キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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グロくないけど、グロ注意回。


08:狂乱 ―殺戮者との戦い―

        □□□

 

 

 

《ゆ、ル、サ、ぬ…許サ、ぬ……ぅ…………》

 

「リラン!?」

 

 

 突如として身体を硬化させて、身の毛を逆立たせたリランに、キリトは思わず目を見開いた。身体だけではなく、その目も光を放つ赤い球体となり、《声》もこれまで聞いた事が無いような、異質なものへと変化してしまっている。これまで見た事が無かったリランの姿に、キリトは戸惑いつつ周囲を見回す。

 

 

 そこにあったのは、正気を失ったように武器を振り回し、殺人の快感に溺れて、仲間達を攻撃している狂人達の姿。そしてその仲間達すらも、狂人達の攻撃に備えたり、攻撃し返したりする事に夢中になっていて、竜の様子がおかしくなっている事には気付いていない。まるで、この部屋そのものが混沌の沼になってしまったようにも思える。

 

 

「リラン、どうしたんだ、リラン!?」

 

 

 次の瞬間、リランの身体は突然強烈な光を放ち、それと同時にリランは天高く咆哮した。あまりに強い光にキリトが目を覆い、爆発のような光を目にしたところで、ようやく周囲の者達――攻略組の者達は竜の異変に気が付いた。一方《笑う棺桶》達は、強い光を浴びようとも、殺人の快楽を優先し、攻略組に凶刃を振るう。

 

 光は2秒ほど続き、竜の身体に吸い込まれるようにして止んだ。その背中で光を浴びていたキリトがその目を開いた時、それはすぐさま瞠目に変化した。

 

 大まかな形は変わっていないが、顎関節、腕と脚の後部、竜の翼ならば翼爪が生えている部分から、薄い白色の光に包み込まれた、剣状の巨大な棘が突き出しており、毛はすべて逆立ち、筋肉は鋼鉄のように硬化している、生物の基本を全て無視して、戦闘と攻撃だけに特化した姿に、リランは変わっていたのだ。

 

 

「な、なんだこれ……リラン、お前一体……!?」

 

 

 声をかけた次の瞬間、相棒は主を乗せたままその翼を広げて、真上に飛翔した。あまりの速度に、風を切る音で耳が覆われて、その他の音が一切聞こえなくなり、吹き付けてくる暴風で目を開ける事が出来なくなった。そのままぐるぐるとボス部屋のように広い部屋の中をリランは飛び回り続けて、やがて風にも耐えられるようになり、キリトは目を開いた。

 

 部屋の中は思ったよりも大きかったらしく、真横から点のように小さくなった攻略組と《笑う棺桶》の姿が確認できた。しかし、リランの速度はこれまで体感した事のないくらいに早く、目の前の光景が何度も変わって、目が回ってきたが、それはステータスバーに表示されているあるモノの姿を見た途端に、消え果た。

 

 リランとの共鳴、リランと出会った頃からいつの間にか出現していて、ボス戦時にリランと力を合わせて戦うために必要になる人竜一体ゲージ。今、リランと人竜一体のような形態を取っているにもかかわらず、そこに蒼いバーは表示されておらず、変わりに赤い文字で《error》と出ていた。

 

 

「え、エラーだと……!?」

 

 

 一体何故このような文字が表示されているのか、一体今、リランの身に何が起きているのか、考えを回そうともリランに身体を振り回されるせいでわからなくなる。しがみ付いていなければ落されてしまうし、今ここから地面へ落ちれば、高所落下により多大なダメージを受け、その上から狂人達の攻撃を受けて確実に殺される。キリトは考える事も、武器を抜く事も出来ずに、ただリランの身体にしがみ付いている事しか出来なかった。

 

 しかし、その数秒後にリランは下にいる者達目掛けて、急降下を開始した。まるで絶叫マシンに乗っているかのような浮遊感に身体を包み込まれて、目が再びまわりそうになった時に、キリトは耳元に聞こえてくる小さな不快音に気付いた。まだ小さいが、モスキート音、金属音、獣の甲高い方向と、狼の遠吠えが混ぜ合わされた、大音量で聞かされれば絶大な不快音となりうる音。――それを今、リランは発しようとしている。下にいる者達目掛けて。

 

 

「リラン、やめろッ!」

 

 

