キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:陽炎乱舞 ―救世主との戦い―

          □□□

 

 

「でえやあッ!!」

 

「はあッ!!」

 

 

 メディナとキリトの掛け声が発せられたのと、両者の武器の刃が衝突し合ったのはほぼ同時だった。橙色の火花が顔の近くまで飛んできて、そしてメディナの顔がすぐそこに迫る。またしても鍔迫(つばぜ)り合いの状態となり、キリトは全身の力を両手の剣へ込めた。全力を持って押し返そうとするが、メディナは全く後退していかない。

 

 メディナと鍔迫り合いをしているのか、それともメディナではない、姿の見えない何かに剣を掴まれ、彫像のように今いる空間に完全固定されているのか、わからなくなってきそうだった。足にいくら力を込めても、分厚い壁に押し込みを仕掛けてみているみたいに進まない。

 

 

「その程度なのかキリト。アドミニストレータ様を殺してみせたお前の力は、こんなんじゃないだろう!」

 

 

 挑発するように言って、メディナは大薙刀を押し込んできた。まるで動く巨像に押されているかのように、じりじりと後退させられる。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。地面を踏みしめる脚に鋭い痛みが走り、力が抜けそうになる。

 

 筋力の勝負では、明らかにメディナの方に軍配が上がっているだろう。このまま鍔迫り合いを続けたところで勝ち目はない。いつものメディナとの立ち合いだったならば負ける事などなかっただろうが、今はそうではないのだ。

 

 キリトは身体をその場に踏みとどまらせる脚の力を緩め、更に腕の力も抜いた。鍔迫り合いを強制的に終わらせてバックステップすると、メディナが前のめりになってよろけた。急に力を抜かれるのを予想していなかったのだろう。

 

 そこにキリトは右手の《夜空の剣》で突きを放ったが、果たしてメディナは超人的な瞬発力で体勢を立て直し、ぐるんと身体を一回転させて水平斬りを放ってきた。

 

 回転斬りだ。《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》の力で長大化したメディナの剣が、左側面方向から迫り来る。キリトは咄嗟(とっさ)の判断で左手の《リメインズ・ハート》で防いだが、力が足りなかった。爆風に吹かれたかのように右方向へと吹っ飛ばされ、地面に激突する。衝撃が全身を走り抜け、鈍い痛みと共に肺が圧迫されて息が絞り出された。

 

 ごろごろと地面を転がるキリトに、大薙刀を振り被ったメディナが飛び掛かってくる。

 

 

「もうとどめか! 弱いな!!」

 

 

 その声が薄くなっていたキリトの意識を覚醒へ導いた。キリトは咄嗟に転がって身体の向きを変え、メディナの大薙刀と平行になる位置まで動いた。すぐ横にメディナの大薙刀の刀身が落ちてきて、地面に吸い込まれるように突き刺さる。まるで柔らかい食材にナイフを入れるかのようだ。一見硬そうな土さえも容易に斬ってしまうくらいに、大薙刀の切れ味が凄まじいものだった。

 

 キリトは勢いをつけて立ち上がり、バックステップを数回繰り返してメディナから距離を取った。浮かんでくる顔の汗を袖で拭う。それは普通の汗というよりも冷や汗だった。

 

 《EGO化身態》になりかけているのが今のメディナだが、この大薙刀も《EGO化身態》という事なのかもしれない。最早メディナの持っている大薙刀というよりも、メディナの腕から伸びている身体の一部と考えるべきなのだろう。

 

 いずれにしても、斬られたら一溜りもない。切り傷を負うのではなく、骨も肉もすぱっと両断される。そんなビジョンしか見えてこない。アンダーワールドに来てからというもの、攻撃を受けてはならない敵を何度か相手にしてきたが、メディナはその中で最も強いだろう。

 

 何故ならメディナは人間だからだ。人間の身と知能を持ったまま、《EGO化身態》の力を手に入れているという、前代未聞の《EGO化身態》。これまで相手にしてきた《EGO化身態》や魔獣と違って、人間の知性を持っているから、火力によるごり押し、力押しみたいな事はしてこない。確実に敵の息の根を止める方法を熟知しており、それを行使してくる。気を少しでも緩めようものならば、そこを確実に突かれて終わりだろう。

