キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

396 / 561
06:水雷 ―現実世界の戦い―

         □□□

 

 

 壷井遼太郎/クライン達風林火山はまず、散開しようとした。もう一匹のボスモンスターの様子を見て、戦術を編むためだ。

 

 オーディナル・スケールのイベントスケジュール通り、この代々木公園にボスモンスターは現れた。しかも英雄キリトの《使い魔》であるリランと同じ特徴を持っている激レアモンスター、《英雄の使徒》が。

 

 倒す事が出来れば、これ以上ないくらいの祝福をもらう事の出来るボスモンスターの登場は喜ばしい事だったのだが、予想外の出来事はもう一つ起きていた。クライン達を襲う水の狼竜の出現と、そいつからの攻撃だ。

 

 

「なんなんだよ、お前もボスモンスターだったっていうのかよ!?」

 

 

 クラインが水の狼竜の呼びかけると、周りの仲間達が水の狼竜へ斬りかかり、叩きかかった。その全てが水の狼竜の身体に直撃するが、すぐさま仲間達全員が驚いたような顔をする。信じられない出来事に出くわしたかのような顔でもあった。

 

 水の狼竜に仲間達の武器が食い込むや否や、どぼんという音と共に水飛沫が起きた。まるで武器が水の中に落ちたかのようだった。そして武器による攻撃を叩き込まれているはずの水の狼竜は平気な顔をしている。

 

 攻撃が効いていない。

 

 

《おれがボスモンスターに見えるか? なら見事に討伐したっていうのをやってみせろ。出来るだろう()()()!》

 

 

 クラインは耳を疑った。《声》が聞こえた。いや、聞こえたのではなく、頭の中に響いてきた。それはキリトのリラン、アスナのユピテルがそれぞれ《使い魔》の形態になっている際の会話方法と同じだった。

 

 ここにはいない《使い魔》達と同じやり方で、聞いた事のない男性の声色の《声》がしている。自分達以外の存在は認められないので――水の狼竜が《声》を発していると判断するほかない。

 

 そして水の狼竜は、攻略組という単語を発した。攻略組とは、SAOでアインクラッドに閉じ込められていた際に、積極的に攻略を行い、ボスと戦って、アインクラッドとSAOからの解放を目指して戦った者達の通称だ。

 

 これを知っているのは基本的にはSAOに閉じ込められていたプレイヤー達のみであり、SAOに閉じ込められなかった者達が知っている事などない。なのに、この水の狼竜はそんな情報を知っている。

 

 何より水の狼竜は流暢に言葉を紡いでいて、自我がしっかり存在しているような素振りを見せていると来ていた。信じられない事の連続で、頭が付いていくので精一杯だ。

 

 その中でわかった事をクラインは口走る。

 

 

「待て待て待てよ! なんでそんな事知ってるんだよ!? いやそもそもお前、そんなふうに喋れるってどういう――」

 

《おれか? おれはお前らを狩りに来ただけだ。お前らの持ってるものを渡してもらうためになッ!》

 

 

 次の瞬間、水の狼竜は身体をぐるりと回した。リランもよく繰り出す回転攻撃――ラリアットみたいなものだ。水の狼竜の身体の水に手を取られていた仲間達は後方へ吹っ飛ばされた。同時に水の狼竜の身体から水球が飛び、倒された仲間達の許へ落ちる。

 

 ばしゃんと水球が弾け、仲間達を中心に青い水たまりが出来上がった。あくまでオーグマーが作っている仮想世界の水であり、そこに水はないし、濡れてもいないが、仲間達は全員ずぶ濡れになってしまっていた。

 

 

「お前ら、大丈夫か!?」

 

 

 仲間達はクラインの呼びかけに応じるように立ち上がる。濡れはしたものの、あまり大きなダメージを負っているわけではないようだ。あの水の狼竜は確かにリランやユピテルに似ている。もしかしたら同じようなAIかもしれない。だが、その強さはリランやユピテルの方が上なのだ。

