キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 明けましておめでとうございます。

 今年も本作をよろしくお願いいたします。

 尚、Twitterで既に公表していますが、2023年発売の『ソードアート・オンライン ラスト・リコレクション』にてSAOゲームシリーズの物語が完結するという話に伴って、本作キリト・イン・ビーストテイマーもラスト・リコレクション編にて完結となります。

 どうか最後までお付き合いいただけると幸いでございます。


13:機械人間 ―《敵》との戦い―

 

 

          □□□

 

 

 シノンは階段を駆け上がっていた。自身にとってかけがえのない大切な人であるキリトと、その人を載せた友人であるリランを迎えに行くためだ。

 

 キリトは今となっては下の階である庭園にて、ユージオにとってかけがえのない人であるというアリスと激闘を繰り広げた後に、縺れ合いながらセントラル・カセドラルに開いた穴に落ちていった。

 

 地上から見てどれくらいあるのかさえわからないくらい高い塔の上層部から投げ出されれば、助かる見込みなど皆無だったが、シノンは絶望したりしなかった。キリトとアリスが穴に吸い込まれた時、同時にリランが穴へ飛び込み、外へ出たからだ。

 

 リランの本当の姿は、人を四人程度載せる事ができるくらいの大型の狼竜であり、その大きな翼で空を飛ぶ事ができるものだ。壁に空いた穴が塞がった事によって様子を確認する事ができなくなったが、リランは即座に本来の狼竜の姿になって、キリトとアリスを回収したはずだ。そしてこの塔の上層の、外から入れるところを見つけて、塔の中へと戻ってくるはず。

 

 項垂(うなだ)れるユージオを説得し、シノンは庭園の出口へと向かい、上層へ続く階段を昇った。八十一層にも整合騎士が待ち構えているのではないかと思っていたが、そんな事はなく、素通りする事ができた。続いて八十二層から八十九層までも同じような状態であり、あっという間に九十層にまで到達できた。

 

 そこは大きな風呂場だった。現実世界では勿論の事、これまで見てきた仮想世界でも見る事ができなかったくらいの巨大な風呂に、一人の整合騎士が佇んでいた。これまで見てきた整合騎士の誰よりも屈強の体躯をしていて、尚且つ余裕に満ち溢れているその人は《ベルクーリ・シンセシス・ワン》と名乗り、整合騎士をまとめる存在である騎士長でもあると言った。

 

 まさかキリトとリランのいない状態で整合騎士長と出くわす事になるなんて。最悪の展開になったが、足を止めるわけにはいかない。シノンはユージオと共にベルクーリと交戦した。

 

 流石は整合騎士長というだけあって、ベルクーリは強かった。システムクロックなるものを武器へと変質させたものである《時穿剣(じせんけん)》という大剣を刀のように振り、こちらを追い詰めてきた。シノンも鍛えてきた弓の技術を持って挑んだが、ほとんど歯が立たなかった。

 

 だが、そうなっても尚諦めなかったユージオが決死の覚悟でベルクーリの懐に飛び込み、武装完全支配術を発動。自分諸共ベルクーリを凍らせる事で、彼の動きを完全に停止させる事に成功した。隙を作ってくれたユージオに感謝し、シノンはとどめを刺そうとしたが、そこで邪魔が入った。

 

 「ホォッホォッホォッ」などという耳障りな笑い声を出しながら、達磨(だるま)が割り込んできた。いや、正確には手足の生えた卵だろうか。その姿は『鏡の国のアリス』に登場してくるキャラクターの一人であるハンプティ・ダンプティに似ていない事もない。

 

 だが、いずれにしても極彩色の服を着ているのと、不気味なほど白い肌をしているせいで、醜悪極まりない容姿であるという事が揺るぎない事実になっている存在がそれだった。

 

 人間の姿はしているけれども、一般的な人間と比べて遥かにおかしな形をしているので、一瞬《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》なのではないかとも思ったが、《EGO化身態》に共通しているという黒い装甲などの人工物部位らしきものは見受けられなかったので、そうでなかった――そうであれば気持ちが楽になったのに――。

 

 そんな醜悪な達磨を、ベルクーリは憎らしそうに《元老長チュデルキン》と言った。《元老長》という事は、この整合騎士達を動かす組織である公理教会にも《元老院》なるものが存在しているという事であり、あの醜悪達磨チュデルキンがその取りまとめをしているという事になる。

 

