キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 あるキャラ達に大きな変化あり。

 


03:銃の世界に集まる者達

          □□□

 

 

 

 キリトからの話は終わった。どうしてキリト達がここにいるのか、キリトがどうしてこの世界にやって来たのか、シノンは全てを呑み込む事は出来た。だが、それが腑に落ちているかと言われると微妙なところだった。

 

 

「それで、あなたは来てくれたんだ」

 

「あぁ。さっきも言ったけど、皆も一緒に来てくれてるよ。《SBCグロッケン》のチームルームに全員揃ってる。あとは俺とリランとシュピーゲルと、君が行けば全員揃うよ」

 

 

 このGGOにはチームルームや、自分の部屋を持つ事が出来るようになっている。キリト達はコンバートして間もないはずなのに、もうチームルームなんてものまで購入しているのか。その行動の早さにシノンは内心驚いていた。

 

 

「チームルームって、もうそんなものまで用意してるの」

 

《正確には我を格納するための格納庫(ガレージ)のついでに手に入った部屋があって、そこをチームルームにしたのだがな。あくまで自動で手に入る格納庫の付属品だから、そんなに広くはないぞ》

 

 

 リランの《声》で納得した。チームルームを買うためにはゲーム内コインである《ウェポン(W)キャッシュ(C)》が結構な額必要になる。まだGGOを始めて間もないプレイヤー達では到底手を伸ばせないような額のチームルームを、いくらキリトでもこんな短期間で手に入れられているわけはないと思った。

 

 しかしチームルームとして一応使える部屋の、その手に入れ方は如何にもキリトらしい、裏技のようなものだとも思った。そのキリトは少し苦笑いをしていた。リランに言われた事が図星だったのだろう。

 

 

「ま、まぁな。けど、見た感じ増築とか改築とかできるみたいだから、後々大きくしていくぜ。それこそ《SA:O》にある俺達の家の部屋みたいにしていけるはずだろ」

 

《みたいだな。いずれにしてもゆっくり出来る部屋には増築していけるはずだ》

 

 

 白金色の装甲に覆われた機械の狼の顔になっているリランは、軽くこちらを向いてきた。目はただの赤色のランプであり、輪郭自体が白金色の装甲で構成されているため、表情も何もない。しかしシノンには、これまで見てきた狼竜の彼女の顔が装甲の中にあるのを想像できた。

 

 今の彼女は、穏やかな顔をしていた。

 

 

《そうすればシノン、お前もゆっくり休む事が出来よう。いや、少なくともゆっくりできるところは既に確保出来たな》

 

 

 シノンは思わずきょとんとした。どうして私に――そんなシノンの考えを掴んだように、キリトが続けてきた。

 

 

「シノン、《SA:O》に全く来ないでGGOにダイブしっぱなしだろ。このゲーム、結構気力使うみたいだから、無理しないで休み休みやらないとだ」

 

「別に無理なんてしてないわよ。これくらいどうって事ない。寧ろもっとペースアップしたって良い――」

 

 

 キリトはすぐに首を横に振り、シノンの言葉を遮った。

 

 

「……姫様。あなたをお守りする《黒の竜剣士》は、あなたの事がわからない剣士ではございませぬぞ。どれだけご一緒させていただいているとお思いですか。あなたがどれ程私を思ってくれているかも、あなたがどれだけ無茶して頑張られる方であるかも、見てきておりまする」

 

 

 シノンはもう一度きょとんとさせられた。言い方こそ芝居がかっているのものの、彼の言葉は本心から出ているものだとすぐにわかった。

 

 すかさずリランがキリトに《声》をかけた。

 

 

《おい、そこは普通に言わぬか》

 

 

 キリトは軽く苦笑いして、もう一度シノンに向き直った。これまで見てきた、こちらを安心させてくれる光が瞳で瞬いていた。

 

 

「つまり、俺は俺のやるべき事をやりたいがために来たんだよ。君と一緒に居て、君を支えて、君を守るために戦う。今まで通りにな」

 

 

 その言葉はシノンの予想通りだった。きっとキリトの事だ、今まで通りの事をしてくれるために、わざわざ来てくれていたのだろう――それが見事に当たっていた。

 

