キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 江戸とダークテリトリーを交互に攻略中。

 そのせいで遅れましたが、最新話をどうぞ。

 それと、新キャラ登場です。


04:オルティナノスを知る男

 

 

 

           □□□

 

 

「そんな。彼らの言い分を全て無視して、《冒険者達》に変えてしまったというのですか」

 

「えぇ。そうするしかなかったのです」

 

 

 ルーリッドの村の近辺のカラント伐採に向かっていたキリト達、魔獣討伐をしていたアスナ達、《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》討伐に赴いていたアリス達、そして行方不明になった子供達の捜索を行っていたメディナ達は、それぞれの目的の遂行状況確認のために、ルーリッドの村の近くで合流した。

 

 そこでアリスがとある異変に気が付いた。メディナの連れている《冒険者達》の数が、散開時よりもかなり増えていたのだ。一日程度は経過していたとはいえ、十人から二十人も増えていたのだから、流石に怪訝(けげん)に思ったらしく、彼女はメディナに尋ねたのだった。

 

 その時に返ってきた答えで、キリト達も驚かされる事になった。メディナは、やるべき事を自覚している《ベクタの迷子》達に接触を行い、強引に《冒険者達》に変えて引き連れてきたというのだ。

 

 

「彼らの希望は、魔獣や《EGO化身態》と戦う事だったのですか。そうではないという話をたった今貴方から聞きましたよ」

 

 

 アリスの問いかけにメディナは頷く。随分と素直な動きだった。自分のやった事を悪い事だと思っていないのがよくわかる。

 

 

「そうです。彼らには力仕事がしたいだとか、裁縫がしたいだとか、そういった希望はあったようです。魔獣や《EGO化身態》と戦いたがっているわけではないというのは確かでした。しかし、止むを得ない状況だったので、仕方なく《冒険者達》になってもらったのです」

 

「何故ですか。これではまるで、何も知らないベクタの迷子達を、貴方の命令を従順に聞く人形にしているみたいではないですか」

 

 

 アリスの更なる問いかけを受けたメディナから、喉を鳴らす音が聞こえた。苛立っているのかもしれない。

 

 

「人形ですか。確かにその通りです。しかし、そうするしかなかったのですよ」

 

「そうするしかなかったって……だから、それが何故なのかと聞いているのです」

 

「アリス様は、ここいらを守るよう言われた近衛兵達がどうなっているか、ご存じないのですか」

 

 

 近衛兵。人々が暮らす村や町を魔獣や《EGO化身態》から守るために、各地の腕の立つ貴族達になってもらうと、対策本部の方で決定された役職だ。

 

 これに任命された貴族達によって、各地の人里はきちんと守られている――という話を、クィネラとベルクーリから聞かされていた。

 

 このうち、嘘を吐けない《電脳生命体》であるクィネラが証言している事によって、それが真実であるとキリトは確信していた。

 

 貴族達もちゃんとやる時はやり、力無き人々を守っているのだと。

 

 

「彼らがどうしたというのです。彼らは最高司祭様から(めい)を受けて近衛兵となりました。その命の通り、街や村を――」

 

「襲っていました。《EGO化身態》になって」

 

「!?」

 

 

 アリスが驚くのと、キリト達が驚くのはほぼ同時だった。

 

 魔獣や《EGO化身態》から街や村を守るために配属された近衛兵が、《EGO化身態》になって街や村を襲っただって? 何の冗談だろうか。皮肉なのだとしても効きすぎている。

 

 そこから真相を語ったのはグラジオだった。ここら辺を守るようクィネラに言われていた近衛兵は、その腐敗した根性が故に命を放棄し、街や村に魔獣や《EGO化身態》が襲い掛かっても知らん顔をしていた。

 

 その惨状を目の当たりにしたメディナとグラジオが非難したところ、逆上。《EGO化身態》へ変異し、メディナ達に襲い掛かったのだという。

 

 そしてそいつは「《EGO化身態》が居たら鎮圧せよ」という対策本部の命をこなしたメディナ達によって倒され、今この近辺には近衛兵が一人もいない状態になった――というのが現状であるらしい。

 

 

「こ、近衛兵が……《EGO化身態》に……!?」

 

