キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

49 / 564
紫色(しいろ)の剣光。


02:紫色の剣光 ―来訪者との戦い―

 俺達はびしょ濡れになった装備を着替えて、タオルで身体を拭いた後に、リビングのソファに腰を掛けた。シノンが「身体が温まるものを作るわね」と言って、スープを作り始めた最中、俺達は向かい合うソファに座った。

 

「それで君、何があったか話せるか」

 

 女の子はバスタオルで髪の毛を拭きながら俺の目を見て、答えた。

 

「まずは名前から教えるね。ボクはユウキ。キミ達は?」

 

 女の子の名前を聞いた後に、俺は隣に座っているユイと、肩に乗っているリランを順番に指差した。

 

「俺はキリトだ。それでこっちはユイで、肩に乗ってるのはリランだ」

 

 ユウキは「よろしくねー」とユイとリランに、柔らかい笑顔で言った。雰囲気の良い人だと思った直後に、シノンがスープの入ったカップが3つ乗せられたトレーを持ってきて、俺達の目の前のテーブルに置いた。直後にその一つを手に取って、ユウキに差し出す。

 

「それで、私がシノン。はい、あったかいものどうぞ」

 

「はぁ、あったかいものどうも」

 

 ユウキはシノンからカップを受け取ると、そのまま一気にカップを口元に傾けて、音を立てながらスープを飲んだ。そして物の数秒で呑み帆してしまい、カップを口元から離して、さぞかし安堵したような顔をした。

 

「にゃっはぁ……身体が冷えてたから生き返ったよー」

 

「そりゃよかった」

 

 そう言って、俺もシノンの作ってくれたスープを口に運んだ。黄色くてとろみのあるその性質と匂いからコーンスープである事がわかり、口の中に入れるとほのかな甘みとコーンの独特の穏やかな香りが広がって、水を被って冷えていた身体の中がじんわりと温まった。それはユイも同じだったようで、コーンスープを一気飲みして、安堵したような溜息を吐いた。

 

 直後に、俺達の近くにある、一人だけが座れる大きさのソファにシノンが腰を掛けて、ユウキに声をかけた。

 

「それで、あんたは何があってあんな事になったのよ。転移結晶の不具合か何かに巻き込まれたわけ?」

 

 ユウキは腕組みをして、何かを考えるような仕草をした。

 

「確認しておきたい事があるんだけど、ここってどこ? VRMMOの中だって事はわかるんだけど」

 

「ここはアインクラッドの22層だ」

 

「アインクラッド?」

 

「そうそう。ソードアート・オンラインっていうゲームの中さ」

 

 次の瞬間、ユウキは酷く驚いたような顔になった。

 

「そ、ソードアート・オンライン!? ソードアート・オンラインって、ゲームオーバーになると現実でも死んじゃうっていうあの!?」

 

 その反応からして、俺はユウキがシノンのように2年前のあの時からこの世界にいたわけではないというのがわかった。というよりも、元からこの世界にいたわけではないシノンと話し合った事があるからなのだが。

 

「その反応をしているって事は……君は最初からこの世界にいたわけじゃないんだな」

 

 俺はシノンの方に顔を向けたが、シノンは何も言わずに頷いた。この人は自分と同じであるという意思表示を受け取れた。直後に、ユイが俺に小声で言う。

 

「2年前のログに、ユウキさんという名前はありません。どうやら私達の元に降って来た時に、正式にログインしたようです」

 

「なるほど、シノンと同じって事か……」

 

 俺はユウキの方に向き直った。

 

「じゃあユウキ、どうやってここまで来たのか、またはここに来るまでに何をしていたのかを教えてほしい。そうすれば多分だけど、検討を付けられると思う」

 

 ユウキは頷いた。

 

「ボクはここに来るまで、ALOっていうのをプレイしていたんだ」

 

 ALO? SAOに響きが似ているけれど、何かオンラインゲームの略だろうか。

 

「それってオンラインゲームか?」

 

