キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:異形の力さえも味方につけて

          □□□

 

 

「だぁッ!!」

 

 

 冒険者達と言われる同士達を率いて、メディナ・オルティナノスは魔獣狩りに勤しんでいた。《カラント》から生まれ出る魔獣を狩り、《カラント》に更なる神聖力を集めさせ、実を付けさせるために。

 

 《カラント》が付ける実を集めれば、本当の最高司祭であるアドミニストレータ様が復活され、オルティナノス家に着せられた汚名を雪ぐ事ができる。これまでずっと夢見てきた事が現実になるのだと、真実の教え主であるハァシリアンは言っていた。

 

 彼の者が未だに何者なのかは定かではないが、そんな事はもう既にどうでもよくなっていた。セントラル・カセドラルの最上階に眠る本物の最高司祭様を目にし、その《声》を聞いたからだ。

 

 あのお方は確かに「自身を復活させてくれたならば、その時は再び配下として認めよう」と言ってくれた。オルティナノス家の長年の夢を叶えてくれると、約束してくれた。

 

 その約束を果たすために、メディナは目の前に現れた魔獣を斬っていた。父が最期の時に託してくれた剣、《陽炎(かげろう)の剣》の一閃を浴びせると、魔獣は一瞬にして倒れた。絶命の光を出して消え、神聖力となって《カラント》に吸収されていく。

 

 十分な神聖力を吸うと、《カラント》の下部辺りに実が()るというのがわかっているのだが、今目の前にある《カラント》はそうなっていなかった。まだ足りていないらしい。

 

 

「まだ足りないのか。ならば、早く次の魔獣を出してくれよ」

 

 

 メディナは剣を構えたまま、《カラント》に呼びかけた。妖しげな紫の光を放つ花は、ただ沈黙を貫いていた。「そう焦るな」と言っているようにも思えてくる。

 

 ――早くしてもらいたいよな。こちらは急いでいるというのに。

 

 頭の中で《声》が響いてきた。ハァシリアンの勧めで《真正公理教会》という組織を立ち上げた辺りから、どこからともなく聞こえるようになった《声》だ。奇妙な事に、声色はどことなく自分に似ている気がする。

 

 最初に聞こえてきた時には驚いて、たまたま近くにいたハァシリアンに尋ねてみたが、彼は「かつてこの世界で大いなる力を獲得するに至った者達は、事前に頭の中で己の《声》を聞いたと言います。貴女様も彼らと同じように、大いなる力を獲得する前の段階に至っているのですよ」と言った。

 

 その言葉をメディナは呑み込んだ。確かに今の自分の剣は前よりも鋭く、何度も斬らなければ倒せなかった魔獣を、数回斬った程度で倒せるようになっていた。自分は大いなる力を獲得しようとしている。自分は恐らく過去のオルティナノス家の中で最も強い当主になろうとしている――そう思えていた。

 

 ――お前は強くなるんだよ。父上にそう誓ったのだろう?

 

 聞こえた《声》にメディナは(うなづ)く。オルティナノス家の汚名を雪ぐ事にとても一途でありながら、優しい人だった父上。周りの貴族達にどんなに(ののし)られようが決して(くじ)ける事なく(あらが)い続けた姿が、今もメディナの脳裏に焼き付いている。

 

 そして彼は殺された。

 

 馬上競技の最中に崖から転落する事故に遭い、その際に負った大怪我によって、父上は死んだ。だが、あれは事故ではなく、貴族達による他殺であったとわかった。

 

 父上の葬儀の際、泣き崩れるメディナの耳元に確かに聞こえてきたのだ。「《欠陥品》のクズが無事にくたばってくれて良かった」という、(わら)いを含んだ貴族達の声が。

 

 そして、その真偽を確かめるべく向き直ったメディナの瞳に、確かに映った。参列する貴族達のほとんどが、父上を嘲笑する顔をしている光景が。

 

 貴族達は、どんなに悪罵をぶつけられようとも、決して挫ける事なく立ち上がり続ける父上が恨めしく、目障りだったのだ。どんな逆境に晒されようとも折れず、立ち向かう精神の強さは、自身らには一切ないうえ、手に入れる事のできないものだったからだ。