「えぇっ!? 《EGO化身態》を倒す人達の方が、逆に《EGO化身態》になっちゃったっていうの!?」

 

 

 ユージオとリズベットが目を見開いている。

 

 キリトも同じ気持ちだった。《EGO化身態》を狩れという命を受けた近衛兵達が《EGO化身態》になってしまったなど、本末転倒というレベルではないくらいの最悪の出来事だ。

 

 二人の言葉を聞き、メディナがもう一度頷く。

 

 

「そうだ。だからもう、貴族達や近衛兵達を頼る事などできない。そもそも最高司祭様から受けた命を簡単に投げ出している始末なのだからな。最初からあてにするべきではなかったんだ。唯一、最高司祭様がお間違えになられた判断だ」

 

「……近衛兵達が……逆に被害を……」

 

 

 アリスは信じられないような顔をしている。彼女も人界にいる貴族達の腐敗っぷりを既に思い知っているが、ここまで酷いとは思っていなかったのだろう。

 

 己が地位に溺れてやりたい放題していたウンベール、その報いを受けさせられて逆上し、《EGO化身態》となったライオスのような者達はそんなに沢山いないのではないかとキリトも思っていたが、ここで(くつがえ)る事になった。

 

 貴族達の中で、腐敗していないメディナやグラジオ達の方がとても珍しい存在だったのだ。そしてクィネラもベルクーリも、彼女達以外の貴族達を過信してしまっていた。

 

 

「えぇ。ですからアリス様、最高司祭様に言伝(ことづて)をお願いしたいと思います。貴族に頼るのをやめて、私の指揮する冒険者に街や村の防衛を頼み、兵器等の配備していただけないかと」

 

「……」

 

 

 メディナからの頼みを受けてもアリスは黙り込んでいた。何も言い出せなくなっている。それだけ近衛兵が何をしているか、どうなっているかの真実が衝撃的だったのだ。現にキリトも、なかなか次の言葉を出せなくなっている。

 

 クィネラの言う事であれば、どんなに腐敗した根性の貴族でも聞くものだと思っていたが、そんな事はなかった。(むし)ろ連中は、格下の平民を守らなければならないという屈辱によって、倒すべき怪物になってしまうと来ている。

 

 この話を聞いたクィネラがどんな顔をするか、容易に想像できて仕方がない。そして現状は、クィネラを中心とした対策本部のやり方よりも、メディナのやり方の方が理に適っていた。

 

 何も知らない《ベクタの迷子》を《冒険者達》に変え、戦わせたり、人々を守らせたりする。本人の意思を尊重したりする事なく。

 

 それはクィネラに取り憑いていた悪霊、アドミニストレータが整合騎士を作った時と同じやり方だ。

 

 アリスが先程からメディナを非難しているのは、彼女がアドミニストレータのようになってしまっているように見えているからだ。だからこそやめさせよう、改めさせようとしていたのだが、現実はそんな事をする余裕を与えてくれなかった。

 

 

「メディナ殿、しかしですね……」

 

 

 アリスが言いかけたその時だった。メディナの背後方向から大きな声が届けられてきた。

 

 

「救世主様ー!」

 

 

 間もなくして、フルフェイスの兜を被り、鎧を着た戦士がやってきた。真っ直ぐメディナに向かってきたので、《冒険者達》の一人で間違いなかった。その戦士にメディナは応じる。

 

 

「どうした」

 

「行方不明になっている子供達についての情報を収集してきました」

 

 

 今まさに欲しいと思っていた情報に、その場の全員が向き直る。戦士は話し始めた。

 

 何でも、北帝国一帯で行方不明となっている子供達だが、その行方が掴めたらしい。子供達は馬車に乗せられ、元皇帝が住んでいた城に運ばれていっていたというのだ。

 

 

「元皇帝が住んでいた城だと? 何故そのようなところに子供達が連れられて行っているというのだ」

 

 

 リランの問いかけに戦士は答えなかった。聞かれてもわからないというのが実情なのだろう。彼らはあくまで「子供達の行き先がわかった」という情報を掴み、自分達の主であるメディナに報告してきただけなのだ。

 

 

「まぁいい。場所はどの辺だ?」

 

「この村から北東に進んだ山林地帯にあります」

 

「そうか。有益な情報を掴んでくれたな。ご苦労だった」

 