「うん。アルヴヘイム・オンラインっていうゲームなんだけど……それをプレイしようと思ってアプリケーションを起動して、リンクスタートしたら……前にログアウトした場所じゃなくて、キリトの腕の中に居たんだ。ねぇ、ここがALOじゃなくて、SAOって本当なの?」

 

 ……やはりシノンやイリスと同じだ。この人もまた、ネットワーク世界に伸びていたSAOの手に掴まれて、そのままこの世界に拉致されてきたんだ。――SAOは、やはり人を拉致する力を持つゲームだったんだ。

 

 ゲームに人を閉じ込めておいて、しかも人を誘拐する機能まで搭載しているなんて、茅場晶彦はなんてものを作ったんだと、心の中に強い怒りが湧いてくる。

 

「本当だ。この世界の名はソードアート・オンライン、場所の名前はアインクラッド。死亡したプレイヤーを現実でも殺す悪魔のゲームであり……VR世界に行くためにネットに接続している人を無条件で拉致する力を持つ、世界だ」

 

「ね、ネットの世界の人を浚う……? そんな事が本当にあるの?」

 

「そうだ。現に君はALOというゲームをプレイしようとダイブしたのに、SAOの中に落ちてきてしまった。君は、ネット世界に伸びていたSAOの魔の手に掴まって、そのまま拉致されてきたんだよ」

 

 ユウキの表情が恐ろしいものを見たようなものに変わる。

 

「そんな事があり得るなんて……じゃあ、ボクはこの世界でHPがゼロになったら、現実でも死んじゃうの?」

 

「そういう事になる。すごくショックな事だとは思うけれど、この世界に連れて来られてしまった以上、この世界のルールが適用されてしまうんだ」

 

 ユウキは俯いた。ALOはきっとSAOのように人を殺す力は持たないゲームで、気軽に遊ぶ事の出来る代物なのだろう。そんな平凡でストレスフリーなゲームをするためにダイブしてみたら、ニュースで話題になっている悪魔のゲームの中に来ていたなんて聞いたら、そりゃ絶望したくなるし、下手すれば狂気に陥ってしまうかもしれない。

 

「大丈夫か、ユウキ」

 

 そう言ってユウキの肩に触れた瞬間、ユウキは顔を上げた。

 

「ねぇキリト、ここって外部に連絡する事は出来ないの。ボク、ALOで大事な人と遊ぶ約束をしてて、ダイブしたんだけど、きっとその人、ボクが来なくて吃驚(びっくり)してると思うんだ。だから、あの人にメールしないと……」

 

 ユイが首を横に振った。

 

「残念ですが、この世界は完全に外部のネットとは隔離されていますので、外部の人に連絡をする事は出来ません。もし連絡がしたいのであれば、早急にこの世界を終わらせて、脱出を図るしか……」

 

 ユウキが何かに気付いたような顔をした。

 

「そういえばネットのニュースで見たよ。SAOに閉じ込められてしまった人は、ゲームをクリアすれば脱出する事が出来るって。キミ達は本当にそういう事をしてるの」

 

「あぁしてる。今のところ、60層まで攻略は進んでいるんだが……100層までは相当距離があるし、ゲームも難しくなる一方だ。100層到達まではかなり時間がかかると言ってもいいだろう」

 

 ユウキは顔を下に向けた後に、すぐに顔を上げた。

 

「それ、ボクも協力していいかな」

 

 突然すぎるユウキの言葉に、俺達は驚いた。

 

「ほ、本当なのかユウキ。これは君のやっていたゲームじゃなくて、プレイヤーを殺す悪魔のゲーム、やられれば死ぬゲームなんだぞ。遊び感覚でやっていいものじゃない」

 

 ユウキは俺に顔を向けた。真剣なまなざしが浮かべられていた。

 

「ボク、ゲームは遊び感覚でやってないよ。ALOでも、他のゲームでも。しかもこの世界は人を殺しちゃうゲームなんでしょう。そんなの、早く終わらせなきゃいけないって、思う。ゲームが人を殺していいわけがないよ」

