キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 長め。

 そして文字装飾(特殊タグ)機能なるものを実験的に適用。今後も使用するかは未定。



08:奪い来る者 ―使徒との戦い―

          □□□

 

 

「《風林火山》のクライン……これでこいつらは全員か」

 

 

 鋭二(えいじ)は独り言ちて、手に持っている本に赤ペンでバツ印を付けた。そこには《風林火山》のリーダーであるクラインの供述と、その仲間達の情報があった。昨日の戦いで、こいつらからの奪還は成功した。調子はいい方に入っている。

 

 

「上手い具合に集まって来てるぞ、鋭二」

 

 

 その考えを肯定する声がして、鋭二は向き直る。ヴァンとユナの姿がそこにあった。ユナは金色の珠が沢山入ったガラスポットを抱えて、満足そうに笑っている。

 

 

「そうだよそうだよ。昨日でこんなに沢山手に入っちゃった!」

 

 

 ユナはとても嬉しそうにガラスポットの中を見ていた。ガラスの外からでも見える金色の珠の数が増しているのには、鋭二も思わず笑んだ。計画が上手くいっているという証拠に他ならないのだから。

 

 すぐにヴァンが鋭二に歩み寄り、背伸びして鋭二の手元の本に目をやり始める。

 

 

「《風林火山》……連中は意外と大した事はなかったな。やはりVR漬けになっている奴はそこから摘まみ出せば弱い」

 

「そのせいか? 《風林火山》の連中から取れた分が少ないのは」

 

 

 確かに風林火山から奪い返す事に成功はしたが、取れた量は鋭二の期待を下回っていた。もっと取れるはずではないかと思ったのに。ここだけは上手く行っていない。

 

 それは、あいつらがARでは弱いからではないかと思っていた。それをヴァンは否定する。

 

 

「それとは関係ない。そもそも《風林火山》の連中の記憶はそんなに濃くない。クラインからあまり取れなかったのも、恐らくあいつが疑似体験を見せられたりしたせいだろう」

 

「つまり、記憶が濃い奴をターゲットにするべきという事か」

 

 

 ヴァンは鋭二にページを捲るように言ってきた。従って鋭二はページを捲り、あるところで止める。そこに書いてあった事を(そら)んじようとしたその時に――、

 

 

「『俺が二本の剣を抜いて戦い、白き竜が君臨した時、勝利は決まる』。なにこれ、カッコいい!」

 

 

 ユナが先に諳んじていた。何か面白いものを見たように笑っている。だが、鋭二もヴァンもそんな気にはならなかった。ユナと真逆の顔で、そのページを睨んでいる。

 

 

「……狙うべきはこいつか、ヴァン」

 

「あぁ。血盟騎士団二代目団長。SAOの英雄。《()り逃げ男》の討伐者。そんな肩書を持ってるこいつは、これ以上ないくらいに相応しいだろう」

 

 

 自分の居たギルドの団長にいつの間にかすり替わり、そのままSAOをクリアしたとされる二刀流剣士であり、狼竜使いの英雄。それほどの者が自分の求めているものを持っていないわけがない。鋭二は既に結論付けていた。

 

 

「それに、こいつの近くにいる副団長からも――クソ姉貴とクソ兄貴からも取れる」

 

 

 ヴァンの声と雰囲気はいつにもなく攻撃的だった。倒すべき敵を見つけ出したかのような感じだ。

 

 

「クソ姉貴とクソ兄貴か……こいつらはかなり強くなっているし、クソ姉貴の方はすさまじく強い。それでもお前は戦うのか、ヴァン」

 

「おれが弱かったのは過去の話だ。それにクソ姉貴とクソ兄貴がその過去でやるべき事をしなかったせいで、あんな事が起きたんだ。あの二人だけじゃない、生き残った姉貴共もそうだ!」

 

 

 ヴァンは激昂していた。ヴァンは彼の言う姉貴と兄貴の話をした際、高い確率でこうなる。それほどヴァンは姉と兄の事を恨み、憎んでいる。

 

 そう思っているのは鋭二も同じだ。ヴァンの姉と兄、そして他のプレイヤー達が原因で、あの悲劇は起きた。ヴァンの気持ちは痛いくらいにわかる。

 

 自分が《ビーストテイマー》で、ヴァンが《使い魔》ならば、自分達程心の通い合った《ビーストテイマー》と《使い魔》はいないだろう。だからこそ、鋭二は勝てる気がしてならなかった。

 

 ヴァンと一緒に、取り返すべき物を取り返すのだ。

 

 

「そうだな……今夜は大仕事になるぞ。待っていろ」

 

 

 鋭二は開かれたページを睨んだ。

 

 

 

 

《血盟騎士団二代目団長 黒の竜剣士 キリト》

 

 

 

 

 そう書かれていた。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 デートをひとまず終えて、共に家に帰った和人と詩乃は《SA:O》へダイブした。

 

 そこではアスナ、リズベット、シリカ、フィリア、ディアベル、イリス、ユピテル、カイム、ユウキが既に和人/キリトの家の一階に集まっていた。呼んだのはリラン、ユイ、ストレアの三人であり、ひとまず集められる全員を集められた彼女達はある図を見せつつ、わかった事を話してくれた。

 

 彼女達が突き止めた事とは、オーディナル・スケールのボスバトルイベントの場所と旧アインクラッドの共通点だった。オーディナル・スケールでのイベント、《英雄の使徒》が出現した東京都内の場所の地形が、旧アインクラッドの迷宮区の地形とぴったりと一致しているという事だった。

