キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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13:逆襲の狼煙

 

         □□□

 

 

 

 気付けば、シノンは見知らぬ場所に居た。

 

 ダークファンタジーの世界に居たはずだが、見渡す限り広がる形式はそれとは異なっている。ダークではない、純粋なファンタジーの世界の様相。もしくはこの日本という国から何時間もかけて空を飛び、辿り着いた先にある国のどこかにありそうな、庭園の姿だった。

 

 しっかりと手入れされた花畑や茂みが区画整理された形で生えており、東の空に太陽が出ている。朝焼けに照らされ、庭園は幻想的で神々しい雰囲気を醸し出していた。その中心にシノンは居た。

 

 一体どこへ飛んできてしまったのだろうか。ここがどこなのかはまるでわからない。どこの国なのかも見当が付かない。辺りに立ち込める雰囲気は、どこか夢の世界を思わせるものでもあった。ならば自分はいつの間にか眠ってしまって、夢を見ているのだろうか。

 

 それとも、眠っている他の人の夢の中に潜り込んでしまっているのだろうか。そんな事を考えて、想像する事が出来るくらいに、頭は冴えていた。目の前には庭園の奥へと続く道が伸びている。もしかしたら出口に繋がっているかもしれない。

 

 シノンは奥へ足を進めた。自身の左右に伸びる花畑に植えられているのは、白い花だとわかった。六つの花弁(はなびら)が放射線状に広がっているその花は、ベツレヘムの星の異名を持つオオアマナだった。

 

 しかし、そんなものが植えられている庭園などシノンは知らない。

 

 更に足を進んでいくと、細い水路に架かる橋が見えてきた。その上に人影があったのを認められもした。人影の容姿をちゃんと確認できた時、シノンは少し驚いた。人影の正体は少女だった。

 

 白銀色の長髪に赤い瞳、白い服の上から、ケープを羽織っている。それは先日代々木公園で出会い、更に和人が病院でも出会い、東都工業大学に黒幕が居ると教えてきた少女と同じだった。

 

 

「……!」

 

 

 その顔をよく見て、シノンはもう一度驚いた。少女の顔は、東都工業大学の重村教授のデスクの上にあった写真に写っていた、彼の娘であるその人のものに酷似していたのだ。そう、重村(しげむら)悠那(ゆうな)という少女に。

 

 

「……あんた、重村って先生の娘の、悠那でしょ」

 

 

 少女は何も言わず、シノンを見つめていた。沈黙なので肯定なのか否定なのかわからない。シノンは更に尋ねる。

 

 

「ここはどこなの。なんか夢の中みたいなんだけど、まさかあんたの夢の中とかじゃないわよね」

 

「夢も仮想世界も、結局同じようなモノ。目が覚めれば何もかも泡沫(うたかた)の記憶になってしまうだけ。もしかしたら、全部夢なのかもしれないよ。デスゲームをクリアしたのも、現実世界に戻ったのも全部夢で、目が覚めたらまだアインクラッドの中かもしれない。そう思った事はないの」

 

 

 悠那からの禅問答のような問いかけに、シノンは息を呑んだ。

 

 今見ているのが、アインクラッドで見ている夢かもしれない。実はデスゲームなどクリアされていなくて、アインクラッドで眠っていて、幸せな夢を見ているだけかもしれない――そんな疑問に襲われた事は一度や二度ではない。

 

 寧ろ、それよりもっと前なのではないかと不安になった事も沢山ある。デスゲームなどに囚われておらず、幸せなど手にできておらず、幸せな夢をただ見ているだけなのではないかと。

 

 

「そう思って不安になった事ならあるわ。けど、そうあればいいって望んだ事はないわ。というか、SAOの話を引き合いに出せるって事は、あんたもやっぱりSAOに居たのね。SAOで生きてて……結局ゲームオーバーになって」

 

 

 シノンは悠那に歩み寄った。悠那は動こうともしない。

 

 

「あんた、どうして私達を重村教授のところへ行かせたのよ。教授のところに行かせて、何をさせたかったのよ。教授は和人――キリトの記憶を奪って、何をするつもりでいるっていうのよ。オーグマーは何のための機械だっていうのよ」

