キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:殲滅戦 ―殺戮者との戦い―

         ◇◇◇

 

 

 ヒースクリフとアスナを含んだ血盟騎士団20人、ディアベルと副官シュミットを含んだ23人、クラインを含んだ風林火山の5人、合計48人のパーティに、俺、シノン、ユウキ、リラン、エギルは参加し、10層の小さなダンジョンを根城にしている《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の討伐戦を開始する事になった。

 

 10層の小さなダンジョンを、《笑う棺桶》は本拠地にしているという情報は、殺人を犯す事に罪悪感を覚えたプレイヤーの一人がリークさせたものだったと推測される。この情報を元に、捜索が始まり、やがて《笑う棺桶》の本拠地に辿り着いたというわけだ。

 

 このダンジョンを見つけた時から、俺は上手いところを本拠地にしたものだと若干感心していた。ここはまるでデザイナーが配置だけやって、そのまま忘れてしまったような低レベルで、モンスターのほとんどいない、安全地帯に等しい場所だった。

 

 いや、この奥には本当に安全地帯が存在しており、そこを根城にしているのだと言う情報だったため、実質この洞窟は安全地帯なわけだ。ここならば、人目に付かずに作戦を立てたりする事も、寝泊りする事も容易――まるで、本当の犯罪組織のアジトのようだと思えた。

 

 集められた攻略組のプレイヤー達が弓の弦のように気を張り詰めさせながら、薄らと霧のかかったダンジョンを進んでいると、俺のすぐ隣を大きな音を立てながら歩く、俺達の切り札であり、最高の仲間であるリランが、《声》を送ってきた。

 

《キリト。改めて聞きたいのだが、《笑う棺桶》とはどのような連中なのだ。アスナ曰く、絶対に許してはならない集団だと聞いているのだが、あまり詳しい話を知らないのだ》

 

「そういえばお前にはまだ教えてなかったな。《笑う棺桶》の事を……」

 

 リランとは対照的に、俺の左隣を歩いているシノンが、割って入る。

 

「私も知らないわ。《笑う棺桶》って、具体的にどんな奴らだったの? 現れたのはいつ頃?」

 

 更にそう言えば、リランだけではなく、シノンも《笑う棺桶》の詳しい話を理解していなかったのだった。これからの戦いに備えるのと、これまでの事を思い出すのにもちょうどいいし、話しておこう。

 

「《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》が姿を現したのは……割と最近だ」

 

 

 《笑う棺桶》の事を思い出そうとした時、何だかぬるぬるとした空気が身体の中に流れ込んできたような気を、俺は感じた。

 

 もともと、このアインクラッドには、食い詰めた挙句に、他のプレイヤーから金やアイテムを略奪するオレンジ集団というのは、デスゲーム開始当初から存在していた。しかし、そのどれもが、《笑う棺桶》と比べれば良心的で、無理にトレードを要求したり、麻痺毒を使用したりなどの範囲に収まっているものだった。

 

 それは何故か。このゲームはデスゲームであるがゆえに、HPを全損させれば、現実でもそのプレイヤーを殺す事になる。現実にいる人間を殺すという行動に、出られる奴はいなかったのだ。それもそのはず。

 

 このゲームの中に閉じ込められてしまったプレイヤーは、元はと言えばただのネットゲーマーで、現実世界での犯罪とは無縁の存在として生きていきたいと願っていた者達ばかりだったのだから。殺人なんて、起こせるわけが無かった。

 

 しかし、その「HP全損だけはさせない」という規律は突如として、一人の男によって破られる事となった。その時まで、どんなプレイヤーの中にもあった規律を破壊した男の名は、PoH(プー)。どこかユニークなネームであるが、いや、もしかしたらだからこそ、一種の強烈なカリスマ性を持ち合わせていたのかもしれない。

 

 PoHはまず、俺達プレイヤーからは最初から一線を画したような存在だった。PoH自身、エキゾチックで不思議な美貌の長身を持ち、流暢な日本語、英語、スペイン語のスラングを混じらせて喋る事の出来る、恐らくは日本人と西洋人のハーフだと推測される、マルチリンガルだったのだ。

 

 まるでプロのディスクジョッキーのラップのようなその喋り方は、あっという間に周りのネットゲーマーでしかなかったプレイヤーの価値観を、クールで、タフで、リアルな、外道(アウトロー)集団のそれに染めていったのだ。

 