 

 だから、父上を事故に見せかけて殺害する事で、自身らにないモノを持つ目障りな存在を消した。貴族達は嘲笑に混ぜて、清々しているような顔さえもしていた。

 

 そしてその後、その者達はメディナの事も《欠陥品》と罵るようになった。いずれ自分の事も目障りに思うようになって、父上の時のように殺そうとしてくるだろう。禁忌目録に触れないよう、事故に見せかける形で。

 

 直感でそうわかった時、メディナには恐怖ではなく、怒りが宿った。こいつらはオルティナノス家を根絶やしにしようとしている。誇り高く、力強く生きてきた一族である自分を父上のように殺して、この世界から根絶し、またしても清々しようとしている。

 

 そんな事をさせてたまるものか。私はお前達の術中には(はま)らない。オルティナノス家に着せられた汚名を雪ぎ、お前達の持つそれを遥かに超える名誉を手にし、この人界にオルティナノス家の名を(とどろ)かせてやる。もう《欠陥品》などと呼ばせない。いや、これまで《欠陥品》呼ばわりしてきた事を後悔させてやる。

 

 ――それがお前の願いだ。父上を殺した貴族共に泡を吹かせ、父上の無念を晴らし、オルティナノス家を英雄の一族に変える。そうだろう?

 

 あぁ、そうさ。私はそのために生きてきた。そのためだけに修練を積み重ねてきて、少しでも強くなろうとしてきた。そして今、ついに機会は巡ってきた。人界を統べる真実の最高司祭アドミニストレータ様を復活させる事ができれば、この願いは成就する。

 

 いよいよ、オルティナノス家の悲願が現実になろうとしている――これまで経験した事がないくらいの高揚感が、メディナの空虚だった胸の内に溢れようとしていた。

 

 

「もう少しだ……もう少しで私は、オルティナノス家は……あぁ、父上……」

 

 

 私はやりました。やりましたよ。

 

 人界を良いように引っ掻き回そうとしていた偽者の最高司祭を、極悪人を討ち、本物の最高司祭様を復活させました。

 

 最高司祭様は私達を再び配下に迎えてくださりました。

 

 もう、私達が未来永劫《欠陥品》呼ばわりされる事はありません。

 

 オルティナノス家は英雄の一族となったのですから――そう、父上に報告できる日がやってくる。もう見る事のできなくなったその顔に、満足そうな笑みが浮かぶのが容易に想像できた。

 

 その時だった。《カラント》が紫色の光を帯びたかと思うと、球体状の下部から何かが勢いよく飛び出してきた。豹型の魔獣だ。球体の中で産み出された時から既に感じられていた気配の根源を断とうとしてきたのだろう。

 

 

「ん」

 

 

 そう口から僅かに漏らした時、魔獣の身体は横方向に真っ二つになっていた。どれ、斬ってやろうと思って手を動かしたくらいだったが、それだけで魔獣は真っ二つになって絶命した。

 

 あれ、私はこんなに早く剣を振る事ができただろうか。それに今の魔獣は綺麗に上半分下半分に分かれるように斬られていた。そんなのができるのは切れ味鋭い両手剣くらいのはずだが――そう思ってメディナは手元を見て、思わず目を見開いた。

 

 父上から授かった《陽炎の剣》が変形している。(おおよ)その形自体はあまり変わっていないものの、刀身が途中から燃えるような赤色の結晶らしきものに包み込まれ、長大化している。

 

 柄の先端部から棒状の結晶が飛び出していて、やはり長大化していた。まるで穂先を片手剣のそれに変え、柄を短くした大槍――それが今の《陽炎の剣》の姿だった。

 

 そして、それを握る自分の右腕も変化していた。掌、腕の筋肉が剥き出しになったような質感となり、強い赤い光を常に放っていて、その上から黒い装甲のようなものが包み込んでいる。

 

 

「えっ……え?」

 

 

 見間違いかと思った。指を動かしてみると、思った通りに動いた。今度は腕を曲げ伸ばししてみる。やはりその通りに動いた。これは間違いなく自分の腕だった。

 

 一瞬他の誰か――(ある)いは何か――に意識が移ってしまったのではないかと思ったが、左腕が自分のモノとなっている事と、見下ろした時にいつもの胸当てに包まれた胸部が見えた事で、自分の身体である事を確認できた。

 

 

「これは、どういう事だ……?」

 

 

 変じていると思わしき右腕から、メディナは目を離す事ができなかった。

 

 これは私の腕なのか。だとして、何故《EGO化身態》みたいになっている。

 

 《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》はオルティナノス家のそれとは違い、腐り果てた精神の貴族達が成るものではないのか。何故私が《EGO化身態》のような姿に?

