キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:殺戮者の追撃 ―襲撃者との戦い―

 7人もの犠牲が出てしまったが、無事にボス戦を終わらせて歓喜極まっていた俺達の元へ響いてきた多数の悲鳴。その発生点にあったものは、10人のプレイヤーだったが……それはモンスターではなく、プレイヤーの手によってポリゴン片と化し――その命を奪われた。一同が戦々恐々とする中、俺達は10人のプレイヤーの命を奪った存在の名を呼んだ。

 

「《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》!!」

 

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。このアインクラッドに突如として出現した、レッドプレイヤーのみで構成された恐るべき殺人ギルド。

 

 ほぼ全員が盗賊のような黒いポンチョやマント、ロング事を身に纏い、状態異常にさせる事に特化した凶悪な武器を扱っていて、モンスターを殺す事よりもプレイヤーに対する殺人や強盗、略奪などの犯罪行為や暴虐の限りを尽くす事に快感を得て、優先的にプレイヤーを狙う、モンスターよりも恐ろしいと言われる狂人集団。

 

「PoH……!!」

 

 そしてそのリーダーは、俺の目の前にいるぼろぼろの黒いポンチョを纏い、黒いズボンを履き、中華包丁のような短剣を持った長身の男……その名は、PoH(プー)

 

 言葉巧みに様々なプレイヤーを誘拐、拉致、洗脳し、プレイヤーを殺人や略奪などの犯罪行為に快感を覚えるようにさせ、レッドプレイヤーに仕立て上げる事に天才的な能力と、殺人に特化した戦闘能力を持つ凶人。

 

 現実ならばとんでもない刑を被されていて、捕まれば死刑になる事間違いなしの、アインクラッド1のレッドプレイヤーだ。そしてそいつの取り巻きのように、近くには骸骨の仮面をかぶったエストック使いのザザ、毒短剣使いのジョニー・ブラックが薄笑いしながら立っている。――そいつらもまた、PoHと同じくレッドプレイヤーだ。

 

「Hello、攻略組の皆さん。調子はどうよ」

 

 英語が混ざった言葉で、こっちを挑発するように言うPoH。ボス戦を経て疲弊していた者達は一気に震え上がって武器を構え直すが、ボス戦の疲労により、いつものように力強く構える事が出来ないでいる。しかし、その中で唯一あまり疲れていないアスナとディアベルが細剣と片手剣を構えて、ジョニーとザザに向ける。

 

「貴様ら、一体何をしに来たんだ!」

 

「ここまで赴いてきてまで、殺したいの!?」

 

 ディアベルとアスナの問いかけに、ジョニーとザザではなく、PoHが答える。

 

「俺達はこの世界を楽しんでいるのによ、お前らと来たら、それを終わらせようと必死になりやがってさぁ。これ以上お前らを放っておいたらマジでこの世界終わっちまうから、俺達としてはいい迷惑なわけよ」

 

 確かに俺達攻略組は全てのプレイヤーをこの世界から解放し、元の現実に帰るためにこの城を昇り続けている。だけどその中にも、俺達のようにこの世界をゲームの中ではなく、もう一つの現実世界として認識し、精一杯生きて、楽しんでいる者もいる。まるで本当に現実にいるかのように楽しみ、喜び、暮らしていく者達が。

 

 だけど、それとPoH達は大違いだ。あいつらは口ではこの世界を楽しんでいると言っているが、あいつらはこの世界を楽しんでいるのではなく、犯罪行為を楽しんでいるだけだ。この世界に生きる命を命と思わず、ゲームの中の出来事だから、プレイヤーが死んだらそれは茅場晶彦のせいだからと言って、平気で殺人や犯罪行為、残虐行為を行っているのだ。

 

「だから俺達に死ねってか?」

 

「そういう事ぉ」

 

 俺の問いかけにジョニーが答え、毒短剣を構えた。あいつらは自分の行為については一切嘘を吐かないのが特徴と言ってもいい。だからあいつらは俺達を本気で殺す気だ。しかもあいつらは狡猾な事に、俺達攻略組が疲弊した隙を狙ってここへ赴いてきたうえに、不意を突く形で10人も殺して見せた。

 

 ボス戦開始時には50人プレイヤーがいたが、先程の戦いで7人、あいつらに不意打ちされて10人も失われてしまって、残りの数は33人になっている。対する《笑う棺桶》のプレイヤーの数は幹部達を含めて15人程度だが、《笑う棺桶》の者達はほぼ全てが犯罪行為を円滑に行うために、異様なまでに高レベルになっている。

