キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 《彼女》が来る。


04:無冠の女王

 

          □□□

 

 

 

「レイちゃんが特別製のAIかぁ……」

 

「アスナ、それがどういう意味なのかわかるのか」

 

 

 キリト達の仲間の一人となった翌日の夜、アルトリウスはアスナと行動を共にしていた。彼女曰く、新人である自分に案内したいところが沢山あるからという事らしい。

 

 確かに自分はまだこの《GGO》にログインして二日目だから、《GGO》について、そしてこのSBCグロッケンについて知らない事も沢山あるから、アスナが案内してくれるというのは素直に嬉しかった。

 

 その中でアルトリウスは、イリスから聞いた話をアスナに伺ってみた。

 

 イリスによると、レイアは非常に特別なAIであるらしく、そこら辺の物とは全く異なっている代物であるという。キリトにとっては理解できる話だったらしく、彼はそれに頷いていたのだが、アルトリウスに至っては何の話をされているのかわからなかった。

 

 レイアが特別製のAIだとして、それに何の意味があるのか。レイアが特別製だから何なのか。キリトもイリスもそれ以上詳しい事を教えてくれなかった。レイアが一体何だというんだ――アルトリウスはもやもやした気持ちを抱えたまま、二日目のログインを迎え、そして今現在に至っていた。

 

 そんなアルトリウスのもやもやを聞いて、アスナではなく、その近くにいる少年が答えてきた。

 

 

「レイちゃんが特別製……という事は、ぼく達に近しいものという事でしょうか」

 

 

 アルトリウスは少年に目を向ける。出会った時から思わず目を向けてしまっていた少年は、アスナと全く同じ栗色――しかし先端部付近は明るい白銀色――の長髪を後頭部で纏め上げた髪型をしており、瞳の色もアスナと同じ琥珀色である。体型は所謂(いわゆる)チビであり、キリトの親友であるというカイムよりもほんの少し低いくらいしかない。

 

 その少年へ顔を向け、アスナは言葉をかける。

 

 

「確かに、レイちゃんはユピテル達に似てるところがあるような感じするよね。でもユピテル、それだとレイちゃんは《アニマボックス搭載型》って事になって、《アニマボックス信号》が感じられたりするんじゃない?」

 

 

 ユピテルと呼ばれた少年とアスナの会話には、アルトリウスの知らない専門用語が平然と混ざっていた。アニマボックス搭載型? アニマボックス信号? どれも聞いた事がないし、何の事かもわからない。ユピテルは話を続ける。

 

 

「いいえ、それらしきものは検知できません。レイちゃんはぼく達と同じ《アニマボックス搭載型AI》というわけではないようです」

 

「やっぱりそうだよね。でもレイちゃん、本当にすごいAIだと思うな。一体誰があれくらいのAIを作ったんだろう……」

 

 

 アルトリウスは完全に目を点にしてしまっていた。イリスの話の詳細を聞きたかったのに、それを聞いたアスナとユピテルもわからない話を始めてしまっている。この人達は一体どんな情報網を持っているというのだろうか。

 

 完全に置いてけぼりにされていると、ふとユピテルが何かに気付いたような反応をし、アルトリウスに顔を向けてきた。

 

 

「あ、ごめんなさいアーサーさん。こちらばかり話を進めてしまって……わからない話をされてお困りだったでしょう」

 

「ん、んーと、そのとおりで……」

 

 

 ユピテルもアスナも苦笑いをした。こちらの状況をようやく把握してくれたらしい。

 

 

「えっとね、アーサー君。昨日のパーティーでユイちゃん、ストレア、リラン、ユピテル、プレミアちゃんとティアちゃんがAIだっていうのは話したよね?」

 

 

 アルトリウスは昨日のパーティーを思い出す。聞いた時にはクレハと一緒に大きな声で驚いてしまったが、キリトのビークルオートマタにいるリラン、アスナの傍に居るユピテル、キリトとシノンと親しいユイ、ストレア、プレミア、ティアの六人は、その全員がAIなのだという。

