キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

477 / 645
 フェイタル・バレット編第四章最終話。

 


16:動き出す黒き影

          □□□

 

 

「戻って来たんだな」

 

 

 使用許可がされている部屋に戻って来たサトライザーに声を掛けてくる人物がいた。黒いコートを中心とした装束に身を包み、シルクハットを被って鳥の頭のような形状のマスクで顔を覆った長身。自分にとって一応の仲間である黒死病(ペスト)医師。

 

 気に食わない事が起きたばかりだったから、あまり話したい気分ではないのに来られてしまった。仕方なくサトライザーは応じる。

 

 

「……ミケルセンか。何の用だ」

 

 

 サトライザーの呼びかけにミケルセンは応じた。

 

 

「おやおやおや。お前でもそんな声を出す事があるんだな。よっぽど嫌な事があったらしい」

 

「その通りだ。それがわかっているならば、なるべく話しかけないでくれるか」

 

「そういうわけにもいかねえんだ。今回はお前に伝えなきゃいけない事ができてたんでな」

 

 

 サトライザーは溜息交じりに問いかける。こいつとの話はそんな簡単に終わりそうにない。

 

 

「何なんだ」

 

「あぁいや、伝えなきゃいけない事は二つあった。良いニュースと悪いニュースだ。どっちから聞きたい?」

 

「悪いニュースから頼む」

 

 

 ミケルセンは意外そうな声を出した。表情はペストマスクのせいでわからないが、多分意外なものを見たような顔をしているのだろう。

 

 

「その機嫌で悪いニュースを選ぶか。まぁいい。じゃあ悪いニュースから入ろう。《GGO》の運営がお前に目を付けた」

 

 

 サトライザーはまたしても溜息を吐いた。

 

 確かに自分のやった事は良くも悪くも目立つものではあった。何せ《GGO》の世界そのものを引っ掻き回すようなものだから、運営に目を付けられる事は予想できていたし、そもそもこの話自体がミケルセンが勧めてきたものだった。更に、この話を持ってきた時、ミケルセン自身も「運営に目を付けられる可能性がある」と注意勧告していた。

 

 なので、この結果が起きる事はわかっていた事なのだが、やはり落胆と腹立たしさが来た。

 

 

「……私を消そうとしているという事か」

 

「その処分についてはまだ考えている途中みたいだぜ。だが、お前は別にチートを使っただとか、そういう汚い事をしているわけじゃない。お前は元から強かっただけだ。俺の勧めたプランを遂行できたのもそのおかげなわけで、何も汚い要素はない。だから運営は結局何もしないだろうな」

 

 

 サトライザーは胸の内の(もや)がほんの少し晴れたのを感じた。それでもだいぶ残っているのは変わりないが。

 

 

「しかし、お前の持っているスキルの取っ払いは決めたようだ。面白いスキルだったっていうのに残念だ」

 

「そうか」

 

 

 サトライザーが《GGO》で心惹(こころひ)かれたスキル。それは《直接攻撃》というものだった。アミュスフィアを使用するVRMMOには必ず設定されている機能である《痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)》を無効化し、相手に本物の痛みを与える事ができるようになるスキルだ。偽者の痛みではなく、本物の痛みを与えられる。

 

 つまりそれは本当の命の駆け引きができるようになる、生命や魂を感じる事ができるようになるという事だ。VRという仮想空間であろうとも生命と魂を感じられるようになる――そう考えたからこそ、サトライザーはこのスキルを優先的に取得し、これまで多くの敵に本当の痛みを与えてきたのだった。

 

 先程の絶剣とその(つがい)にもこのスキル効果の乗った攻撃を、本物の痛みと苦しみを繰り出してやった。そうすれば彼女達の生命と魂を本当に感じる事ができると思ったのだが、結果はそうはならなかった。

 

 確かに彼女達が本当に苦しむ様子を見る事ができたが、自分の望んでいたような生命と魂を感じられるような、好ましい感覚は得られなかった。

 

 更にこのスキルには副作用もあった。それは自分の《痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)》も切られてしまうという事だ。おかげで先程の戦いでは、彼らの仲間の放ったナパーム弾の炎に焼かれ、痛みと熱さにひどく苦しめられた。

 

