キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 前回のあとがきにあった、今回が第三章最終話という話、撤回。色々詰め込んだら一回では収まり切らなくなったんだ。

 次回こそ第三章最終話です。

 


20:祝福の後

 

 

          □□□

 

 

 

 《GGO》全土を巻き込んだ緊急クエストは終了した。リエーブルが自己崩壊で倒れた後、スコードロン《エクスカリバー》の者達全員がそこへ集結してきた。

 

 ぼろぼろになったリエーブルを見た仲間達は、キリト達とアルトリウス達で倒したのかと言ってきたが、キリトが真相を話した。リエーブルがどういう状態にあったのか、この事件の黒幕は誰なのか、全て。

 

 皆にそれを把握してもらってからすぐに、別々のパーティになっていた《エクスカリバー》のメンバーは一度まとまって、再度別々のパーティを組んだ。

 

 リエーブルをカプセル装置まで送り届けるパーティと、《マザークラヴィーア》の許へ行って移動要塞都市の進行を止めるパーティ。リーダーは前者をキリト、後者をアルトリウスが担当し、それぞれ合計十二人のパーティを組み直して、それぞれの場所へと向かった。

 

 そのうち、《マザークラヴィーア》の許へ向かう事にしたアルトリウス達は、すぐさま問題の《マザークラヴィーア》との対面を果たした。《マザークラヴィーア》は《SBCフリューゲル》の管制を行うマザーコンピュータというだけあってか、非常に巨大なコンピュータ装置の姿をしていた。

 

 《SBCフリューゲル》の心臓部であり、この移動要塞都市という超々超巨大な鋼鉄の龍の心臓でもあるそれに接近したところ、レイアが異常を感知した。近くにあったコンソールを操作させてみると、異常の正体が割れた。

 

 イベントの設定なのか、それともリエーブルというイレギュラーな存在の介入によるものなのか、《マザークラヴィーア》は破損状態に陥っており、我を失った状態で移動要塞都市を進行させていた。つまり移動要塞都市と《マザークラヴィーア》は暴走していたのだ。

 

 この暴走状態を直す事で、《マザークラヴィーア》は止まり、移動要塞都市の侵攻も停止するとわかったが、その手段はOSの再インストールによる初期化。今の状態の《マザークラヴィーア》を殺し、無理矢理何もない状態に戻す事だった。

 

 《マザークラヴィーア》を止めるには、レイアとデイジーの大好きな《おかあさん》を殺すしかない。その手段をレイアから説明された皆は驚き、勿論躊躇(ちゅうちょ)した。アルトリウスも同様に躊躇し、《マザークラヴィーア》へ手を出せなくなった。どうにかして、《マザークラヴィーア》を初期化しないで直す方法はないのか。ここまで来たレイアとデイジーを《おかあさん》に再会させる方法はないのか。

 

 そう言ってみたところ、レイアが思い出したように答えた。自分を物理的に《おかあさん》に接続すれば、自分の持つ修復機能を使って《おかあさん》をそのまま直せるかもしれない。可能であれば、いや、可能でなくても、レイアはそうしたがっているように伝えてきた。皆に希望の光が()した。

 

 しかし、すぐにレイアは落ち込んだ。《おかあさん》を直す事はできるけれど、それには大規模なエネルギーと演算回路が必要であり、レイア一人のエネルギーと演算回路では足りないかもしれないというのだ。

 

 わたしとしても演算回路とエネルギーはどうにもなりません、どうしましょう――今にも泣き出してしまいそうなレイアに向けて、手を差し伸べた者が現れた。ピトフーイとエムだった。

 

 演算回路とエネルギーがいるなら、自分達のビークルオートマタを予備電源と副演算回路として接続するというのはどうだろうか。ゲーム機を複数繋げてスーパーコンピューター化させるような感じで。

 

 その提言(ていげん)にレイアは喜んで答えた。「それならいけます!」と声を高らかにして言った。

 