 あんな醜悪なモノに公理教会はまとめられ、人界の人々は支配されているというのか。世界の真実のあまりの姿に眩暈(めまい)に似たような感覚に囚われそうになったが、そんなシノンを差し置いて、チュデルキンは超高速で何かを言い始めた。英語だった。神聖術を唱えようとしている。阻止するべきかしないべきかの判断をシノンが下す前に、チュデルキンは興奮しているような声色で神聖術を発動させ、猛烈な光を放ってこちらの視力を奪おうとしてきた。

 

 目から腕を離した頃、そこにチュデルキンとユージオの姿はなく、交戦していたベルクーリは石像のようになっていた。チュデルキンが神聖術を放つと同時にこの場を離脱したのは間違いなかったが、そこにユージオは巻き込まれてしまったようだった。

 

 いや、あえてチュデルキンがユージオを巻き込んで離脱したのか。いずれにしてもユージオが連れ去られてしまった事に変わりはないだろう。石像のようになってしまったベルクーリと二人で残されてしまったシノンは、先に進む事を選んだ。

 

 一見閉ざされているように見える、この白亜の塔にも、上層には外から侵入できる場所、もしくは外を見る事ができる部屋があるはずだ。そうでなければ、人界に何か異変があったとしても確認する事ができない。もしその異変が闇の国の勢力とやらによる侵攻だったならば、攻め込まれている事を知る事ができず、気が付いた時には包囲網の中なんていう事になりかねない。

 

 そういった事を防ぐために、外を見れるか、もしくは外に出られる吹き抜けがあるはず。そこでならば、外に投げ出されたキリト達と合流する事ができるだろうし、彼らもそこを目指して飛んでいるはずだ。飛んできたキリト達と再会し、ユージオの事を話し、三人でまた上層を目指そう。

 

 シノンは心に決め、ベルクーリを横目に見ながら大浴場奥の扉に向かい、その先にある階段を駆け上がった。気を引き締め、いつでも矢を放てるようにしながら九十一層、九十二層、九十三層、九十四層と上がっていったが、整合騎士や下級騎士に出会う事はなく、あっさりと通過する事ができた。

 

 九十層で待ち構えていた――というよりも入浴を楽しんでいただけであろう――ベルクーリこそが最後の砦であり、それさえ超えれば攻略完了みたいな状態だったらしい。

 

 意外と公理教会は危機管理意識が薄いのだろうか? ベルクーリを越えられた後の事は考えていなかったのだろうか? こんな用心深さもない間抜けな連中に人界は支配されているのか。半分呆れたような気持ちになって、シノンは九十五層へと足を踏み入れた。

 

 螺旋階段の上部に差し掛かったところから、風が吹き付けて髪を揺らしてくるようになった。夜の空気の匂いがする。外に通じている部屋がこの先にあるようだ。匂いを鼻腔に吸い込ませながら階段を上り切る。

 

 その予想の通り、九十五層は窓のない展望室のようなところだった。窓の代わりに柱があり、そこから結構な強風が吹いてきていた。しかしこちらを吹き飛ばす強さがあるわけでもないので、普通に立っている事ができた。

 

 遠くに人界と闇の世界を(へだ)てているという山々が見え、手前には小さな明かりの群れが点在している。村や町の明かりだろう。高性能な望遠鏡や双眼鏡があれば、そこに暮らしている人々の営みを見る事だってできるだろう。人界の何もかもが丸見えだ。

 

 なるほど、セントラル・カセドラルは人界を支配する公理教会の本拠地であると同時に、人界を一望できる展望台でもあるのか。観光地として解放すればさぞ人気が出るだろうに。

 

 そんな事を頭の中で考えたが、すぐさまそれは引っ込んだ。爆発音と衝撃が襲ってきたからだ。更に大きな鳥が羽ばたくような音と――あり得ない事に、《GGO》でビーム砲を発射した時のような音が続いてくる。前者はリランのもので間違いなさそうだが、後者の正体がまるで掴めない。

 

 それにリランの翼の音は一定ではなく頻繁に聞こえてきていた。《SAO》、《ALO》、《SA:O》にて空中戦を繰り広げている時の再現のようだ。まさか飛竜を駆る整合騎士と戦っているとでもいうのか。

 

 そしてその背中にキリトがいるというのか。

 

 

「キリト……!」

 

 

 シノンは吹き抜けのすぐ近くまで走った。塔から下を覗き込もうとしたその時、シノンのいる位置から離れた真下で爆発が起きた。轟音が耳を(ろう)し、爆炎と衝撃がせり上がってきて、シノンは後方へ吹き飛ばされる。

