キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。


12:使徒総攻撃 ―使徒との戦い―

          □□□

 

 

 詩乃はベッドから上半身を起こした。

 

 まだ四月下旬というだけあって、気温は低い方に入る。対策しないで眠れば瞬く間に風邪をひいてしまうくらいだ。だから詩乃は前もって暖房を付けて、眠りに最適な気温を作っておいていた。

 

 

「……ちょっと暑かったかしら」

 

 

 詩乃は溜息交じりに小さな声で独り言ちた。気温を上げるのは全てが終わり、彼が眠り始めてからでもよかった。前もって気温を上げておいたせいで、随分と汗をかいてしまった。

 

 その証拠に、見下ろす自身の裸身は、汗にまみれてしまっている。だが、自分の裸よりも、詩乃は隣に意識を向けていた。

 

 彼――詩乃にとって大切な人である和人が、同じベッドで詩乃の隣に横たわっている。彼もまた詩乃と同じように裸であった。汗だらけになっているのも詩乃と同じだ。

 

 

「……和人」

 

 

 声を掛けても和人は反応せず、寝息を立てているだけだ。割とよく見てきている彼の裸身には今、多数の傷や青痣、大きな絆創膏を貼っていた痕が見受けられる。そんな彼と詩乃は、つい今の今まで互いを求め合って、繋がり合っていた。

 

 それを頼み込んだのは詩乃の方だった。その目的は和人に疲れて眠ってもらうためであった。しかし、詩乃はそこに自身の感情を入れ込まないというのが出来なかった。

 

 本来ならばあるはずのない傷と痛みを抱えた身体、苦しみを抱えていたはずの頭になっている和人に、受け入れてもらう事を頼んでしまっていた。いつものように苦しくなって、切なくなって、どうにもならなくなった時のように。

 

 そんな詩乃を――和人は快く受け入れた。辛いのは自分自身のはずなのに、それを出さないように必死になって、和人は精一杯詩乃の繋がる行為を受け入れてくれた。

 

 その結果、和人はこれ以上ないくらい疲れ、深い深い眠りへ落ちていっていた。そして詩乃は、心の(わだかま)り、焦りを解消する事が出来た。次に何をするべきか、何を和人にしてあげるべきか、わかって仕方がない。

 

 

「……ありがとう、和人……」

 

 

 詩乃は上半身を倒し、両手と胸で和人の顔を包み込んだ。胸元に和人の暖かい息が当たるが、それが寝息である事は変わらない。和人の眠りはそれほどまでに深かった。明日の朝まで起きる事はないだろう。

 

 和人を離して掛布団を被せ、時刻を確認する。夜の七時三十分。眠るにも繋がるにも早すぎる時間だったが、詩乃は一刻も早く和人を休ませてあげたかった。これからのために。

 

 詩乃は和人を一瞥(いちべつ)してベッドから降り、タオルで汗を拭き取ってから、脱ぎ捨てていた服を拾い上げて着た。風呂に入っている時間はない。午後九時までにある場所へ向かわなければならないのだから。

 

 和人には行くなと言われていた場所へ、他ならぬ和人のために。

 

 

「ごめんなさい、和人。私、行くね」

 

 

 そう言って詩乃は机の上の機械を手に取って、電源を入れた。和人の使用するオーグマーだ。この操作はこれから向かう場所で起こる事のために必要だった。オーグマーが動いているのを確認した詩乃は、もう一度和人を見てから部屋を出た。

 

 階段を降りつつオーグマーを装着、起動する。仮想世界のレイヤーが現実世界に降りてきたところでリビングに入ると、それまで認められなかった人影が認められた。

 

 金色の長髪に赤い瞳をしていて、詩乃と少し似通った服装をしている少女。今や詩乃の家族の一人であり、和人の《使い魔》であり相棒であるリランだった。腕組をして、待ち合わせをしているような仕草を見せている。

 

 

「……お待たせ、リラン」

 

 

 詩乃の声掛けに彼女は応じた。腕組を解いて身体ごと向き直る。

 

 

「そんなに待ってもいない。それより和人はどうなった」

 

「……大分疲れさせちゃったみたい。すごくぐっすり寝てる」

 