 

 確かに、ユウキの言っている事は何も間違っていない。元々ゲームは人を閉じ込める物でも、ましてや殺すものでもない。この世界は世界として生きてはいるけれど、ゲームであり、人を殺してしまう魔の世界である事に変わりはない。

 

 この世界を終わらせなければならないというのは、何一つ間違っていないし、攻略を進める全てのプレイヤーの心の中に灯っているただ一つの光だ。

 

「それにボク、強さには結構自身があるんだ。この世界がモンスターを相手に戦うゲームなら、負ける気がしないよ」

 

 ユウキが落ちて来た時に、腰に剣を下げていた事から、剣士なのだろうなと思っていたけれど、そこまで良質な剣じゃなかったから、あまり強いところにいる剣士じゃないとは思っていた。

 

「それって本当なのか。君はどれくらいに強いんだ」

 

「ALOで<絶剣>って呼ばれるくらい。なんなら、デュエルして確かめてみる?」

 

 ユウキが得意気に笑ったが、圏内ならば戦ってもHPは減らないから、相手の実力を確かめる事が出来る。見たところユウキは攻略組になりたいように思えるので、丁度いいだろう。ユウキの眼差しは本物だったが、それに実力が伴っていなければ、最前線で戦ったりするのは危険極まりない。

 

「おっけー。それなら一旦街の広いところに行こう。そこで実力を確かめさせてもらう。遊び感覚でゲームをやってない、絶剣とやら」

 

「いいよ。その代わり、ボクが勝ったら――」

 

「えっ、何か賭けるのか」

 

「何か賭けないと面白くないでしょ? ボクが勝ったら」

 

 ユウキは俺を指差した。そして真剣な表情を顔に浮かべたまま、口を開いた。

 

「この世界の街で一番おいしいお店のご飯奢って!」

 

 ユウキの言葉に、俺、シノン、リランはその場にひっくり返りそうになった。あんな真剣な表情をするものだからアイテム全部寄越せとか、所持金全部寄越せとか言って来ると思ったのに、この世界の街で一番味のいい店のご飯を奢れと言って来るとは思ってもみなかった。というか、随分賭ける物軽いな、おい。

 

「なんだそんなものかよ」

 

「全然そんなものじゃないよ! VRの中でも、ご飯ってすっごく大事な要素でしょ。ボク、負けたら死ぬ世界に来ちゃったけれど、ここのご飯に興味が無いわけじゃないもん」

 

 ユウキの言う通りだ。負ければ死ぬのは現実と変わらないが、ここには現実にはない料理も沢山あるし、現実と比べれば格安で洋食などを食べる事が出来る。ユウキがご飯を奢れって言ってくるのも、何だかわかるような気がする。

 

「わかったよ。じゃあ俺が君に勝ったら……君の事を少しだけ教えてくれるかな、ユウキ」

 

 ユウキはきょとんとして、俺の目を見つめた。

 

「ぼ、ボクの事が知りたいの」

 

「うん。君は来て早々、俺達の仲間になる宣言をしたようなものだからな。仲間の事は少しでも詳しく知っておいた方がいい。君がメールしなきゃって言った相手も、そんな感じだろう。違う?」

 

 ユウキは軽く下を向いて、首を横に振った。

 

「違わない」

 

「それじゃあ、それで決まりだ。俺が勝ったら、君は俺に少しくらい、話をする。俺も一緒になって、自分事を話すから」

 

 先程の機嫌良さそうな様子はどこに行ってしまったやら、ユウキはどこかぎこちなく頷いた。直後、シノンが傍まで来て、小声で話しかけてきた。

 

「だ、大丈夫なのキリト」

 

「あぁ大丈夫。ユウキは悪い奴じゃないし、君やリラン、ディアベルやクラインみたいに、真剣に俺達に協力するっていう顔をしてた。ユウキは、大丈夫な人だよ。もしユウキが悪人だったら、リランが警戒して、襲い掛かってるかもしれないけれど、リランはそんなふうじゃないだろ」