 

 旧アインクラッドというのは、SAOの舞台だったアインクラッドの事を指し示しており、《SA:O》に厄災が起きた際に出来上がったアインクラッドの事ではない。かつてデスゲームの舞台となった旧アインクラッドの地形だ。そんなものが何故か、オーディナル・スケールの《英雄の使徒》が現れる場所が重なっている。

 

 いや、正確には旧アインクラッドの迷宮区の地形と照らし合わせる事の出来る最寄りの公園や施設内などに《英雄の使徒》が出現している。それが彼女達からの話だった。

 

 何故旧アインクラッドの地形とオーディナル・スケールの《英雄の使徒》が現れる場所が重なっているのか。当然キリトはそんな疑問を抱いて、ユイとストレアに聞き込んでみたが、彼女達はそこまで掴めては居なかった。

 

 代わりに帰ってきた答えとは、本日の二十一時に東京都渋谷区にある《恵比寿ガーデンプレイス》にて、《英雄の使徒》が出現する可能性が非常に高いというものだった。

 

 《英雄の使徒》との戦いでは多額のポイントやクーポンを受け取れるメリットもあるが、《英雄の使徒》と戦い続けていけば、もしかしたらそのうち旧アインクラッドの地形と重なった場所にそれらが出てくる理由も掴めるかもしれない――それがリラン達からの話だった。

 

 場所が事前にわかっておけば、仲間達全員でイベントに参加する事が出来る。尚且つ《英雄の使徒》と戦う際にはユナに出会える可能性が高い。その話にシリカが最初に食いつき、リズベットとアスナもパーティプレイしたいと言ってそれに同調。

 

 ディアベルとフィリアはユナが出るかどうか以前に「《英雄の使徒》と戦いたい」と意見を述べてオーディナル・スケールに参加を決定。

 

 キリトとシノンとリランの三人のうち、シノンは自ら進んで戦いたいと言い出し、キリトとリランはオーディナル・スケールで戦うという事で参加決定。全員が今夜の二十一時に恵比寿ガーデンプレイスに揃う事となった。

 

 

 予定が決まった後、話の主催者はイリスへと移った。中期休暇をもらっているイリスは今、セブンにとある宿題を出しつつ、自分はオーグマーの解析をやっているのだという。

 

 まず、セブンへ出した宿題とは、プレミアとティアのコンバートだ。イリスが作り出した《電脳生命体》であり、事実上彼女の産んだ娘である二人は、《SA:O》にしか具現化出来ず、リラン達ユイ達のように他のゲームにコンバートできない。彼女達はこの《SA:O》にロックされている状態なのだという。

 

 そのロックを解除し、その他のゲームに彼女達をコンバートできるようにするというのが、イリスがセブンにやらせている事だった。セブンは茅場晶彦の右腕と評されたイリス/芹澤愛莉に挑めるという事で躍起になり、研究室に閉じこもってプレミアとティアにされたロックの解除に挑んでいるという。

 

 プレミアとティアがこの場にいないのは、セブンのロックの解除作業のためだというのが、リラン達から説明された。

 

 そしてイリスは本題に入った。彼女はオーグマーの基幹プログラム群に解析を試みたそうだ。その際一緒に作業に当たっていたストレアが、オーグマーの基幹プログラム群内に正体不明のプログラムを発見したという。

 

 当然イリスはストレアと一緒にそのプログラムの解析にも当たったそうなのだが、結局その正体を割り出す事は出来なかったらしい。

 

 「そのプログラムは危なくないか」と、SAO時代から様々な物事の安全面を最大限に考慮してきたディアベルが問いかけたところ、イリスは「正体が割れていないから何とも言えない。ただこのプログラムが原因で何か重大な問題が起きたという話は無いから、オーグマーは安全だ」と結論付けた。

 

 確かにオーグマーはナーヴギアのように使用者の脳を焼き切ったり、使用者の脳をスキャンし続けて、内部に使用者の記憶と人格そのものを内包するような機能はない。そしてオーグマーが原因となっている問題、事件、事故などの話もニュースにはない。オーグマーは安全な機械だ。キリト達もそう結論付けた。

 

 

 話はオーディナル・スケールのボス戦の話に戻され、今夜の二十一時前に恵比寿ガーデンプレイスに集合という事になり、メンバーはアスナ、リズベット、シリカ、フィリア、ディアベル、イリス――は身体の事で観戦――、ユピテル、カイム、ユウキ、リラン、シノン、キリトの全員で集まる予定が組まれた。

 

 しかし、そこに珍しくクラインの姿はなかった。昨日オーディナル・スケールのために代々木公園にやってきていたというクラインは、結局参加しなかったうえに、今日まで抜かしている。

 

 どこかでオーディナル・スケールでの戦いに励んでいる可能性もあるが、何か引っかかるものを感じたキリトは、リランにクラインへ連絡するよう依頼した。コールを鳴らしても、それにクラインが答える事はなかった。

 

 仕方がないので、リランは続けて現実にいるエギル/アンドリューへSNS経由で連絡し、クラインの様子を探ってみるよう頼んだのだった。

 

 

 そしてその後は解散し、各々の休日の昼間を楽しんだ後、一同は恵比寿ガーデンプレイスに結集する事になった。日曜日の夜二十一時前の恵比寿ガーデンプレイスは、元来は家族連れよりもカップルや独身の大人達が行き交う場所だった。

