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「キリト、その、大丈夫だった?」
「……多分。現実だったらマジで鼻の骨折れてなくなってたと思う」
先の戦いから戻ってきたキリトは、シノンから心配されながら鼻を抑えていた。
随分と情けないとどめの刺し方になったが、ゲートキーパーの撃破には成功した。おかげで《SBCフリューゲル》への道は開かれた。内部に侵入してすぐに転送装置があったので、アクティベートしてすぐに、キリト達はホームへ帰還する事にしたのだった。
《SBCフリューゲル》に入る直前にはレイアが「おかあさんが危ないです!」と訴えていたが、どうやらそれは彼女の勘違いで済んだらしく、《おかあさん》に危機が及んではいなかったと感知できたそうだ。
レイアはひとまず安心してくれたので、こうしてホームへ戻ってきたわけだ。ホームには仲間の大半が集まっており、その全員が戻ってきた自分達を労ってくれていた。
「キー坊、ゲートキーパーはどんな奴だったヨ? 強かったカ」
情報屋アルゴの問いかけにキリトは頷く。ゲートキーパーには勝てたが、かなりの強敵だったとは思う。皆の力を合わせる事ができなければ、勝つ事はできなかっただろう。
その事を話すと、アルゴは腕組をした。
「なるほどナ。強くはあったが倒せない奴じゃなくなってたト」
「どういう事?」
クレハが尋ねると、アルゴは答えてくれた。
《SBCフリューゲル》を守っているゲートキーパーに今、たくさんのプレイヤーが挑んでいるそうなのだが、誰も勝てないでいたらしい。ゲートキーパーがあまりにも強いからだ。
練りに練られた戦術、
しかし、これを緩和する方法がある。アファシスと一人のプレイヤーだけでゲートキーパーに挑む事だ。こうする事で、ゲートキーパーはプレイヤー一人だけで倒せるくらいに弱体化し、《SBCフリューゲル》への道を容易に開けるようになるそうだ。
これこそが、一般的なプレイヤーが《SBCフリューゲル》へ行くための攻略法なのだという事が、調べるうちにわかったと、アルゴは言った。
そこまで聞いたアルトリウスは首を傾げた。
「俺とレイアだけで行けばよかったのか? でも俺達はゲートキーパーを普通に倒せたぞ」
「そうだろうナ。ゲートキーパーには裏技的攻略法があったのサ」
アルゴの話が再開される。
ゲートキーパーはアファシスと一人のプレイヤーのみのパーティで挑む事で弱体化させられるが、並大抵ではない実力を持つプレイヤーが弱体化していないゲートキーパーに挑んで勝利できた場合、そこから三十分程、弱体化したゲートキーパーが出現するようになり、誰でも勝てるようになるらしいのだ。
その情報に思わず驚き、キリトはアルゴに声をかける。
「誰か弱くなってないゲートキーパーに挑んで、勝ったっていうのか」
「そうダ。そうする事デ、《SBCフリューゲル》の鍵が壊された状態になっテ、弱いゲートキーパーが出てくるようになるんダ。キー坊、何かあっただロ」
アルゴに言われたキリトはアルトリウスと一緒に頷いていた。
《SBCフリューゲル》のゲートの前に行った時、鍵が壊されていたという話をレイアがしていた。あれはやはり、自分達よりも先に《SBCフリューゲル》へ入り込んだ者が居たという事だったのだ。
しかも驚くべき事に、そいつは並外れたプレイヤースキルで、弱体化していないゲートキーパーを撃破し、扉を強引に開けられるような奴だった。自分達はそいつが作り出した状況に乗っかる形で《SBCフリューゲル》に入り込めたようなものだったらしい。
情報を把握したカイムが、どことなく不安そうな顔をした。
「そんな事ができる奴が居たなんて……なかなかとんでもないのもいるものなんだね」