 本当はキリトがもうそんな事をしなくて済むようにと思って、一人で強くなろうと思っていた。そのためにGGOで戦い、強くなろうと思っていた。しかしやはりキリトは早かった。シノンの想像を上回る速度でやってきて、またしてもシノンを守るために戦ってくれようとしていた。

 

 そんな事しなくたっていい、お節介よ――そう言って跳ね除ける事も出来るだろうが、キリトを跳ね除けたところですぐさま跳ねて戻ってくるのは、これまでキリトと一緒の時間を過ごした事で、シノンは深く理解していた。

 

 それに、そもそもそんな言葉をかける気などシノンには毛頭なかった。

 

 どうしてキリトはまた戦おうとしているの、どうしてキリトを巻き込んでしまったの――そんな悲しみや悔しさより、キリトがGGOへ、自分の傍へまたしても来てくれて、一緒に居てくれるという喜びの方がずっと大きかった。

 

 その対象であるキリトは、にっと得意げに笑んだ。

 

 

「迷惑だろうとお節介だろうと、これまでどおり一緒に居るよ。んでもって一緒に戦う。それが俺のやるべき事なんだしさ」

 

 

 シノンは笑みの混ざった溜息を吐いた。観念する他ない。

 

 

「……降参するわ。やっぱりあなたには敵わないわね、キリト」

 

 

 そう言ってシノンは、愛する人に顔を近付け、その額に自らの額を付けた。彼だけが持つ暖かさがじんわりと感じられた。

 

 

「来てくれて、一緒に居てくれて……また私を守ってくれてありがとう、キリト」

 

「……どういたしまして、シノン」

 

 

 彼は優しく額を擦り付けて来た。答えるようにシノンも彼の額に自分の額を優しく擦る。二人だけのスキンシップ。

 

 この世界に来てからは一度もやった事のない、二人だけのやり取りをすると、冷たくなっていた胸の内、心が暖かくなっていく気がした。

 

 どうせなら口付けもしたいと思ったが、場所が場所だし、場合も場合だ。それは後にしよう。そんなシノンの思いを後押しするような出来事がすぐに起きた。シュピーゲルの声が聞こえてきたのだ。

 

 

「キリト、シノン――!!」

 

 

 二人でびっくりして額を離し、声のした方へ向き直る。二丁のサブマシンガンを腰のホルスターに入れたシュピーゲルがこちらにジャンプとダッシュを繰り返して戻って来ていた。

 

 彼はAGIはあまり上げてないという話だったが、あれくらいの身のこなしは少し上げたくらいのAGIでも発揮できるらしい。

 

 

「シュピーゲル、待たせたな。話は終わったぞ」

 

 

 キリトがシュピーゲルに応じたが、すぐにその顔は驚きに変わった。シュピーゲルの顔は、随分焦ったようなものになっていた。

 

 

「三人とも、早く街に戻ろう!」

 

 

 街に戻るのはこれからの目的だったが、シュピーゲルはそれを随分急かしている。何か大変なものを見つけたような様子だが、もしかして他の敵対プレイヤーの軍勢が接近しつつあるのだろうか。

 

 シノンは問いかける。

 

 

「えぇ、これからそうするつもりだったけど……どうしたのよシュピーゲル。そんなに焦って」

 

「北の空を見てよ!」

 

 

 そう言ってシュピーゲルは北方向の空を指さした。その先にあるのは元々はビルだった廃墟だ。空が見事に隠れてしまっている。四人で気を付けつつ廃墟群を抜けて、見晴らしの良いところに出てから空を見た。

 

 終わりのないオレンジの黄昏に覆われているはずの空模様が広がっているが、シュピーゲルの指す北の方角には、雲が広がっている。

 

 中に何かがいるかのようにもくもくとしたその形状は積乱雲のようだが、ただの雲ではない。闇のようにどす黒いという、不自然な色をしていた。

 

 その下には真っ黒な幕が垂れ下がっている。雨が降っているのだろうか。それにしたって雨そのものが黒いように見えて仕方がない有り様だ。

 