「いいえ、救世主様のためであるならば、当然の事です! あぁでも、(くだん)の地である旧皇帝の住んでいた城の付近には、魔獣の群れが散開しているとの情報も掴んでおります。なので、ここに向かうならば、まずは魔獣の群れを討伐する必要がありそうです」

 

「なるほどな。そいつらは私達で何とかしよう。幸い、ここには魔獣退治に慣れた者達が大勢いるからな」

 

「私もお力添えをいたします、救世主様!」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

 メディナから礼を受けた戦士は、他の《冒険者達》が集っているところに向かっていき、彼らに混ざってしまってどれがどれなのかわからなくなった。やはり《冒険者達》は没個性的なのだろうか。

 

 そんな彼らを見ていたアリスは、引き続き苦い表情を浮かべていた。《冒険者達》によって話が中断されてしまっているが、その再開をしたところで、メディナが聞いてくれそうにないのは目に見えていた。

 

 一応、キリトはアリスに声をかける。

 

 

「アリス。新たな情報が来たわけだが、どうする」

 

「……その北帝国の元皇帝のいた城に向かうとしましょう。道中魔獣の群れがいるとの話なので、いつでも戦闘態勢に入れるようにしながら、行きましょう」

 

 

 彼女はそう言って、問題の地のある北東を向いた。

 

 今やるべき事はメディナのやり方を咎める事ではなく、行方不明になっている子供達を探し出す事であり、その行き先が掴めたならば、保護して親元に返してやる事だ。

 

 どんなに気持ちが複雑になっていようとも、やらねばならない。アリスは既にその切り替えができているようだった。いや、もしかしたらできていないのかもしれない。

 

 だが、いずれにしてもここで立ち止まっていられるほどの時間は用意されていないのは確かだ。場所がわかった以上は向かわなければならない。

 

 

「距離的にも近いところです。空路ではなく陸路で向かう事にしましょう」

 

 

 アリスの進言を受けたキリトは頷き、皆に指示。目的地までの道のりを歩き始めたのだった。

 

 その際に、アリスとユージオが昨日相手にしたであろう《EGO化身態》、こちらが駆除した魔獣と《EGO化身態》の話をしようと思ったが、アリスが予想以上に張り詰めたような顔をしていたので、話しかける事そのものが難しく感じられ、結局できなかった。

 

 彼女をそうさせている原因はメディナにあるというのは一目瞭然だったが、その事を指摘する事もまた非常に困難に感じられた。

 

 そんな事を考え、色々と躊躇(ためら)っているうちに、問題の魔獣の群れに占拠された地に辿(たど)り着いた。

 

 だが、そこで不可思議な光景が広がっていた。

 

 恐らく《冒険者達》の報告にあった魔獣の群れが、全てその身体を地面に横たえていたのだ。その数は(おびただ)しいとしか言いようがない。

 

 

「魔獣の群れが……全部死んでいる……!?」

 

 

 シノンの言った事はキリトの言いたい事でもあった。一体何が起きてしまって、この魔獣は命を散らしてしまったというのか。自然に起きた事とは明らかに考えにくい。

 

 更に強い魔獣や《EGO化身態》が現れて蹂躙(じゅうりん)したか、(ある)いは同じ事を人間がやったか。思い付く限りではそんなところだ。

 

 そしてその後者の予想が当たる事になった。横たわる大型の魔獣のすぐ近くに人影があった。

 

 遠目から見ても、聖職者のそれを彷彿とさせる白い装束を身に纏っていて、耳が隠れるくらいの長さの鼠色の髪をしている、長身の男であるのがわかった。全体的に奇妙な存在感がある。(よこしま)であるようでそうでないような、実に掴みどころがないように感じられて仕方がない。

 

 こんな感覚に(おちい)る人物に出会ったのは、この世界に来てからは初めてだった。

 

 

「これは一体、どういう事なのですか……」

 

 

 独り言のようにアリスが言うと、男は振り向いた。その際に見えた顔は、二十代後半から三十代前半の年齢をしていると思わしきものだった。この中にいる者の中で一番の年長者だろう。

 

 

「これはこれは、実に残念です」

 

 

