キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 珍しく昼に投稿。
 


06:殺し屋鯨 ―敵との戦い―

          □□□

 

 

 ――あ そ ぼ あ そ ぼ――

 

 ――あ そ ぼ あ そ ぼ――

 

 

 そんな《声》を繰り返してから、シャチに似た《彼ら》はキリト、シノン、リランの三人を襲った。

 

 まずは六人のうち三人が、どこからともなく構えたアサルトライフルによる射撃を仕掛けてきた。その射線上に居た残りの三人は驚くべき瞬発力でそこから退避し、銃弾を通す。種類や光景は分からないが、プレイヤーを戦闘不能に陥らせるだけの威力が十分にある弾丸が、リランの装甲に何発も叩き込まれた。

 

 視界の下部に表示されている《ビークルオートマタ》としてのリランのHP――ここでは耐久値と言うべきか――が減少する。ベヒモスのバルカン砲で撃たれた時よりは深刻ではないが、それでも鯱達の攻撃を受け続ければぐんぐん減らされていき、最終的に破壊される。

 

 そして今の攻撃によって、リランに掛かる修理費は増えた事だろう。なんて余計な事をしてくれたのだ――普段はそんな事を悠長に考えたのだろうが、今のキリトはそんな事を考えられなかった。

 

 自分達は今、出会ってはいけないモノ達に出くわしてしまっていて、攻撃を受けている。早くここから逃げなければならない。そうでなければ、何が起こるかわかったものではない。SAOの時にだけ感じられた、鋭い刃物のような悪寒と嫌な予感が背筋を容赦なく斬り付ける感覚が起きていた。

 

 

「キリト、こいつら!」

 

 

 シノンが早速声掛けしてきたが、彼女のすぐ横を弾丸が通り過ぎていった。間もなくキリトの右肩付近を弾丸が掠る。命中ではないためダメージは少ないが、《HPバー》が確実に減った。こいつらの攻撃によって戦闘不能にさせられたら、嫌な事が起きそうな気がする。根拠も何もないが、キリトはそう思えて仕方がなかった。

 

 すぐ後ろにシノンが居る。守るべきシノンが、自分と一緒に居る。ならば今やるべき事は何か。シノンを守る事だ。しかしこのままでは自分もシノンも、リランもこいつらにやられる。ならばとるべき行動は何か。

 

 逃走だ。まともにやり合わず、逃げるしかない。攻撃を最小限に、そして被弾も最小限に抑え、街まで逃げ切るしかないだろう。

 

 ここにはリランというビークルオートマタが居てくれているが、それをもってしても勝てる見込みは少ないように感じる。というより、そんなリスクを冒してまで戦う必要などない。

 

 キリトはくんっと身体を伸ばして、リランの左肩に装着されたバルカン砲のグリップを握った。幸いな事に弾は入ったままになっている。売り出す予定だが、その寸前までこいつを役立てつつ、逃げよう。

 

 作戦を練ったキリトはリランに声掛けする。

 

 

「リラン、逃げるぞ! 思い切り飛ばして街まで逃げろ!」

 

《了解した! だが、その前に撃ち込むぞ!》

 

 

 リランからの《声》にシノンが首を傾げた直後、リランの左後脚上部に搭載されているポッドの蓋が勢いよく開き、中からミサイルが十発ほど飛び出して行った。対地強襲ミサイル、《ヘルファイアミサイル》が十発程射出されて行き、鯱達の足元に降り注いだ。

 

 轟音と爆風が連続して起こり、土煙が舞い上がるが、上空より降り注ぐ黒い豪雨によってすぐに収まってしまった。この雨の中ではどんな煙幕も役には立たないだろう。

 

 そしてミサイルの着弾地点周辺に、倒れ込んでいる人影が二つ、依然として立ち上がっている人影が四つ確認できた。二人は戦闘不能に陥らせられたようだが、すぐさま近くの味方が蘇生に向かうだろう。

 

 複数人で構成されるスコードロンは、誰かが戦闘不能になったとしても、生き残った者が蘇生アイテムを使う事で復帰できるようになっている。スコードロンを相手にしているときは、如何に蘇生アイテムの使用を阻止し、迅速に全滅させられるかが重要だと聞いた。

 

 だからこそ取るべき行動は相手の蘇生アイテム使用の阻止なのだが、あいつらの場合はそうするより前に、一部が戦闘不能になっている隙を突いて逃げる方が有効だ。

 