 リランは一切いう事を聞いてくれないし、《声》も頭に届いてこない。もうリランの音の攻撃をやめる事が出来ない事を理解して、キリトは仲間達に叫んだ。

 

 

「全員、耳を塞げ――――――――――――――――ッ!!!」

 

 

 キリトの声はシノン、ユウキ、アスナ、ディアベル、クライン、エギルの耳に優先的に届き、6人はキリトの言葉を理解して咄嗟に耳を塞いだ。その刹那にリランはその口を大きく開き、『音』を放った。

 

 モスキート音、金属音、獣の甲高い声などの、人間が不快に感じる音を混ぜ合わせたような大音量の不快音。そのまま聞けば失神すること間違いなしの音が、部屋全体に木霊し、そこにいる者達の耳の中に襲い掛かった。

 

 

 脳に直接打撃を入れられるような音の声。事前にキリトの叫びを聞いた者達は咄嗟に耳を塞いで音を耳に直接入れないようにしたが、それでもその音に全ての音を奪われて、脳を揺さぶられているような感覚に襲い掛かられ、武器を手から滑落させ、耳を塞いだままその場を動けなくなった。

 

 こんな状態になっては《笑う棺桶》達の思う壺、隙を突かれて攻撃されると思ったが、目を開けてみれば、《笑う棺桶》の者達は50人ほどを除いて、まるで糸の切れた人形のように、その場に腰を落としたり、倒れ込んだりして、白目を剥き、魚のようにぽっかりと開いた口から泡を吹いていた。――殺人の快楽と、手に武器を持ち続けていたせいで、耳を塞ぐ事が出来ず、リランの音をまともに受けてしまったのだ。

 

 

 残った50人ほどの者達も、耳を塞いだまま動けなくなっている。勿論その中には、6人よりも遅れてキリトの声を受けた、攻略組の者達も、PoH、ジョニー、ザザ、キバオウと言った《笑う棺桶》の者達も混ざっていた。

 

 

 いったいこの音は何か――攻略組と意識をまともに持っている《笑う棺桶》の者達が耳を塞いでいると、大きな衝撃波と爆風のような風が感じられた。今度は何だ――そう思って目を開けば、そこにあったのは身体の至る所から剣を生やした、白き竜の姿をした怪物だった。その背には、黒いコートを身に纏い、背中に2本の剣を携えた少年が、振り回されるようして乗っている。

 

 その少年を知る者達が名を呼ぼうとした瞬間に、少年を乗せた竜は気を失った狂人達の身体に噛み付き、

 

 

「やめろリラン! やめてくれ!! やめろォォォォォォォッ!!!」

 

 

 背中に居て、顔を真っ青にして叫ぶ少年を無視して、荒ぶる獣の声を上げつつ、口の中の狂人達をその牙で切り裂き、噛み千切った。身体を真っ二つにされた狂人達は何も言わずに水色のシルエットに変わり、ガラス片のようになって消滅する。

 

 続けて竜は、近くにいる、意識をまともに持っている者達にその手を伸ばし、3人ほど力強く掴みとり、勢いよく地面に叩き付けて、腕の後部に生える、光を纏う剣で串刺しにし、ポリゴン片に変えたところで、更に手を伸ばして2人ほど捕まえ、地面に抑えつけながら、引き千切り、血のような赤い光を出させながらポリゴン片に変えた。

 

 

 その後竜は顎から生える剣を地面に突き刺して、地面を抉りながら、気を失った狂人達を15人ほど巻き込んでかち上げ、空中を舞わせたところで、身体の奥から灼熱の光線を迸らせ、狂人達を呑み込ませた。光線が止んだその時に、既に狂人達の姿はなく、呆然と見つめていた者達は目を見開いた。

 

 

「な、なんなの、これ……」

 

 

 音から逃れる事が出来た一人であるアスナは、耳から口元へ掌を移動させた。

 あの穏やかで、優しかったリランが、まるで天敵に襲い掛かるように怒り狂って、牙と爪、吐息で狂人達を消滅させていく。かつてアインクラッド内のモンスターよりも恐れられた《笑う棺桶》達は、圧倒的な力を振るう竜になすすべなく切り裂かれ、引き裂かれ、噛み千切られ、焼かれて死んでいく。一斉に攻め込んできた時には140人ほどいた《笑う棺桶》も、既に70人ほどに減らされていた。暴れ狂う、たった一匹の(リラン)によって。

