キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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11:狂い咲く新緑 ―化身態との戦い―

 

           □□□

 

 

 何が起きているのか、誰か教えてくれ。

 

 それがキリトが今一番言いたい事だった。

 

 目の前で信じがたい事が起きていた。直接の血の繋がりはないけれども、兄妹として共に生きてきたリーファ/直葉が、シノンを襲って殺そうとしていた。

 

 十分に訳がわからない。どうしてそんな事をする必要がある。そう尋ねてみたけれども、具体的な答えを得る事はできなかった。

 

 そして、事態は最悪の方向へと転がった。

 

 剣の峰に当たる部分を当ててリーファを弾き飛ばした直後。リーファを中心にして、黒緑の光の粒子のようなものが周囲を舞うようになった。

 

 ライオスの時と同じだ。ライオスが自身のエゴに呑み込まれて《EGO化身態》となる直前、光の粒子のようなものが周囲に舞っていた。

 

 色こそ異なっているものの、その時と全く同じであると思わしきものが、確かに周囲を包み込もうとしていた。そうして光の粒子が包み込んだのは、辺り一面ではなく、倒れているリーファだった。

 

 地面にうつ伏せになっているリーファの身体を黒緑の粒子が覆い尽くすと、よく知っている彼女の姿形のシルエットとなり、ふわりと宙へ浮かび上がった。

 

 直後、それは急激に膨張を開始し、巨大な卵のような形になる。これは――。

 

 そう思った直後に巨大な卵は爆発し、周囲を白く染め上げる閃光を放った。あまりの眩しさに目を腕で覆い隠し、光が弱まるのを待つしかなかった。

 

 光は数秒程度で収まったが、時を合わせて地面から突き上げてくるような衝撃が襲ってきた。地面の中に何かいるのではなく、巨躯を持つ何者かが思いきり足踏みをしたかのような衝撃の起こり方だった。

 

 間違いない。あの光の卵から巨大な何かが生まれ出たのだ。

 

 キリトは咄嗟に腕を戻し、卵のあった――妹のいた空間へ視線を戻した。

 

 

「……!!」

 

 

 広がっていた光景に絶句した。

 

 そこに妹はいなかった。代わりに居たのは、巨大な異形だった。

 

 全体的にはリランとはまた別種の龍に似ていなくもないが、その皮膚は巨木の樹皮に酷似していて、葉や花を伴う根や(つる)らしきものが無数に絡み付く事で緑色に染まっており、四本の脚で地面を踏み締めている。

 

 まるで樹木がドラゴンの形を取って動いているかのようだ。そして本来ならば頭があるべき場所からは、同じくらいに巨大な女性の上半身が生えている。

 

 その肌はあちこちがやはり樹木のような質感になっている他、それ以外のところは緑の粒子のような光が(うごめ)く、生気の感じられない白い肌となっていた。胸部には大きな乳房らしきものも確認できるが、それは白い装甲に覆われている。

 

 そして頭部は樹木と白い装甲で構成された、一対の角を持つ禍々しい竜のそれとなっていて、更にその上部からは長い金色の髪の毛が流れていた。

 

 背中からは上半身の白き肌と装甲で構成された猛禽類のそれのような翼が生え、更にその先端には妖精のそれのような透き通った緑の(はね)が多数伸びている。

 

 まるで現実世界の伝説や神話、或いは御伽噺(おとぎばなし)に登場する邪悪なドラゴンと、樹木と植物を司る精霊ドライアド、そして自分の妹であるリーファの身体的要素が複雑に混ざり合ったかのような姿だった。

 

 

「すぐ……は……?」

 

 

 そう発音するので精一杯だった。

 

 あれが、俺の妹?

 

 あんな混沌に呑み込まれたような姿が、今の俺の妹である直葉なのか?