「すごいなぁ。ボクもそんな事してみたかったかも」
ユウキの一言にずっこけそうになる。確かにそんな事ができれば称賛の声を受ける事もできるだろう。だが、そんな簡単にできるような事ではないし、彼女でも極めて難しいとすぐにわかる。
それを聞いたカイムが溜め息を吐くと、皆が苦笑いをした。すぐさまイツキが声を出す。
「いずれにしても、これで《SBCフリューゲル》への道は開かれて、中の攻略ができるようになったんだろう。レイア、その辺はどうなってるんだい」
レイアは頷くと同時に答えた。
「これで皆さんを《SBCフリューゲル》へお誘いできるようにはなりました。けれど、それは一時的なものです。もう少し時間が立つと、マスターとそのお友達以外は《SBCフリューゲル》へ行けなくなります。壊されていた鍵が直るのです」
「そりゃあ、鍵が壊されたっていう非常事態だったものね。となると、私達は各自でアファシスをレンタルしてきて、《SBCフリューゲル》の入場許可を取らないといけないって事なのかしら」
シノンの言葉にキリトは腕組をする。確かに、自分達はゲートキーパーを倒す事に成功したが、それはかなりイレギュラーな条件を満たした状態で発生するイベントであった。
アルゴ達の言うように、イレギュラーな事態が元に戻ったならば、一度入口をこじ開けた事もなかった事にされるかもしれない。
となると、やるべき事はシノンの言ったとおりになるが――そこで割り込んできた声があった。
「お話し中のところ失礼いたします。ゲートキーパーの突破者であるアルトリウスさんを中心にしたスコードロンであれば、そのメンバー全員が入場資格を得ます。なので、アルトリウスさんをリーダーとしたスコードロンを組めば、手順を飛ばす事ができます」
随分と丁寧な口調で説明をしてくれたのは、デイジーだった。隣にはツェリスカもいた。
「デイジーちゃんの言う通りよ。《SBCフリューゲル》に入れる資格を持ったプレイヤーの権限は、スコードロンにも影響するわぁ。だからアーサー君をリーダーにしたスコードロンを組めば、皆《SBCフリューゲル》へ入る事ができるわよぉ」
ツェリスカにそう言われて、アルトリウスはかなり驚いた様子を見せた。まさかスコードロンを組めと言われるとは思っていなかったのだろう。
しかしアルトリウスは自分達と一緒に戦っていたためか、かなりの実力を獲得するに至っているから、強さの方では申し分ない。
統率力に関しては不安が残るものの、何もスコードロンに必ず統率力が必要になるわけではない。《SAO》でのデスゲーム攻略とはわけが違うのだから。アルトリウスは十分にスコードロンのリーダーには向いているとは思う。
ツェリスカの意思をキリトは
「それ、いいと思うぞ。アーサー、スコードロンを組もう」
アルトリウスはびっくりした。
「ま、待ってくれよ。俺がリーダーのスコードロンって大丈夫なのか。俺にはそんな力とか、リーダーシップとか、ないよ」
「リーダーシップとかは必要ないさ。これまでどおりやってきた事をしていけば、それで十分だよ。単純にお前を中心に正式なチームを組むってだけだから、そんなに大袈裟に捉えなくて大丈夫だ」
それに、いざとなった時は自分もアスナも、クラインもディアベルもいる。その全員が《SAO》でギルドを組んで最後まで戦い抜いた者達だから、チーム運営に関しては自信がある。
頼れる仲間がいるんだ――キリトに伝えられると、アルトリウスの焦りは徐々に収まっていった。
「そ、そうかな。俺が中心になって、大丈夫かな」
「大丈夫だって言ってるだろ。もうちょっと安心してくれって」
キリトが言うなり、アスナが続ける。
「わたし達もいるから、大丈夫だよ。アーサー君なら、きっとやれるわ」
