リランが来て早々、ユイは大喜びして、まるで子犬と遊ぶようにリランに接し始めた。しかもユイはリランの甲殻や角など硬い部分を知っていて、柔らかい毛の部分などを重点的に触っている。
小さくなっても甲殻や角はそのままの硬さだから、ユイが怪我をしたりするんじゃないかと思ったけれど、面白い事に、ユイはそういうものを理解していたのだ。
そんなユイと接しながら、リランは《声》を送ってきた。
《なるほど、この幼子がどこから来たかわからず、しかも我と同じ記憶喪失に陥っていると》
「そうなんだよ。その子は森の中に倒れていて、俺達で保護したんだが、その有様でさ」
アスナが両手を頬に当てて、肘をテーブルに付けながらユイを眺める。
「でもとっても可愛い子じゃない。あんな子がどうして森の中に居たのかしら」
シノンが腕組みをしながら首を横に振った。
「それがわからないから困っているのよ。どこから来たのか、どんな人と一緒に居たのか……」
ユイの事を見ながら、あった事を話す。
「それにあの子は、俺達の事を本当の両親か何かだと思ってるみたいなんだ。俺をパパ、シノンをママって言って……」
アスナが驚いたような顔になって、俺達に向き直した。
「なんですって!? キリト君がパパで、シノのんがママ!?」
「そうなのよ。呼ばれて悪い気はしないんだけど……どうするべきかわからなくてすごく困ってる」
シノンはユイに遊ばれているリランに顔を向けた。
「ねぇリラン、あんたは何か思いつかない? 私達じゃお手上げになって、あんたに相談しようと思ったんだけど」
リランはユイと目を合わせた後に、俺達に声を送ってきた。
《アスナ、もしやこの幼子はあそこからはぐれた一人ではないのか?》
「あそこ? もしかしてイリス先生のところの?」
リランの《声》の中に含まれていた《イリス》という言葉に思わず反応する。イリス――先生が付いている時点でプレイヤーで確定だろう。しかし、先生という名が付く人などこれまで見た事も会った事もない。
「なんだ、そのイリス先生って」
アスナは俺達に向き直して、その事についての説明をしてくれた。
何でも、アスナとリランの二人でアインクラッドの様々な街を廻ったそうなのだが、俺達の冒険の始まった街である《始まりの街》――あまり知られていないが本来はアルハンという名前がある街に寄った時、教会を改造して作った、沢山の子供達を保護している孤児院のような施設を発見。そこの院長がイリスというプレイヤーであったらしい。
イリスはアスナのように長く、美しい黒色の髪の毛が特徴的で、赤いカチューシャを付け、医者のような――それこそ俺が普段装備しているコートの色を白に反転させたような風貌のコートを着ている女性プレイヤーだったそうだ。
もの珍しがったアスナがイリスにアプローチをかけてみたところ、アスナの事を珍しがって周りの子供達が寄ってきた。イリスは驚きながらも喜び、ここで保母にならないかと誘って来たという。……勿論丁重に断ったそうだけれど。
「孤児院みたいなところ? ユイはそこから出てきてしまった子っていう事か?」
「そうとは限らないと思うけれど、そこを当たってみるといいんじゃないかな」
確かに子供を預かっていて、尚且つ子供と接する事に慣れている人に与えれば、とりあえず何らかのアドバイスを受ける事が出来るだろう。それにアスナの話を聞く限りでは、そのイリスという人は、変に癖があったりするような人でもないみたいだから、安心してユイの事を話す事が出来そうだ。
「よし、まずは《始まりの街》に行ってそのイリスって人に会おう。それで、ユイの事を話してみようぜ、シノン」
「そうね。私達でどうにもならなくなったなら、詳しい人に聞くのが一番いい方法だからね」
シノンはアスナの方に目を向けた。
「アスナ、そのイリスって人の経営してる教会まで案内を頼めるかしら? 私、始まりの街には行った事が無くて」