 

「ならいいんだけど……あの()、結構華奢に見えるけれど、本当に大丈夫なのかしら」

 

 心の中で、君も華奢だろと思ってしまう。でもシノンだってこんなに華奢な身体をしていながら短剣を振るったり、常人では使うのが難しそうな弓を平然と使いこなしているから、あのユウキだって同じ感じだろう。

 

「まぁデュエルしてみればわかる事だ。でもユウキは本当に強いかもしれないよ。なんていうか、アスナに似てる」

 

「アスナに?」

 

「うん。アスナだって、あの見た目からは想像つかないくらいに強いじゃないか。多分だけど、ユウキも同じクチだと思うんだ。だから彼女の強さはきっと信頼できるものだと思う」

 

「そうだといいんだけど……」

 

 その目でユウキの方に視線を向けてみれば、そこには如何にも戦いたがっているかのように、目を輝かせているユウキの姿があった。その姿に、バトルする事が好きな俺の姿が一致したような気がした。

 

「さてとユウキ。それじゃあ村の方に行ってデュエルするけれど、それでいいな?」

 

「いいよいいよ。ルールはどうする?」

 

 この世界のデュエルには本当に相手が死ぬまで戦い合う完全決着モード、どちらかのHPが半分になった時点で終了する半減決着モード、最初の一撃がヒットした方が勝ちになるが、どちらも初撃が当たらなかった場合はHPが半分にさせた方が勝ちになる初撃決着モードの3つがあるが、この中で最も安全なのは初撃決着モードだ。

 

 いくらレベルが開いていたとしても、初撃決着ならば、HPが「半分になった時点で判定が終わり、勝負が決着するようになっている」から、HPが消し飛んで死亡するなんて事はない。その他では、技や攻撃の威力が高すぎると、本当にHPが消し飛んで死亡してしまう事があるので危険極まりない。

 

「初撃決着モードっていうのをやろう。これなら、最初に攻撃を当てた方が勝ちになるけれど、もしどっちも攻撃を外したなら、HPを削り合って、HPが半分になった時点で攻撃判定が消えて、相手のHPを半分にした方が勝ちになるんだ。これがいいだろ?」

 

「いいね、それでいこう。それならHPが無くなるなんて事もないもんね」

 

「わかってるじゃないか。よし、そうと決まったら出かけよう」

 

 俺は立ち上がると、うきうきしているユウキ、どこか心配そうな顔をしているシノン、ユウキの事が腑に落ちないような顔をしているユイとリランを連れて、22層のフィールドに出た。多分ALOとは違う世界が広がっているせいか、ユウキは22層のフィールドも輝いた目で見つめて、風景を楽しんでいるように見えた。

 

 ユウキはゲームを遊び感覚でプレイしていないと言っていたけれど、楽しんでいないわけじゃない。いや、もしかしたらユウキはデスゲームではないALOを、現実世界とは違う世界として認識して、受け止めているのかもしれない。それこそ、茅場晶彦の作り出したデスゲームであるこの世界を、もう一つの世界として認識している俺達のように。

 

 ユウキが本当にそんな人ならば、きっと俺達と気が合うかもしれない。――本当の仲間が増えたような気がして、心が弾んだ。

 

 そんな事を考えていると、すぐさま22層の安全圏内である街……規模的には村に等しい場所に辿り着き、建物や道行く人達の間を抜けながら、人の少ない広場へと赴いた。

 

 辿り着いた場所で、周囲を見回したところ、あるのは街路樹と数軒の建物、強いて言えば井戸のようなオブジェクトがあるだけで、デュエルが出来るくらいの十分な広さがあった。この辺ならばデュエルを初めても、人を巻き込んだりする事はないから大丈夫だろう。

 

「さてと、この辺なら大丈夫そうだな。やるか、ユウキ」

 

「おっけー! それで、デュエルってどうやったら始まるようになってるの?」

 