 

 いつもの彼女ならば、加減して殺さないでくれるかもしれないが、今の彼女は自分の知る彼女ではないからそうはならない。現に彼女から感じられる殺気は身の毛がよだつほどのものになっている。隙を見せれば容赦なく殺しにかかってくるだろうし、今もその隙が生まれるのを伺い続けている事だろう。

 

 アンダーワールドでの戦闘はいつだって、これまでのゲームとは比較にならないほどの緊張感に満ちている。何故ならアンダーワールドは、他のVRMMOと同じカーディナル・システム――性能を大幅にグレードアップさせた特別製らしい――で動いているものの、ゲームではなく、現実世界(リアルワールド)に並ぶもう一つの現実、本物の異世界のようなものだからだ。

 

 《痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)》なんて優しいものはなく、受けたダメージは本物の痛みであり――そしてアンダーワールドの者達の《HP》である《天命》は本物の生命。その天命がゼロになる事は、完全なる死が訪れるのと同一である。

 

 そんな世界で生まれた人間であるメディナは、今まさにキリトを殺そうとしてきている。対するキリトはというと、メディナを殺す気でかかる事はできなかった。

 

 

「今の私はどうだ。お前が見てきた私とは、もう違うんだよ!」

 

 

 殺気を隠す気を一切見せないメディナは地面を蹴って飛び掛かってきた。彼女に蹴られた地面は凹み、ごく浅いクレーターとなっている。人の身ではありえない筋力を発揮したメディナは、次の瞬間にキリトのすぐ目の前に到達していた。まるで狙撃銃から放たれる弾丸のように、飛び出すのと同時に接敵するくらいの速度を出せるらしい。

 

 

「はあッ!!」

 

 

 メディナは大薙刀で水平に薙ぎ払ってきた。右方向から迫り来る刃を、キリトは両手の剣で受け止める。

 

 本来ならばもう一度バックステップして離れるのが一番なのだが、如何せんメディナの大薙刀は全体的に長く、その刀身はメディナの伸長に匹敵するくらいにまで長大化されている。最早大薙刀というよりも穂先の代わりに両手剣が装着されている槍だ。横薙ぎされてきたら回避するよりも防ぐしかなかった。

 

 また両腕に衝撃を流し込まれた直後、メディナは大薙刀を引いて再度横に薙ぎ払ってきて、打ち付けてくる。その流れが何度か繰り返された。こちらの防御を破ろうとしているのは確かだろう。現に腕に強すぎる衝撃が走り続けており、指先から力が抜けそうになっている。

 

 回転水平斬りを何度も繰り出してくる関係で、メディナもその場で回転を繰り返しているのだが、それはまるで優雅な舞踏(ぶとう)のようだった。刀にも似た片手剣で戦っていた時の彼女からは想像もできない、軽やか且つしなやかな剣舞。大薙刀という使い慣れないはずの武器を扱いながら、彼女は舞姫となっていた。

 

 それが《EGO化身態》の力によるものなのか、それともこれこそが彼女の本来の姿なのかは定かではないが、見惚(みと)れてしまうくらいに美しかった。こんな長大な武器を使いながら舞を踊る彼女の、どこが《欠陥品》なのだろう。少なくとも、彼女以外の名立たる貴族が、こんな舞を踊れるイメージは湧いてこなかった。

 

 

「どうしたキリト。お前の力はそんなんじゃないだろう!」

 

 

 舞姫メディナからの声でキリトは我に返った。メディナは回転斬りを止め、下から掬い上げるような斬撃を放ってきた。大薙刀が水平ではなく垂直に振られた事で、サイドステップで避ける事ができた。側面に回り込んだキリトは、メディナの全身を眼の中に入れた。

 

 そうだ。メディナはなりかけではあるものの、鎮圧すべき《EGO化身態》である事に変わりはない。そしてメディナの目標は悪霊アドミニストレータの復活だ。あれが(よみがえ)るような事があれば、今度こそ人界は終わる。

 