 

 二階で眠る彼を思い出すと、胸が締め付けられるような思いがしてきた。それだけ和人に負担を強いてしまったという事だ。ただでさえぼろぼろになっているというのに、その上から更にぼろぼろにするような事をやってしまった。

 

 

「和人……すごく優しくしてくれた……あちこち痛いはずなのに、私のためにしてくれたような感じで……」

 

 

 その時の事を話すような事は絶対にしないように決めていた。しかし、詩乃は和人の事を伝えずにはいられなかった。それが他人に話すべきではない行為の中のものであっても、だ。

 

 それを聞いたリランは、うんうんと頷いた。少し安心しているような表情をしている。

 

 

「詩乃、あいつはSAO時代の事、我らとの出会いを忘れようとも、お前や我の事を根本的に忘れたりはしないようだ。特にお前に至っては、忘れ去る事など出来ないだろう」

 

 

 そう言われても腑に落ちなかった。和人の思い出せる範囲がどこまでなのかはわからないが、少しずつ進行している可能性は高い。

 

 明日になって目を覚ました時、自分との全てを忘れ去ってしまっているのではないだろうか。オーグマーに全てを抜き取られて、自分を知らない和人になってしまっているのではないだろうか――。

 

 

「……本当にそうかな」

 

「そうだ。あいつはお前を忘れる事など出来ない。どんなに記憶を抜き取られようとも、あいつの中にはお前への思い、お前への愛が残るはずだ。オーグマーの裏機能は記憶を抜き取るだけで、感情や愛情までも抜き取ってしまうわけではない」

 

 

 「だから安心しろ」。リランは穏やかな目でそう伝えてきていた。それを見ていると、心に若干の安寧が戻ってきた。これもまたリランの力だ。

 

 

「ありがとう、リラン。早速効果が出てるみたい」

 

「本来我は和人を守る盾だが……今だけはお前の盾になろう」

 

 

 詩乃は深く頷いた。夕方、リランとユイとストレアのバックアップを取った後に、彼女達の本体を移動させた。その先は詩乃のオーグマーだ。今身に着けているこのオーグマーに彼女達は居る。このおかげで、リランのMHHPとしての力が詩乃に働き、心や精神に安定が(もたら)されている。

 

 そしてこうなっている事で、オーグマーが詩乃の記憶を抜き取ろうとした時、彼女達が身代わりになるようになっている。彼女達がそれを望んだからだ。

 

 

「良かったの、リラン。この後私が戦闘不能になれば、その時あんた達は……」

 

「和人に続けてお前までSAOの記憶を失ってしまうのは避けたい。それに我らはバックアップさえあればいくら損傷しても戻って来れる。まぁバックアップした後の記憶は無くなってしまうが、どうという事はない。だから我らの心配はするな」

 

 

 詩乃は渋々納得する事にした。これも彼女達が自ら望んだ事なのだ、否定して止めるわけにはいかなくなっている。そう、止まるわけにはいかない。ようやく根源を見つけ出せて、そこまで続く道を見つけ出せたのだから。

 

 

「詩乃、行こう。東京ドームシティに」

 

 

 そう言って来たのが、小さな妖精の姿を取っているストレアだった。その隣には我が子であるユイの姿もある。

 

 自分の記憶が奪われそうになった時には、彼女達もまた盾になろうとするという。オーディナル・スケールで戦闘不能になった時、リランだけではなく、ユイとストレアも危険にさらす事になる。

 

 だから、これから東京ドームシティで行われるオーディナル・スケールのイベントにて、戦闘不能になるわけにはいかない。詩乃はいつもより気を引き締めて、頷いた。

 

 

「わかったわ。三人とも、よろしくね」

 

 

 全員が頷いたのを認めた詩乃は、家を出た。中に和人はいるが、玄関の鍵を閉め、急いで駅へ向かった。

 

 最寄りの駅から電車を乗り継ぎ続けていき、埼玉から東京へ移動する。日中よりも寧ろ客の数が増えつつある電車に揺られて五十分くらい経過した頃、目的地である東京ドームシティに辿り着いた。

 