 それもまた生命のやり取りなので良い物であるのだが――それでも簡単に耐えていられるようなものではなかった。メリットは確かにあるがデメリットも大きいうえ、望みのものは手に入らない。これならば無くてもいいと思い始めていた頃だったので、ミケルセンからの報告は残念に思えるものでもなかった。

 

 それはミケルセンにも伝わったようで、彼の者は首を傾げてきた。

 

 

「おや、残念じゃないのか」

 

「あまり良いものと感じなくなってきていた頃だったのだ」

 

「そうか。それならこれは悪いニュースってわけでもないわけか」

 

 

 そこでサトライザーはミケルセンを見た。先程の戦いは気に食わない展開が起きてしまった。その原因をこいつならば知っているのではないだろうか。悪いニュースと良いニュースを言ってくれている最中だが、聞かずにはいられない。サトライザーはミケルセンに問うた。

 

 

「ミケルセン、あの時私はまだ戦う気だった」

 

「ん? あの時? あの時ってのは」

 

「絶剣達と戦っていた時だ。私はその時まだ戦う気だったんだ。しかしジブリルが途中で私を連れて逃げ出したんだ。そのせいで私は彼らにとどめを刺す事ができなかった」

 

 

 それこそがサトライザーの胸の内の靄の原因である。あの時まだ戦える状況――炎に全身が包まれてはいたけれども問題なし――であったというのに、自分を乗せたジブリルが突如として回れ右をして撤退し、そのまま《SBCフリューゲル》からも脱出してしまったのだった。

 

 これについてジブリルに問いかけてみたが、そもそも彼は言葉を話す能力を持っていないので答えは一切得られていなかった。それがサトライザーの中の靄を強くしている要因でもあった。

 

 ようやくこの答えを出せる人間の許へ来れた。

 

 

「私は《GGO》に詳しいつもりだが、あくまでゲーム的な部分にしか知識がない。しかしミケルセン、お前はこの《GGO》の細かいところや仕様もよく知っている。お前ならばわかるはずだ。あの時ジブリルは何故私を乗せて逃げ出した? まだ戦えたというのに」

 

 

 ミケルセンは腕組をした。声に笑いが混ざり始める。

 

 

「そりゃあ、ジブリルがお前を大事に思っているって事だよ。このゲームのビークルオートマタのうちの自律型にはマスターを守ったり、マスターのために戦ったりする本能がプログラムされている。それはジブリルもそうなんだ。お前にとってジブリルは脳筋みたいなイメージがあるだろうが、ジブリルにもお前をマスターだと思い、お前が危なくなればお前の生命を最優先して行動する本能がある。

 お前はその時まだ戦えるって言ってるが、ジブリルにとってはもう危険域だったんだよ。危険な状態なのに戦おうとしてるから、ジブリルはお前を死なせないために後退を選んだんだ」

 

 

 サトライザーは顔に出さないようにして驚いた。殺戮(さつりく)と破壊の権化(ごんげ)。それがジブリルであると思っていたし、それ以外の感情や本能など存在していないとばかり思ってもいた。だが実際のジブリルは自分をマスターとしかと認識し、時に自分を守ろうとする感情を持っていた。

 

 それは戦闘のうえでは邪魔でしかないもののはずであり、サトライザーにとっても不快なもののはずだったが、しかしサトライザーはジブリルの中にあるという自分への忠誠心の存在を不快だとは思わなかった。

 

 寧ろ、そんなものを持っていてくれたのかという一種の喜びを感じられた。

 

 

「ジブリルが私を想ってくれている、という事か」

 

「そういう事だ。だからジブリルの事は少なくとも大切にしてやった方が良いぜ。実際お前が従えてたアファシスよりも、ジブリルの方が優秀だろ?」

 

「確かにな。ちなみにそのアファシスは聞いた話によると、アファシスではなかったらしいぞ」

 

「ふんふん、あいつの報告は本当だったのか。変な問題ばかり起こしやがるぜ、全く。おかげで……がどれだけ傷付いたか……」

 

 

 ミケルセンは途中から小声になっていた。ペストマスクのせいで余計に聞き取りづらくなり、何を言っていたのかわからなくなっていた。サトライザーはそれが少し気になり、ミケルセンに声掛けする。

 

 

「おい、聞こえないんだが」

 