 現にキリトの予想は当たっていたらしく、倒れた鯱の二人に、近付いていく二人の鯱の姿が見えた。蘇生をする気だ。アタッカーが二人に減ってくれている。逃げ出すならば今がチャンスだ。

 

 

「リラン、走れッ!!」

 

 

 キリトがもう一度指示すると、リランは脚のバーニアを展開、スライド移動で走り出した。同時にキリトはバルカン砲のトリガーを引き、発砲を開始する。

 

 六本に纏め上げられた銃身が数回回転すると、その銃口より猛烈な勢いで弾丸が発射されて行った。アヴェンジャーよりも心もとないような感じだが、敵を薙ぎ払うには十分すぎるものだった。

 

 弾幕を作り上げそうな勢いで発射されていく弾丸は、見事に鯱達数名に直撃した。倒れていた鯱、蘇生に向かっていた鯱の二人に追い打ちを仕掛けられたのが見え、蘇生に向かっていた鯱に至っては、倒れていた鯱同様に戦闘不能に出来たのが見えた。勢いを削ぐ事には成功したようだった。

 

 

 ――こっちだよ こっちだよ――

 

 

 不意に鯱の《声》がしたかと思うと、大型のナイフを手にした鯱二人の姿が消えた。その寸前にびゅんっという空気が裂けるような音が聞こえたのを聞き逃さなかった。その音とほぼ同刻に、鯱のうちの一人がキリトのすぐ目の前の空中に出現した。

 

 

「なッ!?」

 

 

 鯱がバルカン砲の銃身に着地すると同時に、大型のナイフが振り下ろされてきた。身を守るため、簡単なものを斬るためではなく、獣の身体やそれなりに太い樹木を斬るために使われる刃物の大きさが、そのナイフにはあった。

 

 最早(ナタ)や剣にさえ思える刃は、キリトの左肩付近に食い込んだ。ぐじゅりという肉が裂ける嫌な音がして、刃が食い込む左肩付近に熱さと痛みに似た不快感が走り回った。

 

 

「ぐあううッ」

 

 

 全てが一瞬のうちに起きていたために付いていけなかったが、痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)が作り出す不快感、刃が身体に食い込んでいる感覚がキリトの意識をはっきりとさせた。鯱は瞬間移動にも等しい跳躍をして接敵してきてリランに着地、目にも止まらぬ速さでこの一撃を叩き込んで来たらしい。

 

 このGGOではレベルを上げてAGIを馬鹿みたいに極振りすれば、瞬間移動に錯覚させるほどの動き、跳躍力を作り出せるという話を聞いてはいた。

 

 AGIを上げれば敵に接近し、近距離攻撃を叩き込みやすくなる――だからこそ自分はSTRとAGIを上げ、レベルが上がり次第なるべくAGIを中心にステ振りしていこうと考えていた。これからもそうしていくつもりだ。

 

 鯱達のこの動きから察するに、鯱達もAGIに極振りしたステータスをしているに違いない。だが、今の鯱達の動きはまさしく瞬間移動に等しいものだった。AGIになるべく振っている自分なんかと比べると最早別次元の領域だ。この鯱達はAGI型の究極形態に到達しているとでもいうのだろうか。

 

 

「ぐぅッ……!」

 

 

 攻撃を受けている身体に反して高速で回る頭の、その思考を一旦押さえつけ、キリトは懐から光剣を取り出す。それはコンパクトで短い柄だが、スイッチを入れた次の瞬間、ぶんっという如何にもレーザーが振り回されるような音が鳴り、上部から青白い光の刀身が飛び出した。

 

 レーザー故に切れ味を気にせずに使えるという特徴を持つ光剣の光り輝く刀身を、キリトは思い切り鯱へ突き出した。金属製の剣で斬った時とは異なる手応えが返って来たと同時に、鯱のナイフを持つ手の力が緩んだ。

 

 キリトは歯を食い縛りながら足を突き出し、鯱を蹴り上げた。鯱の身体から光剣が、自分の身体からナイフが抜けて、鯱がリランから転がり落ちていった。

 

 

「このッ!!」

 

 

 落ちていった鯱を目掛けてシノンがPSG-1で連射する。キリトの光剣の一撃を受けたところに銃弾を更に撃ち込まれた鯱は泥濘んだ地面へ倒れた。間もなく戦闘不能を示す《Dead》の吹き出しが頭上に出現する。