 確かGGOにはいくつかの気象条件があって、晴天、曇り、雨、嵐、砂嵐、ところによっては雪や吹雪の気象があるという話だった。

 

 だが、あんな不自然なまでにどす黒い積乱雲、どす黒い雨の気象など聞いた事がないし、見た事もない。

 

 

「何あれ……積乱雲?」

 

「にしては何か妙だな。GGOにはあんなに黒い雲が出て、黒い雨が降るのか?」

 

 

 そう言えば、GGOは近未来世界で地球全土を巻き込んだ大戦が起こり、人々が超大型宇宙船で宇宙に脱出した後という設定だった。その大戦の事はあまり細かく明かされていないが、地球の環境に多大な影響を及ぼすような兵器が使われていたとしても不思議ではない。

 

 あの黒い雨は、その兵器の影響の名残――そう考える事も出来たが、それをシュピーゲルが否定してきた。

 

 

「あんな黒い雲が出て、黒い雨が降るなんて気象情報は聞いた事がないよ。あの雨雲、こっちに向かってきてる。すごく嫌な予感がするんだ。早く街に戻ろう」

 

 

 確かにあんな黒い雨に打たれるなど嫌だし、何か嫌な予感を感じるのもわかる気がする。ここはシュピーゲルの言うとおりにするべきだろう。

 

 キリトがリランに指示をすると、リランはまた伏せてくれた。三人でもう一度その背中に跨ると、リランは立ち上がって走り出した。

 

 雨雲から離れ、街への転送装置がある地点へと駆けていったが、その間もシノンは北方の黒雲を見ていた。

 

 黒雲はかなりの速度で北からこちらへと流れてきていた。風に流されているような早さではなく、まるで意思を持ってこちらへ向かってきているようにも思えて、シノンは背中に悪寒を感じていた。

 

 しかしその競争に勝ったのはリランだった。黒雲が来るより先に転送装置に辿り着き、街へ転送される事が出来たのだった。あの黒雲は本当にこちらを追いかけているのではないかと思えるようなものだったので、転送完了時にシノンは思わず胸を撫で下ろした。

 

 

 辿り着いた先にあったのは、《SBCグロッケン》という名を冠する、GGOで唯一の街だった。

 

 宇宙へ脱出をした宇宙船の一つが地球へ戻って来て、その宇宙船を基礎にして作られた街という設定の、よくSF映像作品などで見受けられる未来都市の相貌をした街だった。

 

 あらゆる建物や歩道、道路がメタリックな鉄で出来ており、高層ビル群が立ち並び、空中回廊が網目のように広がっている。

 

 そしてあちこちがネオンライトと広告で照らし出されているという、《SAO》と《SA:O》の《はじまりの街》、《ALO》の《イグドラシル・シティ》、《空都ライン》と全く異なった街並みをしていた。

 

 やはりというべきか、植物が全く確認できない。街路樹も何もない。全てが鉄と鋼と石で出来ている、未来技術の断片とも思える街。そこを沢山のプレイヤー達が行き交っていた。

 

 どの者達も楽しそうにしてはいるが、誰もが銃を持っていて、フィールドに行けば敵同士になる関係だ。

 

 街の中では味方同士であろうとも、フィールドに出れば敵なのだ。どんな者とも敵対関係同士になり、銃で撃ち合う事になる。安寧の場所などどこにもない。GGOとはそういう世界だ。シノンも今日までその認識で居た。目の前と身体の下、後方に居る仲間と再会を果たすまでは。

 

 その身体の下にいる仲間であるリランは、車道を歩いていた。この先にリランを格納するための格納庫があり、付属するキリトの部屋があるのだそうだ。そこに皆が集まっているから、合流しよう――キリトはそう言って、リランを歩かせていたのだった。

 

 バギーや乗用車、果ては装甲車が通っていく中、一機だけ歩行戦車の姿をしているリランは注目の的で、対向車線の運転手(ドライバー)達の視線を奪っていた。余程リランは珍しい存在に当たっているらしかった。搭載している武器もまた視線を呼んでいるのだろう。

 

 これだけ大きくて凶悪な武器が搭載されているのだから、誰もが注目してしまって当然と言えるだろう。

 