 

 

「何言ってんだかさっぱりだけどよ、お前、オレ達から何か奪うつもりなのか。それなら渡せるものはねえし、そもそもお前、奪えるのかよ!」

 

 

 わざとらしく挑発すると、水の狼竜が視線を向けてきた。言葉に反応できるくらいに、水の狼竜は高い知性を持っているようだ。

 

 

《……そんなに余裕をかませるとは、何か大きな勘違いをしてるんだな》

 

「何をぅ?」

 

《ここはどこだ? 仮想世界か? そうじゃない――現実世界だろ?》

 

 

 水の狼竜が問いかけた次の瞬間、仲間の一人に紫の閃光が走った。驚いたクラインが振り向いたと同時に大打撃が加わったような鈍い音がして――仲間の一人は血を吐いた。

 

 

「な……!?」

 

 

 仲間を襲っていたのはプレイヤーだった。紫の光のラインが走るコート状の戦闘服に身を包んでいる背の高い男。それはまさしく、昨日のボス戦で姿を現したオーディナル・スケール内ランキング二位のプレイヤーであり、水の狼竜の主だった。

 

 

「現実世界じゃなきゃ味わえないだろう、その痛みは」

 

 

 男は拳を引き抜くと、目にも止まらぬ速度で仲間達に打撃を叩き込んだ。そのどれもがパンチとキック、タックルと言った肉弾的なものだが、どれもが目に留まらない勢いと速さで繰り出されている。あまりの速度が出されているせいで、男の動きに残光が出来ている有様だ。

 

 普通の人間が放とうものならば、その身体が砕けてしまいそうなくらいであるが、男は平然とそんな勢いを出せていた。

 

 まるで違う世界にいる、人の姿をした別の何かだ。まさしくオーディナル・スケールの世界観に登場する敵、異界の使者だった。

 

 

「《ネモ》、もう一撃だ」

 

 

 その得体の知れない何かが指示を出すと、水の狼竜は身体を一瞬振るわせた。同時に水の狼竜の纏う青い水に――白いスパークが起きた。

 

 クラインが声を出すより先に水の狼竜が頭をぶんと振り降ろすと、白い稲妻が仲間達の許へ落ちた。空気が巨人の腕で切り裂かれるような轟音と共に、水で濡らされた仲間達を白い雷が襲う。

 

 水を被っていると電気がどれ程通りやすくなるか、感電の威力が大きくなるかは、クラインは嫌というほど知っている。

 

 水に濡らされたうえに、男に物理的に叩き伏せられ、雷を浴びせられた仲間達を認めた直後――仲間達の身体の下にある水たまりが一瞬で蒸発して爆発、仲間達を続けて吹っ飛ばした。

 

 打撃を受けて動けなくなっている仲間に、狼竜は容赦なく追撃をし、その指示をした男。

 

 

「て、てめぇらああああああああッ!!!」

 

 

 次の瞬間クラインは叫び、男に斬りかかった。怒りで目の前が赤くスパークしているが、男の姿はくっきりと見えている。SAOの時から敵を叩き伏せてきた刀と同じ物であると思っている刀で一閃を仕掛けると、男はすんと軽く後ろにステップして回避した。

 

 迷わず追撃してあらゆる方向からの斬り下ろし、斬り上げを繰り出すが、男には一発も当たらない。男が避けているというより、刀が男の居ない虚空に吸い込まれて行っているかのようだ。

 

 

「おいおい、その程度か。もっとすごいのが出せるだろ、攻略組」

 

「この、野郎――――ッ!!」

 

 

 クラインは怒りに任せて刀を振るい続けたが、やがて思い切り斬り下ろしたその時、

 

 

「遅すぎるんだよ、VR漬け」

 

 

 男の手刀がクラインの手元を襲った。目にも止まらぬ速さで繰り出された一撃はクラインの手から刀を落下させたが、同刻クラインは手から生じる鈍い痛みと衝撃に目を剥いた。手刀を受けた位置から先が、びりびりとしてしまって動かせなくっている。衝撃が骨にまで伝わっているかのようだ。