 

 彼女達はその全員が人間と全く変わらない様子で会話やコミュニケーションを取れており、AIと言われなければわからないくらいだった。今現在、どの大企業もAI開発に勤しんでいるが、彼女達はその完成品や試作品を遥か上を行くものだ。

 

 

「それはわかってる。けれど皆すごいよ。どこの企業もユピテル達みたいなAIなんて作れないでいるぞ」

 

「その秘密がぼく達にはあるんですが、それが今言った《アニマボックス》というものを搭載しているかどうかでして――」

 

「マスター!!」

 

 

 ユピテルの話を(さえぎ)る声がした。聞こえてきた方を見てみると、二つの人影がこちらに向かって走ってきている。片方は今話に出ていたレイアだった。手を振りながら、そして時折こけそうになりながら向かってきている。しかしもう片方は見知らぬ少女だった。

 

 

「マスター、どこに行ってたんですか! ちゃんとわたしに付いて来てください! 迷子になったらどうするんですか!」

 

 

 到着して早々レイアは声を荒げてきたが、アルトリウスは目を半開きにするしかなかった。ログインした時レイアは居たが、「買い物がしたい」と言って一人で街を出て行った。そこにアスナとユピテルから誘いがあったので現在に至っているのだが――どうやらレイアは自分が付いてくると思っていたらしい。

 

 そんなレイアを諭すように言葉をかけたのが、その隣にいる少女だった。

 

 

「いいえ、迷子になっていたのはあなたでしょう。あなたのマスターは悪くありません」

 

 

 アルトリウスは少女に目を向けた。薄いブロンドの髪をツインテールにしているが、シリカのように耳が出ていない。右目には眼帯がされており、左目は不思議な金色の瞳。服装は黒と黄色が基本色のスーツだった。

 

 アルトリウスの視線に気付いた少女は身体をこちらに向け直してきて、(かしこ)まった様子を見せた。

 

 

「あぁ、自己紹介をします。初めまして、わたしはデイジー。アファシス《Type-X》です」

 

 

 《デイジー》と名乗った少女にアルトリウスは思わず驚いた。彼女もレイアと同じアファシスであり、尚且つ同じ《Type-X》。今まさにアスナとユピテルが抱いていた疑問を満たす存在だった。ここに来てもう一人の《Type-X》に出会うとは。

 

 その驚きを口にしたのはアスナだった。

 

 

「えぇっ。あなたもレイちゃんと同じ《Type-X》、特別製なの?」

 

 

 デイジーは首を傾げる。

 

 

「特別製? 確かにわたしはマスターから特別だと――」

 

「デイジーちゃんに迷子ちゃん、そんなに走ったら転んじゃうわよぉ」

 

 

 レイアとデイジーの駆けてきた方から、女性の声がした。とても聞き心地の良いやんわりした声色だ。誰もが基本敵対関係で、フィールドに出れば撃ち合いが始まるようなこの《GGO》に、これ程柔らかい声をした女性が居るものなのか。アルトリウスは()かれるようにしてそちらを見た。

 

 すぐに声の主と思わしき人影を見つけた。

 

 自身と同じように白銀色の髪の毛をしていて、左肩付近に被せるように流している。流れ方からして、少し癖があるようだ。

 

 全体的に整っている体型を、胸元の強調が少し目立っている白と紫のコンバットスーツに包んでいる、深紅の瞳をした女性がこちらに向かって歩いて来ていた。(しと)やかな雰囲気を全身から放っているような女性に、全員で目を奪われる。

 

 その中で女性に応答したのはデイジーだった。

 

 

「マスター、この程度の走行は転ぶに値しません。わたしの運動に関するプログラムは規定値を大幅に上回っていますから、どうかご安心を」

 

 

 そこで「むっ」と反応するレイア。どうやら先程転びかかった事が、デイジーよりも劣っていると思ってしまったらしい。だが、デイジーから皮肉や悪意のようなものは感じられない。ただ事実をマスターへ正確に報告しただけだ。