 そしてもう一つのPoHのカリスマは、その強さだ。PoHはソードスキルを使わなくとも、まるで刃を手の延長にあるかのように閃かせ、瞬く間にモンスターとプレイヤーを八つ裂きに、あるいは三枚おろしに、あるいはばらばらに切り刻んだ。

 

 その時から、俺達は既にPoHの事を恐れていたのだが、ゲームがある程度進んで、40層がクリアされた辺りからPoHは「友斬包丁(メイトチョッパー)」という物騒な名前の短剣を手にし、俺達を震えがらせてしまうほどの、恐るべき実力を身に着けていた。

 

 血盟騎士団をまとめ上げる、正のカリスマを持つヒースクリフとは対照的な、負のカリスマを持つPoH。そのPoHの持つカリスマの毒に当てられたプレイヤー達は、中毒症状を起こし、PoHを崇拝するようになり、心理的リミッターを自らはずして、殺戮を好むレッドプレイヤーになっていったのだ。

 

 そして2023年の大晦日、30人近くに及んでいたPoHの一味は、観光スポットで野外パーティーを楽しんでいたプレイヤー達を襲い、その全員の命を奪って見せて、翌日に情報屋に送付した。「我らの名は、殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》である」と。

 

 まるで心の中にたまっていた泥を吐き出すような奴らの説明を終えると、当然と言うべきなのか、シノンとリランは驚いたような顔をしていた。

 

「《笑う棺桶》が結成されたのは、去年の大晦日? 去年の大晦日って確か……」

 

「そう。リランとシノンと出会って、ほとんど22層から出ないで過ごしてた時だ。あの時に、PoHは残虐行為を働くギルド、《笑う棺桶》を作り上げてたんだ。俺も、《笑う棺桶》の存在を知ったのは君達と出かけて、情報屋の新聞を読んだ時だったからな」

 

 俺の説明が終わると、リランは喉を鳴らし始めた。正義感の強いリランの事だ、恐らく、PoHの存在が許せなくなってきたのだろう。

 

《おのれ……PoHとやらはまさしく、この世界の住人達、プレイヤー達の心を乱す存在ではないか。もし、この先が奴らの根城で、奴が居るのだとすれば、真っ先に捕まえなければならぬな》

 

 そのとおりだ。事の発端はPoHであり、PoHこそ、この世界のプレイヤー達の心を最も乱す、モンスターよりも恐ろしい存在であると言える。もし、見つける事が出来たのであれば、どんな手を使ってでも打ちのめし、牢獄に叩き込んで、出て来られないようにしなければならない。――奴の持つ、《毒のカリスマ》に当てられて、中毒になってしまうプレイヤーが増える前に。

 

「そのPoHは放っておいたら次々と毒をばら撒いてしまうわね。……なんというか、話を聞いてるだけで、PoHがこのアインクラッドに現れた毒虫か何かに思えてくるわ」

 

「確かにその通りだ。あいつはもう毒虫そのものと言ってもいい。毒虫は殺虫しなければならないし、解毒薬が無いなら、中毒者はどこかに隔離しておかなければならない」

 

 俺とシノンの会話を聞いていたリランが、どこか残念そうな顔をした。

 

《このアインクラッドにそのような存在が現れるとは……何にせよ、そいつとの戦いはあまり心地の良いものとは感じられそうにない。そして、とても不吉な事が起こりそうだ、これからの戦いは》

 

 やはりリランも感じているようだった。昨日、《笑う棺桶》の連中と出会って戦闘を繰り広げ、街へと逃亡したその時から、俺はずっと胸の中で何かが蠢いているようなざわめきを感じていた。

 

 《笑う棺桶》との戦いになるだろうけれど、その中で途轍もない、何かこれまで起こりえなかった災厄のようなものが起こりそうな、そんな気を感じて、止まる事が無かった。他の攻略組の皆を見てみれば、そのような様子を見せているものは一人もいなかったため、気のせいであると思いたい。

 

「何が起こるか、俺にもさっぱり予想が付かない。用心して進もう」

 

 俺の言葉にシノン、リランは頷いてくれて、少し安堵したような表情を浮かべて歩き続けた。

 まるで霧の立ち込めた山道のような、足場が所々浮遊している奇妙なダンジョンの中を、近くに《笑う棺桶》が潜伏していないか注意しながら突き進み、やがてボス部屋のように広い場所に辿り着き、俺達は足を止めた。辺りを見回して、警戒しながら、ディアベルが言った。