 

 

「もっと楽しもうぜ?」

 

 

 気付いた時には男がクラインの右手首を掴み取っていた。そのままぐんとクラインの右手を背中へ無理矢理回させ、持ち上げる。間もなくして、ごきりという嫌な音と共に右腕に激痛が走り、クラインは絶叫した。

 

 

「ぐあああああああああッ」

 

 

 右手から感覚が消えているのに、尋常ならない痛みだけは継続している。こんな痛みが存在しているというのが信じられなかった。最早何が起きているのかわからず、クラインは呻くしかできない。

 

 やがて男に掴まれている位置がへし折られた右手から項になっていた事に気が付いた頃、男の声が続いてきた。

 

 

「おい、目を閉じるな。面白いものが見えるぞ」

 

 

 男に言われるままクラインは目を開けた。自分の身体は濡らされていた。水色の水に全身を浸されてびしょ濡れにされている。

 

 そして目の前にいるのは、男がネモと呼んだ水の狼竜。

 

 

「……!!」

 

 

 そのネモは今、自らの頭上に巨大な水球を作っていた。渦潮のような波紋を描いて渦を巻いている、ネモの身体とほとんど同じ大きさの水の球だ。ネモは上体を起こして、水球の大きさを増させている。力を溜め込んでいるかのように。

 

 

「あ、あ、あ」

 

 

 クラインが呻くや否や、ネモはぎらりとクラインを睨み付け、起こしていた上体をゆっくりと倒した。ネモの両前足が地面に着くと、水球が移動を開始する。じりじりとじれったささえ感じさせる速度で、水球はクラインへ近付いてきていた。

 

 

「うわ、うあ、うああああ――ッ」

 

 

 一気に来たのであれば恐怖も何もなかっただろう。だが、水球は明らかに遅い。もっと早く動かせるはずのものを、あえてゆっくりと動かしているかのように。それがクラインの恐怖を誘った。

 

 

 じわじわ、じわじわと水球は迫り来る。

 

 渦巻く水が迫り来る。

 

 

「あああああああ――ごぶッ」

 

 

 ネモの作り出した水球はクラインの頭を呑み込み、悲鳴さえも呑み込んだ。

 

 

 

         □□□

 

 

 《英雄の使徒》である剣の恐竜との戦いは、プレイヤー達のファインプレーもあって優勢に進んでいた。剣の恐竜の繰り出す攻撃は、やはりその剣のような形状の尻尾と、体格を利用したものが多かった。

 

 身体を回す事で必然的に繰り出せる回転斬りは勿論、尻尾を叩き付ける事での斬り下ろしなど、最早恐竜というよりも、大剣を使う戦士だ。

 

 もしかしたらソードスキルまで使うのではないかと思っていたが、流石に剣の恐竜にそこまでやれる力はなかった。

 

 そんな近接攻撃オンリーの剣の恐竜と、対物ライフルを得物として戦うシノンの相性は抜群に良かった。リラン達ドラゴンが放つブレス攻撃のようなものは持っていない剣の恐竜は、後衛側に被害を出させられなかった。

 

 しかも後衛側がターゲットを取ってしまっても、前衛側やタンクがすぐに攻撃してターゲット移行をさせてくれるので、後衛側にはほとんど攻撃が飛んできていない。おかげで撃ち放題、狙い放題だった。

 

 

「……はぁ――ッ……」

 

 

 深く息を吸い、狙いを定めて引き金(トリガー)に指を掛ける。これまでの自分からは考えられない光景だろう。対物ライフルという形は違えど銃を持って戦っているなど。

 

 愛莉からの治療を受け、和人に受け入れられ、その《使い魔》であるリランに力を使われ続けたにより、シノン/詩乃の持っているトラウマ、宿痾(しゅくあ)は表面化しなくなってきていた。もしかしたら、宿痾は去ったとさえも思えた。

 

