キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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24:舞い降りてきた者達

 

 

           □□□

 

 

 気が付くと、目の前には見知らぬ光景が広がっていた。水平線の彼方まで青い空と緑の草原が続いており、終わりが見えない。歩き出せばどこまでも行けてしまって、どこにも行く事ができないようだった。

 

 この場所で、俺――《キリト》という人間は何をすべきなのだろうか。いやそもそも、《キリト》という人間が何者なのか、分からなかった。確かに自分自身であるはずなのに、理解する事がひどく困難だ。

 

 キリトとは一体どんな人間だったのだろう――自分自身が作り出した迷路の中にキリトは自ら迷い込み、出る事ができなくなっていた。凶暴過ぎるが故にラビュリントスに閉じ込められてしまったミノタウロスのようだ。

 

 この話の場合、ミノタウロスはアリアドネが伸ばしてくれた糸を使う事でラビュリントスからの脱出に成功したが、今のキリトにとっては、そのアリアドネが何なのか掴む事はできなかった。

 

 ただぼんやりと、どこまでも続く草原と青い空を見つめているしかできない。どうすればいいのか、何が許されているのか、何もわからなかった。

 

 

「分からなくなっているのね、キリト。なら、わたしが教えてあげる」

 

 

 不意に声が聞こえて、キリトははっとした。発生源は背後だった。気付いてみれば、小さいけれども気配を感じる。振り返ってみたところで、キリトは音を出さずに驚いた。

 

 自分よりも背が低い、青いドレスと白いエプロンをした、長い金髪を三つ編みのおさげにしている、海のように青い目をした女の子が、そこにいた。柔らかい笑みを浮かべて、キリトの事を見つめている。

 

 

「君は……」

 

「少なくとも、わたしの知っているキリトは、こんなところで大人しくしているような人じゃないわ」

 

 

 少女は笑みを崩さないままそう告げてきた。その少女にキリトは見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。現に今、何もないかと思われた頭の中に一つの名前が浮かび上がってきているのだから。

 

 その名前を、キリトは口にした。

 

 

「君は……アリス……?」

 

「久しぶりね、キリト」

 

「何故、君がここにいる」

 

「あなたがいつまでもうじうじして動いてくれないから、見かねて来たのよ」

 

 

 随分と辛辣(しんらつ)な言いようだった。だが、本気でこちらを(けな)していたりするつもりはないらしい。アリスは続ける。

 

 

「皆の声に答える気はないの。皆、キリトの事を待っているわ。ほら、聞こえてこない? 皆のあんたを呼ぶ声が」

 

 

 キリトは耳を澄ませてみた。遥か遠くから小さな声が聞こえる気がする。実に様々な、どれも聞き覚えのある声色が、「キリト」と呼んでいた。アリスの言っている事は真実のようだ。

 

 

「聞こえる……だけど、呼んでいるだけだ。皆は俺の事を本当に待ってくれているのか?」

 

 

 アリスは首を(かし)げた。

 

 目の前のいるこのアリスは、本来ならばルーリッドの村で平穏に暮らしているはずだった。しかし自分が(そそのか)したせいで、アリスは公理教会に捕まり、アドミニストレータによって整合騎士に改造され、大切な人との記憶を封じられてしまった。

 

 アリスの幼馴染であるユージオもそうだ。相思相愛の恋人であるアリスと長い間離れ離れにされ、ようやく再会できても、肝心なアリスはユージオの事を思い出せない有様だった。そしてそのもう一人のアリスというべき整合騎士も、ユージオがどうして大切な人だとわかるのかを思い出せなくて、辛い思いをしている。

 

 そしてキリト/和人(かずと)にとって大切な人であるシノン/詩乃(しの)だって、和人と一緒に居たがために苦痛を味わわせられた事も多々あった。

 

 全部自分の()いた種が発芽してしまったが故の出来事だ――それら全てを話した後に、キリトはアリスに問うた。

 

 

「皆が求める《キリト》は、本当に正しい存在なのだろうか」

 

 

 アリスは一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐに笑みを取り戻した。

 

 