 

 ――それは、70層クラスのモンスター15匹の集団を相手にするようなものに近く、しかも奴らはそこら辺のモンスターよりも残虐行為に快感を覚えていて、賢く、武器の扱いも玄人クラス。

 

 こんな集団がどうして攻略組じゃないのだろうかと言って、嘆きたくなるくらいに、《笑う棺桶》は強いのだ。33人で戦っても、実力や戦闘能力の差で15人に押し負けてしまう。ましてやボス戦で披露している者達で相手をする事になるのだ、勝てっこない。

 

 俺はシノン、ディアベル、アスナ、クライン、ユウキ、リランが近くにいるのを察して、いつの間にか攻略組の皆がボス部屋の出口付近に集まっている事に気付いた。恐らく、PoHの指示があるまであいつらはプレイヤーに攻撃を仕掛けないのだろう。

 

 あいつらはオレンジプレイヤーであるがために、圏内である街に入り込む事が出来ない。そしてこのボス部屋出口の階段を上りきった先にあるのは、圏内である61層の街。考えられる手段は――。

 

 頭の中で作戦を纏めて口を開いたのは、PoHと同時だった。

 

「そういう事。大人しく攻略をやめてもらおう。イッツ、ショウタイム!!」

 

「全員撤退だ!! 圏内の街まで走れ! あいつらは圏内には入り込めないッ!!」

 

 PoHの指示の直後に、取り巻きの狂人達は一斉に口角を上げて武器を構え、獲物である俺達目掛けて雪崩れ込んだ。PoHと同時に俺の指示も攻略組33人全員に行き渡たり、襲い来る天敵から逃れるように、ボス部屋の階段へ走り出した。

 

 勿論その中に俺達も含まれており、ギルドリーダー達、仲間達と共に一気に階段を駆け上がった。いつもならば短いと感じる下層と上層を繋ぐ階段だが、狂人(レッドプレイヤー)達に追いかけられているせいなのか、非常に長く感じた。

 

 早く着け、早く着けと何度も心の中で唱えながら走り続けていると、後方から悲鳴が聞こえてきて、思わず走りながら振り返ったが、そこで俺は背筋を凍らせた。

 

 恐らくAGIをあまり上げていなかったのだろう、あまり走るのが早くない、聖竜連合と血盟騎士団のプレイヤー達三人が狂人達に追いつかれて捕まり、身体中を切り裂かれてポリゴン片となっていたのだ。これで死亡者の数は20人に到達、しかしその数はモンスターが殺した数が7人、狂人が殺したのが13人という有様だ。

 

 モンスターに殺された数よりも同じプレイヤーに殺された数の方が多いという光景に、腹の底から怒りと恐怖の混ざり合ったようなものが湧いて出てきて、身体がぶるぶると震えた。

 

「あぐっ!!」

 

 聞き覚えのある声と、人が転んだような音が近くからして、俺は周囲を見回した。

 

 ――シノンの姿が確認できない。

 

「シノンッ!?」

 

 振り返ったところで、俺は気付いた。俺達から数メートル離れたところに、階段につまずいて転んでしまったのか、倒れているシノンの姿が見えた。

 

 その背後に目を配れば、《笑う棺桶》の狂人達が獲物を追い詰めた獣のように武器を振り回しながら、シノンとの距離を数秒で縮めていっている。そしてすぐさま、狂人達はシノンに追いついて、哀れな獲物を狙うように狙いを定め始める。

 

「シノン――――ッ!!」

 

 俺は咄嗟に階段を蹴ってジャンプし、シノンと狂人達の間に入り込んだ。その頃には、狂人達がぎらついた目で、シノンに斬りかかろうと武器を振り上げていた。その刃がシノンと俺の元に到達する前に、俺はソードスキルを発動させ、人のような獣目掛けて、両手の剣を振るった。

 

「どぉらぁあぁッ!!」

 

 二本の剣を振るって周囲に衝撃波を飛ばし、囲んでいる敵達を一網打尽にする二連撃範囲ソードスキル、《エンド・リボルバー》。

 

 爆発音によく似た音が鳴り響くと同時に、シノンと俺に斬りかかろうとしていた狂人達は衝撃波を喰らい、その身体を宙に浮かせて、階段の下の方へ吹っ飛んで行った。向かって行った先にはAGIをあまり上げていない狂人達がおり、突然飛んできた仲間の身体に対処しきれず、大多数の狂人達は仲間の直撃を受けて、転倒。