 だが、真実は違っていた。詩乃は未だに銃を見れば忌まわしき宿痾に苛まれ、記憶は蘇ってくる。苦しくなって動けなくなり、何もできなくなる。何も治ってなどいなかった。

 

 それが詩乃は悲しくて仕方がなかった。このトラウマがあるうちは、きっと和人達と本当に幸せになる事など出来ない。愛する人達に迷惑をかけ続けてしまう。

 

 だから詩乃は、一刻も早くこのトラウマに打ち勝ちたかった。だが、そう思っても実際は、銃を見れば一気にパニック発作が出てしまうほど、宿痾は簡単に目覚めるものになっていた。

 

 そんなある時、このオーグマーに搭載されているオーディナル・スケールをプレイしたところで驚くべき自体に出くわした。

 

 オーグマー装着者の身体的特徴などを読み取り、最も得意とする武器を割り出して装備させるオーディナル・スケールの機能が詩乃に働いた際に現れた武器は、対物ライフルだったのだ。それは忌まわしき宿痾を呼び起させる銃に他ならなかった。

 

 そんなものが目の前に出てきた詩乃は、思わず声を上げて驚いた。だが、詩乃が本当に驚いたのはそれの出現ではなかった。対物ライフルを見ても、平気だったという事だ。明らかに銃が目の前にあるのに、発作も何も起こらない。苦しくもなんともなかったのだ。

 

 手に持って、その冷たい鉄の感触を抱いてみても、何も変わらなかった。宿痾は目覚めなかった。それどころか、対物ライフルは妙に手に馴染んでさえいた。まるでSAO、ALOの時に使っていた大弓が対物ライフルに転生して、再び目の前に現れてきたかのような感じもした。

 

 その武器の出現に和人もリランも仰天した。どちらも「大丈夫なのか!?」と顔を青くして聞いてきたが、詩乃はただ「何も起こらない、これで戦える」という事実を伝える他なかった。

 

 その後、対物ライフルを手にした詩乃/シノンはオーディナル・スケールに打ち込んだ。大弓を使っていた頃の感覚を呼び戻し、自らの身体にトレースさせ、再現すると、銀の未来武器的な外観の対物ライフルはシノンに使われるまま、大口径弾でオーディナル・スケールのモンスター達を撃ち、貫いた。発作は襲ってこない。宿痾も目覚めない。

 

 確かに銃を持って戦っているのに、何も起きない。突撃銃(アサルトライフル)やら拳銃(ハンドガン)やらを持って戦う他プレイヤーの様子を見ても、発作は起きなかったのだ。

 

 どうして――? シノンは信じられなかったが、これ以上ないくらいに嬉しかった。

 

 そして思い付いた。もしかしたら、オーディナル・スケールに打ち込み続け、敵をこの対物ライフルで倒し続ければ、自分の中に眠る忌まわしき宿痾を撃ち滅ぼせるのではないか。この対物ライフルは、銃弾を放つ度に宿痾にも浴びせ、いつか殺してくれるのではないか。

 

 トラウマという寄生虫を完全に殺虫し――今度こそ和人達と本当に幸せになれるのではないか。

 

 その考えを、医師であった愛莉は肯定(こうてい)した。「理屈はいまいちわからないけれど、仮想世界での銃は平気なのかもしれない。もしかしたらオーディナル・スケールをやって、銃を使い続ければ、詩乃自身が銃を平気な物と認識するようになるかもしれない」と。

 

 彼女の言うとおり、理屈はいまいちわからないが、オーディナル・スケールでの、仮想世界での銃は平気なのだ。ならば、この銃が平気になれる世界に浸かり続ければ、現実世界でも平気になれるかもしれない。

 

 このオーディナル・スケールに、仮想世界の銃に希望はある――シノンはそう信じ、オーディナル・スケールに打ち込んだ。

 

 自分を受け入れてくれた和人と、皆のために。

 

 

「……!」

 

 

