キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 悲しいかな、アリシゼーション・リコリス発売延期。

 皆様もお気を付け下さい。

 


08:二人の部屋

 

         □□□

 

 

「キリト、その、大丈夫だった……?」

 

 

 シノンが心配そうな声色で言葉を掛けて来る。彼女は別に何も悪くはない。自分が勝手に疑って、彼女がシャワーを使っているなどと気にも留めなかったのが悪かったのだ。

 

 だからこそキリトは答えた。

 

 

「……いいよ……気にしないで……ごめんね……シャワー覗いて……」

 

 

 自分でも驚くほどの低くて小さな声だった。シノンへの申し訳なさがそんな声色を作り上げていた。こんな声で言われるとは思っていなかったのだろう、シノンはかなり驚いたらしく、すぐに首を横に振った。

 

 

「ううん、あなたは悪くないわ。私が勝手にシャワー使ってたのが悪かったし、あなたにカードキーの事を何も言わないで居たのが一番悪かったから……」

 

 

 キリトがシノンの渾身の一撃を受けた後に、彼女は経緯を説明してくれた。

 

 このキリトのマイルームと言える部屋に入る事が出来るのはカードキーを持つキリトだけなのだが、そのカードキーはメインとサブの二種類が存在していた。何らかの原因でメインが使えなくなった時、部屋を開ける方法が無くなってしまうのを防ぐための仕様だ。

 

 そのサブのカードキーを、キリトはリランに手渡していたのだが、リランはその後に「お前はキリトの伴侶(つま)なのだから、キリトと部屋を一緒にするべきだ。だから鍵はお前が持っていた方が良い」とシノンへ伝え、サブカードキーを譲渡していたらしい。

 

 その重要事項を含む連絡を、シノンとリランはキリトに向けて行おうと思っていたそうなのだが、シノンはシャワーを浴びてから、リランは四人の妹達と一緒にSBCグロッケンを廻ってからで良いかと思って後回しにしてしまい、結局伝えられる事は無くなってしまった。

 

 

「……っていうわけなのよ」

 

 

 シノンは申し訳なさそうな顔で説明を終えた。その顔を見たせいで、「そんな大事な連絡を先送りしないでくれ」という抗議をする気をキリトは失ってしまった。シノンもリランも悪意を持ってやったわけではないのだから。

 

 

「そうだったのか。てっきり部屋に《奴ら》が入って来たんじゃないかって思っちゃったよ」

 

「教えるのが遅くなっちゃって、ごめんなさい」

 

「いや、いいよ。気にしてない。俺も必要以上に警戒し過ぎてたんだ」

 

 

 街中で《奴ら》を見たという情報はないし、何より街中で襲われたところで何も起きないというのが、このGGOの常識みたいなものだ。街の中まで《奴ら》が追ってきていて、襲って来ようとしていたとしても、被害を受ける事はない。

 

 あまりに気を立て過ぎていた結果が、シノンの強力なビンタ。今更ながらキリトは自分の失敗を悔いた。他人からすれば笑い話だろうか、自分からすれば恥ずかしいったらありゃしない流れだった。

 

 その他人の中に女の子達を含めようものならば、自分に何が飛んでくるかすぐに把握できて、キリトは気分が悪くなったような気がした。この話は到底他人に話せないものだった。なんて事になったのか――そう思ってすぐに、キリトは気になる事を思い付いて、シノンに問うた。

 

 

「そういえば、シノンはこういうマイルームを持ってないのか」

 

「えぇ、持ってないわ。買うっていう選択肢がなかったわけじゃないけど、買わないで来たの」

 

 

 ルームを買うためにもWCを使う必要がある。銃火器は勿論、弾薬を買うためにもWCは必要で、ビークルオートマタを動かすためにもWCを使う必要がある。

 

 だから必要ではないモノにWCを使う事は避けるべきだが、そのためにシノンがマイルームさえ買わないでいたというのには驚きだった。

 

 シノンは続ける。

 

 

「だから、あなたが使ってるこの部屋が、私の部屋でもあるわ。っていうか、私の部屋でもあるって事になっちゃったみたい。リランからサブカードキーもらっちゃったわけだし」

 

 