 俺は咄嗟にメニューウインドウを開いて、デュエルの項目を呼び出して、初撃決着モードを選択し、ユウキに送信した。直後、ユウキは手慣れた仕草でメニューウインドウを開いて、その中身に視線を向けた。多分だけど、あの中にはデュエルを承諾しますかという文章と、それを承諾するか否かを決めるためのYesボタン、Noボタンが浮かんでいるだろう。

 

「今デュエル申請を送った。君がYesを選択すればデュエルが始まるけれど、大丈夫なのか」

 

「全然問題ないよ。寧ろ早く始めちゃって!」

 

 その前に、一応確認しておかなければならない。初撃決着ルールの下では、攻撃を続けてHPが半分に達したところで、攻撃判定及びHP現象判定が消滅して、HPが消し飛んでしまうなんて事はないのだけれど、万が一あまりにも威力の高い攻撃を繰り出して、それを受けてしまった場合、HPが消し飛んでしまって、そのまま現実でも死亡してしまう可能性が無いとは言い切れない。あまりに強い技は繰り出さないように言っておかないと。

 

「その前にユウキ、一つ言っておきたい事があるんだけど、あまり強力な技は出すんじゃないぞ」

 

「えっ、なんで」

 

「このゲームではさっきも言ったように、HPが消し飛んだりするような事があったら即死するようになってるんだ。この世界でも現実世界でもな。だからあまりに威力の高い技を出してしまうと、オーバーダメージのようなものが起きて、そのままHPがゼロになってしまうかもしれないんだ。そうなったらどっちもヤバい事になるから、なるべく威力の高い技を出すのは控えてくれ。勿論、俺もそうするからさ」

 

「わかった。そういう事なら、ちゃんと守るよ」

 

 物わかりのいい娘だ、そう思った時に、ユウキは慣れた手つきでウインドウを操作し、Yesボタンをクリックして見せた。次の瞬間、カウントダウンの音が耳元で鳴り響き、俺達は相互に武器を構えた。流石にユウキはモンスターじゃないし、強敵でもなさそうだから、二刀流は控えて、片手剣のみで戦おう。

 

 そして、カウントダウンが終了し、デュエル開始の音が互いの耳の中に鳴り響いた瞬間、俺は地面を蹴り上げてユウキに突っ込んだ。

 

 沈み込みながら、空を滑空するドラゴンの如く地面を蹴りつつ走り、ユウキの目の前に辿り着いたところで、思い切り身体を捻って右側からユウキに剣を叩き付ける。

 

 次の瞬間、ユウキがその手に持っていた剣を突き出してきて、俺の剣と衝突。火花のエフェクトが散って、二人の顔が赤く照らされる。なるほど、ユウキは俺の速度に着いてこられるほどの反応速度を持っているようだ。この時点で、ユウキの腕がそれなりに高い事を理解する。だけど、勝負はまだ始まったばかりだ。

 

 一気に身体を翻して、再度ユウキに迫りつつ瞬間的に左手に剣を持ち替えて、今度は左側から攻撃を仕掛けるが、ユウキはその動きを読んでいたかのように口元に強気な笑みを浮かべて、もう一度剣を打ちつけて、俺の剣を弾き返してきた。

 

 一瞬手元から外れた剣を、右手でフレーム単位の速度で掴み取り、ユウキの方へ顔を向けてみれば、すぐそこにユウキの顔があって、ぎょっとしてしまった。まさかフレーム単位の時間で動ける俺について来れると言うのか。このユウキ、やはりただものじゃない。

 

 そんな事をほんの少し考えた刹那に、俺の顔目掛けてユウキの刃先が飛んできていた。瞬時に海老反りの姿勢になってユウキの剣先を目の前に捕えて、格闘ゲームなどで知られるサマーソルトの要領でユウキの腕を蹴り飛ばし、ユウキの姿勢を崩させたところで、そのまま宙返りして姿勢を直し、地面を蹴り上げて、今度は横方向からユウキの腹に目掛けて、剣を振るった。

 