 

 まるでドミノ倒しのように階段を転がり落ちていったのを見届けると、俺は倒れているシノンの方に身体を向けた。

 

「キリト……!」

 

 その声を耳にして、シノンがまだ生きている事を自覚し、俺は剣を一瞬で納刀、シノンの身体をお姫様抱っこの要領で抱き上げて、そのまま階段を駆け上がった。他の者達は既に街の入り口に辿り着いており、入口の近くでクライン、ディアベル、アスナ、ユウキが手を振って、リランが身構えながら俺達を待っていた。

 

「急げ――ッ! キリト――ッ!」

 

 クラインの声に答えるように俺は階段を更に駆け上がり、5人の元へ到達。そのままオレンジプレイヤーやレッドプレイヤー達の入り込んでくる事の出来ない61層の街の中へと飛び込んだ。

 

 久々に思い切り運動をしたのか、街の入り口から少し行ったところに、俺達と共にボス攻略に臨んでいたプレイヤー達がマラソンを走り終えた選手達のように、座り込んだりしているのが見えて、やがて俺もその一人となった。

 

 こんなに急いで走ったのはいつ以来だろうか、というか、あまりに全力で走りすぎたせいで、全く身体に力が入らなくなって、シノンを抱えたままその場に座り込んだが、やがてアスナが声をかけてきた。

 

「大丈夫、キリト君?」

 

「あぁなんとか。シノンの方は大丈夫か」

 

 シノンは俺の胸に顔を埋めながら、両手でしがみ付いていて、くぐもった声で答えてきた。

 

「……転んで、あいつらの剣が飛んできた時から……あなたとユイとリラン、おかあさんとイリス先生の顔が、頭の中いっぱいに広がっちゃって……」

 

 今にも泣きそうになっているシノンに、いつの間にか小さい姿になっているリランが《声》を送った。

 

《それはキリトでもユイでも、我でもお前の母親でもイリスでもない。――死神というものだ。しかしシノンを連れ去る事は出来なかったようだな》

 

 シノンはぎゅっと俺の胸を握り締めた。震える頭を静かに撫でてやると、少しずつ力が和らいでいった。その最中に、クラインが絶望しているような表情を浮かべながら言葉を漏らした。

 

「……さっきの戦いで、何人死んだんだ……?」

 

 俺は先程思った事の一部を、口から出した。

 

「20人、さっきの戦いで殺された。うち7人がコボルトロードの攻撃で……残りの13人は全員《笑う棺桶(ラフコフ)》に殺されたんだ」

 

 俺の近くにいたディアベル、アスナ、ユウキ、リラン、クラインだけじゃなく、周りで話を聞いていた25人も、驚き、絶望したような表情を顔に浮かべて、その中の一人であるアスナが呟くように言った。

 

「そんな……そんな……モンスターにやられた数よりも、レッドプレイヤーにやられた数の方が多いだなんて……!」

 

 ディアベルが歯を食い縛り、石畳を思い切り殴りつけて、怒りを口にする。

 

「くそ、くそっ! 今はプレイヤー同士で争っていいときじゃないはずなのに、何でだよ、何でこんな事が起きるんだよ!!」

 

「あいつらはこの世界を間違って楽しんでいるんだ。この世界は本当の現実となんら変わらない、人が死ねば現実でも死ぬ世界なんだ。なのにあいつらは未だにゲーム感覚で、人を殺したっていいって思っているんだ。……プレイヤーが死んでも、それはゲームに俺達を閉じ込めた張本人である茅場晶彦のせいにすればいいって言って……」

 

 ユウキが体育座りをし、震えながら呟く。

 

「この世界で死ぬと現実でも死んじゃうのに、何であんな事が……ここって、ALOみたいに安全なゲームじゃないのに、なんであんな、なんで、なんで……」

 

 SAOはゲームオーバーになると死ぬゲーム。そうニュースでも報道しているし、閉じ込められたプレイヤーならばいやというほどわかっている事なのに、進んでプレイヤーを殺害し、殺害する事に快感を得ているレッドプレイヤー達の存在。それが信じられないように首を横に振るユウキの肩にアスナが手を置いた。

 

「……あいつらの存在は、許しておいていいものじゃないわ。団長が秘密裏にやってた作戦を、決行する時が来たのよ」

 

