に白くて綺麗な手が伸び、白いコマが掴まれる。女王(クイーン)である。女王はルールに沿った動きをし――やがて黒い王まで一気に接敵、こつんと王を倒してしまった。

 

 

「あ」

 

王手(チェックメイト)

 

 

 相手の一言に合わせてゲームが終了し、『あなたの負け』と書かれたウインドウが出現した。上手く行ったかと思いきや、あっさりと負けてしまったらしい。和人はだらんと脱力し、軽くテーブルに突っ伏した。

 

 

「くっそぉ、また負けちまった」

 

「お前は本当にボードゲームが弱いのだな。VRMMOのバトルでは基本的に負け知らずだというのに」

 

 

 明らかに小馬鹿にしたような声色に誘われて顔を上げると、金色の長髪と紅玉のような瞳が特徴的な少女の姿が見えた。今のチェスで白のコマを動かしていた対戦相手である。

 

 

「リラン、わかっててボードゲーム勝負仕掛けてきてるだろ」

 

 

 リランと呼ばれた少女は「ふふん」と鼻を鳴らす。

 

 

「お前があまりにもボードゲームに弱いのでな、少しは鍛えてやろうと思ったのだ」

 

「いや、その理屈はおかしいだろ」

 

 

 そう言い返すと、左隣から笑い声がした。振り向けば同じように少女の姿。整った顔立ちに、黒茶色のセミロング。揉み上げ辺りを白いリボンで結んでいるのと、眼鏡をかけているのが特徴的であった。

 

 

「意外ね、和人がこんなにチェスが弱いだなんて。もっと強いかと思ってたのに」

 

「そうだぞ詩乃(しの)。和人はてんでボードゲームが駄目なのだ。チェスもそうだが、オセロでも囲碁でも、将棋でも我に勝てた事はない」

 

 

 リランの言葉に詩乃が笑う。そういえば詩乃にボードゲームに弱い事を話してはいなかった。話す事でもない――むしろ隠しておきたい――と思っていたが、リランの口からバレてしまった。

 

 

「んな事言ったってしょうがないだろ。相性が悪いんだよ、相性が」

 

「そうね。和人がそんな人だって言うのも、私知ってるし。根っからのバトルマニアってね」

 

「……ご理解いただきありがとうございます、姫様」

 

 

 詩乃はまた軽く笑う。好きな人の意外な一面を見る事ができて、喜んでいるようだった。なので悪い気はしないが――もしかしたら今後詩乃にチェスやらオセロやらといったボードゲーム勝負を仕掛けられるかもしれない。その時は勿論勝てないだろう。

 

 そんな事が頭をよぎると、隣から声がした。

 

 

「ゲームクリア!」

 

 

 和人から見て左方向に居たのは女の子達だった。

 

 焦げ茶色の髪、頬元の若干のそばかすが特徴的な少女篠崎(しのざき)里香(りか)に、明るい茶髪をツインテールにしている小柄な少女綾野(あやの)珪子(けいこ)。そして栗色の長髪と琥珀色の瞳が特徴的である結城(ゆうき)明日奈(あすな)の三人。全員がテーブルに向き合い、喜び合っている。

 

 彼女達も和人とリラン同様にゲームをしていたのだ。その様子はリランとのチェス勝負によって見えていなかったが、どうやら無事にクリアする事ができたらしい。

 

 

「これでケーキ無料券ゲットです。おめでとうございます!」

 

 

 喜ぶ女の子達に笑みかけたのが、明日奈と同じ髪色、瞳の色をした小柄な少年。リランの弟であるユピテルだった。和人達の居るボックステーブル席には既に空きがないので、一人だけ違う椅子に座って寄り添ってきている。

 

 そんなユピテルに笑み掛け返したのは珪子だった。

 

 

「ユピテル君、ナイスアシストだったよ。やっぱり頼りになるね!」

 

「でしょでしょ! ユピテルは本当に助けてくれるの。今日もありがとうね、ユピテル」

 

 

