キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:公理教会の真実

 

 

          □□□

 

 

「……教えて……ください……あの飛んでいたモノは…………公理教会は……一体……何なのです…………か」

 

 

 闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けてアリスは尋ねた。

 

 大罪を犯したかと思えば、この公理教会の本部であるセントラル・カセドラルを登り、最高司祭アドミニストレータ猊下(げいか)を亡き者にしようとしているとされた者達。その者達を打ち倒し、アドミニストレータ猊下を、公理教会を、人界を守るためにアリスは戦っていた。

 

 だが、その戦意はとっくにアリスの中から消え失せ、代わりに公理教会への疑念が存在するようになっていた。闖入者のうち、外に投げ出されたアリスを白き巨大獣の背中に載せる事で助けてくれた、黒髪の少年キリトが答える。

 

 

「その前に教えてくれ。君達整合騎士はクィネラ――いや、アドミニストレータにどう言われていたんだ。例えば君が整合騎士になった時、アドミニストレータから話を聞いていたりしたはずだぞ」

 

 

 質問を質問で返されていたが、アリスは正直に話した。

 

 元々自分達は創造神ステイシア、地母神テラリア、太陽神ソルスといった神々が居られる天界の住民であった。だが、ある時天界の下に存在する、神々を信仰する人々で(あふ)れる人界を守る必要が出た。その時に神の一人であるアドミニストレータ猊下(げいか)によって、整合騎士として人界へと召喚されたのだ。

 

 その際に、天界に居た時の記憶はステイシア神によって封印されて、家族との日々などを思い出す事はできなくなった。しかしそれは永遠に続くようなものではなく、人界を闇の勢力から守り切った(あかつき)には、ステイシア神によって解除されて全てを思い出したうえで、英雄として天界へと帰る事ができる。

 

 自分達が戦うのは闇の勢力を殲滅(せんめつ)して人々を守り、やがて天界に帰るためなのだ。それが整合騎士に任命された時に聞かされた話であると、アリスは話した。

 

 最後まで聞いたキリト、シノンは驚いたような表情をし、狼のそれによく似た顔つきのリランは(あき)れているとわかるような表情になっていた。

 

 

《整合騎士は人界を守るために天界から召喚されし者達。そしてクィネラは神の一人か。随分(ずいぶん)とチープな筋書だな。もう少し(ひね)ったものを考える事はできなかったのか? クィネラくらいならばできそうなものだが》

 

 

 頭の中に初老の女性の《声》が響いた。それはリランの発する《声》だが、その中には知らない単語が混ざっていて、アリスは若干首を(かし)げた。

 

 

「ちーぷ……?」

 

《安っぽいという意味だ。とにかくお前達整合騎士はアドミニストレータにそう言われていたのだな》

 

「……ええ」

 

 

 アリスの返事を聞くなり、キリトは溜息を吐いた。どうしてそんな反応をするのか、アリスには理解が及ばない。先程から理解できない事だらけだ。

 

 

「君達の話は全部嘘だよ。君達が天界から召喚されたっていうのも、ステイシアに記憶を封印されたっていうのも、全部アドミニストレータが作り出した虚構だ」

 

 

 アリスは目を見開いた。こいつ、アドミニストレータ猊下を愚弄している。しかし、そんな馬鹿な話があるわけないでしょうと言い出す気にはなれなかった。

 

 キリトが続けてくる。

 

 

「君達の記憶は封印されている。けれど、実際に封印したのはステイシア神じゃなくてアドミニストレータ自身だ。そして封じされてる記憶も、天界に居た頃のものじゃなくて、人間として生まれ育ったっていう記憶だ。君以外の整合騎士もそうだ。

 例えば君の弟子であるエルドリエ。彼はノーランガルス北帝国の高等爵家(こうとうしゃくけ)の出身で、今年に開催された統一大会で優勝を果たし、整合騎士になるという名誉を得る事ができた人だ」

 

 

 アリスは「えっ」と驚いてから、ぶんぶんと首を横に振った。そんな事があるはずない。エルドリエが、自分の弟子が、腐敗しきった上級貴族達から産まれた存在であるはずがない。こいつは嘘を言っている。そうに違いない。

 

 キリトはそう思おうとしたアリスの瞳を見つめて続けてきた。

 

 