 スコープを通して見える景色の中で剣の恐竜は暴れている。相変わらず前衛の攻撃に気を取られているようだ。その中にはアスナとフィリアも混ざって、果敢に攻撃を仕掛けていた。

 

 SAOからそれぞれ細剣、短剣を使いこなしている彼女達の動きは、かなり機敏に見える。現実世界の身体で戦っているというのに、仮想世界での戦いとの違いがそんなにない。二人とも運動は欠かしていないようだ。――和人と違って。

 

 和人は元からあまり外に出る事を好んでおらず、オーディナル・スケールでも運動不足による動きの鈍さが頻繁に見受けられる状態だ。戦いになっても自力で動くよりも《使い魔》のリランに攻撃させている事も多い。

 

 オーディナル・スケールをやらないデメリットは、和人からすればないけれども、それでも見過ごす事は出来ない。後で何かしら言っておいた方が良さそうだ。思考を巡らせながらスコープを覗き続けていると、剣の恐竜の動きがやや遅くなった。

 

 尻尾の大聖剣で回転斬りを放った直後に、剣の恐竜の動きは鈍るというのは既に掴んでいた。剣の恐竜が次の動きに出るまでに二秒近くの猶予はあるだろう。シノンはすかさず剣の恐竜に標準を合わせ――、

 

 

「……発射(ファイア)

 

 

 口を動かすと同時に引き金を引いた。口径や大きさは、軍隊(ミリタリー)オタクのシュピーゲル/新川(しんかわ)恭二(きょうじ)ならば見ただけで分かるのだろうが、シノンはそこまでの知識はないのでわからない。

 

 だが、いずれにしても戦車や装甲車、戦闘機と言ったそれぞれ地、空を支配する機械達を(ほふ)るためにある銃弾は、一秒もかけないうちに剣の恐竜の身体に命中した。剣の恐竜が大きくよろけて、同時に手応えが生じる。SAO、ALOで大弓を持ち、矢で敵を撃ち抜いた時に生じるものと同じだった。

 

 懐かしくて、不思議で、心地が良い手応え。

 

 やはりこの銀の対物ライフルは、SAOの時に使っていた大弓が転生して、自分の手へと帰って来たものなのかもしれない。その感覚が、シノンの中に高揚感を生み出した。

 

 この武器ならば、私は戦える。

 このライフルと一緒なら、きっとトラウマにも勝てる。

 勝てるようになって見せる。

 

 シノンが胸の内にそう言い放つと、剣の恐竜は体勢を立て直し、身構えた。間もなく尻尾の大聖剣に光が集い、刀身そのものが光に包まれていく。溜め攻撃に出るつもりだ。渾身の大技を放ち、この状況を逆転させようとしているのだろう。

 

 あれだけの光を集めているのだから、ただの大技とは思えない。剣撃を飛ばすような馬鹿げた技になっている可能性もあるだろう。そうなれば後衛は一溜りもない。

 

 どうするべきか――対物ライフルのスコープから目を離したその時だった。

 

 

「大技が来るぞッ!」

 

 

 声と共に一つの人影が戦場に躍り出てきた。SAO、ALO、《SA:O》で着続けているものに似た、紫の光のラインの走るコート型の戦闘服に身を包み、片手剣を装備した青年であった。昨日のボス戦にも姿を現した、ランキング二位のプレイヤーだ。

 

 

「あいつ!」

 

「え!?」

 

 

 シノンが独り言ち、アスナが驚いた直後に、青年は戦場を駆け廻り始めた。昨日のフリーランニングやパルクールのような動きではなく、普通の人間の速度だった。

 

 

「あいつの大技は回転斬りだ。タンク全員で受け止めて、力いっぱいパリングしてやれ!」

 

 

 青年はまずタンクに声掛けすると、すぐに前衛の戦士達の許へ向かい、更に声掛けする。

 

 

「タンクがパリングしてあいつの動きを止めたら、脚を攻撃して転ばせろ!」

 

「えっ、う、うん!」

 

 