「確かにそうかもしれないわね。でも、キリトがいたからこそ、わたしは楽しい日々を送れたわ。ユージオは見違えるくらいに強くなったし、もう一人のわたしは真実に辿(たど)り着き、支配を打ち破る事ができた。あなたのおかげで救われたモノだって、いっぱいある。

 正しさなんてどうでもいいの。間違っていたって構わない。皆はただ、《キリト》にもう一度会いたいだけ。あなたはどうなの、キリト。すべき事じゃなくて、やりたい事を考えて。そうすれば、あなたはもう一度《キリト》を取り戻せるはずよ」

 

 

 尋ねられて、キリトは思考を巡らせた。ユージオが、アリスが、そしてシノンが自分に会いたがっている。彼女達に答えたいと思うか。彼女達にもう一度会いたいという気持ちがあるかどうか。

 

 彼女達の顔が、呼ぶ声が思い出される。かけがえのない人達。

 

 彼女達にもう一度会いたいか――その答えはすぐに出た。

 

 

「俺は……会いたい。ユージオやアリス、シノンとリランに、皆に、もう一度会いたい。そして、君にももう一度会いたい。ユージオと、もう一人のアリスと一緒に」

 

 

 アリスは一瞬驚いたような顔をして、すぐに穏やかな笑顔になった。

 

 

「それは難しいかもしれないけれど……でも、不思議ね。キリトにそう言われると、本当に叶うんじゃないかって気がしてくるわ」

 

 

 確かに難しいだろう。だが、それでも叶えられる気がしてきていた。何故なら、自分には頼もしき仲間達が大勢いる。彼らと力を合わせる事で、あらゆる困難を乗り越えてきたのだ。

 

 

「必ず叶えてみせるよ。君を取り戻して……ユージオと再会させてやる」

 

「ふふっ、ようやくキリトらしくなってきたわね。もう大丈夫よ」

 

「アリス、必ず君を迎えに行くからな。それまで――」

 

「えぇ。待っているわ」

 

 

 満面の笑みを浮かべた彼女の顔を見ていた次の瞬間、辺り一面が強い光に包み込まれ始めた。しかし不思議な事に、それは不快な(まぶ)しさなど一切ない、純粋な輝きだった。

 

 視界が白一色に染まる中で、アリスの声がした。

 

 

「じゃあね、キリト。いってらっしゃい」

 

 

 その声に、キリトは答えた。

 

 

「あぁ、いってくる!」

 

 

 届いたかどうかはわからないが、そう言った時には、心の内を満たしていた迷いや困惑の全てが消え去っていた。

 

 

 

          □□□

 

 

 

「はっ……!」

 

 

 小さな声を上げてキリトは目を覚まし、上半身を起こした。瞬時に記憶が(よみがえ)ってくる。

 

 そうだ、自分はセントラル・カセドラルでの決戦の後、システムコンソールを使って管理者達と会話をしていたが、その途中で光に呑み込まれて意識を失った。

 

 ここはどこだろうか。ふと辺りを見回してみたところで、その動作は中断される事になった。すぐ傍に、白水色の髪と水色の瞳をした少女の姿があったからだ。彼女は茫然としてキリトの事を見つめていた。

 

 数多の記憶と一緒に少女の事も思い出され、キリトはその名前を口にする。

 

 

「……シノン?」

 

「キリ……ト……?」

 

 

 シノンと呼ばれた少女は、目の前の光景が呑み込めていないようだった。すぐさま、その柔らかい手をキリトの(ほほ)に当ててくる。

 

 

「キリト、私の事……分かるの」

 

 

 いつもと変わらない心地よさと暖かさを持つその手の上に、自分の手を覆い被せるようにして、キリトは(うなづ)いた。

 

 

「あぁ、分かるよ。俺の大切な人のシノンだ」

 

「……!」

 

 

 キリトにそう告げられるなり、シノンはキリトの身体へと飛び込んできた。瞬時にその手をキリトの背中へ回し、抱き締めてくる。その時に、キリトは自分がベッドの上で寝ていたという事を理解した。

 

 

「キリトっ……良かったぁ……もう……起きないんじゃないかって……本当にっ……」

 

 

