キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:死を運ぶ銃

          □□□

 

 

「《スクワッド・ジャム》で戦えって?」

 

 

 クレハからの依頼にキリトは目を見開くしかなかった。そんな事を言い出した張本人であるクレハは素直に(うなづ)く。

 

 

「そうです。キリトさんとシノンとリランで、あたし達と戦ってほしいんです」

 

 

 クレハは強い光を蓄えた瞳をしていた。

 

 彼女は本気だ。本気で自分達と戦いたいと思っているらしい。勿論キリトにはその理由や事情を掴む事はできない。どうしてチームメイトであるクレハとアルトリウスの二人と、《スクワッド・ジャム》で戦わねばならないのだ。

 

 そもそも二人に同行を頼もうと思っていたところだったというのに。

 

 

「待ってくれ。どうしてそんな事言ってるんだ。なんでクレハは俺達と戦いたいんだ」

 

「前から思ってたんです。キリトさんとシノンは《GGO》で指折りに入るくらいの実力者。そんな二人と戦えば、あたしもそれくらいになれるんじゃないか、キリトさんくらいの強さを手に入れられるんじゃないかって。だから、こうして頼んでるんです」

 

 

 キリトはもう一度驚かされた。後ろでシノンとリランも驚いているのがわかった。クレハはシノンとほとんど同じような事を言っている。強くなりたいという目的のために《スクワッド・ジャム》に出て、そして自分達と戦いたい。まさかそんな頼みがクレハから飛んでくるとは思っていなかった。

 

 

「あんたにもそんな目標があったの」

 

 

 シノンの(つぶや)きにクレハが応じる。

 

 

「はい。最初からずっと思ってたんですよ。本当に強い人達を倒せるくらいにまで強くなりたいって……できれば、そんな人達と一緒に居て、その強さをもらっていきたい、一緒に強くなっていきたいって、あたしはずっと思ってたんです」

 

 

 キリトは思わず「そうだったのか」と言った。確かにクレハからは時折強さを求めているかのような、それこそシノンのような雰囲気を感じられる事があった。

 

 それについて話してみたところ、「それは《GGO》のプレイヤーならば当たり前のものだ」とイリスやシュピーゲルから言われたので、《GGO》プレイヤーはそういうものだと思っていたが、実際のところクレハの事情は異なっていた。

 

 彼女の求める強さは《GGO》プレイヤー達が求めるようなものではなく、過去の弱い自分を乗り越えようとしているかのような、もっと高次元に位置する、崇高(すうこう)なものだと言えるものだったのだ。

 

 そういう事を想っているのはシノンだけかなと思っていたところだったから、クレハもまたそうだったというのには、やはり驚くほかない。

 

 そこでキリトはアルトリウスの方へ顔を向けた。クレハがこういっているという事は、付き添っているアルトリウスもそうなのだろうか。アルトリウスも強さを求めている部分はあったし、そのための努力を(おこた)らない、真っ直ぐな人物であるというのもこれまでの交流から確認できている。

 

 やはりアルトリウスも――しかしキリトの予想に反して、アルトリウスは少し戸惑っているような表情を浮かべていた。

 

 

「アーサーもそうなのか。強くなるために俺達と戦うのか」

 

 

 アルトリウスはびっくりしたような反応をした。

 

 

「えっと……俺は、その……」

 

「ええ、そうですよ。あたしとアーサーの二人で、キリトさんとシノンとリランのトリオと戦います」

 

 

 クレハはアルトリウスの言葉を遮ってきた。どうやらアルトリウスはあまり乗り気ではないらしいのだが、クレハがかなり強く出ているので、従うしかなくなっているらしい。

 

 アルトリウスの意志は無視されているようなものなので、アルトリウスの意見も今一度聞いてみたらどうか。そう言いたいところだったが、クレハの剣幕はそんな事を言ったところで聞き入れてくれるようなものではないとわかるものだった。

 