 方向を決めたレイアに、アルトリウスは命令した。「君の《おかあさん》を直してあげてくれ」。レイアは頷いて《おかあさん》に接近し、その装置の一つからケーブルを引っ張り出した。その先端を自身の(うなじ)に接続し、ピトフーイのゴグマゴグ、エムの霊亀(れいき)から伸ばしたケーブルも、次々項に接続した。

 

 三匹の鋼鉄の獣を副演算回路にし、電力をもらったレイアは、修復に取り掛かった。《おかあさん》の病気を治すために。

 

 結果、それは大成功した。《マザークラヴィーア》は再起動し、レイアを「愛しき娘」と言って感謝し、移動要塞都市の動きを止めた。そして《マザークラヴィーア》は《SBCフリューゲル》と《SBCグロッケン》の戦争を終結させた英雄達として、スコードロンの名をこの船に永遠に記録するとも言ってきた。

 

 スコードロン名、《エクスカリバー》。リーダー名、《アルトリウス》。緊急クエストを一番乗りで終わらせ、《GGO》の環境激変を防いだ英雄達は《エクスカリバー》、それを率いていたのは《アルトリウス》――そんなメッセージが《GGO》中を駆け回っていき、緊急クエストは無事に終結したのだった。

 

 そしてそれは同時に、《エクスカリバー》の目的の達成を意味していた。《エクスカリバー》の目的は《SBCフリューゲル》を一番早く攻略し、《GGO》に名前を(とどろ)かせてやる事だった。

 

 イレギュラーな事態はいくつもあったものの、当初の目的は完了。《GGO》中に《エクスカリバー》の名は広がっていった。《GGO》の予想外の緊急クエストをクリアした英雄達として。

 

 同刻、別行動をしていたキリト達が《マザークラヴィーア》の部屋にやってきた。彼らはリエーブルを修復するために、彼女専用のカプセル装置を探索しに行っていた。結果はどうなったかというと、成功。リエーブルの入っていたカプセル装置を見つけ出し、リエーブルを戻してやる事ができたそうだ。

 

 リエーブルはほぼ全身が損傷していたため、修復に時間がかかるのは間違いないそうだが、ちゃんと直るという。現にリエーブルを装置に入れた途端、内部機構が動き出し、リエーブルの落ちた腕や足を再生させ始めたらしい。なので、リエーブルはもう心配ないだろう――それがキリトとイリスからの報告だった。

 

 なんにしても、この緊急クエストで起きた問題はこれで全部解決した。そして《エクスカリバー》は真の勝者になった。《GGO》でどこよりも、誰よりも早くこの緊急クエストをクリアし、《GGO》の環境を守った。

 

 《エクスカリバー》全員が揃った大部屋で、一斉に歓声(かんせい)を上げた。そのすぐ後に、アルトリウス達《エクスカリバー》は《SBCグロッケン》へ帰還した。その時既に運営の手によって全てのプレイヤーへ、《エクスカリバー》が緊急クエストを終わらせ、なおかつ《SBCフリューゲル》の攻略を完了させたという広報がなされており、誰もが《エクスカリバー》に驚き、()(たた)えていた。その内、《エクスカリバー》というスコードロンの名前をダサいと(わら)っていた者達は、この報告を運営から受けた事で呆気に取られ、腰を抜かし、悔しさのあまり咆吼を上げていた。

 

 そこに巻き込まれる事はなかったものの、《エクスカリバー》の事で(にぎ)わう街への帰還は、まさに英雄の凱旋(がいせん)だった。

 

 そんなふうに大勢のプレイヤー達が一つの話題ではしゃいでいる街を進み、ホームへ戻ったアルトリウス達は、祝勝会を開催した。

 

 既に時刻は二十一時を(まわ)っていたが、構わずに大騒ぎして、飲み食いをした。その騒ぎと喜びの中心に居たのが、アルトリウスとキリトの二人だった。

 