 

 その周りにいる者達――軍から追放されてきた者達も、キバオウと数名の一味を除いて、既にリランに殺されていた。しかし、リランが空から降りてきて、地上にいる《笑う棺桶》達に殺戮を始めた瞬間、キバオウが武器を構えて、刃先を竜に向けたのを確認でき、ディアベルは声を張り上げた。

 

 

「何をやってるんだキバオウ!」

 

 

 キバオウは恐れと快感を同時に抱いてるような表情を顔に浮かべて、へらへらと笑っている。

 

 

「きまっとるやないか……あいつを、ワイらのもんにするんや……《笑う棺桶》すらもこの有様にするあいつの力、あんなのがあれば、ワイらはアインクラッド最強のギルドになる……!!」

 

 

 まるでリランの力だけしか見えておらず、それに魅せられてしまったかのようなキバオウとその一味の姿に、ディアベルは悪寒を感じた。リランの力を制御するなど、出来るはずがないし、そんな事をリランが許すわけがないのを、ディアベルは既にリランと接して、嫌というほどわかっている。それに今、リランをキリトすらもいう事を聞かせる事が出来ないような状態だ。あんなリランに近付いたりすれば、どうなるかなどすぐに見当が付く。

 

 

「やめろキバオウ! 今のあいつに近付いたら――」

 

 

 キバオウの近くで、凶悪な包丁を手にしているPoHが口角を上げた。

 

 

「そのとおりだぜ……あいつの力を手に入れれば、殺し放題、邪魔する奴も皆殺しだ! あんな力を、手に入れない手はねぇ!」

 

 

 興奮しきった状態で、PoHは叫び、生き残った者達を連れて、仲間を殺しまわる竜に走り出した。

 

 

「お前ら出番だぁ――ッ! 目的は攻略組じゃねえ、このドラゴンだぁ――ッ!!」

 

 

 PoHの叫び声が部屋の中に木霊した瞬間、部屋の戸が勢いよく開かれた事に攻略組は気付いた。そこには、PoHが念のために用意していたと思われる、アインクラッド全体から集めたグリーンとオレンジが混ざり合う、50人近くに昇る《笑う棺桶》の総員の姿。まさか、これほどのまでの数でこっちを殺すつもりなのかと攻略組の者達が慄くや否、《笑う棺桶》達は攻略組に目もくれず、暴れ狂う竜に立ち向かい始めた。

 

 

「な、何考えてんだよあいつら!?」

 

 

 《笑う棺桶》の行為が信じられないような、クラインの声を聞くや否、アスナはその《笑う棺桶》の行為の原因が分かったような気がして、戦慄した。《笑う棺桶》の者達――PoHを含めた――は、リランの力を欲していて、リランの力だけしか見えていないのだ。今まで彼らはほとんど戦死する事なく、一方的にプレイヤーを殺害してきて、まさに不敗伝説を作っていたが、あの竜はそれをいともたやすく打ち破り、既に50人以上の仲間を殺して見せた。そのすさまじき力に魅せられ、欲しくて仕方が無くなっているのだ。

 

 

 それはそうだ、あれだけの力が有れば、もはや敵なし、血盟騎士団も聖竜連合も怖くない、アインクラッド最強の存在になる事が出来るのかもしれないのだから。それこそ、自分がまだ攻略の鬼と呼ばれていた頃、ある時目にした竜の存在……竜を、その力を引きこんで、血盟騎士団を最強のギルドに変えようと考えていたように、力だけに目を向けて、それ以外の事が一切見えないでいる。

 

 

 いや、そもそも自分が竜の力を欲したのは、この世界を一刻も早く終わらせる切り札にしようと考えていたからだが、《笑う棺桶》は違う。あの力を手に入れたい理由は、竜を操って、この世界を終わらせようとするすべての存在を排除し、この世界を支配する存在としてアインクラッドに君臨するためだ。そして、何もかもを殺し尽くす。かつてない程の殺しの世界を夢見て、彼らは恍惚状態になっているのだ。

 

 だからこそ、近付いてはいけないような状態になっているあの竜に、果敢に立ち向かっている。――それが自殺行為である事になんか、一切気が付かずに。

 

 

「だ、駄目! リランに近付いたら駄目!!」

 