 

 しかし今はオーディナル・スケールのイベントに参加する者以外は立ち入りを許可されず、通行止めになっていた。その通行止めの先に集まっている若者達全員がオーディナル・スケールのプレイヤーであり、キリト達はその中に混ざっていた。

 

 

「キリトさんとご一緒できるなんて、なんだか嬉しいです」

 

「まさか徹底インドアのキリトが出てくるなんてね。明日は雪でも降るんじゃない?」

 

 

 階段に腰を掛けているシリカとリズベットに言われたキリトは、複雑な笑みを返すしかなかった。本当はこんな身体を動かすゲームなどやりたくないが、シノンに怒られたからにはやるしかなかったのだ。

 

 そんなキリトからすれば芳しくない状況を謳歌しているのが、リランだった。

 

 

「我は嬉しい限りだ。こうして新たな世界で戦えるのだからな。どれ程この時を待った事か」

 

「あれ。リランってアミュスフィアが動いてれば、どこにでも行けるんじゃなかったっけ。なのに、外に出られなかったの?」

 

 

 尋ねてきたフィリアに答えたのは、リランの弟であるユピテルだった。

 

 

「ぼく達《使い魔》は、《ビーストテイマー》となるプレイヤーが他のゲームをやっていると、そのゲームに優先的に送り込まれます。なのでねえさんはキリト兄ちゃんが《SA:O》を優先的にやっている事で、オーディナル・スケールに行く事が出来ないんです」

 

「我がやりたいのはオーディナル・スケールであって、《SA:O》ではない。なのにキリトが閉じこもって《SA:O》をやり続けているせいで、全くオーディナル・スケールで遊ぶ事が出来ぬ」

 

 

 リランは非常に不機嫌な様子で視線を送ってきていた。

 

 そう言われたって自分は運動が得意ではないから、オーディナル・スケールに面白味はあまり感じない。正直《英雄の使徒》にだって興味はないし、もらえるポイントもそんなに良い物だとは思っていない。今日だってシノンに怒られなければ、ここへ来る事もなかっただろう。

 

 そんな事を考えるキリトに声掛けしたのはフィリアだった。

 

 

「外に出ないで運動もしないで(なま)ってるの、キリトらしくないよ」

 

「俺らしさはきっとVRMMOで思い切り戦えている事にあると思うんだが」

 

「そう好き嫌いするもんじゃないよキリト君。君は心臓がしっかりしてて、身体を動かすスポーツとかフィットネスとかを楽しむ事が出来るんだ。これだけでも得だと思わなきゃだよ」

 

「そうそう。キリトは頑張らないといけないよ。ボクが退院できたら、キリトの事なんか一気に抜いちゃうんだから」

 

 

 そう付け加えてきたのはイリスとユウキだった。

 

 ユウキはまだオーディナル・スケールで遊べるくらいに身体が回復していないので、アミュスフィアを使ってリランとユピテル、ユイとストレアのような電子の存在となってここにやってきていた。

 

 しかしその外観はVRMMOの時の紫色の長髪ではなく、焦げ茶色のセミロングヘアと近未来的な紫色の戦闘服の組み合わせになっていた。これこそが彼女の本当の姿である。

 

 

「元病人に抜かれたら、それこそ恥ずかしいんじゃないの、キリト」

 

 

 更に毒を飛ばしてきたカイム。オーディナル・スケールでは現実世界と同じ体型で固定されるようになっているため、今の彼はキリトの見てきているチビのカイムだった。自分と同い年なのに、その大きさがユウキやシリカとほとんど差がないのは、違和感がある。

 

 そこに食いついたキリトは、「くくく」と笑いつつ、カイムに反論を試みた。

 

 

「お前だってそうじゃないのか、カイム。お前もそんなにオーディナル・スケールやってるって話しないし。もしかしたらランキングは俺よりも低い――」

 

 

 カイムはジト目になって一枚のウインドウを開き、あるオブジェクトを出現させてキリトの前に突き出した。

 

 それはカイム自身のランキングであり――ランクはキリトより二千以上上だった。

 

 

「キリト、君は今目の前のチビに負けてるよ」

 

 

 キリトは驚愕し、カイムに手を伸ばそうとする。

 

 

「な、何故だ、我が親友よ……お前は俺と同じインドア派じゃあないかぁ……」

 

「ユウキが間近でオーディナル・スケールを見てみたいって言うから、プローブをしっかり固定して、オーディナル・スケールをやってたんだ。ちなみに今日からはユウキと一緒にオーディナル・スケール漬けになるから、もっと上がると思う」

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 

 

 まさか自身と同じインドア派であるはずのカイムにまで追い抜かれるなんて。流石に向ける顔を失ったキリトはがっくりと肩を落とした。

 

 

「ぐぬぬぬ……ん?」

 

 

 しかし、間もなくして大きな音が聞こえてきて、顔を上げた。

 

 丁度真上を見たタイミングで、夜空を駆けていく影がいくつか見えた。一瞬だったが、赤と緑の小さな光も見えた。今のは飛行機だ。けれど旅客機にしては早い。あんな速度を出せるのは戦闘機くらいだろう。

 

 

「今のは戦闘機か?」

 

 

 キリトの問いに答えたのはディアベルだった。髪型こそはVRMMOでの彼そのものだが、その色は漆黒だ。ディアベルと言えば青い髪というイメージがあったので、この彼を最初に見た時は新鮮に感じた。