 そして彼女の頼みであるが、別に不可能なものではない。クレハとアルトリウスのコンビに《スクワッド・ジャム》で戦うというのは悪い話ではない。(むし)ろやってみたいと思えるようなものですらある。

 

 だが、それは《スクワッド・ジャム》の状況が普通だった場合のみだ。今は《スクワッド・ジャム》の中に脅威と呼べる存在が現れている状況下であり、《スクワッド・ジャム》のみならず、《GGO》における大会は全て危険なものと化している。

 

 恐らく、その事をクレハは知らないのだろう。やはりアレの事はしっかり話さないといけないようだ。

 

 

「クレハ、君の気持ちはわかったよ。俺達と《スクワッド・ジャム》で戦いたいっていうのも、よくわかった」

 

 

 クレハは素直に頷いてきた。そう伝えたんだから、当たり前とでも思っていそうだ。なんだかこれまでの彼女と比べて刺々(とげとげ)しい雰囲気が出ているという事に、キリトは今更気付いていた。

 

 

「戦ってくれますよね、キリトさん」

 

「あぁ、そうしたい。けれどな、今《スクワッド・ジャム》は危険な大会になっているんだよ」

 

 

 そこでクレハがきょとんとしたような顔になった。刺々しい雰囲気がいとも容易く消えて、本来の彼女に戻った。その横でアルトリウスも同じような顔になっている。

 

 

「危険な大会って、どういう事だ」

 

「詳しい話は皆が揃ってからする」

 

 

 キリトはそう言ってから、まだログインしていない仲間達全員を宛先にして、メッセージの作成を始めた。

 

 作成が完了し、送信してから一時間ほど経過したところで、《エクスカリバー》のメンバーの全員がキリトのホームへとやってきてくれた。ログイン時に《メッセージがあります》という通知を受け、それがキリトからのものであったのを確認して、ここに来てくれたようだった。

 

 

「皆、急に呼び出す事になってすまない」

 

「そうだよ。急にどうしたっていうの、キリト。何かものすごく強いエネミーでも相手にするの」

 

 

 フィリアに問われたキリトはそちらに向く。フィリアを含め、ほぼ全員が同じような事を言いたそうな顔をしていた。強いエネミーを相手にするというのは間違っていないが、ただのエネミーではないだろう。

 

 そのエネミーのせいで起きている出来事をキリトは切り出す。

 

 

「あぁ、ちょっとっていうか、凶悪なエネミーを相手にしなきゃいけなくなった」

 

 

 リーファが軽く首を傾げる。

 

 

「そんなにヤバいのが出てきたの。でも、そんなのいたっけ? あたし達、最近出てきた強いボスエネミーはほとんど倒しちゃったよね」

 

「正確に言うとエネミーじゃないんだよ。本当にヤバい奴だ」

 

 

 そこまで言ったところで、リズベットが声を掛けてきた。明らかに疑っているような顔に変わっていた。

 

 

「キリト、さてはあんた、またトラブルに顔突っ込んだでしょ。しゃきしゃき吐きなさいよ、洗いざらい全部ね!」

 

「あはは、全部バレてるか」

 

 

 思わずキリトが苦笑いすると、プレミアとティアの隣に紛れるようにしていたイリスがこちらに向かってきた。

 

 

「そのトラブルは私が頼んだ事なんだよ。これは前代未聞のヤバい事態でね」

 

「えぇっ。イリス先生がキリトさんに?」

 

 

 驚くシリカにイリスは頷く。

 

 

「あぁそうさ。ここからは私自らが話すとしよう」

 

 

 そう言ってイリスは、キリトが話そうと思っていた事を全て話してくれた。《死銃》というプレイヤーが存在していて、そいつに撃たれたプレイヤーがくも膜下出血を起こして死んでいる事、これはれっきとした連続殺人事件であるという事を。当然のように皆はその話を驚きながら聞いていた。

 

 そんな話を続けたイリスが一呼吸を挟むと、そこにバザルト・ジョーが首を突っ込むように言ってきた。

 

 