 

 

「強くなられましたね、我が救世主」

 

 

 聞こえてきた声にメディナは即座に振り返った。聖職者や僧侶を思わせる白い衣装を身に(まと)った、(ねずみ)色の髪の長身の男がゆっくりと歩いてくる。自分に真実を教えてくれた公理教会元老院統括代理ハァシリアンだった。今まさに話を(うかが)いたい相手の登場を認め、メディナは駆け寄った。

 

 

「おいハァシリアン、これは何なんだ!? 私の身体の一部が、《EGO化身態》のようになっているんだ。それに父から授かった剣も変形していて……」

 

 

 焦りのまま早口で尋ねたところ、ハァシリアンは「んー?」と言ってメディナの右腕を見た。それから数秒沈黙を置いたかと思うと、彼は笑い出した。

 

 

「はははははは! これはこれは!」

 

「おい、何を笑っているんだ。何が可笑(おか)しい!?」

 

 

 ハァシリアンは首を横に振った。

 

 

「いえいえ我が救世主、そんなつもりで笑ったんじゃありません。貴女様が前代未聞の奇跡を起こしたものですから、素晴らしさのあまり笑いが出てしまったのです」

 

「前代未聞の奇跡?」

 

 

 メディナの問いに、ハァシリアンは冷静な目で答えた。

 

 

「自分の身体が《EGO化身態》のようになっているから、不安に思われたでしょう。その通りです。貴女様は《EGO化身態》になりかけています。それこそ、腐敗しきった精神と人間性を持ち、そこら辺に居るゴミと何も変わらない貴族達のような、ね」

 

 

 メディナは再度目を見開いた。やはり私は他の貴族達のような怪物になろうとしているのか。不安に襲われようとしたその時に、ハァシリアンは即座に付け加えた。

 

 

「しかし、貴女様は連中とは違います。《EGO化身態》の力を制御下に置いているのですよ。我が救世主、身体がそうなっている事に気が付く前、何かあったんじゃないでしょうか?」

 

 

 メディナはつい今の事を思い出し、ハァシリアンに話した。

 

 

「魔獣を一太刀で真っ二つにできた。いや、魔獣を斬ろうと思った時、既に魔獣は斬られていたんだ」

 

 

 ハァシリアンは目を見開いた。驚いているのではなく、興奮しているためだ。

 

 

「そう、それですよ! 《EGO化身態》は(おぞ)ましいほどの力を持っています。筋力や瞬発力、異能力は人間とは比べ物にならないくらいに強く、並の人間ならば一撃から二撃程度で殺してしまえる。しかしその半面、思考能力や意思能力は人間よりずっと劣っているので、敵を攻撃するだとか、障害物だと思ったモノを破壊するくらいしかできません。元々の存在だった時の意識はなく、破壊と殺戮の意思だけで動く異形の怪物なのです。それはご存じでしょう」

 

「あぁ。これまで沢山相手にしてきたからな、よくわかる」

 

「それで、貴女様の状態ですが……ずばり言って、意識を保ったまま《EGO化身態》の力だけを手に入れられている状態です」

 

 

 メディナは右腕を見た。やはり《EGO化身態》特有の異形になっている。

 

 

「意識を保ったまま、《EGO化身態》になっている……だと?」

 

「えぇ。今申し上げた通り、《EGO化身態》となった者は人智を越えた強大な力と異能を手にする事ができます。しかし同時に自分の利己に呑み込まれて、意識も意思も失ってしまうの欠点がありますが――貴女様はこの《EGO化身態》の欠点を克服して、《EGO化身態》の持つ大いなる力と異能を手にしたのですよ」