 リーダーはアルトリウスとして登録されているものの、そのアルトリウスを支えていたのがキリトであったため、《エクスカリバー》は二人のリーダーによって形成されたスコードロンであると、皆で共有し合っていた。

 

 その《エクスカリバー》のリーダーのうちの一人、キリトは今回の功績(こうせき)によって、トップランカーの中でもより高いランクへ進み、アルトリウスはそのトップランカーの仲間入りを果たしていた。緊急クエストをクリアした事よりも、キリトの高ランカー昇進、アルトリウスのトップランカー入りを、仲間達は強く祝ってくれていた。

 

 自分がトップランカーになった。その実感はなかなかアルトリウスの中へ湧いてこなかった。しかし、そうなれたのは仲間の皆が居たおかげであり、自分はこんなにも素晴らしい仲間達に囲まれていた。その事が先に実感できて、アルトリウスは泣きそうになりながら、皆の祝福を受けて、礼を言っていた。

 

 そんな楽しく、嬉しい祝勝会は二十二時四十分頃でお開きになった。

 

 しかし、そこでとある疑問点がキリトとアルトリウスに浮かび上がった。《SBCフリューゲル》という最新のアップデートで追加されたダンジョンはクリアしたが、その後はどうするか。これからはどうしていこうか。

 

 メンバーにそう問いかけたかったが、皆は超長時間ダイブによる疲れにやられて、そんな事を考えたりできそうな様子ではなかった。《GGO》の今後を決める戦いをしていたのだから、当然だった。

 

 後の事は明日、明後日にでも考えよう。キリトとアルトリウスは今後の方針を一旦保留、緊急クエストと祝勝会のために集まった仲間達に解散を呼び掛けたのだった。

 

 

 そうして、アルトリウスは自分の部屋に戻ってきた。《SBCフリューゲル》が存在していた理由の判明、エネミーアファシスとの交戦、リエーブルとの戦争、移動要塞都市への突入と《エクスカリバー》による攻略完了、自分のトップランカー入り。

 

 最初からクライマックスであるかのようにあらゆる出来事が連続した一日だった。間違いなく、今日は《GGO》プレイ歴の中で最も()い一日だっただろう。

 

 このような体験をする日は、今日以降にあるのだろうか。もしそんな事があったならばその時はどんな出来事があるのだろう。アルトリウスはそんな気持ちに()られながら、ベッドの上に仰向けになっていた。

 

 もう二十三時になる頃だ。眠らないといけない。そうしないと明日の《GGO》でのプレイに耐えられないかもしれない。だから眠らないといけないのだが――どうにも意識が冴えてしまって眠くならなかった。例えるなら、遠足の前日を迎えた小学生のようだ。

 

 今日、実に様々なイベントがあり過ぎて、興奮が抜けきらないのかもしれない。ならば落ち着く事ができれば眠くなるはずなのだが、アルトリウスの胸中は落ち着いていた。落ち着いているはずなのに、全く眠くないから困った。誰かと話をするにも、皆休眠に入るべく帰ってしまったし、ログアウトしてしまっている。

 

 レイアも流石に疲れたらしく、隣の部屋にある専用機材で休眠モードに入った。朝まで起動する気配はないし、叩き起こすのも可哀想だ。

 

 

「……どうしよう」

 

 

 溜息(ためいき)()いて上半身を起こしたその時、入り口のドアをノックする音がした。誰か来たらしい。丁度いいと考えるべきか、それとも警戒するべきか。いずれにしても客が来ているならば迎えねばならない。

 

 アルトリウスは起き上がり、ドアに向かって歩いた。服装は黒のタンクトップに長ズボンなので、人と会っても問題はない恰好(かっこう)だ。

 

 

「はい」

 

 

 一応返事をすると、それに対する返事が来た。

 

 

「アーサー、まだ起きてたのね」

 

 

 クレハの声だ。今日一日ずっと一緒に戦い続けてくれた彼女は、もうログアウトしたかと思っていたが、そうではなかったようだ。そんな彼女の要件は思い付かない。

 