「おいおいおい! 《GGO》で殺人事件だぁ!? そんな事がついに起きちまったっていうのか!?」

 

「それは本当なのか。ゲーム中の不幸な死という事じゃないのか?」

 

 

 ディアベルが口にした疑問に皆が頷く。確かに未だに《死銃》が発砲した事によりプレイヤーがくも膜下出血を起こして死亡したという話は予想の範囲を脱していない。

 

 《死銃》が発砲したのと丁度一致するタイミングで偶然くも膜下出血になってしまって死亡したという説も捨てきれるわけではないのだが――その頻度がそれを否定していた。

 

 そこでキリトは最新の事件の話を皆にする。

 

 

「この前、《薄塩たらこ》っていうプレイヤーが《Mスト》に出てたのは見たか」

 

「あぁ。《GGO》で難しいクエストをクリアしたって事で《今週の勝ち組さん》に呼ばれてた人の名前がそんなだったな。でもその人って確か、途中で頭痛がひでえって言ってログアウトしちまったんだろ」

 

 

 クラインの経緯説明にキリトは頷く。

 

 

「実のところ、その《薄塩たらこ》はくも膜下出血になって亡くなっていた。しかもそれを起こしたタイミングで、《死銃》は別なところで《薄塩たらこ》に向かって発砲していたんだよ」

 

 

 「なんだって!?」という驚きの声が皆から上がる。やはりというべきか、ここで《薄塩たらこ》の病死が偶然の出来事ではないという事がわかってしまうようだ。

 

 

「そんなの偶然じゃないかしら……アミュスフィアには人を殺すような力はないのよ」

 

 

 ツェリスカが言っている事も事実だ。アミュスフィアはナーヴギアのような殺人を犯せるだけの力を出す事はできない。そのはずなのに、《死銃》はアミュスフィアを装着していたプレイヤーを殺していると思われるのだから、わけがわからなくなってきそうである。

 

 そんなツェリスカの横で、ホロキーボードを操作していたユピテルが挙手するように発言してきた。

 

 

「いいえツェリスカ、偶然ではないようです。たった今調べてみたところ、確かに《死銃》と呼ばれているプレイヤーは存在しています。そしてこの人は、とても不審な行動をするプレイヤーとして知られているようです」

 

「本当なの、ユピテル君」

 

 

 ツェリスカの問いかけにユピテルは素直に頷く。

 

 リラン、ユピテルが該当する《MHHP》、ユイ、ストレア、ヴァンが該当する《MHCP》を中心とした《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》の最大の特徴と言えば嘘を吐く事ができないという事。つまりその言葉は基本的には真実であり、事実なのだ。その事をキリトは彼女達との交流によって再三理解してきている。

 

 そのユピテルは更にキーボードを操作し、報告をしてきた。

 

 

「《GGO》で優秀な成績を残した人を見ていて、ある時突然銃を取り出して発砲し、死の宣告をする死神を気取る愚か者。その行動があまりにも痛いので《死銃(デス・ガン)》と呼ばれている――というのがネットでの《死銃》に対する評判のようです。実際に多くの人が《死銃》に対してそんなふうに思っているようですが……」

 

 

 ユピテルの表情が曇った。

 

 

「しかしアイリとキリトにいちゃんの言った通り、《死銃》に撃たれているのは全て《GGO》の大会で優勝するような人達で、その人達は全員くも膜下出血になって亡くなっています。数こそ少ないですが、《死銃》に目を付けられたプレイヤーは本当に死亡すると考えている人もいるようですね……あまり考えたくないですけど……」

 

 

 ユピテルもまたリラン達同様にデスゲームを見て崩壊してきたという記憶がある。それによってVRMMOをやっている中で死亡したプレイヤーの話を何よりも嫌っている。本当はこんな話など絶対に聞きたくないし、聞くだけでかなりの負担となるのだろうが、それでもしないといけない。

 

 そんなユピテルにアスナが声を掛ける。

 

 

「ユピテル、無理しちゃ駄目だよ。あなた達はこういう話には……」

 