「あぁ、別にそれでいい。とにかくお前はジブリルに救われたんだ。《痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)》の無効スキルのせいでお前自身にも相当なダメージが入っていただろうからな。だからジブリルには感謝をした方が良い。そしてジブリルはお前が思っている以上にお前の事を気に入っているんだ。だから大事にしてやるんだぞ」

 

 

 サトライザーは鼻をふんと一瞬鳴らした。元からその気だ。ジブリルの破壊と殺戮の権化っぷりは最高と思えるものだったから、まだまだやらせたいと思っていたところだった。そんなジブリルが自分に対して明確な感情を持っているとわかった今は、ジブリルへの気に入り度が確実に上がっていた。

 

 

「……それでミケルセン、悪いニュースは全部か。そろそろ良いニュースを聞きたくなってきたんだが」

 

 

 ミケルセンは「あぁ」と答えた。

 

 

「そうだな。良いニュースを話そう。そろそろお前を()()できる。お前がよく喰い付いていた場所にな」

 

 

 サトライザーは目を見開いた。ミケルセンから聞かされていた《場所》。本当の生命と本当の魂が生きているとされている世界、理想郷。その存在を語ったミケルセンは「お前は本当に面白い奴だ。だから連れていってやろう」と言っていた。

 

 それ以来サトライザーはその《場所》に心を奪われ、そこへ行きたい気持ちでいっぱいになりそうになっていた。それを出さないように冷静な口調でサトライザーは答える。

 

 

「本当か。本当にそこへ行けるようになってきたのか」

 

「あぁ、調整も進んでしっかりしてきている。だからもうすぐだぞ、お前を誘い込めるようになるのも」

 

「そう言うという事は、それなりに早い時間でそこに行けるというふうに解釈していいんだな」

 

「あぁ。もう少し時間はもらうが、いずれにしても、もうじき招待する。その時を楽しみにしておいてくれよ」

 

 

 サトライザーは素直に(うなづ)いた。このミケルセンに協力しているのはほぼそのためである。ミケルセンが招待してくれようとしている場所にさえ行けば、後は自由という話だ。

 

 その時にはミケルセンの事も始末しようかと思っているが、どういうわけかそれが上手くいくイメージが全く湧かない。ミケルセンには隙らしい隙が見当たらないのだ。これまで多くの人間を相手にし、時にその命を奪ってきたが、ここまで隙の見当たらない人間を見たのは初めてかもしれない。

 

 だからこそ、この者の魂が如何なるモノなのか気になってもいるのだが、それを奪い取る方法も思い付かない。それどころか、そんな事は起こりえないとわかっているはずなのだが、こいつの魂を奪い取ろうとした時、逆に自分の魂を奪い取られて、彼の者の魂と一体化してしまうのではないのだろうか。

 

 彼の者の魂の持つ正体不明の何か――それこそ溶解毒に近しい性質を持つそれによって、近付いた自分の魂は溶かされてしまって、彼の者の魂に取り込まれて終わるのではないか。

 

 愛する人を見つけ出して再会するという目的諸共、こいつの魂に取り込まれて何もなくなるのではないか。そう思えて仕方がない。こんな事を思う事など何もなかったはずなのに、何故かこのミケルセンからそう思えてしまうモノを感じてしまう。

 

 だからこそ気味が悪く、サトライザーは深く考えるのをやめるようにしていた。深く考えてしまったが最後、ミケルセンという名の底無し沼、(ある)いは人喰い穴、或いは奈落深淵(アバドン)に呑み込まれてしまう。そう思えてもいたからだ。

 

 だが、そんなミケルセンだからこそなのか、彼の者が提示している《場所》への信頼は高いと思えていた。危険だからこそ信頼できるのか、信頼できるからこそ危険だと思うのか。その詳細についてサトライザーは、やはり深く考えないようにしていた。

 

 

「しかしだ。その前に俺も暴れる事にするよ。サトライザー、お前並みにな」

 

「暴れる? お前も《GGO》を変えるくらいの事をするのか」

 

 

 ミケルセンは「くっくっく」と笑った。ペストマスクを付けているのによくわかる笑い声だった。

 

 

「いや、現実(リアル)も巻き込むくらいの事だ。《GGO》だけじゃなく、《GGO》とそれを取り巻く現実ってのも、全部引っ掻き回してやる。それくらいやらないと気が済まないところまで来ちまってるんでな」

 