 

 そんな自身のアファシスであるデイジーの言葉を受けた女性は、その隣に並んだ。そしてその手をゆっくりとデイジーの頬へ伸ばし、優しく撫でる。まるで子を慈しむ母親のような様子だった。

 

 

「そうだけれども、あなた達のような可愛い子には別な危険もあるの。だから、わたしの傍から離れては駄目よ」

 

「承知しました、マスター」

 

 

 デイジーは心地よさそうにしつつ、そう答えた。自分とレイアのように、この女性と深い信頼関係を結んでいるのは間違いなかった。

 

 ……いや、そもそも自分とレイアは昨日出会ったばかりだから、彼女達が築いているそれのような信頼関係を結ぶには全く至っていないと言えよう。

 

 この人は自分より遥かに前にアファシスを手に入れ、信頼関係を築いてきた先輩だ――そんな事を考えるアルトリウスに、女性は顔を向けてきた。

 

 

「あなたが、迷子ちゃんのマスターさんかしらぁ?」

 

「え? あ、あぁそうだよ」

 

 

 女性はにこりと笑う。先程から穏やかなのが変わらない。

 

 

「その()はわたしのデイジーちゃんと同じ《Type-X》の子でしょう? レア中のレアで、《GGO》ですっかり注目の的になっちゃってる」

 

「そ、そうだけど、そこまでわかるものなのか」

 

 

 もしかして敬語を使うべき相手ではないのか――そう思いつつも緊張してしまい、ため口にならざるを得なかった。アルトリウスに向けて女性は笑みを続ける。

 

 

「えぇ。《Type-X》のアファシスは特別でね~。ちょっと見ただけでわかるものなのよぉ。そんなのを手に入れられたのだから、あなたはとても幸運なプレイヤーさんねぇ~」

 

 

 女性は語尾が少し伸びる、独特の喋り方をしている事に気が付いた。そんな女性は右手を耳元に沿え、右肘に左手を置く姿勢を取った。

 

 

「けれど、そのおかげであなたは色々なところで評判になってるわぁ。それを聞きつけて、他のプレイヤー達があなたのアファシスを奪いに来たとしても、おかしい話じゃないわよぉ~」

 

 

 アファシスの事はあまり知れ渡っていないが、そう言えばこの《GGO》のアイテムは割と簡単に所有権を相手に譲る事も出来る。それはアファシスにまで適用されるものなのだろうか。アルトリウスは驚きながら女性に問うた。

 

 

「そんな事が出来るのか。レイアを俺から奪い取ったり、盗んだりなんて事が」

 

「本当に何も知らないのねぇ。総督府の告知はチェックしているの? アファシスは《GGO》初の超大型アップデートの目玉でねぇ、自発的に考えて行動できる高度な学習型AIを搭載していて、特に《Type-X》はそれぞれに個性が設定されているっていう、プログラマー泣かせの仕様なの! だからプレイヤー達からの注目の的、手に入れる方法が他プレイヤーから奪うなんてわかれば、一目散に向かってきちゃうわ」

 

 

 途中から熱が入り始めた女性の話にアルトリウスはすっかり食いついていた。だが、《Type-X》がレイアやデイジーのように、それぞれ一個体ずつの個性が存在するというのが引っかかった。その特徴は昨日からフレンド関係を結んだリラン達に酷似している。

 

 

「更にマスターとなるプレイヤーの資産管理や戦闘参加といった、あらゆるサポートまでしてくれるのよ!」

 

「すごい! レイちゃん達《Type-X》は、本当にユピテル達みたいなのね」

 

 

 そうアスナが言った瞬間、女性の言葉が止まった。アルトリウスは驚いたが、すぐに女性の変化に気付いた。女性もまたひどく驚いたような顔をしている。まるで何か強い衝撃を受けて硬直(フリーズ)してしまったかのようだ。

 

 

「え? あの……」

 

 

 アルトリウスが声を掛けるが、女性はアスナの方へ向き直った。急な視線を向けられたアスナは当然のように驚く。

 

