キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:攻略組重鎮総攻撃

          □□□

 

 

 

「これで七匹目……まだまだいけそうね!」

 

「リズさん、あまり大きな声出さないでください! 耳元に響くんです」

 

 

 リズベットとシリカのやり取りが後ろから聞こえた。シノンは今、彼女達と一緒になって車の中に乗り込んで移動していた。一日中出現するようになった英雄の使徒を狩り、オーディナル・スケールでのランクを上げるためだ。

 

 東京中に英雄の使徒が毎時出現するようになり、ランクを上げれば、SAO生還者達の記憶を奪い返せるかもしれない。その中には勿論キリトの記憶もある。

 

 英雄の使徒を倒してランクを上げ、明日のユナのファーストライブで起こりうる出来事に対応、キリトの記憶を奪い返す。シノン達は昨日のうちにそれを決めて、今日実行している最中だった。そのために今日は朝からオーグマー装着しっぱなし、オーディナル・スケール起動しっぱなしだ。なので全員がプレイヤーアバターの名前になっていた。

 

 

「仕方ないよ、こんなにぎゅうぎゅう詰めになってるんだもん」

 

「イリス先生、今まで大丈夫でしたけど、くれぐれも事故を起こさないでくださいね。シリカちゃんが飛んでいっちゃいます」

 

 

 後ろの席のフィリアとアスナが言い、シリカが「ひいぃ〜!」と声を上げていた。振り返ると、すごい光景が広がっている。

 

 本来は三人しか乗ってはいけないはずの後部座席に、右からリズベット、フィリア、アスナ、シリカ、レインの順でぎゅうぎゅう詰めになりながら座っている。シリカに至ってはスペースがないので、アスナの膝に座り、しっかり抱きかかえられている。

 

 三人乗りの後部座席に五人居て、しかも一人はシートベルトをしていない。明らかに道路交通法違反の光景であった。そんな少女達が缶詰になっているかのような車を運転しているのが、シノンの隣に居るイリスだった。

 

 イリスは後ろに振り向く事なく、応答してきた。

 

 

「勿論事故らないようにするさ。けど、タイムスケジュールがすごくかつかつだからね、幾分か飛ばしていかないと。速度が出てる事に関しては、仕方ないと思ってくれ」

 

「イリス先生、あたしのためにも安全運転をー!」

 

「シリカ、いっその事アスナにしっかりしがみついたらどうだい。それなら多分事故っても外に飛んでく事はないかもだよ。そこはユピテルの特等席だ、味わえるのは今くらいだよ」

 

 

 イリスからの応答にシリカが「ふぇっ!?」と驚き、アスナもまた驚く。二人揃って顔を赤くしているのが見えた。

 

 確かにアスナの息子であるユピテルにとって、アスナの膝の上と胸の中は特等席だ。こんな時くらいしか、ユピテルに譲ってもらえる事はないだろうが、今出すべき話題ではない。

 

 イリスはいつものようにからかっていた。余裕だという意思表示なのかもしれない。

 

 

「それにしても、ここにリーファちゃんとユウキちゃんがいないでよかったかもしれないね。ここに二人も追加するとなると、どうにもならなかったよ〜」

 

 

 珍しくオーディナル・スケールへの参加をする事になっているレインが苦笑いしつつ言う。

 

 リーファは島根まで合宿に出ていてこの場におらず、ユウキはオーグマー用回線ドローンの回線を飛んで移動している。リーファ/直葉にいたってはグラマラス体型なので、ここにいたならば、もっと座席をぎゅうぎゅうにしていただろう。

 

 ――まぁ、その時は後続のディアベルの車に搭乗する事になっていただろうが。

 

 

「ディアベル、大丈夫かしら。オーディナル・スケールもやって車の運転もやって……」

 

 

 シノンは後部座席の更に後ろ、後続車を見る。青いボディをした中型普通車に、四人の男達が搭乗しているのが確認できる。ディアベル、エギル、カイム、シュピーゲルの四人が乗っているのだ。全員がオーグマー装着済みで、オーディナル・スケールを起動済みである。

 