 メディナは自身を人界の救世主と言っているが、実際に悲願を達成した先に辿り着くのは破壊者だ。メディナを何もかもを破滅に導いた厄災の娘にするわけにはいかない。

 

 

「だあッ!」

 

 

 キリトは全身の力を入れた双剣を右上から左下へと振り下ろし、メディナの横腹を切り裂いた。肉を裂く手応えが返ってきたのと同時に見えたのは、今しがた付けた切り傷であったが、その様子にぞっとする。

 

 切り傷から溢れ出た鮮血は赤ではなく、どす黒い色をしていたのだ。修剣学院で暴挙に及んでいたライオスが《EGO化身態》となる直前に出していた血と同じ色をしたそれが、メディナからも出ていた。

 

 人を《EGO化身態》という名の怪物へと変える《進想力》が、メディナの身体を蝕んでいる証拠だった。

 

 それが見えたのだろう、背後にいる仲間達から悲鳴のような声が聞こえてきた。一瞬だけ振り返ってみたところ、皆が「メディナさん!?」「嘘、何あれ!?」と言って、出血しているメディナを信じられないような目で見ていた。《EGO化身態》となろうとしている者の身体や体液の変化を見るのは初めてなのだから、当然の反応だ。

 

 

「ようやく一発か……遅い」

 

 

 メディナは(ひる)む事なく身体を振り回すようにして、大薙刀を振るってきた。水平薙ぎ払いだ。その動きに驚きつつも、キリトは即座に後退してその範囲から離れた。

 

 確かに一撃入れた。かなり深い傷だったはずだ。なのに、メディナは痛がっている様子が一切ない。何事もなかったかのように、先程と同じような華麗な動作をしていた。どういう事だ。

 

 

「メディナ、君は……」

 

 

 キリトの問いかけにメディナは「はっ」と言った。

 

 

「なんで痛そうにしてないのかとでも思ってそうだな。私も少し驚いているよ。今、私は確かにお前に斬られた。だが、全然痛みというものがないんだよ。いや、多少は痛いが、多少の痛みで済んでいる」

 

 

 まるで《痛覚抑制機構》だ。痛みを感じるような傷を受けているのに、痛みを感じさせないでくれるシステムは、アンダーワールドにはないはずだし、これまでそれらしきものが確認できた事もなかった。あれも《EGO化身態》の力なのだろうか。だとすればなんと恐ろしいのだろう。

 

 痛みは生物を生命の危険から守るために存在している機能だ。痛みを発する事で、どこが傷んでいるのか、傷を負っているのかがわかるようになっている。それが機能しなくなっているという事は、どこかに甚大な怪我を負ったとしてもわからなくなるという事だ。

 

 つまり、命を落としかねない傷を負っても無視して戦い続けられてしまうという、生物としてあってはならない状態である。やはり《EGO化身態》は怪物だ。純粋なる生物を、痛みさえも感じない異形へと変えてしまう。

 

 そんな異形の存在となっているというのに、メディナは笑みを浮かべていた。いつもの彼女とは違う、狂気の色の見える笑みだった。

 

 

「これはいいな。傷を付けられても痛みを感じずにいられるなど、実に便利ではないか」

 

 

 メディナはどす黒い血を流しながら軽やかに地を蹴り、キリトへ接敵してきた。今度は突きを放ってくる。キリトは迫り来る大薙刀の刀身を直前まで引き付けた後に右へ跳んで回避し、メディナの左側面へ回り込む。

 

 

「させるかッ!」

 

 

 メディナはぐるんと身体を捻って回転斬りへ派生してきたが、キリトはそこに双剣を振り下ろした。オブジェクトクラスが並大抵ではない刃同士が激突し合い、火花を超えて小規模な爆発が起こり、周囲を一瞬白く染め上げる。

 

 

《キリト、いつまで手加減をしているつもりだ!?》

 

 

 頭の中に《声》が、すぐ近くで爆発音が(とどろ)いた。少し離れたところでリランが一匹の龍と戦っていて、そのブレスを叩き込んでいた。

 

 ハァシリアンがメディナに与え、メディナが使役しているとされる《雷鳴の人造龍》が、今のリランの相手だった。《雷鳴の人造龍》はメディナをその背に戦うような事はなく、完全に独立してキリトを襲ってきた。その間にリランが割って入り、敵視(ヘイト)を買った事によって、《雷鳴の人造龍》はリランを狙うようになり、リランはその迎撃に当たっているのだった。