 

 心配する母親に息子は首を横に振った。

 

 

「いいえかあさん。ぼくは大丈夫です。確かに辛いですけど、向き合わないわけにはいきません。だから心配しないでください。

 ……話を続けます。その《死銃》ですが、プレイヤーネームは明らかになっていないようです。どうにも厳重なプライバシー設定をしているようで、名前は絶対に明かさないようにしているみたいですね。容姿の情報もあります。あ、使用している武器についての情報もありますね――」

 

 

 途中まで真剣な表情でウインドウを操作していたユピテルの顔が突然停止した。「あ……」という小さな声が漏れると、徐々に蒼褪めているような表情になっていく。見てはならないものを見てしまったかのような様子だ。

 

 弟の異変に気付き、驚いた姉のリランが声掛けする。

 

 

「おい、どうしたユピテル」

 

「あの……これ、は……」

 

 

 ユピテルの対応は戸惑い切って動けなくなっているようなものだった。一体何を見てしまったというのか。気にしたその時に真っ先に行動を起こしていたのはイツキだった。ユピテル同様にウインドウとホロキーボードを操作している。

 

 

「《死銃》の容姿……確かにあるね。これはギリースーツかな。それを着込んで骸骨のマスクで顔を覆っている。よく鍛えられた身体つきで、クライン君くらいの身長。武器は……これだね」

 

 

 イツキはそう言ってウインドウを最大化し、周りの皆が見れるようにした。そこでユピテルがびっくりしたような反応をし、

 

 

「――駄目ッ!」

 

 

 と叫んだが、それよりも先にイツキのウインドウが表示されてきた。

 

 その中に映っていたものを目にして、キリトは凍り付いた。ホロキーボードと同様の質感のウインドウの中に表示されているのは一丁の拳銃。見た目は《トカレフTT-33》という名の自動式拳銃とほとんど変わりがないが、グリップ部分が黒く、星のマークが刻まれている。

 

 曰く《トカレフTT-33》の粗悪品、コピー品であるとされる《54式拳銃黒星(ヘイシン)》。他のプレイヤー達にとってはどうという事はないが、自分達にとってはこれ以上なく忌々しい存在。

 

 その姿を目の中に入れたキリトは背筋に悪寒を走らせて、リランとイリスはそれぞれ「なッ……」と言い、ユイとユピテルが「ああッ」と喉からか細い声を出していた。

 

 そしてキリトはほぼ一瞬でこの銃を見せてはいけない人のところへ向き直る。それはシノンに他ならなかった。彼女は目をかなり見開き、ウインドウの中に表示されているモノを見ていた。既に顔が蒼褪めており、身体が震えているのが見えた。

 

 

「え……なんで……この銃……なんで、なんで……あ゛……」

 

 

 シノンの呼吸がひどく不規則なものとなる。息が詰まっているかのような、溺れようとしているかのようだ。陸の上に居ながら、彼女は溺れてしまいそうになっている。

 

 キリトは身体の奥から熱さと冷たさが同時にせり上がってくるような錯覚を感じた。それは喉に迫ってきて、声となって出る。

 

 

「「詩乃ッ!!」」

 

 

 キリトとイリスの声がほぼ重なったが、その次の瞬間にシノンの背後に人影が現れた。人影の手がシノンの(うなじ)に伸びると、シノンの身体が一瞬電気に撃たれたようにびくつき、その膝が折られる。

 

 人影の正体はユピテルだった。彼は目にも止まらぬ速さでシノンの背後に回り込み、その手をシノンの項に当てていたのだった。

 

 

「ユピテル……!」

 

 

 アスナが呼びかけてもユピテルは応じなかった。じっと掌をシノンの項に当て続けている。そしてその口が開かれた。

 

 

「シノンねえちゃん、ゆっくり息をしてください。目を閉じないで、吸って、吐いてを繰り返してください」

 

 