 東京中を駆け回る事になった以上、乗用車のような乗り物が必要になった。そこで用意できたのがこのイリスの車と、ディアベルの車である。どちらも普通車であるため、座席も十分にあり、きちんと割り振ればぎゅうぎゅう詰めにならないで乗る事も出来た。

 

 だが、「男どもの車に女子が乗るなんて駄目!」とリズベットとフィリアとシリカが言い出してしまったせいで、女子全員がイリスの車一台にぎゅうぎゅう詰めになって移動する事になったのだった。

 

 そんな事になっているためか、後続車から見える男性達の目は、苦笑を含んだものになっている気がした。何をしてるんだろう、あの女の子達は……――そんなふうに思われてもいるだろう。

 

 

「ディアベルはガッツがあるから大丈夫でしょ。それにエギルも普通車免許持ってるから、いざとなったら交代できるっしょ」

 

 

 リズベットの言い草は随分楽観的だった。まるでディアベル達の心配はしていないかのようだ。彼女にとってはこの場に居ないキリトの記憶を取り戻すために、オーディナル・スケールのランクを上げまくるのが最優先事項なので、そうなっても仕方がない……のだろう。

 

 そんなリズベットの隣に座るアスナが、シノンに声をかけてきた。

 

 

「ねぇシノのん、ユイちゃんの言ってた事、やっぱり本当なんだ……?」

 

「……そうだと思う」

 

 

 昨日《SA:O》で開いた作戦会議のすぐ後、ユイがある情報を伝えてきた。この事件には自分より後に作られたMHCP、もしくはそれに類似した存在が関わっているかもしれない――という情報を。その話を聞いた時、誰もが驚いていたし、シノンは今でも驚き続けている。

 

 

「イリス先生、ユイからすると妹や弟になるプログラムを、また作ってたんですか?」

 

「プレミアちゃんと、ティアちゃんだけじゃなかったんですか」

 

 

 シノンとシリカでイリスに問いかける。ユイがこの話をした時、シノンはすぐさまイリスに尋ねた。ユイとストレアの後に生まれたプレミアとティア、彼女達の後に作ったAIが存在していたのかと。

 

 

「それだけど、昨日も言ったろう。今のところプレミアとティアが一番末の子供達で、あの娘達以降の子は作ってないんだ。いや、これから作るかもしれないけど、まだ着手もしてない」

 

「じゃあユイちゃんが見たっていう、ユイちゃんをお姉ちゃんって言ってるのは?」

 

 

 セブンという妹を持つ姉であるレインが言うなり、イリスは左手で頭を掻いた。

 

 

「正直私さ、MHHPの行き先はわかってるんだけど、MHCPの行き先はよくわかってないんだよ。君達から話を聞いただけだからさ。もう一回聞くけど、ユイとストレア以降のMHCP、どうなったって話だった?」

 

 

 確かにイリスは、ユイとストレア以外のMHCPの事は把握していない。残された者達が最後どうなってしまったのか、結末がどうなのか。それを話し始めたのは、アスナだった。

 

 

「……ユイちゃんとストレア以外、全員死にました。《()り逃げ男》に改造されたユピテルに、食べられて……」

 

「……それは知ってる。けど、その時何人喰われて死んだんだ?」

 

 

 イリスからの問いに全員できょとんとする。何人が喰われて死んだというのは、どういう問いかけだ。思わずシノンが聞き返す。

 

 

「何人って……どういう?」

 

「だからそのまんまだよ。改造されたユピテルに喰われたっていうのはわかるんだけど、その時何人ユピテルに喰われたかってのがわからなくてさ。全員? ユイとストレアを除いて何人だったんだい」

 

 

 シノンは思わずその時の事を思い出していた。あの時《壊り逃げ男》によって呼び出され、ユピテルの生贄にさせられたMHCP達。あそこには全員揃っていたのだろう。

 

 だが、その全員が何人だったかは、よく憶えていない。

 

 

「えぇっと、そもそもMHCPって、ユイちゃんとストレアさんを入れて何人いたんでしたっけ?」

 

 

 ちょっと困り気味のシリカが尋ねるが、シノンはもうその答えを出せている。MHCPはユイとストレアを含めて、十人いたという話だ。

 