 

 なんとか身動きを封じられたようだが、動ける鯱はまだもう一人いるのをキリトは忘れなかった。目を向けてみれば、そいつもまたびゅんびゅんと空気を裂く音を出しながら跳躍を繰り返し、接近してきていた。手には先程の鯱と同じ大型のナイフ。どうやらあのナイフを持っている鯱はAGIが高いという事らしい。あれくらいの速度を出せるくらいにまでAGIが上げられているようだ。

 

 そういえばGGOは《SA:O》のクローズドベータテスト以前にサービスが開始されており、今年で一年と半年くらいなのだという話だった。サービス開始からレベル上げ、ステ振りを続けているならば、ここまでの動きを出せる程の数値に到達できていても不思議ではない。

 

 そしてその境地に辿り着いた者達こそが、この鯱達なのだ。だが、ここまでAGIに極振りしている連中など、現在のGGOであってもそうそう居ないはずで、ここまでの速度を出せるくらいの極振りをしているこいつらが異常なのだろう。

 

 そんな異常な敵に出会ってしまったのは、なんていう不運なのか。いやそもそも、この者達自体が不審極まりない。リランの発するような形の《声》を飛ばして来るだけで、掛け声一つ出さない。

 

 このナイフを振るった時だって、何も言わずに振り下ろしてきた。だからこそ事前に察知できなかったようなものだ。掛け声一つくらい出してくれていれば、ここまで深々と斬られる事もなかっただろう。《HPバー》が大きく削られる事だってなかったはずだ。

 

 

「キリト、大丈夫!?」

 

 

 鯱を射線に捉えつつ、シノンが声掛けしてきた。彼女も今の鯱の攻撃に相当驚かされただろうし、自分の状態が気になっているのは間違いなかった。

 

 AGI中心ステータスにしておいて、ある意味幸運だった。AGIはアバターの敏捷性だけじゃなく、防御力も司っているのだ。AGIを上げれば、それだけ防御力も高く出来る。それはAGI優先のキリトにも適用されていた。あれだけ身体の深いところに及ぶ攻撃を受けたというのに、致命傷と言えるダメージは受けずに済んだ。

 

 攻撃してきた鯱がAGIばかりを上げていて、STRを上げていなかったというのもあるのかもしれなかった。あいつらは速度を出すために攻撃力を犠牲にしているのだ。おかげで致命傷を負わずに済んだ。

 

 だが、追撃されては重傷に繋がるのは間違いないし、残りの鯱もそれを企んでいるに違いないだろう。いずれにしてもダメージは放っておけない。

 

 キリトは懐から回復アイテムを取り出した。回復ポーションの中身に似た薬剤の入った注射器に似ている。それを腕に突き立てると、減らされたHPが回復していった。

 

 ひとまず危機が去ったのを確認すると、キリトは光剣を構えたまま鯱を注視した。びゅんびゅんと瞬間移動を繰り返し、鯱は近付いてくる。

 

 接近する鯱に向けてシノンがPSG-1の弾丸を浴びせようとしてくれているが、鯱はシノンが発砲した瞬間に射線から外れて回避して来る。PSG-1の弾丸の射出速度もまた並大抵ではないはずなのだが、鯱はそれさえ回避してしまうほどの運動能力を発揮している。

 

 並大抵――というよりも、最早常軌を逸しているとまで感じられた。こいつらは本当にプレイヤーなのか。それさえ怪しい領域に入ってきている。そんな気がしてならなかった。あまりの光景、奴らのあまりの異様さを受けて、背筋に悪寒が走っていた。

 

 だが、追いかけてくる鯱の一人の動きを、キリトは徐々に読めるようになっていた。今の鯱の狙いはどこにあるのか。どこを、誰を狙っているのか。それが判明する直前まで感覚を研ぎ澄ませて、鯱の動きをとにかく見続ける。

 

 瞬間移動を繰り返していた鯱の姿が、びゅんという音と共に消えた。ほぼ同刻と言える時間の後に、シノンの眼前に出現し、ナイフを振り下ろしてきていた。――予想通りの動きだった。

 

 

「――ッ!!」

 

「シノンッ!!」

 

 