 

 目の前に広がる現実を信じる事を、心が拒んでいる気がしてならなかった。

 

 あんなものが直葉であるわけがない。直葉があんなものになったわけがない。

 

 こんな事あり得てなるものか。

 

 こんな現実があってなるものか――。

 

 

《キリト!!》

 

 

 と思っていたその時に、頭の中に初老の女性の《声》が飛び込んできた。時を合わせて身体が宙に浮き上がり、地面から足が離れる。

 

 一呼吸置いて、それまでキリトがいた空間に巨大な剣のようなものが振り下ろされてきて、轟音と共に砂が巻き上げられた。

 

 直葉が変異したと思わしき緑樹の女龍が、右手に携えている剣を振るってきたのだ。

 

 緑樹の女龍の身体に合わせるようにして巨大である剣。まともに一撃でも喰らえば即座に終わりそうなもの。

 

 リランに咥えられて引き離される事でそれの一撃を回避できたのだと理解したが、それもやっとの事だった。

 

 直後、リランが比較的ゆっくりと地面に降ろしてくれたが、脚に力が入らず、立っているのも精一杯なくらいだ。

 

 

「キリト……!」

 

 

 弱い声がしてきて、キリトは振り返る。つい先程までリーファの凶行によって死にかけていたシノンが歩み寄ってきていた。隣にはルコがいる。

 

 顔はやはり、焦燥と戸惑いで満たされた表情になっていた。鏡を見ればきっと自分も同じ顔をしている事だろう。二人揃ってこの状況についていけていない。逆にどういう神経の持ち主ならばこの状況についていけるのだろうか。

 

 

「キリト、リーファ、止めない、駄目!」

 

 

 ルコがはっきりと宣言する。内容は先程と同じ、リーファを止めなければならないの一点張りだった。

 

 やはりあれはリーファだというのか。確かにリーファがいた場所に、入れ替わるようにして出現している。だからあれはリーファが変わり果てた姿であると言うしかない。

 

 だが、どうしてリーファがあぁなってしまったというのか。リーファ/直葉があんなふうになってしまうようなエゴがあったというのか。

 

 でも、どうしてそんなものが彼女の中にある。それはどんなものだというのか。次から次へと疑問が出てきて止まらない。

 

 今はそんな事をしている場合ではないとわかっているはずなのに、頭が止まってくれないのだ。こんな事になったのは初めてかもしれない。

 

 

《キリト、剣を取れ! 鎮圧するぞ!》

 

 

 混乱する頭の中に声が響いた。リランのものだった。そのおかげで若干であるものの、頭の中の絡まりが一瞬解けた。

 

 

「リラン……スグは……」

 

《あいつに《EGO化身態》の天命が出現している。一刻も早くゼロにして、元の姿に戻すぞ》

 

 

 実際に緑樹の女龍へ向けて《ステイシアの窓》を展開してみたところ、確かに《EGO化身態》特有の天命が出現してきた。まるで直葉が元々持っている天命を飲み込もうとしているかのようだ。

 

 もう受け入れるしかない。直葉はあの緑樹の女龍となってしまったのだ。暴れ狂う《EGO化身態》の姿こそ、今の直葉の有り様なのだ。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 キリトは自分の拳を額に打ち付けた。

 

 こうなってしまった時はどうするべきか。今しがたリランが言った通りの事をするしかない。

 

 どうしてこうなってしまったのかへの疑問は尽きないが、考え込んでいる場合ではないし、そうしていたところで状況が好転する事は決してない。

 

 やるべき事はただ一つ。鎮圧だ。どんなに受け入れがたい現実であろうとも、やらねばならない。もしここで何もしないでいたら、確実に全てを失う。

 

 《EGO化身態》となった直葉に全部壊し尽くされ、最後は直葉も《EGO化身態》から戻れなくなって死ぬ。そんな結末を許してはならない。

 

 冷静になれ。やるべき事に忠実になれ。

 

 俺は直葉のにいちゃんだ。

 

 今、直葉を救うべきなのは、直葉のにいちゃんである俺だ。

 

 拳を通じて頭の中に叩き込み、キリトは深呼吸した。

 

 そしてそのまま胸の中央に動かし、出てきた白き炎剣の柄を掴み、引き抜いた。更にもう片方の手で《夜空の剣》を引き抜き、二刀流の構えを取った。

 

 

「……あぁ、やるぞリラン。スグを元の姿に戻してやるんだ」

 

 