他の皆もアルトリウスがリーダーという話を肯定していた。ここまでずっと一緒に戦ってきた仲間達全員に賛同されたものだから、アルトリウスの顔も落ち着いていく。
そこに加わったのがイツキだった。
「僕もそれには賛成だよ。アーサー君、君はスコードロンを組むべきだ。あくまで僕の勝手な予想だけど、君ならこれからすごい事を成し遂げられると思うんだ。ここにいる皆と一緒にさ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいイツキさん。イツキさんはどうするんですか。だってイツキさんにはアルファルドがあるわけだし」
一人だけ困り気味のクレハの呼びかけに、イツキは
「僕はアーサー君のスコードロンに入る。アルファルドは結局パイソン君に任せきりだから、リーダー権限は彼に譲るよ」
「そ、そうなんですか。そんな事しても、いいんですか」
イツキの答えもそうだが、クレハの様子も気になるものだ。仲間達は皆、アルトリウスを中心としたスコードロンの結成に賛成しているが、彼女だけは反対しているように見える。
それを意外だと思ったのだろう、イツキの近くの壁に
「おや、クレハは反対なのかい。一番賛成してそうだと思ったんだけれど、何か引っ掛かる事でもあるのかな」
クレハは数秒程度下を向いてから、アルトリウスへ向き直った。クレハの青水色の瞳とアルトリウスの朱色の瞳が交差すると、クレハの顔がどこか寂しそうなものになった。
「……あんたがリーダーか。小さい頃から、あたしの後に付いてくるばっかりだったのに、こんな事になるなんてね」
「クレハは反対してるのか。それならスコードロンを作るのは、やめようか」
アルトリウスの言葉にクレハを含めた皆でびっくりしてしまった。クレハが居ないとなった途端の答えの出し方だから、驚くしかない。その一人であるクレハは、即座にアルトリウスに返答した。
「な、なな、何言ってんのよ、あんたは!?」
「だって、クレハ一人だけが抜かれたスコードロンを作ったって、きっと面白くないと思うんだ。そんな事になるなら、俺はスコードロンを作るなんて反対だよ」
アルトリウスは心の底からそう思っている事を言っているようだ。聞かされたクレハはもう一度焦り、答える。
「なんであたしを中心にしてるわけ? キリトさんやイツキさん、ツェリスカさんが入ってくれるのよ。全員トッププレイヤーなのよ。そんなスコードロンが現れてみなさいよ、すぐに《GGO》中がめちゃくちゃ驚くわよ!?」
「その《GGO》に俺を連れてきてくれたのがクレハだよ。クレハがいなかったら、俺もここにはいなかった。全部クレハのおかげだよ。だから、クレハ無しは嫌だ」
その時、クレハの唇が何かの言葉を声無く
クレハはもう一度下を向いたが、間もなく、鮮明に聞こえるくらいの大きな溜め息を吐いて顔を上げた。
「わかったわよ。わかりましたわよ! アーサー、スコードロンを組みなさい。トッププレイヤーの集まるスコードロンを組んでみせなさい。あたしもそこに加わって、できる限りの支えになってあげるから!」
ようやくお許しが出た事で、アルトリウスとレイアの顔に喜びの笑みが浮かんだ。クレハもどこどなく
静かに
「けれど、やっぱり俺一人だけじゃ不安なところもあるな。キリト、一緒にリーダーをやってくれないか」
「俺も? それだとリーダー二人って事になるけど、そんな事できたっけか」
「できないけど、統率とか指揮とか、その辺はキリトの方が得意だろ。俺はそういうのはまだできないから、キリトに任せたいんだ」
つまり、役割分担をしてほしいという事のようだ。そこでイツキが納得したような様子を見せてくる。
「僕とパイソン君みたいな関係だね。リーダーはアーサー君で、チームを取りまとめるのはキリト君。それならアーサー君の苦手な部分も補えるから、いいんじゃないかな」