 そんな人の流れを見ていると、キリトが目的地とする場所に辿り着いた。そこはガソリンスタンドや車の整備工場にも似ていて、後方にメタリックな外装のビルが(そび)えている建物への入り口だ。

 

 周囲のビル同様メタリックな舗装がされていて、もし何かに攻め込まれて、銃弾を撃ち込まれても大丈夫そうなその場所は、《乗り物(ビークル)》を所有するプレイヤー達が利用する格納庫エリアだった。リランという《ビークルオートマタ》なる分類がされる戦機を持っているので、キリトもここを利用する事になったわけのようだ。

 

 未来の車の整備工場といった内装の建物の奥には、リランが入ってもスペースが余りあるくらいの広さの、ネオンライトが外周を囲っている円形の台があった。

 

 リランがそこへ乗ったところ、《入庫します。エレベーターにご注意ください》という機械音声によるアナウンスがされ、リランの乗る台が下降し始めた。どうやら乗り物用のエレベーターだったらしい。

 

 エレベーターが止まったところにあったのは、まさしく格納庫と呼べる場所だった。ここで乗り物の整備を行うようで、広さは戦機一台分くらいしかない。プレイヤーごとに個別で与えられているプライベートルームだった。

 

 

「よし停車だ。お疲れ、リラン」

 

 

 その一言が号令になったかのように、リランは床に伏せた。

 

 三人で先程のように降りてすぐに、シノンは軽く驚かされる事になった。リランの頭部付近から白金色の光の珠が出てきて、キリトのすぐ前にふわりと飛んできたのだ。同時にリランからエンジン音や駆動音が消え、機能停止したように動かなくなる。

 

 こんなイベント演出がGGOにもあったのかと目を丸くしていると、光珠は弾けた。同刻、光珠の下の床に着地する人影が突然姿を現してくる。驚くシノンのシュピーゲルの前方に姿を現したのは、一人の少女だった。

 

 

 長く美しい金髪をなびかせ、白と深紅を基調とした軽装を纏う、紅玉のような瞳をした、シノンと同じくらいの背丈の少女。

 

 

 その少女にシノンは見覚えがあった。いや、見覚えがあったどころではない。そのため、すぐに名を口にする事が出来た。

 

 

「り、リラン?」

 

「あぁ、我だぞ。どうした、そんなに驚いて」

 

 

 そう答える大型の狼型四足歩行戦車から出てきた少女は、確かにリランだ。その証拠に声色、喋り方、どれを取っても《ALO》、《SA:O》での人狼形態のリランのそれだった。

 

 しかしこれまでと違って、彼女の特徴だった白金色の狼耳と尻尾は消失しており、人狼というよりも普通の少女の姿になっている。髪型も前髪の右の方を髪留めで留めているものになっており、現実世界にコンバートされている時の容姿とほとんど同じだという事に、シノンは気が付いた。

 

 だが問題はそこではなく、どうして狼型戦機からリランが出てきたという点だ。それをシノンより先に尋ねたのがシュピーゲルだった。

 

 

「リラン!? どうして《ビークルオートマタ》からリランが出てきたの!? こんな仕様聞いた事ないんだけど!?」

 

 

 自分よりもGGOでは先輩であるシュピーゲルさえ、非常に驚いて焦っている。それほどまでの事柄のはずなのだが、リラン本人はいつもの冷静そうな様子を崩していなかった。

 

 

「GGOにコンバートされた我は、キリトの所有する《ビークルオートマタ》という扱いになっていて、その《ビークルオートマタ》は自律型AIを搭載している無人行動可能戦機という事になっているようだ」

 

 

 シノンは首を傾げる他なかった。珍しくリランの言っている事がわからない。彼女は情報をわかりやすく説明をする事を得意としているはずなのだが。

 

 そんなシノンを察したのか、リランがキリトの《ビークルオートマタ》――先程までの彼女をちらと見た。

 

 

「まぁ要するに、我はキリトの所有する《ビークルオートマタ》である《機鋼狼リンドガルム》の操縦をしていたのだ。それで今は操縦席から降りている状態なのだ」

 