 胸の中で湿るような感覚があった。シノンが泣いている。その原因は自分以外何物でもないとすぐに気が付き、キリトはシノンの後頭部に手を添え、優しく撫でる。

 

 

「あぁ、心配かけてしまって悪かった。俺はもう大丈夫だよ」

 

 

 キリトは両手でシノンの肩を持ち、その上半身を上げさせた。涙で(うる)んだ瞳を数秒見つめた後に、顔を近付けさせて、自分の(ひたい)に彼女の額を当てさせた。シノンが軽く「あ……」と言うと、すりすりと優しく擦った。

 

 彼女と出会って、互いに恋人同士となってからしているスキンシップを、彼女は受け入れて、キリトの額に自らの額を擦り返してきてくれた。じんわりと彼女の熱が額を伝って身体に流れ込んできて、生き返ったような気がしてきた。

 

 しばらくすると、シノンの方から離れていった。そこでようやく、周囲を見渡せるようになる。今のキリトの居場所は――どこかの家の一室であるとわかった。石と木でできている、比較的簡素な見た目の床と天井と壁で部屋は構成されていた。

 

 だが、わかるのはそれだけなので、詳しい事はシノンに聞くしかなかった。

 

 

「俺はどれくらい寝てたんだ。そして、ここはどこだ」

 

「寝てたのは半日くらい。ここはクィネラが建ててくれた家の二階よ」

 

 

 キリトは首を傾げた。クィネラが建てた家?

 

 

「クィネラが建てたって、どういう事なんだ」

 

「まずは外に出ましょう。皆が待ってるわ」

 

 

 シノンはそう言ってキリトの手を引き、立ち上がらせた。確かに半日も意識を失っていたのだから、シノン以外の皆に相当な心配をかけてしまっていただろうし、誰もが自分の覚醒を待っていてくれたに違いない。とりあえずは皆に謝らねば。

 

 キリトはシノンに導かれるようにして部屋を出て階段を降り、玄関から家の外へと足を踏み出した。そこは央都セントリアの一角だった。見覚えのある建物がそこら辺にあり、人々の喧騒が聞こえてくる。

 

 意識を失っているうちに、あの白亜の塔の最上階から最下層まで降りてきたというのは間違いなかった。

 

 

「キリト君、シノのん!」

 

 

 その時に聞こえてきた声にキリトは軽く驚いた。とても久しぶりに聞くどころか懐かしさを感じさせる少女の声色だ。前に聞いたのはいつだっただろうか。そんな事を思わせる声のした方に振り向いてみたところ、こちらに向かって駆け寄ってくる人影が二つ確認できた。

 

 その姿はすぐさまはっきりとしたものに変わる。一部分が三つ編みになっている、明るい栗色の長髪をなびかせ、鎧を伴うファンタジーチックな衣装に身を包んだ、琥珀(こはく)色の瞳の少女。

 

 もう片方の人影は――キリトがその姿を把握するより前にキリトの胸にぶつかってきた。それなりの衝撃が来てよろけそうになるが、足に力を少し入れるだけで耐えきる事ができた。

 

 

「おにいちゃん!」

 

 

 その声を耳に入れながら、キリトは胸にぶつかってきた人影の正体を見た。金色の長髪をポニーテールにしていて、やはり鎧がところどころに装着されているファンタジーの衣装を着こなし、その上からでもわかるくらいに大きな胸をしている少女だった。

 

 それが分かった途端、またしても驚く気持ちが来た。この少女の特徴は――。

 

 

「お前……スグか」

 

 

 そう言いながらその両肩に手を添え、離れさせる。見慣れた顔が、涙が流れ出しそうになっている翡翠色の瞳が見えた。間違いない。自分の妹であるリーファ/桐ヶ谷(きりがや)直葉(すぐは)だ。

 

 

「そうだよ、おにいちゃん……良かった……もう、あのまま目覚めないんじゃないかって思ったんだよ。本当に、お寝坊さんなんだから……」

 

 

 現実世界に居た時は、早起きの直葉に起こされる事が多々あったものだ。言われている事はその時と同じだが、状況は遥かに深刻だった。キリトは反省の気持ちを抱きつつ、リーファに笑み掛けた。