「そういう事か。なら、受けてやってもいいぜ」
率直な答えを返すと、アルトリウスは「ありがとう!」と嬉しそうに礼を言ってきた。
やはり彼一人だけでは荷が重い部分もあるのだろう。実際これから組まれるスコードロンには自分、シノン、シュピーゲル、イツキ、ツェリスカといった《GGO》の猛者達が集まる。
《GGO》ではその他に存在する事のない、唯一無二のスコードロンのリーダーを任せられてしまったのだから、プレッシャーも強くて当たり前だ。ここは一つ、自分達で支えてやらねば。キリトの抱く思いは皆にもあったようで、仲間達全員が同じような表情になっていた。
間もなく、レイアが声を上げた。
「マスター、スコードロンに命名をしましょう! わたしの時のように素敵な名前をつけてください!」
アルトリウスはきょとんとした。そうだ、スコードロンを組むからには、他ゲームのギルド名同様、独自の名前が必要になる。
そしてその命名権は、これからリーダーとなるアルトリウスに
「アーサー、俺達のスコードロンに名前を決めてくれ。思い付かないなら、皆で考えてみるのもありだぞ」
言ってみたところ、アルトリウスは首を横に振った。皆の助けは必要ないらしい。それが意外だったかのように、リランがアルトリウスに言う。
「ほう、名前はすでに考えてあるのか。なんというのだ」
アルトリウスはぐるりと皆を見回してから、一旦目を閉じ――やがて開けた。
「……《エクスカリバー》。スコードロンの名前は《エクスカリバー》にしよう!」
次の瞬間、部屋から喧騒もざわめきも消えた。部屋にいる全員が目を点にしてしまっていた。
アルトリウスの口から出たスコードロンの名前は、まさかの《エクスカリバー》。元ネタであるアーサー王伝説を知らない者でも、その名前だけは知っている傾向にありまくっている。
ありとあらゆる聖剣の筆頭、聖剣の代名詞ともいうべきの名前が、スコードロンに付けられようとしている。
その展開は全く予想できず、キリトは極限まできょとんとしてしまった。
「え、《エクスカリバー》……?」
「す、すごく
シノンまで同じような戸惑いを起こしている。いや、この場にいるほぼ全員がその様子だ。
その中の一人、クレハがアルトリウスに恐る恐る声をかける。
「えっと、アーサー。なんで《エクスカリバー》なわけ? 《エクスカリバー》って剣の名前よね? それでアーサーが好きなアーサー王物語には、確か《円卓の騎士》っていうのがあったわよね? なんで《円卓の騎士》じゃないの」
「確かに、《円卓の騎士》でも良かったとは思うんだ。でも、アーサー王を一番支えてくれたものは、アーサー王に授けられた《エクスカリバー》だったんだ。《エクスカリバー》は、《円卓の騎士》よりもずっと長く、アーサー王を守り続けてくれた聖剣なんだ」
そこで反応したのがリランの隣にいるユイだった。ウインドウを開いて、納得している顔をしている。
「アーサーさんの言うとおりです。《円卓の騎士》は途中で裏切り者による分裂で崩壊しますが、アーサー王の手元にあった《エクスカリバー》は最後の時までアーサー王の剣として戦い続けています。見方を変えれば、確かにアーサー王を最後まで支えた存在と考える事もできますね。
しかし、そうだとしても、皆さんのいるスコードロンの名前に当てはめるべきなのは、やはり《円卓の騎士》なのでは?」
アルトリウスは頷き、もう一度皆を見回した。
「いや。皆の強さは騎士なんてレベルじゃない。皆は本当に強くて、いつも連勝しまくってる。それくらいの皆が集まるスコードロンは、本当の聖剣みたいな無敵の強さを持つと思うんだ。だから《エクスカリバー》が良いと思ったんだ」
「ほほー。そういう意味だったのか」