 

 

 シノンは悠那に詰め寄っていた。あの時重村教授に尋ねたかった事を、たまらず悠那に吐き付けている。そんな事を悠那に聞いたところでわかりそうもないのに、聞かずには居られなかった。

 

 悠那は瞬きせずにシノンを見つめた後、そっとシノンの来た道を戻り始めた。途中で歌を口ずさむ。聞き覚えのない歌詞で出来た歌だったが、聞き入るようなものだった。悠那の声もまた、それを強く助長していた。

 

 ワンフレーズを歌いきると、悠那は立ち止まり、その顔をシノンへ向けてきた。強い望みがあるような表情をしていた。

 

 

「私はね、ただ歌っていたいだけ。それだけが望み。それ以外何も望まない」

 

 

 悠那はシノンの問いに答えたわけではなかった。ただ自分自身の気持ちを話しただけだ。これ以上問いかけたところで、望む答えなど得られないと伝えてきているのか。そんな事を考えるシノンに、悠那は問いかけてきた。

 

 

「……シノンさん、だよね。貴方は何を望んでいるの」

 

「私はキリトの記憶を取り戻したい。そのためにオーディナル・スケールで戦ってる。知ってるなら教えて。どうすればキリトの記憶を取り戻す事が出来るの」

 

 

 悠那は身体ごとシノンへ向き直った。

 

 

「キリトさんの記憶を取り戻したいなら、ランクを上げて。貴方の今のランクじゃ、到底足りない。それに、きっと貴方一人の力じゃキリトさんの記憶を取り戻すのは難しい。貴方には頼れる仲間達が居るはず。その人達と力を合わせて、ランクを上げて行って。二日後のライブまでに」

 

 

 そう伝える悠那は、まるで女神だった。先程重村教授をオーディナル・スケールの神だと連想したが、その娘である悠那もまた、女神なのだろうか。そんな悠那は右手をゆっくり前に出し、手を指鳴らし(フィンガースナップ)させる形にした。

 

 

「さぁ、もう時間よ。起きて、やるべき事のために頑張りに行って」

 

 

 悠那が指を鳴らすと、シノンの視界は一気にホワイトアウトした。

 

 

 

         □□□

 

 

 

「ッ!!」

 

「わああッ!!?」

 

 

 シノンが目を覚まして上半身を起こすと同時に、多数の声が聞こえた。目の前に仲間達の顔があった。フィリア、ユウキ、カイム、シュピーゲル、リラン、ストレア。先程からの戦いのメンバーが勢揃いしていた。

 

 

「シノン、大丈夫?」

 

 

 シュピーゲルが尋ねてきた。全員の心配そうなその表情を見て、反射的に記憶を再生させた。そうだ、自分はこの東京ドームシティに来て、オーディナル・スケールの《英雄の使徒》と戦っていたのだ。この仲間達と一緒に戦って、その中で《英雄の使徒》の攻撃を受けそうになって――そこであの悠那のいる場所に飛んで、ここに戻ってきた。

 

 

「皆……」

 

《シノン、大丈夫だったか。確かに我が攻撃を防いだはずだったが……》

 

 

 《英雄の使徒》の攻撃が飛んできた時、咄嗟にリランが盾になってくれたのは憶えている。だがその衝撃は相殺されず、ダメージこそないものの、シノンは倒れてしまった。そこから、あの時に繋がっている。

 

 

「えぇ……ダメージは受けなかったみたい。あんたが守ってくれたおかげよ。あんたこそ、何もない?」

 

 

 自分が戦闘不能になれば、その時リラン達のいずれか、もしくは全員が身代わりになる事でオーグマーの裏機能発動を阻止するという話だった。先程の攻撃で自分が戦闘不能になっていたならば、三人が大きな損傷を(こうむ)っていたはず。

 

 思い出したシノンに、リランは首を横に振って答えた。その近くを飛んでいるストレアも同じだ。

 

 

《我は平気だ。お前のオーグマーの動きは全てわかるが、何も起きなかった》

 

「シノン、なんとか戦闘不能にならずに済んだんだね。よかったよ~」

 

 