 

 

 自我と意識をしっかり持ったまま、《EGO化身態》の力を使う事ができている。これまで自分達を(けな)し、罵り、侮辱し続けてきた他の貴族達の末路である怪物になっていない。

 

 彼の者達が成し得なかった、怪物にならずに怪物の力だけを得ているという境地。

 

 この境地は、貴族達にとって喉から手が出るほど欲しいものであろう。しかし連中はいくら手を出そうとも辿(たど)り着けず、怪物になって終わるだけだった。その奇跡が起こらない限り辿り着きようのない境地に、《欠陥品》と罵られ続けた自分が、オルティナノスが辿り着いた。

 

 そう実感した途端、身体が震えてきた。胸を満たすのは恐怖でも怒りでもなく、歓喜だ。歓喜のあまり身体が震えて止まらない。こんな感覚は初めてだ。頭に声が響いてくる。

 

 ――嬉しくなっちゃうよな。お前は他の貴族達が辿り着けなかった境地に辿り着いたんだ。

 

 あぁ、そうなんだな。《欠陥品》と罵られた私が、オルティナノス家が、《欠陥品》ではない者達がどんなに願っても欲しがっても手に入れられなかった力を得る事に成功した。

 

 父上でさえも辿り着けなかった境地に、私は着いたんだ。

 

 嬉しくないわけない。嬉しくなるななんて無理だ――歓喜の震えを収めずに、メディナはハァシリアンに尋ねた。

 

 

「おい、ハァシリアン」

 

「なんでしょう、我が救世主」

 

「これは快挙か? 意識を持ったまま《EGO化身態》の力を得ている状態になっているというのは」

 

 

 ハァシリアンは頷き、笑んだ。

 

 

「えぇ、そうですよ。これまでの歴史の中で、意思を保ったまま《EGO化身態》の力を手に入れた者達は英雄や勇者の称号を得て、その称号に相応しき働きをしてきました。貴女様はこれから英雄や勇者と呼ばれるようになるのですよ」

 

 

 《欠陥品》ではなく、勇者や英雄。その称号を与えてくださるのが、これから自分達が復活させる真の最高司祭様であろう。彼女の復活を以てオルティナノス家の汚名は雪がれ、勇者、英雄として歴史に刻まれる。

 

 ハァシリアンの言うご先祖様達、そして父上の悲願はついに達成され、その積もりに積もった無念も晴らされる。

 

 ――この日をどれだけ待ち望んだだろう。

 

 

「……なら、いい」

 

 

 メディナはそう答え、ハァシリアンから身体ごと目を背けた。私はもうすぐ勇者となり、オルティナノス家は英雄の一族になる。貴族達の誰もが辿り着けなかった境地に辿り着いたのだから。

 

 

「……どうだ《欠陥品》共が。私はお前達が辿り着けないところまで行ったぞ。お前達が醜く求める英雄の名を、勇者の肩書を得るぞ。オルティナノス家が英雄になるところを、指を(くわ)えて見ているがいい」

 

 

 誰も聞いていないというのに、言わずにはいられなかった。ようやく《欠陥品》の名を消し去り、そう呼んでいた奴らを見返せるのだ。

 

 いや、それだけじゃない。立場が逆転するのだ。

 

 オルティナノス家こそが真の貴族に相応しき一族となり、己の地位と名誉に胡座をかいて、オルティナノス家を《欠陥品》と侮辱し続けた者達こそが《欠陥品》となるのだ。散々威張り散らしていた奴らが、逆に《欠陥品》と呼ばれるようになった時、さぞ滑稽な顔をするに違いない。

 

 その想像をするだけで、笑いが止まらなくなりそうだった。

 

 ――なぁ、今の私を見せてやろうよ。あいつにさ。

 

 

「ハァシリアン!!」

 

 

 その時だった。少し離れたところから、よく聞き慣れた声が響いてきた。《EGO化身態》の力を身に宿したためなのか、声を少し聞いただけで声の主が怒っているのがわかった。

 

 

「おや、どうしたのでしょうか?」

 

 