 

 アスナの叫びが届く前に、《笑う棺桶》の者達は暴れ狂う竜の化け物の元へ辿り着いた。そしてまるでボス戦のように取り囲んで、一斉に攻撃を始める。この強力な怪物の力を手に入れるべく、怪物を弱らせるために。

 

 一方、竜の怪物は憎むべき天敵の到来と言わんばかりに、目を赤く光らせ、残光を発生させながら顔とその巨躯を動かして、迫り来た狂人達の身体に燃え盛る口で噛み付き、真っ赤に熱せられた牙で焼き切り、大剣の角と棘と尻尾で叩き斬り、狂人達の上半身と下半身を分離させていった。そればかりか、狂竜は口に狂人達を数名銜えたまま、身の回りの狂人達に向けて火炎弾を発射し、爆発と炎に呑み込ませるという暴挙まで始める。

 

 一方的に殺し、一方的に追い詰めてくる竜の姿と強さに、最初は威勢の良かった狂人達も、恍惚状態から醒めて、正気を取り戻したように震えあがり始める。その中には聖竜連合に潜伏していた者達、血盟騎士団に潜伏していて、ヒースクリフに襲い掛かった、人相の悪い騎士、クラディールの姿もあった。

 

 

「ひ、ひぃぃぃ!!」

 

「や、やめてくれ、やめてくれぇ!!」

 

「お、俺達が悪かった、俺が悪かったです、お願いです、許してください――ッ!!」

 

 

 竜は狂人達に間違いなく激怒していた。どんなに狂人達が命乞いを、許しを乞うたとしても、絶対に許そうとはしない。灼熱の牙と熱線、身体中の剣と爪による攻撃は狂人達に容赦なく振りかかり、巻き込まれた者は無慈悲に裂かれ、消え果ていく。

 

 

「うわぁぁぁぁ……」

 

 

 許しなら地獄で鬼に乞え――灼熱の光線が地を、人を、大気を燃やす。

 

 

「ひぎゃああああ……」

 

 

 死滅してしまえ――慈悲なき剣が殺戮者達を蹂躙し、殺戮する。

 少年を乗せたまま暴れ狂う竜の姿を、そしてその行為を、少年と竜の仲間達は、ただ見ているだけしか出来なかった。その静寂に包み込まれた仲間達に呆然と見られている少年――キリトは、暴れ狂う竜――リランに叫んだ。

 

 

「リラン、もうやめろ! もういい、もういいんだ! もう殺さなくていい! 頼む、やめてくれぇ!!」

 

 

 《……わかった》という返事は聞こえてこない。リランは返事をする事もやめて、ただ本能の赴くままに、狂人達を、許されざる《笑う棺桶》を一方的に殺戮する事に夢中になっている。リランの獣の声を、攻撃を、大気を燃やす炎を、止める方法など、思い付かなかった。勿論それは、他の攻略組も、《笑う棺桶》の者達にも言えた。

 

 

「キリト……キリト――――――――――ッ!!!」

 

 

 理性を失って暴れ狂う友人の竜、その背中に囚われている愛する人に、シノンは喉が裂けそうになるくらいの大きな声で叫んだ。もはや、部屋全体が常に爆発音と肉が裂けるような音、獣の声といった、音の混沌に包み込まれ、響いて行かない。――竜にも、その背中にいる愛する人にも届かない。

 

 それを横目で見たアスナは顔を真っ青にしながら、上官であり、連合軍を率いていたヒースクリフに声をかけた。そのヒースクリフもまた、暴れ狂う竜の姿に釘付けになって、呆然としてしまっている。

 

 

「団長、ここに居ては危険です! 《笑う棺桶》と同じように、あの竜の攻撃に巻き込まれて、全員やられてしまいます! 一刻も早く脱出すべきです!」

 

 

 アスナの声でこの場に戻って来たのか、ヒースクリフはハッとして、周りに集まっている《笑う棺桶》では無い者……攻略組に指示を下した。

 

 

「そ、総員撤退! 転移結晶で街まで飛べぇっ!!」

 

 

 ヒースクリフはそう言って、転移結晶を懐から取り出したが、すぐさま近くにいる騎士が慌てたように首を横に振った。

 

 

「だ、駄目です団長! ここ、いつの間にか結晶無効エリアになったようです! 転移結晶も回廊結晶も使えません!」

 