 そこは中規模の遊園地である東京ドームシティアトラクションズ、ヒーローショーが開催されるシアターGロッソ、そして毎月のように全国の野球チームが戦う東京ドームといった、複数のアミューズメント施設などが合体している、言わば複合商業施設だった。

 

 毎年毎月何らかの巨大なイベントが開かれる傾向にあるそのアミューズメントシティにて、今夜九時からオーディナル・スケールのイベントバトルが開催されるという告知があった。そんな事もあってか、ただでさえ騒がしい東京ドームシティに更なる人々が集まっていた。その大多数が如何にもオーディナル・スケールをやっていそうな若者達だ。

 

 オーディナル・スケールで戦闘不能になると、SAO生還者は大切なSAO時代の記憶を奪われ、記憶障害に陥るようになっている。この事を既に和人は仲間達全員に伝え、オーディナル・スケールへの参加を取りやめるよう申し出ていた。

 

 その中には当然詩乃も含まれていたが、詩乃はそれを無視した。もしかしたら、和人や遼太郎といった被害者達の記憶を取り戻す方法が見つけられるかもしれないとわかったからだ。

 

 これまで和人はずっと自分を守り、自分のために戦ってくれた。苦しんでいる自分をいつだって救い、支えてくれた。その和人が苦しんでいる今こそ、自分が助けてやる番だ。

 

 いつだって守られてばかりの私じゃない、助けられてばかりの私じゃない。今度は私が和人を守って、助けるんだ――そう思って詩乃は、夜の帳が落ちた東京ドームシティの中央へ向かっていた。

 

 

「「あ、詩乃!」」

 

「「朝田さん!」」

 

 

 その最中で聞き覚えのある声がいくつも聞こえてきたものだから、詩乃は思わず驚いてしまった。向き直ってみると、若者達の中からこちらへ向かって来る者達が四人確認できた。四人はそれぞれ男女二人ずつだった。

 

 女の内一人は日本人にしては随分と珍しい、オレンジがかった金色の髪をショートボブくらいにしている少女、もう一人は黒茶色のセミロングで、白いリボンを付けている小柄な少女。

 

 一方男の方は、中学生くらいに見えるけれども実はそうじゃない、ちょっとぼさぼさしている薄黄色の髪をした白いパーカーの少年と、小学生高学年くらいの身長しかない、黒く長い髪を一本まとめにしている、黒いパーカーの少年。

 

 それぞれ琴音、木綿季、新川(しんかわ)恭二(きょうじ)、白嶺海夢だった。いずれも自分の友人、仲間達であり、和人にオーディナル・スケールへの参加を止められていたはずの者達だった。思わず驚いている詩乃を、四人もまた驚いて見ていた。

 

 

「詩乃、来ちゃったんだね」

 

 

 最初に声掛けしてきたのは木綿季だった。彼女の身体はまだ病院から出られていないが、リラン達が開発したアミュスフィアのアプリケーションを使用する事で、オーグマーの回線用ドローンを経由してこの場に現れる事が出来るようになっている。

 

 本人はこれを幽体離脱と言っており、海夢はそれに笑っていた。

 

 

「えぇ。木綿季達も結局来ちゃってるんじゃないの」

 

「当然だよ。和人が大切な記憶をオーディナル・スケールに盗まれたって聞いて、ぼく達みたいな親友は黙ってなんかいられないよ」

 

「僕、正直運動は苦手なんだけど、和人が大変な事になってるんなら、力にならないわけにはいかないと思ったんだ。最近はGGO(ジージーオー)で重要な大会とか開かれないから、丁度良かったよ」

 

 

 自分同様和人のために意気込んでいる海夢と恭二。どちらも和人の親友であるという事以外共通点がなく、当初は仲良くしているような感じもなかったが、今はすっかり意気投合し、互いに親友同士となっている。しかし、詩乃はその恭二の言葉の中に気になるものを見つけ、そこに意識を向けていた。

 

 GGOとは何の事?

