キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:輝ける双剣 ―60層主との戦い―

「ディアベル、回避だッ!」

 

 俺の声も虚しく、獣人王は振り上げて降ろし、ディアベルと連合軍の多数のプレイヤーをその場に叩き伏せた後に、地面に沿って剣を上方向へ振り、倒れたプレイヤー達を上空へかち上げ、まるで居合をする直前のような姿勢を取って力を溜め込み始め、目の前にプレイヤー達が降って来たところへ、大剣を振り切った。その刹那に、獣人王から暴風が発せられ、呑み込まれたディアベル達は一気に吹っ飛ばされて、地面に激突。そのまま何度も地面を転がって、ようやく止まった。

 

「ディアベル、無事か!?」

 

 近くまで駆け付けてしゃがみ込むと、ディアベルはその身体を起こそうとしたが、すぐにまた倒れてしまった。HPの方に目を向けてみれば、危険を示す赤色のゲージが、数ドット単位で残っているだけだった。何とか死なずに済んだみたいだが、致命傷に近しい。

 

 周りの連中はどうなった――そう思って顔を上げた瞬間に、獣人王のソードスキルを受けて地面に倒れた、聖竜連合と血盟騎士団の強者と言える戦士達が、次々とポリゴン片となって爆散したのが見えて、背中に悪寒が走った。爆散した者達の数は今見えただけでも7人。生き残ったのはその中で最もレベルが高かったディアベルのみ。

 何という事だというのか。ここまで来て、7人も殺されてしまうなんて――!

 

 ディアベルの甚大なダメージと、7人の死亡者を見てしまった連合軍は、その見事な陣形を崩して隙を晒し始めた。まさか犠牲者が出るなんて思ってもみなかったのだろう、同攻撃していいのか、攻撃が来たらどう対処するべきなのか理解できなくなっているようだ。だけどあのままでは、攻撃も回復もままならないし、攻撃が来れば今の7人の二の舞になる。

 

 頭の中にまた、月夜の黒猫団が、サチが死んだ時の光景がフラッシュバックする。まただ。またあの瞬間が俺の目の前で繰り返されようとしている。このままではあの獣人王、茅場に、この世界に、みんなが殺されてしまう。

 

 ――そんな事を、許してなるものか。もう、あんな光景を繰り返して溜まるか。あの状況を繰り返さないようにするためには、この状況を完全にひっくり返すしかない。その手段は、俺の中に既に揃っている。発動させれば何か言われるかもだが、そんな事はもう、どうだっていい。

 

 俺は咄嗟に全快結晶を取り出してヒールと唱え、ディアベルのHPを全回復させると、そのまま前線で恐々としていたアスナ、クライン、ユウキ、後方でどう攻撃すべきかを伺っていたシノンに叫んだ。

 

「アスナ、クライン、ユウキ! 10秒間だけコボルトロードの攻撃を防いでくれ! シノンは俺が飛び出したと同時に、あいつに矢を射かけて怯ませるんだ!」

 

 三人は俺の指示を受け入れてくれて、獣人王に向けて突撃を開始。シノンもまた弓を構えてじっと獣人王の弱点である腹を狙い始めた。皆の声と剣と剣がぶつかり合う音を聞きながら、俺は装備ウインドウを開いて、盾装備するところに――リズベットが丹精込めて作ってくれた最高傑作《ダークリパルサー》を置き、スキルを《片手剣》から《二刀流》へ変更、OKボタンを押し、立ち上がった。

 

 背中に新たな重みが加わったのを確認すると、地面を滑空するように走り出す。丁度、三人の攻撃を受けて、コボルトロードの狙いは完全に俺から逸れていたが、俺が接近した事により、コボルトロードは俺の方に身体を向けて、剣を構えたが、すぐさま俺の横方向から光を纏った矢が通過し、コボルトロードの腹に突き刺さった。

 シノンの放った矢――不意打ちを受けてその場に跪いたコボルトロードに俺は一気に接近し、ソードスキルを放って硬直していた三人にもう一度叫んだ。

 

「スイッチ!!」

 

 俺の号令を受けた三人は一旦後退し、獣人王から離れた。ボス部屋の一角が俺と獣人王だけが存在する状態になったところで、俺はソードスキル発動準備に入り、剣に黒紫色の光を纏わせ、隙だらけの獣人王に振るった。

 

「ナイトメア・レインッ!!」

 

 剣を振るう度に、まるで悪魔がその鋭爪で獲物を引き裂くようなエフェクトが起こり、敵の身体が切り裂かれる。敵からすれば悪夢そのもののような、超高威力の16連撃を、俺は頭の中がスパークしてしまいそうな速度で放った。その身を16回も切り裂かれた獣人王は溜まらず悲鳴を上げて後退し、目に見えるくらいにHPの残量を減らす。そして、俺の<HPバー>の下側に表示されている人竜一体ゲージは、既に数回攻撃を仕掛けていたためか、右端に到達して、光り輝いていた。今なら、出来る!