「なんだと!? まさかあの竜が結晶無効エリアを作っているとでも言うのか!?」

 

 

 ヒースクリフは顔を思い切り顰めて歯を食い縛り、《笑う棺桶》が開けっ放しにしている出入り口の戸に身体を向けて、胸の底から叫んだ。

 

 

「総員、出入り口まで走れ!! 竜の攻撃には十分注意して、ただ走れ!! 《笑う棺桶》はもう見捨てていい!!」

 

 

 ヒースクリフの指示は瞬く間に攻略組全体に伝わり、怯えた者達が一斉に出入り口目掛けて走り出したが、その最中、シノンがヒースクリフに叫ぶように言った。

 

 

「キリトは、キリトは!?」

 

「今彼に声の届く範囲まで行ったら、間違いなくあの竜に狙い撃ちにされる。今のあの竜の攻撃を受けたら一溜りもない。君も一刻も早くこの場から脱出するんだ!」

 

 

 呆然とするシノンの手を、ユウキが掴んだ。

 

 

「シノン、早く逃げよう! もうボク達じゃリランは、キリトは止められない!」

 

「そんな、いや、いやよ、キリトッ!!」

 

 

 何度叫んでも、声はリランに掻き消されて届かない。今すぐにでも、彼を助け出したい――そう考えて走り出そうとしたシノンの左手を、エギルが掴んで怒鳴った。

 

 

「今は逃げるんだ!! もう力尽くで引っ張っていくぞ!!」

 

「いや、いやだよぉ!! 離して、離してぇ!! キリト、キリト、キリトぉぉぉ!!!」

 

 

 叫ぶシノンを引きずりながら、エギルとユウキは部屋の出口まで走った。そして全ての攻略組が退避した直後、戸は勢いよく閉じられて、《笑う棺桶》とキリト、そして暴れ狂うリランだけが部屋に残された。閉じ込められたと言った方が近いかもしれない。

 

 閉じ込められてしまった《笑う棺桶》も竜に殺し尽くされて、残るは幹部であるジョニー、ザザ、軍から寝返ったキバオウ、そしてリーダーのPoHの4人だけになっていた。もう150人以上殺したというのに、一向に竜は怒りを鎮める事無く、4人に力強く咆哮した。

 

 

「ま、まさかここまで追い詰められちゃうなんて……すっごいやぁ……」

 

 

 瞬く間に《笑う棺桶》を壊滅させた竜に、驚きと恐れ、楽しさを混ぜ合わせた震えを感じながら、ジョニーは短剣を構える。

 

 

「だけど、これだけの力、アインクラッド1のレアもの、取り逃すわけがない」

 

 

 同じく、興奮に震えながらザザがエストックを構えると、キバオウが剣に光を宿させた。

 

 

「その力はワイのもんや……はよ寄越せ、ビータ――――ッ!!」

 

 

 次の瞬間、キバオウは地を蹴ってジャンプし、そのまま竜にソードスキルを仕掛けた。竜の背中からキバオウを見ていたキリトは、その姿が第1層のボス戦の時と同じ構えである事に気付く。

 

 あの時、キバオウの攻撃もボスによく効いていて、それと同じ、あるいはそれよりも威力が上になったものが、今、リランの身体に襲い掛かる。勢いのよいキバオウの声と共に、その手に握られた剣の刃が、リランの身体に叩き付けられた。

 

 ――次の瞬間、キバオウの剣はバキンという音を立てながら刃先を宙に舞わせて、振った本人であるキバオウは瞠目した。

 

 

「あ、あれ、ワイの剣が折れた?」

 

 

 一体何が起きたのかわからないまま、キバオウが動きを止めた瞬間、狼竜はその上半身にがっぷりと噛み付き、そのまま真っ赤に燃え盛る牙で噛み砕いた。血のような赤い光を垂らしながら、欲に溺れた軍からの追放者の下半身は、ボトリと地面へ落ち、ポリゴン片になって爆散した。それを背中から見ていたキリトは、キバオウが自分の身に何が起きたのかわからないまま死んでいったのであると理解する。

 

 それを間近で見ていた者達は、キバオウの死はどうでもよいと思ったが、攻撃をした方の武器が壊れてしまったという光景には驚いて動けなくなった。この怪物は一方的に殺すだけではなく、こちらの攻撃すらも無力化してしまうほどの力を持っている。

