キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

519 / 645
15:青薔薇の騎士 ―整合騎士との戦い―

          □□□

 

 

「教えてください! 私がどんな娘であったのか、あなたとどういう関係だったのかを! 知っているのはあなただけなのです!!」

 

 

 叛逆(はんぎゃく)の騎士となったアリスは敵対する整合騎士に問いかけた。しかし「あぁ、教えてあげるよ、アリス」という優しい言葉が返ってくる事はなかった。代わりと言わんばかりに絶対零度(ぜったいれいど)の冷気を(まと)った剣撃が飛んでくる。

  

 キリト、シノン、リランの三人から公理教会の、整合騎士の真実を聞かされ、それらへの叛逆を決意したアリスは、三人と足を揃えてセントラル・カセドラルを登った。それまでに痛んでいた右目は爆発を機に痛まなくなったため、気にせずに歩き出す事ができた。

 

 当然右方向が見えなくなっているが、余計に首を動かせば解決する問題だったので、アリスは何も気にせず、ただ前を向いて歩く事にしていた。自分自身を取り戻す代償なのであれば、安いものだ。

 

 九十五層から上に登ると、そこは公理教会のどす黒い部分が凝縮された空間だった。リラン達の手で撃墜された機械人間に酷似した、生気も血の気もありはしない白い人間達が百人ほど、箱のような装置に固定されていたのだ。

 

 近付いてみると、ステイシアの窓らしきものに向かって神聖語を口にしているのだとわかった。キリトとシノンに聞いてみたところ、これこそが人界の全ての人間を監視し、罪を犯した者が現れれば、公理教会に通報して整合騎士を向かわせるものだと言った。そしてこれこそが、公理教会の元老であるとも言った。

 

 元老の正体については、アリスもあまりよく知らない方だった。元老長チュデルキンによれば、整合騎士達のような力はないものの、神聖術行使権限は遥かに上であり、撃ち合いになれば整合騎士など簡単に倒せてしまう存在であるらしい。

 

 それはどんなものなのか、どれ程の正義に(あふ)れた人達なのかと期待を込めた想像した事もありはしたが、真実はそれを粉々にしてくれるものだった。

 

 元老の正体は神聖術が得意という才能があるという事で公理教会に拉致(らち)された結果、自由も尊厳も奪い尽くされ、時折流動食を流し込まれながら、神聖語を唱え続けるだけの人間だったナニカ。あの機械人間と何も変わらないものだった。

 

 元老院は、何もかもを奪われた機械人間によって支えられていた存在だったという真実に、アリスはまたしても巨大な嫌悪に襲われた。吐き気は来ず、代わりに燃えるような激しい怒りが来た。

 

 どこまで人間を虫けら以下扱いすれば気が済むというのだ。このような悲劇の存在を作り出して動いている公理教会など、許されてなるものか。いや、絶対に許すものか。最高司祭アドミニストレータも、元老長チュデルキンも、絶対に許しはしない。

 

 そう思って足を進めたところで、全ての元凶である最高司祭の部下その筆頭がいる部屋に辿(たど)り着いた。異様なまでに膨らんだ極彩色(ごくさいしき)の衣服を身に(まと)い、「ほひー!」だの「ほおおおお!」だのと耳障りな声で叫んで大興奮しているそいつが、元老長チュデルキンだった。チュデルキンはアリスを見るなり激昂(げっこう)し、「役立たずの整合騎士」だとか言い出した。

 

 そこでキリト達から聞いた公理教会の真実を告げたところ、チュデルキンは大笑いし、それが真実である事を認めた。そしてアリスを捕まえて整合騎士にする時には「私の大切な人達との記憶を奪わないで」と言って泣いていたところを爆笑しながら見ていたとも言ってきた。

 

 あんなに泣いて許しを()うた娘は初めてだと。その娘が自分を天界から召喚された存在だと信じているのは滑稽(こっけい)極まりなかったと。いずれ機械人間にされる運命にあるというのにと。チュデルキンは(みにく)(わら)っていた。

 