 明日奈に頭を撫でてもらい、ユピテルは「えへへ」と言って嬉しそうにした。彼女達はユピテルの補助を受けつつ、ゲームをしていたのだ。高性能情報処理能力を持つユピテルのアシストがあるのだから、彼女達のやっているレトロゲームの類などクリアできないものではない。

 

 そのやり方はある意味ズルと言ってもいいかもしれないが、和人は特に何も言わなかった。そんなやり取りを横目にしつつ、詩乃が左耳元に手を添えた。そこには通信会話に使うような白いインカムにも似た機械(マシン)が装着されている。

 

 よく見ればここにいる全員の左耳に、同じような機械が付けられていた。

 

 

「本当に、便利なものが出てきてくれたわよね。これ、社会現象になるんじゃない?」

 

「既に社会現象になっておるぞ。道行く者の耳には必ずコレが付いている。今や付けていない者の方が珍しいかもしれぬな」

 

 

 リランが言うと、和人も自身の左耳に装着されている機械に触れた。

 

 その機械は《オーグマー》というものだった。アミュスフィア、ナーヴギアといったVRマシンに似ているものの、違う点をいくつも持っている代物である。その最大の特徴とは、現実を拡張する機能だ。

 

 オーグマーを装着するだけで、現実世界に仮想現実世界の要素のいくつかをそこに展開する。アミュスフィアでVRMMOをやっている時のように指を動かせばウインドウが展開され、ほぼ常にニュース、天気予報、時刻、交通情報、テレビ番組を見る事ができるようにもなっている。和人達がやっていたのは、このオーグマーを使用する事でプレイできるようになっているゲームだった。

 

 このオーグマーでプレイできるゲームにも、様々な企業がスポンサーとして参加しており、ゲームをクリアする事でスポンサー企業からの恩恵――クーポンやポイントの付与――を受ける事ができるようになっている。

 

 それだけではない。オーグマーによる拡張現実機能を使う事によって、足が不自由な人が登山、世界各国の遺跡の探索、世界旅行の疑似体験ができるなど、障害のある人達も多大な恩恵を受ける事ができるようになっている。

 

 そんな人を選ばない便利機能をたっぷりと搭載しているオーグマーは、瞬く間に日本社会、世界中に浸透して広まった。今やどこもかしこもオーグマーを付けて拡張現実を楽しんでいる者達で溢れ返っている。

 

 土曜日を明日に控えた金曜日の夕方という事もあるのだろう、このファミリーレストランに来る過程でも、沢山のオーグマー使用者を見る事ができた。その使用者の一人である里香が声掛けしてくる。

 

 

「だって事実じゃないの。コレ付けてるだけで天気予報見れるし、テレビ見れるし、ニュース見れるし、クーポン受け取れるし……ユピテルとリラン、ユイちゃんとストレアと会って話ができるしね」

 

 

 里香が詩乃に向かって言うと、詩乃の肩に小さな妖精がひらりと姿を現した。和人と詩乃の、ここにはいない恩師と同じ黒色の長髪をした少女。和人と詩乃の義理の娘であるユイだった。その隣にはユイよりも身体の大きな女性妖精、ユイの妹であるストレアも姿を現していた。

 

 

「はい。オーグマーを装着していただければ、いつでもわたし達とお話しできますよ!」

 

「まさかVRの外でも、こんな簡単に皆とお喋りできるようになってるなんて、夢みたいだよ~!」

 

 

 ユイとストレアは喜んでいた。その一番上の姉と兄であるリランとユピテルもまた笑みを浮かべて喜んでいる。この四人姉兄妹(きょうだい)は、完全なる仮想世界の住人であり、本来ならばVRMMOにダイブしないと会えず、スマートフォンを介さねば話をする事もできない。

 

 しかし、現実世界に仮想世界の要素をレイヤーとして重ね掛けするオーグマーの登場によって、彼女達は容易に現実世界へ具現できるようになった。

 