 相棒に呼びかけた直後に、キリトは愛する人に向き直る。その人――シノンは戸惑った顔のまま、次の行動を起こせないようだった。無理もないだろう。

 

 

「シノン、無理するな。スグは俺とリランで止めるから、君はルコと一緒に離れててくれ」

 

 

 シノンは身体をぴくりと言わせた。すぐさま下を向く。何かを考えているとわかるのは、長年一緒にいるからこそだった。

 

 そして五秒ぐらい経過したところで、シノンはかっと顔を上げて、首を横に振った。

 

 

「いいえ、あなた達だけに行かせないわ。私も戦う」

 

「本当か」

 

「ええ。あの()があぁなってしまった原因に、少なくとも私は関わってる。ううん、多分だけど、私があの娘をあぁならせた元凶だわ」

 

 

 シノンはキリトの横に並び、弓に矢を(つが)えた。

 

 

「だから、あの娘から逃げるわけにはいかないの」

 

「……わかった。一緒にスグを取り戻すぞ」

 

 

 キリト、シノン、リラン。いつもの三人が揃った事を確認したキリトは改めて臨戦態勢を取ったが、すぐさま声が飛び込んできた。

 

 

「キリト、ルコも戦う!」

 

 

 ルコだった。そう言えば今回から、その神聖術の扱いが魔獣退治に役立つかもしれないという事でルコも連れてきているのだった。

 

 なんてこった。最悪じゃないか。

 

 弱い魔獣くらいしか相手にならないだろうからルコを連れてきたというのに、いざ相手にする事になったのはリランを優に超える巨躯と、明らかに強大な力を持っているとしか思えない《EGO化身態》。

 

 まだまだ小さな子供の域を出られていないルコが出てきていい戦いではなかった。ルコをこの場から逃がさないと駄目そうだ。咄嗟にキリトは説得に入る。

 

 

「駄目だ。お前じゃ勝てない。逃げるんだ!」

 

 

 しかしルコは首を横に振ってきた。その目はしっかりと緑樹の女龍を捉えている。不思議な事に恐れ、怯えている様子がない。

 

 

「逃げない。ルコも、戦う。キリト達、支える!」

 

 

 そう言ってからルコは何かしらの神聖術を唱えた。直後、赤くて暖かい光がキリト達を包み込んできて、入る力が強くなったのを感じた。ルコが特殊効果付与神聖術を使ってくれたらしい。

 

 彼女は本気で自分達と共に、《EGO化身態》となったリーファを止めるつもりでいるのだ。逃がそうとしても逃げてくれそうにないのは確かだった。

 

 最早止むを得まい。キリト、シノン、リランのいつもの三人にルコを加えた四人で戦うしかないだろう。

 

 後で確実にアリスやファナティオ辺りに怒られそうだ。「だから止めたのに、あなた達は!」と言う彼女達の顔が目に浮かんで仕方がない。

 

 何なら「今回の戦いにルコを加えても良いんじゃないか」という提案をしたベルクーリにもその火種が飛んでいきそうだが、こんな状況になる事など誰が予想できただろうか。

 

 そんな事を考えていたところ、緑樹の女龍が吼えた。その口内から獣と女性の声が混ざったような音が響き渡り、衝撃で周りの砂地が巻き上げられる。

 

 ただの咆吼だけでもあの威力か。そもそもリラン以上の体躯を持っているのが緑樹の女龍なのだから、当然と言えば当然だろう。繰り出される攻撃はまだ見ていないが、どれも恐るべき威力を持っている事だけはやられなくてもわかっている。

 

 何より目に付くのは、右手に持たされている植物の蔓で覆われ、全体的に緑色に染まっている聖剣らしき巨剣。切れ味は定かではないが大きさ的には一撃でも喰らえば即死待ったなしだ。

 

 そんなものを適切に振るう事ができる知能も兼ね備えているなど、厄介な事この上ない。

 

 そして、先程からわかっている事ではあるけれども、緑樹の女龍の全身はとても頑丈な樹皮のような質感になっている。《カセドラルシダー》とはまた異なる材質であろうが、恐らく剣を突き立てたところで、そう簡単には内部まで到達しないだろう。