 

「ユイとストレアを入れて十人だったわ。けど、あそこに何人集まってたって聞かれると、わからないかも……」

 

 

 シノンに続き、俯きながらのアスナが続いてきた。

 

 

「わたしもよく憶えてない。あの時はユピテルの事で頭がいっぱいだったから……」

 

 

 今はユピテルが復活しているが、それでアスナにとってあの決戦は最悪の時間だった。今も彼女の脳裏に深く突き刺さっているだろう。だからこそユピテルが負傷した際、アスナはこれ以上なく取り乱したのだ。

 

 その決戦の当事者であるリズベットとシリカも続く。ぎゅうぎゅうなので、仕草は出来ないようだ。

 

 

「んー、あたしもよく憶えてないや。《壊り逃げ男》がすごくムカついた事だけは憶えてるんだけど」

 

「あたしも同じです。あの時何人のMHCPが居たかって言われても……」

 

 

 そこにフィリアとレインも続いてきた。やはり覚えがないという顔をしている。

 

 

「わたしも憶えてないなぁ。《壊り逃げ男》のインパクトが強かったから」

 

「わたしもあの時は死に物狂いで戦ってたし、まだ皆との今みたいな面識もなかったからなぁ」

 

 

 全員の答えを聞き、イリスは「そうかい」と独り言のように言った。もし、あの時ユピテルに喰われずに済んだ個体がいたならば、今もどこかで存在していてもおかしくはないだろう。

 

 ――それがこの事件の犯人の一人になっているかもしれないというユイの予想の現実化は、最悪のパターンだ。ユイとストレア、リランとユピテルは、同じ母親から生まれ、同じ使命を持っているはずの弟妹(きょうだい)と争う事になるのだから。

 

 同じ血筋同士の争いがどれだけ凄惨で無意味で、悲しいモノなのかは、あらゆる国のあらゆる権力者達が作ってきた歴史が証明している。かつて巻き起こされた家族同士、血縁者同士の争いという悲劇がこの国で、この街で、自分達のすぐ近くで巻き起こるかもしれなかった。

 

 その様相を少し想像して、シノンは問うた。

 

 

「ユイ、ストレア。もしあんた達の弟妹(きょうだい)が犯人だったら、どうするの」

 

 

 妖精の姿となっている娘とその妹は、シノンとイリスの間に出現していた。二人とも浮かない顔をしている。血を分けた弟妹(きょうだい)と戦うかもしれないのだから、仕方がないだろう。

 

 

「……わたしの弟か妹が犯人だったら……」

 

「その人が、キリトやクライン、他のSAO生還者の記憶を奪ってるんだもんね……だから戦う事になったら、戦わなきゃいけないんだろうけど、その人と本当に戦えるかって言われたら、アタシ……」

 

 

 中々の戦闘好き(バトルマニア)であるストレアさえも、今ばかりはそうなっていない。彼女の役目は人間の精神を癒す事であり、その大剣は人間の敵となるモンスターを斬るためのものである。家族を斬るためのものではない――彼女はそう決めているのだ。

 

 だが、その敵が自分の家族だったならば――そんな事を考えていたようには見えないし、優しいストレアにそんな事が出来るかと聞かれたら、答えに困る。

 

 

「……戦うしかないぞ、ユイにストレア」

 

 

 二人をはっとさせたのは、リランだった。リランは後部座席の更に後ろ、トランクのスペースに居た。隣にはユウキもいる。二人揃って回線用ドローン経由して飛んでいるのだが、この車に出現する事も出来るようになっている。そして仮想世界に意識を置いているので、あまりスペースを気にしないでいいのだ。

 

 

「この事件の犯人の一人としてMHCPの者が加担しているならば、そいつは十中八九重村と志を同じくした犯罪者(テロリスト)だ。ユイとストレア、お前の父を、我の主をあんな目に遭わせた張本人だぞ。許しておけるわけがなかろう」

 

「ですが、おねえさん……」

 

 

 ユイに声掛けされ、リランは軽く顔を背けた。苦虫を噛んだような表情だった。

 

 