 リランがアスナの方に顔を向ける。

 

《ヒースクリフか。あいつの企てていた極秘作戦というのは……》

 

「えぇそうよリラン」

 

 アスナはユウキに手を置いたまま、ディアベルに顔向けした。

 

「ディアベルさん、聖竜連合のリーダーである貴方に頼みがあります。私と一緒に、血盟騎士団の本部まで赴いてくれませんか。それと、風林火山のリーダーであるクラインさんも」

 

 ディアベルとクラインが目を見開く。

 

「いいですけれど、何かあるんですか」

 

「何をするつもりなんですかこんな時に」

 

 アスナは険しい表情を浮かべたまま、二人に言った。

 

「ここではどこかに潜伏しているであろう《彼ら》に聞かれてしまう可能性があります。詳しい話は血盟騎士団の本部で行いますので、とにかく本部に来てください」

 

 アスナの話の中に出て来た《彼ら》とは、恐らく先程の《笑う棺桶》の者達の事を差すのだろう。《笑う棺桶》の中にはカルマ回復クエストをクリアしてグリーンプレイヤーとなり、圏内に潜伏しているような奴らもいるため、全くと言っていいほど油断できない。この事に気付いたような顔にディアベルとクラインはなり、立ち上がった。

 

「わかりましたアスナさん。ヒースクリフ団長と顔を合わせるのは初めてですが、本部に赴かせてもらいます」

 

「俺もそうさせてもらいます」

 

 ディアベルとクラインにアスナは軽く頭を下げて、立ち上がったが、すぐさま俺達の方に顔を向けてきた。

 

「キリト君とシノン、リランにも後々連絡するわ。今はゆっくり休んで頂戴。きっと、また激しい戦いが起こるだろうから……」

 

 アスナの言葉を受けて、俺はこれから何が起こるのか、既に分かっていたような気を感じていた。《笑う棺桶》は、完全なるモンスター以外の、攻略組を阻む壁であり、下手すれば攻略組を破滅させかねない存在だ。あんなものに追われながら、攻略を続けるのは精神衛生上よくないし、何より危険すぎる。アスナは、いや、ヒースクリフは……。

 

「それと、ユウキって言ったかしら。貴方にも、私達のところに来てほしい」

 

 ユウキが吃驚したようにアスナに顔を向ける。

 

「えぇっ、ボク?」

 

「えぇ。さっきの戦いぶりからして、貴方はかなり凄腕の持ち主だってわかったわ。あなたの腕前を見込んで、私達に付いてきてほしいのだけれど、駄目かしら」

 

 ユウキはどこか不安そうな表情を浮かべて、何かを悩んでいるような仕草をして、しばらくした後に顔を上げ、アスナに頷いて見せた。

 

「わかった。ボクに出来る事があるなら……付いていくよ」

 

 アスナは「ありがとう」と言って軽く頭を下げ、ユウキは立ち上がってアスナの隣に並んだ。

 

「それじゃあキリト君、明日辺りに追って連絡するね。メッセージを見逃さないでよ?」

 

「大丈夫さ。メッセージはすぐさま通知が来るようになってるから。何を話してくるつもりなのかわからないけれど、とにかく俺達も準備をしておくよ」

 

 アスナは「お願い」と言い、ディアベル、クラインは周りの者達にそれぞれの本部に戻って休息しているように指示。その後ディアベルとクライン、ユウキと血盟騎士団全員を連れて、アスナは転移門の方へと歩いて行った。その後ろ姿をじっと眺めていたが、やがて俺の胸に顔を埋めていたシノンが口を開いた。

 

「キリト」

 

「なんだ」

 

「助けてくれてありがと」

 

「当然だよ。君は俺の大切な人なんだから。明日また何か起きて、戦闘する事になっても、君を守る事を最優先に考えるよ、俺は」

 

 シノンは何も言わなかったが、頷いてくれた。直後、リランがどこか不安そうな表情を浮かべながら、《声》を送ってきた。

 

《何だか胸騒ぎがするぞ。明日、何か良からぬ事が起きそうな気がする》

 

「お前でも胸騒ぎなんてものを感じる事があるのか」

 

《失敬だな。我だって嫌な予感や胸騒ぎを感じる事は出来る。だが何だろうか、これは。明日は我は戦いたくない……そんな気を感じてしまう》

 