「いいわよ。イリス先生なら、何かしらのいいアイディアをくれると思うわ」
そう言ってアスナは立ち上がり、リランとじゃれているユイに近付いてしゃがみ込み、目の高さをユイと同じ高さにした。
「ユイちゃん、これからちょっとお出かけしよっか」
ユイはぽかんとして視線をアスナに向けた。
「おでかけ?」
「そうよ。パパとママ、お姉ちゃんとリランで楽しい場所に行くの。ねぇ、ユイちゃん行かない?」
ユイはリランを抱き上げたまま目を輝かせて立ち上がり、頷いた。
「いく!」
「よーし! そうと決まったら早速準備しましょう」
そう言って、アスナはにっこりと笑い、ユイの頭を優しく撫でた。その手付きと接し方は手慣れているように見えて、俺達は思わずきょとんとしてしまった。俺がパパでシノンがままのはずなのだが、アスナの接し方を見ていると、アスナの方がママっぽく見えてしまう。
その様子を俺と一緒に眺めていたシノンが、どこか悲しそうな表情を浮かべた。
「……もしかしてアスナの方がママに向いてるんじゃないかしら」
「いやいや、ユイがママって呼んでるのはシノンだから、シノンがママさ。まぁアスナがあんなに子供と接するのが上手、いや、ユイと接するのが上手だとは思ってもみなかったけれど」
「それでもあんなに手慣れたように接されるとママとして自信無くすわ……」
「料理スキルを教わる時みたいに、教わったらどうだ」
「そうするわ」
しかし、アスナは本当に手慣れているというか、とても家庭的な女性であると感じる。料理然り、子供との接し方然り。結婚したら、きっといいお嫁さんとして有名になるだろうな。まぁシノン程ではないけれど。
「あ、あれ、なにこれ」
そんな会話を繰り広げていたその時、ユイと接していたアスナがいきなり妙な声を出して、俺とシノンの視線は一気にアスナに向けられた。アスナはユイと向き合ってウインドウを触っていたが、物事を上手く出来ないように、何度も首を傾げている。
「どうしたんだよアスナ」
何事かと近付いてみたところ、アスナは振り返って、混乱したような顔を見せつけてきた。
「ユイちゃんのウインドウがおかしいの。ちょっと見てみて」
アスナに言われるまま、ユイの手元に出現しているウインドウに目を向けてみて、俺達は驚いた。
メニューウインドウを開くと、英語表記の名前、レベル、《HPバー》、《SPバー》、《EXPバー》、装備フィギュアが表示されるのがこのSAOの仕様なのだが、ユイに至っては《HPバー》、《SPバー》、《EXPバー》が存在しておらず、それどころかレベルすらも表示されていないのだ。
しかも、ユイの名前のところには、《Yui_MHCP_001》という不可解な言葉が書かれている。装備フィギュアの方も俺達のそれと比べて選択できるものが少なく、僅かにアイテムとオプションがあるだけだ。まるで、俺達のそれとは別の画面が開かれているような感じがするけれど、開かれているのは確かに俺達のそれと同じウインドウだ。
「なんだこれ……」
「アスナ、何かやった? 設定を変にいじくりまわしたとか」
シノンの問いかけにアスナは首を横に振る。
「そんな事してないよ。ただ、ユイちゃんの格好がそのままだと寒そうだったから、別な服を着せてあげようと思って、ウインドウを他人にも見えるようにしたら、こんなのが出てきてたのよ」
何故このようなものが出現しているのか、何故俺達にあるものがユイにはないのか、MHCP_0001というのが何を意味する言葉なのか、全くと言っていいほど思い付いてこない。001とあるから、何かの型番のように感じられなくもないけれど、何故プレイヤーに型番なんてもの存在しているのかも、じっとウインドウを眺めて考えてみたが、理解できない。完全に謎だらけ、お手上げだ。
「わからないな。だけどアスナ、装備はさせられるのか」
アスナはウインドウをユイに操作させた後に頷いた。
「えぇ。ひとまずは装備とかはできるみたい」