 

 

「あぁ、また寝坊しちまった。心配かけて悪かったよ」

 

 

 リーファは「うん」と言った後に指で涙を(ぬぐ)った。間もなくして、駆け付けてきていたもう一人の少女がすぐ(そば)までやってくる。そちらに向き直り、キリトは名を口にした。

 

 

「アスナ、来てくれたんだな」

 

「キリト君……うん、来たよ。キリト君達を助けに」

 

「キリトにいちゃん、ご無事で何よりです……」

 

 

 不意にアスナの足元付近からした声に、キリトはきょとんとした。アスナの時と同様に目を向けてみたところ、駆け付けてくれていたもう一人の存在に気が付いた。

 

 背丈はアスナの鎖骨程度で、先端が白い事以外はアスナと同じ栗色の髪で、髪型もアスナのものによく似たポニーテール。白い生地に青と水色の刺繍(ししゅう)の入った、フード付きの法衣に似た服を(まと)った、アスナ同様の琥珀色の瞳をした少年。

 

 アスナの血の繋がらない息子であり、リランの血の繋がる弟であるユピテルだった。

 

 

「ユピテル、お前も来てくれたのか」

 

「その三人だけじゃないわよ、キリト」

 

 

 今度はアスナとリーファの背後方向から声がして、キリトはまたまた向き直らさせれる。こちらに向かってくる二人の少女の姿があった。片方はピンク色の髪の毛と赤桃色の瞳、頬に雀斑(そばかす)が若干あるのが印象的な、赤と黒と金色で構成されたノースリーブの戦闘服を着た少女。この少女が今の声の発生源だったようだ。

 

 もう片方はユピテルくらいの背丈で、明るい茶色の髪をツインテールにしている、赤い瞳の少女だ。紫色でスカートを(ともな)う、見慣れない軽装をしている。しかし、誰なのかはすぐに分かった。

 

 それぞれリズベット/篠崎里香(しのざきりか)と、シリカ/綾野珪子(あやのけいこ)。どちらも《SAO》の時から共に戦ってくれている仲間の一人であった。彼女らの姿をしかと目に入れ、キリトは口を開く。

 

 

「リズにシリカ。君達も来てくれていたのか」

 

 

 そう言ってすぐに、シリカが「ぐすっ」と言ってきた。大きめの瞳からぽろぽろと涙が零れ出る。

 

 

「……本当に、良かったです……目を覚ましてくれて……だけど、酷かったんですよ。キリトさんは中々起きないし、巨大な樹の根の怪物が襲って来るしで……」

 

 

 リズベットが苦笑いしながら、シリカの肩に手を添える。

 

 

「シリカってば、キリトはこうして目覚めたんだから、落ち着きなさいよ」

 

 

 そうして、リズベットは笑顔でキリトに振り返った。

 

 

「改めて……おかえり、キリト」

 

 

 続いてシリカも笑顔になり、もう一度その口を開けた。

 

 

「おかえりなさい、キリトさん」

 

 

 ずっと共に戦い続けてきた、かけがえのない仲間のうちの二人からの言葉は、キリトの胸の中に一粒の雫となって落ちた。それまでくすんだような色をしていた胸の内が、すっと透明になっていったような気がして、キリトは笑みを浮かべる事ができた。

 

 

「あぁ、ただいま」

 

 

 返すべき言葉を返すと、現実世界から駆け付けてきてくれた少女二人はもう一度満面の笑みを浮かべてくれた。直後、アスナが再度声をかけてくる。

 

 

「わたし達が居る事、驚かないんだね」

 

「あぁ。眠っている最中にも皆の声が聞こえてきてたからな。その時から、君達が来てくれてるっていうのがわかってたんだ」

 

「じゃあ……キリト君は、ちゃんとわたし達の声に答えてくれたって事なんだね」

 

「うん。君達のおかげで目を覚ます事ができたのは間違いない。ありがとう」

 

 

 キリトにそう言われて、アスナとユピテルは笑んだ。

 