 それがアリスの怒りを頂点に到達させた。気が付いた時、アリスはチュデルキンを切り捨てていた。だが、チュデルキンはアリスの一撃を何らかの術で回避してみせ、こちらを罵倒しながらどこかへ消えていった。

 

 チュデルキン達の嘘にまんまと騙されて、真実を知るキリト達を斬ろうとしていた。つい先程までの自分自身の有り様がたまらなく恥ずべきものに感じられてきたが、そうしている時間はなかった。

 

 アリスのように記憶を奪われて整合騎士にされる者、ここにいる元老のように機械人間にされる者をこれ以上出さないために、アドミニストレータを一刻も早く討たなければならない。キリト達から説得されたアリスは、彼らと共に上を目指した。

 

 そしてセントラル・カセドラルの九十九層に差し掛かったそこで、アリスは求めていた人物と再会した。亜麻色の髪に緑の瞳をした青年。間違いなく、アリスがこの白亜の塔へと連れてきた罪人の一人であるユージオだった。

 

 ユージオに会いたい。

 

 会って話を聞き、彼が知る自分を知りたい。

 

 そして彼を知りたい。

 

 その願いは早速叶う事になった。だが、それはアリスの望んだ感動の再会などではなかった。

 

 ユージオのしなやかな四肢は、青と白銀で構成された整合騎士の鎧に包まれ、その目は整合騎士特有の冷たい眼光を放つものとなっていたのだ。自分達がこうしている間にユージオが機械人間にされる可能性があるというリランの危惧(きぐ)は外れたようで、現実となっていた。

 

 ユージオはアドミニストレータに忠誠を尽くす整合騎士の三十二番目にされてしまっていた。

 

 整合騎士という変わり果てた姿にされた仲間に、キリトもシノンも動揺し、説得を(こころ)みたが、果たして彼は青薔薇の剣を引き抜き、交戦体勢に入る事で答えてきた。キリト達という大切な人々との記憶を奪われ、アドミニストレータの人形にされてしまっている証拠だった。

 

 ユージオからの初撃を、アリスは後方に飛び退く事で回避した。こちらからの呼びかけに応じてくれる様子がない。もう一度アリスは彼に呼びかける。

 

 

「ユージオッ!」

 

 

 どうか答えて。

 

 あなたは私のためにこの塔へ来たのでしょう。

 

 私はここにいますから。

 

 ――その思いが通じてくれる気配はなかった。彼の背後で大きな影が動いたかと思うと、轟音(ごうおん)が耳元に飛び込んできた。獣の声だ。飛竜の咆吼に似ても似つかない、聞いた事のない獣の声だった。

 

 はっとして向き直ってみると、その正体が判明した。飛竜だ。だが、それはアリスの見知った飛竜とは異なる姿をしていた。全身が銀ではなく白い甲殻に包まれており、あちこちに氷のような結晶体が規則正しく並んで突き出ている。

 

 肩の辺りから生える翼も水色の氷の結晶と白い甲殻で構成されているが、翼膜部分は白い毛に覆われているものの、そこに混ざる水色の細かい毛が美しさを感じさせる文様を作っていた。

 

 顔は獅子に類似した猛々しいもので、白銀の(たてがみ)は凍結されているのか、一本一本が槍の穂先のように鋭利に尖っている。そして額からは獅子が持たないはずの、氷の結晶によって作られた剣のような角が突き出ていた。

 

 いずれにしても、公理教会から渡されていた情報の中には存在しない姿をした竜。それがユージオの背後で咆吼したモノだった。その姿を確認したシノンが声をかけてくる。

 

 

「アリス、あれは!? あれも整合騎士が扱ってるものなわけ!?」

 

「いいえ、違います! 私もあのような竜は知りません。リランに似ているような気もしなくはないですが……あれは一体……!?」

 

 

 公理教会は自分達整合騎士の記憶を抜き取って操り人形にしていた事から始まり、何かしらの言いがかりに等しい事を言って人を拉致して機械人間に改造していたり、その攻撃で人界の罪なき人々が暮らす街を壊したりなど、やりたい放題していた。なので、何を繰り出してきたとしてもおかしくはないという事だ。