 今度こそユウキに攻撃がヒットする――そう思った刹那にユウキは姿勢を戻して腹の付近に剣を突き立て、俺の剣を防いで見せた。

 

 剣と剣が再度ぶつかり合い、再び火花が散って二人の身体が照らされる。その時のユウキの力が思ったよりも強くて、剣の受けた衝撃が刃、柄を伝って俺の手に流れ込んで来て、痺れにも似た感覚が右手に走った。

 

 多分、ユウキも同じような衝撃を感じているのだろうけれど、ユウキは表情一つ変えていないで、身体を翻し、剣に紫色の光を纏わせて、目に見えないような速度で俺の身体に剣を打ちつけた。

 

 

 初撃は両方とも失敗しているので、HPが半分になるまで戦いは続く。そして今、俺のHPが若干減少し、未だにHPが全快になっているユウキとの間に差が生じた。

 

 まさか初撃を与えられるなんて。今まで俺とデュエルしてきた奴が言うからには、俺が戦っている時の剣幕は凄いらしく、それに気圧されて隙を晒し、そのまま負けてしまうそうだが、ユウキは全くと言っていいほど気圧されずに、俺と互角の戦いを繰り広げている。

 

 いや、本当に互角なのか、どっちが上でどっちが下なのかもわからないような状態だ。だけどそんな事はどうだっていいと俺は感じていた。何故なら、こんなに楽しいバトルをしたのは久しぶりだからだ。ユウキとの戦い、滅茶苦茶楽しい!

 

「どぉらぁッ!!」

 

 ユウキの攻撃を受けてよろけた身体に重みを取り戻し、力強く着地した後に、地面を破る勢いで蹴り上げてユウキに急接近し、そのまま速度に身を任せてユウキに剣を叩き付けた。

 

 ユウキは流石にこれを読む事は出来なかったみたいで、剣を構えてもう一度弾こうとしてきたが、俺の剣は雷光の如く、ユウキの身体に直撃。ようやく、絶剣と呼ばれし少女の身体に傷を負わせ、HPを削る事が出来たのが確認できた。が、この戦いはHPが半分になるまで続くのだ、これで終わりではないッ。

 

 俺と同じことを考えていたのか、ユウキは目つきを鋭くしながら体勢を反転、再度剣に光を宿らせて叩き付けて来たところを、俺も同じように剣に光を纏わせて叩き付ける。

 

 爆発音にも似た大きな音と、衝撃波が発せられて辺りに分厚い土煙が発生、二人が身体を離すと同時に互いの姿が見えなくなったが、この一瞬でユウキが大して移動をしていないのを俺は瞬時に理解し、土煙の中に飛び込んで引き裂きながら突き進むと、すぐさまユウキの姿を確認できて、今度は剣を光らせないで真上から斬り付けた。

 

 ユウキは咄嗟に顔を上げて俺の姿を捉えて、剣を振り上げて応戦、火花のエフェクトが見えた瞬間に俺はユウキの剣に一瞬着地してそのまま宙返り、もう一度ユウキの真上から剣を叩き付けた。

 

 今のは、ボス戦ではない時にリランと一緒に戦った際に行う、リランとの空中戦の応用のようなものだ。リランの背中を蹴ってジャンプして敵を切り抜け、俺の行先に飛んできてはいるけれど猛スピードで移動していくリランの背中をフレーム単位の時間で蹴り上げてもう一度空中へ飛び立つ――まさかこんな事に応用が利くとは思ってみなかった。

 

 そして俺の行動がまた読めなかったのか、ユウキは体勢を崩して大きな隙を作り出している。しかし恐ろしい反応速度を持つユウキの事だ、こんなのはコンマ一秒にも満たない時間で建て直してしまう事だろう。その前に叩き込むんだ!