 平気そうな二人に安堵し、シノンは立ち上がった。その直後、意識を一度失う前の事を思い出して焦った。あの巨剣の巨人はどうなった。

 

 

「そうだわ、ボス! 私達はボスと戦ってて――」

 

「ボスなら、もう倒しちゃったよ」

 

 

 そう答えてきたのはユウキだった。彼女達によると、自分が気を失ってすぐに、リラン以外の全員が巨剣の巨人に一斉攻撃を仕掛け、そのまま撃破したという。ボスが倒れ、次のボスモンスターが現れる気配がないとわかったからこそ、全員で自分の許へ集まってきたのだそうだ。

 

 

「そうだったんだ……何とかなって良かった……」

 

「すごい事になったよ、シノン。あのボスを倒したら、ランクが一気に上がっちゃって。僕達のランキング、百九十くらいになってる」

 

 

 シュピーゲルの言った事に少し驚き、シノンは周りの仲間達のランキング、及び自身のランキングを確認した。

 

 あまり気に留めてみていなかったため、前の数値は思い出せない。今の数値はというと、シュピーゲルの言うように、百八十位になっていた。ユウキが百八十一位、カイムが百八十二位、フィリアが百八十三位、シュピーゲルが百八十四位となっている。ついこの前まで五桁以上だったのが嘘だったように、三桁にまで迫ってきていた。

 

 あの大剣の巨人事《英雄の使徒》は、それだけ膨大なランクを獲得させるものだったらしい。そこでシノンは意識を失っていた間に見た記憶を思い出し、はっとする。見覚えのない庭園にいた悠那。彼女は言っていた。「キリトの記憶を取り戻したいなら、ランクを上げろ」。

 

 《英雄の使徒》を倒すだけでこれだけランクが上げられるという事は、彼女は《英雄の使徒》を倒すべしと教えてくれたのだ。《英雄の使徒》を倒して、ランクを上げて、真相へ迫れ。それが悠那の教えてくれた事だった。

 

 

「《英雄の使徒》を倒せば、ランクが……」

 

「シノン?」

 

 

 首を傾げるフィリアに答えようとしたその時に、視界にひらりと舞い込む者がいた。ユイだった。別のSAO生還者がやられた際に、彼女は抜き取られた記憶が形を成した物を追って行っていたのを憶えている。戻ってきたという事は、何かしら掴めたという事だろう。

 

 

「ユイ、どうだった。キリトの記憶があるところ、見つかった?」

 

 

 ユイは答えない。何か驚くべきもの――言葉を失ってしまうくらいの――を見てきたかのようだった。シノンがもう一度声を掛けようとしたところで、ユイは口を開けた。

 

 

「……皆さん、お話したい事があります。《SA:O》の家へ向かってください。ママも、そこで皆さんと情報共有をお願いします」

 

 

 一同はひとまず頷き、シノンもまたユイに従った。皆に告げたい事もあるので、丁度良くはあった。

 

 

 

         □□□

 

 

 

「オーディナル・スケールのランクを上げれば、キリトの記憶を取り戻せる?」

 

 

 そう言ったのはリランだった。

 

 《英雄の使徒》との戦いの後、シノン達はそれぞれの家に帰り、すぐさまアミュスフィアを起動して《SA:O》へダイブ。普段から仲間達の集会所として使用されている、キリト達の家の一階に集まった。

 

 アスナ、ユピテル、シリカ、リズベット、エギル、レイン、ディアベル、イリスといった、オーディナル・スケールのイベント戦には居なかった者達も集まってくれていた。シノンはそこで、あの戦いの時に悠那と思わしき少女から伝えられた事情を皆に話した。

 

 話が終わってすぐに、アスナが問うて来た。

 

 

「本当なの? オーディナル・スケールでのランクを上げれば、SAO生還者達の記憶を取り戻せるって」

 

「えぇ、あの時確かにそう言われたの。信じてもらえないかもしれないけど、どうにもそういう事らしいの」

 

 

 皆が(いぶか)しむような顔をしている。当然だ。死んでいるはずの重村教授の娘であるはずの悠那が、つい最近見るようになった白い服を着た奇妙な少女であり、接触してきているというのだから。

 