 

 一瞬床に背中から打ち付けられて痛みと苦しさが襲ってきたが、咄嗟(とっさ)に受け身を取ったおかげでひどくはなかった。すぐに立ち上がって、もう一度爆発のあったところへ向かう。再度塔の下を覗き込んだそこで、音と爆発の発生源を見つけ出した。

 

 白金色の毛に身を包み、肩から一対の大きな羽毛の翼を生やした竜が飛んでいる。背中に黒い衣服を(まと)った少年と、黄金の鎧を着た少女が振り落とされないようにしがみ付いているのも確認できた。少年はキリトで竜はリラン、鎧の少女はアリスだった。

 

 やはり三人とも生きていた。ひとまず安堵(あんど)したいところだったが、それは許されなかった。リランの上空付近に何かが浮かんでいる。その姿を改めて確認して、シノンは絶句しそうになる。

 

 人間だ。だが、ただの人間ではない。下半身が白く大きな四角錐(しかくすい)になっており、頂点から生えた四本の脚にはあろう事かプロペラが装着されている。まるで現実世界におけるドローンのようだ。

 

 いずれにしても中世のヨーロッパくらいという言葉から想像できるような文化レベルのこの世界には存在していてはならないもの、存在するはずのないものである。あれだけが現実世界と同じ文化レベルの異世界、もしくは未来から来ているかのようだ。

 

 その四角錐ドローンの先端から生える上半身は、鎧を纏っているものの左腕はなく、右腕はビームキャノンのような形状になっていた。人間と機械の混合物(アマルガム)――《機械人間》としか呼びようのない異形の存在。

 

 それが今、リランを狙っている。

 

 

「キリト、リランッ!!」

 

 

 シノンが呼びかけた次の瞬間、機械人間の右腕の砲門が光った。青白いビーム光線が発射されるが、リランは右方向に身を(ひるがえ)す事で回避した。獲物を逃したビームはそのまま真っ直ぐ飛んでいき、央都セントリアから少し近い草原地帯に着弾し、大爆発を起こした。

 

 あんなものが街に着弾しようものならば、一発で多数の死傷者が出る事だろう――と思ったところで、ある事に気が付いてシノンは顔を蒼褪(あおざ)めさせた。

 

 セントラル・カセドラルを包囲する形で作られている央都セントリアの三か所程から黒煙が上がっている。機械人間の放ったビームが着弾したのだろう。既に機械人間は央都に、人々に被害を出していた。

 

 あれは何なのだろうか。このセントラル・カセドラルを守っているのだろうか。だとすればあれも公理教会のものであり、人界とそこに生きる人々を守るという役割を持った、整合騎士達と同じような守護者という事になるが、それではあいつが放ったビームで街と人に被害が出ている事の説明が付かなくなる。

 

 では公理教会のものではないという事になると、今度は公理教会の本拠地であり、最高司祭アドミニストレータがいるとされるここであんなものが飛んでいる事に説明が付かない。

 

 ここから導き出される答えはただ一つ。あれは公理教会の管理物であり、このセントラル・カセドラルを護衛するために配備されている兵器。

 

 そして公理教会は人界の人々を守ろうとは思っていないという事だ。だから、機械人間が侵入者を排除するためにビームを容赦なく撃ちまくり、それで街や人が巻き込まれる被害が出ていようが構わない。

 

 そもそも、あの機械人間の存在自体が、公理教会の思想の権化(ごんげ)であろう。ありとあらゆる尊厳や自由を奪い尽くされ、セントラル・カセドラルを守るためならば罪なき人々をも容赦なく焼き殺すような兵器に改造された、どこかの誰か。

 

 どうして自分がこうなったのか、何をさせられているのか理解する事もなく、公理教会の良いように使われ、侵入者を撃ち、街を壊して人を殺す。

 

 そんな悲劇しか生まない兵器を、平然と作って配備している。公理教会は人界を守るために存在しているのではないというカーディナルの言葉は何一つ間違っていなかった。

 

 だが、それがあんな人間の尊厳など何一つ考慮していない兵器を産んでいるだなんて。流石に予想できていなかったシノンは、背筋に悪寒を走らせずにはいられなかった。

 

 この世界はなんて恐ろしい存在に支配されているというのだ。そしてその頂点にイリス/愛莉(あいり)の子供であるクィネラが君臨しているなんて。まるで途轍(とてつ)もなく広大な悪夢の中にいるような気持ちだった。