「それに、そいつは人間達の心を(いつく)しみ、精神を治療する使命を持ったMHCPであるというのに、SAO生還者達の記憶を奪い取り、苦しめている。……我らが共通で持っている使命に反した裏切り者なのがそいつだ。キリトに起こったあんな事が実際に起きている以上、そいつの事も犯罪者(テロリスト)と認識する外あるまい」

 

 

 だから自分達は戦うしかない――リランはそう言っていたが、やはりその表情は苦く、悲しげだった。彼女としても血を分けた弟、妹と戦う事になるのは不本意で避けたい事柄なのだろう。

 

 だが、リランの言うようにクラインが、名も知らぬSAO生還者達が、そしてキリトが記憶障害になって今も尚苦しんでいる。こうなってしまった以上、止めるほかないのだ。それに続いたのはフィリアだった。

 

 

「わたしも、例えユイちゃんとストレアの弟妹(きょうだい)が相手になっても許せないよ。わたし達SAO生還者達を狙って、こんなひどい事をしてるんだから」

 

 

 そう言うフィリアは険しい顔をしている。記憶障害を引き起こしているキリトを目の当たりにしているうえに、その切っ掛けを作ってしまったと言っている彼女からすれば、その言葉と顔は当然の物だった。

 

 そしてその気持ちはシノンも同じだ。本当にユイ達の弟妹(きょうだい)がこの事件に関わっているならば、そいつのせいでキリトはあんなふうになって苦しむ事になったのだ。

 

 そいつがキリトの記憶を持っていて、もしそいつの生命(いのち)と結びついているのであれば――殺してでも奪い取らねばならない。

 

 そいつこそが、最優先で狙うべきターゲットであろう――そう思うシノンとフィリア、他の少女達に待ったをかけたのは、イリスだった。

 

 

「まぁ待ちなよ君達。もし本当に私の子供、MHCPの一人が事件に加担してるってんなら、その子には手を出しては駄目だ。贖罪させるなら、重村先生にだけやらせる」

 

「イリス先生……ですけど、そのMHCPのせいでキリトがあんなふうになったんですよ! イリス先生だって見たじゃないですか、キリトが苦しんでるところ! イリス先生だって怒って――」

 

 

 フィリアが反論するが、それもイリスは遮った。

 

 

「――私が怒ってないなんていつ言ったよ? 少なくとも私は君達が思っている以上に怒り心頭になっているつもりだ。怒りのあまり逆にクールダウンするくらいにね」

 

 

 告げるイリスの低い声には、明らかな怒りが込められていた。

 

 

「確かに重村先生からは色々教わった。彼は私の恩師だよ。

 しかしだ、今のあの人はこんな酷い事をやっているうえに、私の可愛いMHCP(こども)達をこんな暴挙(テロリズム)に巻き込んで、挙句SAO生還者達の記憶を奪う手引きをさせてる。MHCPは人々の精神と心を癒してくれますようにって祈りを込めて生んだ子達だ。それをこんな事に使っているのは、とても許せる事じゃない。重村先生が何の目的で――」

 

 

 途中でイリスの言葉は止まってしまった。思わずシノンは首を傾げる。

 

 

「……先生?」

 

「……待てよ、重村悠那? 悠那ちゃん死んだって言ってたよね? ユナ? 確かその子……ある……もしそれが本当の……なら……」

 

 

 イリスは独り言をぶつぶつと言うだけだ。何かの思考スイッチが入った時のキリトに似ていなくもない。何か思い付いた事でもあるのだろうか。

 

 だが、それを突然やられても反応に困る。シノンは続けて問いかけた。

 

 

「あの、イリス先生」

 

 

 イリスは独り言を止めて、顔を上げた。

 

 

「……とにかく、悪いのは全部重村先生だ。SAO事件の被害者達の心と記憶、尊厳を踏みにじった挙句、キリト君をあんな目に遭わせて、更に私のMHCPをテロに利用していた事を後悔させてやらなきゃだ。後悔させて、靴に付いた石油乾留液(タール)を舐めさせてやる」

 

 

 イリスは車内の全員に聞こえるように続けた。

 

 