 

 これまで光り輝いて見えていた公理教会は、どす黒い事以外何もわからない、得体のしれない怪物のようなモノになっていた。そんなものにユージオが捕まってしまって、整合騎士にされてしまったというのは悔しくてたまらなかった。

 

 その彼に向けて、もう一度アリスが呼びかける。

 

 

「ユージオ、私です、アリスです! あなたが追い求めていたアリスです! 私の事がわからないんですか!?」

 

 

 その時、ようやくユージオの口が開かれた。氷のように冷たそうに見える唇が動く。

 

 

「わからないし、興味もないよ。僕はあの人の命を脅かそうとしてる君達を排除するために、冬追(フユオイ)と一緒にここにいるんだ」

 

 

 その声が耳に入った途端、寒気が背筋を撫で上げてきた。ユージオの発したものは本当の氷のように冷たい声だった。まるで着色された氷の彫像が神聖術で動いて言葉を発しているかのような錯覚に陥りそうにさえなる。

 

 《雲上庭園》で戦った時、いや、このセントラル・カセドラルに連れてくる直前にいた修剣学院で出会った時、彼はこんなに冷たい雰囲気を漂わせるような人物ではなかった。これも最高司祭アドミニストレータが彼を作り変えてしまったせいだというのか。

 

 ようやく記憶を奪われる前の自分にとって大切な人だったユージオと再会できて、その事を教えてもらえると、ユージオがどういった人物なのか、どうして大切な人なのかを知る事ができると思ったというのに。アドミニストレータはどれ程自分達から奪えば気が済むというのだろう。

 

 燃えるような怒りが胸の内から湧き出てきて、心を喰い破って外に出てしまいそうになっている。だが、その矛先をユージオに向けるような事があってはならない。ユージオもまた大切な記憶を奪われて、アドミニストレータの操り人形にされた被害者なのだから。

 

 

「興味がないですって? あなたは何よりも私の事を求めていたんでしょう。そのためにここへ、人界で一番の危険地帯であるセントラル・カセドラルを登って来たんでしょう。そんな私よりも大切なものとは何ですか」

 

 

 咄嗟(とっさ)に問うたその時、ユージオの頬が僅かに感情を宿したような気がした。しかしすぐに白い冷気が彼の顔を覆い隠そうとする。間もなく声が返ってきた。

 

 

「知らないし、知りたくもないよ。君の事も誰かの事も。もう嫌なんだよ……のは…………」

 

 

 後半何かを言ったようだが、聞き取れなかった。冷気が晴れた時、ユージオは深く身構えていた。青薔薇の剣が金色の光を放って、部屋の中をその色に照らしている。

 

 

「これ以上話す事なんてないよ。戦おう。君達もそのために来たんだろ?」

 

 

 そう言った直後に、ユージオは床をだんと蹴り上げて高速でアリスに突っ込んできた。如何(いか)にも整合騎士が使用する突きの技である。彼の剣の先端が到着するよりも前に、アリスは右方向に飛び込む事で回避する。

 

 それまでアリスのいた空間をユージオの剣が通過し、空間に残ってしまった髪の毛の先端がほんの少しだけ斬られた。もう少し遅れていればまともに受け、身体に風穴でも開けられてしまった事だろう。

 

 今となっては忌まわしき存在であるアドミニストレータから贈られてきた、この鎧は非常に頑丈で軽いが、それでもユージオの剣を受け続けられる保証はない。強力な一撃であれば尚更だ。

 

 彼を傷付けたくはない。どうすれば、どう立ち回ればいい――そう思考しようとしたアリスを、ユージオが冬追と呼んだ白き獅子竜の突進が襲ってきた。ユージオの突きの技と二重だった。いや、ユージオが攻撃を外したから追い打ちをかけてきたのか。

 

 どうであったとしても避けれそうにない。衝撃に備えるべく、金木犀の剣を横にして全身に力を込めた。だが、直後に襲ってきたのは冬追の巨躯ではなく、大きくて重い物体が衝突し合ったような音だった。目の前を見てみれば、竜が二体に増えていた。片方はユージオの獅子竜で、もう片方は白金色の体毛の翼狼。

