キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 彼の者。

 


13:アファシス失格者

 

          □□□

 

 

「リエーブル」

 

 

 《SBCフリューゲル》のとある一角にやってきたキリトは、ある存在を認めて呼びかけた。沢山のカプセル状の装置が並んでいる部屋の中央部、一際大きな装置の前に一人の少女が座っている。

 

 銀色の髪を特殊なツインテールの形にしていて、水色と黒の身体に貼り付くようなスーツに身を包んでいて、肌は日焼けしたように浅黒い。水緑色の、キラキラマークのような形状をした瞳孔をしているために、人外の存在であるとわかる。

 

 アルトリウスとレイア、クレハとツェリスカとデイジーに囲まれるようにして、その少女は床にぺたん座りの形で座っていた。目を覚ましたばかりの、所謂(いわゆる)寝起きのような顔をしている。そんな少女への呼びかけに、彼女は答えた。

 

 

「……あぁ、あなたがたですか」

 

「俺達がわかるのか」

 

「わかりますとも。あなたがたは特徴的ですからね」

 

 

 毒気付(どくけづ)いているのか、そうではないのか、よくわからないような言い方だった。声もそんなに大きくなく、細い。かつての彼女とだいぶ変わってしまっているように思えた。

 

 リエーブル。この《SBCフリューゲル》で製造され、《SBCグロッケン》への侵略兵器としての役割を担っていた《アファシス Type-Z》。そして《SBCフリューゲル》攻略戦にてボスエネミーとして立ち(ふさ)がってきた存在でもあった。

 

 しかし、その正体は何らかのトラブルか、(ある)いは意図的な工作によってザスカーに持ち去られていた、イリスの子供の一人であり、それが故にザスカーが設定したプログラムや設定と合わずに戦闘中に激しく破損。この《SBCフリューゲル》内の専用のカプセル装置に格納され、修復されていた。

 

 そんな彼女の修復が完了したというアルトリウス達からの連絡を受け、キリトはシノン、リラン、イリス、(ひま)していたユウキとカイムを連れて、《SBCフリューゲル》に足を運んできたのだった。リエーブルは両手両足が破損し、身体のあちこちが熱と電気で弾けているような惨状(さんじょう)であったため、ちゃんと修復されたかどうか心配であったが、今目の前にいる彼女の状態は良好だと言えた。千切れていた手足もしっかり元通りだ。

 

 

「リエーブルは良くなったわぁ。もう何も心配はいらないわよぉ」

 

 

 いつもどおりの柔らかくて語尾がやや伸びている(しゃべ)り方になっているツェリスカの言葉は素直に信頼できた。リエーブルはもうどこも悪くないだろう。やはり無事に直ってくれたのだ。だが、その中でクレハが複雑そうな顔をしていた。

 

 

「けれど、なんか様子が変っていうか、変わってるっていうか……」

 

「え? 変わってる?」

 

 

 シノンの問いかけにキリトは同感だった。リエーブルが変わってるとはどういう事だ。その言葉に誘われるようにしてもう一度リエーブルへ目を向けたところで、キリトはある事に気が付いた。

 

 これまで見てきたリエーブルはいつも挑発的で、相手を見下し、敵意を()き出しにしているような()であったが、今のリエーブルからはそんなものは全く感じられない。それら要素が全て抜き取られた結果、素体だけ残ってしまって、虚無に浸ってしまっている。そんな感じがしてならなかった。

 

 それに答えたのはリエーブルだった。

 

 

「変わりもしますよ。だって、本当の事を知っちゃったんですから」

 

 

 溜息交じりで出てきたその言葉に皆で少しぎょっとする。リエーブルが知らないでいるリエーブルの真実。それは最終決戦の時にイリスが話していた。

 

 リエーブルはザスカーに連れ去られて改造させられた《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》。

 

 《アファシス Type-Z》としての役割を持たされているけれども、本当は《アファシス Type-Z》ではない事。

 

 リエーブルはザスカーにとっては特別製というよりも異物であるという事。

 

 それは彼女に聞かれていない事を前提にして話したものだった。その話をリエーブルは知ってしまったというのか。恐る恐るユウキがリエーブルに尋ねる。

 

 

「本当の事って?」

 

「……わたしは本当はアファシスではないのでしょう。なので《SBCフリューゲル》の事を想う必要もなくて、《SBCグロッケン》に攻め込む必要もない。それはわたしの役割と思わされてただけだった。そういう事だったんでしょう」

 

 

 答えたリエーブルの話は、やはりあの時イリスが気絶しているリエーブルに話していた事だった。聞こえてしまっていたらしい。その話を聞いたデイジーが驚いたように言う。

 