 

 だが、目の前の現実はその気分にシノンを沈めたりはしなかった。キリトとアリスの二名を乗せて飛ぶリランが身を翻したかと思うと、そのまま塔の壁に着地した。爪を立てる事で貼り付いたのだ。しかし塔の壁は思ったより爪が引っ掛かりにくいものであったらしく、若干下へと落ちてから止まった。あれでは隙だらけだ。

 

 敵対する機械人間は右腕の大砲をリランに向け、赤い光線を飛ばしていた。レーザーポインターだ。あれで狙いを付けているのだろう。数秒後、機械人間の大砲が光を放ち、破壊の光線が発射されたが、その直前でリランは四本の足全部をバネにして壁を蹴って塔から離れる事で光線を回避した。

 

 獲物を取り逃がした光線はセントラル・カセドラルの外壁に直撃し、大爆発を引き起こした。どごぉんという轟音が鳴り、シノンの足元にまで衝撃が伝わってきた。街の建物を粉々に吹き飛ばしたであろう爆発。それを受けても、白亜の塔の外壁は傷一つ付いていなかった。

 

 そして空中に舞い戻ったリランは、その場で縦方向に一回転して態勢を立て直し、かっと(あぎと)を開いた。口内が一瞬燃え盛ったかと思うと、多数の火炎弾が発射され、次々と機械人間へと飛んでいった。それまで機械人間に傷や汚れは見受けられなかったので、ようやくリランは反撃したのだろう。

 

 放たれた火炎弾の十発の内、五発は機械人間の横を通り抜けていったが、残りの五発が機械人間に直撃し、炸裂。内部から猛烈な炎を吐き出して爆発した。機械人間はあっという間に爆炎に包み込まれ、リランの位置からはその姿が確認できなくなる。しかしシノンの位置からは機械人間の上部と背後を見る事ができていた。

 

 リランの火炎弾による連続爆発に襲われた事により、機械人間の《脚》に該当するであろうプロペラが二つほど弾けた。直後にセントラル・カセドラル周辺を流れる風によって爆炎が吹き消されたその時には、機械人間は機動力を失い、その場に飛んでいるので精一杯の状態になっていた。振り子のように左右にぐらぐらとしていて全く安定していない。

 

 尚も機械人間はリランに右腕の大砲を向け、光線を放とうとしていたが、赤いレーザーポインタもリランに当たる、横にずれて外れる、またリランに当たる、また横にずれるを繰り返していて、狙いが全く定まっていなかった。

 

 そして大砲に光が収束し、

 

 

「ディス・チャージ」

 

 

 という機械のように冷たい声を発せられると、破壊の光線が放たれた。それはリランの真横を通り抜けていき、夜空の中へと消えていった。光線が外れたのを確認したのだろう、リランはその場でホバリングする姿勢に入ると、顔を大きく上へ突き上げた。空気が渦を巻いてリランへと流れ込み、その口内がごうごうと音を立てて燃え盛る。

 

 そして十分に力を溜め込むと、リランはぐわっと顔を機械人間に向け、口を大きく開いた。体内で凝縮された火炎が光線のようになって、機械人間へと照射される。火炎光線はほぼ照射と同時に目標へ到達し、目標である機械人間は劫火(ごうか)に焼かれながら壁に勢いよく打ち付けられた。

 

 猛烈な熱風が吹き荒れる中で、シノンは機械人間のプロペラが全て破壊されたのをその目で見た。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 見た事もない白き獣の背中の上で、アリスはあらゆる事象に置いてけぼりにされていた。何もかもが理解の範疇(はんちゅう)を超えてしまっている。

 

 罪人キリトが操る、人語を話す白き翼の巨大獣の存在が最初であったが、今現在それよりもアリスの意識と思考を奪い続けているのは、白き巨大獣を狙う飛行物体だった。

 

 下半身が大きな四角錐に組み込まれ、そこに装備されている未知の装置で宙に浮き、右腕の大砲から光線を放つ力を持つ、全く見知らぬ存在。まるで人間が生きたまま取り込まれているかのような兵器。その存在を受け入れる事を、アリスはできないでいた。

 

 何なのだ、あれは。まさか公理教会で配備されている兵器の一種だとでも言うのだろうか。いや、あんなものは知らない。もし公理教会のものであるならば、事前に元老院から報せが来ているはずだ。

 

 しかし元老院からは何も聞かされていない。だから、アリスの知識の中にあの異様な兵器の情報は一切存在していなかった。もしキリトと共に外に投げ出されるような事がなければ、あの存在を知る事などありはしなかっただろう。