「彼は脱獄した俺達と交戦していたが、途中で挙動不審になった。それは俺が《EGO》で斬ったからじゃない。その証拠に、あいつの身体に傷や火傷はなかったはずだ。彼はユージオにエルドリエ・ウールスブルーグという名前を出された途端(とたん)におかしくなった。

 本当の名前を呼ばれたせいで、彼の中に封印されていた家族との記憶……特に母親との記憶が刺激されてしまったんだ。エルドリエはきっと、おかあさんの事を思い出したかったんだろう。だけど、どうしても思い出せなかった。それは何故か。アドミニストレータに記憶を魂から引き抜かれて、カセドラルの最上階に大事に保管しているからだ」

 

「家族の……母親の記憶……? エルドリエに、人間の、貴族の母親がいるというのですか……?」

 

 

 キリトは「そうだ」と言って頷いた。話し手がシノンと呼ばれた少女に交代される。

 

 

「エルドリエだけじゃないわ。多分整合騎士のほとんどがそんな経歴の持ち主でしょ。整合騎士は統一大会で優勝した人がなれるものだから、子供の時から剣や武術の英才教育を叩き込まれた貴族生まれの人なら、《天職》がある平民だとかよりずっと簡単に整合騎士になれる」

 

《そして整合騎士となった者の家には莫大(ばくだい)な金品と地位が送られる。要するに子供を整合騎士になれるように育てて、最終的に公理教会に売り飛ばすという魂胆(こんたん)だ。エルドリエの家の者達まで似たような考え方をしているかどうかはわからぬが、今頃エルドリエの家は贅沢(ぜいたく)の限りを尽くせるほどの金と名誉と地位を与えられている事であろう。こんな仕組みがもう百年は続いておる》

 

 

 リランの《声》に言われて、アリスはもう一度首を横に振って見せた。

 

 

「そんなはずが……あるわけありません。お前達の話は信じられるものではありません。確かに四帝国の上級貴族達は、その多くが贅を尽くした怠惰(たいだ)な暮らしに(おぼ)れ、民を守る気など微塵(みじん)もないような状態です。だからこそ我々整合騎士がいて、貴族達の代わりに民達を守っているのです。そんな者達から、整合騎士になる者が出ているなど、あり得ない話です……」

 

 

 アリスは自身の声に震えが混ざっている事に気が付いた。まるで嘘を吐いていた事を(とが)められているような感覚だ。何も悪事など働いてなどいないというのに。そもそも整合騎士という、悪事からは程遠い存在であるはずなのに。

 

 

「じゃあ、君は統一大会の優勝者とカセドラルの中で会って話をした事はあるのか。優勝者は、セントラル・カセドラルに招かれて、整合騎士の一員になるんだろう。なら、その直前の人に会って話をする事だってあるはずなんじゃないか」

 

「それはありませんでした。しかし、カセドラルの下層には沢山の修道士や修道女、その見習い達が暮らしていますから、統一大会で優勝した者も、その中に加わって、公理教会のために研鑽(けんさん)(はげ)んでいるはずでは……」

 

「いや、君は会ってるんだよ。統一大会の優勝者に。ただその時の記憶をアドミニストレータの手によって修正されているだけで」

 

 

 アリスは大きく目を見開いた。アドミニストレータ猊下が自分達の記憶を(もてあそ)んでいるとでもいうのか。

 

 

「あり得ません! 最高司祭様が私達の記憶をそんなふうに弄ぶような真似をするはずが……!」

 

「……アリス・ツーベルク」

 

 

 シノンが呟いた途端、アリスは凍り付いた。何故なのかはわからない。だが、確かにその名前はアリスの頭を更に(しび)れさせるものだった。

 

 

「覚えてないとは思うし、信じないでしょうけれど、それがあんたの本当の名前よ。あんたは北の山脈の(ふもと)の近くにあるルーリッドの村の出身で、村長の娘の一人だった」

 

 

 シノンの話をキリトが継ぐように続けてくる。

 

 

「ここにいない俺の仲間のユージオと同じ年だから、今年で十九歳になるはずだ。十一歳の時、君は公理教会に罪人として連行された。その日、君はユージオと二人で果ての山脈を貫いている洞窟の探検に向かい、洞窟を抜けた先にある人界とダークテリトリーの境目に行ってしまって、ほんの少しだけダークテリトリーの領域へ入ってしまったんだ。

 これが禁忌目録の《ダークテリトリーへの侵入》になって、君は公理教会に連行される事になったんだよ。誰かを傷付けただとか殺しただとか、盗みを働いたわけじゃなく、死にかけた暗黒騎士を助けようとしたんだが、禁忌目録は許さなかった。その時に公理教会から派遣されてきて、君を連行していった整合騎士だったのが、俺達と戦ったデュソルバートだったんだ」

 

 

 アリスは口を半開きにしていた。

 

 私はかつてルーリッドの村に暮らす村長の娘だった?