確か、シノンは服をいくつか持っていたはずだから、その中にユイが装備できるものもあるはず。
「シノン、ユイに服をプレゼントしてやってくれ。服のサイズは装備者に自動的に合わせられるようになっているから、シノンの服でもユイは着れるはずだ」
シノンは「わかったわ」と言って頷き、アイテムウインドウを呼び出して、アイテムを送る動作を行った。直後に、ウインドウを操作していたアスナが反応を示す。
「あっ、来たわ」
「よしアスナ、それをユイに装備させてやってくれ」
アスナはユイに「ちょっとごめんね」と言ってその手を持ち、俺達が装備画面を操作する時のような仕草をして、決定ボタンをクリックした。そのすぐ後に、ユイの着ている服が水色のパーカーと藍色のスカートに変化し、ユイはいつの間にか変わった服に目を輝かせた。
「わぁ、ママとおんなじ!」
やはり、アスナの接し方が手慣れたものであっても、ユイにとってのママはシノンだったようで、シノンと同じパーカー姿になってとても喜んでいた。多分その事を実感したんだろう、俺の隣でシノンはどこか嬉しそうな顔をしていた。
「よし、準備が完了したみたいだし、行くとするか」
そう言ってシノンと共に立ち上がり、ユイに近付いたその時に、ユイは俺に両手を伸ばしてきた。
「パパ、おんぶ」
いきなり負んぶを要求してきたユイに俺は思わず驚いてしまったが、そう言えば今まで抱き上げた事があるのはシノンとリラン、強いて言えばシリカとリズベットくらいで、ユイのような小さな子を抱き上げたりした事はない。それにユイの身体は結構小さいから、両手剣を背負うよりもどうって事ないだろう。
「わかった。いくぞユイ!」
調子よく言って、俺はユイの身体を抱き上げて、そのままおんぶした。思った通り、ユイの身体は武器などと比べて遥かに軽く、いつも装備しているエリュシデータやダークリパルサーの方が重く感じられた。両手が塞がってはいるけれど、これなら楽勝だ。
「リラン、アスナの肩に乗れ。今回はそれで行く」
《承知した。肩を借りるぞアスナ》
「と言っても、街中に居た時は私の肩に乗ってたんだけどね」
苦笑いするアスナの肩にリランが飛び乗ったのを確認した後に、俺は歩き出そうとしたが、すぐさまシノンが声をかけてきた。
「間違っても、ユイの事を落としたりしないでよ」
「大丈夫だって。さぁ行こう」
俺は二人に言うと、ユイを負ぶったまま玄関へと向かい、家を出た。そして相変わらず平穏な22層のフィールドを抜けて転移門のある村へと行き、転移門に着いたところで「転移、始まりの街アルハン」と唱えて、様々な事柄が始まった思い出の地である第1層、始まりの街アルハンに赴いた。昔懐かしい始まりの街の風貌を見て不思議な感動を覚えた直後に、シノンが腕組みをしながらもの珍しそうな顔をした。
「ここが始まりの街……キリト達の冒険が始まった地なのね」
そうだ、俺はこの街でクライン、エギル、ディアベルと出会い、100層を目指して走り出した。だが、同時にここはゲーム初日に俺達プレイヤーを集めて、茅場晶彦が死刑宣告をした場所でもあるため、いい思い出と悪い思い出が呼び覚まされて――シノンは50層でこのゲームに拉致されてきたから知らないだろうけれど――第1層から戦ってきたプレイヤーは決まって複雑な気持ちになる。
《さてとアスナ、イリスの経営する教会はどっちの方角だった? 我はイリスの印象が強すぎて教会の位置を覚え損ねた》
「教会の位置は街の北側にあるわ。……気を付けて行きましょう、ここは《軍》のテリトリーだから」
《軍》というのは正式名称を《アインクラッド解放軍》という、聖竜連合、血盟騎士団と三つ巴になっている、アインクラッドの超大型ギルドの一つだ。