 

 

「GGO? 新川君、それって――」

 

「ねぇ、詩乃」

 

 

 詩乃の言葉を琴音が遮った。彼女はこちらをじっと見つめてきていた。昨日の夜から今日の午前中までずっと、自分達と付き合ってくれていたのが琴音だった。

 

 

「和人は今、どうしてる」

 

「疲れて休んでるわ。記憶障害の方も、ある程度進んだところで止まってくれてるみたい」

 

 

 琴音は少し安心したような様子を見せた。続けて詩乃は尋ねる。

 

 

「それより琴音、なんであんたがここに。和人にオーディナル・スケールには参加するなって言われたでしょ」

 

「そんな事聞いてられないよ。和人があんなふうになったのは、結局わたしがあの時和人に助けられちゃったせいだから。いつも和人に助けられっぱなしになってるなんて……あんなふうになってる和人を見るなんて、そんなの嫌なの。

 だからわたし、オーディナル・スケールと戦いたい。オーディナル・スケールと戦って、勝って、和人を助けてあげたい!」

 

 

 詩乃は少し目を見開いた。琴音の瞳には強い意志の光が瞬いているように見えた。彼女の中にも、自分と同様に和人の助けになりたいという意志が確かに存在しているのだ。和人を助けたいと思っているのは、自分だけではなかった。

 

 その意志を汲み取ったように、黙っていたリランが口を開けた。

 

 

「オーディナル・スケールで戦闘不能になったSAO生還者の記憶を、オーグマーが引き抜くようになっている。だが、ただ引き抜いているのではなく、どこかに集積させているはずだ。その記憶を集積している場所を叩きさえすれば、和人や他のSAO生還者の記憶を取り戻す事も出来よう」

 

 

 リランは琴音に向き直った。

 

 

「しかし琴音、お前も木綿季もSAO生還者だ。戦闘不能になれば、和人と同じように記憶障害になるだろう。それでもやるのだな」

 

 

 琴音は何も言わずに頷いた。彼女は既に決意を固めていた。奪われてしまった和人の記憶を取り戻すために戦い、勝利する事を誓っている。

 

 それはSAOに閉じ込められていた際、攻略組の一人としてアインクラッドで戦っていた時の様相と変わりがなかった。そのためなのか、とても心強く感じられた。

 

 更にそこに木綿季が加わる。

 

 

「ボクは割と大丈夫だと思う。SAOに誘拐されたのもかなり後の方だし、海夢とはSAOに誘拐される前に出会ってるわけだしさ」

 

「それにぼくと恭二はSAOに閉じ込められたりしなかったから、戦闘不能になってもオーグマーは動き出せない。ぼく達なら戦闘不能になる事を気にせずに戦えるよ」

 

 

 海夢と恭二も強気な表情を見せていた。確かに彼らは自分達の仲間だけれども、SAO生還者ではないため、オーグマーに記憶を取られる危険性はゼロだ。何も恐れずに戦う事が出来るのだから、とても心強く思え――少し羨ましかった。

 

 

「僕達、力になるよ。和人のために、朝田さんのためにさ」

 

 

 恭二が最後にそう言ったのを聞いた詩乃は、深く頷いた。

 

 

「……ありがとう皆。和人のために、私に力を貸して」

 

 

 四人は「任せて!」「こちらこそ!」等と言って答えてくれた。間もなくして、ユイとストレアがひらりと詩乃の視界の中に躍り出てきた。

 

 

「わたしもこの戦いで、出来る限りの情報収集を行います。ママ達も頑張って!」

 

「後でアタシもリランみたいにオーディナル・スケールにコンバートできるように愛莉に頼んでおくけど、今は詩乃達に任せるね! アタシだって情報収集得意なんだからねー!」

 

 

 ユイもストレアもすっかりやる気だった。大切な父親があの有様なのだ、娘達もやる気になって当然だと言えるが、詩乃はそれがとても嬉しかった。

 

 その直後に、詩乃を加えた五人は一斉に

 

 

「オーディナル・スケール、起動!!」

 

 

 と叫び、問題のゲームとなったオーディナル・スケールを起動させた。全員で未来世界の特殊部隊のような戦闘服に身を包み、それぞれの武器を持った姿に変わる。

 

 詩乃/シノンは対物ライフル、琴音/フィリアは短剣、木綿季/ユウキは片手直剣、海夢/カイムは刀を装備していた。

 