 

 

「そうだぜ。航空自衛隊とアメリカ空軍の無人航空機(UAV)が試験飛行してるんだよ。オーグマーの回線用ドローンと一緒にさ」

 

 

 その話は前に《SA:O》にログインしてきたシュピーゲルから聞いた。

 

 今現在オーディナル・スケールやVRMMOの発展と成長と一緒になって、AI産業も著しい発展を遂げてきている。流石にリラン達やユイ達のようなところまでは行っていないものの、予め命令された仕事をこなすのは勿論、これまで集めたデータから学習し、その場その場の判断を下したりも出来るようになってきているという話だ。

 

 そのおかげで、最近ではAI搭載型無人タクシーがこの東京を事故なく走っているし、空では無人航空機が飛んでいたりする。オーグマーの回線用ドローンもその一つだ。

 

 更にこの無人航空機に至っては、配達会社がドローンに荷物を乗せ、特定の場所に空輸するという実験もやっている。その調子はかなりいいらしく、後一年くらいあれば正式採用になるかもしれないそうだ。

 

 そして無人航空機と無人自動車は、そのうち戦場で無人戦車、無人戦機、無人戦闘機となって、人間の代わりに戦うようになるという。

 

 戦場で人間が傷つけ合う事も、殺し合う事もなくなって、人間よりもカッコいい機械達が戦うだけで済むようになるんだ――熱を帯びさせてシュピーゲルはそう語っていた。

 

 

「無人航空機かぁ。確かその製作も量産も、AI搭載のロボットがやってるんだろ」

 

「無人航空機とか無人自動車とかだけじゃなくて、工業製品工場はどんどんそっちにシフトして来てるよ。私達が使ってるオーグマーもそうだし、アミュスフィアもそうだ。皆自動機械工場(ロボットキングダム)で作られて出荷されてるのさ。ロボットは文句も言わない、給料もいらない最高の従業員だからね」

 

 

 そう言ったのはイリスであり、口振りはとても彼女らしかった。

 

 確かにAI搭載型ロボットならば、年中疲れずに働き続ける事が出来、従業員もメンテナンスに当たれる者が交替制で少し居る程度で良い。企業や経営者なんかにとっては、願ったりかなったりというものだ。

 

 十数年前はロボットなど試験的に取り入れられていた程度だったが、今やロボットとAIが人間を最大限に助ける時代になっている――主に企業や経営者に隷属する従業員として。

 

 

「でも、父や兄はそんなふうに思ってません。AIもロボットも、ユピテルやリランみたいに、人間と一緒に楽しい思い出や幸せを共有していくものになるべきだって、言ってました。ロボットもAIも、人間を幸せにするため、一緒に幸せになるための存在になるべきだって……」

 

 

 アスナが少し険しい顔になって言ってきた。ユピテルとリランとイリスが最初に、続けてキリト達が向き直る。アスナの表情は、二度もユピテルを喪いかけたからこそのものだった。

 

 そしてその口から出た言葉を、AI開発者であるイリスは肯定した。

 

 

「へぇ、レクトのCEOも捨てたもんじゃないね。そのとおりだよアスナ。人間にこき使われるだけがAIやロボットじゃない、君の言ったように人間と一緒に生きるものとして存在するべきなんだよ。それこそ私の子供達みたいにね」

 

 

 キリト達はイリスの子供達に向き直る。リラン、ユピテル、ユイ、ストレア、プレミア、ティア――彼女達は人間の精神を癒し、人間と共に生きるために作られ、産み出された。その彼女達は今、どの企業の作るAIよりも、どの面から見ても遥かに発展している。

 

 そんな彼女達を見て、イリスは続けた。

 

 

「なのにこき使う事だけ、目先の利益の事だけ考えてる連中がロボットやAIを作ってるから、この子達みたいなAIは登場してこないのさ。目先の利益の事しか考えてないんなら、この子達の領域には絶対に辿り着けないよ。そんな子達を持ててるんだから、大事にしてくれ、皆」

 

 

 実際リラン達は、イリスと茅場晶彦という利益よりも夢を追求した科学者達の手で産み出されたAIだ。だからこそこんなに感情豊かで、人間に対する理解も、愛もあり――《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》という括りで呼ばれるに相応しい。そんな彼女らを大事にしないなど、考えられなかった。

 

 

「って事は、もしかしてユナもリランさん達と同じように、誰かが利益のためじゃない事のために作ったって事なんでしょうか。ユナはAIって聞いてますけど、なんかそんなふうじゃないっていうか……」

 

 

 シリカが挙手するように言う。ARアイドルとして広報され、膨大な数のファンを獲得しているユナはAIであると発表されているが、その行動や言動はAIを超えているのではないかと思える部分もある。イリスが作ったのではないかとも思ったが、イリスからはそれを真っ向から否定されていた。

 

 そのイリスの言葉から考えるに、きっとユナは利益以外の目的を持った人間によって作られているAIだ。一体どんな思いが彼女を生み出したのか――考えこもうとしたその時だった。

 

 

「皆、始まるわ!」

 

 

 シノンの声がした直後、周りの風景が一変した。ビルやショッピングモールと言った建物は魔族の住まう城へ、アスファルトは石畳に塗り替えられていく。時刻は夜の九時、二十一時を指し示していた。イベントバトルが始まったのだ。