 随分と勝手な事をしてくれたものだから、文句の一つでも言いたい気分だった。

 

 しかしリランには日中たっぷりと助けてもらった。そしてこれからもリランの力に助けられていくのは間違いないだろう。

 

 あまりにも頼もしすぎる相棒なので、怒るに怒れない。いつの間にか《使い魔》と《ビーストテイマー》の立場が逆転しているような気がした。

 

 そんな気持ちを押しやり、キリトはシノンへ問いかける。

 

 

「部屋も持たずにやってたのか」

 

「えぇ。必要ないと思ってたの。戦って強くなっていくために、そういう物は必要ない。そんなふうに考えてたから、部屋なんて持たなかった。WCは全部銃と弾薬に詰め込んで、後は何も使わないでた。GGOを始めてからずっと、そんな感じてやってきたわ」

 

 

 ちょっと()いているんじゃないか――キリトは胸の内でそう思っていた。彼女が強くなろうとしている事はわかるし、それが自分達のためであるというのもわかっている。

 

 彼女を動かしているのは、仲間と友人、そして俺のためという一途な気持ちだ。そう教えてくれたのはイリスだったが、その言葉に偽りがなかったのはシノン自身が教えてくれていた。実際にそう言ってもらえているわけではないが、彼女の言葉遣い、声色、雰囲気でわかった。

 

 そんな雰囲気を崩さないでいるシノンは、苦笑いを向けてきた。

 

 

「――そんなの焦り過ぎだって、思ったでしょ?」

 

 

 キリトは思わずびっくりした。考えている事をぴたりと当てられてしまった。その様子を見たシノンはすすっと笑って続ける。

 

 

「そうかもしれないわ。けどねキリト、私は本当に強くなりたい。本当に強くなって、銃が怖いのを、銃を見ると苦しくなるのを、いい加減無くしたいの。銃を平気になって、苦しいのも無くして、今度こそ皆と、あなたと一緒に過ごしたい。もう皆にもあなたにも、そんな事で迷惑はかけたくないの……」

 

 

 迷惑だなんて思ってないよ。そう言いたかったが、即座に否定されるのが目に見えていたので、キリトは口を塞いでいた。

 

 シノンは更に続けていく。

 

 

「だから、この世界で一番強い狙撃手(スナイパー)になって、敵対して来る奴らを全部倒せるようになりたいの。そうすればきっと、現実(リアル)でも銃が怖くなくなる。私は早くそうなりたかった。だから休んだりせずに戦い続けてた。戦い続けて、本当の意味で強くなって、あなたのところに帰るつもりだった」

 

 

 シノンは苦笑いを浮かべたまま、キリトを横目で見つめた。髪の毛同様翡翠(ひすい)がかった水色の瞳と、自身の黒色の瞳が交差する。

 

 

「……けど、結局あなたも皆もこっちまで来ちゃって、あなたにも追い付かれちゃった。それでまた結局一緒に戦う事になっちゃった」

 

 

 その言葉はこうなってしまって残念だと思っているかのようなものだが、しかしシノンの瞳にはそんな色は混ざっていなかった。寧ろ、こうなってくれてよかったと思っているかのような色をしているのがわかった。

 

 その様子を見たキリトはもう一度シノンに問うた。

 

 

「……やっぱり、俺達が来たのは嫌だったか」

 

 

 シノンは首を横に振り、顔を上げて微笑んだ。

 

 

「本当はそう思いたいんだけど、全然そんな気になれない。寧ろ皆に会えて、あなたと一緒になれて嬉しかった。強くなるためにGGO(ここ)に来たはずで、皆にGGO(ここ)に来てもらいたいなんて思ってなかったのにね。今はすごく、嬉しくて仕方がないの」

 

 

 直後、キリトは手元に暖かさを感じた。シノンがその手を重ねてきていた。

 

 

「けれど、この世界で戦って強くなるっていうのはやめないわ。本当に強くなって、銃が平気になるまで、どこまでも戦っていく。どんな敵とも戦って、勝っていく。それだけは変わらないし、変えるつもりもないわ。私はずっとあなたに守られてきたけれど、これからは寧ろ、私があなたを守れるくらいにまで強くなりたい。ううん、強くなるわ」