 男の第一声はそれだった。魔獣の死骸を蹴り退けて、こちらに歩いてくる。やがて、皆の注目を一度に集められる位置まで来たところで立ち止まった。

 

 

「残念って、何がだよ」

 

 

 キリトが零すように言うと、男はその目を向けてきた。次の瞬間に、キリトはごくりと唾を呑み込んでしまった。男の青色の瞳から、底知れぬ闇のような敵意を感じられたからだ。無意識のうちに背中を悪寒が撫で上げてくる。

 

 こちらはこの男とは初対面である。なので、こんな敵意を向けられる理由が全くわからない。ある種の理不尽を向けられたような気になっていると、男はその口を再度開いた。

 

 

「貴方方に、血飛沫舞う素晴らしき饗宴(きょうえん)をお見せできなかった事ですよ」

 

「これだけの魔獣を、貴方一人だけで倒したというのですか」

 

「えぇ、そうですとも。まぁ、貴方達にはできない所業ですよね、整合騎士」

 

 

 男は随分とアリスの事を煽っていた。整合騎士という、人界でかなり高い身分にいるのが彼女だというのに、その事を全く気にしていないように見える。

 

 先程から話題に上がっている貴族ならば、いくら横暴で傲慢でも、整合騎士や最高司祭を前にすれば(ひざまず)くものだが、そんな気は男からは一切感じられない。まるで出来の悪い同僚と接しているかのような言い草と態度だった。

 

 

「貴方、何者なの。近衛兵とかじゃなさそうだけれど」

 

 

 キリトの近くで気を張っているアスナが言うと、今度は男は大笑いを始めた。

 

 

「はっははははははは。近衛兵? 私をそんなゴミと一緒にしないでいただきたい。というか、ひと目見れば違うとわかるものでしょうに」

 

「では、お前は何者なんだ」

 

 

 アスナの質問をメディナが繰り返すなり、男はそちらに振り向いた。その顔が、深い喜びに満ちたものに似ていたから、またしても驚かされた。

 

 

「ようやくお会いできましたね、我が救世主様」

 

「何……!?」

 

 

 言い寄って来る男に、メディナが目を見開く。今確かに、男は彼女を救世主様と呼んだ。メディナを救世主様なんて呼ぶ存在と言えば、一つしかない。

 

 

「救世主様って……って事はお前は」

 

 

 キリトの言いかけた事を、メディナが速攻で否定してきた。

 

 

「違う。会った事など一度もない。それにこいつは冒険者ではない。……もう一度聞く。お前は何者なんだ」

 

「そうですね、自己紹介がまだでしたね」

 

 

 男はメディナのすぐ目の前まで行ったところで、片膝を付いた。

 

 

「私は元老院統括代理、ハァシリアンという者です。貴方との光栄なる出会いに感謝いたします、メディナ・オルティナノス様。オルティナノス家九代目当主よ」

 

 

 男のハァシリアンと名乗る前に聞かされた役職に、キリトは引っ掛かりを覚えた。

 

 元老院統括代理なんてものは存在しただろうか。少なくとも、アドミニストレータの討伐後にクィネラによって再構築された公理教会には、元老院なんてものは存在していないはずだ。

 

 なので必然的に、統括代理なんてものも存在しない。だが、その事を話すより先にメディナが問いかけた。

 

 

「何? オルティナノス家を知っているのか」

 

「えぇ。何でも存じ上げておりますよ、オルティナノス家に関しては。私は天命を凍結された身でしてね。永きに(わた)り、オルティナノス家に仕えてきたのです」

 

「元老院統括代理ですって? そんな役職は存在していないはずですよ」

 

 

 アリスの証言によってキリトの推測が現実であると確証されたが、ハァシリアンは鼻で笑った。

 

 

「知るわけがないでしょう。大罪人と手を組み、()()()()()()()に束ねられる人形が」

 

 

 アリスが「なっ……!?」と言って驚いたのがわかった。

 

 偽りの最高司祭だと? それはアドミニストレータの事だろう。だが、そいつは既に倒され、今は本来の最高司祭によって整合騎士は纏められている。ハァシリアンの言っている事はちぐはぐだ。

 

 学生であるがゆえに、アドミニストレータとクィネラの関係を知らないメディナが、ハァシリアンにまた問う。

 

 