 余計な動作や準備をする事なく、気軽に彼女達に出会えて、話をする事ができる。和人達がオーグマーを使いたがる最大の理由とは、最早それであった。

 

 そんなオーグマー使用者となった友人達と目を合わせ、リランが言う。

 

 

「できる限り日常的にオーグマーを使用してもらえると助かる。我らに伝えたい事があっても、オーグマーがなければ、お前達に聞いてもらえぬからな」

 

「そうよね。けどびっくりしたわ。オーグマーを使ってる時のリランとユイとストレア、姿がちょっと変わっているんですもの」

 

 

 詩乃の言葉を受けて、和人は三人に目を向ける。リラン、ユイ、ストレアの姿は大まかにはVRの時と変わっていないものの、ユイとストレアはALOのナビゲートピクシーの姿となっており、それで固定されている。VRとARは異なった(ことわり)が存在する世界のようで、彼女達もその理に合わせた姿とされてしまうのだ。

 

 そしてリランに至っては、特徴的外見(トレードマーク)である狼の耳と尻尾が無くなっており、身長も幾分か縮んでいる。リランは様々なデータを吸収した事で変異して復活したからこそ、あの姿で固定されているのだが、ARではその理は無効化されて、生来の姿である《マーテル》に戻っている。

 

 そんなリランに声掛けしたのは珪子だった。

 

 

「特にリランさんはすごいですよね。耳も尻尾もなくなっちゃって」

 

 

 リランは狼耳のあるはずの場所をさわさわと触った。

 

 

「確かに、最初は少し戸惑いはしたが、今は慣れたな。耳がお前達と同じ場所にあって、尻尾がないというのも、そこまで悪くはない」

 

「それに、もしリランに尻尾と耳があったままだったら、その服は似合わなかったかもしれないよ」

 

 

 明日奈がリランの服装に目を向ける。

 

 リランの身体を包む服装は、ALOや《SA:O》で着ていたものではなく――SAO生還者学校の女子制服となっている。彼女達は服装をネットから拾ってきて、自由に自分に適応できるようになっているのだが、リランはSAO生還者学校の制服の構成データを引っ張り出して適応したのだ。

 

 そのやり方は――生還者学校のサーバーにクラッキングして入り込み、データをコピーしたという、クラッキングが得意なリランならではのものだった。更に男子生徒用の制服のデータもその際に入手しており、今現在ユピテルの服装に適応されている。

 

 ユピテルは外観年齢が十歳であり、その歳の子供用の制服は現実にはないのだが、データを適用するだけで反映される特性を持つユピテルには関係がなかった。

 

 

「それにしても、随分と気前がいいですよね、かあさん達の学校は。なんたって、オーグマーを全校生徒に無料配布しちゃうんですから」

 

 

 ユピテルが言うように、和人達の持っているオーグマーは、SAO生還者達の通う学校で配布されたものだ。

 

 ある時、学校で重大な発表がされた。それは最新型ARマシンのオーグマーが発売され、その多くがこの学校に提供されてきたという話だ。その時に全校生徒にオーグマーが支給され、瞬く間に学校中がオーグマーでいっぱいになった。

 

 そのうちの一人である里香が左耳のオーグマーを軽く指先で叩いた。

 

 

「本当に変な事をするわよね、あの学校。けれど無料配布と来ちゃ、使わなきゃもったいないってもんよ」

 

「これって、SAO生還者学校の生徒だけみたいですよ。琴音(ことね)さん、海夢(かいむ)さんと木綿季(ゆうき)さんの高校じゃ、配布なんてされてないって話です」

 

 

 珪子の話は和人も聞いている。オーグマーを無料で手に入れられているのはこの場にいる全員だけであり、その他の仲間である琴音、海夢、木綿季、遼太郎(りょうたろう)、アンドリュー、ディアベルなんかは有料で手に入れる外なかったそうだ。遼太郎とアンドリューとディアベルに至っては社会人なので当然なのだが。

 

 そんなオーグマーを触りつつ、和人が呟く。

 

 