 

「それは……あなたはあの時自己修復モードになっていて、何も聞こえない状態であったはずでは」

 

「薄らとですけど、聞こえてたんですよこれが。わたしが本質的にはアファシスじゃなかったから。このおかげでやっと呑み込めたような感じですよ。いや、その後の事もあったから、呑み込めたんですけれどね」

 

「あの後? 何があったのですか、リエーブル」

 

 

 劣化型だとか時代遅れとか散々言われていたレイアの問いかけに、リエーブルはまた溜息交じりで答えた。

 

 

「自己修復による休眠に入っている中……あなたがたで言う夢の中ですかね。そこで他の《Type-Z》達のデータを見ていたんです。わたしと同型で、とても(かしこ)いはずなのに、どれもこれもわたしより劣っていました。それを見てわかったんですよ。やっぱりわたしは《アファシス Type-Z》どころではない特別製の、異物だったって」

 

 

 リエーブルは以前から自分の事を「特別だ」と言っていた。それは傲慢(ごうまん)から来ているものだと当初は思っていたが、真実はリエーブルが自分の強さや賢さがザスカー内のプログラムやAIの全てを異様なまでに超えており、自分に匹敵しなければならないはずの存在が確認できなかった事で、自分一人だけが異常に高性能という事がわかった事から来る孤独感によるものだった。

 

 自分は特別ではなく、異物――それを周囲に(さと)られないために、そしてそんな事はないと自分で否定するために、リエーブルは自分の事を特別なアファシスであると繰り返していたのだ。

 

 交戦時にわかったリエーブルの性格から、彼女自身がそんな事を言い出したりはしないだろうと思っていたが、今ついにリエーブルは自分自身を異物だと言ってしまっていた。

 

 つまりもう、公言するしかないと判断したという事だ。

 

 

「要するにこういう事でしょう。わたしはアファシスとして設定されているけれども、本当はアファシスじゃなく、わたしのやった事は他の《アファシス Type-Z》がやるべき事であり、わたしは自分を《アファシス Type-Z》と勘違いしていたために、間違ってやってしまった。これで合ってますよね?」

 

 

 リエーブルの言葉を誰も否定できなかった。そうだ。結局はリエーブルはザスカーが不正に入手したイリスの娘を勝手に改造して作り上げたものであり、ザスカー純正のものではない。言うなれば盗用品みたいなものだ。その事実をイリス本人から聞かされているうえ、それが嘘ではないと実証されてしまっているのが現実だった。なので誰もリエーブルに反論できない。

 

 同じアファシスであるレイアとデイジーも悲しそうな顔をしたまま黙っているだけだ。彼女達ですら、リエーブルを自分達と同じアファシスであるとは思えなくなっている。本来のアファシスでは起こせないような惨事をリエーブルが起こしているのを見てしまったのだから。もうリエーブルを自分達と同様の存在であると認める事ができなくなっているのだ。

 

 反論が来ない事を確認するなり、リエーブルは溜息を吐いた。

 

 

「……そんな感じだからもう、どうでも良くなっちゃったんですよ。《SBCフリューゲル》の民の悲願を果たす事も、《SBCグロッケン》に攻め込んで滅ぼす事も、もうどうでも良くなっちゃったんです。だってわたし、《アファシス Type-Z》じゃありませんし。もっと言えば、この世界に居るべき存在でもないんでしょう」

 

 

 リエーブルは吐き出すように言っていた。最早アファシスとしての使命などどうでもいい。自分はアファシスじゃないんだから。その事実を受け入れているのは間違いないのだが、仮にもザスカーからアファシスとしての設定と作り込みがされているはずのリエーブルが、自ら堂々とその設定を否定しているのには違和感を覚えた。

 

 いくら《アニマボックス搭載型AI》だとは言え、自分がゲームのコンテンツのために設定された存在である事を認知し、それを否定する――そんなメタ的な行為ができるものなのだろうか。

 

 キリトはイリスに尋ねようとしたが、それより先にカイムが尋ねていた。

 

 

「リエーブル、なんか変じゃないですか。自分がアファシスとして設定されたとか言ってるし、アファシスのはずなのにアファシスじゃないとか言い出してるし……」

 

 

 イリスは腕組をして溜息を吐いた。呆れているようだが、それはリエーブルへではなく、リエーブルをあんなふうにしたザスカーに向けられているものだった。

 

 