 

 そして罪を犯してしまって、公理教会に連行された? しかもそれはデュソルバート殿によって行われたものだった?

 

 そんな事があるはずがない。もしデュソルバート殿が私を連行したのであれば、私が整合騎士になった際に、何かしらの反応をしているはずだ。

 

 正義感の強い彼の事だ、きっとアドミニストレータ猊下に異議を申し立て、私が整合騎士になるのを止めていたはずだ。それも私の目の前で。なのに彼は何も言わなかったし、何の反応もしなかった。

 

 それはどうしてか。アドミニストレータ猊下によって記憶を操作されて、私を連行したという記憶を抹消されてしまったから――先程キリトが言っていたアドミニストレータが自分達の記憶を操作して都合の良い形にしているという話が、アリスの中で真実性を帯びつつあった。

 

 だからこそ、アリスは自身の頭に探りを入れようとした。キリト達の言っている事が真実であるならば、アリス・ツーベルクとして暮らしていた頃の記憶が僅かにでも残っているはずだ。

 

 いや、あってほしい。自分がかつてどんな人間だったのか、知りたくてたまらない。

 

 だが、その願いは叶わなかった。どんなに思い出そうとしても、アリス・ツーベルクの記憶は出てくる気配がない。頭の中を図書室に見立てて、記憶という名の本を探してみても、やはりどこにもアリス・ツーベルクという本は存在しない。

 

 ならば天界の住人として暮らしていた頃の記憶も取り戻そうとしてみたが、そちらも駄目だ。

 

 何も思い出せない。

 

 

「そんな、そんな馬鹿な話があるわけがありません。だって、私は本当に天界から最高司祭様に召喚されたのであって……駄目、どっちも思い出せない……天界の記憶も、ルーリッドの村にいた時の記憶も、全然出てこないッ……」

 

《無理するでないぞ。下手すればエルドリエみたいに記憶が混濁(こんだく)するかもしれぬ。いや、もっとひどい症状に襲われる危険性もある》

 

 

 リランの《声》を受けたアリスは「うう……」と言って頭を片手で抱えた。この者達ならば、いや、キリトならば、アリス・ツーベルクという本当の自分について知っているのだろうか。今ならば答えてくれそうな気がする。

 

 (わず)かな望みをかけて、アリスは問うた。

 

 

「教えてください。アリス・ツーベルクはどんな人物だったのですか。私は、知りたい……お前が知っている事を全部、私に教えてください」

 

「わかった。と言っても、俺が知ってるのは僅かな事だが……君のおとうさんの名前はガスト・ツーベルクで、さっきから言っているようにルーリッドの村の村長だ。妹はセルカ・ツーベルクだ。彼女はルーリッドの村の修道女見習いをしていて、俺達が教会で世話になった頃に色々話をした。おねえさん思いのいい()で、教会に連行されたアリスの事をとても気にかけていた。

 君もルーリッドの村にいた時は同じような修道女見習いで、神聖術の天才とも言われていたらしい。そんなおねえさんの背中を追いかけて、セルカは今でも一生懸命に頑張っている」

 

 

 セルカ。キリトの話の中にあったその名前を聞いた途端、アリスは雷に撃たれたようになった。(から)まり合った糸のようになって動けなくなっていた頭の中が一気に解かれ、思考が凄まじい勢いで巡っていく。

 

 しかしそれでも、封印されているという記憶が解き放たれるという事はなかった。だが、何かが薄らと浮かび上がっているのがわかる。顔と声だ。詳細は掴む事ができない。曖昧(あいまい)であるけれども、知っている者であるとわかった。その名前は――。

 

 

「セルカ」

 

「え?」

 

 

 キリトとシノンがきょとんとしたようにアリスを見ていた。二人を放置して、アリスは上を見る。

 

 

