キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:少女と対話する者

愛莉(あいり)先生……!?」

 

 シノンとイリスの会話に、俺は思わず驚いてしまった。まずイリスはシノンを本名である詩乃と呼び、シノンはイリスの本当の名前と思われる愛莉先生と呼んだ。今のところこのSAOでシノンの本名を知っているのは俺、リラン、強いて言えばエギルの3人だけで、イリスとは今が初対面であるはずだ。

 

 だけど双方が呼びあったという事は、現実世界で二人は出会った事がある、もしくは知り合いだったという事を意味する。

 

「シノン、知り合いなのか?」

 

「知り合いも何も……あの人は……」

 

 シノンがイリスとの関係を喋ろうとした直後、俺の背中におんぶされていたユイが突然空に向かって手を伸ばし始めた。ユイの突然の行動に、アスナが不思議がって声をかける。

 

「ユイちゃん、どうしたの」

 

 ユイは虚空を眺めつつ、口を動かした。

 

「わたし……ここにはいなかった……くらいばしょで……一人で……いた……みんなの……心……」

 

「ユイ、何を言ってるんだ」

 

 身体が密接に触れ合っているためなのか、ユイの身体が震えているのがわかった。声色も怯えたようなものになっているため、ユイの顔が真っ青になっていそうな事は目で見なくてもわかった。直後、アスナの肩に乗っていたリランがそれに呼応するように《声》を出し始める。

 

《皆の……心……心……心……こころ、こころ、ココロ、心心心心心心心心心心心》

 

 まるでメモリがバグったゲームのような《声》を発し始めたリランに俺達は更に驚き、アスナはリランとユイを交互に見ながら、慌てたように声を出す。

 

「ちょっとユイちゃん? リラン? どうしたの?」

 

 次の瞬間、ユイは悲鳴を上げ、同時に耳元にノイズのような音が響き渡った。リランの音無し声には匹敵しないが、かなりの音量だった事は確かで、アスナ、シノンは思わず耳を塞ぎ、俺の耳も一瞬聞こえなくなった。直後、ユイが俺から手を離し、背中から離れて行ったのがわかり、素早く身体を翻して地面へ落ちそうになったユイを抱き止めようとしたが、その前にシノンがいち早く行動を起こして、落ちそうになったユイの身体を抱き止めた。

 

「ユイッ!」

 

 シノンが抱き止めたのを確認し、ユイに近付いて膝を地面につけた。直後、ユイはシノンの中で痙攣しているように震え始めた。

 

「ママ、わたし、わたし、わたし、し、し、し、し、し、し、し、し、しししし、しし」

 

「ユイ、ユイッ、ユイぃッ!!」

 

 シノンの呼びかけにもユイは答えず、虚空を仰ぎながら不規則に震える。そして同じような症状を起こしているリランの方を見てみれば、リランは泡を吹きながらアスナの手に倒れ、痙攣を起こしていた。しかも《声》に至っては実際の鳴き声と同時に出しているような有様だ。

 

「ご、ごが、ごごが、ごごが、ごごが、ごごが」

 

《ご、ごご、こころ、ごご、ごごろ、ここ、ごころ》

 

「リラン、リランどうしたの、リラン!?」

 

 直後、ユイとリランはまるで糸がぷつんと切れてしまったように声を出すのをやめて、目を閉じ、ユイはシノンの胸に、リランはアスナの手の中に倒れ込み、そのまま動かなくなってしまった。まさか死んだのかと思ってぞっとしたすぐ後に、二人のステータスがそのままである事が確認できて、気絶しただけだというのがわかった。

 

 しかし、その原因は全くと言っていいほど特定できなかった。一体彼女達の身に何が起きたのか。回線切断や過度の疲労などの一般的な気絶の要因だとは思えないし、それ以外の原因も思い付かない。

 

 まるでバグってしまったかのような不規則な言動……こんな症状を起こすプレイヤーなんて見た事が無いし、聞いた事もない。

 

 ユイ達が気絶した理由を考えようとしたその時、それまで子供達の元にいたイリスとサーシャが駆け寄ってきて、腰を落とした。

 

「一体どうしたんだい」

 

「今、この子が気絶してしまったように見えたけれど……」

 

 そうだ、今はこんな事を考えている場合ではない。ユイとリランが気絶してしまったからには、どこかで休ませてやらないといけない。そしてこの人達ならきっと、その場所を用意してくれるはずだ。

 