 キリトは咄嗟にシノンの前方、リランの後脚上部に躍り出て、光剣を突き出した。肉を裂くというより、肉を焼き切るような手応えがした。鯱の右胸に光剣が突き刺さっており、大型ナイフはキリトの肩に届く寸前で止まっていた。

 

 

「キリト!!」

 

 

 シノンの悲鳴のような声がすると、鯱が身動きを取り戻し、振り下ろしかけていた大型ナイフを改めて振り下ろしてきた。左肩に刃が食い込んできて、またしても痛みと熱さに似た不快感がそこを中心に走り出す。

 

 しかし先程と同じように《HPバー》の減り方は甘い。STRがそこまで高くないステータスのプレイヤーによくある傾向だ。やはりこいつらはSTRが低い。だから、大型ナイフでHPを削り切るには長時間プレイヤーを斬り続けている必要がある。プレイヤーを倒すまでの間は隙だらけになってしまうのだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

 キリトは左手をホルスターに突っ込み、USPを引き抜いた。銃口をそのまま鯱の身体へ突きつけ、引き金を連続して引く。零距離射撃(せっしゃ)による弾丸と銃口からの火薬の爆発を連続して受けた鯱は悲鳴も上げずにびくびくと痙攣を繰り返し、大型ナイフに込める力を一気に抜き去っていった。

 

 その隙を突いて足を突き出し、体重を乗せて蹴り上げると、鯱はぐらりとリランの身体から転げ落ちていった。これで迫っていたアタッカーは全滅させられた。

 

 だが、連続して身体に刃物を入れられたせいか、急に力が抜けてしまい、キリトはリランの背中の上で膝を付いた。リランがホバリング移動をしてくれているおかげで、振り下ろされるような事はなかったが、直に揺れを感じるようになった。

 

 間もなくシノンがもう一度声を掛けてくる。

 

 

「キリト、あなたッ……」

 

 

 シノンは大分悲痛な声色になっていた。目の前に迫り来た鯱の刃を、自分が受け止めたのが堪えたのかもしれない。あのままではシノンが斬られていたので、どうしても止める必要があったのだが、見せるべきではないモノを見せてしまっただろう。

 

 キリトは振り向いて、彼女と顔を合わせる。なるべく心配させない表情を取り繕って。

 

 

「俺なら大丈夫だよ。接近戦するためにAGI上げといたから、防御力も高いんだ」

 

「けど……ッ」

 

 

 シノンの言葉は途切れた。前の方を見て驚いているようだ。誘われるようにして視線を向けてみたところで、キリトは息を呑んだ。

 

 鯱達が再びこちらに向かってきていた。その数は四人に増えている。

 

 

「な……!?」

 

 

 倒したはずなのに、なんで――そう思おうとしてすぐに、キリトはある事を思い出す。そういえば一番最初に攻撃をした時、戦闘不能にさせられたのは三人で、そして今二人を斬って倒した。しかし最初に見た鯱の人数は六人。倒した数は五人。……一人残っていた。

 

 突撃してきた二人の鯱の常軌を逸した動きと雰囲気にすっかり気を取られていたが、それこそがあいつらの作戦だった。あの鯱の二人は囮だったのだ。二人の鯱にこちらが気を取られている間に、生き残った一人が仲間達全員を蘇生させていたのだ。

 

 蘇生させられたのはアサルトライフルを持った後衛と、あの瞬間移動に等しい動きが出来る大型ナイフ持ちの一人。このナイフ持ちが混ざっていたのが最悪の要素だった。

 

 ナイフ持ちはその瞬間移動ばりの動きで、倒れたナイフ持ち二人の許へ向かい、目にも止まらぬ速さで蘇生させた。倒したはずの鯱が一人起き上がり、大型ナイフをもう一度構えた戦闘態勢を作る。

 

 そしてもう一人のナイフ持ち鯱は、起き上がった鯱にその場を任せ、倒れた鯱の許へ向かっていく。全滅させたかと思ったのに、全員生き返ってしまっている。

 

 

「くそッ!」

 

「……!」

 

 

 思わず吐き捨てると、シノンからか細い声がした。あの異様な集団が起き上がっているのが信じられないのだろう。

 

 そして、あの集団から感じられる雰囲気はあまりに恐ろしい。見ているだけで背筋が凍るような感覚に襲われる。自分が感じているそんな感覚を、シノンもまた感じているのだ。いや、もしかしたら感じざるを得ないのかもしれない。