「そうするのは良いが、やり過ぎれば逮捕されるぞ。如何にお前でも警察の目から逃れられるようには思えないが」

 

 

 サトライザーの指摘に、ミケルセンは笑んだまま応じてきた。

 

 

「その心配もいらねえよ。俺のやる事は全部()()()の仕業って事にしてやるんだ。あいつは多分俺が真犯人って言い出すだろうが、そうしたところで警察も政府も俺には追い付けねえ。何せやる事がワンパターン過ぎて、対策が簡単だからな。ちょっと賢い事をしてきても、もっと賢い対策をすればすぐに詰ませられる。あいつから俺の事を聞き出しても、俺の事を見つけられず彷徨(さまよ)い続け、何を追っているかわからないまま行動して、結局何もしなかったのと同じ結末を迎える。いつもどおりのそのオチに導いてやるんだよ」

 

「あいつ?」

 

 

 勿論サトライザーにはそれが誰の事を示しているのかはわからない。そしてそれをミケルセンが教えてくれるとも思わなかった。その考えはすぐに当たった。

 

 

「あぁ、元協力者だ。本当に色々やってくれたもんだが、色々やり過ぎてもくれた。おかげで俺がどれだけ余計にフォローしないといけなくなったか。本当に苦労させられたもんだぜ」

 

 

 どうやらミケルセンは怒っているらしかった。顔はペストマスクのせいで見えないが、声色で怒っているとわかる。前から思っていた事ではあるが、こいつは声で雄弁に語る奴なのだろうか。サトライザーはそんな疑問を抱きつつ、話を聞く。

 

 

「そいつに全てをなすり付けて、自分は逃げるという事か」

 

「それがあいつへの報復に一番丁度いいんだよ」

 

「ならばお前への心配はあまりいらないという事でいいんだな」

 

「あぁ、俺の事は何も心配しないでいい。お前はひとまずは俺の招待を待っていてくれ。ちゃんと招待状を出してやるからよ」

 

 

 ミケルセンの示す場所に行く方法を知っているのはミケルセンのみ。なのでこいつにいなくなられたり、何かミケルセンが動けなくなるような出来事があると困る。なのでミケルセンの言葉は心強く感じられた。そのミケルセンはというと、軽く下を向いた後に肩を揺らし始めた。笑っている。

 

 

「……ついに来たんだ。これが最後の試練だ。これを乗り越えさせられれば、きっと……!」

 

 

 サトライザーは目を細めた。試練? ミケルセン程の人物が試練と感じられるような出来事など存在するのだろうか。またしても疑問を抱いたサトライザーに、ミケルセンは気付かなかった。くるりと振り返って、部屋の出口へ向かって行く。

 

 そのまま出ていくかと思いきや、途中で歩みを止めて声を飛ばしてきた。

 

 

「一つ聞いておきたいんだが、サトライザー。お前はもうすぐ開催される《スクワッド・ジャム》には参加するのか」

 

 

 サトライザーは溜息交じりに答えた。《バレット(B)オブ(o)バレッツ(B)》は心が躍るのだが、どうにも《スクワッド・ジャム》の方には何も感じない。参加したところで、何故か面白くないのだ。それはチームメイトの存在があるのかもしれない。誰かと組んで戦うよりも、一人で戦う方が面白いし、その方が生命や魂を感じられる。

 

 だからこそ、サトライザーにとっては《スクワッド・ジャム》は参加しない大会の筆頭みたいなものだった。

 

 

「いや、参加しない。私は《BoB》の方が好きだ。だが、観戦はさせてもらおうかと思っている」

 

「そうか。なら次の《スクワッド・ジャム》は見逃さない方がいい事を教えておく。最高に面白い大会になるだろうからよ」

 

 

 なるほど、こいつが暴れるのは《スクワッド・ジャム》か。その言葉を信じて、大会中継を見てみるのもありだろう。その時の事を想像していた時には、既にミケルセンは姿を消していた。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 鋼鉄街《SBCグロッケン》の広場をシノンは一人歩いていた。いつも一緒に居るキリトとリランとは一時間ほど前から別行動中であった。

 

 サトライザーとそのビークルオートマタを退(しりぞ)けた後、《GGO》に置けなくなったリエーブルをひとまず《SBCグロッケン》のチームルームへ連れてきた。

 