「それで、俺がこのリンドガルムを起動させると、リランは自動的にこのリンドガルムに転送されてきてくれるってわけだよ。要するにリランは二つ身体があるんだ」

 

 

 キリトの付け加えで、シノンは今のリランの仕組みがわかった気がした。だが、シュピーゲルは考え込んでいるような顔をしたまま変わらない。やはり今、目の前で起きている事はこれまでのGGOでは起こり得なかった異常事態であるらしい。

 

 

「さてと、俺はリンドガルムのメンテナンス処理をしてから行くから、三人は先に部屋に行っておいてくれ」

 

 

 リンドガルムへ向くキリトから言われたリランが頷き、彼女は道案内を始めた。格納庫のすぐ近くにあるエレベーターに乗り込み、リランが操作を加えると、エレベーターは上へ動き出した。格納庫が地下にあるため、目的の階に止まるまでほんの少しだけ時間を要した。

 

 そして扉が開かれた時、見えた光景にシノンは思わず声を失ってしまった。

 

 

「あ、シノのん!」

 

「待ってたわよ、シノン!」

 

「おかえりなさい、シノンさん!」

 

 

 そんなに広くもない部屋の中に、沢山のプレイヤー達が集まっていた。それらは全て《SAO》で苦楽を共にし、《ALO》と《SA:O》を楽しく遊んでくれている友人達と仲間達だった。

 

 その中で最も早くシノンに気付いたのは、栗毛色の長髪の少女、桃色の髪と頬元の雀斑(そばかす)が少し目立つ少女、長い金髪をポニーテールにしているのと大きめの胸が目立つ少女の三人。それぞれアスナ、リズベット、リーファだった。

 

 その三人に続けて、茶髪をツインテールにしている小柄な体型の少女、はねっけのあるオレンジがかった金髪と青い瞳の少女、金色の瞳と先端が紫になっている赤髪が特徴的な少女の三人も声を掛けてきた。

 

 

「シノンさん、やっとここで会えましたね!」

 

「待ってたよ、シノン!」

 

「シノンちゃん、お疲れ様! ここまで大変だったでしょ」

 

 

 それぞれシリカ、フィリア、レイン。現実でも交流のある、仲の良い友人達が出迎えてきてくれていた。

 

 更に奥の方から声がしたと思ってみてみると、複数の男性がこちらに声を掛けてくれていた。クライン、エギル、ディアベルの三人。これまでのゲームで共に戦ってきてくれた頼もしい仲間達である。

 

 自分がGGOにいる事を知らないはずの仲間達が、キリトの言った通りにこのGGOへ結集してくれていた。あまりの事に唖然としているシノンの身体に、ちょっとした衝撃が走った。何か小さなものがぶつかってきたかのような衝撃。その発生源である胸元付近を見下ろしてみると、黒く長い髪をなびかせている、黒い瞳をした少女が抱き付いてきていた。

 

 

「お帰りなさいです、ママ!」

 

「ユイ……!」

 

 

 SAOで出会い、自分をママと慕ってくれているユイもこの場に居た。よく見ればアスナの息子となっているユイの兄で、リランの弟である、先端部が白銀色をしている栗色長髪の少年ユピテルも、アスナの近くに居た。やはり皆がここに揃ってくれているようだ。

 

 

「皆、どうしてここに」

 

「あれ? キリトから聞かなかったの」

 

 

 フィリアに続けてアスナが伝えてきた。

 

 

「皆、シノのんがGGOっていうゲームをしてるって聞いて来たんだよ」

 

「しかもそれ、新作の大人気ゲームって話じゃない? ならあたし達も乗らなきゃじゃない?」

 

「という事で、皆さんでコンバートして来ちゃいました」

 

 

 リズベットとシリカが続けてきて、更にリーファが付け加えてきた。

 

 

「急にこんな事になっちゃいましたけど、あたし達、いつものゲームにシノンさんがいないっていうのが慣れなくて。っていうか、なんだか結構心配になっちゃって、皆で押しかけてきちゃいました」

 

「これからまた一緒に遊ぼうよ、シノンちゃん」

 

 