 

「クレハ。うん、起きてるけど、どうしたんだ」

 

「……とりあえず中に入れてくれない?」

 

 

 少し苛立っているような声がして、アルトリウスは思わずびくりとした。確かに、クレハが来てくれたというのに、中に入れずにいるのは拙い対応だ。

 

 アルトリウスは慌ててドアを開ける。両手を腰に当てているクレハがそこにいた。少し怒っている顔をしている。

 

 

「全くもう。他の人が、増してや女の子が来てるんだから、さっさと部屋に入れるべきでしょうが」

 

 

 男の部屋に女の子を入れる。それは現実世界だと、交際相手同士だとかだけがやって良い事だ。《GGO》でもそれは変わらないと思っていたが、そうではないのだろうか。

 

 アルトリウスはとりあえず弁明する。

 

 

「ご、ごめん。っていうか、クレハがこの時間に来るなんて思ってなかったんだ」

 

「……まぁ、そうよね」

 

 

 そう言ってクレハは部屋の中に入ってきた。アルトリウスがドアを閉めると、そのまま部屋の奥の方へ歩いて行く。

 

 

「レイちゃんはもう休んだの」

 

「あぁ。今日一日ずっと戦いっぱなしだったから、相当疲れたみたいだ」

 

「でしょうね。レイちゃんにとっても、今日はすごい一日だったでしょうし」

 

「だから俺も寝ようって思ってたんだけど……」

 

 

 クレハはくるりと向き直ってきた。こちらをからかっているかのような表情が顔に浮かんでいた。

 

 

「興奮が抜けきらなくて眠れなくて困ってるとか?」

 

 

 アルトリウスはまたしてもびくりと反応した。どうしてわかった。

 

 

「なんでわかったんだ」

 

「そりゃあ、あたしはあんたの幼馴染だしね。伊達に小さい時からあんたを見てきてないから、わかる部分も多いってもんよ。というか、あんたの事だからそうなってるんじゃないかって思ったから、来てみたの。そしたら(あん)(じょう)あんたは困ってた」

 

 

 アルトリウスは渋々ながらも納得していた。

 

 クレハとは小さい時からの幼馴染(おさななじみ)であるが、本人にその自覚があるかどうかは不明であるものの、アルトリウスにとっては姉貴分みたいなものであった。

 

 血が繋がっているわけでもなく、親戚関係でもないのに、とても仲良くしてくれて、本当の姉のように面倒を見てくれる時もあった。その当事者であるからこそ、彼女は自分について、聞かなくてもわかる部分が多いのだろう。

 

 他人だったならば、自分の事にずかずか踏み入られるような気がして嫌な気持ちになるだろうが、クレハの場合はそうではなかった。そんな彼女は、自分が今まさに使っていたベッドへ腰を掛けた。

 

 

「というわけで、今晩はあたしがあんたの隣で一緒に寝てあげるわ」

 

 

 アルトリウスはびっくりした。

 

 

「えぇっ。それってどういう事だ」

 

「どういう事って、そのままよ。あんたの隣で一緒に寝てあげるって言ってるの」

 

 

 アルトリウスは身体が熱くなった気がした。クレハが隣で寝てくれるという事は、つまり添い寝である。男子である自分の隣に、女子であるクレハが寝てくれる。

 

 それは自分に許されている事なのだろうか。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな事していいのか」

 

 

 クレハはきょとんとした顔をした。やがてその表情は――寂しそうなものになっていく。

 

 

「……やっぱり、そういうのは嫌? 嫌なら別にそれでいいけれど」

 

 

 アルトリウスもきょとん顔返しした。

 

 クレハの顔つきは、よく見れば幼馴染の姉貴分として知っている彼女のそれになっていた。最後に見たのは少なくとも年単位で昔であり、《GGO》で再会してからも見られなかったもの。

 