 

 リランの《声》にキリトは沈黙するしかなかった。正確には、言葉を出すほどの余裕がなかった。《声》は続いてくる。

 

 

《メディナの持っている武器は《EGO(イージーオー)》に匹敵する威力を持っている。メディナはそれを持ったうえ、《EGO化身態》の力をも使ってお前を殺すつもりだ。お前も《EGO》を使わなければ、()られるぞ!》

 

 

 《EGO》の使用――それはこの戦闘が開始されてから、ずっとキリトの脳裏にあった。なりかけではあるものの、メディナは《EGO化身態》。本来ならば《EGO》による強力無比な攻撃を仕掛けて一気に鎮圧するべきだ。

 

 だが、《EGO》を使用すると後々反動が来てしまうので、この後の戦闘や作戦に耐えられるか定かではないし、そもそも《EGO》でメディナを斬ってしまって大丈夫なのか。《EGO化身態》には本人のそれとは別の、《EGO化身態》の天命があり、その天命が本人の天命と完全に同化していない場合は削りきっても大丈夫だが、今のメディナの天命がどうなっているのかは定かではない。

 

 これまで相手にしてきた《EGO化身態》のように別の天命があるのか、それともメディナの天命だけなのか。前者ならば遠慮なく削れるが、後者であるならば、削りきってしまったらメディナが死んでしまう。これがわからないからこそ、メディナに《EGO》を使う事ができずにいた。

 

 しかし、リランの言う通り、メディナは完全にこちらを殺す気でかかってきている。一切の加減がない。だからこそ、自分も一切の加減をせず――メディナを殺すつもりでかかるべきなのかもしれないが、それでメディナが死んでしまったら意味がない。

 

 央都に帰れば、あらゆる神聖術を行使できるクィネラがいるものの、彼女だって死者を生き返らせるような術は使えないし、そもそもそんな術は存在しないとも言っていた。だから、メディナが万一死ぬような事があれば、そこで終わりなのだ。

 

 リランは「手加減するな」と言っているけれども、加減せずに《EGO》を使えばメディナが死んでしまうかもしれない。その事を反論として口にしたいところだが、言ったが最後リランではなく、メディナを極限まで激昂させるだけだろう。

 

 次に取るべき行動が見えてこない。こんな膠着状態に陥ったのはいつ以来だろうか。この状況を打破する方法はなんだ。やはり《EGO》か。あの白き炎剣でメディナを斬り裂くしかないのか。段々とそれ以外に手段がないのではないかという気がしてきている。

 

 

「メディナ、君は俺が憎いのか。俺を本気で殺したいと思っているのか」

 

 

 鍔迫り合いの姿勢を崩さないようにしながら尋ねたところ、メディナは力を入れながら答えてきた。

 

 

「戦っていてわからないのか? お前を殺そうと思ってないならば、こんな事などしていないはずだ」

 

「じゃあ、君は何のためにこんな事をしているんだ。何のために戦っているんだ」

 

「知れた事を。最高司祭アドミニストレータ様を復活させ、オルティナノス家の汚名を返上する。私に残された最後の希望……私の存在意義はそれだけだ!」

 

 

 大薙刀と双剣が擦れ合い、ぎりぎりと耳障りな音が響く。

 

 その中で伝えられてきたメディナの目的は、当初から変わっていないものだった。オルティナノス家の汚名を雪ぐ――ただそれだけのために、彼女は剣の腕を磨き、修剣学院に通い、修練を積み重ねてきた。そしてこの目的のために今、自分達と敵対するにまで至っている。

 

 オルティナノス家の汚名を雪ぐ。

 

 オルティナノス家の汚名を雪ぐ。

 

 思い返してみれば、ずっとそればかりだ。まるでそれ以外に何も存在してないと言わんばかりに、彼女はこの目的を繰り返し口にして、実際に行動していた。

 

 これがなくなってしまったら空っぽになる――まるで暗にそう伝えているかのように。

 

 