 

 

「も、もしかしてこれ、俺達じゃどうにもならない相手なんじゃ……?」

 

 

 それまで相手を殺す快楽に恍惚状態となっていたジョニーが正気を取り戻したように震えながら武器を構えると、竜はその音に反応したようにジョニーへ顔を向けた。目が赤い球体となって、口元から常に炎を迸らせている怪物に睨まれた瞬間、ジョニーは震えあがったが、次の瞬間、竜はその頭を左右に動かして、ジョニーの身体に角を一瞬当てた。

 

 その刹那に、前方へ出されていたジョニーの両手は腕から落ち、指と掌がバラバラになって、ポリゴン片となり爆散。それまで何十人ものプレイヤーの血と命を吸ってきた、毒を持つ短剣もバラバラに砕け、消滅した。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 攻撃手段を一瞬で潰されたジョニーが呆然としていると、その次の瞬間には、ジョニーの身体を竜は額の角で串刺しにしていた。目で捉えられない時間で相棒が死んだ事に、ザザは慄いて、後ずさりする。

 

 

「ジョ、ニー……」

 

 

 竜がジョニーの身体を角から離した瞬間、ジョニーは瞬く間にポリゴン片となって消滅した。ザザは相棒の死をまざまざと見つめたが、直後に歯を食い縛り、エストックに光を宿して飛び上がり、竜の顔に目掛けてソードスキルを打ち込んだ。

 

 その内の一発が竜の肉に食い込んだ手応えを感じて、ダメージが通った事に喜んだ次の瞬間、ザザの手元からエストックは消滅した。――キバオウの時と同じように、鋼鉄のような防御力を誇る竜の身体に、武器が耐えきれなくなったのだ。

 

 

「――ッ!」

 

 

 ザザが仮面の下で驚きの表情を浮かべた瞬間、竜はぐるりと身体を回し、ザザに尻尾の方を向けて、大剣のような形状の尻尾でザザの顔を仮面ごと貫いた。ザザの身体は空中で静止し、糸が切れた人形のように手と足をふらふらさせた後に、素顔を周囲に晒す直前で爆散、消滅した。

 

 

「……これ、マジかよ」

 

 

 自分を除いたすべてのギルド団員を殺し尽くされて、PoHは呆然と立ち尽くしていた。忌々しき狂人達を殺し尽くした竜が、その顔を向けてくると、PoHは表情一つ変えずに言った。

 

 

「気に入ったぜドラゴン。やっぱりお前は、その黒の剣士よりも俺に従うべきだぜ。それだけの力があれば、もう怖いものなしさ。お前、殺すのが好きなんだろ。俺と一緒に居れば、殺し放題だぜ。永遠にこの世界で、殺しを楽しめるぜ。なぁ、どうだよ、最高にCoolだぜ?」

 

 

 怖気付いているのか、それとも恐怖のあまりおかしくなっているのか、キリトはわけがわからなかった。リランがそのような事を好まないうえに、リランが怒り狂った理由が、自分にある事に気が付かないのだろうか。そんな事言ったところでリランが呑み込むわけがないのを、これまでの光景から、壊滅した《笑う棺桶》を見て気が付かないはずがない。

 

 

「なぁどうだよドラゴンさんよぉ。俺と一緒にコンビ組もうぜ、それで、俺と一緒に殺しまくろうぜぇ?」

 

 

 PoHの言葉に答えるように、リランはぐるりと喉を鳴らして、その翼を羽ばたかせ、暴風を巻き起こしながら上空へ舞い上がった。そのまま広い大部屋の天井付近まで上昇したところで、そのまま隕石の如き猛スピードで、額の大剣を光らせながらPoHへと突撃を開始した。

 

 迫り来る圧倒的な力、人間ではどうする事も出来ない存在。

 PoHは商売道具である友斬包丁を手から滑り落として、口を動かした。

 

 

「へへ、へへへ、今まで散々人を殺してきた俺だけどよぉ……。

 怖い、怖いぜやっぱり死ぬのはぁ、あ、あ、あああああああああああああああああッ」

 

 