「……お前、さっきから何の話をしている?」

 

「とても大切な話です。そう、メディナ様。貴方がこの人界を救う最後の希望であるという事です」

 

「は?」

 

 

 メディナも、その隣にいるグラジオも話を聞かされては目を見開くを繰り返していた。しかしキリトとその周りの仲間は、ハァシリアンへの警戒心のために、そうはなっていなかった。

 

 ハァシリアンは構わずに続ける。

 

 

「メディナ様。どうか私と手を組み、本来の最高司祭様を復活させ、人界のあるべき姿を取り戻そうではありませんか!」

 

 

 その言葉で警戒心を吹き飛ばされ、驚かされた。本来の最高司祭様。それはクィネラの事だ。だが、ハァシリアンがクィネラの事を言っているとは思えなかった。彼の言う最高司祭様というのは――。

 

 

「本来の最高司祭様の復活だと? 何を言っているんだ。最高司祭様ならば央都セントリアにて、私達を導いてくださっているぞ。現に私達は、最高司祭様の命によってここに来たんだ」

 

 

 メディナが現状を告げると、ハァシリアンは悲しそうな表情を顔に浮かべた。

 

 

「お(いたわ)しや、メディナ様。きっとご先祖様は、今の貴方を見るとお嘆きになるでしょう。貴方は今、偽りの最高司祭と、それが作る対策本部と公理教会に騙されているのです。貴方に命を与えた最高司祭……それは偽者です。本来の最高司祭様を、大罪人と共謀して殺害し、公理教会を乗っ取り、人界を自分らの良いように支配する極悪人なのです」

 

「「な、に……!?」」

 

 

 メディナとキリトの声は重なった。

 

 偽りの最高司祭。それは先程から何度も思い返している通り、クィネラに取り憑いて悪逆の限りを尽くしていたアドミニストレータの方であり、身体を乗っ取られていたクィネラこそが公理教会の真の最高司祭だ。

 

 これは人界の民の中でも、整合騎士と言った最高司祭直属の者しか知りえない話だ。だのに、このハァシリアンという男はそれを把握し、尚且つアドミニストレータこそが本来の最高司祭で、クィネラが偽者であると主張している。

 

 この時点で、ハァシリアンが只者ではない事と、アドミニストレータ側の人間であるという事がわかる。こいつはアドミニストレータが、自身に何かあった時のために用意しておいた、いわば伏兵のようなものだろうか。

 

 

「特別に真実をお教えしましょう。あの優しく美しき最高司祭様を手にかけ、極悪人にその座を奪わせた大罪人は……こいつなのですよ、救世主様」

 

 

 ハァシリアンは冷たく言い放ち、その人差し指でキリトを指し示した。メディナとグラジオは目を見開き、キリトを見る。

 

 信じられないものを見ているような表情が浮かんでいたものだから、キリトは無意識のうちに後退(あとずさ)ってしまった。

 

 そうして次に飛んできた言葉は――罵倒などではなかった。

 

 

「嘘だ! キリト先輩がそんな事するわけがないですよ!」

 

「そうだ。キリトが最高司祭様を殺すなど、あり得るはずがない! 出鱈目を言うな!」

 

 

 グラジオもメディナも否定してくれていた。ハァシリアンは顔色を笑みに変えてメディナに向き直る。

 

 

「だが、貴方様が現れてくださったならば、もう安心だ。オルティナノス家はいつか必ずや、人々を率いて最高司祭様の右腕になると預言されていた一族! さぁ、今こそその預言を実現する時が来たのです! どうか我が手を取ってください!」

 

 

 そう言って差し伸べられてきたハァシリアンの手を、メディナは振り払った。メディナとグラジオの主張を全く聞いていないのも理由だったのだろう。

 

 

「ふざけるな。突然現れた貴様を、そう易々と信じられるわけがない。私は整合騎士ベルクーリ様率いる対策本部にて、魔獣と《EGO化身態》の討伐の任を背負っている。

 この対策本部とベルクーリ様の上に()られるのが、最高司祭クィネラ様だ。あのお方は人界と、そこに生きる人々を想っているからこそ、魔獣と《EGO化身態》を討伐するよう私達に命じたのだ。あのお方が本来の最高司祭様に成り代わって、好き勝手している極悪人だとは到底思えない。あのお方を極悪人だと(かた)り、公理教会を混乱に(おとしい)れようとしているのは、貴様の方ではないのか」