 幽霊になった死人に会い、話をしたなんて話されたら、シノンだって同じような反応をするだろう。だが、これが事実なのだからどうにもならない。どんなに荒唐無稽であろうと信じてもらうほかないのだ。

 

 

「シノン、嘘を言っているような感じじゃなさそうだな。って事は、マジでそういう事になってんのか」

 

 

 エギルに続いてシリカが問う。

 

 

「ランクを上げれば、キリトさんを含めたSAO生還者皆の記憶を取り戻せる……けれど、どうして二日後までなんですか。二日後って言ったら、ユナのファーストライブの日じゃないですか」

 

 

 シリカの言うとおり明後日はユナのファーストライブが行われる日だ。ユナのファンにとって記念すべきその日までという期限が設けられている事で、その日に何かが起こるのではないかという予測が簡単にできる。

 

 同じ事を思ったのだろう、レインが挙手するように言った。

 

 

「ユナのファーストライブって新国立競技場でやるんだよね。そういえばシノンちゃん達SAO生還者学校の人達、全員そこに行くって言ってたよね」

 

「オーディナル・スケールで記憶を奪ってる奴は、俺達SAO生還者を狙ってる……ユナのファーストライブにSAO生還者学校の人達が招待されてるのは、そこで根こそぎ記憶を奪うためか!」

 

 

 ディアベルが思い付いたように言った。そのとおりだろう。オーディナル・スケールで記憶泥棒をしている重村教授は、オーグマーとユナのファーストライブ招待券を帰還者学校の生徒達全員に配布する事で、まとめて記憶を奪い取る計画を企てているのだ。

 

 愛されるアイドルであるユナのファーストライブの真実の姿は、重村教授の野望を成就させるための大がかりな罠だ。

 

 そこまでわかったところで、その重村教授の教え子の一人であったというイリスが口を開けた。

 

 

「なるほど、見事に繋がってるね。重村先生はユナのファーストライブの最中に、オーディナル・スケールに関する何らかのイベントを出すつもりだ。それに対抗するために、オーディナル・スケールのランクを上げて強くなっておけって事だ」

 

 

 後でわかった事だが、オーディナル・スケールでのステータスはランクが強く影響するようになっており、ランクが高ければ高いほど、オーディナル・スケールでのステータスが大幅に上昇するようになっている。

 

 一桁台にまで迫れば、それこそ最強のステータスを得る事が出来るようになっているというわけだ。ランクの恩恵の真実の姿は、それなのだろう。そうとわかったところで、弱音を吐いたのはシュピーゲルだった。

 

 

「けれど、そんな事出来るのかな。今日だってもうすぐ終わる。明日一日だけで、ランクを今より上げる事なんて出来るの?」

 

 

 彼の言っている事もわからないでもない。確かに今日は既に午後十一時を廻っており、残された時間は事実上明日しかない。明日という一日、二十四時間程度でユナのファーストライブで何が起きても大丈夫なようにランクを大きく上げる事など、かなり無茶があるだろう。

 

 本当にそんな事が出来るのだろうか。言い出したシノンさえも、そんな不安に駆られつつあった。しかし、そこに入ってきた大きな声が、その不安をかき消さんとしてきた。

 

 

「やるしかないわよ、無茶でも!!」

 

 

 皆は一斉に静まり返り、声の主に向き直った。皆の注目を集める一点に居たのは、リズベットだった。

 

 

「リズさん!?」

 

 

 シリカが驚いたように言うが、リズベットは聞こえていないように続けた。

 

 

「あたし達SAO生還者の記憶が、オーディナル・スケールの開発元の教授の悪だくみのために盗まれてるですって? それにキリトも巻き込まれて、皆もそのうち巻き込まれるですって? そんなの許せるわけないじゃないの! あたし達を、キリトを何だと思ってるのよ!?」

 

 

 リズベットはばんとテーブルを両手で叩いた。強い怒りが感じられる。

 

 

「あたし達はアインクラッドで、SAOで何をした? あたし達は戦った。生き残るために、皆で現実世界に帰るために二年間も戦った。ボスとも、犯罪者ギルドとも、社会を変えるくらいの力を持ったテロリストとも戦って、勝って、現実世界に帰ってきたのよ。