「すみません、どこか休める場所ありませんか。この子が急に具合を悪くしたみたいで……」

 

 俺の声掛けにはイリスが応じ、立ち上がった。

 

「よしわかった。ひとまず私達の教会に運び込もう。詳しい話はそこで聞くから、その子に関しても、君に関してもね」

 

 そう言って、イリスはシノンに顔を向けた。確かにイリスとシノンの関係も気になるところだが、第一はユイとリランを休ませる事。それに俺達の用事はイリスと教会にあったから、丁度いい。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はイリスとサーシャに礼を言った後に、子供達を連れた二人の後を、気絶したユイとリラン、二人を心配そうに見つめるシノンとアスナを連れて追った。

 

 

 

 

 

 午後10時半

 

 イリスが経営している教会はまさに孤児院というか、小学校に近しい形になっており、100人を超える12歳前後の子供達が沢山生活していた。何でこんなに沢山の子供達がいるんだと気になったが、イリスは答えてくれず、ユイを寝かせるのにちょうどいい部屋に案内してくれて、そこのベッドにユイを無事に寝かせる事が出来た。勿論、リランも。

 

 その直後に、俺はイリスと話がしたくなって、シノンとアスナを連れてイリスの元に向かったが、イリスは他の保母達と一緒に夕食のための料理中で、まったくそれどころではなかった。

 

 しかもイリスは部屋に入ってきたシノンとアスナを見るや否、君達料理が出来るなら手伝ってくれと言って二人を部屋に招き入れてしまった。結果、二人は教会の夕食の準備に駆り出されてしまって、話をするどころではなくなってしまい、俺はイリスと話が出来る時を、夕食を子供達と食べながら待ち続ける事になった。

 

 そのまま俺達はユイの面倒を見るために、イリスの経営する教会の空き部屋を借りて宿泊する事になったが、子供達が寝静まった頃に、イリスは俺とシノンを指名して院長室に招き入れてきた。イリスはカチューシャを外して、白いTシャツと少し長いスカートの軽装になっていて、その部屋の中はアンティークな家具で彩られていた。

 

「自己紹介が遅れてしまったね、君達」

 

 ソファに腰を掛けたイリスと対になる位置のソファに腰を掛けつつ、頭を軽く下げる。

 

「俺はキリトです。それでこっちはシノンです」

 

 イリスはうんうんと頷いて微笑んだ。

 

「もう知っているかもしれないけれど、私の名はイリスだ。ここの教会をサーシャを含めた5人の保母達と共に経営してて、責任者をやってるよ。夕方は子供達が騒いでしまってすまなかったね」

 

 イリスの言葉に首を横に振る。

 

「そんな事ありませんよ。だけど、どうしてこんなに沢山の子供達がいるんですか。このゲームはそもそもあんなに小さい子達がプレイできるゲームじゃなかったはずですよ」

 

「そうだね。このゲーム、ソードアート・オンラインはCEROがC、即ち15歳以上対象のゲームだけど、CEROは18歳以上対象を示すZ以外なら、あくまでそのくらいの年齢に向けられているゲームですっていう表記であって、この年齢になるまでやっちゃ駄目っていう警告文じゃない。だから15歳以上対象でも、楽しそうの一思いで子供達はこのゲームをプレイしたって事さ」

 

 確かにCEROは犯罪や危険な表現が出てくるゲームによくつけられるZ以外は、あくまでそのくらいの年齢に向けられたゲームであるという表記でしかない。昔携帯機で流行って、今もオンラインゲームとして名を馳せ続けている狩猟アクションゲームもCEROはCだが、明らかにそれに満たない小学生や中学生がプレイしているのが当たり前だった。

 

「でもこのゲームはデスゲームであって、クリアしないと出られない……」

 

 シノンの言葉にイリスが頷き、少し険しい表情になった。

 

「あの宣言を受けた子供達は大きな傷を心に負ってしまったんだ。パニックや混乱は勿論、親に会えなくなった寂しさ、閉じ込められて閉まったという悲しさ、モンスターに殺されてしまうと言う恐怖。ありとあらゆる感情が子供達に襲い掛かったんだよ。結果、何も出来なくなったり、回線切断してしまった子もいたそうだ」

 

 あの茅場晶彦の宣言は、子供達よりも遥かに年齢が上な大人達を恐慌状態にするのさえ容易だった。あの宣言の日、子供達がどんな状態になってしまったのか、その光景を想像するのは簡単で、すぐに頭の中から消した。

 