キリトは
俺達は騎士ではなく、聖剣そのもの。《GGO》という鋼鉄の世界で、あらゆる敵を斬り裂いて道を開いていく剣。そう考えると
それに、《円卓の騎士》は途中で裏切り者が出た事によって分裂して崩壊するというのだから、スコードロンの名前にしては縁起が悪い。
現にアーサー王伝説を基にした作品や、それに
アルトリウスはアーサー王伝説が好きだからこそ、アーサー王伝説に関連した名前を付けようとしているようで、その方針を変える様子は全くない。
ならば、結局《エクスカリバー》に落ち着くしかないのだ。それがいくら普遍的な名前になっているのだとしても。その普遍的なイメージが引っ掛かって仕方がないのだろう、シリカが呟くように言った。
「で、でも、そんな《エクスカリバー》なんて名前じゃ、《GGO》の笑いの的になっちゃうんじゃ」
「ん? いいえ、待ってみて。逆に《エクスカリバー》でいいんじゃないの。《エクスカリバー》って名前になってるだけで注目が集まりそうだし、笑う奴らは全員ぶちのめして廻れば、あたし達が本物だって認めざるを得なくなるわ」
リズベットが逆に納得したような事を言い出すと、クラインが引き継ぐ。
「そのとおりだ! 笑ってる奴らは全員ぶちのめしてやろうぜ。だってこっちにはキリトとシノンが居て、ツェリスカとイツキが居て、レンちゃんとピトフーイさんが居て、ビークルオートマタもリランと、イツキの
クラインは途中で蒼
ここにいる者達が全員力を合わせれば、《GGO》で無双の強さを発揮するだろう。その名前を
アーサー王に立ちはだかった敵は残さず斬り裂き、アーサー王がアヴァロンで最期の時を迎えるまで彼を守り続けた《聖剣エクスカリバー》に、斬り伏せられるのだ。そう考えてみると尚更、《エクスカリバー》という普遍的な名前でも良い気がしてきた。
そこまで意見が出てくると、アスナが頷いた。
「ここまで来たら、《エクスカリバー》でいいかも。他に良い名前なさそうだし」
「そうだな。アーサー、《エクスカリバー》で行こうぜ」
キリトが最後に言うと、アルトリウスはウインドウを展開、スコードロン作成のための操作を
キリトはアルトリウス同様にウインドウを操作し、スコードロンへの加入を決定。アルトリウスをリーダーとするスコードロン、《エクスカリバー》へ加入した。直後に続々と仲間達が加わってきて、ここに居る全員が《エクスカリバー》のメンバーとなり、アルトリウスはその中心となった。
最後の一人であるイツキが加入した次の瞬間に、レイアがとても嬉しそうにした。
「やりました! これで皆さんを《SBCフリューゲル》にお誘いできます! これからも一緒に居られます!」
「そうだな! 皆、入ってくれてありがとう」
アルトリウスは深々と頭を下げて礼を言ってきた。すると皆少し慌てて、「そんな頭を下げなくていいよ」、「顔を上げて」と言い出した。
これくらいの事で頭を下げるのは大袈裟だが、そういう面ではまだ新人であるアルトリウスからすると、やらずにはいられなかったのだ。
「よし、スコードロンを無事に組めたなら、やるべき事は一つだけ!」
「皆さんでお祝いをしましょう。パーティーです!」
やがてリーファとプレミアが言い出すと、全員がそれに賛成。これからの事、攻略の事そっちのけでお祝いパーティーをする事になるが、キリトは特に反対したいと思わなかった。寧ろ、アルトリウスを祝ってやりたい気持ちでいっぱいになっている。
「そういう事なら慣れっこだ。皆、始めるぞ!」
キリトが声掛けると、皆「おおー!」と声を合わせた。
その場にレンやピトフーイ達はいなかったが、生憎彼女達はログインしてきていない。彼女達抜きでパーティーを進める事になってしまったので、後でしっかりメッセージをしておこう。