 

「リラン――――ッ!!」

 

 咄嗟に叫んだ瞬間、俺の背後で大きな光が巻き起こり、その数秒後に巨体が横切って、目の前の獣人王を跳ね飛ばした。白金色のを胸と腹に生やし、凛とした狼のそれによく似た輪郭を持ち、額から大剣のような角を、耳の上部には枝分かれした金色の大きな角を、背中からは天使のそれと言ってしまってもいいような白金色の羽毛の翼を生やし、身体中を鎧のような金色の甲殻に身を包んだ、全長15メートルはあると推測できるドラゴンが、俺の目の前に現れていたが、すぐさま俺はその背中に飛び乗り、獣人王の方を向いた。

 

「行くぞリラン……今殺された奴の仇討だ」

 

 リランは頷き、力強く床を踏んで咆哮し、獣人王を牽制した。

 

《来るがいい豚野郎。不味そうだが相手してやる》

 

 リランの言葉が通じたのか、憎き獣人王は思い切り吼えて、大剣で斬りかかってきたが、空かさずリランが剣の角で応戦し、獣人王の大剣と鍔迫り合いの状態になった。激しい火花のエフェクトが、巻き起こり、いくつか顔にかかってきて熱さを感じたが、俺はもう気にしていなかった。犠牲者が出てしまった事への怒りで、もう目の前が紅くなっているような気がして、すぐさま獣人王をぶっ潰したいという欲求に駆られる。

 

 それがリランに通じたのか、リランの後ろの方で光が集まったのを感じた。これは、リランの尻尾の大剣が光を集めて、ソードスキルを炸裂させる前兆だ。咄嗟に武器を納刀してリランの背中にしがみ付くと、リランは鍔迫り合いになっていた獣人王の剣を弾いて怯ませ、その隙を突いてソードスキルを発動させた。

 

《オービタルギア!!》

 

 《声》と同時に、リランは身体を二回転させて、額の剣と尻尾の剣で四回獣人王を切り裂いた。プレイヤーではなく、自分と同じくらいの大型モンスター……ボスモンスタークラスの攻撃を受けた獣人王は大きく後方へ吹っ飛ばされて下がり、その命の残量の内の最後から二番目を失い、最後の一つに突入した。それでもまだ、警戒を示す黄色のまま変わっていない。

 

「リラン、まだだ、追い詰めろッ!!」

 

《わかっている! まだ攻撃するから、振り落とされるなよッ!》

 

 リランの《声》に従ってしがみ付くと、もう一度リランは走り出し、後退した獣人王との距離を詰めたが、リランが近寄ってきた事を恐れたのか、もしくはリランに激しい怒りを抱いているのか、獣人王は咆哮して、両手で大剣を握り、リランと俺を真っ二つにするべく兜割りを仕掛けてきた。

 

 もはや目で見る事が難しい速度で大剣が迫り来た瞬間、リランは突如顔を思い切り下げて、振り上げた。リランの額の剣と獣人王の大剣がぶつかり合い、激しい火花が散ったその時には、獣人王の大剣が真上に飛んでいた。リランの力が打ち勝ったのだ。

 

 獣人王が武器を失って慌て始めたその刹那に、リランは顔を上げて灼熱のビームブレスを発射、獣人王の剣に浴びせた。リランの口より発せられた熱線を浴びた獣人王の大剣は、刃の部分が熱を帯びて真っ赤に染まり、まるでユイがボスを消滅させたときに使った燃え盛る剣のようになって落ち始めたが、それを獣人王が掴みとろうとすかさずジャンプ――した瞬間にリランもジャンプして獣人王に追いつき、更に獣人王を踏み台にして上空へジャンプ、真っ赤に熱せられた大剣の柄を両手で掴み、そのまま獣人王に刃を叩き付けた。