 

 

 その言葉と声には強い意志を感じられた。シノンは本気で強くなろうとしている。

 

 いや、これまでずっと彼女は強くなろうとしてきていたが、今はその気持ちが一番強くなっている。何としてでも成し遂げるつもりでいるのは確かだ。ここまで強い意志を持ったシノンを見たのは初めてかもしれない。

 

 キリトはちょっとした驚きと感動を胸にしてシノンを見ていたが、やがてシノンはその顔を少しだけこちらに向けてきた。

 

 

「……けど、やっぱり私一人で出来る事は限られてるみたい。今日の日中みたいに、簡単に追い詰められてしまう事も沢山あると思う。どんなに強くなろうと思って戦っても、私一人じゃどうにもならなくなることも、やっぱりあるみたいなの。

 だからね、キリト。私がこれからここでそうなった時は、これまでみたいに……私を守ってくれる?」

 

 

 その問いかけに対する答えなど、既に行動で示していた。だが冷静になって考えてみると、言葉にして答えた事はなかったかもしれない。

 

 キリトは重なるシノンの手に指を絡ませるようにして、握り締めた。

 

 

「勿論だよ。俺は君を守るために戦う。これまでどおり、君のための戦っていくつもりだ。それが俺のやるべき事で、俺のやりたい事だからな。だから、任せておいてくれ」

 

 

 シノンの答えを聞くより前に、キリトは言葉を続けた。

 

 

「それに、俺もなんだか思うんだ。GGO(ここ)でなら君は本当に強くなるんじゃないか、強くなれるんじゃないかって」

 

 

 シノンはきょとんとして、首を傾げてくる。

 

 

「本当に?」

 

「根拠はないけど……でも、シノンはGGO(ここ)で強くなれると思うんだ。今までよりずっと。だから俺、これまで以上に君の力になろうと思う。君と一緒に戦って、君を守っていきたい」

 

 

 全く根拠も何もないが、キリトはそう言いたくて仕方がなかった。もしかしたらシノンに呆れられるかもしれない。そう思っているキリトの隣のシノンは、ふふんと笑っていた。

 

 

「……なんだかキリトにそう言ってもらえると、本当に強くなれそうな気がする。今まで以上に良く戦えて、勝てそうな気がしてくるわ」

 

「え、そうなのか?」

 

「勿論根拠なんてない。けど本当にそうなりそうな気がして、不安じゃなくなる」

 

 

 シノンはそっと身体をキリトに寄せ、体重を預けてきた。下着しか身に着けていない彼女の身体の暖かさが直に伝わってきて、とても心地よかった。

 

 

「……そう言ってくれて、一緒に戦ってくれて、守ってくれて……本当にありがとう、キリト。これからもずっと一緒に居て、ね……?」

 

「……あぁ、ずっと一緒だよ。俺はずっと君と一緒に居るよ……」

 

 

 日中激しく戦って、その後も様々な出来事を経験したためか、瞼がとても重く、頭の回転が最低速度以下になってきている。シノンの身体の暖かさも大きくなってきており、吐息が寝息に近しいものになってきている。もうこれ以上起きているのは無理そうだった。

 

 キリトはシノンと一緒にベッドの枕の方へ移動し、そのまま横になった。捲った掛布団をシノンの身体に被せると、既に寝顔を見せていたシノンがほんの少しだけ瞼を開けて瞳を見せてきた。

 

 眠気と一緒に不思議な気持ちを抱くキリトに、シノンは顔を近付けてきて、そっと額を付けてきた。額と額が合わさり、その温もりが直接身体へ流れ込んでくるようになり、吐息がすぐそこで聞こえてくるようになった。

 

 こちらの吐息を数回聞いた後に、シノンは微笑んで眠りに就いた。それだけじゃなく、額からの温もりを感じたのが心地よかったようだ。それはキリトも同じであり、シノンの愛おしい寝顔、寝息、そして額からの温もりを感じていると、一気に意識が遠のき始めた。

 

 自分にとっての守るべき人であるシノンは、こんなにも愛おしい。だからこそ、自分はシノンを守ろうと思っているのかもしれない。

 