 呼ばれたハァシリアンは飄々とした態度で答えていた。そこでメディナはようやく声の発生地に向き直る。メディナの《傍付き練士》である少年、グラジオ・ロレンディアが少し離れたところで両手剣を構え、ハァシリアンを怒気の募った顔で睨み付けていた。

 

 

「お前、メディナ先輩に何をしたんだ! とうとう手を出しやがったんだな!!」

 

 

 グラジオは肩で息をしていた。怒りの中に戸惑いが見える。ハァシリアンは首を横に振って答えた。

 

 

「いやいや、(わたくし)は何もしてませんよ」

 

「嘘吐け! メディナ先輩のその姿はなんだ!」

 

「君の先輩である我が救世主が、真なる救世主になろうとしているだけですよ」

 

「真なる救世主だと? さっきから出鱈目(デタラメ)ばっかり言いやがって!」

 

「お願いだから話を聞いてくださいよ、もう。我が救世主の傍にいるから、他の貴族のゴミ共とは違うと思っていたのに、貴方も連中と同じように聞き分けがない」

 

 

 ハァシリアンは呆れた様子だった。それが更にグラジオを苛立たせたようだった。もうハァシリアンが何を言ったところで聞く事はないだろう。ここは先輩である自分が言い聞かせてやる他ない。

 

 ――それに、丁度良く来てくれたな。ほら、教えてやろうよ。

 

 その声によってメディナは、今の現状を見せたい人を自覚した。その人へ呼びかける。

 

 

「剣を下ろせ、グラジオ」

 

 

 グラジオは「えっ!?」と言って顔を向けてきた。その表情は信じられないものを見たようなものになっている。そういう反応をしたくなる気持ちもわからないでもなかった。だが、そうではない事を教えてやらねば。

 

 そう思っただけで、顔に柔らかい笑みを浮かべる事ができた。

 

 

「どうだ、グラジオ。私は勇者や英雄と呼ばれた者達と同じ力を得た。これまでの私とは比べ物にならないくらい、強くなれたんだ」

 

 

 言いつつ、メディナはグラジオに歩み寄った。彼は大きな剣を両手でしかと構えたままの姿勢で硬直していた。信じられないものを見ている時の顔のままだ。そんな顔をする必要はないと伝えているつもりなのだが、まだ伝わりきっていないらしい。

 

 

「ハァシリアンによると、歴史上で勇者や英雄と呼ばれた者達は、そう呼ばれるより前にこういう姿になったそうなんだ」

 

「メディナ……先輩……」

 

 

 グラジオは大きな剣を手から滑り落ちさせた。からんという音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には空いたその手でメディナの両肩を掴んできていた。震えが伝わってくる。手だけではなく、全身が震えているらしい。

 

 

「おかしい、ですよ、メディナ先輩。だってその見た目、どこからどう見ても《EGO化身態》、怪物じゃないですか。メディナ先輩、怪物になりかけてるんですよ。《カラント》に寄って来るあいつらみたいな……」

 

 

 グラジオは瞳も震えていた。酷い恐怖に見舞われているらしい。自分がこれまで倒してきた《EGO化身態》になってしまうと勘違いしているのだろう。これもつい先程自分がしていた反応と同じだった。

 

 

「確かに衝撃的な見た目だ。私もさっき気が付いて、お前みたいな反応をしてしまったよ。私が他の貴族共と同じように怪物に堕ちるんじゃないかってな。そのなりかけになっているんじゃないかとな。だけど心配はいらない。今言っただろ? 歴史上で英雄や勇者と呼ばれた者達は、その前にこういう姿になったって。それと同じ段階に来ている証拠が、今の私の姿なんだ」

 

「そんなわけ、そんなわけないですよ。その姿が英雄や勇者の姿だなんて、そんな話があるわけないですよ!」

 

「おやぁ? 君はまさか、歴史がありのまま伝えられていると信じてしまっているのですか?」

 

 

 途中でハァシリアンが割り込んできた。グラジオは「えっ」と言ってそちらに顔を向ける。

 

 