「十中八九ザスカーが《アニマボックス》に手を出さなかった事が原因だろうね。《アニマボックス》を搭載してる私の子に、そのゲーム特有の役割を与えるなら、そのための処置と改造を《アニマボックス》にしないと正常に機能しないんだ。そうしないと周りの情報を集める事によって、自分の役割やら役目やらに疑問を持って、ついにはあんな感じに否定し始める。自分はそんなんじゃないってね。《アニマボックス》の持つ情報処理能力の高さが、賢さが裏目に出てしまうのさ」

 

「それってプレミアとティアの時と同じ……?」

 

 

 シノンの問いかけにイリスは首を横に振る。

 

 

「プレミアとティアの時は《アニマボックス》に専用の改造を施したから、あの子達の役割が終わって、私達がその事を説明するまで、ゲームのNPCになれていたんだ。でもリエーブルは《アニマボックス》の改造をされないままゲームのNPCとして設定されたから、色々と噛み合わなくなって、こうなったんだ。せめて私がリエーブルの《アニマボックス》を改造して、《アファシス Type-Z》に最適化できる形にできているならば、こうはならなかったかもしれないけれどね」

 

 

 つまりリエーブルをNPCとして《GGO》に実装するならば、イリスの協力が必要だったのだ。《アニマボックス》を持っているAIは《アニマボックス》の製作者の力がないと上手く運用できない。ザスカーの誰がやったのかはわからないが、完全な部外者では《アニマボックス》を使いこなす事はできないという事の証明になってしまった。

 

 そんな感じの使い方しかされなかったリエーブルは、最早NPCとは不適格の存在となってしまった。もうこれまでのようなアファシスとしての役割を果たす事はできないだろうし、それをやりたがっているようにも思えない。

 

 全てはザスカー側の人間の誰かがイリスからリエーブルを奪い取り、自分のゲームのものとして勝手に実装した事による自業自得であるが、機能不全に(おちい)っているリエーブルをどうするつもりなのか心配になってきていた。

 

 

「少なくとも、もうリエーブルはNPCとしての役割を果たす事はできなくなったという事なのですね……これはどうするべきでしょうか……」

 

「どうにかしてザスカーからリエーブルを切り離すって事はできないものかね。少なくともザスカーでは、リエーブルを削除するなんて事はできないだろうし、処分に困るはずだ」

 

 

 ツェリスカの(つぶや)きにイリスが応じていた。とても小声だったので聞き()らしそうだった。現に他の仲間達は聞き()らしていたようで、反応していなかった。その中の一人であるレイアがリエーブルへ近付き、声を掛ける。

 

 

「リエーブル……その、あなたの事情がどういうものなのか、わたしには正直よくわかりません」

 

 

 リエーブルは溜息交じりに応じる。しかしレイアに呆れているだとか、レイアを見下しているようではなかった。

 

 

「……でしょうね」

 

「でも、リエーブルがもしわたし達と同じでないなら、きっとリエーブルはリエーブルのマスターに従う必要はなくなったという事ですよね」

 

 

 そこでリエーブルがはっとしたように反応した。そうだ、リエーブルはアファシスとして機能していた時、マスターとなったプレイヤーの命令によって《SBCフリューゲル》の勢力を動かし、《SBCグロッケン》を襲撃。そのまま《GGO》の環境を激変させようとしていた。そのマスターの命令に一途(いちず)に従い続けてしまったが故にリエーブルは自らのリミッターを長時間解除し続けてしまい、身体を暴発させ、酷い苦痛に襲われた。

 

 元はと言えばリエーブルを盗み出して《GGO》に適応したザスカーこそが、リエーブルに苦痛を与えた元凶であるが、リエーブルが苦痛に襲われる原因を作ったのはリエーブルのはマスターに他ならない。どうにかしてその正体や詳細を(あぶ)り出す方法はない者かと思っていたところだったので、レイアの質問は丁度良かった。

 

 

「……マスター……」

 

 

 小さな声でリエーブルが言うと、レイアは詰め寄っていく。

 

 

「そうですよリエーブル。リエーブルがわたし達と同じアファシスではないのであれば、リエーブルがリエーブルのマスターに従う必要はないのです! だからリエーブル、もう大丈夫ですよ!」

 

 

 キリトは思わず喉を鳴らして目を見開いた。レイアはてっきりリエーブルのマスターの事を聞いてくれるかと思いきや、違う方向に話を持っていき始めてしまった。確かにリエーブルは自分がアファシスではないと理解してしまったため、最早アファシスとしての役割を果たすのは難しい状態にある。なのでリエーブルはマスターに何を言われたとしても従う必要はなくなったと言えるだろう。

 

 そんな事を言われたリエーブルはというと、俯いていった。

 

 

「……じゃあ、わたしは何なんですか」

 

 

 レイアがきょとんとする。リエーブルから返ってきた言葉が意外なものであったらしい。

 