 そして恭二/シュピーゲルは――銀色長髪にはならず、そのままの髪型と背恰好で、その両手に未来の武器と言わんべき外観の、銀色のサブマシンガンを一丁ずつ装備していた。

 

 

「……!」

 

 

 シノンはそこに目を奪われた。驚くべき事だった。これまで彼はALOで短弓を、《SA:O》では片手剣を装備して戦ってきたため、そのイメージがあったが、今の彼はサブマシンガンという銃を両手に持って戦う事になっている。つまりそれは、彼が銃を使う事に秀でているという事の証明だ。

 

 恭二/シュピーゲルはどこかで銃を使う事があった、もしくはそんなゲームが得意なのだろうか。

 

 もしそうならば――。

 

 

《来るぞ!》

 

 

 狼竜へ姿を変えたリランの《声》を耳にして、シノンは我に返った。気付けば見えていた東京ドームシティの風景は、ダークファンタジーに登場する禍々しい魔王の城のようになっていた。オーディナル・スケールのイベントバトルが始まったのだ。考え事に耽っている場合ではない。

 

 事前の告知によると、東京ドームシティには飛竜型の《英雄の使徒》が現れるという話だった。飛竜型のボスモンスターなどこれまで結構な回数相手にして来ているから、扱いには慣れているし、そういう飛行型モンスターは銃や弓などの対空攻撃に弱いというのもわかっている。つまりシノンにとってはこれ以上ないくらいの、恰好の獲物だった。

 

 さぁ《英雄の使徒》、和人の記憶を返しなさい――強い怒気を胸に募らせ、シノンは遠方に生じたボスモンスターの登場エフェクトに銃口を向けていた。燃え盛る青白い炎が止むと、このイベントの主役は現れた。

 

 

「――!?」

 

 

 その姿に全員で驚いてしまった。現れてきたのは白い巨人だった。

 

 上半身がかなり大きく、下半身はそれを支えるくらいしかないアンバランスな体型だ。両腕は樹齢百数十年の大木のように太く、大きい。更にその右腕に至っては付け根から肘まで青白い触手が絡まり合っているような相貌で、肘から先は複雑な文様がその身に刻まれた、両刃の超巨大剣となっていた。

 

 《英雄の使徒》である事に間違いはないが、事前告知されていた飛竜型とは全く異なっている。

 

 

「ちょ、ちょっと、何あれ!?」

 

「ままま、待ってよ! 事前告知だとワイバーンみたいなやつが来るって話じゃなかった!?」

 

 

 予想外のモンスターの出現にカイムとユウキが盛大に混乱する中、シノンはユイとストレアに呼び掛けた。

 

 

「ユイ、ストレア! 事前告知と内容が違ってるけど、どうなってるの!?」

 

 

 ユイとストレアも混乱していたが、既に検索結果は出ていたようだ。その内容を告げてきた。

 

 

「現在、都内のあちこちで十二体の《英雄の使徒》が次々と出現してるみたいです!」

 

「それに合わせて《英雄の使徒》の出現場所がシャッフルされてる! アタシ達が聞いてたワイバーン型は、全然違うところに出てきてるよ!」

 

 

 随分と大盤振る舞いじゃないの――シノンはふとそう思った。

 

 しかも、出現している《英雄の使徒》の数は十二体、キリスト教に伝わる十二使徒と同じと来ている。その十二体――正確にはもっと沢山――の《英雄の使徒》を操って、SAO生還者達から記憶を奪っている者こそ、あの重村教授だ。

 

 和人の大切な記憶を奪い、なんらかのろくでもない壮大な目的を果たさんとしている重村教授が、オーディナル・スケールにおける(キリスト)として十二体の異形の使徒を操って、SAO生還者を、この東京都という街を襲っている――そんな嫌気が背中を撫でた。

 

 

「すげぇ、本当にあの英雄の《使い魔》と同じだ」

 

「俺、あんな剣を持った竜を見てたよ。いつもあいつとあいつの飼い主に助けられたんだ」

 

「そんなのと戦えるなんて、すげぇ光栄じゃねえか!」

 

 