キリトはそう決めて、皆へ向き直った。
□□□
「はぁ……なんで……こう……」
《SBCグロッケン》、アルトリウスのホーム周辺にクレハは出ていた。辺りはすっかり暗くなっており、夜が来ている。鋼鉄とネオンで構成された街の一角を、煌びやかな街灯が照らし出していた。
アルトリウスのスコードロン結成を祝うパーティーは未だに続いている。誰もがアルトリウスの《SBCフリューゲル》進出とスコードロン結成を喜び、祝っている。
その中にクレハも混ざっていたが、途中で抜け出してきた。その場に居たいとは思えなくなったからだ。
クレハはここ最近、気分が沈みがちだ。これまで《GGO》にいる間は、このような気分になる事などなかったというのに、アルトリウスが来て、彼が唐突に強くなり始めたあたりから、どうにもこんな気持ちに襲われるようになってしまった。
それを彼に悟られないようにしてはいるが、いつ気付かれるかわかったものではない。気付かれてはならない気持ち――これがパーティーの最中に出てきたから、クレハは誰にも言わずにここへ来たのだった。
「クレハさん」
そのはずだったのに、聞き覚えのある声がしたものだから、クレハは驚いてしまった。
そのまま向き直ったところ、アルトリウスのホームの方から小さな人影が歩み寄ってきているのが確認できた。――先端の白銀色部分を除いてアスナと同じ髪色、瞳の色をしている小さな少年。
ユピテルだった。
「あれ、ユピテル。なんでここに来てんの。パーティーの最中だったでしょ」
「そのリーダーであるアーサーさんが、クレハさんがいないって言って心配なさっていたので、ぼくが来たんです。丁度ぼくも、クレハさんにお話を聞かせてもらいたいと思っていたので」
「あたしに?」
首を傾げるクレハの隣まで、ユピテルは近付いてきた。思わず見下ろした時に、ユピテルは既にこちらを見上げていた。琥珀色の瞳の中に、自分の顔が映っている。
「クレハさん。最近お辛いでしょう」
「へ? 何が」
「クレハさん、時々辛そうな顔をしておられます。何か思いつめたりしている事があるのでしょう」
クレハは顔を
「そりゃあ、撃ち合い歓迎の世界にいるんですもの、辛い顔の一つや二つ、出てくるでしょ。気にしないでいいわよ」
「クレハさん、ぼくに話してくれませんか。貴方が思っている事、辛い事を、ぼくに話してくれませんか」
「なんであんたに話さないといけないの」
ユピテルは後ろ手を組んだ。
「クレハさんには説明していませんでしたが、ぼくは女性の心や精神を癒すために作られたAIなんです。辛い思いをしていたり、苦しい思いをしている女性の心を癒して差し上げるのがぼくの役割で、やりたい事なんです。今、その癒すべき女性の中にクレハさんが含まれています。クレハさんはぼく達の仲間、ぼくのお友達の一人だと思っています。なので、気になって仕方がないんです」
クレハは少しきょとんとした。胸の内に揺らぎが生まれている。――ユピテルに気持ちを、今の気持ちを吐き出したいという衝動が生まれて、大きくなってきている。
クレハは何も言わないでいたが、やがてユピテルはそっと微笑んだ。
「クレハさん、どうかお話願えませんか」
「……」
クレハの中の衝動は大きくなり、胸から出た。そのままどんどん昇っていき、首へ、喉へ、そして口元にまで来て、言葉になった。
「……ユピテルはさ。あたしの事を弱いって、アーサーのスコードロンに相応しくないって思ってるでしょ。あたしはそういう奴だって、思ってるはずよ」
ユピテルは首を傾げた。思った事をそのまま言ったのだから、ある意味当然の反応だっただろう。しかしユピテルは頷く事も、首を横に振る事もなく、クレハに問うてきた。
「何故、クレハさんはご自分の事をそう思われるのですか」