 

 

 メディナはきちんと反論した。全て、クィネラと実際に話をした事があり、そこで彼女がどういった執政をしているかを目にしたからこそ出てくる言葉だった。

 

 それを一言一句聞き洩らさなかったであろうハァシリアンは、またしても笑い出した。

 

 

「ははははははははッ! その弁舌、五代目当主のミリアム・オルティナノスにそっくりだ」

 

 

 その名前を出された途端、メディナは何度目かわからない驚きの顔になった。

 

 

「五代目当主? お前、何故その名を? 私達オルティナノス家でもほとんど記録に残っていない五代目当主を、何故知っているんだ……!?」

 

「先程申し上げたとおりです。オルティナノス家に関しては存じておりますから」

 

「何なんだ、お前は……さっきからずっと思っていたが、只者ではないな」

 

 

 メディナがついに剣を構えようとしたその時に、ハァシリアンは軽い溜息を吐いて身体を逸らした。

 

 

「今回はこの辺で引き下がる事にしましょう。だが、いずれ貴方は正しき道に戻るでしょう。しばしの別れです、救世主様」

 

「何?」

 

 

 直後、ハァシリアンは身構えた。

 

 

「システム・コール! ジェネレート・アンブラ・エレメント、フォーム・ミスト・シェイプ! ディス・チャージ!!」

 

 

 一気にまくしたてるように言い放つと、彼を中心にしてどす黒い闇が広がり、周囲を呑み込んだ。突然目の前が真っ暗になり、何も確認できなくなる。誰がどこにいるのかも把握できない。

 

 

「何だ、これは……!?」

 

 

 キリトの独り言に答えたのは、アリスの声だった。

 

 

「神聖術によって霧が生成されたようです。ですが、あまり長い時間起こるものでは……」

 

 

 その言葉の通り、闇の霧は出現した時と同様に、あっという間に消えていった。

 

 周りが確認できるようになったところで、キリトは即座にその場の人数を数える。誰一人として減ってはいなかった。……ハァシリアンを除いて。

 

 

「あいつ、逃げたか」

 

「えぇ。追おうとしたのですが、あまりに早くて捕まえられませんでした」

 

 

 アリスはかなり悔しそうにしていた。ハァシリアンがあのアドミニストレータの手先である可能性が高かったからこそ、捕えたかったのだろう。

 

 あの者は確実に、今の人界とクィネラの敵だ。取り逃がしてしまったのは痛い。

 

 

「何だったんだ……何故あぁも、あいつはオルティナノス家の事を……」

 

 

 色々と詰め寄られていたメディナが、頭を片手で抱えながら呟いていた。

 

 ハァシリアンは、自身をオルティナノス家に仕えてきた者だと言っていた。だが、その発言には疑問しかない。もし彼が本当にオルティナノス家の従者であるならば、メディナが既に知っていてもおかしくはないはずだからだ。

 

 しかし彼女はハァシリアンとは初対面だった。これがハァシリアンの発言の信憑性というものを欠かせている。ハァシリアンは、従者の(つら)をした何か得体の知れない者だ。

 

 そしてそいつが、メディナの知らないオルティナノス家の話を知っている。そんなふうだからこそ、メディナは混乱してしまっているようだった。

 

 やがて、彼女は顔を上げて、真っ直ぐキリトをその目で捉える。

 

 

「キリト、お前に聞きたい事が――」

 

「――あの、メディナ先輩」

 

 

 メディナの質問は来なかった。明後日の方向を見ているグラジオが声をかけて邪魔したからだった。メディナはうるさそうにする。

 

 

「なんだ。今はお前と話したいんじゃない。私はキリトと――」

 

「山のお城が燃えてます!」

 

「え?」

 

 

 その報告を受け、皆でそちらに向き直った。山の中に佇むようにして建てられている、比較的大きな城が確認できた。そしてそれはグラジオの言う通り、真っ赤な炎に包まれて、周囲の木々を巻き込みながら燃えていた。

 

 そこは、これから向かう事になっている、元皇帝がいたとされる城で間違いなかった。

 


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