 

 リランだ。それまでキリトの肩のあたりで小さな姿になっていたリランが本来の巨大な身体を取り戻し、冬追の横腹目掛けて突進を繰り出して、冬追をアリスの左方向に遠ざけてくれていた。その背中には当然と言わんばかりにキリトが(またが)っている。

 

 

「キリト、リラン!」

 

「だけじゃないわよ!」

 

 

 アリスの呼びかけに少女が答える声がしたのと同刻、冬追の頭部周辺を複数の矢が襲った。矢が来た方向を見たところ、シノンが弓を構えていた。リランの突進に続く形で矢を冬追に放ったのだ。冬追は敵意を剥き出しにして彼らへ身構えている。注意が完全に彼らへ向いたようだ。

 

 リランの背に乗るキリトが言葉を飛ばしてくる。

 

 

「アリス、この竜の相手は任せろ! 君はユージオを頼む!」

 

「しかし……!」

 

 

 相手は見た事もない竜だ。彼らだけで勝てる相手なのか。しどろもどろしかけるアリスに、今度はシノンが言ってきた。

 

 

「私達、こういうのを相手にするのには慣れてるのよ! あんたは思う存分やりなさい!」

 

 

 シノンはそう言って弓の弦を引き、冬追へ矢を放った。キリト達はエルドリエ、デュソルバート、ファナティオという三人の整合騎士を退け、機械人間を倒してここまで来た者達だ。彼らならば冬追の相手もできるだろう。

 

 ユージオもアリスに視線を送り続けているようで、冬追に加勢しようとしている様子は見受けられない。狙いは双方に分断された。これでユージオに集中できるようにはなった。

 

 

「……もう一度問いかけます。あなたは私の事を求めてキリトとシノンと、リランと力を合わせ、整合騎士達を倒して、この塔を登ってきたのでしょう」

 

「……」

 

「キリトから聞きました。あなたは修剣学院に居た時も、日々の鍛錬を怠らない人であったと。それも全部私のためだったのでしょう。統一大会で優勝を果たし、私のいるセントラル・カセドラルへ来るためだったのでしょう」

 

「……」

 

「そこまでできていたあなたは、とても強い意志を持っていたはずです。私に対して一途な思いを持っていてくれたのだとわかります。なのに何故、最高司祭様に負けてしまったというのですか。《シンセサイズの秘儀》に、どうして負けてしまったというのですか」

 

「……」

 

「あなたの意志はその程度だったというのですか、ユージオ!」

 

 

 どんなに呼びかけてもユージオは沈黙で答えてくるばかりだった。まるで心が通じていかない。ユージオの心そのものが冷たい氷の中に閉じ込められてしまっているかのようだった。アドミニストレータによる《シンセサイズの秘儀》のせいだろう。

 

 このまま黙り続けるつもりかと思われたその時、ユージオの口が開かれた。

 

 

「意志ならあるよ。あの人のために君達を倒したいっていう意志が、僕にはある。あの人は僕の欲しいものをくれる。僕にはもう、それだけで十分なんだ」

 

「欲しいもの? それは私よりも大切なモノだというのですか」

 

「あぁ、そうかもしれないね」

 

 

 そう告げたユージオはまた床を蹴ってアリスへ突進してきた。剣を瞬時に振りかぶってくる。すかさずアリスも金木犀の剣で左下方向から斬り上げる。次の瞬間には両者の刀身が衝突し合い、がきぃんという鋭い金属音が放たれた。

 

 氷と樹木。金属ではないものの金属に勝る鋭さを持つ刃がぶつかり合い、火花が散る。だが、その火花も出てすぐに消えていく。ユージオの周囲に漂う冷気のせいだ。息を吐けば白くなって出てくるくらいに、ユージオの近くは冷たかった。

 

 ユージオはアドミニストレータが作った頑丈な氷に包み込まれ、言葉も心も通じないようになっている。このまま語りかけ続けたところで終わりのない堂々巡りになるだけだ。

 