「私達が動いている事、君達が強くなっている事は、重村先生達にとって想定外の出来事のはずだ。このまま英雄の使徒を狩って、SAO生還者達の記憶を泥棒するのを邪魔してやるんだ。そしてランクを上げて、明日ユナのファーストライブで起きそうな重村先生の計画を、頓挫させてあげるよ。そこで、キリト君の記憶を取り戻そう!」

 

 

 イリスの号令に、皆で「おおっ!」と答えた。結局辿り着く先にあるのはキリトの記憶の奪還であり、それこそが自分達の最終目標だ。それを成し遂げるためにも、戦い続けるのだ。

 

 シノンは右腕の袖を捲った。オーディナル・スケールの影響を受けていない、ペリドットの嵌った白金の腕輪が付けられていた。キリトがくれたお守りであるが、本人は記憶障害のせいでこれの事さえも思い出せなくなっている。

 

 

「……待ってて、和人……」

 

 

 必ずあなたの記憶を取り戻して見せるから――シノンはそう思い、額を腕輪に付けた。

 

 

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 

 

《……ってなわけだよ。皆、ご飯もろくに食べずに頑張ってるよ》

 

「……そうですか」

 

 

 自宅の二階、自分の部屋に和人は居た。明後日頃まで詩乃が一緒に居てくれているこの部屋は今、和人一人だけのものになっていた。詩乃が出かけているからだ。詩乃は今、仲間達と一緒になって愛莉の車に乗り、東京中を駆け回っている。時刻が午後十時を廻っているが、まだ終わっていない。

 

 その詩乃が何をしているかという報告を、和人は愛莉から受け取っていた。

 

 愛莉は身体の都合によりオーディナル・スケールに参加する事は出来ず、近くで観戦しているか、もしくは仲間達が戻ってくるまで車を見ている他ないのだ。愛莉は今回後者を選び、和人に連絡をしてきていた。

 

 

《午後二時くらいだったかな、その時くらいに皆からの話は聞いただろう。皆がどれだけ意気込んでるか、やる気で居るかってさ》

 

 

 愛莉が運転を行っている時――つまり皆の移動中にした話は、愛莉のスマートフォンを経由して和人に繋がっていた。愛莉がこっそりスマートフォンを通話状態にしてダッシュボードに入れ、和人にも聞かせていたのだ。それは和人が愛莉に頼み込んだからに他ならない。

 

 今朝、詩乃はそそくさと朝食を済ませて、家を出ていった。出かけていく寸前に要件を尋ねてみたところ、「皆とちょっと遊んでくる。夜までかかるかもしれないけれど、許して」と言うだけで、詳しい事情は話してくれなかった。

 

 しかし多くを語られなくても、和人は詩乃達がオーディナル・スケールをするために向かって行っていたのだとを把握できた。オーディナル・スケールで何か大きな出来事が起ころうとしている。自分がこうなった事以上に大きな出来事が起ころうとしていて、詩乃達はそれを掴み、それへの対応が出来るようにと、向かって行ったのだと、和人は思っていた。

 

 その予想は移動中の皆の話を聞いた――それは盗み聞きであり、許されるものではないかもしれないが――ところ、的中する事になった。オーディナル・スケールで巨大な出来事が起ころうとしている。SAO生還者達全員を巻き込んだ事件が、明日のユナのライブで起ころうとしているのだ。

 

 《SA:O》で起きたような、とてつもない規模の災害――厄災というべき出来事が、オーディナル・スケールでも巻き起こされようとしている。そんな想像は容易に出来た。記憶を抜き取られたとしても、イメージ力は衰えていなかったのだ。

 

 

「やっぱり、この事件の犯人は重村教授で間違いないんですね。そして教授は、ユナのライブでとんでもない事件を起こすつもりでいる……」

 

《そうだと決めていいだろうね。ユナのファーストライブの開催者は重村先生がボスをやってるカムラだ。そして参加チケットはSAO生還者達が優先的に手に入れられてるし、生還者学校の全校生徒も招待されてる。重村先生は明日のユナのファーストライブで、何らかの計画を成就させるつもりでいるんだろう》

 

 