 戦士達に混ざるフィリアが答えると、青年はシノンの近くの後衛の許へ向かう。そしてまた声掛けした。

 

 

「あいつが転んだところに弾幕を浴びせろ。ロケット弾やライフル弾を持ってる奴はそれで止めを刺すつもりでやれ!」

 

 

 シノンを含まない後衛の者達の返事を聞くと、青年は前衛の戦士達の許へ戻った。あざやかで流れるような指示の出し方だった。SAOの時に《聖竜連合》という攻略組ギルドのリーダーと、攻略組の司令塔を担っていたディアベル、そして《血盟騎士団》の二代目の団長に就任していたキリトを思い出させる。

 

 まるでどこかで二人を見ていて、その研究をとことんやったかのようなやり方だ。シノンはそんな青年に驚くしかなかったが、やがて剣の恐竜の出した音で我に返らされた。剣の恐竜の尻尾に光が集まり、最早水色のビームソードと言っても謙遜のないものになっていた。剣の恐竜の必殺技が来る。

 

 

「来るぞ!」

 

「来やがれ!!」

 

 

 剣の恐竜の動きを見た盾持ちのプレイヤー達が十人ほど前衛の前で盾を構えた。アスナとフィリアを含んだ前衛が盾持ちの後ろに隠れた直後に、剣の恐竜はついに溜めた力を解き放った。

 

 ぶぅんっというレーザーブレードが振られるような音を出し、剣の恐竜は光の刃となった尻尾で回転斬りを放った。

 

 尻尾は盾持ちの盾に吸い込まれていき、激突。鋭い金属音が大気を、衝撃波が地面を走る。だが青年の指示通り、盾持ちの者達は剣の恐竜の尻尾を瞬時に弾き返した。十人ものプレイヤーに力を込められた剣の恐竜の尻尾は明後日の方向へ引っ張られる。パリングに成功したのだ。

 

 

「今よ!」

 

「そこぉ!」

 

 

 体勢を崩した剣の恐竜に、アスナとフィリアを含んだ前衛が走り出し、その足元へ一斉に攻撃を繰り出した。打撃と斬撃、突撃の嵐が吹き荒れると、剣の恐竜の動きが一気に遅くなる。

 

 

「はぁあッ!!」

 

「たああッ!!」

 

 

 そしてアスナの細剣、フィリアの短剣による一撃がそれぞれ剣の恐竜の両脚に放たれると、ついに剣の恐竜はダウンした。

 

 

「今だ、撃ち込め!」

 

 

 後衛の一人、突撃銃使いが叫ぶなり、一斉射撃が開始された。無数の弾丸、擲弾が倒れた剣の恐竜に次々と突き刺さり、大爆発を起こす。その中でシノンはライフル弾を放たなかった。スコープを覗き、ずっと剣の恐竜を見ていた。

 

 土煙のエフェクトが晴れた次の瞬間、攻撃の雨を浴びているはずの剣の恐竜は立ち上がって、暴れ出した。読みが当たった。青年の言うとおりにすれば確かに剣の恐竜に甚大なダメージを与えられるだろうが、そのまま倒し切れるかというのが疑問だった。

 

 もしかしたらもう一撃必要になるのではないか――そう思ってリロードが必要になる弾丸を放たないでいたが、正解になった。

 

 

「足りなかったか。ネモ――」

 

「足りるわよ」

 

 

 青年に言い返したシノンは、引き金を引いた。銃というより大砲に近しい発射音を立てて大口径弾が放たれ――剣の恐竜の胸を貫いた。そこは恐らく獣脚類の心臓がある場所だったのだろう、剣の恐竜は悲鳴を上げる事なく硬直した。

 

 すぐさま、剣の恐竜の身体は無数のガラス片となって爆散、かと思えば一気に収束して消えた。オーディナル・スケールのボスモンスターが倒された際の、独特のエフェクトだった。直後、ユナの歌が終わり――ダークファンタジーのレイヤーが外れて、世界が現実世界の相貌に戻された。

 