「思い出せない。顔も声も、思い出せない。だけど、その名前を呼ぶのは初めてじゃない。私の口が、喉が、心が(おぼ)えている。何度も呼んでいる。毎朝、毎晩、セルカ……」

 

 

 そこまで口にしたところで、アリスは自身の瞳から涙が(こぼ)れている事に気が付いたが、気に留めなかった。頭の中で必死になって、何かが突き破ろうとしてきている。きっと封印された記憶だろう。この者達の言っている事は真実だった。

 

 

 ――アリス――

 

 

 直後、また強い衝撃が頭の中に走った。またしても薄らとした人影が思い描かれてくる。アリスに声をかけてきていた。顔は霧がかかっているようでわからないし、声だって何かに邪魔されているようで、完全に把握する事ができない。

 

 しかし、アリスの口と喉はその人影が誰なのかを理解していたらしく、アリスの意に反して、独りでに動いた。

 

 

「……ユー……ジオ」

 

 

 確かその名前は、キリトから聞いた話に出てきていた。

 

 いや、もっと前に知った気がする。修剣学院にて罪を犯し、このセントラル・カセドラルに連行された者の一人であり、闖入者の仲間の一人。修剣学院から運ぶ直前には鞘で叩いて怯ませた少年。

 

 その者の名前が、ユージオだった。

 

 ユージオ。セルカと同じくらいに、その名前には馴染みがあった。何度もその名を呼んだ事を口と喉が、何度もアリスと呼ばれた事を耳と心が憶えている。今更になって、アリスはその事に気が付いていた。

 

 思い出そうとすると、異様なまでの強い感情が込み上げてくる。それはある種の切なさにも似ていた。やがてその感情はアリスの胸の中から飛び出し、せり上がっていき、喉へ、顔へ、目へ到達し、大粒の涙になって出てきた。

 

 

「ユー……ジオ……ユージオ……!!」

 

 

 呼んだところで、その名の持ち主がどんな人物だったのか、自分とどんな関係だったのか、思い出す事はなかった。それでも呼ばずにはいられなかった。膝立ちになって、ふらふらしながら、アリスは歩き出そうとする。

 

 そんなアリスの身体に手を差し伸べ、肩を支えたのがキリトだった。

 

 

「アリス、まさか君、ユージオを憶えているのか!?」

 

 

 問われた事でアリスははっと我に返った。ぶんぶんと首を横に振る。

 

 

「……思い出せません。だけど、わかるんです……ユージオは私にとって、かけがえのない人だった……この夜空の下のどこかにいる父と母、血を分けた妹と……同じくらいに大切な人だったっていうのが……本当に、わかるんです……」

 

 

 アリスはキリトに向き直った。自分の顔はひどい泣き顔になっている事だろうが、気にしない。

 

 

「ユージオは、お前の仲間だったと聞いています。今、どこにいるかわかりませんか」

 

 

 キリトは首を横に振った。

 

 

「正直なところ、俺が知りたいくらいだ。もしかしたら、ここより下にいるかもしれないし、もう上に行っている可能性もある。だけど……」

 

「だけど、なんですか」

 

 

 キリトは何かを考えているように下を向いた。

 

 

「さっき整合騎士が、統一大会で優勝するような猛者(もさ)と、罪人が(もと)になってるって話はしたよな。ユージオは統一大会に出れば本当に優勝できるんじゃないかって思えるくらいの実力者なんだ。そして青薔薇(あおばら)の剣なんていうとんでもない武器まで持ってるうえ、それを使いこなしている。こんな逸材(いつざい)、アドミニストレータが見たらどうすると思う」

 

 

 アリスはもう一度はっとした。今キリトが話したユージオの実力は……整合騎士に相応しい。

 

 

「まさか、整合騎士に!? 私のように大切な人の記憶を抜き取る事で……!?」

 

 

 シノンが頷く。

 

 

「そうしないわけないわ。ユージオの実力は本物よ。だって、あんたのために本気で整合騎士になろうと毎日鍛錬してたんだからね」

 

《整合騎士……ならば、まだましであろう》

 

 

 リランの《声》で、アリスは顔をそちらに向けた。

 

 

「まし、とは?」

 

《アリス。今一度聞くが、整合騎士が存在しているのは人界の民を守るためであったな。そして最終的にダークテリトリーの軍勢と戦うと》

 

 

 アリスは「はい」と答えた。

 