 冷静な声色と口調でユピテルは告げた。まるで救急隊員、もしくは急患を相手にしている医師のような指示を受け取ったであろうシノンは、ゆっくりと呼吸をし始める。深く吸って深く吐くを繰り返していく。

 

 ほぼ同刻にイリスがシノンの許へ駆け付け、片膝を付いて、腰を降ろしているシノンと目の高さを同じにした。キリトもそれに続いてシノンの許へ向かい、その肩に手を乗せる。シノンの身体はやはり震えていた。

 

 

「そうよ、詩乃。ゆっくり息を吸って、吐いて。何も考えないで、ただ息を吸って吐くだけでいいの」

 

「はっ、はぁっ、はぁ、はあ、あっ、はあっ、はあ……はあ、はあ……はあ……はあ……」

 

「ユピテルも力を使っているから、いつもよりいいはずよ……そうよ、大丈夫……大丈夫よ……」

 

 

 イリスが優しげな声をかけると、徐々にシノンの呼吸がゆっくりになってきた。震えも弱くなり、やがて全く震えが感じられなくなる。イリスの支えもあるのだろうが、ユピテルの《治療》が一番効いたのだろう。

 

 この場にユピテル――女性を癒す事を専門とした使命と力を持った彼が居てくれた事を、キリトは何よりも感謝したい気持ちになっていた。

 

 

「シノンさん、どうしたんですか。大丈夫ですか」

 

「顔色、すごく悪いよ」

 

 

 キリトの妹であり――本人達は既にそう思っているだけらしい――、シノンから見て義妹でもあるリーファが近くまで寄ってきた。隣にはフィリアもおり、同じように声を掛けている。彼女達だけではなく、シリカとリズベットとユウキもおり、全員が心配そうな表情を浮かべていた。

 

 

「ごめんなさい……なんだか、急に気分が悪くなっちゃって……ただ、ユピテルのおかげで大分(だいぶ)引いたけど……」

 

 

 シノンは少しだけ後ろを振り返ろうとする。ユピテルと顔を合わせようとしているようだが、ユピテルはぐっと手に力を入れたような仕草をした。シノンに動いてはいけない、手を離させてはいけないと警告を送っているらしい。

 

 

「無理しちゃ駄目です、シノンねえちゃん。これまでで一番ってくらいじゃないですけれど、かなり強く来てます。もう少し使わせてください」

 

「でも、ここに居たら迷惑になる……せめて部屋を移させて……」

 

「そうだね。とりあえず隣の部屋で横になった方が良いと思うよ。ボク達も一緒にいるから」

 

 

 シノンの弱々しい頼みにユウキが頷いた。確かにシノンの状態はかなり悪い方に入っているだろう。その証拠にユピテルが長く項に接し、力を使い続けている。好転するには時間がかかりそうだ。

 

 シノンはユピテルに声掛けした。

 

 

「そうする……ユピテル、一旦離れられる……?」

 

「……はい。とりあえずベッドに横になってください。そうしたらもう少し続けます」

 

 

 そう言ってユピテルは一旦シノンの項から手を離した。シノンはゆっくりと立ち上がり、キリトも一緒になって立ち上がる。その時にわかったが、シノンの身体から震えは取れていなかった。まだ駄目だ。

 

 

「シノン」

 

 

 キリトの声にシノンは顔を合わせて応じてきた。やはり顔色が目に見えて悪い。

 

 

「……ごめんなさいキリト、一旦抜けるね……」

 

「それなら俺も一緒に行くよ」

 

 

 シノンは首を横に振ってきた。キリトは少し驚く。

 

 

「あなたは皆に《死銃》の事を伝えて……ただ……終わったら私のところに来て……」

 

 

 キリトは喉を軽く鳴らした。正直なところ《死銃》の話の事など放っておいてシノンの傍に居たいが、そういうわけにはいかない。《死銃》は明確な脅威であり、何らかの手を打たなければならないのだ。

 

 キリトは渋々頷いた。

 

 

「……わかった。すぐに終わらせて、すぐに行くから」

 

 