「本当にそれだけか。本当にそれだけがメディナの存在意義なのか。そのために君は《冒険者達》も何もかも犠牲にするのか!?」

 

「あぁ、そうだ。だから私は、お前ですらどうなったって構わないんだッ!!」

 

 

 メディナはそう叫んで大薙刀の刃を引き、再度斬りつけてきた。力を入れるためだろう、柄を短く持った事によってリーチが大幅に減り、バックステップで回避する事ができた。目論見が外れたメディナはキリトを追いかけるようにして大薙刀を振り下ろしてくる。先程と同様、側面にステップする事で容易に回避できた。

 

 

「くそっ、何故当てられない! ありったけをぶつけているっていうのに、なんで倒せないんだよ!? 私が《欠陥品》だからか!? 私が《欠陥品》だっていう事を教えようとしているのか、お前は!?」

 

 

 キリトは首を横に振った。

 

 

「違う、《欠陥品》だからじゃない。今の君が本当の目的を見失っているからだ!」

 

 

 メディナはぎりっと歯を食い縛った表情になる。先程からずっと見ている顔だった。

 

 

「私は何も見失ってなどいない。学院に入った時から……父上を殺されたあの時から、私は何も変わってなどいない! 私は《冒険者達》と共に、必ずやオルティナノス家の汚名を雪いでみせる!」

 

「違います! メディナ先輩はおかしな方向に変わっちゃったんです!!」

 

 

 突如として横やりが入ってきた。メディナも意外だったらしく、そちらの方を見た。そこにいたのはグラジオだった。《傍付き練士》という立場にいたからこそ、誰よりもメディナの近くにいて、誰よりもメディナをよく見ていたグラジオが、叫んでいた。

 

 

「今のメディナ先輩は……全然楽しそうじゃないですし、嬉しそうでもないです」

 

「何?」

 

 

 食いついたのはメディナの方だった。グラジオは続ける。

 

 

「冒険者の人達が仲間になり始めた時、メディナ先輩は嬉しそうにしていましたし、冒険者の人達と話をしていた時は、とても楽しそうにしてました。一番最初に来てくれたクラリッサさんのプリンだって、美味しいと言って食べてました。

 おれ、学院であんなに楽しそうにしてるメディナ先輩を見た事ありませんでした。おれが一緒でも楽しそうにしたり、嬉しそうにしてくれなかったメディナ先輩をそうさせてくれた冒険者の人達は、すごいと思いました。可能なら、ずっとメディナ先輩の近くに居てほしいって、メディナ先輩に楽しい思いをさせてあげてほしいって思いました。《傍付き練士》のおれじゃ、そういう事はできなかったんですから……」

 

 

 グラジオはそこまで言ってから、首を横に振った。

 

 

「だけど、今のメディナ先輩はそうじゃないです。全然楽しそうじゃないし、心の底から嬉しそうにしている感じだってありません。オルティナノス家の汚名を雪ぐために頑張っているのは変わりないですけれど、それ以外の事を何も考えられてないんです。

 クラリッサさんがプリンを作ってくれてましたけど、一口も食べてなかったじゃないですか。クラリッサさんはメディナ先輩を心配してて……メディナ先輩に食べてもらいたくてプリンを作ってくれてたのに、おれにくれるばっかりで、全然食べてなかったじゃないですか。全然クラリッサさんの気持ちに答えてなかったじゃないですか」

 

 

 グラジオからの証言は驚くべきものばかりのように思えた。これまでそれなりに一緒に居たものだが、メディナが心の底から楽しそうにしているだとか、嬉しそうにしているところは見られていなかった。

 

 自分達と一緒にいる事が楽しいか楽しくないかは、その者の考え方や捉え方によって異なるので、特に気にしていなかったが、できれば楽しみや嬉しさを共有したいとは思ってはいた。結局それは今日この時まで成せていなかったが、《冒険者達》は自分達でさえそう思わせられなかった事を、メディナに思わせる事ができていたとは。

 

 グラジオは続ける。その視線はメディナの背後にいる《冒険者達》に向けられていた。

 

 