 

「えっ、なんですか」

 

「……あなた、今《ユピテル》って言わなかったかしら?」

 

「は、はい。言いました……」

 

「そのユピテルっていうのは、どういう意味のものなの? もしかして誰かの事だったりする?」

 

 

 誰かも何も、アスナの隣にいる少年の名前がユピテルだが、女性はそのユピテルという名前に強い反応を示している。一体どうしてしまったのだろうか。

 

 アルトリウスは首を傾げてアスナへ、ユピテルへ顔を向けた。それと同時にユピテルはアスナと女性の前に躍り出て、女性の方へしっかり顔を向けた。女性は急に現れた少年に思わずと言わんばかりに目を向けていた。

 

 そしてユピテルは数秒目を閉じた後に開き、言葉を発した。

 

 

「――細かい部分のずれがあるけど……容姿パターン、声質パターン、体型パターンの大部分が一致……確率は……」

 

「ユピテル?」

 

 

 アルトリウスに声を掛けられてもユピテルは反応せず、女性へ顔を上げた。

 

 

「……ツェリスカ、あなたなのですか……?」

 

 

 《ツェリスカ》。また知らない名前が出てきたが、それが女性の名前なのだろうか。では、何故ユピテルがそんな事を知っている――疑問を胸にしたアルトリウスは女性へ顔を向けた。

 

 ユピテルにツェリスカと呼ばれた女性はというと、しゃがんでユピテルと目の高さを同じにした。やがてその両手をそっと伸ばし、ユピテルの両頬を包み込むと、優しく撫でていく。まるで何かをしっかりと感じ取ろうとしているかのようだ。

 

 やがて、ツェリスカと呼ばれた女性の表情は驚き切ったそれとなった。

 

 

「髪の色はほとんど、目の色は全部変わっちゃってるけれど……この顔つき、目つき、その声……まさか、ユピテル君、なの……?」

 

 

 ユピテルは自身の両頬を包む手を、自らの手で包み返した。そしてこれ以上ない――とわかる――くらいの笑みを顔に浮かべ、口を開いた。

 

 

「……はい……ぼくです……《メンタルヘルス・ヒーリングプログラム 試作二号 コードネーム:ユピテル》……です……!」

 

 

 次の瞬間、ツェリスカの目元が一気に潤み、涙が零れ始めた。悲しみではなく、深い喜びによるものだとわかる涙。VR世界ではそういった涙もしっかり再現されているという話だったが、その再現度の高さにアルトリウスは驚かされた。

 

 そしてアルトリウスにそうさせた二人は、力強く抱き合った。

 

 

「ユピテル君、ユピテル君ッ……まさか、まさか生きててくれたなんて……SAOと一緒に、一緒に消えちゃったと思ってたけれど……消えずに生きてくれてたなんてぇ……!」

 

「はい、消えませんでした……ここまでずっと、生きてきました……! それで、まさかあなたに、ツェリスカにまた会えるなんて……思ってませんでしたッ……!」

 

 

 完全に置いてけぼりにされているが、アルトリウスは感じているものがあった。この二人、ユピテルとツェリスカはただならぬ関係だ。まるで姉弟や家族を思わせるくらいの、深くて強い関係でこの二人は結ばれている。

 

 そして二人とも胸の中に同じ願いを抱いて、今まで過ごしていた――それだけは初対面のアルトリウスでもわかった。

 

 そんなユピテルとツェリスカの様子が繰り広げられた数秒後、アスナが急に何かに気付いたような仕草を見せた。

 

 

「ツェリスカさん……もしかしてツェリスカさんって、ユピテルを育ててた、あのツェリスカさん!?」

 

 

 その一言にアルトリウスはもう一度驚かされた。そしてその意味もまた気になって仕方がなかった。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

「ツェリスカさんが、ユピテルの育て親!?」

 

「それでイリス先生と同じ元アーガスのスタッフの一人!?」

 

 