 

「そうです。整合騎士はダークテリトリーの軍勢から人界を守るために編成された騎士団です。現に今も、十名以上の騎士が飛竜に(またが)って、果ての山脈で戦い続けています。このおかげで、人界がダークテリトリーの軍勢に攻め込まれずに済んでいるんです。これは事実です」

 

《そうか。だが、冷静に考えてみよ。お前が整合騎士の三十番目、エルドリエが三十一番目だというのであれば、整合騎士は全部で三十一人程度であろう。その程度の数が、仮にダークテリトリーの勢力全部を迎え撃ったところで、勝ち目があるのか。

 現に我らはダークテリトリーから果ての山脈に来ていたゴブリン集団を撃退したが、奴らの実力は人界にいるそこら辺の衛兵やらを容易に(しの)ぐ程だぞ。このカセドラルにいる下級騎士、整合騎士見習い、衛兵を全部集めてかかったところで、結局ダークテリトリーの勢力に押し潰されて終わり。そうではないのか?》

 

 

 反論できなかった。リランの指摘は騎士長ベルクーリ閣下(かっか)懸念(けねん)していた事だった。人界にいるすべての騎士、衛兵、整合騎士をかき集めて闇の勢力を迎撃したところで、容易に突破されるのが関の山だと。

 

 本来ならば騎士も衛兵も超え、整合騎士に匹敵するほどの実力を持っていないといけないはずの上級貴族達は、堕落(だらく)の限りを尽くしているので、戦えないと同じだ。

 

 そしてそんな上級貴族達から騎士や衛兵になった者も、傲慢(ごうまん)な人格の持ち主である事が多くて鍛錬(たんれん)(おこた)りがちであり、結局戦力にならない。

 

 人界で戦える者は、(むな)しいくらいに少ないというのが現状だった。

 

 

「……とても悔しいですが……その通りです……今のところの人界の戦力では、闇の勢力との総力戦になったなら、あっという間に滅ぼされるでしょう……」

 

《だが、そうならずに済む方法があるぞ。と言っても、今さっき知った事だが》

 

「……それは?」

 

 

 リランの表情が(けわ)しくなった。狼のそれと同じなのに、人間のように表情が豊かに出ている。

 

 

《人界にいる一般人全員を、あの機械人間に仕立て上げるのだ。アレが放っていた光線は、密集地に撃ち込めば百人以上を一瞬で殺せるほどの威力があった。央都に住まう者達は勿論、あちこちの村や町に暮らす人間達全員をアレに改造して配備すれば、ダークテリトリーの勢力などあっという間に蹂躙(じゅうりん)できよう》

 

 

 アリスは言葉が出せなくなった。機械人間とは、リランが撃墜した、下半身が四角錐装置になっていた兵器の事だろう。

 

 侵入者撃退のために何発も光線を放ち、央都セントリアの一部を吹き飛ばして燃やしてみせた、人間を組み込む事で稼働している悪夢の兵器。

 

 あの自由も尊厳も、人間らしさの何もかもを踏みにじったような兵器を、罪なき民を使って量産してしまうだと?

 

 そんな事が許されるわけがないし、アドミニストレータ猊下がするわけがない――と思っていた。先程まで。

 

 

「そんな事、そんな事が……」

 

《アレがここを守っていたという時点で、アドミニストレータはアレを量産して、人界を守る戦力にするつもりであるというのは確定事項だ。一般民や義勇兵を集めて一から訓練して、整合騎士に匹敵する戦士にするよりも、(はる)かに簡単で時間もかからないうえ、整合騎士よりも強力にできる。おまけに敵を滅ぼす以外の余計な事を考えないから楯突(たてつ)いてくる危険性だってない。こんな()(かな)った選択をしないわけがない。違うか》

 

「……」

 

 

 アリスは絶句していた。アドミニストレータ猊下の最終的な目的は、人界の人々を機械人間に改造して、闇の勢力を殲滅する事。そうであれば、整合騎士から記憶が引き抜かれている事などの、キリト達の話と辻褄(つじつま)が合ってしまう。

 

 

「クィネラは、そんな事(たくら)んでるっていうの……?」

 

 

 蒼褪(あおざ)めた顔のシノンの問いかけに、リランは頷いた。《声》が届けられてくる。

 

 