 周りの若者達は口々に言って、大剣の巨人へ向かい始めた。その言葉から察するに、彼らもSAO生還者のようで、恐らくはかつての攻略組の一人であり、キリトとリランという希望を見てきていたらしい。

 

 そんな彼らからすれば、リランと同じ聖剣を身体に持つ大剣の巨人は、希望の象徴に見えるのだろう。やはり《英雄の使徒》とは、かつての《希望の象徴》を再現し、SAO生還者達を集めるためのものだったのだ。その《英雄の使徒》とその神の目的は、SAO生還者から記憶を盗み取る事。どちらも倒さねばならない敵だ。

 

 

「とりあえず、倒すべき敵はあいつって事ね。定石通りやるわよ!」

 

 

 そう言ってシノンは大剣の巨人の頭目掛けてライフル弾を放った。対物ライフルという武器だけあってか、弾丸は発射と同時に大剣の巨人の頭に着弾したが、大剣の巨人はよろけるだけで済ませてみせた。

 

 ダメージこそ入っているだろうが、そこまで甚大なダメージとまでは行っていないようだ。弱点部位は他にあるのかもしれない。まずはその部分を探すべきだろう。

 

 

「カイム、ユウキ、フィリア、前をお願い! 僕が援護する!」

 

 

 シュピーゲルが三人に声掛けすると、三人は大剣の巨人に向かって走り出した。直後にシュピーゲルのダブルサブマシンガンが無数の弾丸を放ち、大剣の巨人に浴びせていく。サブマシンガンという連射力に秀でた火器を二丁も持っている彼は、一人で弾幕を作っているかのようだった。

 

 しかもそれで顔を狙っているため、大剣の巨人は視界を塞がれて動きが鈍った。そこを狙って三人が斬り込んでいく。最初に到達したのはやはりユウキで、彼女は掛け声を放ちつつ大剣の巨人の足元に斬り付けをお見舞いした。更に続けてフィリアとカイムが別方向から大剣の巨人の足をそれぞれの武器で切り裂く。

 

 大剣の巨人の姿は、どこかアインクラッドの層を守るボスモンスターのように感じられた。それに立ち向かう自分達は攻略組。いつの間にか自分達はかつてのアインクラッド攻略組に戻っている。そんな気がしていた。

 

 三人が一旦後退すると、狼竜の姿となっているリランが大剣の巨人に飛び掛かった。

 

 本来はキリトの《使い魔》であり、キリトがこの場に居なければ具現できないようになっているはずなのが彼女だ。この場にキリトの姿がないのに、出てくる事が出来ている彼女の仕組みは、《使い魔》の遠方派遣だ。

 

 オーディナル・スケールの《ビーストテイマー》は、使用しているオーグマーの電源さえオンになっていれば、《使い魔》を遠くに飛ばして動いてもらう事が出来るようになっている。普通の《使い魔》では、散歩や遊びの程度しかできず、戦う事は出来ないが、リランは普通の《使い魔》とは比べ物にならないくらいの知能を持っている。

 

 なので、キリト/和人のオーグマーの電源がオンにさえなっていれば、家に主である和人を置いたまま、《使い魔》として戦いに赴く事も出来るのだ。リランという超高知能AI、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》だからこそ出来る裏技だった。

 

 《使い魔》としての情報はキリトのオーグマーに保存されているが、プログラムとしての本体はシノンのオーグマーにインストールされている。そんなリランの状態は、考えるだけで頭の中がこんがらがりそうだったが、彼女は既にこの状況を有効活用していた。

 

 

《我の真似をするでないわ、木偶の坊(デクノボウ)が!》

 

 

 初老女性の《声》を飛ばしつつリランは大剣の巨人に飛び掛かるが、反応した大剣の巨人は右腕を突き出してきた。リランとはまだ距離があり、その刃は届いていない。

 

 一体何か――シノンが思った直後、大剣の巨人の右腕がリランに向かって伸び、突き出た。大剣の巨人の右腕は付け根から肘までが青白い触手が絡み合ったような形になっているが、どうやら収縮自在の触手となっているらしい。これで遠距離攻撃にも対応しているというところなのだろう。

 

 

《ぬぉッ!?》

 

 