 アルトリウスとレイア、アスナとユピテルの四人が初対面の女性二名を連れて共有のチームルームへ戻って来た。

 

 随分とユピテルと親しい――それどころではない感じを出している――様子のその女性はツェリスカと言ったのだが、そこで驚いたのがキリトと一緒に居たシノンだった。

 

 ツェリスカは毎日のようにトップランクに名を載せている強者の一人であり、トップランカーをチェックしている者の目には毎日のように留まっている名前だという。

 

 それだけならばまだしも、ツェリスカは《GGO》の数少ない女性プレイヤーであるため、その注目度は他のランカーよりも高いそうだ。そしてアルトリウスと同様に《Type-X》のアファシスを連れ歩いている。傍に居る見知らぬ少女こそが、彼女のアファシスだった。

 

 そんな有名人の来訪に、キリトは驚かされたが、すぐにアスナとユピテルから明かされた真実に更に驚かされる事になった。

 

 ツェリスカは、SAOに実装される直前までのユピテルの教育を任されていた者の一人だったというのだ。

 

 ユピテルはSAOに実装されたMHHPのうちの一体。SAO共々それを作っていたのはアーガス。つまりツェリスカはアーガスの元スタッフの一人である事を意味する。ここに来てまたしてもアーガスの元スタッフに出会えるとは思っていなかったキリトは、初対面であるツェリスカに驚いている様をとにかく見せるしかなかった。

 

 その驚きの嵐を引き起こした張本人であるツェリスカはソファに腰を掛けていた。当然隣にはユピテルが居て、その隣にアスナが座っている。

 

 

「えぇ、そうなのよぉ~。でもまさか、こんなふうにばれちゃうとは思ってもみなかったけれどねぇ~。というより、あの後のユピテル君達と一緒に居る人達と会う事になったなんていうのが、一番信じられない事だけれど」

 

 

 ツェリスカは柔らかくも芯のある声色で話す女性だった。語尾が若干伸びているのが、気になる程でもない。そして自らがアーガス――あの大量の死者を出したSAOを開発した一人であるという事を全く否定していなかった。

 

 そのツェリスカの隣に並んで座るユピテルが続けて話す。

 

 

「ぼくは結構沢山の人に育てられてきましたが、ツェリスカはその人達の中でも一際情熱的だったと言いますか……ぼくをとても可愛がってくれた人だったんです」

 

「えぇ。だって実際ユピテル君は本当の人間みたいにすくすく育っていってくれて、どんどん可愛くなっていく子だったのだもの。可愛がらないなんて無理だったわぁ」

 

 

 二人の言葉に嘘偽りは一切存在していない。ツェリスカは本当にユピテルを可愛がっていて、ユピテルもまたそんなツェリスカを好きで居るのだ。

 

 それは今キリトの隣に座っているリラン――ユピテルの姉であるマーテルを愛情込めて育てていた神代凛子博士の心と何も変わりがない。マーテルを神代博士が愛していたように、ユピテルをツェリスカは愛していたのだ。

 

 

「……だからね、SAOがデスゲームだってわかって、わたし達がアーガスを追われた後、あなた達がどうなってしまったのか、ずっと不安で仕方がなかったの。SAOはクリアされたけれど、そこに実装されていたユピテル君はどうなってしまったのかって……もしかしたら消えてしまったかも……死んでしまったかもって……そう思っていたわ……」

 

 

 ツェリスカの顔に曇りがかかり、ユピテルもアスナもはっとしたような顔をした。だが、ツェリスカはすぐにその曇りを晴らして、安堵したような顔をした。

 

 

「けれどユピテル君は生きていた。こんなに素敵な人に巡り合えて、その人達と一緒に生きてるって、知る事が出来たわ。ユピテル君と一緒に居てくれたあなた達のおかげでねぇ」

 

 

 ツェリスカの顔がアスナへ向けられる。

 

 

「アスナちゃんって言ったわよね」

 

「……はい」

 

「今、あなたのところにユピテル君は居るって話だったけれど……」

 