あまり話したくない事のはずだったのに、クレハは口を開けて、その話をした。
「あたしにはお姉ちゃんがいるのよ。お姉ちゃんはあたしと違ってすごく優秀で、気遣いも上手で、優しくて……それと比べて、あたしは全然駄目なのよ。何にもできない。きっと皆、内心あたしに呆れてるわ。けれど皆もお姉ちゃんも優しいから、そんな事は言わないで居てくれて……」
頭の中に姉の姿がちらついていた。誰からも慕われ、優しくて頭が良くて、気遣いが上手な姉。自分と違って、色々なものを持っている。いつも見上げた先にしか居なくて、見上げれば
――この話を他人にするのは、これが初めてだ。アルトリウスにさえした事がなかった。それを聞いたユピテルはというと、じっとクレハの事を見ているだけだった。
「だから、あたしはアーサーの、皆のところにいるのは間違ってるんじゃないかって思うのよ。こんな弱いあたしが、居ていい場所じゃないって、思うのよ……」
「……そういう事だったのですね。聞かせてくれて、ありがとうございます」
クレハはまたきょとんとしてユピテルを見た。
明らかに愚痴られているのに、ユピテルは全く嫌そうにしないどころか、クレハの気持ちを
直後、ユピテルは一度下を向いてから、再度顔を上げた。
「クレハさんの言っている事は否定できます。いいえ、ぼくとしては否定したいです。ですが、それでクレハさんを納得させられるかと言いますと……ぼくには自信がありません」
「……」
「ですがクレハさん。どうか忘れないで欲しい事はあります。アーサーさんはクレハさんを必要としています。そうでなきゃ、エクスカリバーを結成する時に、クレハさんを加えないならやめるなんて言い出しません」
確かにあれには驚かされた。しかし、彼の内心はどうなのだろうか。あんな事を言った彼は、胸の内で何を思っているのだろうか。自分の姿は、どのように映っているのだろう。
アルトリウスの――現実での彼の姿が脳裏に浮かんだ。そこにユピテルの声がしてくる。
「ですから、どうかアーサーさんと一緒に居る事はやめないでください。アーサーさんの傍こそ、クレハさんの居るべき場所だと思います」
「……本当に、そうなの」
「では、クレハさんはどうでしょうか。クレハさんは、アーサーさんの近くに居たくはないと、思っておられますか」
クレハはびっくりして首を横に振った。
「そんな事思ってない! あたしはあいつの、アーサーの近くに居たい! だからあたしは……って、あれ……?」
そこでクレハは我に返った。ユピテルはにっこりと笑っていた。
「それがクレハさんのやりたい事です。そう思えてるなら、大丈夫ですよ」
クレハはそこで改めて、自分の気持ちに気が付いていた。いつの間にか、不安が胸からいなくなっていた。
「やっぱりあたしは……あんたと……あんたと一緒に……」
――今回登場用語解説――
・エクスカリバー
約束された勝利の剣。アーサー王伝説にて、アーサー王の愛刀として彼を守った聖剣。
使用者へ不死身の力を与えると言われているが、それはエクスカリバーを収める鞘の持つ能力である。本当の王でなければ使えないと言われ、使用者に絶大な魔力を与えるとも。
しかしアーサー王がエクスカリバーを手に入れる話にはいくつかパターンがあり、その中には少年時代のアーサー王が兄弟子の剣の試合を見に行ったところ、兄弟子の剣が試合中に折れてしまい、アーサー王が代わりの剣を自宅へ探しに行ったが見つからず、慌てて教会に行ったら教会の隣の石垣に剣が刺さっていたので、それを引っこ抜いて持っていったら、その剣は引き抜ける使い手の現れなかった魔法の聖剣で、アーサー王こそがその使い手だったという事が判明し、試合どころではなくなってしまったというものも。
いずれにしても、聖剣の代名詞。