 シノンは頷きを返してくる。その仕草で「ありがとう」と言っているのがわかった。その後にシノンはユピテル、ユウキ、リーファ、フィリア、シリカ、リズベット、そしてイリスに連れられて隣の部屋へ向かって行った。

 

 その途中でリランがシノンの方に身体を向けつつ、顔をキリトへ向けてきた。

 

 

「我もシノンの傍に居るぞ。《MHHP》が二人いた方が安心な状態だ」

 

「あぁ、頼む」

 

 

 リランは少しだけ顔を下げた。声も小さくなる。

 

 

「シノンが言っていた通り、終わったらすぐに来い。今のシノンには何よりお前が必要だ」

 

「勿論だ。さっさと終わらせて、さっさと行くよ。それまで頼む」

 

 

 キリトの応答にリランは「うむ」と頷いた。そのまま行くかと思いきや、ユイの方に向き直った。

 

 

「ユイ、情報検索を頼んでいいか。できる限り《死銃》の情報を集めてほしいのだが」

 

 

 それまでシノンの方を心配そうに見ていたユイは長姉(ちょうし)と目を合わせ、自分達同様に頷いた。

 

 

「任せてください、おねえさん。ママの事をお願いします」

 

「頼んだ。お前も話が終わったらシノンのところに来るのだぞ」

 

 

 ユイが「はい」と答えると、リランはシノンの向かった部屋へと向かって行った。

 

 急な出来事により、重い沈黙が部屋の中を満たしていた。誰もが何を口にしたらいいのかわからなくなっている。しかし何かを言わなければならない。

 

 どう言うべきか――急に対応がわからなくなったキリトを差し置き、ツェリスカが口を開いた。イツキを(にら)み付けつつ。

 

 

「イツキ、あなた間違いなく余計な事をしたわよ」

 

 

 「いやいや、それは理不尽だよ」と普段は言い出しそうなイツキは、果たして申し訳なさそうな表情をしていた。

 

 

「……うん。今のは僕が余計な事したみたいだね。それは素直に認める。それで、シノン君の事は仲間として心配だけれど、首を突っ込まないでおこう」

 

 

 あまり考えたくない事であるが、今のはイツキが《黒星》の画像を見せつけてきたせいでシノンが不調を起こした。勿論イツキはシノンに《黒星》を見せるべきではないというのを知っていたわけではないので、彼を責めるのは間違っているし、本人に悪気があったわけでもないというのもわかる。

 

 しかしそれでも、キリトはどこかイツキの行為に怒りを感じられてしまっていた。こちらを心配してくれる仲間であるというのがよくわかっているために、怒るべきではないという気持ちと、怒りたいという気持ちが胸の内でぶつかり合って、渦を巻こうとしている。

 

 そんな嫌な渦を巻きそうなキリトの気持ちを、払ってくれたのはバザルト・ジョーの声だった。

 

 

「《54式黒星》……暴力団(ヤクザ)銃じゃねえか。そんなもんを持ってVR殺人をやってるとか、悪意満々じゃねえか」

 

「暴力団銃?」

 

 

 アルトリウスが問いかけると、バザルト・ジョーは答えた。これまで見てきた彼とは思えぬほど険しい顔になっている。

 

 

「日本国内に違法持ち込みされやすい銃の筆頭(ひっとう)だ。《トカレフ》っていうロシアの銃を、中国の方でコピー、量産して、出回りやすくしたものでな。そんでもってそいつはどういうルートを通って来やがるのか、暴力団だとかの反社会組織の武器として採用されやすい。特に暴力団はこればっかり持ってやがるんだよ。

 前に《壊り逃げ男》っていう犯罪者野郎が政治家や大企業、報道機関だとかが反社会組織や破壊工作組織と癒着(ゆちゃく)結託(けったく)をしているって情報を全国放送して、それを(もと)に警察と機動隊がそいつらのところにガサ入れした時、ぞっとするくらいの武器が押収されたが、その中で《黒星》は一番数が多かったんだ。だから《黒星》の事は暴力団銃とか、もしくは銀ダラとか呼ばれるんだよ」