 

 

 鯱――シャチとは最強の海洋生物だ。

 

 彼らは人懐くて可愛らしいというイメージがあるが、それは水族館などで飼育されている個体に限定されており、本来のシャチはこれ以上なく獰猛な狩人である。群れで獲物を追い詰め、噛み千切る事に特化した牙で喰らい付き、無慈悲に引き千切って、海を獲物の血で赤く染め上げるのだ。

 

 更には獲物を海の上に突き上げて海面に叩き付け、動けなくなったところを喰い始めるなど、時に残忍なやり方で獲物を苦しめてから捕食するような残虐性も持っている。

 

 その無慈悲で残虐な狩人に勝てる敵は海に存在しない。海の中でシャチに出会ってしまった海洋生物は、ただ生きたまま身体中を喰い千切られる他ないのだ。例え何倍も大きな身体を持つ鯨であろうとも、シャチにとってはただの御馳走でしかない。

 

 シャチの黒と白の体色と模様は海中では迷彩の役割を果たし、獲物にされた動物は狩人の姿を発見できないまま、身体を喰われて死に絶えるのだ。

 

 獲物を喰らう事より、獲物を殺す事に特化している生体的特徴を持っている、荒海の殺戮者。それ故にシャチには《冥界より来訪した悪魔》を意味する《Orcinus(オルキヌス) orca(オルカ)》という学名が付けられている。

 

 そんなシャチの姿を目視出来たダイバーは、これ以上ない恐怖を抱くとされているが、今自分達が感じているこの恐怖はそれと同じだ。自分達はシャチの群れの居る海域に飛び込んでしまい、狙いを付けられた獲物になっているのだ。

 

 シャチはとても偏食で、一度捕食を通じて気に入った獲物が居ると、その獲物以外食べなくなり、それを見つけた時はどこまでも執拗に追いかけて殺し、喰うとされている。

 

 あのシャチ――鯱達の好物はきっと人間だ。一度人間を喰らった事によりその味を気に入り、見つけ次第執拗に追いかけて喰うようになっている。鯱と出会う前に発見した銃火器は、この鯱達に狙いを付けられ、狩られてしまった哀れな獲物達が落としたものだったのだろう。

 

 最悪な事に、その時でさえ鯱達の腹は膨れておらず、奴らはもっと人間を喰いたくて仕方が無くなっていた。そんな腹ぺこな鯱達の縄張りがこの黒雲の下であり、自分達はまんまとそこへ足を踏み込んでしまったというわけだ。今更ながらキリトは自らが置かれた状況を察して、戦慄を感じた。

 

 やはり出会ってはならない者達に、初心者同然の状態で出会ってしまっていたのだ。ここまで最悪な状況に出くわしたのはいつ以来だっただろうか。きっとSAO以来だろう。そんな余計な思考が巡る頭の中で作戦を練ろうとするが、全く思い浮かばない。

 

 あの鯱の群れをどうやって迎撃するべきか、どう戦ってシノンを守ればいいのか。もう一度思考を巡らせようとして、向かって来る鯱の一人を見たその時、鯱の足元が突然爆発した。

 

 

「「え!?」」

 

 

 キリトはシノンと一緒に驚いていた。次の瞬間、こちらの後方から鯱達目掛けて実弾、光学弾の混ざった弾幕が放たれ、鯱達の動きが大幅に鈍り始めた。今起きた爆発も数回続けて起こるようになる。一体何が起きている――?

 

 

「キリト、大丈夫か――ッ!?」

 

「こっちだ――ッ!!」

 

 

 後方――リランの進行方向から声がして、キリトは振り向いた。こちらから凡そ二百メートル程離れたところに人影が七つ程確認できた。弾幕はそこから飛んできている。黒い雨のせいで視界が大分阻害されているが、正体がすぐに割れた。

 

 リズベット、シリカ、クライン、ディアベル、ティア、フィリア、プレミアの七人だ。黒い雨に濡れつつ、鯱達に向けて射撃を行ってくれていた。今の声はクラインとディアベルによるものだった。

 

 

「皆!」

 

「三人とも、早くこっちに来て!」

 

 

 キリトの呼びかけに応じたのはフィリアだった。その隣にプレミアとティアが並んで援護射撃をしている。フィリアは狙撃銃、ティアはアサルトライフル、プレミアは二丁のハンドガンで鯱達に攻撃してくれていたが、黒い雨のせいで、どのような銃火器なのかまではわからない。