解放軍という名の通り、アインクラッドからプレイヤー達を解放すべく攻略に挑んでいるギルドなのだが、その資金をプレイヤーから税金と言う形で搾取したり、応じないプレイヤーを犯罪が発生しない圏内に誘い込んで袋叩きにしたり、嫌がらせをしたりして無理矢理金やアイテムを奪い、それを資金ではなく自分達の遊び金にしてしまうなど、《笑う棺桶》ほどではないが、悪事を働く事で有名になっている。
だけど噂によると、《軍》は結成当初、聖竜連合のようにプレイヤー達を解放するために一途に努力し、攻略に挑むような組織だったらしいが、ある時ギルドリーダーであるシンカーが戦線から離脱するような事が起き、リーダーがほぼ交代するような出来事が起きたらしいが、その時から徐々におかしくなり始め、今の状態になり果ててしまったという。
本当かどうかはわからないけれど、もしその話が事実ならば、俺はシンカーに何があったのか、シンカーがどんな人物なのかを伺ってみたいと思う。シンカーがリーダーだった時には、《軍》は優しい組織だったのだから。まぁ叶うかどうかはわからないけれど。
《軍》の連中はこの街、始まりの街アルハンを根城にしており、この街の住人達はまさに《軍》の搾取の対象とされている。最初は冒険や攻略に自信を持たず、解放される事をただ待つプレイヤー達を保護する街だったが、今はもう、《軍》の独裁が横行する一つの国家と言っても差し支えない。
――ちなみに《軍》のあまりの暴挙っぷりから、ディアベルはギルドメンバーをしつける時などに軍を差し合いに出すくらいに、この《軍》の存在を憎んでいる。勿論、シンカーが指揮者で無くなった時からの《軍》の事だが。
「確かにこの街は《軍》が支配する独裁国家みたいなものだ。シノン、アスナ、武器の用意を。リランは《軍》の暴漢が現れたら迷わず丸焼きしてやれ。ユイは絶対に俺から離れるな」
三人の了解を得た後に、俺達はイリスがいると思われる教会を目指して歩き出した。が、すぐさま俺は違和感を感じて、その歩調をゆっくりにした。いや、ゆっくりにせざるを得ないような出来事に出くわしたと言った方が正しいのかもしれない。
この街は攻略に自信を持たないプレイヤー達が集まり、賑わっていた街なのだが、歩いていてもさっぱりプレイヤー達に出会わない。まるでNPC達だけが存在しているような、がらんどうになってしまった始まりの街。その姿に、かつてここを利用した俺は、違和感を抱かず居られなかった。
「しかしまぁ、NPCの露店商が沢山いるけれど、プレイヤーの姿はあまり見えてこないな。今、この街には何人くらいのプレイヤーが住んでいるんだ」
問いかけにはアスナが答えた。
「今のところ生き残っているプレイヤーの数は六千人くらいで、そのちょっとがまだ始まりの街にいるって話だから、ざっと一千人くらいを収容してるんじゃないかな」
シノンが険しい顔になった。
「その怯えた一千人から、《軍》は税とか言ってアイテムやコルを奪い取ってるわけね。ちょっと調子に乗りすぎだわ。そもそも、街の人達だって怠惰だと思う」
アスナの肩にいるリランがシノンと顔を合わせた。
《何故にそう思う》
「怯えて待ってたところで、何も変わりはしない。解放されたいって気持ちがあるなら、強くなって自ら終わらせに行くべきなのよ。なのにこんな街に閉じ籠って……」
気持ちはわかるし、シノンの言葉は正論だと思う。だけどこの世界にいる人々は元々ただゲームがプレイしたくて閉じ込められた一般人がほとんどだ。敵にやられれば死んでしまうなんていう状況を終わらせようと立ち上がれる人なんか、本来は皆無であり、攻略組の連中が異常だと言えるくらいなんだろう。
《気持ちはわかるが、皆がシノンのように心が強いわけではないのかもしれぬ》
シノンは納得出来ないような顔をして、喉を軽く鳴らした。苛ついた時などにやるシノンの癖だ。
「ここは《軍》が彷徨いているけれど、イリス先生のところには軍が近付かないみたいなの。軍のトラブルに巻き込まれる前に、イリス先生のところへ――」
アスナが言いかけたその時に、街角から大きな声が聞こえてきた。