 

 更にその上から無数の花の咲く蔓が覆っていると来た。これらを合わせると、鋼鉄に匹敵する天然素材の鎧を全身に着込んでいるようなもので、防御力は非常に高いと容易に推測できる。

 

 きっと、本来ならば衛兵や砲兵を大量に集めたうえで相手にするべき《EGO化身態》なのが緑樹の女龍なのだ。それをたったの四人で鎮圧しなければならないのが、今現在の状況である。

 

 直葉、お前はなんてものになってしまったんだ。少し考えるだけでも冷や汗が止まらなくなりそうだった。

 

 

「……ねぇ、弓矢って効きそうだと思う?」

 

 

 早速シノンが尋ねてきた。

 

 あれだけの装甲を纏っているうえ、そもそも身体自体があそこまで大きいから、普通の弓矢では射かけたところで弾かれるか、外皮に刺さって終わり程度だろう。

 

 そればかりか《夜空の剣》は勿論、自分の《EGO》である白き炎剣でさえまともに通じてくれるかさえ怪しいと思う。まだ攻撃していないというのに、攻撃をしたら思いきり弾かれる光景を想像できて仕方がない。

 

 クィネラが作る弩砲や大砲なんかがあれば話は違うだろうが、ここにそんなものはないし、彼女もいない。

 

 もしかしたらこの場にある武器では、緑樹の女龍の鎮圧は不可能なのではないだろうか。早くもそんな気がしてきてしまっていた。とりあえずキリトは答える。

 

 

「どうだろうな。君の弓矢もそうだけど、俺の剣も通じるかわからない」

 

「攻撃してみるまでわからないって事でいいのね」

 

「あぁ。とりあえずやってみるしかない!」

 

 

 キリトはそう告げて緑樹の女龍に向けて走り出した。一瞬身体が前のめりになる。地面が砂地であるせいで足を取られそうになるのだ。

 

 しかし力を入れて踏ん張り、変異してしまった妹の許へ駆ける。どんどんと妹との距離が縮んでいったが、その時だった。妹――緑樹の女龍が急に上を向き、天へ向けて咆吼した。

 

 轟音が耳を(ろう)してくるが、爆発のように聴覚を奪ってくるようなものではなかった。つまり攻撃ではないという事。

 

 ならばこれはなんだ。何のためにやった? その疑問の答えがすぐさま緑樹の女龍から出てきて、キリトは立ち止まった。

 

 緑樹の女龍を中心にして、周囲の地面が緑色に染まり出した。一切の草花の生えていない砂漠が、緑を取り戻し始めたのだ。

 

 

「なッ……!?」

 

 

 砂漠の緑化計画という話は現実世界に居た時に学校の授業等で何度か聞いた事があるが、決まってそれは長い年月のかかる大プロジェクトとなるという話がセットになっていた。

 

 一度砂漠と化してしまった大地に木や草を植え、草原を取り戻すには時間がかかり、それはどうやっても変わらないのだと。

 

 その話を、緑樹の女龍は物の見事に砕いて見せた。緑樹の女龍の周りが、短時間のうちに草花の咲き乱れる美しい草原へと変わっていく。まるで砂漠を緑の大地が侵食していっているかのようだ。

 

 本来ならばなんて良い光景なのだろうと思うところだが、今は恐ろしさしか感じられない。緑樹の女龍が環境そのものを書き換えていっているのだ。

 

 

「嘘だろ……!?」

 

 

 これまで見てきた《EGO化身態》は、その者のエゴをそのまま形にしたような能力や、元々持っていた能力を強化したようなそれを持っていたりしたものだが、それでも環境そのものを作り変えるような規模にまで到達している事などなかった。

 

 なので、《EGO化身態》の能力はどんなに強くても環境への影響は極めて小規模であると、対策本部の中では定義されていた。

 

 その定義もたった今破られた。緑樹の女龍は砂漠をどんどん緑化させていっている。どういった意図があってそんな事をしているのかは全くわからないが、緑樹の女龍の周囲五十メートルくらいの砂漠は既に草原と化している。

 