 どうするべきか。自分の手で、金木犀の剣でユージオを覆う氷を砕き尽くす。そうすればきっと、ユージオが自分を思い出すかもしれない。元に戻ったユージオが、自分の事を教えてくれるはずだ。

 

 本末転倒のようだが、そのためにはユージオを斬り、叩き伏せるしかない。今は戦うのだ。大切な人であるユージオと。

 

 

「せっ……やああッ!!」

 

 

 アリスは腕に全体重と力を込めて、剣を押し込んだ。押し返してくるとは思っていなかったのか、ユージオとの鍔迫り合いがこちらの勝利で終わり、ユージオは後ろに()()った形で態勢を崩す。

 

 その隙を見計らってアリスは剣を一瞬で構え直し、右上方向から斬り込んだ。刃がユージオの鎧の胸部へ吸い込まれようとしたその時――。

 

 かぁんっという鋭い音が鳴り響き、剣が止まった。とても硬いモノに剣を打ち付けた時のような痺れが腕に広がり、一瞬筋肉に力が入らなくなった。ユージオの胸の鎧に当たったのかと思ったが、明らかに鎧を叩いた時のような手応えとは違った。

 

 咄嗟に剣先を確認したところで、アリスは「えっ!?」と声を上げて驚いてしまった。ユージオが左腕で金木犀の剣を受け止めていた。そこには厚めの板状の何かが確認できる。盾だ。一体どこに隠していたのか、ユージオは左腕に盾を装備する事でアリスの剣を防いでいた。

 

 

「盾……!?」

 

 

 思わずアリスが口走ったそこで、ユージオは青薔薇の剣による右方向からの薙ぎ払いを仕掛けてきた。動作が開始された時点で気が付いたアリスは剣から力を抜いて後方へ飛び退く。ユージオから距離を取り、もう一度彼の姿を確認する。

 

 彼の左腕には、確かに楕円形(だえんけい)の盾が装備されていた。だが、それは金属による銀色の鈍い輝きではなく、水色の美しい輝きを放っていた。

 

 ――氷だ。冬追の身体にあるような水色の氷の結晶が盾の形状を作り、ユージオの左腕に納まっている。どうやらユージオはあの一瞬で氷の盾を作り、こちらの剣を防いだという事らしい。

 

 盾にできるくらいの氷を一瞬で作り出すのは、高位の凍素神聖術を使えばできるし、それくらいならば自分でもできる。だが、その場合にはそれなりの時間のかかる詠唱が必要だ。

 

 なのに彼は一切の詠唱無しで氷の盾を作り出すなどという離れ業をやってみせた。並みの整合騎士が成せる業ではない。

 

 ユージオは明らかに《雲上庭園》で戦った時よりも強くなっているうえ、下手すれば騎士長ベルクーリに匹敵するほどの実力者になっている可能性さえある。彼はあれほどの潜在能力の持ち主だったのだろうか。いや、アドミニストレータがユージオの記憶を抜き出すだけに飽き足らず、戦闘能力や上位神聖術を使えるように改造を加えたのか。

 

 そうに違いない。考えてみればここは九十九層。あと一層登ればアドミニストレータのいる最上階だ。ここはアドミニストレータにとっては最後の砦。そこを守る切り札としてユージオを配置したというのであれば納得できる。

 

 やり方としてはとても妥当(だとう)だが――アリスからすれば怒りを募らせるだけの方法だった。

 

 

「最高司祭様……貴女(あなた)という人はッ!」

 

「あの人への愚弄(ぐろう)は許さないよ」

 

 

 

 アリスの言葉に応じるかの如く、ユージオは冷気を左手に集束(しゅうそく)させた。氷の盾が一瞬で砕けて消えたかと思うと、今度はユージオの左手に氷の短剣が姿を現した。

 

 やはり彼は冷気を自在に操り、氷の武器や盾を瞬時に作り出す力を得ている。それは彼が元から持っていたモノなのか、アドミニストレータが与えたモノなのか、それとも絶対零度を宿す青薔薇の剣の力の副産物なのか。