 

「これから討伐戦を開始するわけだが、奴らは俺達の命を奪う事に何のためらいもない。やらなければやられるから、戦闘になったら絶対に手を緩めるな」

 

 PoHとは真逆の、正のカリスマを持つヒースクリフが振り返り、団員達に声掛けをする。

 

「しかし、彼らがレッドギルドであり、手練れの者達であっても、我々も同じ手練れで、様々なモンスターとの戦いを生き抜いてきた攻略組だ。案外、恐れ入って無条件降伏をしてくるかもしれないが、注意する事は無意味ではない。いつもどおりしっかり戦って、彼らを捕縛してやろう」

 

 ヒースクリフのどこか朗らかな号令に、一同は顔を緩ませて、少しだけ笑い声を出す。確かに、この場にはリランもいるし、《神聖剣》使いのヒースクリフも、賢人指揮官のディアベルも、頼れる優しき副団長のアスナも、そして絶剣のユウキもいる。

 

 負ける要素があまりに少ないから、ヒースクリフの言う通り、《笑う棺桶》は恐れ入って、無条件降伏をするかもしれない。大した戦いが起こらずに終われば、その時、この胸の中のざわめきは、俺の気のせいであった事になるので、是非ともそうなってほしい。

 

《キリト》

 

「なんだ」

 

《少し、お前から皆に言ってもらいたい事がある。何があっても落ち着いてくれ、慌てず、落ち着いて対処してくれと》

 

 俺はリランのどこか不安そうな《声》に首を傾げたが、その内容はいつもどおりだと思った。落ち着きを失って、慌ててしまえばまさに奴らの思う壺だ。人間落ち着きが肝心だという言葉もあるので、リランの指示は行き渡らせよう。

 

「みんな、何があっても落ち着いて対処するんだ。落ち着きを失ったら、それこそあいつらの思う壺、罠にはまってしまう。だから、何があっても落ち着いて……」

 

 皆に指示を下そうとしたその次の瞬間、俺は複数のプレイヤーの反応を索敵スキルにて感知し、その方向に顔を向けた。そこにあったのは黒いポンチョを身に纏い、黒い長ズボンを履き、凶悪な長剣や大剣、短剣を持ち合わせた、アイコンがオレンジ色になっているプレイヤー達。その数は、約40人。――俺達が討伐しようと考えていた、《笑う棺桶》!

 

「《笑う棺桶》!!」

 

 まさか情報がリークしていたのか――そう思った次の瞬間、《笑う棺桶》の狂人達は楽しいパーティーの始まりと言わんばかりに口角を上げてジャンプし、まるで獲物に襲い掛かるケダモノのように俺達に剣を振るってきた。ケダモノのような狂人達の刃を確認した俺達は一斉に武器を抜いて、応戦を開始。俺も二刀流を解放して、襲い来る狂人達の刃を防ぎ、弾き飛ばし、無力化させたうえで、縄で縛りあげて拘束した。

 

 周りの連中を見てみれば、やはり《笑う棺桶》の連中などモンスター達と比べれば、大した事が無く、次々と無力化させて、縛り上げていった。血盟騎士団最強の聖騎士ヒースクリフの方に目を向けてみれば、剣をほとんど使わずに、盾で狂人達の武器を防いでは、シールドバッシュで武器を弾き飛ばして、周りの騎士達が捕縛に入るなどの行動を繰り返していた。流石にヒースクリフの攻撃力があっては、《笑う棺桶》の連中を殺してしまう。今回はほぼ不殺でいくという作戦なので、下手に本気を出せないのだろう。

 

「おい、もうお前の体力は一撃喰らったら死ぬ状態だ。もう降伏しろ」

 

 近くからエギルの声が聞こえてきて、そっちに顔を向ければ、エギルと聖竜連合の数人が、体力があとわずかになっている《笑う棺桶》の一人を追い詰めている光景が広がっていた。確かにエギルの言う通り、あいつはあと一撃でも貰えば死ぬような状態だ。

 

 だが、あいつは狂人……追い詰められても抵抗してくるはずだ。それはきっと対峙している全員が考えている事なのだろう、警戒を緩める気配を一切見せずに《笑う棺桶》と向き合っている。しかし、エギルが両手斧の穂先を向けたその時に、俺は思わずきょとんとした。

 