 

 風景がダークファンタジーの相貌に変わっていく中、キリト達はそれぞれの武器を持って広場の方へ駆け込んだ。ほぼ同刻に、上部から声がした。

 

 

「皆、準備はいいかなー? 始まるよー!」

 

「ゆ、ユナ! ユナだー!!」

 

 

 皆で見上げて、シリカが大興奮する。高台に姿を見せていたのはユナだった。シリカだけじゃなく、他のプレイヤー達も歓声を上げ始める。憧れの歌姫がやってきた事に、誰もが興奮しているのだ。

 

 

「それじゃあ、戦闘開始! ミュージックスタート!」

 

 

 ユナが宣言すると、キリト達の前方の広場に光が立ち上った。オーディナル・スケールのボスモンスターが召喚されてくるエフェクトだ。光が弱まると、そこに新たな存在が姿を見せていた。

 

 ――狼だ。しかし厳密には狼ではない。体格は狼に近しいが、耳がなく、輪郭もまるで犬の頭蓋骨に直接筋肉と皮を張り付けたような形状だった。身体には毛も無く、筋繊維のような模様の入った白い皮膚が広がっているだけだ。そして禍々しい目の上には、聖剣のような角が一対生えている。

 

 その特徴はまさしく、《英雄の使徒》だ。姿を認めたディアベルが声を張り上げる。

 

 

「来たぞ、《英雄の使徒》だ!」

 

「昨日も一昨日もユナが居たところに《英雄の使徒》が居たわ。ユナが呼んでるの?」

 

 

 シノンが口にした疑問はキリトも思っていた。またしても《英雄の使徒》が現れ、そしてユナも現れてきた。これではまるでユナが《英雄の使徒》と一緒に動いている、もしくはユナに合わせて《英雄の使徒》が動いているように思えてきてしまう。

 

 ユナを主神とした宣教者――それこそが《英雄の使徒》ではないのか。一人そう考えるキリトの横を、何かが駆けて行った。

 

 ユウキだ。彼女は元病人とは思えないような軽い身のこなしと素早い動きで、現れた《英雄の使徒》に接敵していく。

 

 

「一番乗り、もーらいッ!」

 

 

 言葉通りの一番乗りで《英雄の使徒》に近付き、ユウキは勢い付けた片手剣による斬撃を《英雄の使徒》の顔に一発お見舞いした。《英雄の使徒》は妙な鳴き声を上げつつ、手先の爪でユウキにカウンターするが、ユウキはその身軽さで回避する。

 

 

「すごいな、ユウキ……」

 

 

 キリトは思わず呟いた。あのユウキの身のこなしは、リランとユピテルが作ったアプリケーションによるアシストの賜物だろうか。

 

 いや、そんな不公平な事を彼女がするとは思えない。きっとあれこそが彼女の身体が本来持っている運動能力なのだろう。VRMMOでの彼女も早くて強いが、現実でもユウキは早くて強かったのだ。

 

 《英雄の使徒》はそんなユウキにターゲットを向けて、爪と牙による攻撃を次々繰り出す。その爪は青い光を放っていて特徴的だ。あの《英雄の使徒》は、指物《聖爪狼》とでも呼ぶべきだろう。

 

 

「気を取られてんじゃないわよ!」

 

「俺達も居るぞ!」

 

 

 その聖爪狼とユウキの間に割って入り、盾を構えたのがリズベットとディアベルだ。SAOの時からタンクとして戦っている二人の防御は、易々と聖爪狼の攻撃を止めて見せた。

 

 パリングとはいかないが、ブロックされた事で聖爪狼は姿勢を崩す。

 

 

「そこだよッ!」

 

「やああッ!」

 

「だぁッ!」

 

 

 すぐさまフィリア、シリカ、カイムの三人が聖爪狼に接敵、横から素早く攻撃して、勢いよく聖爪狼を吹っ飛ばした。

 

 ボスの動きを止めたうえでのフォローアタックに、周りから賞賛と歓声が上がるが、すぐにそれは止められた。聖爪狼は空中で受け身を取って難なく着地したのだ。ユウキのように身軽なのがあの聖爪狼の特徴のようだ。

 

 周りを驚かせた聖爪狼は、そのまま凄まじい速度で噛み付き突進を繰り出してきた。その矢先に居たのは先程攻撃を仕掛けたフィリアとシリカ、カイムの三人だ。ディアベルとリズベットが駆けつけるが間に合わない。他にタンクもいなかった。

 

 唾液に塗れた聖爪狼の牙が三人を襲う。

 

 

《甘いわ!》

 

《それぇッ!》

 

 

 聖爪狼の牙が届く寸前で、三人と聖爪狼の間に巨大な影が二つ躍り出て、聖爪狼を受け止めた。どぉぉぉんと大きくて鈍い音がし、衝撃が地を這う。

 

 三人の間に出てきたのは、聖剣の角と翼を生やした大きな身体の白き狼竜。そして狼竜よりかは小柄だが、狼に似た形の全身を青白い雷エネルギーで構成し、爪先、頭部、胸部等に金属質の骨を露出させ、肩から一対の太い腕を生やしている異様な姿のモンスターの二匹。

 

 キリトの《使い魔》であるリランと、アスナの《使い魔》となっているユピテルだ。

 

 

「リラン、上手いぞ!」

 

「ユピテル、ナイスだよ!」

 

 