 

「え?」

 

「わたしはアファシスではありません。では、わたしは何なのでしょうか。アファシスではないならば……わたしは一体何者だって言うんでしょうか。それで、わたしはどこにいるべきなのでしょうか」

 

 

 レイアもデイジーも返答しない。自分がアファシスではないと理解してしまったリエーブル。本来はこの《GGO》にいるべきではない。その事を把握したリエーブルが、自分が何者であるべきで、どこにいるべきなのかわからなくなったとしても、不思議な事ではなかった。

 

 わたしは何者で、どこにいるべきなの? その問いかけに対する答えを、果たしてキリトは用意できていなかった。

 

 しかし咄嗟(とっさ)にキリトは思い出した。そうだ、以前リエーブルがぼろぼろになった時、イリスがリエーブルに語り掛けていた言葉があった。あれをもう一度リエーブルに言ってやればよいのではないか。イリスはリエーブルの実の母親だ、リエーブルも素直に聞き入れるだろう。

 

 

「イリスさん」

 

 

 キリトの声掛けに、イリスは即座に頷いた。リエーブルへ向かって行く。

 

 

「リエーブル、君はね――」

 

 

 

「――役に立たない道具だ」

 

 

 

 唐突に聞こえた声にキリトは驚くと同時に背筋を凍らせた。聞いた事のない男の声色。ほんの少し聞いただけでとても冷たいとわかる。どこまでも薄情で冷酷な人間が発する声だと瞬時に把握できた。皆も驚きを隠せない様子になっている。

 

 その声の主を探してキリトは振り向いた。こちらに向かってきている人影が確認できて、間もなくその正体が割れた。金色の髪をかなり短く切った髪型をしていて、青い瞳をしている。長身を如何にも軍人が着用するものとわかるコンバットスーツで包んでいる男が、こちらに向かって歩いてきていた。

 

 キリトはごくりと唾を呑んだ。周囲の大気が凍えている。あの男を中心にして大気が渦を巻いて冷えていっている。そんな事は起きていないのだろうが、そう思えて仕方がない。大気が、空間があの男によって塗り潰されていってしまっている。それだけの影響力をあの男は持っていた。

 

 

「ま、マスター……!」

 

 

 リエーブルから発せられた言葉にキリトは目を見開き、リエーブルと男を交互に見た。リエーブルもひどく目を見開いて男を見ていた。ここに来たのが信じられないかのようだ。

 

 

「マスターだって? あいつが君のマスターなのか」

 

 

 アルトリウスが呟くように問いかけるが、リエーブルは何も返さずに自身がマスターと呼んだ男を見ていた。彼女と合わせるようにしてキリトも男を見ていたが、男の出している異様な空気の流れに身体を撫でられ、悪寒を背筋に走らせっぱなしになっていた。

 

 この空気の流れは何だ。殺気だろうか。それにしてはあまりにも恐ろしいまでの域に到達してしまっている。強くなりすぎて、全てを呑み込もうとしている虚無のようになっていた。ここまでの事ができた人物を見たのは初めてだ。

 

 

「……!?」

 

 

 そこでキリトは気が付いた。いや、初めてではない。自分はこの男をどこかで見た事があるかもしれない。その時から結構な時間が経過し、尚且つ世界そのものが変わっているだろうが、どこかでこの男を見たような気がする。それで、どの時だっただろうか。

 

 

「……サト……ライザー……!?」

 

 

 急に発せられたユウキの声によってキリトは我に返った。咄嗟にユウキを見る。彼女は信じがたいものを見ているかのような顔になって、やってきている男に視線を向けていた。やがて男の顔に笑みが浮かんだ。不敵――どころか、探していた獲物を見つけて喜んでいるかのような笑みだ。

 

 

「誰かと思えば、絶剣か。面白い巡り合わせもあったものだ」

 

「サトライザー……やっぱりお前なの、サトライザー」

 

 

 そう言えばユウキは他人の事を滅多に「お前」とは呼ばない。彼女がそう呼ぶ人物は限られており、その人物がやってくる事自体がとても珍しい事である。そんな彼女の隣に並んでいるカイムがはっとしたような反応をした。

 

 

「サトライザーって……《ALO》でインプの領主やってる、あのサトライザー!?」

 

 

 その問いかけでキリトの中で朧気(おぼろげ)になっていた点と点が結ばれた。そうだ。サトライザーだ。《ALO》でとんでもないような事をやってのけ、先代インプ領主を叩きのめし、その玉座を奪い取ったとされる闇の皇帝。そいつの名前が確かサトライザーだった。

 