「それを見過ごせなくて、イリスさんはこの教会を経営し始めたんですか」

 

「いーや。この教会を子供の保護施設に変えたのはサーシャだったんだよ。事実上は彼女がこの施設の責任者であり、院長なんだけど、今はそれを私がやってる」

 

「何でそんな事に?」

 

 イリスは俺から目を逸らしてシノンを見つめた後に、戻した。

 

「その前にキリト君、君は私が、君の隣の子とどんな関係なのか気にならないのかい。多分、この話に大きく絡んでくる事柄だと思うんだけど」

 

 イリスの言葉を受けて、俺はハッとした。そういえばイリスと初めて出会った時に、イリスはシノンの本名を、シノンはイリスの本名と思わしき名前を口にして、二人ともひどく驚いているように見えた。

 

 子供達と騒いだせいと、ユイとリランの事を気にし続けていたせいで忘れていたけれど、イリスにそれを聞きたいんだった。

 

「そうだった。イリスさん、あんたはシノンの本名を口にしたけれど、あれは一体どういう事なんだ。あんたはシノンとどういう関係なんです」

 

 イリスは俺を見てふふんと笑った。

 

「質問を質問で返すようで悪いけれど、キリト君はその子の何なんだい。君はその子と一緒に居て、ずっとその子と過ごしてたけれど」

 

 答えようとしたその前に、シノンが口を開いた。

 

「キリトは、私の事を受け入れてくれた人です。そして、このゲームの中の話ではありますが、私と夫婦関係になってくれた人です」

 

 シノンの答えが意外だったのか、イリスの目が丸くなる。

 

「キリト君はシノンの恋人って事かい? という事はキリト君、君は……」

 

「はい。俺はシノンを受け入れました。そして彼女がどういった経緯を辿ってきた人物であるかも、知っています」

 

 イリスはさぞかし驚いたような表情をした後に、ゆっくりと微笑んだ。

 

「なるほどね……私以外の理解者が現れたって事か……」

 

 イリスは俺に顔を向けた。

 

「この場にいる人だけの秘密にするっていうのなら、私とシノンの関係を話そう」

 

「秘密にします。というよりも、他の人に話そうって考えてません」

 

「そうか。なら話すよ」

 

 イリスは足を組んで、手を腹の上に軽く置いた。

 

「マナー違反ではあるけれど、私の本名は芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)。現実世界では東京都にある大きな病院の精神科、心療内科、及び心理カウンセラーをやっててね、現実世界でのシノンの専属医のようなものだった。だから、君と同じシノンの過去を知る者だ」

 

 そういえばシノンが全てを話してくれた時に、今までカウンセリングを受けてきたどの先生よりも良くしてくれた先生がいたという話があった。そしてこの人の雰囲気はカウンセラーとは思えないくらいにフランクだし、話し方も柔らかい。シノンの言っていた医師の特徴に似ていない事もない。

 

「って事は、あんたがシノンが最も頼りにしてたって先生なんですか」

 

「確かに、私は他の患者よりもシノンの事を気にかけていたし、ほぼほぼシノンのカウンセリングばかりやっていたね。シノンは他の患者と比べて過去も症状も飛び抜けて重いものだったから、他の患者は他の医師にやらせて、私本人はシノンを優先していた」

 

 イリスの言う通り、強盗から銃を奪って、射殺し返してしまったなんて言う過去を持ち、それに伴ったPTSDを患った女の子なんて、日本中のどこを探してもシノン――詩乃だけだろう。

 

「キリト君。シノンから話を聞いたなら、シノンがメディキュボイドを使っていたのも聞いているはずだろうけれど、確認しておく。シノンからメディキュボイドの話を聞いた?」

 

「聞きました。その結果、シノンはSAOの中に引きずり込まれたんです」

 

 イリスは考え込むように顎に手を添えた。

 

「となると、シノンは私と時を同じくしてこの世界に放り込まれてしまったという事か」

 

 思わず目を丸くすると、それまで沈黙していたシノンが口を開いた。

 

「あの、愛莉……じゃなくて、イリス先生は私と一緒にカウンセリングVRMMOを起動して、その中にダイブしましたよね。もしかしてイリス先生も同じようにこの世界に……」

 

 イリスは頷いた。

 

「原因は不明だがそう考えるのが妥当だろう。私達が起動したVRMMOはSAOとは全く無関係のソフトだったから、SAOの世界に入り込んでしまうなんて事は基本的にありえない。一体何が起きて、こんな事になってしまったのか。そしてこの世界がアインクラッド、即ちテレビ、ネット問わず騒動になっているテロソフト、ソードアート・オンラインの中だって知った時は思わずぞっとしたし、顔が真っ青になってしまったものだ」