《あんなものがあったならば、そう考えるしかないであろう。整合騎士も、いずれはあの形か、あの発展形になるだろう。これまで交戦したエルドリエも、デュソルバートも、リネルもフィゼルもファナティオも、行き着く先はあの機械人間だ。彼らだけではない。お前の両親も妹のセルカも、ユージオも皆、あの機械人間にされてしまうだろう》

 

「エルドリエも、デュソルバート殿も、ファナティオ殿も、小父様(おじさま)も……セルカも……ユージオも……みんな……機械人間……最高司祭様の手によって……」

 

 

 麻痺しかかった口を動かして、アリスは言った。脳裏に情景が想像される。アリスの帰りを待っていたであろう両親、妹のセルカ、ルーリッドの村の人々。公理教会に忠誠を誓って戦っていた整合騎士達。そして、大切な人かもしれないユージオ。

 

 その全てが機械人間にされ、人界を埋め尽くす。襲い掛かってきた闇の勢力を、街も村も光線で吹き飛ばして、焼き尽くして、更地に変える。そうして闇の勢力も人々も、自然も動物も消え去った空っぽの世界で、最高司祭アドミニストレータが高笑いする。

 

 そんな光景が頭から消えていかない。このままアドミニストレータ猊下の思惑通りに事が進めば、いずれそうなる。そう思えて仕方がない。

 

 

「まさか、お前達はそれを阻止するために……?」

 

 

 今更になって、アリスは闖入者達に目的を尋ねていた。彼らの筆頭であるキリトが、頷いた。

 

 

「あぁ。俺達はアドミニストレータを止めて、人界を守るために、君達に反抗した。だけど、アドミニストレータの企みは予想以上だった。彼女を止めなきゃ、人界の全ての人々が機械人間にされて終わりだ」

 

 

 その言葉に偽りは感じられなかった。アリスは自身の胸の内にある感情を再認識した。

 

 私は、家族に会いたい。

 

 私を産んで育ててくれた両親に会いたい。

 

 私と血を分けた妹であるセルカに会いたい。

 

 そして、家族と同じくらい大切な人なのだとわかるユージオに会いたい。

 

 そのために、封印された記憶を取り戻したい。

 

 そう思い直したところで、アリスは目の前の剣士達に尋ねた。

 

 

「……お前達に協力し、最高司祭様を止める事ができれば……私は全てを思い出せるのですね。それで、家族に、セルカに会いに行く事ができて……ユージオがどういう人なのかを、確かめる事ができる。そうなのですね」

 

「あぁ、その通りだよ。アドミニストレータを止められれば、君は元の自分に戻れるんだ。家族に、セルカに会えるし、ユージオとも……あっ」

 

 

 剣士キリトは、やはり偽りのない声で答えたが、途中で何かに気付いたように立ち上がった。

 

 

(まず)い! ユージオがアドミニストレータのところに行ってしまったんなら、いち早く機械人間にされてるかもしれないって事か!」

 

《そうだ! だから、急がねばならぬ!》

 

 

 キリトを最初に、リランもシノンも立ち上がった。こうしている間に、大切な人であると思われるユージオがあんな機械人間にされているかもしれない。そうなってしまったら、もう取り返しがつかないだろう。

 

 そんな事、許してなるものか。ユージオもセルカも両親も、機械人間になどさせない。キリトがアリスを見下ろして声をかけてくる。

 

 

「アリス、君は」

 

「……お前達に協力します。人界と、そこに暮らす人々を守るため……このアリス・シンセシス・サーティ、たった今より整合騎士の使命を捨て、公理教会に、最高司祭アドミニストレータに――」

 

 

 という宣言は中断させられた。右目が突然痛み出した。何かが右目の中に入り込んでいて、喰い破ろうとしているかのようだ。

 

 痛みは瞬く間に右目から全身へ移動した。全身の血液が煮えたぎり、血管を壊して外に出ようとしているようだ。アリスは溜まらず倒れ込み、痛む右手で右目を押さえながら転げ回った。

 

 

「あ゛ッ、ああ゛あ゛あ゛あ゛ッ、右目が、あ゛ぁ゛っ」

 

「アリス、どうしたんだ!?」

 

 

 キリトの声が薄らと聞こえる。身体に揺さぶりをかけてきてくれているようだが、何も感じないに等しくなっている。開きっぱなしの右目には、何か文字のようなものが浮かんでいるように見えたが、それが何なのかを理解する余裕はない。