 

「せああッ!!」

 

 ユウキの頭への一撃が炸裂しようとした瞬間に、俺の思惑通りユウキは体勢を立て直し、身体を右方向に逸らした。剣の先はユウキの頭ではなく肩を掠り、HPをわずかに減らしただけだったが、俺は地面に着地した瞬間にユウキに向かって滑空するかのごとく突撃する。

 

 ユウキは俺に狙いを定めたまま一切目を動かさずに、突き攻撃を次々と放ってきたが、その全てを回避する。そしてユウキの懐に飛び込んで、一気に連続で剣を何度も叩き付け、突き立てる。

 

 ソードスキルを使えばもっと威力と速度を高める事が出来るが、ソードスキルの発動後は隙を晒してしまうので、使わない。そして最後の一発をユウキにぶつけようとした次の瞬間、やられっぱなしだったユウキはいきなり身体をぐるりと回して俺の剣を弾き飛ばして、攻撃に転じてきた。一体何が来るのか、ただの攻撃が来るのか、それともソードスキルが来るのか、頭の中がショートしそうな勢いで回転する。

 

 もしただの攻撃だったならば防ぎきってパリィし、攻撃に転じる事が出来るけれど、もしソードスキルだったならば流石に防ぎようがない。

 

 ユウキの攻撃速度も攻撃力も、これまで見てきたどのプレイヤーよりも高出力で威力がけた違いだ。もしそんなものを受けてしまえば、このHPは瞬く間に半分になり、デュエルの決着が付いてしまうだろう――。

 

(待てよ?)

 

 この妙な高出力と反応速度、戦闘ポテンシャルはどこかで見た事があるような気がする。まるで同じナーヴギアでプレイしておらず、何かしらの特殊なハードを使っているような感じ。俺のすぐ近くにいる人によく似ている……この感じはまさか……シノン? シノンが使っているハードは確か……。

 

「はあああああああああああッ!!!」

 

 ユウキの咆哮で俺は意識を取り戻して目の前に視線を戻した。そこではユウキが剣を光らせないまま、俺に向かって突き出そうとしてきていた。ソードスキルじゃない攻撃……これなら後々パリィ出来る……そう思った瞬間に、俺の身体にユウキの剣が突き刺さった。

 

 まさか、俺の反応速度を上回ったのか――そんな事を考えようとした瞬間に、俺の身体にはすでに10回もの突き攻撃が炸裂していて、目の前に火花に似たエフェクトが舞って、ちかちかしていた。それを突き破るようにユウキが最後の一撃、11回目の付き攻撃を放とうとしたその次の瞬間――俺のHPが半分になり、決着が付けられる次の瞬間に――ユウキはどこか驚いたような顔になった。

 

「あ、あ、れ……?」

 

 まるでいつもの調子が出なくなってしまったような、そんな戸惑いの見える表情と共に、ユウキの行動速度が目に見えて低下する。いや、実際には速度が変わっていないのだろうけれど、俺には明らかに、それこそスローモーションのようになってしまったかのように見えた。今ならばユウキの剣を避ける事も、弾き飛ばす事すらも出来る。勿論、一撃を加える事も、出来る。

 

 俺は迫り来たユウキの剣をしゃがんで回避すると、剣に全身の力を送り込んで、そのままぐるんっと剣ごと身体を回転させた。強い遠心力を纏った剣がユウキの腹部に食い込み、確かな手応えが刃を通じて全身に流れ込んで来る。

 

「どぉぉぉらあああッ!!!」

 

 そのまま剣に引っかかったものをかっ飛ばすように、俺は剣を振り切った。ぼふんっと分厚い土煙が巻き起こったが、その中に吹っ飛ばされたユウキの身体が入り込んで行って、やがて見えなくなってしまった。

 

 ユウキの事だ、すぐに体勢を立て直して突っ込んでくる――そう思いながら待ってみても、ユウキの攻撃が飛んでくる事は無くて、拍子抜けしていると土煙が晴れた。ユウキは近くにあった建物に衝突したらしく、その前の地面に倒れ込んだまま動かなくなっていた。

 

 そしていつの間にか、デュエルの決着はついており――勝者は俺になっていた。

 




次回、私の前作を読んでくださった皆様にある種のサプライズがあるかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。