 それはろくでもない事に決まっている。茅場晶彦が行ったデスゲームへの幽閉、もしくは須郷伸之の行ったサイバーテロリズムのような事が起こるのではないか。

 

 いや、重村教授は既にこれだけの事をやっているのだ、最早彼は須郷と同じサイバーテロリストだ。

 

 

「どうにかしてやめさせられませんか。愛莉先生、菊岡さんとの伝手(ツテ)があるじゃないですか」

 

《とっくに連絡済みだよ。菊岡さんも明日、部下を数人連れて動いてくれるそうだ。けど、今から中止させるのは無理だよ。まだ重村先生がテロをしてるわけじゃないからね》

 

 

 例え大都会にテロリストが潜伏していたとしても、実際にそれらによるテロが起きないと、捕まえる事も討伐する事も出来ない。テロリストが取り押さえられる時は、いつだって(おびただ)しい数の犠牲者が市民から出た後なのだ。

 

 その法則は今もこうして当てはまっている。

 

 

「じゃあ、このまま重村教授のテロを待つしかないんですか」

 

 

 悔しさを胸に抱いて問いかける。愛莉の声が少し遅れて返ってきた。

 

 

《――和人君。重村先生が仮にテロをするとして、実行犯になると思うかい。実際に会場で、自らの手で起こすと思うかい》

 

 

 和人は少しきょとんとした。すぐさまその質問への答えを考える。もし本当に重村教授がユナのライブでテロをするのだとしたら、果たして自分の手でやろうとするか。

 

 ――彼はそんな事はしないだろう。自らテロを実行すれば、テロリストとして逮捕されてしまう。重村教授のやろうとしているテロは、それによって起こりうる事象で、他の目的を達成するためのものだろう。逮捕されれば、それは成就出来ない。

 

 ならばどうするか。他の者にテロの実行を任せ、自分は本来の目的の成就に取り掛かるのが合理的だ。他の実行犯をテロリストとして逮捕させた中で、自分はひっそり願いの成就を喜ぶ。

 

 そうやるに決まっている。

 

 

「いいえ、重村教授は自ら手を汚すような事はしないと思います。というか、そういう人だったんでしょう」

 

 

 重村教授の生徒の一人であった愛莉は、すすんと笑った。

 

 

《ビンゴ。重村先生はそういう人だ。もし本当にテロをするつもりなら、他の実行犯を用意して、そいつにやらせるだろう。その目星は付いているだろう?》

 

 

 和人は電話越しで頷き、頭の中に一つのイメージを映し出す。

 

 記憶はSAOの記憶の大半が抜け落ち、ALOでの記憶も大半抜け落ちてしまっており、いよいよ《SA:O》の中頃まで差し掛かりつつある。そんな空っぽになりつつある頭の中に描き出されたのは、一人の青年の姿。

 

 自分が記憶障害に陥る原因を作り出し、フィリアとシリカを危険に晒した、エイジという《ビーストテイマー》の青年――あいつこそが、重村教授のテロを実行する実行犯なのではないか。

 

 いや、そうに違いない。あいつはフィリアとシリカを意図的に攻撃に晒した。彼女達はどちらもSAO生還者であり、重村教授からすれば獲物だ。あの時エイジが二人を攻撃に晒したのは、エイジがそもそも重村教授の同志だったからだ。

 

 

「……エイジ! あのランク二位のあいつだ!」

 

《そうだ。あの時フィリアとシリカを意図的に攻撃したのも彼だ。彼こそが重村教授の手足として動いてる実行犯だろうし、ユナのファーストライブでテロを起こすつもりなんだろう》

 

 

 愛莉が同じ事を思っていた事に、和人は何も感動しなかった。それより優先すべき事がある。エイジがユナのライブでテロをするつもりならば、やめさせなければならない。それを和人が言い出すより前に、愛莉は続けてきた。

 

 

《それに、彼こそがSAO生還者の記憶の集積所を知っている重要参考人である可能性も高い》

 

 

 そこで和人ははっとし、スマートフォンを落としそうになった。エイジが奪われた自分達の記憶の行き先を知っている。そして詩乃達は――その集積所を探している。もし彼女達が進み続ければ、いずれエイジに当たる。