「けれど、俺はどうもこれが好かないなぁ。やっぱ俺はVRMMO、アミュスフィアとかがいいよ」

 

 

 オーグマーは現実世界に仮想世界の要素をレイヤー重ねするだけなので、根本が現実世界になっている。仮想世界のように無茶な動きもできなければ、ソードスキルのような華麗な技を放つのも困難である。仮想世界が重ねられているだけというのが、和人は気に入らなかったのだ。

 

 そんなちょっとした不満を吐いた和人に、里香が目を半開きにして問いかける。

 

 

「おんやぁ? じゃあなんで和人さんはオーグマーを付けていらっしゃるのかしらぁ?」

 

「だって、これ以外《使い魔》と娘達と話す手段ないしさ。んでもって里香の言うように色々便利だしな。好かないけど、嫌いじゃないよ」

 

 

 その一言に里香が「なーにそれ」と言い、他の皆が笑った。その時、ウェイトレスの一人がこちらに歩み寄ってきた。手には複数のケーキが乗ったトレーが持たされている。注文した覚えはないはずだが――そう思う和人を他所に、ウェイトレスは声掛けしてくる。

 

 

「お待たせいたしました。こちら、ゲームのクリア特典のケーキとなります」

 

 

 ウェイトレスはトレーに乗っていたケーキを四つ、テーブルに置いた。ブルーベリーソースのかかったレアチーズケーキ、ティラミス、苺のジャムと果肉がかかったクリームケーキ、ショートケーキの並びだった。どうやら先程自分達がプレイしていたゲームをクリアした報酬であるらしい。里香が言っていたオーグマーを使う事で手に入るクーポンとは、これの事である。

 

 

「おぉっと、早速来てくれましたね。あたしは――」

 

「「「これ!」」」

 

 

 里香、珪子、明日奈の三名がそれぞれ別のケーキを指差した。もし被ったりすればじゃんけんなどをして譲る事になったりもしただろうが、そうはならなかった。レアチーズケーキを引き取った里香が呟く。

 

 

「しかもAIがデータを取ってくれてて、食べ物の好みとかまで合わせてくれるのよね。こういうのをなんて言うんだっけ?」

 

深層学習(ディープラーニング)だ。対象の行動や生活模様、食事などを細かにデータ化して、その者の好みや動きを割り出すのだ。学習の基礎中の基礎だな」

 

「ぼく達はとっくにそんなものを学習し終えてますが、身の回りのAIはそうでもないみたいです。なんだか遅れてる気がします」

 

 

 どこかでデータを記録しているであろう心を持たないAI達と真逆の性質を持つAIであるリランとユピテルが呟く。彼女達は既に深層学習など終え、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》と呼称しても良いくらいの知能を持ち合わせるに至っている。そんな彼女らが他のAIに対して意見を言うのは、どこか可笑しく思えて、和人は詩乃と揃って苦笑いした。

 

 

「って、あれ。ケーキが一つ余ってるわね」

 

 

 詩乃が残されたティラミスを見て不思議がる。すぐさまリランが反応する。

 

 

「あぁ、これは我の分だ。今我が和人にチェスで勝ったからな、その特典と言ったところだ」

 

 

 しかしいくら現実世界に適応されているとしても、本当の肉体を持っているわけではないリラン達は、現実世界の料理を食べたりする事はできない。このケーキはリランのものだが、肝心な本人が食べれないと来ていた。

 

 それをわかっていたように、リランは和人と詩乃に声を掛ける。

 

 

「和人に詩乃。お前達で食べるといい」

 

「いいのか。これはお前のケーキなんだぜ」

 

 

 リランが目を半開きにする。和人のからかいに反応したのだ。

 

 

「お前、我が現実世界の物を食べられないのは知っているだろう。わざとだな?」

 

 

 和人は「くっくっく」と笑った。これでチェスでからかわれた分のお返しが成立した。そんな和人の隣の詩乃がリランに苦笑いする。

 

 

「本当にもらっていいの? なんだか悪い気がするんだけど」

 