 確かに辛い事も悲しい事も、怖い事も苦しい事もいっぱいあった。正直SAOは地獄みたいなところだった。けれど、あたしにとってあの二年間の日々は誇りで、大切な記憶よ」

 

 

 リズベットは唖然としている皆を見つめた。シノンもリズベットの目を見ていた。強い意志の光が瞬いていた。

 

 

「でも、あの地獄から生き延びられたのは、あたし達一人ひとりが力を合わせて戦ったからだけじゃない。皆を纏めてくれて、支えてくれた人が居てくれたから。じゃあそれは誰? あたし達をあの地獄で導いてくれたのは誰だった?」

 

 

 リズベットからの問いかけにシノンは即座に答えたが、声は出せなかった。その答えをリズベットは力強く言った。

 

 

「――キリトよ。キリトが皆のリーダーになって戦ってくれたおかげで、あたし達はどんな敵が相手になっても戦えた。リランを連れて、《二刀流》をぶん回して戦ってくれるキリトが居てくれたから、キリトが導いてくれたから、あたし達はあの地獄から生き延びられたのよ。

 キリトが皆を導いてくれたから、七十五層の後から誰も死ななかった。だから、あたしにとってキリトは希望だった。キリトっていう希望が居てくれたから、あたし達は今こうして生きてる!」

 

 

 シノンは奪われずに済んでいるSAOでの記憶を思い出す。そうだ。攻略の最前線に居たのはキリトだった。キリトが双剣を振るい、リランという最強の竜に跨って戦ってくれたおかげで、自分を含めた攻略組は七十五層以降誰も死ぬ事なく、SAOをクリアする事が出来たのだ。

 

 だからSAO生還者達――元攻略組は、キリトとリランを希望の象徴と言っていたのだ。

 

 

「なのに何よ。オーディナル・スケールの開発者の重村とかいう教授は、あたし達の誇りの記憶を盗んでて、SAO生還者を呼び寄せるためにリランに似せたボスモンスターを出させてるですって? ふざけんじゃないわよ。どこまであたし達の誇りを踏みにじろうっていうのよ!!」

 

 

 リズベットの怒りは正しかった。純粋な悪意に対する怒りが瞳の中で燃えている。それは飛び移り、皆の瞳、胸の中にも燃えがろうとしていた。

 

 

「……あたしは絶対に許さない。皆の希望だったキリトを苦しめて、SAO生還者達全員を踏みにじって、あたし達の誇りの二年間を奪おうとしてるなんて。こんなの、SAOであたし達を実験動物扱いしてた《()り逃げ男》と何も変わらないわ。絶対に、絶対に許せない!」

 

 

 リズベットの熱弁はそこでようやく止まった。しばしの沈黙の後、フィリアが挙手するように立ち上がる。

 

 

「わたしも同じ気持ち。わたしもあの二年間は誇りに思ってるし、そもそも皆と仲良くなれたのも、今のわたしがあるのも、あの二年間があったからだよ。

 その二年間の後半に、わたしはキリトに命を救ってもらった。キリトはわたしの命の恩人で、皆は大切な友達。それを奪おうとしてる奴なんか、絶対に許せないよ!」

 

 

 更に続けて立ち上がったのがユウキだ。SAO後半付近からの参加だった彼女も、自分達攻略組の一人であり、希望の象徴の一つだった。

 

 

「ボクも二人と同じ。キリトを苦しめて、ボク達の記憶を盗もうとしてるなら、許せない。仕返しはいけないって言われてるけど、ここまで酷い事されて仕返しせずにいるなんて無理! 記憶を盗んだ奴はこてんぱんにしてやる!!」

 

「それは流石に神様も許すね。ここまでの事をやってるのが相手なんだから。攻略組って呼ばれた皆を、その希望の象徴だったぼくの親友を敵に回した事を、後悔させてやろうよ!」

 

 

 カイムが続けて言い、やがてその場の全員がリズベットの気持ちに賛同し、声を上げ始めた。

 

 

「相手にどんな事情があるのかはわからない。けど、キリト君を苦しめて、皆を苦しめて、皆の大切な思い出を奪い取ろうとしてるなら、そんなの許しておけない」

 