 リエーブルはイリスのところからザスカーが盗難した存在であり、《GGO》にいるのは本来は不適切。その証拠にリエーブルはザスカーの付けた設定に馴染(なじ)めず、自らを《アファシスType-Z》ではないとも認識してしまった。

 

 なのでリエーブルは《GGO》から切り離されなければならないし、《GGO》の運営としてもリエーブルの今の状態は極めて良くないだろう。ツェリスカとイリスを中心にそんな話が展開されて、その後しばらくリエーブルはアルトリウスが使っているルームにレイアと一緒に住ませるという方針が固められた。

 

 他に安全そうな場所がない事と、レイアがそれを所望したからであった。レイアにとってリエーブルは異物であるはずなのだが、レイアは「だからこそリエーブルと一緒に手、色々な話を聞きたいのです!」と言ってリエーブルと一緒に居る事を望んだのだった。

 

 その対象となったリエーブルはというと、元下位互換の《アファシス Type-X》の誘いには乗り気ではないかと思いきや、意外にもレイアの所望を嬉しそうにしていた。「わたしはもう《アファシス Type-Z》じゃないので、《アファシス Type-X》を(さげす)んだりする理由が存在しません」と言って、レイアの存在や望みを否定しなかったのだ。

 

 リエーブルがレイア達を見下していたのは、自分を《Type-Z》という《Type-X》の上位種であるという設定があったから。これが間違っていたのであれば、自分に《Type-X》を蔑んだり見下したりする必要性はない。如何にもAIらしい愚直な理由であったが、誰もそれを嫌だと思ったりはしなかった。

 

 寧ろリエーブルがレイア達を認めるようになって良かったと思ったくらいだ。シノンもそう思った一人だった。これでひとまずはリエーブルの事は心配なくなった。

 

 すると今度はリエーブル救出戦の終盤で合流してきたイツキに尋問が行われた。いや、それは尋問ではなく、ただの問いかけだったのだが、如何(いかん)せんツェリスカがかなりきつくイツキに当たっていたため、尋問のようにしか思えない光景になってしまったのだ。

 

 イツキはすぐに事情を話してくれた。何でも、イツキは《アルファルド》の者達、中でもパイソンと重要な攻略の方針会議を長らく行っていたらしく、自分達の《ホワイト・フロンティア》攻略戦に合流できなかったらしい。

 

 それが終わったのが丁度自分達がリエーブルの許へ向かっていた時だったそうだったので、合流して来てくれたという事なんだそうだ。そしてしばらく会議をする必要はなくなったそうなので、また一緒に遊べるようになったらしい。イツキ本人はこの時を待ち遠しく思っていたそうで、とても嬉しそうにしていた。

 

 だが、それを聞いているシノンは別になんとも思わなかった。ある事が引っ掛かって仕方がなく、思考がほとんどそこに奪われていたようなものだったからだ。それはサトライザーの事だった。

 

 サトライザー。《ALO》の時にはインプ領の領主をしているとされる男だが、その強さは本当に異様なまでのものだった。リエーブルを襲おうとするあいつを止めるために《ヘカートⅡ》で射撃を試みたが、驚くべき事にあいつは回避して反撃を叩き込んできた。その一撃の重さは数時間経った今でも忘れられない。

 

 現実の身体に影響は出ていないようだが、それでもあれだけの敵がいるという事は胸の内側に分厚い(とばり)を引っかけてきた。世界にはあんな化け物じみた強さを持つ存在が敵がいる。自分のやりたい事は、世界にいる全ての強者を撃ち倒し、敵なしになる事。そうする事で弱い過去の自分に決着をつける。それが自分の目的だったのに、サトライザーには一方的にやられて終わったようなものだった。

 

 あいつを倒せないでどうする。

 

 あいつを乗り越えられないような私でどうする。

 

 今のままじゃいけない。今のままの私でいるわけにはいかない。

 

 今の私を、弱い私を撃ち殺すにはどうすればいいか。シノンは先程――いや、それよりも前からずっとそう考えていた。どうすれば皆に本当に触れられる強さを手に入れられるのだろう。本当にキリトを守れるだけの力を手に入れられるのだろうか。

 

 強くなるには、強い奴を討ち倒さなければならない。それが一番手っ取り早いやり方であり、確実なやり方だと思っている。なので強き者達が集まる場所へ向かい、片っ端から倒していけばよい。