「良い。こうして現実世界と密に繋がる事ができるようになっただけでも、ありがたいと思っておるからな。これ以上の高望みはせぬよ」

 

 

 それにしたってちょっと不公平なところもある。後でリランに何らかのサービス――特に食事に関連する――をしてやるべきだろう。とりあえず今は、リランの好意に感謝して、ケーキを頂く事にしよう。

 

 

「わかったよ。ごちそうさまです、《使い魔(リラン)》さん」

 

「後で良い物を仮想世界(あっち)で奢るのだぞ、《ビーストテイマー(マスター)》」

 

 

 現実世界でも変わらない役割の事を話してから、和人はケーキを手繰り寄せて、詩乃との間に置いた。そのままケーキをフォークで半分こにして、食べ始める。間もなくして、明日奈がユピテルに再度声を掛けた。

 

 

「わたしも後でご飯作ってあげるからね、ユピテル。デザートもつけちゃおっか」

 

「いいのですか? それなら楽しみにしておきますが――」

 

 

 ユピテルは明日奈に笑んだ後に、里香に向き直った。

 

 

「里香ねえちゃん、AIがその人が食べた物のカロリー計算や管理なども行っているのはご存じですよね。ぼくも同じようにそのデータを閲覧できるのですが……今月のカロリー、総量をオーバーしてませんか」

 

 

 女性を癒す目的の為に作られたユピテルに指摘されるなり、里香の動きが硬直(フリーズ)した。こちらからでは見えないが、カロリーオーバーしている警告が出ているのだろう。

 

 里香は詩乃と違って結構な甘い物好きな女の子なので、カロリー摂取量も多めなのだ。そのカロリーオーバーをユピテルと管理AIに指摘されたリアクションとして瞬きを繰り返すと、リランが更に言った。

 

 

「里香、歩け。ちょっとでもいいから運動してカロリーを使うのだ」

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 

 ケーキを食べ終えるなり、店を出た里香はそそくさと歩き出した。あまりに突拍子もない行動に珪子が慌てて、明日奈とユピテルが落ち着いた様子で追っていき、和人、詩乃、リランの三人は比較的ゆったりと歩いて追っていた。

 

 場所は学校から比較的近くにあるショッピングモールの中であり、沢山の人で賑わっている。明日が土曜日だからというのもあるのだろう。そしてその過半数では収まらないであろう数の人が、オーグマーを使用して仮想世界を現実世界に落とし込み、楽しんでいる。

 

 中でも神話やファンタジーに登場するであろう、可愛らしい幻獣といった架空動物達と触れ合っている人々にはつい目を向けてしまった。

 

 そのまま足を止めそうになったところで、聞こえてきた声に和人は反応する。声の主は、ゲームの中でまさしく幻獣となっているリランであった。

 

 

「和人、《ユナ》のファーストライブは行くのか」

 

「なんだよ、急に」

 

「ユナのファーストライブに無料で参加できるのだろう。それに行くのかと聞いているのだ」

 

 

 リランの後ろの方に、CDやミュージックプレイヤーを置いている店が確認できた。その一角に、一人の少女が描かれたポスターが貼ってある。リランはこれを見て思い付いたのだろう。

 

 オーグマーの発展と浸透を促したのはその機能だけではない。このオーグマーそのものにイメージキャラクターが設定されており、それこそがリランの言ったユナである。

 

 ユイとストレア、リランとユピテル同様のVRに本体を置いており、オーグマーが使用される事によって現実世界に具現してくるユナは、先端が紫がかっている白銀の長髪、黒と赤を基調とした衣装を身に纏った少女の姿をしている。言わば容姿端麗だ。

 

 しかしその最大の特徴とは、その言葉や態度などがあまりに自然的である事であり、見方によってはユイ達、リラン達に匹敵する超高度AIなのではないかと思えるくらいだ。

 