 そんな彼女の顔を見た途端(とたん)、アルトリウスの中の恥ずかしさや焦り、熱は急激に抜けていった。彼女の気持ちを拒もうと思えない。拒みたくない。アルトリウスはそう告げる代わりに、クレハの隣に座った。

 

 

「ありがとう、クレハ。嬉しいよ」

 

「どういたしまして。……(りつ)

 

 

 その一言と、クレハが起こした行動によって、アルトリウスは二連続で驚かされた。

 

 クレハがウインドウを操作したかと思えば、その身体を包むのは下着に少し布を足したような薄着に変わり、サイドポニーテールに(まと)められていた赤桃色の長髪が解かれた。《GGO》をプレイしてきた中で、初めて目にする彼女の姿。それがクレハの寝巻(ねまき)だと理解するのに、若干(じゃっかん)時間がかかった。

 

 そして、彼女の口から出た言葉に反応するのも。

 

 

「クレハ、それ俺の本当の名前なんだけど!?」

 

 

 プレイヤー同士の交流の中で、現実世界の名前を知っている場合、それを口にするのはご法度(はっと)とされている――そう教えてくれたのはクレハだった。そんな彼女が自分自身が教えた事を平然と破ったのだから、アルトリウスは驚くしかない。

 

 その彼女はというと、涼しい顔をしていた。

 

 

「別に大丈夫よ。ここにはあんたとあたししかいないから、誰にも聞かれてない。それにさ、今晩くらいは、あんたの事をそう呼びたいのよ。嫌?」

 

 

 そういえば、クレハを本名で呼んだ事も、最近はなかったかもしれない。思い出したアルトリウスはクレハに返事する。

 

 

「……嫌じゃないよ、紅葉(もみじ)

 

「おっけ」

 

 

 クレハ/高峰(たかみね)紅葉(もみじ)からの答えを聞き、笑みを見て、アルトリウス/調月(つかつき)(りつ)はベッドへ寝転がった。

 

 紅葉も同様に律の隣に寝転がってくる。

 

 

「まさか、あんたがトップランカー入りを果たすなんてね。なんか未だに実感ないんだけど」

 

「俺もそんなにしっくり来てないんだ。トップランカーになると、気持ちとかにも変化が出るんじゃないかって思ってたんだけど、何も変わってないような感じだよ」

 

「それは律が(にぶ)いだけ……でもないか。意外と皆そんな感じなのかもしれないわね。トップランカーになった時の実感なんて、そんなに強いものでもないのかも」

 

 

 総督府などでランキングを見れば、そこに自分の名前がランクインしている。それによって多くのプレイヤー達の目に()まるようになるが、それ以外の変化はやはり、ない。トップランカーになったとしても、何かが劇的に変化するわけではないのか。律にとってそれが一番意外に思った事だった。

 

 しかし、なんにしても自分がそこに辿(たど)り着けたのは、決して自分一人の実力のおかげではない。その事を律は告げる。

 

 

「でもさ、そこまでいけたのは紅葉が居てくれたからだよ」

 

「え、あたしなの。皆じゃなくて?」

 

 

 律は頷く。

 

 

「皆もそうだけれど、一番は紅葉だ。なんだかんだ言って紅葉が俺と一緒に戦ってくれたわけだし、いつも一緒に居てくれた。皆の力も沢山貸してもらったけど、その中で一番俺に力を貸してくれたのは紅葉だったと思うんだ」

 

 

 紅葉は少し驚いているような顔になっていた。どうやら自分にこう言われたのが予想外だったらしい。しかし、どんなに思い返してみても、《GGO》を始めてから今日まで、一番長く自分の隣に居てくれたのは紅葉/クレハだとわかる。本人に自覚がなかったのだとしても、この事実は揺るがない。

 

 

「何度だって言うよ。俺がここまで来れたのは紅葉のおかげだ。ありがとう」

 

 

 紅葉はまたしても、ちょっと驚いたような表情になっていた。だが、やがてその表情は微笑みに変わっていった。

 