 てっきり抵抗をしてくるだろうと思った《笑う棺桶》の者達が、突然その場に武器を置いて跪き、伏せて頭に手を乗せた。抵抗しないから、攻撃しないでくれという姿勢だ。突然戦闘音が止み、《笑う棺桶》の者達が一斉に幸福を始めた事に、一同は思わず驚いて、きょとんとする。

 

 弓使いであるシノンに至っては、矢を向けた先の《笑う棺桶》の者が抵抗をやめて伏せているから、文字通りのホールドアップになっていて、驚きの表情を隠せないでいた。

 

「すまなかった、お、俺達が悪かった。もう犯罪からは足を洗う、牢獄に行くから、許してくれ」

 

 殺気の威勢はどこへ行ったやら、怯えたような声で、《笑う棺桶》達は命乞いを始める。あまりに突然な事に攻略組の者達は少し戸惑ったような声を上げて、互いを見合ったが、周りを見てみれば《笑う棺桶》の連中全員が抵抗をやめていたため、《笑う棺桶》の全員を無力化すると言う第一目標はクリアしている事に気付いた。

 

「よ、よし。みんな、《笑う棺桶》を捕縛しろ」

 

 この展開は流石に読めなかったのか、ディアベルも少し驚いた様子で周りの連中に指示を出し、次々と抵抗をやめた《笑う棺桶》達を縄で縛りあげて、あっという間に40人全員を捕まえてしまった。ダンジョン内にこれ以上の《笑う棺桶》の姿は確認できず、襲い掛かってきた全員も捕縛されて身動きが取れなくなっている。これで、今回の作戦は完了なのだが……あまりに簡単に終わってしまって、拍子抜けしてしまった。

 

「えっと、キリト。今回の戦いは、これで終わりよね?」

 

「あぁ。もっと泥沼みたいな戦いになるんじゃないかって思ったんだけど……あまりに簡単に終わってしまったな」

 

 シノンとの会話に答えるが、胸の中のざわめきは止まるところを見せなかった。もし、これで本当に戦いが終わったのであれば、このざわめきは止むはずなのに、数々の戦いや修羅場を見てきた俺の経験が、胸の中で警鐘を鳴らし続けている。それこそ、戦いはまだ終了していないと叫んでいるかのようだ。

 

 一体これから何が起きるのか、どのような出来事が俺達を襲い来るのか、シノンの身体を傍に寄せて、リランとともに守っていたその時、背後から金属同士がぶつかり合うような音が聞こえてきて、即座に何事かとそちらに目を向ける。

 

 そこで、血盟騎士団の一人であり、騎士の割には悪人面をしているなと思わせるような面構えの奴が、その剣をヒースクリフ目掛けて振るっていたのだ。勿論というべきなのか、ヒースクリフは自前の盾で騎士の剣を受け止めて、険しい表情を浮かべている。

 

「何のつもりだね、クラディール」

 

「あめえんだよ、騎士団長様ぁ……!」

 

 クラディールという名の騎士の、剣を振るうその顔を見た瞬間、悪寒が走った。クラディールの顔は、目つきは、《笑う棺桶》のそれと同じ、殺人をする事に飢えた、ぎらぎらとしたもの……悪人の目つきだったのだ。

 

 あんな目をして、一体何を始めたのか――そう思った途端に、周囲から次々と、やんだはずの剣の音が聞こえ始めた。そこに広がっていたのは、ヒースクリフとクラディールがしている行為とほとんど同じで、連合軍の一人が、アスナ、ディアベル、幹部達と言った重役達に剣を振るって、防がれているのだ。全員が、悪人の目つきをして。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

 仲間に剣を振るわれている者の中にユウキも混ざっていて、戸惑ったように声を上げながら、剣で相手の剣を防いでいた。

 

「ど、どうしたんだよ。どうしちゃったんだよ!?」

 

 剣を振るう、悪人の目つきをした者達は一向に答えようとしなかった。その最中、突如としてクラディールが声を張り上げた。

 

「リーダー、やっちまいましょうぜぇ!!」

 

 悪人の目をして、殺人に快楽を覚えたような顔のクラディールの声が、周囲に木霊した瞬間に、リランが何かに気付いたように《声》を送ってきた。

 

《プレイヤーだ、プレイヤーが雪崩のようにここに押し寄せているぞ! その数……90!!》

 

「き、90人!?」

 