 叫び声を上げているPoHの身体を、光を放つリランの角が串刺しにした。そのまま猛スピードで飛び回るリランにつかまったまま、キリトは背後の方へ顔を向けたが、PoHの上半身と下半身が綺麗に分かれて、赤い光を散らしながら落ちて行き、やがてポリゴン片となった光景が見えて、唖然とした。

 

 アインクラッドで最凶と恐れられたプレイヤーであり、《笑う棺桶》の創立者兼リーダーのPoH。その死の瞬間は、思っていたよりもずっとあっけないものだった。そして、それを殺して見せたのはPoHに激しい怒りを覚えていたリラン。怒りの対象が消えた今ならば、リランは正気に戻る――。

 

 はずだとキリトが頭の中で呟いた瞬間、身体をぐんと引っ張られて、戸惑った。しがみ付いたままリランの背を昇り、その目線の先のものを見てみれば、そこにあったのは仲間達が逃げていった扉。

 

 

 リランの怒りはまだ収まっていない。扉をこじ開けて外に出て、逃げたプレイヤー達も、殺し尽くすつもりなのだ。攻略組も、血盟騎士団も、聖竜連合も、《笑う棺桶》も関係ない。あの場にいたすべてのプレイヤーを、その爪と牙、剣で斬り裂き、炎で燃やし尽くすまで、リランは止まらない。

 

 キリトは戦慄して、リランの耳元へ叫ぶ。

 

 

「や、やめろリラン、もういいんだよ! 本当にもういいんだよ! もう《笑う棺桶》はいないんだ!!」

 

 

 どんなに叫ぼうとも声は届かず、リランは猛々しい咆哮を上げて扉へ向かう。身体に生える全ての剣に光を宿らせて、敵の排除を続けようと考えている。もはや、どんなに言ったところで、何も通じない。これはリランが《笑う棺桶》への殺戮を始めた時からわかっていた事だが……もう止めなくてはならない。暴れ狂う<使い魔>を鎮めるのもまた、《ビーストテイマー》の役割であるはずだ。

 

 

「このぉぉッ!!」

 

 

 何としてでも、この暴れ狂う相棒を止めなければ、仲間に被害が出る。キリトは音が鳴るくらいに歯を食い縛りながら、手に力を込めて、リランの背中をよじ登った。そして、比較的硬化していないリランの項の元へ辿り着くと、しっかりと項に跨って、二本の剣を背中の鞘から引き抜き――大きな力を込めて、リランの項へ突き刺した。キバオウやザザの時のように、弾かれる事なく剣はリランの身体の中に入り込み、確かな激痛をリランに与えた。

 

 

「止まれ、止まれ、止まれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 何度も剣を引き抜き、その都度突き刺す。項を差されると思ってはいなかったのだろう、リランは悲鳴を上げて暴れ始めたが、キリトは振り落とされないようにしがみ付き、リランの動きが激しくなくなったところで再度抜く、刺すを繰り返した。

 

 リランのHPは見る見るうちに減っていき、やがて危険を示す赤に到達した瞬間に、人竜一体ゲージに表示されていたエラーの文字が消え去り、攻撃を受けたリランは空中で硬直した。

 

 そしてそのまま、リランは石像のように動かなくなり、落下を開始した。リランが硬直した時には、地上から50メートルほど離れた天井付近にいたため、落下時のダメージは今のリランと自分を殺すのには十分すぎる物でありとキリトは理解する。

 

 髪の毛が浮き上がり、びゅうびゅうという風の音が耳に流れ込んでくる最中、キリトは非常用に取っておいた緑色の結晶を取り出し、リランに向けて、口を動かした。

 

 

「ヒール……」

 

 

 そう唱えて、キリトは目を固く瞑った。――次の瞬間に、《笑う棺桶》が消え去り、がらんどうになったダンジョンの床に、リランは落ちた。

 

 

 

          □□□

 

 

「あーあ、派手にやってくれたもんだぜ、黒の剣士様よぉ。せっかくここまででかくしたっていうのになぁ。

 まぁいいか。これもbossの望んだことだしな」

 




――原作との相違点――

1:《笑う棺桶》、戦闘員&非戦闘員が全員出てきて全員死んだので文字通り殲滅。

2:リランの行動により、シノンのキャラが崩壊しかけた。


――小ネタ的なもの――

「お、俺達が悪かった、俺が悪かったです、お願いです、許してください――ッ!!」
「ひぎゃああああ……」

これを言っているのはクラディールである。

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