 

 あれは何かと改めて頭の中で考えようとする。生きた人間の左腕を千切って下半身を装置の中に埋め込み、兵器として利用する。そんな外道極まりないやり方をするのはダークテリトリーの者達だと、最高司祭アドミニストレータ猊下(げいか)と元老院の教えの中では相場が決まっていた。だからあれはダークテリトリーの呪術師達が作ったであろう兵器だと思いたかった。

 

 だが、それだとどうやってここまで来たのかという事になる。セントラル・カセドラルという公理教会の本拠地まで、我々整合騎士に見つかる事なく、どうやってここに辿り着いたのか。アリスに与えられている知識の中ではどうやっても答えを導き出す事はできなかった。

 

 いや、答えを出す必要などなかった。信じたくない事実が飛行人間の身体にあった。

 

 下向きの四角錐の先端部から突き出ている人間の上半身は鎧に包まれているのだが――あろう事かその形は、マントを取り払った下級整合騎士の着ているものによく似ていたのだ。ここからは遠いが、よく見ればきっと公理教会の紋章が掘られている箇所がある事だろう。

 

 つまり、あの飛行人間は公理教会のもの。人界を、そこに生きる人々を守り、この世界に久遠の安寧を与え続けていく事が使命である正義の組織によって作り出されたもの。

 

 それが今、リランが相手にしている飛行人間の正体であり、街に三発光線を撃ち込んで多数の死傷者を出させているモノ。

 

 

「あ、りえ、ない」

 

 

 アリスは意識せずに口を動かしていた。キリトとリランの耳に届いているだろうが、気にするほどの余裕などとうになかった。

 

 あんなものがあるはずない。人界を、世界を守り、安寧を(もたら)すために存在する公理教会が、人間の尊厳を踏みにじった兵器を作り、この塔を守らせているなど、ありえるはずがない。だからあれは人間を利用した兵器ではない。

 

 あれは、人間によく似ているだけかもしれない。一目では人間に見えるが、中身まで人間というわけではなく、何か別の物質を利用して、人間の形に作り上げられているだけなのではないか。そうであれば説明が付いてくれる。そうだ、そうに違いない。

 

 と、アリスが強く思おうとしたその時だった。キリトとアリスを乗せるリランが力を溜め込み、火炎放射をした。火炎があまりに強く凝縮されているせいで光線のようになっているそれの行き先は、飛行兵器だ。

 

 既にリランの火炎弾を受けて装置を破損させられていた飛行兵器は回避する事もできず、リランの火炎光線を諸に受け、そのまま激流に飲まれたようになってセントラル・カセドラルの外壁に激突した。

 

 熱風が吹き付けてきて、顔が焼けそうになり、肉が焼き焦げたような臭いが鼻腔に流れ込んでくる。その臭いが、アリスの痺れかかった頭の中に疑問を湧かせた。どうして肉が焼ける臭いがするんだ。あれは人間でも肉でもないのに。

 

 熱の嵐が止んだ時を見計らい、アリスはリランの前方を見た。壁に打ち付けられた飛行兵器がいた。あちこちが酷く焼き焦げ、鎧が一部溶けてなくなっており、露出した白い肌らしき部位には(みにく)い火傷があった。

 

 

「え」

 

 

 アリスが目を見開いた直後、飛行兵器の身体に亀裂が走った。その隙間から光が勢いよく噴き出している。亀裂は瞬く間に飛行兵器の全身へと広がり、一瞬強く光った直後――飛行兵器はその場で爆発。

 

 金属片が、どろりとした血に(まみ)れた肉片が小規模の爆炎と共に飛び散り、塔の下層へと落ちていった。その光景が、アリスの頭の中に浮かんでいた希望的観測を完全に破壊した。

 

 飛行兵器は爆発する寸前、火傷を負っていた。そして内側から弾けたかと思えば、血と肉片を撒き散らして落下していった。あれは別な物質を使って人間を模したものを組み込んだ兵器ではなく、生きた人間を組み込んだ兵器だった。

 

 そしてそれを使って、公理教会はこのセントラル・カセドラルを守っていた。どこかの誰なのかを知る事もできない人間を生贄にする事で出来上がる強力な兵器に、公理教会は守られていた。

 

 愕然とするアリスを載せて、リランは飛行を再開した。上昇気流を掴んだのだろう、高度がどんどん上がっていき、塔の上部へと迫っていく。やがて吹き抜けを見つけて塔の内部へ戻り、着地した。