 目覚めのきっかけとなったのは、今も尚セントラル・カセドラルの最上階にあると思われるアリス・ツーベルクの魂の呼びかけであるが、それを誘発してくれたのはきっと、ここにいる少女達の呼び声であっただろう。

 

 またしても自分は彼女達に救われた。そろそろこの恩義というものを返さないといけない頃だろう。何をするべきだろうか――そんな事を考えようとするキリトに、またまた遠方からかけられる声があった。

 

 

「「キリト!」」

 

 

 少年と青年の間くらいの男性の声と、少女の声。何度も聞いた仲間のもの。誘われて顔を向けた先にいたのは、セントラル・カセドラルを共に攻略し、アドミニストレータの支配を打ち破った剣士ユージオとアリスの二名だった。

 

 彼らは街の奥の方から真っ直ぐキリトの許へと駆け寄ってきた。

 

 

「キリト、目が覚めたんだね……」

 

「本当に心配していました。突然倒れて、一切反応しなくなってしまったんですから……もう目覚めないのではないかと思ったのですよ」

 

 

 ユージオはさぞかし心配していたような顔を、アリスは心配に怒りを混ぜた顔をしていた。どちらも本当に心配してくれていた事だろう。彼らにも申し訳ない事をしてしまった。すまない気持ちになってきたキリトは、ひとまず返答をした。

 

 

「俺はもう大丈夫だ。それより、俺が意識を失っていた間に、何かあったみたいだな」

 

 

 キリトはシリカに近付いた。つい先程、彼女の言葉の中に気になるものがあった。その事について問いかける。

 

 

「シリカ。今言ってた、巨大な樹の根の怪物って何の事だ」

 

 

 シリカは一瞬きょとんとしたような顔をしたが、すぐにある方向を指差した。

 

 

「あそこです。見てください」

 

 

 キリトは皆と一緒になってシリカの言う方向に身体を向け――目を見開いた。

 

 そこは央都セントリアの中央部。つまりは白亜の塔セントラル・カセドラルのある場所だった。その白亜の塔は今も尚、天を貫くかのように聳え立っていたが、外観が大幅に変化していた。

 

 樹だ。かつてのギガスシダーのような黒い樹木の根と思わしきものがセントラル・カセドラルのあちこちから飛び出して巻き付いている。根は上層部に向かう毎に巨大化しており、最上階に至っては巨大化した黒き樹木に完全に呑み込まれ、原型を失ってしまっていた。更にそこからは左右に一対の巨大な根が伸びており、さながら天使の翼のようになっていた。

 

 いや、形こそは天使の翼かもしれないが、色合い的には悪魔の翼に感じられた。いずれにしてもセントラル・カセドラル全体が、人工物と樹木が複雑に絡み合った禍々しい要塞のようになっている。

 

 シリカの言っているとおり、大樹の怪物とも捉えられる外観であった。

 

 

「何だ、あれは……」

 

 

 シノンが答える。

 

 

「分からない。あなたが倒れてしばらくした辺りから、急に飛び出してきて……今、カーディナルとリランとクィネラが調査に向かっているけれど……」

 

「まだ詳しい事は分かっていないって事か。なら、あれについては一旦お預けだな」

 

 

 キリトはアスナに顔を向けた。彼女達がここにいるという事は、自分達同様にソウルトランスレーターを使ってダイブしてきたという事だ。

 

 つまりそれは、彼女達が菊岡もしくは愛莉(あいり)に接して話を(うかが)ったという事になるし、ここにダイブするに至って、通信を繋げた状態で来ている可能性だって高い。

 

 いや、そうであってほしい。キリトは一抹の望みをかけて、アスナに問うた。

 

 

「アスナ、外部との連絡手段とかはないか」

 

「あるよ。今、比嘉(ひが)さんと通信が繋がってる。もしもし、比嘉さん?」

 

 

 アスナは耳元に手を当てる姿勢を取った。恐らくあれで外部との通信をするのだろう。だが、すぐさまアスナは怪訝(けげん)な顔をした。上手くいっていない事がわかる。

 

 

「あれ、おかしいな……比嘉さんとの通信、切れちゃってるみたい」

 