 

 灼熱の剣は獣人王の顔面に突き刺さり、肉が焼けるような音と蒸気のエフェクトが獣人王の顔面から沸き上がり、獣人王は苦しみもがき、そのHPを赤色に変色させて、あと十数発喰らえば力尽きるくらいの量にまで命の残量を減らす。

 

 咄嗟に周囲を見回して、俺達の戦いを見つめたまま動かなくなっているユウキを見つけて、俺は咄嗟に声を送った。

 

「ユウキ、止めだ! こいつとの戦いを今、終わらせるぞ!」

 

 ユウキはハッとして頷き、俺達の隣まで走ってきたが、同時に俺はリランの背中から飛び降りて、二本の剣を抜刀、ユウキと並んで地面を走り、獣人王に迫った。そして獣人王の目の前に来たところで、ユウキは口角を上げた。

 

「使えないけど、真似はやってみようかなッ!」

 

 そう言った直後、ユウキは剣に光を纏わせないまま、獣人王に向けて突き攻撃を放ち始めたが、俺は思わず目を疑った。ユウキはシステムアシストを受けていないにもかかわらず、もはや目で捉える事が出来ないくらいの速度で、何かの紋章を描くように突き攻撃を繰り出しているのだ。その回数は実に、10回に及んでいる。これが、これこそがユウキがALOで絶剣と呼ばれる理由なのであると理解する。

 

「はあああああああああッ!!!」

 

 そして最後の一回であろう11回目の突きを、咆哮しながらユウキは放った。最後の一撃を受けた獣人王の身体はかち上げられたように上空へ軽く浮かび上がる。硬直してはいないけれど、ユウキとスイッチして、俺は二本の剣による、ユウキと同じ突属性ソードスキルを放ち、赤い光を剣に纏わせる。

 

「はあああッ!!!」

 

 紅い光を纏った剣で、8回連続で敵を突く二刀流ソードスキル《クリムゾン・スプラッシュ》が発動し、俺は8回、ソードスキルのアシストに身体を任せつつも自分の速度を混ぜさせながら、獣人王の弱点である腹部に突きを叩き込んだ。そして最後の一撃が決まった瞬間、獣人王の身体は部屋の奥にある玉座のようなオブジェクトのところまで吹っ飛んでいき、激突。やがて水色のシルエットとなり、それから十秒も経たないうちに盛大な爆発音と共に無数のポリゴン片となって爆散、消滅した。

 

 それまで騒々しかったボス部屋が静寂に包まれて、俺達プレイヤー達だけが存在している状態になった次の瞬間。それまで戦いを続けていた俺達の目の前に、ボスを倒して次の層への階段を解放した証であり、ボス戦を終了させたシステムからの激励である《Congratulations!!》の白い文字が出現する。

 

 その文字を目の当たりにした瞬間、プレイヤー達は大いに喜び始めて、ボス部屋を歓声で包み込んだ。

 

 あの忌まわしき獣人王が倒された。その達成感のあまりこうやって歓声を上げたのだろうけれど、俺は全くと言っていいほど、その気にはなれなかった。さっきのボスの攻撃で、7人も殺されてしまったからだ。

 

 もっと早く二刀流を解放して、もっと早く人竜一体を発動させて置けば、ひょっとしたら今のような事はなかったのかもしれない――そんな思いが心の中に渦巻いて、何だか喜ぶ気にはなれなかった。

 力が抜けたように座り込んでいる俺に、背後から声が聞こえてきた。

 

「キリト」

 

 振り返ってみれば、そこにいたのはディアベルと聖竜連合の幹部達、アスナと血盟騎士団の強者達、クライン、ユウキ、そしてシノンだった。

 

「みんな……ごめん。7人も死者が出てしまった」

 

 俺の言葉に皆は俯いたが、やがてディアベルが首を横に振った。

 

「悪いのは俺だキリト。俺がもっとしっかりと指示をしていれば、彼らが攻撃に巻き込まれる事もなかっただろう。お前は悪くないよキリト」

 

「そういうなら私も同じよキリト君。私も、もっとボスの動きを観察して、事前に指示を下して注意を促しておけば、あんな事にはならなかったかもしれない」

 

 俺は何も言わなかった。直後、クラインが俺の肩を叩いた。

 