 シノンが愛おしいからこそ、その愛おしいシノンが心の中に何を抱えているかもわかっているからこそ、自分はシノンを支え、シノンの力になりたいと思っている。

 

 明日から取り掛からなければならない、やるべき事は、これまで以上に力を入れていかなければ。そう胸の内に思って、キリトは瞼を閉じた。

 

 

 

 

         □□□

 

 

 

 

 翌日 SBCグロッケン

 

 全ての用事が終わってGGOにダイブした後、皆それぞれの目的のために別々に行動し始めた。

 

 ある者は世界観を知るためにクエストを進めに、ある者は資金を得るための探索に、ある者は武器の改造スキルを得るために、フィールドへと向かって行った。

 

 その中にキリトとシノンも加わるつもりだったが、昨日は簡易メッセージでコンバートを知らせて来ていただけだった情報屋、アルゴが二人の許へやって来た。

 

 戦闘機や戦車のメンテナンスを担当している整備員のそれのような、オレンジがかった黄色いスーツを着用している彼女は、早速このGGOでの有力な情報を掴んでいたらしく、それはキリトとシノンが得るべきものだと言ってきた。

 

 是非とも聞きたいと思えたその情報は、彼女にしては珍しく、無料で提供されてきた。

 

 何でも、このSBCグロッケンの地下には旧文明の遺構が非常に色濃く遺るダンジョンがあるらしい。そもそもこのSBCグロッケン自体が、宇宙に逃げていた移民船団の内の一つが旧文明の遺構のある場所の地表に戻って来て、移民船であった宇宙船を基にして作り上げた街であるという設定であるらしく、そのSBCグロッケンの地下に追いやられた旧文明の遺跡がダンジョンとして存在しているという。

 

 その地下遺跡は古代遺跡ではあるけれども、一般的にイメージされるものとは全く異なった外観をしており、斬新さを感じさせるものであるらしい。

 

 そこまで聞いたキリトは、「それがどうした?」と首を傾げそうだったが、続けられたアルゴの説明でそれをやめた。

 

 このSBCグロッケンの地下に眠る旧文明の地下遺跡には、珍しいアイテム――お宝と呼べるものが漁っても漁っても漁り尽くせない程眠っているらしく、その中には現状のプレイヤー達の間で広まっていない、非常に強力な銃火器なんかも混ざっているというのだ。

 

 それらはシノンの使っているような狙撃銃(スナイパーライフル)も、キリトが使っているハンドガンと光剣(フォトンソード)もあるらしく、より取り見取りなのだそうだ。

 

 もしこの地下遺跡に入って探索をすれば、運が良くそれを手に入れて、こちらの火力を大幅に強化できるかもしれない――アルゴからの情報はひとまずそこで区切られた。

 

 こちらはまだ初心者(ニュービー)の域を出ておらず、使っている武器が出す火力もあまり高いとは言えない。もしこれらを大幅に強化する事が出来る、もしくは新たな高火力武器を得られるのであれば、このSBCグロッケンの地下遺跡に突入しない手はない。キリトは純粋にそう思ったが、それはすぐに疑いに変わった。

 

 SBCグロッケンの地下遺跡に行けば、まだ確認されていない高火力武器が易々と手に入るなどという話はあまりに虫が良すぎる。

 

 お宝が眠っているSBCグロッケンの地下遺跡には、何かただならない裏があるんじゃないか――ゲーマーとしての経験を活かして尋ねてみたところ、アルゴは感心しながら答えてきた。

 

 やはりというべきか、SBCグロッケンの地下遺跡はかなりの高難易度ダンジョンとして作られているそうで、旧文明の非常に強力な生体兵器、戦機などが大量に闊歩している危険地帯らしく、並みのプレイヤーが挑んでいった場合は短時間のうちに()じ伏せられて終わるという。

 

 旧文明時代、地球そのものを戦場とした大戦争のために産み出された、最悪の自律兵器達を逆に捻じ伏せられる者だけが、お宝を手にする権利を得て、実際にお宝を得る事が出来る。キー坊、その捻じ伏せる者になってみないカ――アルゴは誘っているような口調で説明を終えた。

 