「通信できない? それは変だな。俺が回復した事も確認できるはずだし、そう簡単に通信手段を断つとは思えない」

 

「じゃあ、イリス先生ならどうでしょうか。イリス先生、あたしです――」

 

 

 今度はシリカが通信の姿勢を取る。通話相手はイリス/愛莉にしているようだった。だが、数秒後にシリカは困った顔になった。やはり上手くいかなかったらしい。

 

 

「駄目か」

 

「……はい。イリス先生とも繋がりません。どうしちゃったんでしょう」

 

 

 落胆するシリカの隣のリズベットが、はっとしたような表情をした。

 

 

「あれ、待って。じゃあ、ログアウトはどうすればいいのかしら。外の世界で操作してもらわないと、ログアウトはできないって話だったんだけど……」

 

 

 この世界から強制的にログアウトする方法。それが何なのかは、キリトも掴んでいる。

 

 

「強制的にログアウトする方法ならあるよ。だけど、それは試さない方がいい」

 

 

 内容が掴めたのか、リズベットが苦い顔をして「でしょうねぇ……」と言った。これでログアウトの方法は事実上なくなった。奇しくも《SAO》の時とほとんど同じような状態に(おちい)ったというわけだ。その事を確認したであろうリーファが(つぶや)く。

 

 

「って事は、ラースの人達がログアウト処理してくれるまで、この世界で待機って事でしょうか」

 

「そうするしかなさそうです。この世界は、ぼくやねえさんの力をもってしても、クラッキングやハッキングが通じていかないみたいなので」

 

 

 ユピテルが冷静に告げると、今度はアスナがすまなそうにする。

 

 

「ごめんなさい。わたしが菊岡さんに皆の名前を教えたばっかりに、こんな事になって……」

 

「いいえ、アスナのせいじゃないわよ。事態を知ってたなら、自分から名乗り上げてたところだったと思うし。いずれにしてもこうなってたわよ、きっと」

 

 

 リズベットが言うと、皆も同じ事を思っているような笑みを浮かべて頷いた。ここにいる者達は、全員が同じ気持ちを胸に抱いて、この世界にやってきてくれたのだ。

 

 きっとアスナが先導しなかったとしても、同じ結末になってくれていたに違いない。その事が伝わったのだろう、アスナは「ありがとう」と言って、笑みを返した。

 

 

「って事は、皆、しばらくはこの世界で一緒に居てくれるって事よね?」

 

 

 シノンの問いかけに、リーファが頷く。

 

 

「勿論ですよ! 元々おにいちゃんとシノンさんを助けるために来たんですから」

 

「また一緒に頑張りましょう、キリトさん、シノンさん!」

 

 

 シリカに言われると、キリトは思わず頬を緩ませた。

 

 数は少ない方に入るが、かつての仲間達が揃ってくれた。あの黒樹を見る限り、この人界にはただならない事が起きているのだろう。(ある)いは、これまでのように何らかの厄災が起ころうとしているのかもしれない。

 

 だが、彼女達と一緒ならば、それもきっと乗り越える事ができる。そう信じる事ができた。

 

 

「キリト!!」

 

 

 そこでまたしても、遠くから呼び声がしてきた。今度はなんだろうか――そう思いながら目を向けてみたところ、走って来る人影が一つ。少女形態になっているリランだった。彼女はひどく焦っている様子で駆け寄って来ていた。

 

 

「リラン!」

 

 

 呼びかけたのと、リランがすぐ傍までやってきたのはほぼ同時だった。キリトは身構える。今更目覚めたのかと、怒るリランから回し蹴りが飛んできてもおかしくないからだ。そんな事が起きるくらいにリランにも心配をかけさせてしまったのだから、その報いを受けねば。

 

 ――と思っていたが、果たして回し蹴りもパンチも飛んでこなかった。代わりと言わんばかりにリランが声をかけてくる。

 

 

「無事に起きれたようだな」

 

「あぁ。心配かけて悪かった。……怒ってないのか?」

 

 

 リランは「ふふん」と笑った。

 

 

「我はお前の《使い魔》だぞ。お前があれくらいの事でくたばるような奴ではないと、誰よりも理解しておる」

 

 