 最後にレインが言ってきて、シノンはもう一度目を丸くした。このGGOに来た理由は、強くなるため。皆に迷惑をかけないように強くなるためだった。そこに皆の存在はいらないと勝手に思っていたが――それは今悉く崩れていた。

 

 度重なる戦いで冷たくなっていた胸の内が、皆の声を聞いた事で、暖かくなっていっている気がしていた。そんな暖かさをくれる仲間の一人であり、親友のリズベットが声を掛けてきた。

 

 

「もしかして一人で楽しむつもりだった? なら残念。あたし達が強制的に加わるわ。ぼっちプレイは無理だって、観念なさい!」

 

 

 からかうように言っているが、リズベットの真意はすぐにわかった。「いつもみたいに一緒に居ましょ」。彼女は遠回しにそう言ってくれていた。他の皆も、同じように笑み掛けてくれていた。誰もが同じ事を思ってくれている。

 

 

「……そういう事だよ。一人で戦ったりしないで、皆で力を合わせて戦っていこう。今までみたいに、ね?」

 

 

 リランが後ろの方から優しい声を掛けてきた。振り向けば微笑みを見せてくれている。彼女が心から伝えて来てくれている証拠だった。ここにいる全員が、自分と一緒に居てくれようとしている。これまでのように、一緒に居てくれようとしている。

 

 この人達に迷惑をかけないようにと、この世界に来たというのに、結局この人達と合流し、今こうして助けられている。望んでいた光景ではないはずなのに、シノンは嬉しくて仕方がなかった。その気持ちを、シノンはついに口にした。

 

 

「……ありがとう、皆」

 

 

 その言葉に、皆が笑顔を返してくれたものだから、シノンの中の嬉しさはもっと大きくなったのだった。だが、やがてシノンはとある事に気が付いてはっとした。仲間達全員が揃っているように見えて、数人足りない。

 

 見たところユウキ、カイム、ストレア、プレミア、ティア、そしてイリスがこの場に居ないとわかった。彼女達も来そうなものだから、ここに居ないのが気にかかる。そう思ってシノンは皆へ問いかけた。

 

 

「って、あれ。何人か足りなくない? ユウキとかストレアとか」

 

 

 シノンの言葉を皮切りに、皆が周りを見回し始めた。「そういえば」、「あれ、ユウキとカイムは?」と口々に言ってもいる。どうやら皆彼女達が来ていない事に気付いていなかったようだ。都合が付かなかったのだろうか。そう思っていた矢先、シノンの背後のエレベーターが開いた。

 

 皆でそちらに振り向いてみると、中から六人ほどの人影が姿を現してきた。先頭に立っているのは、紫の長髪が特徴的な少女と、白紫のくせっ毛と大きい胸が目を引く少女、そして青みがかった黒髪を切り揃えたセミロングにしている少女と、髪と瞳の色が白銀である事以外黒髪少女と瓜二つの外観をした四人。

 

 たった今話に出てきていたユウキ、ストレア、プレミア――そしてティアとわかった。

 

 

「皆!」

 

「あ、シノン!」

 

 

 真っ先に反応したのはストレアだった。続けてプレミアとティアが声を掛けてくる。

 

 

「良かったです。ちゃんと会えましたね」

 

「元気そうで何より。何もなかった?」

 

 

 シノンは思わずティアへ目を向けた。《SA:O》では大人の姿をしていたはずのティアだが、今は双子の姉妹であるプレミアと、髪と瞳の色以外は何も変わらない姿になっている。

 

 

「ティア、あんた姿が……」

 

「えぇ。コンバートしたらプレミアと同じ姿になってた。《SA:O》以外だとこの姿になってしまう……そういう事みたい」

 

 

 そう言えばティアが大人の姿になっていたのは、《SA:O》のカーディナルシステムの弊害によるものだった。その影響下から抜け出すと、元の姿に戻るようになっていたらしい。何ともおかしな事が起きたものだ――そう思ったその時だった。

 

 

「ぶっ、あはははははははははははははッ!!!」

 

 

 それまで下を向いていたユウキが突然大爆笑し始めた。一体何事――反応するより先に聞こえる声があった。

 

 