 戦いが終わった。シノンが一息吐くと、プレイヤー達が喜びの声を上げ始めた。「ポイントすげぇ」などの声が上がっている。見てみると――シノンの持っているポイントは上がっていないのが確認できた。

 

 

「「あれ」」

 

 

 独り言が誰かの声と一致した。誰かの声の方が更に続く。

 

 

「貴方って確か、昨日も居たよね。今日はおめでとう!」

 

 

 そう言って近付いて来ていたのは、歌姫のユナだった。口振りは――昨日シノンの大切な恋人の頬に口付けをした時と酷似している。きっと昨日みたいに「今日のMVPは貴方だよ!」なんて言って頬にキスするつもりなのだろう。

 

 

 ……誰にも許していないキリトへのキスをしたユナ。キリトに必要のないものを本人に許可も取らず無理矢理付けた歌姫。

 

 

 そのユナを見ていると、やがてその足が止まったのが見えた。表情は苦笑いになっている。

 

 

「あら、そんなに敵意を向けられてると……出来ないね。残念」

 

 

 周りからも「えぇ……」「なんか怖え顔……」と言った声が聞こえてきていた。どうやら自分は余程怖い顔をしてユナを睨み付けているらしかった。だが、それがユナ避けになってくれているようで、丁度良くもあった。

 

 

「まぁいいわ。またね」

 

 

 ユナはそう言って、消えていった。ぴろんというポイント加算のSEが聞こえたそこで、ようやくシノンは臨戦態勢を解除する。すぐに、アスナとフィリアがやってきた。二人揃って戸惑ったような顔をしていた。

 

 

「し、シノのん、なんでそんな怖い顔してユナを見てたの」

 

「別に」

 

「ユナはARのアイドルなのに……もしかして何かあったの、シノン」

 

「別に」

 

 

 アスナもフィリアも困ったような顔をしていた。二人は昨日の事を知らないようだ。話をしていないので当然なのだが。

 

 

「シノン姉ちゃん、大丈夫ですか。どこか悪いところはありませんか」

 

 

 そう声を掛けてきたのは、アスナの隣にいるユピテルだった。どうやら自分が持っている銃についての心配をしているらしい。その結果をシノンは話す。

 

 

「えぇ、どこも悪くないわ。これならいける。……今度も行ける」

 

「そうですか。それなら良かったです。何もないが、一番ですから」

 

 

 そこでシノンは気が付いた。そういえばユピテルはアスナの《使い魔》なのだが、今の戦いには出てこなかった。

 

 

「ユピテル、あんたは戦わなかったの。あんたアスナの《使い魔》でしょ」

 

「はい。ですがぼくはねえさんより特殊な《使い魔》ですので、あまり人前に出たくないと言いますか……」

 

 

 確かにユピテルの《使い魔》形態は、青い電気エネルギーで身体を構成していて、その身体の所々が金属で出来ていて、肩から二本の腕が生えているという異様な姿だ。

 

 《SA:O》でも周りのプレイヤーから不可解な目で見られるがあったのに、ここで見せたらもっと不可解な目で見られるになりそうだろう。ある意味では妥当な判断だ。

 

 

「エイジ……まさかあんなができるようになってただなんて」

 

「アスナ?」

 

 

 フィリアと一緒にアスナに声を掛ける。彼女はどこか遠くを見ているようだった。しかしすぐにアスナは、シノンへ顔を向け直してきた。

 

 

「シノのん、あのランキング二位のプレイヤー、《血盟騎士団》に居た人かもしれない」

 

「え、そうなの」

 

 

 アスナは頷いた。あの二位のプレイヤーのSAOでの名前はノーチラスと言っていた。真面目で素質もあり、実力こそは低くなかったのだが、死の恐怖が克服できず、一度もボス攻略戦に参加する事は出来なかったという。

 

 それがあのランキング二位の青年だというのは、信じられる話ではなかった。シノンは首を傾げるしかない。

 

 