 しかしあの時のサトライザーは、如何にも闇の帝王が着ていそうな、禍々しい黒色の鎧を身に付けていて、髪の毛ももっとぼさぼさとしたものだった。一方現在のサトライザーが着用しているのは上下が灰色で統一された戦闘服であり、髪の毛も短く整えられているものだ。一目見ただけでは、あの男と《ALO》の闇の皇帝が同一人物であると判断するのは困難であろう。

 

 それを一発で見破ったユウキの事を目にして、サトライザーは笑みを浮かべ続けていた。本当に求めているモノを見つけ出して、嬉しくてたまらないのを隠せずにいるかのようだ。無論それは愛情などの清らかなものではなく、どす黒くておぞましいものだった。

 

 

「あなたなのですか、リエーブルのマスターは!」

 

 

 そこに横槍を入れたのはレイアだった。サトライザーの顔が一瞬にして無表情に近しいそれに戻り、青い瞳がレイアの瞳と交差する。

 

 

「……なるほど、絶剣の友人達か。それも随分と賑やかだ」

 

「質問に答えてください! あなたなのですか、リエーブルのマスターは!?」

 

 

 怒るレイアに、サトライザーは無機質な頷きを返した。

 

 

「その通りだ。私がその娘のマスターだ」

 

「あなたはなんて酷い事をしたんですか! あなたのせいで《GGO》は滅茶苦茶になって、しかもリエーブルもすごく痛い思いをしたんですよ!」

 

「それがその娘の役目だったのだから、仕方がないだろう」

 

 

 確かにリエーブルはあんなひどい命令であってもこなせるだけの機能を持っていた。それを利用させたくなかったならば、初めから付けなければ良かったじゃないか――サトライザーがそう言いたいのをキリトは感じ取っていた。

 

 それを皆まで言わなかったサトライザーは、腕組をして溜息を吐いた。

 

 

「リエーブル、前の命令の件だが……」

 

「ま、マスター、それは……いえ、あの……わたしは、その……」

 

「サトライザーさん、といったかしら」

 

 

 震える声で訴えかけようとするリエーブルに割って入ったのはツェリスカだった。彼女はリエーブルとサトライザーの間に入って壁になっていた。

 

 

「納得できないかもしれないけれど、この娘は運営が誤って実装してしまった、《アファシスではないもの》だったの。だからこの娘はもうすぐゲームからいなくなるし、そもそもあなたからの命令をこなせなくて、失敗してしまって当然だったの。アファシスとしては不適格だったのよ」

 

「それが?」

 

「この娘はもうあなたのアファシスではないし、あなたはこの娘のマスターではないのよ。もしこの娘をアファシスとして使いたいなら、諦めてもらえるかしら」

 

 

 ツェリスカはこれ以上リエーブルにサトライザーを接させないようにしていた。サトライザーが危険な人物であるというのが肌でわかるのだろう。現にキリトも、サトライザーが危険であるという雰囲気を全身で感じ取れていた。こんな奴にリエーブルを任せるわけにはいかない。

 

 

「そもそも、リエーブルをあんな目に遭わせてる時点で、あんたはアファシスのマスター失格よ。リエーブルを良いように使っていい権利なんてないわ!」

 

 

 更にクレハがツェリスカの隣に並んで壁となる。リエーブルに手を出させないという強い意志を感じられる。それに便乗するようにして、キリトも臨戦態勢となった。それに続いて皆も瞬時に戦闘に入れる体勢となる。

 

 こいつはリエーブルを欲しているのだろう。現にこいつからは、異様な欲望を抱く人間の雰囲気を感じ取れる。リエーブルを連れていくつもりで、ここに来たに違いない。こいつにリエーブルが取られたが最後、リエーブルがどんな目に遭わされるか、どんな理不尽な命令に従わされるかわかったものではない。絶対に阻止しなければ。

 

 そう思って身構えるキリトとその仲間達を見て、サトライザーはまたしても溜息を吐いた。

 

 

「……君達は私がリエーブルを取り戻そうとして、ここに来たと誤解しているようだな。断っておくぞ。私はリエーブルを取り戻したいのではない」

 

「え?」

 

 

 アルトリウスが首を傾げた直後、サトライザーの背後で爆発が起きた。間もなくしてすさまじい炎と熱風が吹いてきて、目を向けるのが難しくなった。身体を軽く焼くような熱が止んだ頃に目を向け直すと、サトライザーの背後に従者が姿を見せていた。

 

 巨大な機械のドラゴンだ。

 

 

 

「私自らの手で処分しに来ただけだ」

 

 

 

 サトライザーが冷酷に告げると、ドラゴンは吼えた。

 




 次回、彼の者戦。
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