 

 

「じゃ、じゃあ詩乃達は!」

 

《遅かれ早かれエイジと戦う事になるだろうが……君も見ただろ、彼のあの忍者みたいな動きをさ。あんなの、どんなにランクを上げたところで勝てないよ》

 

 

 エイジは人間離れした動きを見せてくるような奴だったし、そんな力があったからこそ、フィリアとシリカをぶん投げるような暴挙にも及べた。あんな者に、普通の人間が勝てるわけがない。

 

 けれど詩乃達はいずれあいつにぶつかる。その時詩乃達全員がエイジに蹂躙され、記憶を奪われるのか。それしかないとでも言うのか。

 

 

「愛莉先生、俺は……どうすれば」

 

《――和人君、あなたのやるべき事は何?》

 

 

 急に愛莉の声色と喋り方が変わり、和人は目を見開いた。

 

 

「え?」

 

《あなたのやるべき事は何だったか、憶えてない? それも思い出せなくなっちゃったかしら》

 

 

 その問いかけを受けるや否や、和人は思考を巡らせ始めた。貪食(どんしょく)な芋虫に食い荒らされたような有様の頭の中を駆け巡っていくのをイメージする。その中で更にイメージを膨らませる。

 

 ――俺のやるべき事は何だったか。これが俺のやりたい事だと決めていた事は何だったか。そう思い、更に思考を巡らせ続ける。間もなくして辿り着いたところに、一人の少女の姿があった。

 

 今朝、共に食事をした少女――詩乃。どんなに記憶が抜け落ちていっても、自分にとって、たった一人のかけがえのない人であり、愛すべき人であり、守るべき人であるという事が思い出される人。

 

 そこまで考えたところで、和人は我に返った。

 

 そうだ。俺のやるべき事は、詩乃をあらゆる危険から守り、共に生きて行く事であり、彼女に危害を加えようとする敵は倒す事だ。

 

 

「俺のやるべき事……詩乃を守る事です。詩乃とずっと一緒にいて、一緒に生きて、一生守り続けて、支えていく事です!」

 

 

 あの超人的な動きをするエイジが、詩乃に危害を加えようとしている。ならば、自分のやるべき事はエイジから詩乃を守り、倒す事だ――その事に和人が気付いたのと同時に、愛莉の静かな笑い声が聞こえた。

 

 

《そうでしょう、和人君。あなたのやるべき事はそうよ。詩乃を守り、支えていく事。あの娘の一生の伴侶としてね》

 

「……はい」

 

《明日、きっと詩乃達――詩乃はエイジと戦う事になるわ。そして詩乃はエイジから記憶を奪い返すつもりでいるわよ。エイジに勝ってね》

 

 

 詩乃は運動センスもある方だが、それでもエイジには劣る。そもそもエイジの動きと身のこなし、身体の使い方が常軌を逸しているのだ。あんな動きが普通の人間にできるはずがない。

 

 きっと、あいつには何か秘密があるはず。マジックと同じだ。あの動きを可能にする魔法の種が、あいつのどこかにあるはずだ。それさえわかれば――。

 

 

《イリス先生ー! 次ー!!》

 

 

 愛莉の方から他の者の声が聞こえた。遠かったが、里香の声だったように思えた。続けて他の少女達の声も聞こえてくるようになる。仲間達が愛莉の許へ戻って来たらしい。

 

 

《おっといけない。そろそろ切らないと》

 

「愛莉先生!」

 

《和人君、エイジに勝つ方法は絶対にあるわ。その仕掛けを見つけ出して、彼から詩乃を守ってみせなさい。奪われたあの娘との思い出を、取り返してみせなさい》

 

 

 愛莉はそう言って、電話を切った。長いようで短い通話を終えた和人はスマートフォンをベッドに置き、テーブルへ向かった。

 

 時計を確認すると、午後十時十五分を示していた。

 

 

「……あ!」

 

 

 和人は思い出したように声を出して、部屋を出た。

 

 エイジの秘密への対策もそうだが、今夜中にやるべき事が、和人にあった。

 

 




 次回、ある者中心に大きく改変された出来事が起きる。

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