 

 イリスは足組みをやめて、通常の姿勢に戻った。

 

「そして、シノンが巻き込まれてしまったかどうか心配だったんだけど……案の定君も巻き込まれてしまっていたんだね。悪い予感に限ってよく当たるもんだよ」

 

 俺は何も言わずに聞いていたが、やがて思い付いた。もしかしてその時から、この人はサーシャのいるこの教会に入って、やがて院長にまで上り詰めたんじゃないだろうか。

 

「って事は、あんたはこの世界に入り込んで、すぐにこの教会に来たんですか」

 

「すぐってわけじゃないけれど、この世界がSAOの中であり、尚且つ場所が第45層だって知った時、ひとまず第1層に戻ってみるのがセオリーだと思って赴いたんだ。そしたら、このSAOにも私のところにカウンセリングを受けにくる子供達と同じくらいの子供が見つかってさ。放っておけなくなって、子供達が沢山いるところに赴いたわけだ。サーシャと出会ったのはその時だったね」

 

 この人は普通のプレイヤーとは違う。ただ助けを待つわけでもなく、攻略を進めるわけでもないが、少しでもこの世界に生きるプレイヤー達の助けになりたいと思って、ここに来たのだ。そう思って、俺は再度イリスに言う。

 

「よくサーシャさんの経営するここの院長になりましたね」

 

 イリスは苦笑いした。

 

「私は単に子供達の接し方とか、あやし方、ついでに言えばカウンセリングの仕方とかをサーシャ達に教えてやっただけさ。そしたらサーシャ達は私を敬い始めて、ついには院長と責任者をやってくれって言い出したんだ。断る事のメリットもなさそうだったし、何より、子供達の面倒を見れるここにずっといられるってわかったから、引き受けたんだよ」

 

 イリスは表情を戻して俺達から顔を逸らし、窓の方に視線を向けた。

 

「それに、子供達をこんな汚れた感情が渦巻く街や世界に閉じ込めておくっていうのが、私は許せないでいる。だからせめて、子供達が安心して暮らしていける、一点だけのけがれてない感情の場所を作りたくてさ。ここをそうしていくつもりだよ」

 

 この世界は現実世界よりもどす黒い感情が渦巻く世界だと思う時はある。笑う棺桶、犯罪ギルド、レッドプレイヤーによる殺人、略奪、強盗、暗殺。

 

 こんな凶悪な犯罪をゲーム感覚で行う人間達の世界に子供を置いておくのは絶対に行けない事だし、置かせたくない。だから、そういう事からは縁の遠い場所を作っておきたいというイリスの考えには賛成できる。

 

「あの、イリスさん」

 

「なんだいキリト君」

 

「イリスさんはここに暮らす子供達の名前や特徴をどこまで知っていますか」

 

 イリスは俺に顔を向き直して、胸の前で手を組んだ。

 

「全員だ。ここの教会には実に120人近くの子供達が保護されているけれど、全員の名前と特徴を知っているよ。まぁ流石にこの教会を出て攻略を行っている子供達の事までは知らないけれどさ」

 

「なら、ユイの事は知りませんか。ユイは22層の森で俺達が見つけた子供なんですが、ユイは記憶を失っていて、どこから来たかわからないような状態なんです」

 

 俺がユイの事を話した瞬間、イリスの目が丸くなったのがわかった。

 

「ユイ、だと?」

 

「何か知ってるんですか!?」

 

 シノンの声にイリスはハッとし、首を横に振った。

 

「すまない。ユイなんて名前とあのような特徴を持った子はここにはいない。ここで保護されていたけれど、抜け出してしまった子ではないだろうな。サーシャの出席簿のようなものにも、ユイという名前が書かれていたところを見た事はない」

 

 一瞬イリスが反応を示したから、何かを知っているのかと思ったけれど、どうやらそうでもなかったようだ。それでも、あのような反応を示した事は気になる。

 

「ただ、君達と初めて出会った時に、ユイちゃんはキリト君の事をパパ、シノンの事をママと呼んでいたような気がするが、君達彼女に何をしたんだい」

 

 俺達以外のプレイヤーに話さないと思っていたけれど、イリスになら話しても大丈夫そうだと思える。俺達はすかさずイリスの質問に答え、ユイの事を話した。

 