「それにメディナ先輩、前は冒険者の人達を仲間や友達みたいに言ってたじゃないですか。クラリッサさんの事だって、ちゃんと友達だって言ってたじゃないですか。ようやくできた同性の友達だって……そう言っておれよりも仲良くしてたのに、今は冒険者の皆さんの事を便利な道具みたいに扱って、西帝国に暮らす人々を生贄に使うような酷い事だって平然とやらせてます。クラリッサさんの事だって、カラントの実を集めるための道具としか思わなくなってるじゃないですか。クラリッサさんは友達だって、そう言ってたのに……」

 

 

 グラジオはメディナに再度向き直った。顔を向けられたメディナは目を見開いている。

 

 

「これのどこが変わってないっていうんですか。メディナ先輩、変わっちゃってますよ。思いっきり悪い方向に変わってしまって……まるで民を圧政で苦しめる貴族達みたいじゃないですか! そういう奴らが何よりも嫌いだって、おれ達はそういう奴らとは違う貴族なんだって何度もおれに言ってたのに、なんでメディナ先輩がそいつらみたいになってるんですか!!」

 

 

 グラジオの心からの叫びが周囲に木霊した後、周囲に沈黙が降りた。

 

 それをもたらしたグラジオの言葉で、キリトはようやく掴めそうで掴めなかったものを掴んだ気になった。今のメディナの有様は、まさしく央都やあちこちに蔓延り、メディナを《欠陥品》と罵る貴族連中と同じだ。

 

 自身の行いを省みず、自身のやっている事は絶対に正しいと盲信し、周りが苦しんでいようとも気にしないどころか、周りの者たちを道具扱いして良いように使い潰す事も厭わない。

 

 彼女が何よりも嫌悪していた傲慢で腐りきった根性の連中と、今の彼女は同じようなものになってしまっている。

 

 

「私が……私を《欠陥品》と罵る連中と同じ……だと?」

 

 

 メディナは信じられないような顔をしていた。ようやく自身の行いが見えてきたのだろう。

 

 メディナは《EGO化身態》になりかけているが、それはつまり進想力の侵喰を受けているという事だ。利己(エゴ)の存在を認めて流れ込んできた進想力がメディナの思想をあらぬ方向に曲げて、そのまま突き進ませてしまっていた。案外にメディナは進想力に突き動かされるまま動いていただけなのかもしれない。

 

 

「あぁ、グラジオの言う通りだぜ、メディナ。今の君は酷すぎて見れたモノじゃない。本当に、君が大嫌いな貴族連中と同じだ」

 

 

 キリトはメディナに手を差し伸べる仕草を取った。向けられてきたメディナの顔は、いよいよ動揺を隠せないものになっている。瞳は揺れて、焦点が定まっていない。

 

 

「だから、もうこんな事はやめるんだ。今からでも遅くない。アドミニストレータを復活させるなんて真似はもう()して、他の方法を――」

 

 

 キリトは最後まで言えなかった。メディナが左手で自身の頭を抱えたかと思うと、背中を丸め、立ったまま(うずくま)るような動作をした。急に聞こえてくるようになったぎりぎりぎりという嫌な音が、歯をすり減らすくらいに食い縛っている事によるものだとわかったのは、数秒後だった。

 

 

「――――――するな」

 

「え?」

 

 

 キリトが思わず零したその時だった。メディナの背中がめきめきと音を立てて急に盛り上がったかと思うと、中から何かが服を破って飛び出してきた。棘だ。黒い装甲に包まれた赤白い光を放つ筋繊維で構成された鋭い棘が複数本、メディナの背中から生えてきた。

 

 背中だけじゃなく、右腕の肘や上腕二頭筋の側面からも、同じような棘が飛び出してきて、かなり刺々しい外観の異形へと変わった。あまりに唐突に変化を起こしたメディナは、そのままぎりっとキリトを(にら)み付けてきた。そこに浮かぶ怒気と殺気を収めたかったというのに、それは逆に大きく助長されてしまっていた。

 

 

「私をあいつらと一緒にするなああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 メディナは全身から出したような声で咆吼し、キリトに大薙刀で斬りかかってきた。垂直の縦振りを側面へ飛び込んで回避したところ、それまでキリトがいた空間が縦に両断され、地面に縦方向の亀裂ができた。