 

 頭の中で思考を巡らせるアリスに向けて、ユージオは氷の短剣を投げつけてきた。寸でのところでアリスは身体を逸らす事で回避したが、またしても少し遅れてしまい、頬を(かす)めた。鋭い痛みが走ったが、すぐに冷たい感覚に打ち消された。軽い凍傷になったらしい。

 

 彼の作り出す氷は、それ自体がすさまじい冷気を纏っているようだ。直接吹き付けられたりしたものならば、《雲上庭園》の時よりも早く氷漬けにされてしまう事だろう。だが、彼はそうする事なく、アリスに向かって氷の短剣を次から次へと投げつけてきていた。

 

 アリスは床を蹴って走り、飛来する短剣全てを避けながらもユージオとの距離を詰めた。一撃を入れない事にはこの状況が好転も進展もする事はない。彼を斬りたくはないが、彼を助けるためには斬らねばならない。倒錯(とうさく)した現実を打ち破るべく、アリスは金木犀の剣をユージオへ振り下ろした。

 

 右上部からの振り下ろしを、ユージオは左下部からの斬り上げで迎え撃ってきた。再び金木犀の剣と青薔薇の剣の刀身が衝突し合い、ぎぃんという鋭い金属音を発しながら火花が散る。二度目の鍔迫り合い。しかし今回のそれを長くするつもりはなかった。

 

 アリスはユージオの剣を受け止めた直後に力を抜き、右後方へ下がった。いきなり力を抜かれるのは想定していなかったのだろう、ユージオは一瞬驚いた――感情が取り戻された――ような顔になって前のめりになる。体勢が崩された。

 

 

「はああああッ!」

 

 

 アリスは彼と同じやり方で左下部からの斬り上げを放った。刀身がユージオの右手を覆う籠手に直撃し、手応えが来た。同刻、ユージオの右手から青薔薇の剣が弾き飛ばされ、ユージオは後方へ仰け反らされた姿勢になった。これでほんの一瞬だけユージオに隙を作る事ができた。

 

 その隙に刺し込むように、アリスは右上部からの振り下ろしをもう一度放った。

 

 お願い、当たって――!

 

 ユージオを元に戻して――!

 

 願いが込められた黄金の剣がユージオの身体へと迫る。そして到達しようとした――寸前で、またしても鋭い金属音が耳に飛び込み、衝撃が身体の表面を流れた。また盾で防がれたかと思ったアリスを、目の前の光景は驚かせた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 アリスの剣を受け止めていたのは、氷の盾ではなかった。青薔薇の剣とは似ても似つかない、とても簡素な作りであるものの形自体はしっかりしている、一本の氷の剣が、唐突にユージオの左手に握られており、金木犀の剣の進行を防いでいた。

 

 

「そんな、そこまで……!?」

 

「はぁッ……」

 

 

 驚かされているアリスの手に収まっている剣を、ユージオは氷の剣で押し返してきた。アリスは瞬時に我に返って、腕に力を入れて応戦する。

 

 押し込もうとする度にがりがりと氷が砕けるような音が鳴り、剣を構成する氷の粒が散ったが、しかし氷の剣の刀身が削れる事も、折れる気配さえもなかった。一見脆そうだが、頑強さは鋼鉄に匹敵するものとなっているらしい。

 

 ユージオ、あなたはこの短時間で一体どれほど強くなったというの。自らの脳内が生み出す疑問の沼に、アリスは自ら溺れそうになっていた。だが、溺れる事は許されない。そうなればきっとユージオに斬られて終わってしまう。

 

 そう、ユージオを助け出して、自分の本質を、ユージオとの関係を知る事ができないまま。

 

 

(そうなって、たまるものですかッ!!)