 リランの口から出された恐ろしいまでの数。一体それだけのプレイヤーがなぜ、ここへ押し寄せているのかと考える間もなく、出入り口である巨大な戸が跳ね飛ばされるように開いた。――その奥にあったのは、黒いポンチョを着て、黒いズボンを履き、凶悪な武器を構えた、飢えたけだもののような顔をしたプレイヤー達……《笑う棺桶》だった。

 

「ぞ、増援!?」

 

 クラインが悲鳴のように言うと、押し寄せてきた90人の《笑う棺桶》の最前線に、一人の男が躍り出てきた。その男は、勿論というべきなのか、本拠地だと言うのに姿を見せていなかった、毒のカリスマでプレイヤーを堕としていく《笑う棺桶》のリーダーであり、アインクラッド1の殺戮者であるPoHだった。その顔はこれまでにないくらいに、ギラギラとした目が光る、凶悪なものだった。

 

「PoH!!」

 

 俺の声が届いたのか、PoHは口角を上げたが、俺には答えずに声を出した。

 

「お前ら生きてるかぁ? 今日は最高のパーティーだぜ。ここで攻略組を潰して、この世界を永遠のものにするんだ。そう、俺達のユートピアになぁ! さぁ、イッツ・ショウタイム!!」

 

 その時初めて、俺は、俺達は罠に嵌められてしまっていた事に気付いた。PoHが本拠地であるはずのこの場に姿を現さなかったのはきっと、各地に散らばっている《笑う棺桶》達をかき集めて、俺達攻略組に総力戦を仕掛けるためだったのだ。

 

 そして攻略組の情報を集め、罠に嵌めるために、クラディールやその周りの連中と言った《笑う棺桶》のスパイを、俺達攻略組の中に紛れさせていた。恐らく情報がリークしていたりしていたのは、クラディール達《笑う棺桶》のスパイがPoHに報告していたからだろう。

 

(嵌められたッ!!)

 

 そして、俺達は《笑う棺桶》を倒すためにここに来たわけだが、本当は、PoHの掌の上に来させられておいたのだ。今から、《笑う棺桶》は袋叩きという形で総力戦に出る。――世界を終わらせようとしている俺達を消して、この世界を殺戮者のユートピアに変えるために。

 

「ぐ、ぐぁああ」

 

 どう対処すべきか、考えを回そうとしたその時に悲鳴が聞こえてきて、俺はその方へ顔を向けたが、そこで目を見開いた。俺達に捕縛されていたはずの《笑う棺桶》の連中が、縄を引き千切って武器を取り、PoH達本隊の襲来を受けて呆然としていた攻略組の者達を切り裂いていたのだ。

 

 《笑う棺桶》の攻撃を背中から受けた者達は床へ倒れ込み、水色のシルエットとなって、そのままポリゴン片となり爆散した。――その数は、5人。

 

 この場にいるプレイヤーの数を確認してみれば、50人近くいた攻略組は、相手の不意打ちと、一部がスパイであった事によって、30人近くにまで減らしていた。対する《笑う棺桶》は捕縛されていた者達が解放された事及びスパイ活動の終了、PoH達本隊の到着により140人にまで増加していた。物量の差などの、生易しいものではない。

 

「30対140だと……!?」

 

 一気に恐慌状態に陥った攻略組。転移結晶を使おうにも、相手はAGIもそれなりにあげている素早いプレイヤー達、そんな事を許すはずがない。どうすればいいのか、まったく判断が付かず、文字通りの袋の鼠。対策などありゃしない――そう思っていた最中に、一人だけこれだけの大群を相手にしておきながら互角の戦いを繰り広げているものを見つけて、俺は目を見開いた。

 

 その男は盾と剣を振るいながらも、まるで周囲の時間に逆らっているかのようにフレーム単位で移動、攻撃を行い、襲い掛かってくる狂人達を次々と返り討ちにしている。まるで、混乱に乗じて誰も見ていない事を良い事に、一人だけ特殊なスキルを使っているかのように――周囲の時間を、奴らの時間を盗んで一人だけ動いているように。

 

 その男とは、血盟騎士団団長、ヒースクリフだった。ヒースクリフは聖騎士と呼ばれ、俺の持つ二刀流と同じようなスキル、《神聖剣》を使うプレイヤーだが、《神聖剣》が使えるようになると、あのような動きが出来るようになるのだろうか。

 

 いや、そもそも《神聖剣》はアスナによると、圧倒的な防御力で敵の攻撃を防ぎ切り、弾き飛ばし、強力なカウンターを仕掛ける形式のものだったはずで、あのような動きが出来るようになるわけではなかったはずだ。あの動き、一体何なのか――その時に、イリスの言葉が頭の中に響き渡った。

 

「茅場さんはスーパーアカウントを使っている。他のプレイヤーとは明らかに違うような挙動を見る事が出来たなら、きっとその人が茅場さんだ」

 

 明らかに、ヒースクリフの動きは他のプレイヤーのそれと異なっている。まさか、ヒースクリフが……?