 

 では、どの場所とはどこだろうか。そこは勿論――。

 

 

「よぉ、狙撃手(スナイパー)

 

 

 考え事に(ふけ)り過ぎていたせいで、不意に聞こえてきた声には驚くほかなかった。飛ぶような反応をしながら振り向いたそこで、シノンは思わず息を呑んだ。

 

 そこにいたのは、かなりの数のベルトを巻き付けた黒いコートを身に(まと)い、鳥の頭を()した仮面と短いシルクハットを被っているという、鋼鉄の未来都市に似つかわしくない恰好(かっこう)をした男。

 

 全身から正体の(つか)めない雰囲気をばら撒いていて、近付きたくないと思えてくるようなプレイヤー。一度見れば忘れられないその存在だが、しかしシノンは名前を思い出せなかった。あまりに急に出てこられたのが原因かもしれない。

 

 

「あんた……お前、は」

 

「ミケルセンだ。まぁ(おぼ)えてなくて当然だな」

 

 

 男は自ら名乗り出ていた。自分の名前が忘れられているという事を自覚していたらしい。実際シノンはこの時までその名を思い出せなかったものの、この存在の異様さと、それが突拍子もなく襲ってきた時の事は鮮明に憶えていた。

 

 

「……何の用? また襲いに来たわけ」

 

「いやいや、別に襲いに来たわけじゃねえよ。街の中で発砲したところでダメージが入ったりする事はないんだから、街中で他プレイヤーを襲ったところで無意味なのはお前もよくわかってるはずだ」

 

「それじゃあ、本当に何の用なのよ」

 

 

 ミケルセンは腕組をした。

 

 

「その面見てるとわかるぜ。お前は強くなる事を目指している。だから強さに繋がりそうな事は何でも求める。そうだろ」

 

 

 シノンは思わずぎょっとした。ミケルセンは自分の考えている事をほとんどぴたりと当ててきた。何でそんな事がわかったのだろうか。いや、自分は予想以上にそうだとわかる様子なのだろうか。ばれないように戸惑うシノンに、ミケルセンは続ける。

 

 

「って事は、やっぱり出るよな。次の《スクワッド・ジャム》にさ。仲間の誰かを連れて」

 

「……!」

 

 

 《スクワッド・ジャム》。《GGO》で開かれる大会であり、必然的に猛者達と巡り合って戦う事のできる祭典。強くなるためには、自分の求める強さを手にするには絶好の場所だ。そう思っていたところを、ミケルセンはまたしても当ててきた。

 

 それがわかったのだろう、ミケルセンは声に笑みを混ぜた。

 

 

「図星か。なら、その意志を曲げない事だ」

 

「……は?」

 

「本当に強くなりたいのなら、次の《スクワッド・ジャム》には必ず参加しろ。そうすればお前は確実に強くなる。お前の望む強さが手に入るだろう」

 

「……え?」

 

 

 シノンは思わず目を見開いた。次の《スクワッド・ジャム》に出れば強くなれる? どうしてそんな事が言えるのだろう。こいつは次の《スクワッド・ジャム》について何か知っているのか。

 

 ミケルセンは疑問だらけのシノンそっちのけで続けた。

 

 

「信じなくても結構だ。だが、もしお前に本当に強くなりたいって気持ちがあるのであれば、次の《スクワッド・ジャム》に必ず参加して、最後まで勝ち残る事を勧めるぜ。そうすれば――」

 

 

 ミケルセンはそう言い放ったかと思えば、シノンのすぐ近くにまで寄ってきて、耳元に顔を近付けてきた。

 

 

「俺がお前を強くしてやる。俺を乗り越えてみせろ、シノン」

 

 

 シノンは目を見開いたまま身動きを止めていた。

 

 ミケルセンが私を強くする?

 

 ミケルセンを乗り越えたら私は強くなれる?

 

 その言葉の意味を求めようとしたその時には、ミケルセンの姿はなくなっていた。周りに沢山のプレイヤーが行き交っている、いつものどおりの広場がそこにあるだけだった。

 

 

 

(フェイタル・バレット 05に続く)

 




――用語解説――


スクワッド・ジャム
 SAOAGGOで登場した大会。チーム制BoB。
 二人から六人編成のチーム編成で、サバイバル戦を行う。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。