「子供達を返してッ!!」
女性の声色だったが、続けて複数の男の声が届いてきた。
「お、保母さんの登場だぜ」
「よ、待ってました!」
如何にもガラの悪そうな声色の男達の声。そして女性の言葉から察するに、よくない事が起きている事は明白だった。それを最初に理解したシノンが、俺とアスナに声をかける。
「キリト、アスナ!」
「あぁ、いくぞ!」
俺達は教会とは全く違う方向に走り出し、声の聞こえてきた地点を目指した。細い路地裏を抜けて行くと、やがて行き止まりが見えてきて、そこの前に女性の後ろ姿、女性の目の前に灰緑と黒色の鎧を着た男達の姿が確認できた。――この街を支配している集団である、《軍》だ。気付かれないように近くの陰に隠れて、様子を伺い始めた頃に、女性が声を張り上げた。
「子供達を返してください!」
男達の内の一人が、手を軽く動かした。その口元には卑しい笑みが浮かべられている。
「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。ちょっと子供達に社会常識ってのを教えてやってるだけさ。これも《軍》の務めってやつでね」
「そうだそうだ。市民には納税の義務ってのがあるからな!」
男達が卑しく笑い始める。多分だけど、あいつらの兜を引きはがしたら、ギラギラとした目が姿を現す事だろう。しかも男達の奥の方には、子供達の姿が三人ほど確認できる。……どうやらあいつらが捕まえているらしい。
「ギン、ケイン、ミナ、そこにいるの!?」
女性が背伸びをしながら奥にいるであろう子供達に声をかけると、男達の奥の方から声が聞こえてきた。
「サーシャ先生、助けて!」
子供達の弱弱しい声を受けて、女性サーシャは子供達に声を返した。
「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」
「先生、駄目、駄目なんだ!」
道を塞いでいる男の一人が卑しい笑い声を上げて言う。
「あんたら随分と税金を滞納してるみたいだからな。金だけじゃ足りねえよ」
「そうそう、装備も置いて行ってもらわないとな。防具も全部、何から何までなぁ」
なんていう暴挙だろう。あいつらは全員、子供達の衣服などを剥がそうとしているのだ。到底大人のやる事とは思えないような暴虐と怯える子供達の姿に、心の中で殺意にも似た怒りが込み上げてくる。あいつらを……ぶっとばしてやらなきゃ気が済まないッ!
「あいつらッ……シノン、アスナ、リランッ!!」
一同に声をかけて物陰から出て、一目散に子供達の元へ辿り着こうとしたその時に、俺達の横を何かがすごい勢いで通過して行った。何事かとサーシャと男達の方へ見てみれば、全ての者達が子供達の方へと目を向けており、そこに視線を向けてみたところ、俺と同じような材質でありながら形が異なっている白いコートを身に纏った、アスナのように長くて、つやつやとした黒い髪の毛の女性が子供達のすぐ近くに立っていた。
「あれは……!」
女性の姿を見たアスナが口を開こうとした直後に、子供達が一斉に女性に向けて声を上げた。
「イリス先生!!」
イリス。アスナの話によれば、教会で子供達を保護しているという女性プレイヤーだ。確かにあの女性の特徴はアスナの話したイリスの特長にとても似通っている、というか完全に同じ特徴を持っているが、あの女性がイリスなのだろうか。
そう思った直後に、イリスと思わしき女性は屈みこんで三人の子供達を抱いた。
「もう大丈夫だよ、装備を戻すんだ。あいつらは先生が追っ払うから」
凛とした、少し低めの声色に、男性に近い喋り方で子供達を安心させた後に、すっと立ち上がって《軍》の連中に身体を向けた。その腰からは片手剣――にしてはリーチがかなり長い剣が携えられているのが見え、男達は身構えた。
「お、おいおい! なんなんだお前は!」
「我々《軍》の任務を妨害するの――」
男が次の言葉を言おうとした次の瞬間、