 リランの言葉が不思議で、俺は首を傾げてしまった。リランは意外と好戦的な性格で、戦闘が起こりそうだと言うとちゃんとついてきて、俺達と手を合わせて戦ってくれるのだが……そのリランが戦いたくないと言っているのがどこか意外というか、不思議に思えた。

 

「お前がそんな事を言い出すなんて珍しいな。でもそれでもいいんだぜ、別にボス戦が起こるわけでもないんだしさ。22層の家でユイと留守番してるっていうのも……」

 

 リランは首を横に振った。

 

《嫌な予感を感じるからって戦いから逃げるわけにはいかぬ。もしその戦いでお前達が死ぬような事があったならば、我もユイも悲しむ事になるし、他のプレイヤー達が絶望してしまう。確かに嫌な予感を感じるかもしれないが、我も戦わせてもらおう》

 

 確かに俺達が死なないっていう保証はない。もしかしたらモンスターや《笑う棺桶》のような狂人達に攻撃されて死ぬかもしれない。だけど、リランが戦闘に入れば、どんな敵とも互角に戦う事が出来るし、《笑う棺桶》の攻撃にだって耐えられるし、何よりリランの攻撃で逆に《笑う棺桶》を返り討ちにする事だって出来る。

 

「わかったよ。明日、何が起きても頼りにしてるぜ、相棒」

 

《……了解した》

 

 俺は肩に乗ってきた相棒の頭を、軽く撫でまわした。やはりというべきか、リランの頭は毛に覆われていて、もふもふで、とても触り心地の良いものだった。

 

「さてと……そろそろ帰るとするか」

 

 俺の言葉にシノンとリランが頷いたのを確認すると、シノンを胸から離させて、俺はアスナが消えて行った転移門を使って、ユイの待つ我が家のある22層に転移した。

 

 我が家へ向かう道中、明日は嫌な事が起きるとリランが言っていたけれど、どうやら本当の事になりそうだと、俺は心のどこかで思っていた。胸の中で、まるで何かが蠢いているかのような悪い予感が、その動きをずっと止めないでいた。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 その日の夕方 血盟騎士団本部

 

 アスナはディアベルと聖竜連合幹部達、クラインとユウキ、血盟騎士団団長ヒースクリフとその幹部達一部を連れて、会議室に招いた。皆が何故集められたのかわからず、互いに首を傾げ合っている最中、その1人になっておらず、じっとこちらを見つめていたヒースクリフに、アスナは声をかける。

 

「団長、あの作戦を、今こそ開始しましょう」

 

 ヒースクリフは「ほぅ」と言って、アスナの言っている事を理解しているような答えを返す。

 

「なるほど、ついにその時が来たという事かい。アスナ君がそのような事を言っているという事は、アスナ君は本気であると捉えていいんだね」

 

 アスナは頷いたが、ヒースクリフから比較的近い席に腰を下ろしていたディアベルが挙手をする。

 

「一体何の作戦なんですアスナさん、ヒースクリフさん」

 

 ヒースクリフはディアベルに顔を向ける。

 

「実のところ、血盟騎士団のごく一部の幹部にしか教えていない作戦を、私達は企画していたのだよ、聖竜連合の長、ディアベル君」

 

 まるですべての事柄を見抜いているような目つきのヒースクリフに見つめられ、ディアベルは蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。ヒースクリフは周囲を見回し、再度口を開いた。

 

「このところ、我々攻略組の大きな脅威になろうと……いや、既になっている存在があり、我々はそれを取り除こうと考えていた。その名も、《笑う棺桶》」

 

 ヒースクリフの口から飛び出した言葉に、一同は驚きの声を上げる。

 瞠目の瞳による視線を集めながら、ヒースクリフは続けた。

 

「《笑う棺桶》は凶悪犯罪組織そのものと言っていいほどのものとなっており、君達も彼ら我々の脅威となってしまっているのはよくわかっているはずだ。このまま彼らを放置しては、いずれ攻略組を妨げる大きな障壁となってしまいかねないし、下手をすれば我々が全滅させられてしまいかねない。そこで、我々は、《笑う棺桶》の殲滅作戦を画策、開始しようとしていた」

 

 クラインが声を上げる。

 

「ま、マジっすか。そんな事を本当にするんすか?」

 

「私は至って大真面目に言っているよ。現に彼らは大きな脅威に、既になってしまっているからね。どの者か、異論はあるかな」

 