 

 

《心理障壁だ。恐らく公理教会に逆らおうとすると発動するようになっているのだろう。そうして(いや)(おう)でも公理教会に服従させるつもりなのだ。ユージオの時と同じだ!》

 

 

 リランの《声》の後にシノンの悲鳴のような声がする。

 

 

「この前右目が潰れてたユージオと!? じゃあ、このまま放っておけば、ユージオみたいに右目が!?」

 

《あぁ、爆発するぞ! そうなればどうなるか……!》

 

 

 今度はキリトの声がした。

 

 

「これもアドミニストレータの、クィネラの仕業(しわざ)なのか!?」

 

《いや、もしかしたらこれはラースの連中が仕組んだものかもしれぬ。カーディナルの話に出てきた原初の四人……恐らく貴族の起源になった奴がやったものだろう。だが、何故こんな事をする必要が……!?》

 

 

 そこまで聞いたところで、アリスは胸の内から強い感情が突き上げてくるのを感じた。怒りだ。何もかもを燃やしそうな灼熱の怒りが、心から流れ出て痛む身体に広がっていく。

 

 アドミニストレータはここまでの事をしていたのか。記憶を封印するだけに飽き足らず、意識まで操り、絶対的な服従を誓わせていただなんて。どこまで人を弄べば気が済むというのか。

 

 

「キリトッ……」

 

 

 アリスは歯を強く食い縛り、身体の痛みを強引に抑え付けて立ち上がろうとした。その途中でキリトの服の(すそ)を掴んで引き、問いかける。

 

 

「この痛みは……神聖文字は……最高司祭様によるもの……ですか……!?」

 

「違う。これは……この世界を創り、外部から観察している奴ら……創世記に出てこない四人の《神》とも言うべき連中の一人がやった事だ」

 

 

 キリトの答えについて、深く考えるほどの余裕はなかった。だが、神と呼べる者が実在していて、それがこの苦痛を発生させているのだというのはわかった。

 

 怒りが強くなり、全身の痛みが熱さに変わっていく。

 

 

「神ですって……ならば、この服従も、結局はその神の一人がやった事で……最高司祭様はそれを利用して……私達を……」

 

「……そうだ」

 

 

 アリスは更に強く食い縛った。この世界の人々を人形とでも思っているのか。私も人形だというのか。人形相手ならば何をしても許されるとでも思っているのか。

 

 怒りが頂点に差し掛かったところで、身体に力が戻ってきた。右目から見える文字が眩しいくらいの光を放って揺れ、周囲の奇妙な文様が高速回転している。痛みが右目に集束し、激しさを増すが、アリスは膝で立ち上がった。

 

 

「私は人形ではない! 確かに私は作られた存在かもしれない。しかし、私にも意思はある! 私はこの世界に暮らす人々を、家族を、妹を、大切な人を守りたい。それが私に課せられた使命です! その使命を果たすためならば――」

 

 

 アリスは金木犀の剣を引き抜き、床に深々と突き刺して支えにして、天へ叫んだ。

 

 

「最高司祭アドミニストレータと名も知らぬ神よ! お前達を斬り捨ててくれるッ!!!」

 

 

 次の瞬間、右目の痛みが一際強くなったかと思うと――、

 

 ぐしゃりという音を立てて、右目が爆発した。全ての感覚を破壊するような痛みが身体中を駆け巡り、一気に意識が遠のいた。しかしアリスは抗った。

 

 倒れてなるものか。

 

 負けてなるものか。

 

 屈するものか。

 

 そう思い続けながら、薄れゆく意識の中で家族と妹、大切な人の名前を何度も唱えた。そうしているうちに、痛みと衝撃が過ぎ去っていった。

 

 遠のいていた意識が、身体に自由が取り戻される。だが、すぐに下を向いてしまった。玉のような汗がぽたぽたと床に、金木犀の剣の近くに落ちていく。息も絶え絶えになっていた。

 

 そうなったアリスへとかけられる声があった。

 

 

「……アリス」

 

 

 アリスは声の主に向き直った。真実を教えてくれた剣士がそこにいた。

 

 

「……行きましょう、キリト。アドミニストレータを止めに、ユージオを助けに」

 

 

 アリスは剣士にそう告げた。

 






――原作との相違点――

・ユジアリ。
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