「SAOは地獄のようなところでしたけれど、皆さんはそこを生き延びた素晴らしい人達です。皆さんの思い出を奪う、重村教授の悪だくみを阻止しましょう!」

 

 

 アスナとユピテルも起立し、それぞれの思惑を話した。彼ら、彼女らの気持ちと、シノンの思っている気持ちは同じだ。重村教授を、オーディナル・スケールを許さない。思い出を奪い取ろうとしている先兵である《英雄の使徒》は、残さず潰してやるのだ。

 

 ユナのファーストライブで起こるかもしれないとされる重村教授の計画を、頓挫させてやるのだ。

 

 皆の気持ちが一致した事を察したイリスが起立する。

 

 

「こんな事件が起きてるのは、結局SAOなんてものを私達アーガスが世に出してしまったせいだ。けれど、そんなものでも君達との繋がりを作る事が出来たし、皆の繋がりを作ってやれた。いつも君達頼みになってしまって申し訳ないが……どうか重村先生を止めてくれ。SAOで作られた奇跡の繋がりを、これからも繋げていってくれ」

 

 

 イリスからの頼みに、皆で頷く。重村教授はSAO生還者達の記憶を、忘れてもいいものと勝手に判断して軽視している。自分達にとってSAO生還者としての記憶、あの二年間の日々は、かけがえのない思い出であり、宝物なのだ。それを奪わせるわけにはいかない。

 

 

「皆、やってやりましょう。皆で力を合わせて、キリトの、SAO生還者全員の記憶を奪い返してやりましょう!」

 

 

 いつもはキリトが言っていそうな事をシノンが言うと、皆はもう一度深い頷きを返してくれた。それに続けてストレアが報告してきた。

 

 

「皆聞いて! オーディナル・スケールについて調べてみたけど、今夜からイベントスケジュールが変わったみたい。今日まで夜の九時くらいからしか出現しなかった《英雄の使徒》が、明日から東京中のあちこちに、毎時の零分丁度と三十分に出現するようになったみたいだよ」

 

 

 その報告に皆で驚いたが、シノンはチャンスだと思った。

 

 《英雄の使徒》を倒す事で、大量のポイントとランク上昇を獲得できる。ランクがステータスに直結しているという事は、《英雄の使徒》を倒す事こそが、強くなって重村教授の計画を頓挫させる近道なのだ。

 

 それを聞いたリズベットとイリスが皆に声掛けする。

 

 

「なら、やる事は決まりよ。明日の日中、皆で東京中の《英雄の使徒》を狩って狩って狩りまくる! 毎時零分丁度と三十分に出現するなら、朝の九時から十体から十五体くらいはいけるはず!」

 

「移動には私の車とディアベル君の車を使おう。梯子酒(はしござけ)ならぬ梯子使徒(はしごしと)だ」

 

 

 イリス/愛莉の車は前から知っていたが、意外にもディアベルも車を持っているという。それも中型車であるそうなので、イリスの車とディアベルの車を使えば、全員で高速移動できるだろう。

 

 やるべき事は決まった。後はそれの準備をするだけだ。そう思った皆が気合を入れたところで、イリスはある者に声掛けした。ここに皆を呼んだくせして、今までずっと黙っていたユイだ。

 

 

「それはいいとしてユイ、何か皆に伝えたい事があるんじゃないか」

 

 

 ユイははっとしたようにイリスに向き直り、やがて全員を見回す。何か話があると言っていたが、ここまで何も話されていない。気になったシノンは、ユイに問いかけた。

 

 

「ユイ、あんたあそこで何を見てきたの。何かわかった事があるのよね?」

 

 

 ユイは頷いた。その顔は、やはり何か信じがたいものを見た後のようになっている。

 

 

「……皆さん、これからの事に水を差すようですみませんが……」

 

 

 ユイは小さく口を動かし、次の言葉を発した。

 

 

 

「この事件に、わたしとストレアの後に生まれたMHCPと思われる存在が、関わっている可能性があります」

 

 

 

 




 ――原作との相違点――

・仲間達全員でボス討伐に向かう。ではキリトがどうなるのか。

 乞うご期待。


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