 互いの《使い魔》に呼びかけつつ、キリトとアスナは同時に聖爪狼に接近。キリトは渾身の斬り下ろし、アスナは鋭くも強い突きを放った。同時にリランが前足振り降ろし、ユピテルが肩から生える腕でのパンチを繰り出す。更にそこに一発の大口径弾も後方より加わった。後衛のシノンが放った対物(アンチマテリアル)ライフル弾だった。

 

 合計五人の攻撃を一気に受けた聖爪狼は吹っ飛んでいき、壁に衝突した。受け身を取れないくらいの衝撃だったのは確からしい。それにしっかりとした手応えもあったから、聖爪狼にかなりのダメージを与えられたはずだ。

 

 ――この戦い、いける。

 

 そう思ったのは周りのプレイヤーもだったようで、聖爪狼に接近したり、後方からの銃撃を浴びせたりし始めた。誰もがオーディナル・スケールに、《英雄の使徒》討伐戦に舞い上がっていた。

 

 更にそこにユナの歌声がBGMにプラスされているから、盛り上がりは凄まじい。戦場は高揚する喜びに包まれていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 だが、その中に一人だけ盛り上がっていない人物をキリトは認めた。シノンとは違う方向の後方の柱の近くに、青年の姿が見えた。紫の光のラインの入ったコート状戦闘服に身を包む、少し背の高い男性。

 

 それは一昨日の戦いに姿を見せた《ドラゴンテイマー》であり、昨日アスナ、シノン、フィリアの三人も見たというプレイヤーに違いなかった。アスナ曰く――血盟騎士団の団員の一人、《ノーチラス》だという。

 

 その存在にアスナも気付いていたらしく、二人で青年に近付いた。二人が寄って来ても、青年は腕組をして戦場を見て続けていた。見方を変えれば彫像に見えそうな青年に、アスナが声掛けする。

 

 

「貴方、確か血盟騎士団に居たノーチラス君よね」

 

 

 青年は腕組を止めて、少し嫌そうな顔をした。

 

 

「……その呼び方はやめてください、副団長アスナさん。今の僕はこういう名前です」

 

 

 青年がフリック操作をすると、一枚のウインドウが二人の眼前に出現する。

 

 

 プレイヤーネーム《Eiji(エイジ)

 

 

 ランキングは二位。オーディナル・スケールの超有名人と言える成績だったが、それを見てキリトの疑問は膨れ上がった。

 

 この青年、エイジが本当に血盟騎士団の幽霊団員ノーチラスならば、当時とあまりに変わり過ぎている。ノーチラスは死への恐怖を克服できなかったために、戦場へ出てくる事がなく、二代目団長となったキリトにも認識されないでいたのだ。

 

 

「エイジか……随分と変わったな。俺が団長になった時、既にあんたの姿はなかったぞ。なのにこのゲームになった途端、二位になるなんてさ」

 

「昔の有り方から変わったんですよ、二代目団長キリトさん。これこそ僕のゲーム……僕が思う存分楽しめる世界なんです。そう、僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()場所だ」

 

 

 エイジの言葉は引っかかった。ここがエイジの成すべき事を成し遂げられる場所? その言い方はまるで、自身やリランのように使命を持っているかのようだった。

 

 そんな使命を持ったりできるくらいに、エイジは成長したという事なのだろうか。確かに、エイジはSAOの時から大きく変わっていると言えるだろう。

 

 何故ならエイジは自分と同じように《使い魔》を得て、《ビーストテイマー》になっているのだ――。

 

 

「……そろそろだ」

 

 

 エイジが急に戦場を見直す。視線の先にはユナが居た。彼女は一曲目の歌を歌い終えており、落ち着いている。

 

 しかし近くに表示されている制限時間が残り五分となった次の瞬間、ユナは歌を再開した。何がそろそろなのか――キリトが問おうとしたその時、エイジは戦場へ向かって行ってしまっていた。

 

 

「残り五分? 余裕よ!」

 

「後少し、頑張るぞぉ!」

 

 

 リズベットとユウキが声を上げると、ぼろぼろになった聖爪狼にプレイヤー達が向かい始めた。あれだけのダメージを負っているのだ、聖爪狼は五分以内に片付くだろう。皆が意気込んで向かい、キリトとアスナもそこへ向かう。

 

 しかし、その時に異変は起きた。戦場の上空に光の円が出現してきたのだ。皆が足を止めて注視すると、円光の中心より光に包まれた何かが零れるようにして地面へ降りた。

 

 光が弾けた時に姿を見せたのは、水色の毛に全身を包んだ小さな竜だ。羽毛の翼を肩から、尻元から二本の尾を生やしているそれは、フェザーリドラというドラゴンであり――シリカの《使い魔》であるピナだった。

 

 

「ピナ!」

 

 

 シリカは目を輝かせてピナに近寄り、周りのプレイヤーは安堵する。もしかしたらボスがもう一匹追加されたのではないかと思ったのだが、杞憂に終わってくれた。そしてシリカは、やってきてくれた《使い魔》に手を伸ばす。

 

 

「ピナも助けに来てくれたんだね。ありがとう!」

 

 

 ピナは笑んでいるシリカを見ていた。――いや、違う。睨み付けている。シリカという主人に向けるべきではない攻撃的な目つきで、睨み付けていた。

 

 

「そんなわけがないだろう。お前は自分の《使い魔》とそうじゃないのの判別も出来ないのか?」

 