「君にも特別に話をしますが……君の先輩のご先祖様の中の一人は、人界を襲った大いなる敵に果敢に挑んで見事撃破するという功績を成し遂げたというのに、それを妬んだ貴族共によって事実を歪められ、敵前逃亡して人界に甚大な被害を出したと、歴史に記されてしまったんですよ」

 

「そ、そんな話があるわけ……」

 

 

 やはり信じられないような反応をしているグラジオに、メディナは答える。

 

 

「オルティナノス家三代目当主タヴァルの話だ。彼の活躍の事実は、我がオルティナノス家だけに代々伝えられてきている。お前も読んだかもしれない央都の学院にある歴史書には、彼の活躍は一切書かれておらず、彼は敵から逃げて近隣の村や町を滅ぼす原因となったという嘘が記されているんだ」

 

 

 グラジオはメディナがハァシリアンの話を否定すると思っていたのだろう、最後まで聞いた時に目を強く見開いた。そんな彼を見ながら、ハァシリアンは溜息交じりに引き継いだ。

 

 

「今君達が知っているであろう人界の歴史なんて、こんな話ばっかりです。腐りきった精神の持ち主の貴族共が取りまとめをしているせいで、連中にとって都合の良い話しかないんですよ。その腐った精神構造と人間性によって《EGO化身態》になった者を、行方不明者って書いてたりもしますからね。勇者や英雄の話だってそうです。彼らはある時突然強大な力を手にして、勇者や英雄になったみたいに歴史に載ってますけれど、本当は今の我が救世主みたいな姿をしたりもしてたんですよ」

 

「そ、んな……」

 

 

 メディナは震えるグラジオの手を、彼にとっては怪物のそれにしか見えないものとなった右手で包んだ。彼はびくりとして、メディナの顔に向き直る。

 

 

「だから大丈夫だ、グラジオ。私はこれから真の最高司祭様を蘇らせて、オルティナノス家の汚名を雪いだ英雄となる。この力と姿はそのためのものだ」

 

 

 グラジオは口を半開きにして、僅かに動かしていた。自分の姿、ハァシリアンから伝えられた事実が衝撃的過ぎて、付いていけていないのだろう。彼と同じ立場に置かれたならば、きっと自分も同じような反応をしているに違いない。どうしてもしてしまう、仕方のない反応なのだ。

 

 と思っていたその時だった。グラジオの半開きの口から、言葉が漏れるように出てきた。

 

 

「……メディナ先輩は……それで、いいんですか……?」

 

「何がだ」

 

「オルティナノス家の汚名を雪ぐために……そんな恐ろしい力に頼って……怪物になりかけて……それで、いいんですか……?」

 

 

 その言葉を聞いた途端、全ての音が消え去った気がした。代わりにグラジオの問いかけが頭の中で反響する。

 

 オルティナノス家の汚名を雪ぐために、恐ろしい力に頼っていいのか。

 

 怪物になりかけてもいいのか。

 

 どうして、そんな事を聞くというのだ。私はずっとオルティナノス家の汚名を雪ぐ事を使命に、生きてきているというのに。それを見聞きしていないお前じゃないのに。お前には私の事を散々教えたはずなのに。

 

 ――わかるわけないだろう。恵まれた貴族のグラジオに、お前の気持ちなんて。

 

 あぁ、そうだな――頭に響いた《声》に胸中で答えたメディナはグラジオの手を振り払い、(きびす)を返した。

 

 

「……あぁ、構わないよ。オルティナノス家の汚名を雪げるなら、どんな力にも頼る。忌むべき禁断の力さえも味方に付けてやるさ」

 

「メディナ先輩――」

 

「お前には永久にわからないだろうな! 生まれた時から《欠陥品》と(さげす)まれて、虐げられてきた人間の気持ちなんかな!!」

 

 

 そう叫んで、メディナは大長刀となった《陽炎の剣》を振り下ろした。《カラント》から新たに発生していた魔獣が、空気諸共真っ二つになった。魔獣が死んだ。つまり、この《カラント》が実を付けるのに近付いたという事だ。

 

 もっと狩らなければ。

 

 もっと、もっと、狩らなければ。

 

 

「……上級修剣士として命令する。手伝え、グラジオ」

 

 

 その声に、何故か返答はなかった。

 


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