「ユウキ、だから笑うな!!」

 

 

 声はユウキの背後からした。少し高めの、少年の声だった。それにユウキが答える。……爆笑しながら。

 

 

「だって、だって、それ、笑うの、無理だから、無理、ぶっ、あははははははははは!!」

 

「笑うなってばぁ!!」

 

 

 シノンは皆と一緒になってユウキの背後を見た。そこに居たのは、黒に極めて近しい茶髪の長髪と藍色の瞳をしているのが目を引く、黒いコンバットスーツを着た小柄な少年だった。少年は皆の視線を浴びるなり、「うッ」という反応をしてみせる。

 

 

「み、皆……その……」

 

 

 たどたどしく言葉を出そうとする少年の、その容姿に覚えがあって、シノンは思わず驚いた。

 

 

「え……まさかあんた、カイム?」

 

 

 そう呼ばれた少年は、だらりと上半身を垂らした。気付かれたくなかった事に気付かれたような様子であるその少年は、仲間の一人であるカイムの現実での姿と瓜二つだったのだ。

 

 そう、これまでのアバターと異なる、低身長の姿。

 

 

「……はい、そうです……ぼく、カイムです……コンバートしたら、現実と同じチビになってました……」

 

 

 小さな声で伝えてくる少年は、間違いなくカイムだった。これまでVRMMOではキリトぐらいの身長のアバターで活動していた彼だが、今はそれと真逆のチビになっていた。

 

 まさかカイムがチビになって出てくるとは思ってもみなかった仲間達は、彼の姿を認めると、笑いをこらえているような声を出し始めた。

 

 そして、その者達が笑い出そうとしたその時だった。

 

 

「――ある《ザ・シード》規格のゲームから他の《ザ・シード》規格のゲームにアバターをコンバートする時、稀にアバターの容姿がそれまでと異なるものへとランダム作成し直される場合がある。《ザ・シード》規格のゲームを長くプレイしていると、コンバートの際にアバターの姿がチビになったり美女になったり、男の娘になったりする可能性が高まる……その話は本当だったんだね。こりゃ大発見だ」

 

 

 突然どこからともなく声が聞こえてきた。いや、どこからともなくではなく、部屋の隅付近から聞こえてきているものだった。皆で振り向いてみたところで、一斉に言葉を失う事になった。

 

 そこに居たのは、少女だった。部屋の片隅にあるドレッサーの鏡をじっと見つめつつ、手で自らの顔に触れている。

 

 ユイと同じ色合いの黒い長髪をしていて、ストレアの赤い瞳に少しだけ茶色を混ぜたような色合いの瞳をした、プレミアくらいの背丈しかない、とても小柄な一人の少女。その存在に皆が目を奪われていた。

 

 

「え……」

 

 

 シノンが思わず声を漏らすと、少女は何かに気付いたように身体をこちらへ向けてきた。そして間もなく目を細め、苦笑いをした。

 

 

「おぉ、皆がすごく大きく見えるよ。もしかして私が一番チビになっちゃってるかな?」

 

 

 十代前半の少女の物と感じられるその声色と、口振りを聞いて、シノンは目を見開いた。異様に達観しているような喋り方で、余裕綽々を崩さない姿勢をしているその少女と、全く同じ特徴を持つ恩人を、シノンは知っている。

 

 よく見れば少女の目つきは、その恩人と全く同じものだったと気付き、シノンはか細い声を出してしまった。

 

 

 

「イリス……先生……?」

 

 

 

 そう呼ばれた少女は、深く頷いた。

 

 

「どうやら、そうらしい。やぁ皆」

 

 

 その声に、皆で一斉に声を上げて驚いた。

 




――原作との相違点――

①黒い雲と黒い雨という気象が存在している。

②《ビークルオートマタ》という概念が存在している。


――くだらないネタ――

オリキャラのイメージCV

・リラン(少女形態) ⇒ 水樹奈々さん

・リラン(機狼形態) ⇒ 池畑慎之介さん

・ユピテル     ⇒ 久野美咲さん

・カイム      ⇒ 伊瀬茉莉也さん

・イリス      ⇒ 小清水亜美さん

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