 

 

 バザルト・ジョーの言っている事は全て実際にあった事だ。自分達は《SAO》に囚われて外部の情報を遮断されていたためにわからなかったが、その時この日本社会ではバザルト・ジョーの言ったような事件が立て続けに起こり、大混乱が(もたら)された。

 

 その大混乱を引き起こした犯人が《SAO》にいたというのは、やはり自分達だけが知っている事のようだ。彼にもこの事を話すべきだろうか――そんな事を考えるキリトから、それなりに離れたところにいるエギルが感想を述べるように言った。

 

 

「わざわざ反社会組織とかが使う銃を持って殺人をやってるっていうのかよ、《死銃》は。っていうか、未だに死人が出てるってのが信じられないが……」

 

「って事はなんだ、その《死銃》とかいう奴はテロリストなのかよ? そんな奴が次の大会に出ようとしてるとか、本当にヤバい状況じゃねえかよ。運営に知らせた方がいいだろ、これ」

 

 

 クラインの戸惑った声に皆が同じような反応をし始める。まだ憶測と推測の域を出てはいないのだが、ほぼ確実に人を殺す力を持っているとされる《死銃》なる存在がこの《GGO》で動いている。

 

 こいつを放っておけば、今後多くの人が殺されるかもしれないし、その犠牲者がこの中から出てきてしまうかもしれないのだ。危険性は高いが、いずれは止めねばならない。

 

 その殺人行為の原理を突き止め、彼の存在を討たねばならない。その第一歩として、彼の者が参加する大会に同じように参加し、一緒に戦ってくれる仲間が欲しい。その事をキリトが口にしようとしたその時だった。

 

 

「くっははははははははははははは!!!」

 

 

 突然部屋の中に笑い声が鳴り響いた。けたたましい鳥の鳴き声とも思えるようなその声に皆が驚いて凍り付いたようになる。キリトもその中の一人となっていたが、すぐに視線を発生源に向けられた。

 

 

「暴力団銃使ってる? 人を殺す力持ってる? それでそいつのせいで人が死んでる? 何その状況! 最高なんだけど! 満塁ホームランじゃん!」

 

 

 声の発生源に居たのは黒い長髪をポニーテールにしていて、ぴっちりとした灰色のコンバットスーツに身を包んだ女性。獰猛な狩人の目付きを隠さないそれは、ピトフーイだった。

 

 

「ぴ、ピトさん!?」

 

 

 その周囲にいるレンが驚いたように声掛けする。彼女を含め、ピトフーイの周りの仲間達は完全に驚ききっていた。ピトフーイは仲間達を弾き飛ばすかと思いきや、その間をその磨き抜かれた身体で()って進み、キリトのところへ来た。

 

 しかしそこで彼女は止まらなかった。そのまま早歩きでキリトに突進してくる。思わずキリトは左右のどちらかに逃げようとしたが、ピトフーイは両手を突き出してキリトの背後以外の退路を(ふさ)いでいた。

 

 キリトは絶妙な感覚でピトフーイから後退(あとずさ)りで逃げ、ピトフーイも絶妙な感覚でキリトを追う。そしてキリトが背中を壁にぶつけると、ピトフーイは勢いを乗せてキリトの左右の壁を両手で叩いた。

 

 所謂(いわゆる)壁ドン。

 

 女性がイケメンの男性にされたい――らしい――とされるシチュエーションを何故か女性のピトフーイから受け、キリトは口をぱくぱくさせていた。

 

 

「あ、の……ピトフーイ、さん……!?」

 

 

 キリトのぎこちない呼びかけに、ピトフーイは笑みを浮かべて答えた。目付きが獰猛な狩人ではなく、凶暴な獣に変わっているように感じた。

 

 

「キリト、殺そうよ。その《死銃》とかいう、殺し甲斐(かい)のあるクソッタレを、正義の味方の私達でさ!!」

 

 

 

 


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