 

 そこはセントラル・カセドラルの九十五層にある、上層部で唯一壁のない、巨大な展望室である《暁星(ぎょうせい)望楼(ぼうろう)》だった。残り五層昇れば、最高司祭アドミニストレータ猊下の居られる最上階となる。

 

 まさかここまで闖入者(ちんにゅうしゃ)が来てしまうとは――という考えはアリスには浮かんでいなかった。

 

 

「キリト!!」

 

 

 アリスから見て右方向から声がした。振り向かなくても、それがキリトの仲間の一人であるシノンのものだとわかった。動けなくなっているアリスを差し置いて、キリトはリランに姿勢を下げてもらう事で降り、シノンの(もと)へ向かった。

 

 今出せるすべての力を使って顔を向けてみると、キリトとシノンは抱き合っていた。互いの再会を喜び合っている。こちらがどんな思いをしているかなど考えもせずに。まるで何かの劇を見ているかのように、遠くの出来事のように感じられた。

 

 

「アリス」

 

 

 不意に呼びかけられて、アリスは我に返った。シノンと抱き合うのを終えたであろうキリトがこちらに向き直って呼んでいた。乗ってないで降りてこいと言っているのだろう。

 

 それに応じようとしたその時、アリスは激しい頭痛に襲われた。一気に先程の光景が脳裏(のうり)(よみがえ)ってきて、頭の中が破れそうなくらいにまでいっぱいになる。

 

 左腕を切断され、右腕を大砲に改造されたうえ、四角錐の装置に組み込まれた人間。それから放たれた光線で破壊され、黒煙を噴き上げながら燃え上がる、守るべき街。

 

 飛来した光線の爆発で木っ端微塵(こっぱみじん)にされ、(ある)いはそれが発生させた火炎に呑み込まれて焼かれ、倒れた無辜(むこ)の民。

 

 破壊された際に元々人間だった肉片と血を巻き散らしながら落ちていった兵器。どうしてこうなったのか、自分が何をされたのかわからないまま、身体の中身をぶちまけて死んでいったどこかの誰か。

 

 これら全ての惨劇(さんげき)を生み出した()(がた)き存在は、他ならぬ公理教会。人界を、人々を、世界を守っていくはずの公理教会が、全ての元凶――。

 

 

「う゛ッ、う゛う゛ッ」

 

 

 アリスは口を押えてリランから転がり落ちた。経験した事がないような強い嘔吐感が突き上げてきていた。腹の中に大量の石やら岩やらを詰め込まれているかのようだ。

 

 「アリス!」と言ってキリトとシノンが寄ってくる。心配してくれているようだが、気にしている程の余裕など最初からなかった。右手で口を押え、左手で彼らを押しのけて、アリスは望楼の中央付近に近付いていった。そのまま水場の前まで差し掛かったところで限界が来てしまい、四つん這いになって吐いた。

 

 

「お゛え゛ッ、うえ゛え゛え゛ッ」

 

 

 闖入者が三人もいるというのに、なんて隙を晒してしまっているのだろうか。いや、公理教会の神聖なるセントラル・カセドラルを汚すような真似をしてしまって、何という事だろうか――という、いつもならば思える事が、今のアリスには思えなくなっていた。

 

 嘔吐物が流れ込んだ水場は、数秒置いた後にそれを消して、元の清水に戻った。そういえばこの望楼の水場には不純物を消す特殊な力があるという話だった。だが、アリスはそれ以上考える事はできなかった。

 

 頭が麻痺して、自分の中にあった大切なものが、がらがらと大きな音を立てて崩れていっているような錯覚(さっかく)(おちい)っていた。公理教会が、どうして、なんで、何故――。

 

 

「アリス、大丈夫か。もしかして酔ってたのか」

 

 

 その声と一緒に背中に何かが当たっている感覚があった。見てみれば、キリトが横に並んで、アリスの顔を(のぞ)き込みながら、背中を(さす)ってくれていた。表情は闖入者に似合わぬ心配そうなそれになっている。

 

 だからこそなのか、キリトもシノンも、リランも闖入者に思えず、自分の知らない大切な事を知っているような気がして――、

 

 

「……教えて……ください……あの飛んでいたモノは…………公理教会は……一体……何なのです…………か」

 

 

 そう尋ねるしかなかった。

 






――原作との相違点――

・セントラル・カセドラルを守っているのがミニオンではなく、機械人間になっている。
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