「いーやっ!」
イリスと思われる女性はフレーム単位の時間で腰の長刀剣を抜いて突きのソードスキルを発動、喋り途中の男目掛けて放った。女性のソードスキルは男の首元に炸裂、轟音と共に男はその場に尻餅をつき、わけがわからなくなったようにぽかんと女性を眺め始める。
次の瞬間、男の前にリーダーと思わしき少し豪華な鎧を着こんだ男が躍り出て、怒鳴るように言った。
「おいおい、あんた見ない顔だけど、解放軍に楯突く意味が解ってんだろ――」
「いーやっ!!」
リーダーが言葉を言い切る前に、女性は再びソードスキルをリーダーの喉元に放った。リーダーは大きく吹っ飛ばされて、地面を転がって、周りの仲間達の前方に落ちた。そしてすぐさま立ち上がろうとして、口を開き、
「こ、この、なにをす――」
「いーやっ!!!」
言葉を出す前に女性は再度ソードスキルをリーダーの喉元に炸裂させた。男はまたまた吹っ飛ばされて、今度こそ仲間達の中へと落ちた。リーダーは甲高い悲鳴を上げて、仲間達に助けを求め
「お、お前ら見てないでなんとかし――」
「いーやっ!!」
ようとした刹那に、女性はリーダーの喉元目掛けてまたまたソードスキルを放った。リーダーは再度吹っ飛ばされて、サーシャの目の前付近まで飛んで行ったが、もはや虚脱状態になって立ち上がる事はなかった。
リーダーが完膚なきまでに叩きのめされて、その他の者達は震えながら女性を見つめていたが、女性はぶんっと刀のように長くて鋭い長剣を振り回し、その剣先を男達に向け、鬼のような形相で睨みつけた。
「圏内戦闘は命を奪わないけれど、やろうと思えば君達を街の外まで吹っ飛ばし続けて、圏外に出たところで仕事と任務と人生に幕を下ろさせる事も出来るよ。それが嫌ならとっとと失せて子供達に二度と手を出すな、身体のデカい糞餓鬼どもが」
さっきまで威勢はどこへ行ったのやら、男達は情けない悲鳴を上げて一目散にその場から逃げて行った。やがてリーダーも立ち上がり、同じように悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
女性は子供達に手を出す不届き者達を退けたのを確認した後に、剣を鞘に戻して、子供達の元へ戻った。
「大丈夫だった? 何か取られたりした?」
子供達は首を横に振った後に、余程怖かったのだろう、女性の身体に一斉に抱き付いた。
「先生、ありがとう」
女性はうんうんと頷き、子供達の頭をしきりに撫で始めたが、すぐさま《軍》と対峙していた女性、サーシャが駆け寄った。
「イリス先生……」
やはり女性はアスナの言っていたイリスに違いないようだ。
イリスはサーシャの顔を見ながら、微笑んだ。
「サーシャ、よくぞ軍の連中を恐れずに戦ってくれたね。でも、ひょっとしたら私が出る必要はなかったかもしれないな」
そう言って、イリスは突然声を張り上げた。
「そこにいる人達、出てきなよ」
イリスの言葉に、俺達は思わず驚いてしまった。どうやらイリスは、俺達の存在に気付いていたらしい。
俺達は軽く溜息を吐きながら、物陰から出て、路地裏に集まる子供達、イリス、サーシャの視線を浴びたが、イリスはすぐさま、アスナの方に目を向けた。
「アスナじゃないか。もしかして、保母になりに来たのか?」
「あぁいえ、そういうわけじゃないんですけれど……」
アスナの言葉に答えようとした次の瞬間に、イリスは俺の隣の方に目を向けて、動きを止めた。顔は、酷く驚くようなものを見てしまったかのような表情が浮かんでいる。俺の隣に何がいるのかと思って顔を向けてみれば、そこにいたのはシノンだったが……シノンもまた、イリスを見て唖然としたかのような顔をしていた。
一体どうしてしまったのか――シノンに声をかけようとした瞬間に、イリスが口を動かした。
「し、
その言葉を聞いて俺が驚こうとした刹那に、シノンが言葉を発した。
「あ、
ついにタグ回収、「オリヒロイン」。