 

 それは自分達以外知り得ない話だったが、ツェリスカが既に知っているという事は、アスナかユピテルがそれを話したという事だろう。その事を切り出されたアスナは、どこか硬い表情をした。もしかしたら、「ユピテルを返して欲しい」と願われるかもしれない事へ恐怖しているのかもしれない。

 

 アスナよりも長くユピテルと接し、育てていたのはツェリスカだ。そう願われてもおかしくはない。しかし、その言葉を途中で遮るように声を出したのは、ユピテルだった。

 

 

「ツェリスカ、改めて紹介します。ぼくのかあさんのアスナさんです」

 

「!」

 

 

 ツェリスカもアスナもきょとんとしてユピテルを見た。ユピテルは続ける。

 

 

「アスナさんは、SAOで破損して動けなくなっていたぼくを助けてくれて、そのまま引き取ってくれた人です。どこにも行けなかったぼくに居場所をくれたアスナさんのおかげで、ぼくはここまで生きて来れましたし、アスナさんのおかげで破損を直す事が出来ました。

 そして今、アスナさんはぼくを本当の子供にしてくれました。今、ぼくにとってアスナさんはかあさんで、ぼくはかあさんの息子なんです。だから、何も心配はありません」

 

 

 ユピテルは柔らかい口調と声色で、確かに証明した。まさかここでそんな話をされるとは思ってもみなかったのだろう、ツェリスカもアスナも完全に呆気に取られてユピテルを見ているしかなくなっていた。しかしその内容を改めて思い出してみると、ユピテルの気持ちがわかった。

 

 「ぼくはアスナの子供で居る事を辞めるつもりもないし、アスナの許から離れるつもりもない」。彼は確かにそう言っていた。そんな彼の表明を聞いたツェリスカの右隣に居るデイジーが小さく声を掛ける。

 

 

「あの、マスター……」

 

「あの、ツェリスカ……」

 

 

 それは意外にもレイアと同時だった。レイアもツェリスカの事が心配になったらしい。現にレイアのマスターであるアルトリウスも同じような顔をしている。そんな三人に見つめられたツェリスカはというと――穏やかな顔をしていた。

 

 

「……そう。ユピテル君は、ちゃんとした人のところに行く事が出来たのねぇ。それをわざわざ教えてくれるなんて、本当に賢い子なんだからぁ……」

 

 

 ツェリスカはそう言うと、アスナにもう一度向き直った。

 

 

「アスナちゃん。ユピテル君は良い子でしょう?」

 

「……はい。びっくりするくらいに手もかからなくて、可愛げもすごくて……わたしを支えてくれる、最高の子です」

 

 

 それはアスナの心からの言葉だとわかった。受け取ったツェリスカはうんうんと頷いて笑顔になった。

 

 

「そうでしょう。ユピテル君は沢山の女性から愛情をたっぷり注いでもらって、育った子なのよぉ。だから、どうかよろしくねぇ」

 

 

 アスナは頷いたが、ツェリスカはかなりすんなりとユピテルをアスナに任せていたように見えた。それが気になったのだろう、シノンが問いかけた。

 

 

「ユピテルの事、アスナに任せちゃうんだ? 随分あっさりしてるのね」

 

「えぇそうよ。だってユピテル君はあんな狭苦しい会社から、とっても自由なあなた達のところへ行けたのですもの。それに今のわたしにはデイジーちゃんが居るから」

 

 

 そこでツェリスカは「あ!」と何か思い出したような顔をして、改めてキリトの方へ向き直ってきた。

 

 

「置いてけぼりにしてしまってごめんなさいね。わたしはツェリスカ。色々やっていたら、なんだか《GGO》で《無冠の女王》なんて呼ばれるようになっちゃったの。よろしくねぇ~」

 

 

 ツェリスカからの結構遅れた自己紹介に、キリトは応じた。

 




 ――原作との相違点――

・ツェリスカがアーガスのスタッフの一人。原作ではそのような供述は一切ない。
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