「ぴ、ピナ!?」

 

 

 ピナが吼えると同時に、煽るような声がした。ユピテルと同じくらいの少年の声だ。ピナが喋ったように聞こえたが、よく探ったところ根源はシリカから見て左方向の少し遠い位置だった。

 

 

「え?」

 

 

 そこには人影が一つあった。後ろが黒、前が水色のケープとフードを被って上半身を着固めているのに、下半身は黒い半ズボンで脚を出しているという傾いたバランスの服装をしたプレイヤー。フードのせいで顔がよく見えず、少年か少女かも判別できないそれは、謎の子供としか言えなかった。

 

 謎の子供はぽかんとしているシリカに、見下すような仕草を送った。

 

 

「ほら、よく見ろ」

 

 

 シリカがピナに向き直ると、更なる異変が起きた。ピナの身体が一気に巨大化し始めた。シリカの身長もすぐに超えて、彼女を見下ろせるくらいの位置に頭が来る。

 

 毛の色は水色から白銀へ変色し、広げられたその翼の羽毛が突き破られ、中より三対、両方合わせて六つの聖剣の刀身が飛び出し、更に凛とした輪郭の額からも聖剣が生えた。

 

 フェザーリドラの大まかな形は失っていないものの、その姿は《英雄の使徒》のそれへ変わった。

 

 

「え、あ、あ……」

 

 

 シリカは腰を抜かして、ピナだった竜を見上げていた。剣翼の竜は引き続きシリカを攻撃的な禍々しい目つきで睨み付けている。明らかに敵だった。キリトもその光景が信じられなかった。《英雄の使徒》の二匹目が来るなど、予定にない。

 

 

「ほら、違うだろ。そいつはお前の《使い魔》じゃない。自分の《使い魔》も見分けられないなんて、《ビーストテイマー》失格じゃないのか」

 

 

 キリトは謎の子供を睨み付けた。今の発言はあまりに悪意がありすぎる。どれだけシリカがピナを愛しているかわかっていなさ過ぎる――それは仕方がないとしても――し、無神経すぎる。

 

 

「ん、驚いてるか? 見てろ、もっと面白い事が起きるぞ」

 

 

 謎の子供はそう言うなり、突然地面に両手を付けて、爪先立ちになる。四足歩行になったかのようだが、その行為は理解しがたいものだった。直後、子供の身体に異変が起きた。

 

 全身が縄のように膨れ上がったかと思えば、全身が白い毛並みに包み込まれ、腹部は七色の光のラインの走る甲殻となり、輪郭は狼のそれとなる。背中と肩から一対ずつ、特徴的な翼が飛び出して、毛は水の青色に染まった。

 

 その姿は――一昨日偶然見る事となったエイジの《使い魔》だった。

 

 

「なッ……!?」

 

 

 キリトは信じられなかった。あの謎の子供が、エイジの《使い魔》に姿を変えた。人から《使い魔》に姿を変えられるのは、自分が知る限りではリランとユピテルの二名だけだ。

 

 彼女達と同じ事が出来たあの子供は――。

 

 

《昔、ボスが二体同時に出てくるボス戦のある死にゲーが大人気だったって話だ。ほら、その時の再現だぞ! 楽しめよ!》

 

 

 不意に頭の中に《声》がした。リランは勿論ユピテルとも違う、成人した男性の声色だ。あの水の狼竜が放ったのだろうか。

 

 それこそリランとユピテルと同じように――。

 

 

「え、う、うわああ!!」

 

 

 その時、水の狼竜は水流ブレスを放ち、近くのプレイヤーを薙ぎ払った。不意を突かれたプレイヤー達は猛烈な水流の中に消えた。更に水の狼竜は渾身のパンチを近くにいるプレイヤーに繰り出すという不意打ちを仕掛けもした。

 

 信じ難い事に、水の狼竜はプレイヤー達を襲っていた。エイジの《使い魔》であるはずなのに。プレイヤー達の喜びで溢れていたはずの戦場は、混沌に呑み込まれていた。キリトも既にその渦中にいた。

 

 

「ど、どうなってるのぉ!?」

 

「いやあ、いやああああ! 来ないでええええ!」

 

 

 聞こえた悲鳴に振り向くと、フィリアとシリカがそれぞれ水の狼竜と剣翼の竜から逃げ回っていた。やがて二人は合流してしまい、水の狼竜と剣翼の竜が並んで二人を追いかけ始める。

 

 

「シリカ、フィリア!」

 

 

 キリトは咄嗟に二人の許へ走り出した。しかしどうにも追い付けない。やはり二人の方が足が速いようだ。そんな二人に二匹の竜は追い付かんとしている。

 

 

「あッ!?」

 

 

 その時、シリカとフィリアの足が止まった。何かにぶつかってしまったようだ。壁からは遠いはずなのに。

 

 見ればシリカとフィリアの前に、エイジが立っているのが認められた。――水の狼竜を《使い魔》としているはずなのに、慌てている様子もなければ、少女二人に一度にぶつかられたのに平然としてもいた。

 

 

「ごめんなさい、ぶつかって――」

 

「み、道開けてよ! あれが来て――」

 

 

 シリカとフィリアが同時に声を出したその時だ。

 

 エイジが右手でフィリアの、左手でシリカの首根っこに掴みかかった。

 

 

「ん゛ぐあッ……」

 

「う゛ぇッ……!?」

 

 