 

 

 アリスは歯を食い縛り、全身の力を金木犀の剣へ預けた。ぎりぎりという金属音が鳴り続け、ユージオの氷の剣が離れていく。ユージオの表情に若干の驚きの色が見えた。どうやら押し返してくる事を彼は想定していなかったらしい。これならば、いけるかもしれない。

 

 

「やあああああッ……!!」

 

 

 身体の底から声を絞り出し、アリスは力を入れ続けた。そのままユージオとの鍔迫り合いの決着をつけようとしたその時だった。ユージオが不意に右手を後方へと伸ばして手を広げた。

 

 直後、アリスによって弾き飛ばされた後に床に落ちていた青薔薇の剣がゆらりと空中へ舞い上がる。

 

 

「!」

 

 

 アリスが瞠目した時には、青薔薇の剣はユージオの右手に戻り、鍔迫り合いに加勢してきていた。一気に剣が重くなり、勢いがひっくり返る。じりじりと後退させられながら、アリスはユージオを再度見つめた。

 

 

(心意の(かいな)……!?)

 

 

 神聖術でも武装完全支配術でもなく、純粋な意志の力で、離れたところにある物体などを目に見えぬ手で掴み、自身のところに引き寄せたり、あるいは別な場所に移動させたりできる、古より整合騎士達に伝わる秘術。

 

 それは整合騎士の中でも限られた者だけが使えるものとされ、アリスも騎士長ベルクーリ以外に使用者を知らないくらいだ。アリス自身も鍛錬を重ねていたが、まだ行使できるようにはなっていなかった。

 

 

「そんなもの、まで……!?」

 

 

 アリスが零したところで、ユージオは一気に剣に力を込めてきた。このまま押し込まれれば体勢を崩させられ、隙を与えてしまう。そうなれば青薔薇の剣と氷の剣で一閃されて終わりだ。そうなってなるものか。

 

 

「ッ」

 

 

 アリスは瞬時に力を抜きつつ左方向に床を蹴った。ユージオの側面に回り込み、ユージオはぐらりと前のめりになった。だが追撃はできなかった。ユージオは態勢を低くしたかと思うと、両手の剣で回転斬りを放った。アリスが先程同様に追撃してくると踏んでいたのだろう。

 

 だが、それもまたアリスは予想できていたので、即座に後方へ跳ぶ事で回避できていた。壁の近くまで下がってからユージオを(にら)みつける。彼は既に回転斬りを放った後の姿勢から戻っていた。

 

 背筋がぴんと伸ばされ、鎧の後部に装着されているマントがゆらゆらと揺れているが、ところどころ霜が降りているように白くなっている。ユージオの身体から放たれる冷気のためだ。

 

 そんな状態が彼にとっての正常な姿であると言えるだろうか。自分の記憶の中に存在する《大切な人》であるユージオの姿と、同じなのだろうか。

 

 

(……そんなわけがない)

 

 

 思い出そうとしても思い出せない。だが、それだけはわかった。あれがユージオの正常な姿であるわけがないのだ。キリト達と共に見た機械人間と同じだ。アドミニストレータによって何らかの改造を受け、正常ではない姿にさせられてしまった。

 

 元に戻してやらなければならない。ここまで彼を連れてきてしまった自分以外、その責任を取れる者は、いない。

 

 ユージオが左手の氷の剣を自ら砕いて、氷片に変えたところで、アリスは声掛けをした。

 

 

「……やはり、あなたは完全に私の事を忘れてしまったようですね」

 

「あぁ。君の事は何も知らない。それはさっき言っただろう」

 

「しかし、あなたは私の事を憶えているはずですよ。現に私も、ぼんやりとではありますが、あなたの事を憶えているみたいですから」

 

 

 アリスがそう告げたそこで、ユージオの目が若干見開かれた。

 

 

「ですが、私一人の力では、この記憶を完全に呼び覚ます事はできません。そこで、あなたの力が必要なのです。あなたが持っている、私への記憶が、想いが、必要なんです」

 

「……」

 

 

 今度はユージオの表情が若干曇った。そんな事言われてもと言っているかのようだ。アリスは続ける。

 

 

「だから、あなたを今から叩き起こすとします。無理矢理にでも、私の事を思い出させてあげますよ、ユージオ」

 

 

 記憶を封印されてる私に言える台詞じゃない――そう思いながら、アリスは意識と力を金木犀の剣へ流し込んだ。武装完全支配術、発動。金木犀の剣の刀身が山吹色の光になって分解し、幾百、幾千もの花弁状の刃となって空間に散らばった。