 リランは驚くまま身体を咄嗟に右方向に逸らした。大剣の巨人の大剣がその腹部の毛を掠って過ぎていく。そしてリランが着地すると、大剣の巨人は伸びている右腕をぶんと振り降ろし、リランと反対方向に振り回した。その先に居たのは男性のプレイヤーだった。遠距離武器を持っているので、後衛だろう。

 

 まさか大剣の巨人の剣が届いてくるとは思ってもみなかったのだろう、回避も防御も出来ないまま、プレイヤーは巨大な剣に薙ぎ払われた。上半身に巨大な切り傷を付けられ、吹っ飛ばされていくのが見えた。

 

 

「しまッ……!」

 

 

 今のは明らかに戦闘不能になるくらいのダメージだった。もしあの男性がSAO生還者の一人だったならば、オーグマーの裏機能が動き出して、記憶を奪ってしまう。和人の時と同じ現象が起きてしまうのか。

 

 

「う、ぐ、ぐあああああああッ」

 

 

 シノンの悪い予感は当たった。男性は急に苦しみだしたかと思うと、雷に撃たれたような姿勢になって悲鳴を上げた。同刻、男性の額辺りから金色の光珠が飛び出してきたのが確認できた。

 

 

「あれは!」

 

 

 小さな金色の光の珠は宙を飛び回り、最寄りのオーグマー回線用ドローンの最下部に吸い込まれていった。今のがSAO生還者の記憶を奪い取る瞬間だったらしい。奪い取った者の姿はなかったが、奪われた記憶が回線用ドローンへ吸い込まれたならば、そこに回路が存在している。奪った記憶を集積させる場所へ続く回路が。

 

 シノンが認めたのと同時に、記憶を吸い込んだドローンへ超高速で向かう小さな影が見えた。ユイだ。ユイは自身が出せる最高速でドローンの下部へ飛び込み、その中へと消えていった。奪われた記憶の後を追ったのだろう。

 

 ユイ達のMHCPといった超高性能AIが奪った記憶を追跡してくる事など、向こうは予想していないはずだ。きっとユイはSAO生還者達――和人の記憶がある場所に辿り着けるだろう。

 

 

「ユイ、お願い……!」

 

 

 我が()に祈りを込めて、シノンは大剣の巨人に向き直り、対物ライフルの弾丸を触手に向けて発砲した。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 巨人の攻撃を受けて戦闘不能になった男性プレイヤーから、金色の光に包まれた球体が出てくるのをユイは見ていた。光の球体は、愛する父親であるキリトがオーディナル・スケールにて戦闘不能になった際にも認められたものだった。

 

 あれを抜き取られた後にキリトは記憶障害となったのだから、あれこそがSAO生還者達の宝物である記憶なのだ。

 

 それが形を成して、持ち主から出てきてしまったモノは、オーグマーの回線用ドローンに飛んだ。ユイはその後を追い、オーグマーに使用される回線空間へ飛び込んだ。

 

 中は細い通路のようになっていた。黒青色(ダークブルー)に染まり、オレンジ色の光がトンネル内を明るくする照明のようになっている。そんな細くも入り組んでいる電脳通路を、金色の珠を追ってユイは滑空する。

 

 中々追い付けない。姉であるリラン、兄であるユピテルならばもっと早く飛べるのだろうが、自分ではこれが限界だ。それでもユイは力一杯速度を出して飛ぶ。すると、逃げていく金色の珠との距離が徐々に縮まってきた。

 

 もしかして終着点に辿り着こうとしているから、速度を緩めてきたのか。ならばチャンスだ。このままSAO生還者達の記憶の集積所に飛び込み、場所を突き止めてやる。ユイは更に力を込めて速度を出した。

 

 だが、そこから一秒も経たない辺りでユイは急停止させられた。目の前に壁が出現したのだ。

 

 まさか、わたしが飛んでくるのがわかっていた――? ユイはそれが信じられなかったが、更に信じられない事が、目の前に書かれていた。

 

 

 

KeepOut(行き止まりだ) My StupidSister(我がクソ姉貴)

 

 

 

 そう書かれた壁を、ユイは呆然と見つめていた。

 

 

「…………()()……?」

 

 

 


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