「なるほど……記憶を失った彼女が目を覚ました時に、そこにいたキリト君をパパ、シノンの事をママと認識して、そう呼ぶようになったという事か」

 

 シノンが頷く。

 

「はい。それにユイはキリトを本当のパパ、私を本当のママだと思ってるみたいなんです。それに何だか喋り方とか、行動も、あの子の見た目に合わないっていうか……イリス先生はそう言うのに詳しいお医者様だから、何かわかりませんか」

 

 イリスは腕組みをして、軽く下を見た。

 

「確かに私はそう言うのに詳しいお医者様だから、わからないでもない。

 話に聞く限りのユイの症状は記憶喪失及び精神年齢の幼児退行だな。何か途轍もないショックを受けるような出来事に出くわしてしまったか、恐ろしい目に遭って精神が軋んだか……いずれにせよ、あまりよくない事が起きたのは確かだ。記憶がいつ戻るかもわからないし、戻ったとしても精神まで修復されるかどうかはわからない」

 

 この世界は人がモンスターに殺される世界だ。モンスターのいるフィールドに出かけば、ショックな出来事が起こるのは日常茶飯事……。

 

「ただ、彼女は見ての通り丸腰の女の子。言動が幼児に近しいなら幼児そのものと言っても過言ではない。幼児がモンスターに襲われればどんな事になるかは想像に容易いはず」

 

 イリスの言葉に頷く。

 

「ユイがキリト君をパパ、シノンをママと呼んでいるなら、残念だけど君達はユイにとってそれなんだ。この世界にいる以上、君達が一緒に居てやって、面倒を見てやる他ないよ」

 

 シノンが目を丸くし、声を張り上げてイリスに言った。

 

「ユイと一緒に居て、ユイの面倒を見てていいんですか!?」

 

 イリスはきょとんとした後に頷く。

 

「あぁ勿論さ。というかそれ以外に何があるんだ。まさかユイを私達に押し付けるつもりじゃないんだろう?」

 

 シノンは何も言わずに頷いた。シノンはきっと、ユイが俺達のところから離れて行ってしまう事を何よりも嫌で、怖かったのだろう。だけどユイがここの子供じゃない事がわかり、俺達が面倒を見ていいと言われた今、それらの感情から解放され、改めてユイと接していいとわかって、心の底から嬉しくなったのだろう。勿論、俺もシノンと同じ気持ちだ。

 

「しかしまぁ、あのシノンが、この世界で恋人を作り、あんな子供まで持ってしまうなんて、今日一番の衝撃だ。今日という日が忘れられないかもしれない」

 

「俺も驚きました。まさかシノンの事を理解してくれてる人がいたなんて」

 

「それは私も同じさ。キリト君、シノンの傍にいるという事を選んだって事は、相応の覚悟があるっていうわけのはずだけど、その辺りの事はわかってるよね」

 

 俺は頷いた。

 

「はい。俺の気持ちも全てシノンに伝えましたし、覚悟も出来てます。この世界にいる間も、そして現実世界に帰っても、シノンの元へ行って、シノンの傍に居続けます」

 

 イリスは穏やかに笑んだ。

 

「よろしい。しっかりやってくれたまえよ、キリト君。……いい人に出会えてよかったね、詩乃。彼なら、心配はいらない」

 

 シノンは一瞬顔を赤くしたが、すぐに色を元に戻し、頬を桜色に染めて、微笑んだ。

 

「はい」

 

 イリスはシノンの笑顔を見た後に、俺の方へ向き直った。

 

「私は基本的にこの教会にいるから、困った事があったらメッセージなり直接会いに来るなりしてくれ。特にキリト君の場合はシノンの事について知りたい事があったりしたら、来るといいよ。出来る限り力になってあげよう」

 

 流石精神科医というべきなのか、とても暖かい感じがするし、話し合っていて悪い気はほとんどしなかった。シノンが現実世界で頼っていたというのもわかるような気がする。

 

「わかりました。その時はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。さてと、もうお開きにしようか。ユイと同じ部屋にベッドが3つあるから、そこのベッドを使いなさい。今のユイには、パパとママが傍にいてやる必要があるからね」

 

 俺達は頷き、イリスに礼を言いつつ頭を下げて院長室を出て、少し暗い廊下を歩いて、ユイの眠る部屋に戻った。

 

 

 

 

        □□□

 

 

「さてと、ユイか。その名前と言い、あの見た目と言い、何かの偶然なのか……?」

 


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