 自分達のステータスはまだまだ初期値付近――そうでもないのはシノンだけ――で、そんな高難易度ダンジョンに挑むなど無謀極まりないだろう。ハイリスクハイリターンであるというのはわかるが、リスクもリターンもあまりに高すぎていて、現時点で挑んでいくのは現実的ではない。

 

 地下遺跡に挑む事への浪漫や探索への好奇心はあるけれども、現時点でやっていいものではないだろう。

 

 キリトはそう言ってアルゴの提案を却下しようと思ったが、隣にいるシノンはそうではなかった。シノンはアルゴの提案に乗って、地下遺跡へ向かおうと言い出したのだ。

 

 高難易度ダンジョンというだけあって、エネミーの抱えている経験値も非常に高いものだろうから、エネミーを倒しに行くというだけでも十分に意味がある。

 

 それに自分達には現時点で持っているのはおかしい域に入っているくらいの強さを持つリランが居るから、リランの火力を借りれば攻略できるのではないか――シノンはそう言って、キリトにアルゴの提案に乗る意思表示をしてきた。

 

 彼女は完全に本気だった。地下遺跡に行き、強い武器を手に入れようと本気で考えていて、どんなに強いエネミーが現れても捻じ伏せるつもりでいた。もしキリトとリランが行かないならば、自分一人だけになってでも行くつもりでいるようだった。

 

 そんな危険な場所にシノン一人で行かせるわけにはいかないが、シノンは止まる気を全く見せない。ここで自分が居ないならば、彼女は一人だけになって地下遺跡へ向かってしまう。結局キリトは根負けしてアルゴの提案に乗り、SBCグロッケンの地下遺跡へ向かう事にしたのだった。

 

 地下遺跡にはエレベーターに乗れば行けるとアルゴから教わり、彼女に導かれるようにしてキリトはそこへと足を運んでいき、辿り着いた場所こそが現在地だった。

 

 そこは遺跡群だったが、その相貌は古代遺跡という言葉から想像されるようなものではない。ところどころに錆が見える鋼鉄の建物や崩落した高速道路が、所狭しと並んでいる。

 

 かつて栄華を誇り、数多(あまた)の人々が暮らしていたのが容易に想像できる光景。それが地下遺跡の姿であった。

 

 

「これは、すごいな……」

 

「なんか遺跡って感じがしないわね……本当に世界が終わった後の街っていうか」

 

 

 シノンと二人並んで鉄の森に見とれていた。近未来の世界観を描いているという話だが、そこまでSFの世界に深く入り込んでいるような感じが無く、現実の街並みの行き着く先と思えるような風貌だった。もし東京が発展し続けてたら、数百年後にはこのような姿に辿り着くのだろうか。

 

 自分達の暮らす街の未来の姿――そんな想像をするキリトに邪魔をしてきた声があった。少女の声だった。

 

 

「すっごーい! なんか如何にもお宝が眠ってる場所って感じがするー!」

 

「それだけじゃないゼ。お宝に関する情報、高く売れる情報も沢山眠ってる場所ダ。ここで仕入れた情報は高く売れるゾぉ」

 

 

 振り向いてみた先に居るのは、二人の少女。少しだけ白みがかった金色の髪を若干ぼさぼさにしたヘアスタイルで、整備員のそれのようなスーツを身に纏う少女は、キリト達をここに招いたアルゴであった。

 

 そしてもう一人。はねっけのあるオレンジがかった髪の毛をショートボブくらいにしている、青い瞳が特徴的な、黒と水色を基調としたコンバットスーツを着た少女。SAOの時からずっと共に戦い、あらゆる局面を乗り越えてきた仲間であるフィリアだった。

 

 本当は連れてくる予定のなかった少女の二人に、キリトは思わず溜息を吐いた。ビークルオートマタとして同行している《使い魔》、リランも同じように溜息を吐いて、《声》を掛けてきた。

 

 

《結局大所帯になってしまったな》

 

「あぁ。俺とシノンとお前の三人で行くつもりだったんだが」

 

 

 キリトがアルゴから話を聞き、地下遺跡に向かう事になったところで、「話は聞かせてもらったわ!」と言って少し離れたところから食いついてきたのがフィリアだった。どうやらアルゴの話の中に出てきた《お宝》というキーワードが、トレジャーハンターを自称するフィリアを呼び寄せてしまったようだった。