 エイジは軽々と二人の少女を持ち上げて、見上げた。顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。

 

 

「あいつの言葉を聞かなかったか? ゲームを楽しんで来いよ」

 

 

 エイジはぶんと腕を交互に振り、フィリア、シリカの順で投げ飛ばした。人間が出せるとは思えないような力で投げられた二人はそれぞれ別方向に飛ばされる。

 

 

「フィリアッ!!」

 

 

 その内フィリアは、丁度キリトの居る方に向かって飛んできていた。エイジが狙ったのかはわからないが、キリトは受け止めるべく、剣を手放して両手を開く。一秒も立たないうちにフィリアの身体がキリトにぶつかった。

 

 

「がふッ……」

 

 

 肺の空気が搾り出され、全身を衝撃と痛みが襲う。それでもフィリアの纏う勢いは止まらなかった。二人は揉み合いになりながら、地面を数回転がったところでようやく止まった。

 

 連続して地面にぶつかったのと、フィリアを真っ向から受け止めたせいで全身が痛く、意識が薄れかかっていた。

 

 そのキリトの意識を覚醒させたのは、水の狼竜の鳴き声だった。目を開けると、水の狼竜が宙を舞い、右手で斬撃を仕掛ける姿勢を作って迫ってきていた。

 

 自分の身体にうつ伏せで覆い被さっているのはフィリア。水の狼竜はフィリアを狙っているのだ。助けなければ――そう思った時にはキリトの身体からは痛みも苦しさも消え、次の行動が起こせていた。

 

 ぐるりと転がって自身を上、フィリアを下に持ってくる形になり、胸の中にフィリアを埋めさせ、両手でしっかりその頭を覆った。

 

 

「フィリアッ……!!」

 

 

 次の瞬間に、キリトの背中を水の狼竜の斬撃が襲った。

 

 更に続けて異変が起き――キリトを襲った。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 

 エイジに身体を投げられたシリカは、幸か不幸かアスナの方へ飛んできていた。あれだけの力で投げられたのだ、あのまま地面へぶつかったら、一溜りもないのは瞬時に理解できた。

 

 

「シリカちゃんッ!!」

 

 

 アスナは細剣を手放して、シリカを受け止めた。小さくて華奢だったおかげか、シリカの勢いはそこまで強くなく、脚に力を入れて踏みとどまる事で止められた。遅れて全身を鈍痛が襲ってきたが、アスナに気にする余裕は与えられていなかった。

 

 シリカを追った剣翼の竜がすぐそこに来て、翼で前方を振り降ろす姿勢を作っている。シリカに止めを刺すつもりでいるのだろう。

 

 そんな事は、させない。

 

 

「ッ!!」

 

 

 アスナはシリカを抱きかかえて、剣翼の竜に背中を向けた。直後に剣翼の竜の剣翼がアスナの背中を切り裂いた。強い衝撃が走ったのと同時に、視界上部に表示されているHPのバーが空になるのが見えた。

 

 

 

《Hunter Down》

 

 

 

 そんな言葉が視界に見えた、次の瞬間だった。頭の先から足の先まで、何かに貫かれたような感覚に襲われた。視界が真っ赤に染まる。そこに白が流し込まれて桃色になり、赤が潰されて白に変わる。その中で白、赤、青の三本の波長線が狂ったように波打っている。

 

 

「……!!」

 

 

 アスナは声も出せなかった。頭に何か入ってくる感覚が来る。手だ。見えない手が頭の中に入ってきて、何かを引き抜こうとしている。そんな感覚が頭を、全身を支配していた。そのせいなのか、時間が引き延ばされ、世界がスローモーションになっているように感じられていた。

 

 その頭の中に突っ込まれた手が動いた――のと同時に《声》がした。

 

 

《え、なにこれ……なんだこれ?》

 

 

 頭の中に《声》は響いていた。聞き慣れた声色。それは愛する我が子の《声》だった。しかし、何故今我が子の声がするというのか。しかもノイズが混ざっている。

 

 

《え、オーグマーが動いて……かあさんを狙って……なんだこれ!?》

 

 

 我が子は焦っているようだ。だが、その姿は見えない。ノイズの混ざった《声》だけが聞こえる。

 

 

《駄目、かあさんに手を出さないで! やめろ、止まれ、止まれ、止まれッ!!》

 

 

 聞こえてくる我が子の声に、いつの間にかアスナは答えようとしていた。

 

 

「ユピ……テ……ル……?」

 

 

 どこ?

 

 どこにいるの、ユピテル?

 

 ユピテル、あなたは何をしているの?

 

 

 疑問を投げかけようとしたその時――。

 

 

 

 

《――――かあさんッ!!!》

 

 

 

 

 一際大きな我が子の《声》がしたと思えば、アスナの視界の白は突然消えた。

 

 やがて何かが爆発するような音がするのと同時に、アスナの意識はブラックアウトした。

 





 ――原作との相違点――


①エイジが凶悪化。原作ではシリカを突き飛ばす程度だが、今作では首根っこ掴んでぶん投げるという暴挙に進化。容赦がない。

②ボスモンスターが凶悪化、オーディナル・スケールの高難易度化。

③フィリアを庇ったキリトが襲われた。原作ではシリカを庇ったアスナのみ。



 ――小ネタ――


 祝、アリシゼーションリコリス、2020年5月21日発売決定。

 そしてアリシゼーションリコリス編が本作KIBTの終章になる予定。

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