 ヒースクリフは周囲に言葉を向けて、手を組んだ。その最中、血盟騎士団独特の、白と赤を基調とした戦闘服を身に纏った剣士――血盟騎士団の中ではちょっと悪人面だと言われている、クラディールが挙手した。

 

「団長に賛成します。奴らは10層の、小さなダンジョンの最奥部を根城にしていますので、そこを叩けば瞬く間に瓦解するかと思います。問題は、叩きのめした彼らをどうするかですが」

 

 アスナが挙手をする。

 

「のめした人達は、黒鉄宮の牢獄エリアに入れておけばいいと思います。それこそ、このゲームがクリアされて、プレイヤー達が解放されるまでの間、ずっと幽閉しておけば、もう被害は出されないと思います。彼らも私達と同じ人間です……犯罪者だからと言って殺していいわけがないはずです」

 

 ヒースクリフが頷く。

 

「その通りだな。彼らも同じ人間、プレイヤーだ。同じ命である事に変わりはない。私もアスナ君の意見に賛成しよう。彼らへ攻撃して弱らせ、捕えて黒鉄宮の牢獄エリアに完全に幽閉する……その作戦でいくとしよう。これ異論がある者はいるかい」

 

 一同は何も言わず、会議室はまるで森の中のように静かになった。全員が、ヒースクリフの立てた作戦に賛成したという意思表示だった。ヒースクリフの作戦に反論する者がいるんじゃないかと、その人がこの静寂を破るんじゃないかとアスナは思っていたが、誰も反論しなかったので、少し意外に思えた。

 

「それでは、ヒースクリフ団長の立てた作戦で、明日《笑う棺桶》討伐戦を行います。各自それまでに準備をしてください。本日は集まっていただき、ありがとうございました。御健闘を祈ります」

 

 アスナの言葉に全員が立ち上がり、会議室からぞろぞろと出て行った。その中に紛れて、アスナとユウキも会議室から街の中へと出て、石造りの大きな建物が沢山並んでいる、少し冷たい雰囲気の街路を歩き出したが、その最中、ユウキが声をかけてきた。

 

「えっと、アスナさん」

 

「アスナでいいわ。貴方はユウキだっけ」

 

「そうそう。それで、アスナ」

 

「何かしら。お腹空いた?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……明日、本当にあの人達と戦うの」

 

 アスナは頷いて振り返ったが、そこで驚いた。ユウキの表情が、これ以上ないくらいに蒼褪めていたからだ。

 

「そのつもりで、貴方にも戦ってほしいところだけど……どうしたの」

 

 ユウキは俯いた。

 

「なんていうか、明日、とんでもない事が起きるような、そんな気がするんだ。だから、アスナやキリト、シノンとかには、明日戦ってほしくないんだ」

 

 アスナは首を傾げた。

 

「とんでもない事? たとえばどんな」

 

「言葉じゃ表せないんだけど……とにかく嫌な予感がして仕方がないんだ。すごく、胸の中がざわざわするんだ」

 

「んー……でも、相手はモンスター以上に恐ろしい相手だから、私達が戦わないわけにはいかないわ。だから、引く事は出来ないんだけど……どうしたものかしらね」

 

 ユウキは多分、自分達に戦ってほしくないのだろう。だけど、明日は絶対に自分達が戦わなくてはいけないので、作戦から降りれない。一体どう答えを返したらいいのか……迷ったその時に、手元にメッセージ通知が届き、アスナは咄嗟に気付き、開いた。――差出人は「Iris」。第1層のイリスからだった。

 

「イリス先生からだわ」

 

 立ち止まり、ウインドウを開いて、メッセージの中身を確認したところ、アスナはきょとんとしてしまった。

 

[今、シンカーとユリエール達の作った《軍》から追放された、キバオウ率いるならず者達が上の層へ向かって行った。もしかしたら君達の攻略を邪魔するつもりなのかもしれない。何が起きてもいいように、準備しておいてくれ。もしキバオウ達と戦いになったら、その場でぶちのめしてやれ]

 

 イリスによると、キバオウ達が第1層から動き出したらしい。明日は《笑う棺桶》との戦いになると言うのに、なんという酷いタイミングなのだろうか。

 

「キバオウ達が……戦いに来る?」

 

 そこで初めて、アスナは胸騒ぎを感じて、それがユウキの感じているものと同じものであるという事に、すぐさま気付いた。明日は、本当に良からぬ事が起きるかもしれない――そう思えるようになって仕方が無かった。

 

 


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