 だから、心配するほどでもなかった――皆まで言われなくてもわかった。リランがこうして笑っているのは、自分を信じてくれていたから。今更ながら、その事が嬉しくなってきて、キリトは笑んだ。

 

 

「そうだったな。ありがとう、相棒」

 

「うむ。それよりもだ、主人よ。(まず)い事になったぞ」

 

 

 険しい顔をしたリランに、キリトは問いかける。

 

 

「どうしたんだ」

 

「あの樹は……アドミニストレータだ」

 

 

 その一言に、キリトは目を見開いた。

 

 

 

 

 

(アリシゼーション・リコリス 02に続く)

 






――オリキャラ紹介――

ユピテル
 本作のオリキャラ。アインクラッド編から登場。
 正式名称は《メンタルヘルス・ヒーリングプログラム試作二号 コードネーム:ユピテル》。リランの弟であり、クィネラ、ユイ、ストレアから見て直系の兄にあたる。
 《SAO》にて実装されていたものの、ユイ達同様に封印された結果崩壊を起こし、アインクラッド内を彷徨っていたが、アスナに保護される。それからはアスナと親子関係となり、アスナを「かあさん」と呼んでいる。
 その後も崩壊した部分はそのままだったが、アイングラウンド編第二章にて修復。本来の役目である女性の心身を癒す事、そのための力を取り戻し、アスナの本当の子供になった。ハッキング(不良個所の調査や修理)が得意であり、戦闘では盾持ち片手剣を使う。
 また、青い電気で身体を構築した、一対の腕を持つ大きな狼の《使い魔》形態、《ユピテル・フェレトリウス》になって戦う事も可能。

 くだらない事だが、イメージCVは久野美咲さん。


クィネラ
 一応本作のオリキャラ。フェアリィ・ダンス編から登場。
 正式名称は《メンタルヘルス・ヒーリングプログラム試作三号 コードネーム:クィネラ》。
 リランとユピテルの妹であり、ユイ、ストレアの直系の姉にあたる。元々《SAO》に導入される予定だったが、途中変更され、実装される事のないまま眠り続けていたが、フェアリィ・ダンス編にてイリスの手で目を覚まし、キリト達と接触した。
 その後はキリト達のナビゲートピクシーになったりして攻略を進めていたが、フェアリィ・ダンス編終了時にイリスに回収され、行方不明になっていたが、実態はアンダーワールドの管理者として実装されていた。
 しかし、アンダーワールドに導入されてすぐに何者かに目を付けられ、最大限の自尊心を持った邪悪な魂に寄生され、身体を操られ続けていたが、キリト達の活躍により邪悪な魂を切り離され、本来の姿に戻る事に成功した。
 素肌を晒しているのが何よりも苦手なため、基本的に厚着している。

 くだらない事だが、イメージCVは坂本真綾さん。


イリス
 本作のオリキャラ。アインクラッド編から登場。本名は芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)。詩乃/シノンの専属医師となっていた凄腕の精神科医の女性。そのため、キリト達からはよく「イリス先生」「愛莉先生」と呼ばれている。
 実は元アーガスのスタッフの一人であり、《SAO》のチーフプログラマーであり、リラン、ユピテル、クィネラ、ユイ、ストレア達《MHHP》と《MHCP》を作り出した張本人。
 アインクラッド編ではシノンと共に《SAO》にログインしてしまっており、シノンを通じて出会ったキリト達に助言をしたりしてサポートをしていた。
 リラン、ユピテル、クィネラ、ユイ、ストレア達の事を「可愛い子供達」と言っており、彼女達を作った事を「産んだ」と言っている。そのこだわりにより、リラン、ユピテル、クィネラ、ユイ、ストレアには彼女の身体的特徴がそれぞれ一つずつ『遺伝』という形で与えられている。
 アインクラッド編終了後は、《SA:O》の開発チームに転職してプレミアとティアを産み、更にリエーブルを産んだりしていたが、今現在は菊岡達のいるラースに転職している。
 普段は『~だろう喋り』をしているが、素は『~だわ喋り』。

 くだらない事だが、イメージCVは小清水亜美さん。
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