 

 自分達だけで向かうはずなのに、フィリアまで加わるなんて――驚かされたキリトとシノンは招かれざる客であるフィリアを、「難しいところへは行くな」と説得しようと思った。

 

 だがそこでアルゴが「これからお宝が眠る高難易度に行くから、一緒に来てくレ」と逆の頼みをしてしまった。しかもその時、アルゴもまた一緒に地下遺跡に向かう事になっていたと知る事にもなった。

 

 いつの間にか向かう人数が増えている事に抗議すると、アルゴは

 

 

「情報収集のために行かせてくレ。それにオレっちとフィリアは運気(LUK)を上げてるから、レアドロップを招きやすいゾ。レアアイテムは全部キー坊にくれてやル。それでどうダ?」

 

 

 と、駆け引きを持ち掛けてきた。

 

 確かに彼女達の運気は自分よりも遥かに高い方に入っており、フィリアに至ってはこの数日間でレアな換金アイテムと銃火器を次々と手に入れて、かなりのWCを得る事になっている。

 

 それによってGGOの一部――まだ全域ではないがいずれそこまでいくだろう――でフィリアは知名度を獲得する事になった。最近ではフィリアを幸運の女神(フォーチュン)と呼び始める者まで出てきている。

 

 そんなフィリアに同行してもらえば、それだけレアなドロップ品に巡り合える可能性も高くなる。そこにアルゴも加わるのだから、単純計算でレアドロップ率は上がる事になる。

 

 自分やシノンの求めている強力な銃火器が手に入る可能性も倍増するだろうし、ドロップ率小数点のレジェンダリーレアまで行かないものの、レアものを続々と手に入れて、リランを運用するためのWCにする事も出来るだろう。

 

 彼女達を抜いて地下遺跡に向かうメリットを見いだせなくなり、キリトは結局五人――リランは《使い魔》なので正確には四人――パーティを組んで、この地下遺跡へ向かう事になったのだった。

 

 完全に予想外の方向から入ってきたフィリアに、キリトは声掛けをする。

 

 

「アルゴはともかくとしてフィリア。ここはエネミーが強くて難しいダンジョンらしいぞ。来て大丈夫だったのか」

 

 

 フィリアは素直な頷きを返してきた。怯えているような様子は一切ない。寧ろこれから起こりうる事へわくわくしているかのような雰囲気があった。

 

 

「大丈夫だよ。わたしだってキリトと一緒に戦ってきたんだし、どんなエネミーが出て来たって平気! それに高難易度ダンジョンって聞いたら、なんだか燃えちゃって」

 

 

 確かにフィリアの実力は折り紙付きだ。近距離戦も遠距離戦も問題なくこなし、《ALO》でも《SA:O》でも強力なボスも、自分達との協力で難なく倒してしまえるくらいに彼女は強い。

 

 

「それにそもそもわたしだって情報屋の端くれですもの。美味しそうな情報が眠ってそうなところに行かないなんて出来ないよ」

 

「それはわかるけどさ」

 

 

 キリトが言うなり、フィリアはふふんと笑った。

 

 

「心配しないで。わたしはわたしのやりたい事を思いっきりここでするだけ。……だからキリトはキリトのやりたい事を、精一杯やって」

 

 

 キリトは思わず目を丸くした。フィリアはまるで自分のやるべきこと、心に誓っている事を見透かしているかのようだ。教えた事はないはずなのに。思考や心を読み取られたのか――そう思うキリトの横を、フィリアは通り過ぎて行った。

 

 更にアルゴも通っていく。

 

 

「さて、お前がリーダーだゾ、キー坊。早く行こうゼ」

 

 

 そう言われたキリトは、ひとまず頷き、歩みを進める事にした。

 

 眼前には暗い地下空間に封じ込められた、風化と劣化を重ねて朽ち果てた高層ビル群が立ち並んでいた。

 

 




 SBCグロッケンの地下遺跡と言ったら?

 そう、アレが来る。



――原作との相違点――

①アルゴのLUKが高いという設定。原作のFBではそんなに高くない。

②フィリアに知名度がある。

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