 

 

「はあああああああッ!!」

 

 

 アリスが柄だけになった剣を振るうと、花弁の刃の群れは号令を受けたようにユージオへと飛翔した。岩を一瞬で斬り刻んでしまうほどの切れ味と威力を誇る黄金の突風が襲い掛かる。

 

 流石のユージオでも、これで深手を負わないわけがないが――先程からユージオはこちらの予想を遥かに上回る行動を繰り返してきている。今度も何かしてくるかもしれない。アリスは気を張り詰めさせて、黄金の突風をユージオへ向かわせる。

 

 突風の到着二秒前、ユージオが行動を起こした。右手の青薔薇の剣を両手持ちしたかと思うと、一瞬にして青薔薇の剣が氷に覆われて巨大化。青薔薇の剣は両手剣へ姿を変える。

 

 

「はあああッ!!」

 

 

 片手剣を両手剣に変貌(へんぼう)させるという驚くべき業を披露したかと思えば、ユージオは右脚を思いきり上げ、即座に振り下ろした。

 

 床がだぁんと強く蹴られたその次の瞬間、猛烈な冷気がユージオの前方に放たれた。全てを真っ白に染め上げる吹雪のような冷気は真っ直ぐ進み、アリスの放った黄金の突風にぶつかった。

 

 常軌(じょうき)(いっ)した吹雪のような冷気に見舞われた黄金の刃達は凍り付き、次々と床に墜落した。凍らされる事で勢いを削がれ、動く事もできなくなったのだ。まるでアリスの武装完全支配術を事前に知っていたかのような対処方法だった。

 

 アリスは目を見開いたが、頭の中は冷静に思考が巡っていた。そうだ、彼には一度この手を見せている。雲上庭園で戦った時に、迫ってきた彼らにこれで応戦した。その攻撃の対処方法を見せてきているという事はつまり、彼はその時の事を憶えているという事になる。

 

 もしかしたら彼は、自分のように深刻な記憶封印をされているというわけではないのかもしれない。ならば、入れられる隙間は、ある。

 

 

「ッ!!」

 

 

 アリスはぶんと金木犀の剣の柄を振るった。吹雪に呑み込まれる寸前で残っていた花弁状の刃が方向転換し、金木犀の剣の許へと戻ってくる。

 

 刀身が再生されたが、普段の半分程度の長さで止まってしまった。残りを構成する花弁状の刃は凍り付いたまま床に落ちているからだ。

 

 だが、それで十分だった。アリスはかっと顔を上げる。吹雪で凍り付いた花弁達を踏みながら、ユージオが走ってきていた。両手剣を振り上げた姿勢に入っている。とどめの一撃を放って勝負を付けるつもりだ。

 

 それはこちらも同じ事。次の一撃で、勝負を決める。

 

 

「やあああああッ!!」

 

「せやあああああああああッ!!」

 

 

 ユージオの咆吼に咆吼で応じて、アリスは全身の力、重さ、意識さえも乗せて、半分の金木犀の剣をユージオの青薔薇の両手剣に打ち付けた。

 

 があああんという轟音が耳を(ろう)し、衝撃が腕の筋肉を駆け回った。間もなく身体の内側でぶちぶちと音が聞こえた気がして、すぐさま強い痛みが走り出す。だがそれらを振り切って、アリスは金木犀の剣を押し出した。

 

 がきいいんっ。

 

 鋭い金属音が鳴り響き、両者の剣が弾かれて、アリスとユージオは互いに後方へ仰け反る姿勢になった。ユージオの手から青薔薇の両手剣が、アリスの手から金木犀の剣が零れ落ちる。

 

 そこで最初に動き出せたのは――アリスだった。

 

 

「ユージオ――――ッ!!!」

 

 

 身体の底から叫んで、アリスはユージオへ飛び込んだ。勢いを載せてユージオの身体を抱き締めながら、彼の後方の床に激突し、(もつ)れ合うようにしながら転がった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。