 

 

「キリト聞こえる――!?」

 

「シノンさんリランさん、こっちです――!!」

 

 

 リズベットとシリカの声もした。シリカがこちらに手を振っているのが見えた。リランは最高速を出したまま彼女達の許へ向かい、その傍まで一気に送り届けてくれた。三人で無事に七人の許へ辿り着けると、リランは足を止めた。

 

 すぐさまプレミアとティアがリランへ、キリトとシノンヘ駆け寄ってくる。

 

 

「キリト、シノン、無事でよかったです」

 

「帰りが遅くて心配だったから、来てみたの。……何なの、あいつらは」

 

 

 確かにバルカン砲を回収するために街を出て、既に一時間は経過していた。回収だけでこれだけ時間がかかっているのは不自然だ。彼女達の心配が尤もなのはすぐに理解できたし、心配してくれた気持ちがキリトは素直に嬉しかった。

 

 だが、喜んでいる場合ではない。振り向くと同時に《一一〇mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト)》の次弾装填を終えたクライン、《八十四mm無反動砲(カールグスタフ)》の三発目を発射したディアベルが声掛けしてきた。

 

 

「おいおいおいおい、なんなんだよあの連中はよぉ!?」

 

「早くて全然狙いが付けられない……あんな動きが出来るのか、このゲームは」

 

 

 ディアベルに至っては感心してしまっている。鯱達の動きは確かにそれくらいの物だが、それはあいつらの凶悪さを見ていないから出る感心だ。続けてリズベットとシリカが鯱達を見つつ、キリトに声掛けする。

 

 

「なんか、すごいのに目を付けられたもんね、キリト」

 

「何なんですかあの人達は。なんか、すごく怖いです……」

 

 

 キリトは周りを見回す。迎えに来てくれた仲間達、そして自分達三人を合わせると十人になるが、それでも鯱達に敵うかどうかなど知れている。戦ったところで勝ち目はない。それをキリトが伝えるより前に、シノンが大きな声を出した。

 

 

「皆、早く逃げて! あいつらとまともにやり合っちゃ駄目!」

 

 

 まさかのシノンからの警告だったので、皆驚いていた。だが、フィリアがすぐに納得しているように返事をする。

 

 

「それ、わかる気がする。なんかあいつら、おかしいよ!」

 

「切り上げて早く逃げましょう。転移装置はこの先にある!」

 

 

 ティアの言葉に従って彼女達の後方に目をやると、黒い雨の中に蜃気楼のように揺らめく大きな影が見えた。《SBCグロッケン》に戻るための転送装置だ。

 

 追い求めていたゴール地点に、いつの間にか近付く事が出来ていた事にキリトは安堵するが、すぐにそれは消えた。空気を切り裂く鯱達の移動音が聞こえた。腹をすかせた鯱達はすぐそこまで来ている。

 

 

「皆、走れ! 街まで逃げ切るぞ!!」

 

 

 キリトの指示は全員に行き渡り、皆一斉に鯱に背中を向けて走り出した。重量がかかっていたせいか、それともバッテリーが減ってきているせいか、リランの走行速度は皆の全力疾走と同じくらいになっていた。

 

 途中で鯱達が追撃を仕掛けてきたが、皆がその都度応戦してくれた。皆を守り、皆に守られながら無我夢中で進み続けて、気付いた時にはキリトは《SBCグロッケン》へ戻る事が出来ていた。

 

 

 




――今回登場武器解説――


一一〇mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト3)
 実在するロケットランチャー。ロシアの《RPG》を進化させたような外観と性能をしており、発射するとまさに小型のロケットが弾として飛んでいく。陸上自衛隊でも配備されている兵器。


八十四mm無反動砲(カールグスタフ)
 実在するロケットランチャー。よく言うバズーカ砲のような外観をしており、後部に大きな穴が開いている。この穴から発射時の爆風を噴出する事により、無反動を実現しているという仕組み。
 対戦車、対トーチカ戦で役立つ便利なロケットランチャーであり、陸上自衛隊でも配備されている兵器の一つ。


――原作との相違点――

・GGOの運営年数が一年と半年。原作では八ヶ月程度。


――補足――

・オリキャラ、ユピテルの立ち絵をアップデート

【挿絵表示】
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