「あの忍者が、元血盟騎士団の幽霊団員?」

 

 

 思わず言った事に、三人が苦笑いする。最初に反応したのはフィリアだった。

 

 

「に、忍者に幽霊団員って……」

 

「シノン姉ちゃんの言った事、アイリが言い出しそうです……」

 

 

 ユピテルに言われ、シノンは「そう?」と返す。いずれにしてもあのパルクール青年が血盟騎士団の、戦闘不参加者だというのは信じられなかった。随分とプレイスタイルが変わったとか、そういうレベルではない。そしてそんな青年の名前はちらと見えたが――エイジとあった。

 

 

「そういえばあいつ、昨日のボス戦にも来てたわ。それでリランとは違う狼竜を《使い魔》にしてたわよ」

 

「え、あの人も《ビーストテイマー》なの」

 

 

 アスナの驚きにシノンは頷く。昨日水の狼竜を操るエイジを見たのだ。

 

 

「えぇ。でも血盟騎士団の団員だったなんて……」

 

 

 エイジは元血盟騎士団の団員で、今は水の狼竜を連れている。狼竜であるという点は、血盟騎士団の二代目団長であるキリトの《使い魔》リランと同じ。何かの偶然とは思えなかったが、考えても答えに辿り着けそうになかった。

 

 

「まぁいいわ。ポイントもがっぽりもらったし、やっぱり《英雄の使徒》はお宝だね! 参加できてよかった!」

 

 

 唐突にそう言ったのがフィリアだった。見れば、続々とプレイヤー達が帰路に着いている。時刻は九時三十分になっていた。帰り時だ。

 

 

「そうね。とりあえず皆、お疲れ様!」

 

 

 アスナの声に三人で「お疲れ様」と返す。ひとまず戦いは終わった。帰るべきところに帰らねばならない。「気を付けて帰ろう」と皆で言い合うと、来た道を戻り始めた。アスナとユピテルとはすぐに分かれ、フィリアとまた一緒になる。

 

 二人の帰り道の途中でフィリアは琴音へ戻り、シノンも詩乃へ戻った。その中で琴音が話しかけてきた。

 

 

「遼太郎さん達、結局来なかったね」

 

「都合が付かなかったんでしょ。まぁ、次も出てくるでしょ」

 

「そうだろうね。それにしても詩乃――」

 

 

 琴音の言葉を遮ったのは、詩乃のスマートフォンだった。民族楽器の音楽を奏でて、ぶるぶると震えている。取り出してモニタを確認すると、通話が着ていた。通話開始にして耳元に当てると、声が聞こえてきた。

 

 

《詩乃、試しにかけてみたけど、終わったのか》

 

「えぇ。終わったわよ。これから帰るわね」

 

 

 話し相手は、詩乃の想い人だった。

 

 

《出ていったのが七時半くらいで……え? 今終わったんなら、どこまで行ったんだ》

 

「代々木公園だから……一番近い駅で原宿ね」

 

 

 想い人から驚きの声がした。

 

 

《原宿!? そんな遠くまで行ってたのか》

 

「えぇ。でも大丈夫よ、しっかり帰るから」

 

《……原宿ならマンションの方が近いな。やっぱりわざわざ家に来なくても――》

 

 

 詩乃はむっとした。ちゃんとわかるように話す。

 

 

「もう荷物も色々置いてってるのよ。ちゃんとそっちに帰るから、安心して。けど電車に乗ってもそっちまで一時間以上かかるから、着くの十時半くらいかしらね」

 

《十時半なら別になんともないよ。それじゃあ、気を付けて帰って来てくれよ》

 

「うん」

 

 

 そう言って詩乃は通話を終了した。すぐさま琴音が声を掛けてきたが、かなり驚いたような顔をしていた。

 

 

「詩乃ってSAO生還者マンション暮らしじゃなかった? なのに一時間以上って……どこから来てるの?」

 

 

 詩乃は「ふふっ」と笑ってから、答えた。

 

 

「……川越(かわごえ)

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。