 

「そりゃあそうよ。あたしはあんたの幼馴染で、あんたの相棒なんだから。あんたがここまで来れたのは、あたしのおかげ。だから、もっともっとあたしに感謝しなさいよね!」

 

 

 律は「ははは」と笑った。自分の傍に居てくれて、本当の姉のように振舞ってくれて、一緒に居るととても暖かい。小さい頃から彼女はそうだった。だから、律はずっと紅葉の近くに居たいと思っていた。

 

 そんな彼女は、またしても姉貴分の顔になる。

 

 

「それにしても、あんたって変わってるわよね。あたしと一緒が良いだなんて。あたし達がお姉ちゃんの都合で引っ越しする事になった時も、あんたはあたしと別れる事になるのが悲しいって言ってたし」

 

 

 そう、紅葉とは一度別れている。ある時、彼女の家は急な引っ越しを決定した。彼女の言った通り、彼女の姉の勉学のためというのが理由だった。あまりに急な決定だったため、周りの人間達は驚かされ、そして悲しんだ。――彼女の姉がいなくなってしまう事だけを。

 

 だから律は変だと思った。どうして紅葉の姉の話ばかりで、紅葉がいなくなる事を悲しんだり、寂しがったりしないんだろう。そんな疑問を解消してくれる大人はいなかった。なので、紅葉がいなくなって悲しい、寂しいという気持ちは、律の中で大きくなるばかりだった。

 

 そんな事だったからこそ、しばらくして紅葉から連絡をもらえた時、電話を繋げられるようになった時は素直に嬉しかった。そして、こうして《GGO》という自分の好きなゲームで一緒に遊べるというのは、もっと嬉しかった。

 

 

「それは本当にそう思ってたんだよ。皆、紅葉のお姉さんの話ばっかりしてた。そりゃあ俺も紅葉のお姉さんには良くしてもらった事もあったけど、お姉さんより俺と一緒に居てくれて、幼馴染で居てくれたのは紅葉だったじゃないか。だから、俺は紅葉のお姉さんがいなくなるより、紅葉がいなくなるのが悲しかったんだ」

 

「……」

 

 

 紅葉は急に何も言わなくなってしまった。しかし構わずに律は続ける。

 

 

「だから、こうして《GGO》でまた会えて、一緒に遊べて、本当に楽しかった。これからもよろしくな」

 

「……」

 

 

 紅葉は黙ったままだった。黙ったまま律を見つめて、何も言わない。流石に違和感が生じてきて、律は顔の笑みを消して、代わりに不思議に思う表情を浮かべた。

 

 

「あれ、紅葉。どうした――」

 

 

 言いかけたその時、一瞬紅葉の表情が悲しげになったかと思うと、目の前が急に真っ黒になった。いや、何かが顔面目掛けて動いてきて、貼り付いてきたのだ。良い匂いと感触がする。紅葉の(てのひら)だった。

 

 しかし、何故紅葉がそうして来たのかわからず、律は慌てた。

 

 

「え、ちょ、紅葉、何?」

 

 

 間もなくして、紅葉の声がした。

 

 

「ごめん律。あたしから来ておいてなんだけど、すごく眠くなってきた。もう喋るのはやめて、寝ましょう……」

 

 

 確かに紅葉/クレハは一日中戦いっぱなしだったから、疲れているだろう。もしかしたら、自分のために眠いのを我慢してくれていたのかもしれない。

 

 律は紅葉の言葉に応じ、動きを止めた。顔を覆う紅葉の掌の匂いと柔らかさ、暖かさが心地よく、引っ込んでいたであろう眠気が一気に押し寄せてきた。

 

 

 

「……んた……まで……ほんとの事……の……?」

 

 

 

 薄れゆく意識の中で、紅葉の声が聞こえた気がした。

 

 





 次回、《メインの二人》のお話。

 そう言われれば、何かわかるでしょう。

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