 

(いや……!)

 

 考えるのは後にしよう。今は考え事に耽ったら死ぬ時だ。一刻も早く、この状況を打開する事を考えないと――シノンも、アスナも、ユウキも、クラインもエギルもディアベルも、全員殺されてしまう。

 

 そもそも、なぜこんなに《笑う棺桶》がいると言うのか。PoHが勧誘しただけでは、これだけの数にはならないはずなのに、一体この短期間で何があったというのか――。

 

 その時、俺に斬りかかってくる剣の姿が確認出来て、俺は咄嗟に両手の剣で受け止めた。火花の紅い光にまじって相手の顔が見えたのだが、その顔に驚いた。

 

「久しぶりやな、ビーター」

 

 ポンチョを着ているせいでわかりにくいが、オレンジ色で、毬栗のように尖った髪の毛をした悪人面の片手剣使いの男。第1層のボス戦後、ディアベルに無茶苦茶な批判を行い、プレイヤー達を軍派と聖竜連合派に分ける原因を作り、第1層で暴挙の限りを尽くしていて、軍から追放された男……キバオウだった。

 

「キバオウ! お前、何でここに……!?」

 

「簡単や。《笑う棺桶》の連中と、ワイらの利害が一致したんや。ワイはこれでもこの世界が気に入っててな。それを終わらせようとしてるお前らを殺さなきゃなって考えてたんや」

 

「軍から追放された後に、《笑う棺桶》に寝返ったとでも言うのかよ」

 

「せや。お前らを殺した後はシンカーとユリエールのところに行って、殺してやって、第1層を完全に取り戻すつもりや。そのためにも、お前らには死んでもらう!」

 

 ぎりぎりと、俺の元へキバオウの剣が迫る。

 

 まさかこれほどまでに愚かな男だったとは。軍から追放された事によって、少しは頭が冷えて真面な事を考えられるようなったのではないかと思っていたのに、それでもまだ、暴挙をやめようとは思えないなんて。

 

(そういう事か……ッ!!)

 

 同時に、キバオウ達が《笑う棺桶》に加わったのが、この《笑う棺桶》の大群の正体であると理解できた。軍は解散前、100人以上の規模を誇り、その内の40人ほどが、キバオウ一味、暴挙を行う者達だった。それが今、《笑う棺桶》となって、俺達に襲い掛かっているのだ。この世界をPoH同様、暴挙を行う者達のモノにするために。

 

「このッ!!」

 

 迫り来たキバオウの剣、及びキバオウに加わって振るってきたその一味の剣を二本の剣で押し返し、地面を蹴り上げて宙へ舞い上がり、着地した。そこは、リランの背中。この状況をひっくり返すには、あのオレンジプレイヤー達の動きを封じて見せた、リランの力を使うしかない。

 

「リラン、お前の出番だ! お前が前にやった攻撃で、《笑う棺桶》の動きを封じるんだ。他の連中には俺が事前に声掛けをするから――」

 

《や、やめ、ろ、これ、これ以上、戦う、な、心を、せかい、を、乱す、な》

 

 リランに指示を下そうとした最中に、頭の中に違和感を感じた。リランの《声》が聞こえるのだが、片言のような、ノイズが混ざっているような感じになっていて、明らかにいつもと違うものになっている。

 

「お、おいリラン、なんだこの《声》」

 

 肝心なその身体に目を向けてみれば、口元を開き、鼻の周辺に皺が入り、毛が逆立って、筋肉が鋼鉄のように硬化していっているのがわかった。まるで、何かに激しい嫌悪を抱いていて、今からそれを排除しようとしているかのようだ。

 

「リラン?」

 

 もう一度、リランの《声》が頭に響く。

 

《ゆ、ル、サ、ぬ……許サ、ぬ……ぅ…………》

 

「リラン!?」

 


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