 よく見れば、その足元からは多数の木がバキバキと音を立てて急成長してきているのも確認できた。

 

 今、緑樹の女龍の足元に虫や獣がいるのかは定かではないが、砂漠という環境で生きていくために適応進化した生き物達は、今頃置いてけぼりを喰らっている事だろう。

 

 

「あ……!」

 

 

 いや、違う。緑樹の女龍の足元付近をよく確認してみたところ、砂の中から出てきたであろう多数の虫や動物達の姿があった。

 

 突然現れた巨大な怪物の存在に戸惑っている大小様々な彼らを――緑樹の女龍から広がる緑が呑み込んでいった。

 

 見間違いかと思った。だが、残念ながらそうではなかった。大自然に生きている動物達を、大自然を大自然たらしめる要素である植物が呑み込んでいっているのがしっかり確認できてしまっていた。

 

 緑樹の女龍の作り出す緑化は、荒地に緑を再生させるものではなく、荒地を緑で呑み込んで環境を侵食するという、狂気的な性質を持ったものだった。

 

 数多の動物達を(はぐく)む草原や森が、動物達を物理的に呑み込んでいくなど、何のホラー作品の映像だろうか。

 

 ……そんな事を考えている場合ではない。動物達があんなふうに緑に呑み込まれていくという事は、あの緑化が街や村などの人間の生活圏にまで及んだ場合に何が起きるか。当然広がりゆく緑に罪なき人々がごくごくと呑み込まれ、栄養にされていく事だろう。

 

 そしてあれの性質を見る限り、恐らくどこまでも際限なく広がり、最終的には世界そのものを緑一色に染め上げてしまうかもしれない。

 

 つまり、このままいけばアンダーワールドはグリーン・グーになって終わりだ。自分の妹のせいで。

 

 そんな事許しておけるか。直葉を世界を破滅に導いてしまった怪物にしないためにも、一刻も早く鎮圧しなければ。

 

 

「ッ!!」

 

 

 キリトはもう一度脚に力を入れて砂地を蹴り上げ、緑化の根源たる緑樹の女龍の許へ向かう。緑樹の女龍の周りには既に背丈の低い森が形成されつつあった。

 

 今のところ確認できる樹木の太さはそこまでのものではない。だが、もう数分程度経てば巨木で構成される大いなる森が出来上がってしまう事だろう。

 

 それで終わってくれればいい。問題は女龍が生成する樹木がギガスシダー級にまでなってしまう場合。

 

 もしあのルーリッドの村の名物のような存在であり、ユージオを縛り付けていた元凶である大樹と同じくらいにまで木々を成長させられるのであれば、それらが天然の防壁となり、緑樹の女龍に近付く敵を妨げるようになるだろう。

 

 そうなれば打つ手がないのと同じになる。そうなる前に手を打たなければならないのだ。キリトは引き続きダッシュし続けて緑地――緑樹の女龍の領域へ足を踏み入れた。

 

 その脚からの感触は不気味だった。

 

 つい先程まで柔らかくて沈むような砂地だったというのに、今は何百年も前から水と栄養が適度に染み渡り、形成されてきた土のようになっている。

 

 砂漠も気が遠くなるほどの年月を経れば、原生林のように緑が溢れるどころではない環境へ変貌する事もあるだろうが、そんな年月も経ってないのにそうなっている。まるでここだけ時間がジャンプしてしまっているかのようだ。

 

 やはりいくつもの意味で、緑樹の女龍を放置しているわけにはいかない。キリトは通常では考えられない速度で伸びていく木々の間を抜け、緑樹の女龍に接敵した。

 

 周りの樹木と同じに見える質感の樹皮で覆われた右前脚に狙いを付け、《夜空の剣》と白き炎剣を重ね合わせた一閃をお見舞いする。

 

 手応えはあったが、深く入った気はしない。大したダメージを叩き込めてはいないだろう。

 

 遠くから観察していた時の推測はある程度当たった。緑樹の女龍はかなりの防御力を持っている。見た目は天然の鎧を纏っているような風貌で、人工物などには弱そうに思えるが、実際は逆。緑樹の女龍の天然鎧の方が強い。