 そんなミステリアスな部分がある事、容姿が可愛らしい事、喋り方も歌唱力も人間に匹敵するくらいなところが爆発的な人気を呼び、ARアイドルとして一気に有名になっていった。今やユナの為だけにオーグマーを手に入れる者も少なくなく、ユナこそがオーグマーを社会に広めた最大の貢献者であると言えた。

 

 そんなユナが、近いうちにファーストライブを行う事になったのだが、何故かSAO生還者学校の生徒達全員が授業の一環として、参加する事になったのだった。その中に和人は勿論、詩乃も明日奈も、里香も珪子も含まれている。

 

 

「ユナのライブなぁ。学校では出る事になってるんだが、どうしよう」

 

「……私はパスかな。そういう騒がしいのはやっぱり苦手」

 

 

 そう言ったのが詩乃だった。今言ったように、彼女は騒がしいのを嫌い、静かなところを好む。それは和人も同じであり、できる事ならばユナのファーストライブなど拒否したいところだ。

 

 

「俺もそうしたいんだが、なんだリラン。ユナが気になるのか」

 

「うむ。あのユナというAI、あまりによくできておるのでな。何かあるのではないかと気になっている」

 

 

 リランの言っている事も理解できなくはない。現にユナの映像を見た事は多々あるが、その際のユナの態度や喋り方や歌唱力には驚かされた。リランやユピテルに匹敵しているとしか思えないのだ。あんなAIはそこら辺の企業や研究者では作る事はできないだろう。

 

 そこで思い付いた事と言えば――。

 

 

「あっれぇ、もしかしてリランってば、ユナのファンになってたりする?」

 

 

 リランが驚きつつ背後を向く。いつの間にかリランの後方に里香と珪子が姿を見せていた。

 

 

「この前一緒にカラオケした時、ユナの歌も歌ってましたよね、リランさん。あたしと直葉さんとご一緒(デュエット)してくれましたし!」

 

「た、確かに歌ったが……だが、別にユナの歌が気に入っているわけではないぞ。ファンになったつもりもない」

 

 

 そこで里香が何かを思い付いたように手を叩く。しかしそれは明らかに悪だくみを見出したものであった。

 

 

「そーだ! この際だからあんたの歌唱力ってものを周りの皆に見せてやりなさいよ」

 

「な!? 何を言い出すのだ里香!」

 

「あんた元祖すごいAIでしょ。後輩AIのユナに引けを取らないっていうのを、聞かせて頂戴よ!」

 

 

 そう言って里香はリランの手を珪子と一緒に引いて、広場まで連れて行った。その後フリック操作を数回繰り返すと、リランの周囲にドーナツ状のスポットライトマシンが出現、光をリランに当て始める。そしていつの間にやら、リランはマイクを握らされていた。

 

 

「お、おい! おい!!」

 

 

 リランは焦り、助けを求めるように視線を和人へ向けてきた。その主人である和人としては、《使い魔》が歌を皆に披露するのも、自慢のように思えて悪くなかった。アイコンタクトで「歌え」と命令を出す。

 

 助け舟など無かったと理解したリランはしょぼくれたように肩を落とした。が、すぐに立ち直り、マイクをしっかり握りしめて、歌い始めた。

 

 

「――」

 

 

 二年以上ずっと一緒に戦ってくれている《使い魔》の歌は、ショッピングモールにいるオーグマー使用者の注目を集めた。

 

 その様子は歌を披露するアイドルとなんら変わらなく、ARアイドルとして名を馳せ始めたユナに引けを取る様子など全くなかった。

 

 

 そして歌が終わったその時――驚くほどの拍手と歓声が返ってきた。ある意味、リランの《使い魔》以外の可能性が見出せた瞬間であった。

 




――くだらないネタ――

・オリキャライメージCV

 リラン(人形態):水樹奈々さん

 ユピテル:久野美咲さん


――小ネタ――

・リランの歌った歌

⇒水樹奈々さんの楽曲ならば何でもいいが、個人的には『恋の抑止力』or『ETERNAL BLAZE』or『METANOIA』推奨。

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