「確かに犠牲が出ちまったのは悲しいさ。だけど、俺達を見てみれば、やられた連中よりも生き残った連中の方が多いじゃねえか。そこは素直に喜んで、ここで倒れちまった奴らも分まで生きて、この世界から現実に帰る事を目指そうぜ」

 

 クラインの慰めるような顔を見ると、どこか心が浮かばれるような気がした。確かに犠牲が出てしまったのは悲しいし、悔しいけれど、ここで立ち止まっていいわけじゃない。

 

「そうだな……」

 

 俺はそう言って立ち上がったが、直後にアスナが自分の右手で左腕の関節を軽く掴んだ。

 

「それでも、聖竜連合の方で4人、血盟騎士団の方で3人の犠牲が出てしまったのは確かだわ。次の層に行ったらいったん戻って、彼らの葬儀を開きましょう」

 

「俺も同意見だな。せめて死んでしまったみんなを、精一杯弔うとしよう」

 

 アスナとディアベルに頷くと、クラインが俺の背中に目を向けてきた。

 

「それにしてもキリト、さっきのあれは何だったんだ」

 

「え、人竜一体の事か? 人竜一体なら既に話してあるだろ」

 

「そうじゃねえよ。剣を二本装備して、見た事ないスキルを打ち込んた時だよ。あれは一体何だったんだ」

 

 そういえば、今日が初めて、シノン以外の皆に二刀流を見せた時だった。みんなからすればあの戦いは何が起きたのかわからないものだったのだろう。

 

「《二刀流》スキルだ。恐らく、ヒースクリフの持つ《神聖剣》スキルと似たような類。剣を両手に装備して、ものすごい手数で攻撃が出来るようになるんだよ」

 

 俺の説明に周りがおおっという声を上げ、その内の一人であるディアベルが言う。

 

「すげぇ、それってどうやったら出てくるんだ?」

 

「俺にもわからない。ある日、スキルウインドウを見たら、突然出現していたんだ。その日の前までは何もなかったから、本気で何が原因で現れたのか、わからないんだよ」

 

 クラインが残念そうな顔をする。

 

「なんだよ、それじゃああんまり意味ねえじゃねえか。お前ばっかりいいもの手に入れてよー。リラン然り《二刀流》然り、シノンさん然り。まぁ俺は人間が出来上がってるから別に羨ましいとか嫉妬とか思わないけれどよ」

 

 アスナがどこか安心したような顔をした。

 

「でも、今回私達はキリト君の《二刀流》に助けられたんだね。もしキリト君が《二刀流》を使ってくれなかったら、もっと多くの犠牲が出ていたと思うから……」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ、アスナ。まぁ俺はいつの間にか《二刀流》使いになったけれど、その出現条件とかは全くわからないって事だけはわかってくれ。さてと、みんな疲れただろうし、ひとまず次の街に行ってアクティベートを――」

 

 そう言った瞬間、ボス部屋の入り口の方から悲鳴が聞こえてきて、俺達は思わずぎょっとした。もうボスは倒されて、プレイヤーが倒される要素なんてどこにもないはずなのに、一体何が起きたのか――そう思って入口の方に全員で目を向けた瞬間、それまでいなかったプレイヤーの姿が確認できた。

 

 黒いぼろぼろのポンチョと、黒いズボンを身に纏い、手に俺達が持っているものとは違って、まるで殺戮のために作られたような凶悪な外観の武器を持った、凶悪な面構えをしたプレイヤーが、15人ほど。

 

 その中にひときわ目立つ、闇に溶け込むような黒いポンチョと同じく黒いズボンは変わっていないが、針剣(エストック)を持って髑髏の仮面を付けた者、目の部分のみくり抜かれている黒いマスクを装備して、緑色に染まったダガーを持った者、そして巨大な肉切り包丁のようなダガーを装備した、仮面やマスクなどで顔を隠していない長身の男の姿が確認出来て、俺達は背筋に悪寒を感じそうになったが、すぐさまそれは消えた。

 

 ――男達の近くにいた、ボス戦に参加していた連合軍のプレイヤー達が10人ほど次々倒れ、そのまま水色のシルエットとなり、ポリゴン片となって四散したからだ。そしてその10人を殺した張本人達であろう集団を、俺は呼んだ。

 

「《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》!!」

 

 俺の声に気付いたのか、肉切り包丁を装備している長身の男が、口角を上げた。

 




笑う棺桶の襲撃。
リーダーのCVは焼野原ひろしさんでお願いします。

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