 

 人間の作るものなど、大自然で作られるものに比べれば取るに足りないってか。そんな事を言われているような気分になってくる。

 

 

「おっと!」

 

 

 緑樹の女龍が反撃に出てきた。右手に握っている巨大自然剣の振り下ろしを仕掛けてくる。もらえば即終了の一撃を、キリトは横方向に走り出した後にダイブする事で回避した。

 

 直撃した地面が力強く砕かれ、砂が変質した土くれが大きな礫となって宙へ舞い上がる。どぉんという轟音が鳴り響き、できかけの森が、地面が縦方向に揺れる。まるで一度限りの縦揺れ地震だ。

 

 ここまでの体躯と能力を持つ緑樹の女龍ならば、最早地震を起こしたとしても不思議ではない気がする。

 

 そして、今の一撃を入れたところでわかった。自分達の持っている武器では、今のところ有効打を与える事はできない。まずはこいつの着ている鎧を引き剥がさないといけないだろう。

 

 それができるのは、リランだ。リランの火炎攻撃で緑樹の女龍の外皮を焼き、内部を露出させたうえで攻撃を叩き込む。今のところ取れそうな手段はそれくらいしか思いつかない。

 

 キリトは緑樹の女龍に背を向けてダッシュした。途中で地面が緑地から砂地に変わるためにバランスが崩れそうになるが、すぐさま立て直して走る。

 

 後ろからどすんどすんという大きな音が聞こえ、震動が連続して起こっているのがわかった。

 

 軽く振り向けば、緑樹の女龍が四本の脚と左手を使って走ってきているのが見えた。その足元は目に優しい緑。地面を緑化させながら、かなりの速度で迫ってきている。

 

 あまりの光景に心臓がきゅうと縮んだような気がした。並の人間ならば恐怖で気絶していそうだが、キリトの据わった肝は気絶をもたらさなかった。いや、気絶している暇などない。

 

 そう思った直後だった。緑樹の女龍の上半身で爆発が数回起き、その足が一旦止まった。何かがキリトの進んでいる方向から飛んでいって直撃したらしい。

 

 前方に振り向けば、目的であるリランと、シノンとルコの姿。全員がそれぞれの攻撃態勢を放った後の姿勢をしていた。今のはリランと、ルコの神聖術による火炎弾、そしてシノンの爆発矢によるものだったのだろう。頼もしい援護射撃があったものだ。

 

 

「リラン!」

 

 

 そのうちの一人であるリランに声をかけると、彼女は姿勢を低くした。伝えなくてもこちらの意図がわかったのだろう。

 

 数秒後にそのすぐ近くに辿り着くなり、キリトはシノンに「飛び乗れ」と伝え、ルコを拾い上げる形でリランの背に(またが)った。

 

 間もなくリランは立ち上がり、その大きな翼を羽ばたかせて空中へ舞い上がった。少し遅れて緑樹の女龍がそれまでリランのいた場所にまで追い付いてきて、見上げてくる。

 

 

「リラン、お前の力を借りたいんだけど、いいか」

 

《いいも何も、我の炎くらいしかあいつにダメージが入らないのだろう》

 

「その通りだ。試しに一撃入れてみたけど、全然効いてる様子がなかった。多分あいつの全身を覆ってる樹皮が攻撃を防いでいるんだと思う」

 

《なるほどな。だが、相手が植物由来ならば容易いな。植物は燃えるのに弱いから――》

 

 

 リランの言葉を最後まで聞けなかった。急に身体が右斜め上方向に引っ張られた。リランが突如として回避行動を取ったらしい。

 

 何が起きた。今何を避けた? 確認するべく周りを見回そうとしたそこで、すぐさま原因を見つけた。

 

 龍だ。あの緑樹の女龍の頭部によく似た形をした龍の頭が、リランから少しだけ離れたところに姿を現していた。龍の頭の後部からは木の根のようなものが伸びており、緑樹の女龍により緑化された地面と繋がっている。

 

 その数は一つではなかった。

 

 同じ物が複数地面から伸び、リランの許へ迫ってきていた。

 

 

 

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