 

 先程よりもずっと威力が上がっている。感じられてくる殺気もまたずっと強いものになっていた。メディナを説得するつもりだったが、逆に火に油を注ぐ結果となってしまったのは間違いなかった。

 

 そしてメディナの変化した外見から考えるに、一層《EGO化身態》化が進行してしまっただろう。

 

 

「メディナッ!!」

 

 

 キリトの呼びかけに、メディナは獣の咆吼で答えた。襲い来る大薙刀は受け止められないものとなっている。もし先程と同じ要領で受け止めようものならば、今度こそ両断されて終わりだろう。

 

 メディナはもう、こちらを殺す以外の事を考えていない。大いなる目標を達成しようという意思は最早なく、敵対しているこちらへの殺意だけで動いているようだった。

 

 ここで自分を打ち負かして殺したとしても、メディナは止まらないだろう。自分の大切な人であるシノンも、《使い魔》であるリランも、仲間たちも、メディナをここまで想っているグラジオも殺す。

 

 それで止まるとも思えない。ここにいる皆を全滅させたら、《冒険者達》さえも使えない道具だと思い、殺しにかかる可能性だって十分にある。寧ろそうならない場合が全く想像できなかった。

 

 ここで彼女を止めなければ、彼女は本当に失ってはいけないものさえも失う。オルティナノス家の汚名を雪ぐという目標から、遥か遠く離れたところに追放されてしまうだろう。

 

 つい先程のリランの言葉が蘇ってきた。お前も《EGO》を使わなければ、()られるぞ。確かにその通りだ。今のメディナには《EGO》を使うしかない。使って鎮圧しなければ、彼女は失いたくないはずのものさえも自身の手で壊してしまう。彼女を完全なる空っぽにしてはならない。

 

 キリトはメディナから距離を取り、《夜空の剣》を鞘に戻した。すぐさま空いた右手を胸に当てる。お前の力が必要なんだ――そう念じたところ、胸の中に膨大な熱が生まれてきた。そこから一秒も経たないうちに、柄が飛び出してくる。それを掴んで一気に引き抜き、切り札である白き炎剣を顕現させる。

 

 あまりの高熱が故に白く染まっているその剣の出現に伴い、高熱が周囲に放たれて陽炎が起きる。その中でもメディナの殺意は揺らいでいなかった。

 

 

「キリト……キリトおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 メディナは叫び、思い切り地を蹴った。轟音と共に地面を凹ませて、瞬く間にキリトへと迫ってくる。その大薙刀は確かにキリトを捉えて、空間諸共斬り裂かんとしていた。右上方向から振り下ろされてきた刀身を、右手の白き炎剣で受け止める。

 

 がぁんという大きな音が周囲に木霊し、一瞬にして地表が(ひしゃ)げ、キリトを中心にしてクレーターが作り出される。そこでキリトは踏みとどまっていた。

 

 やはり《EGO》ならば、受け止められない攻撃も受け止める事ができるらしい。実感するキリトに敵対するメディナは、激しい殺意と怒りで満たされた顔をしていた。口の淵からどす黒い血が流れ出ている。歯を食い縛るあまり血が出てきているのだ。

 

 そして、確かにその動きが止まっていた。キリトは全身に力を入れて、メディナの大薙刀を押し返し、そのまま弾き飛ばそうとする。不可能かと思われていたそれは、現実となった。空間を歪ませるかのような小規模の爆発が起こり、メディナの大薙刀は弾き飛ばされた。

 

 メディナは明後日の方向に飛ばされる大薙刀に引っ張られるようにして体勢を崩した。その隙目がけて、キリトは《EGO》と《リメインズ・ハート》による連撃を叩き込む。

 

 

「はああああああああッ!!」

 

 

 斬り下ろしに続けて斬り払い、更に突きとジャンプを交えた斬撃の三つの連撃が、メディナに炸裂した。

 

 アインクラッド流二刀流ソードスキル《シャイン・サーキュラー》。

 

 

「が、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ」

 

 

 確かな手ごたえを感じたのと、倒れ行くメディナの絶叫が響き渡ったのは同時だった。

 

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