キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ――くだらないネタ――

 推奨BGM『誓いと約束』



14:鷲獅の剣士 ―化身態との戦い―

 

 

 

 

          □□□

 

 

 掛けられている神聖術によって、身体中を襲っていた激痛が収まってきた。《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》となったメディナの不意打ちを受けて、リラン諸共撃墜されてしまう事になるのは完全に予想外だった。

 

 あんなふうに身体の一部を変形させてくるというのは、《EGO化身態》を相手取った時にはそれなりにある事ではあるものの、予備動作もなしでやってくる事はなかった。

 

 人間の知能をほとんど失わずに巨剣を振るい、その場面における的確な動きができるうえ、身体の一部を自在に変形させて攻撃を繰り出す事ができる。

 

 そして何より硬直なしでソードスキルを連発可能。

 

 最初から思っていた通りではあるが、《EGO化身態》となったメディナはこれまで相手にしてきた《EGO化身態》達を凌駕しているとしか言いようがない。

 

 もっとしっかりメディナの動作や仕草、身体的特徴等を観察して注意しておくべきだった。それを(おこた)ってしまったがために、こんな様になってしまった。

 

 

「キリトさん、しっかりして、キリトさん……!」

 

 

 少女の悲鳴のような声が耳に届いてきた。よく聞くと悲鳴ではなくて焦っている声であるとわかるのだが、どうにも声色そのものが甲高いせいか、悲鳴のように聞こえてしまった。

 

 その発生源は、シリカだった。

 

 この場にいるメンバーの中で下から数えて二番目の年少者である彼女は、その赤い瞳と小さな身体を震わせて、一生懸命に神聖術を使ってくれていた。顔は今にも泣き出しそうなものになっている。焦燥と恐怖に支配されかかっているようにも感じられた。

 

 自分達が一発でやられてしまったのだから、焦ってしまって当然ではあるだろう。しかし、あまりにもそれが強すぎるせいか、発動している神聖術にまで影響が出ているようだった。

 

 ユピテルはリランを、ルコはシノンを、そしてシリカはキリトを受け持って神聖術を使い、傷を癒してくれているのだが――身体へ流れ込んでくる暖かさと痛みが抜けていく感覚が一定を保っておらず、平均より弱くなったり平均に戻ったりを繰り返している。

 

 おかげでリランとシノンよりも治療が遅れていた。その証拠にリランとシノンは既に身体を起こして地面に膝を付けるくらいになっているが、キリトは未だに動き出せない。

 

 

「シリカ……」

 

「治って……早く治ってよ……!」

 

 

 一応声をかけてみたものの、聞こえている様子がない。

 

 集中しているのではなく、強すぎる焦りが耳栓の役割を果たしてしまっているようだった。そして彼女の手元から流れ込んでくる神聖術の効果は、相変わらず強弱を繰り返している。

 

 

「シリカ、落ち着け。落ち着いてくれ」

 

 

 できる限りの声を出して(なだ)めようとしたところ、シリカは首を横に振った。声は聞こえたらしい。

 

 

「だって、あたしにできる事はこれしか……これくらいしか……だってあたしには……!」

 

 

 目を涙で(うる)ませた顔でシリカは言っていた。

 

 自分にできる事はこれしかない。神聖術くらいしかできる事がない――果たしてそうだろうか。

 

 シリカにだってできる事は色々ある。これまでそんな彼女をずっと見てきたし、その力に助けられてきたものだ。なのに彼女本人がそれを忘れてしまっているかのようだった。

 

 自分達が一瞬でやられたというのがあまりにも衝撃的過ぎて、気が滅入っているが故なのか、それとも他の要因があるのか。いずれにしても好ましくない状況だ。そう思ったそこで、シリカの隣に小さな人影がやってきた。

 

 身長があまり変わらないそれは、ユピテルだった。リランの治療を終えたと思わしき彼は、キリトのすぐ(そば)に駆け付けてくるなり、シリカが唱えているものと同じ神聖術を唱え始めた。

 

 恐らく、シリカの治療が上手く行っていないのが見えて、フォローに入ってきたのだろう。

 

 

「シリカねえちゃん、落ち着いてください」

 

 

 ユピテルが比較的優しい声色――といってもいつも通りの彼の声なのだが――でシリカを宥めようとするが、彼女の顔から焦りは消えていかなかった。そればかりか、より悪化してしまったように見えた。

 

 

「ユピテル君、なんで。キリトさんはあたしが……」

 

「ぼくも手を貸しますから、一緒に治しましょう」

 

「そんな、あたし一人でも……!」

 

「いいえ、無理する事なんてないんです。だからそんなに焦る必要もありません」

 

 

 ユピテルが数回宥めようとしても、シリカは首を横に振る一方だった。

 

 

「焦らなきゃいけないの。だって、キリトさんを治さなかったら、メディナさんを……ううん、メディナさんが襲ってきて……!」

 

 

 その直後、轟音が響いてきて、キリトの腹が当たっている地面から震動が伝わってきた。何か大きなものが地面に激突したかのようだった。今のは何だろうか――キリトがそう思ったところで、ユピテルは首を横に振った。

 

 

「いいえ。その心配もありませんよ。どうやら、頼もしい味方が現れてくれたようですから」

 

 

 まるでリランのような物言いで、ユピテルは顔に笑みを浮かべていた。

 

 リランとユピテルはあらゆる面が根本的に異なっている姉弟(きょうだい)同士だが、弟のユピテルは姉のリランに憧れている部分が多々あると言ってもいた。

 

 今の言い方は、姉への憧れが一つの形を取った事によるものなのだろうか――そう思った直後、キリトは首を(かし)げた。頼もしい味方が現れたとはどういう事なのだろうか。

 

 その時、ユピテルはシリカでもキリトでもない方を見ている事に気が付かされた。誘われるようにして彼の見ている方に視線を向けてみたところで、キリトは目を見開く事になった。

 

 《EGO化身態》となったメディナは、全体的にかなり大型だ。四足歩行と二足歩行を切り替える事ができるうえ、腕を翼に変形させて、飛竜のような姿となって飛行する事も可能。

 

 巨剣を振り回し、ソードスキルを使いこなし、挙句の果てに尻尾を棘だらけにして巨大化させる能力も持つという、現在まで確認されてきた中で最も強大な力を持つ《EGO化身態》だった。

 

 その《赤黒の猫人》とも言うべき存在になっている彼女の前に、巨影が出現していた。対峙する《赤黒の猫人》と同じくらいの背丈のそれは――グリフォンだった。

 

 しかし、ただのグリフォンではない。全身を(あかね)色の鋼鉄鎧で包み、鎧と同じ材質で構成された猛禽類のそれによく似た大きな翼を背中から生やし、逆関節となっている後ろ足、その先端の鳥らしい四本の指で地面を踏み締めて直立している。体型自体が四足歩行の動物よりも人間に近い。

 

 頭部は一般的にグリフォンという単語を耳にした際に想像されるそれの輪郭の、茜色をした鋼鉄兜になっている。

 

 鋼鉄の鎧で身体を構成したグリフォンが《赤黒の猫人》の前に立ち塞がり、その両腕を同じく両腕で抑え込んでいた。

 

 

「なんだ、あれは……!?」

 

「グラジオさんです。メディナさんに捕まっていたグラジオさんが、急に光に包み込まれて……あの姿となって顕現しました」

 

 

 ユピテルは珍しく淡々とキリトの疑問に答えた。あれがグラジオだと?

 

 そう言えば自分達が《赤黒の猫人》の攻撃で吹っ飛ばされて地面を転がった直後、グラジオの大きな声が辺りに響いていた気がする。目にする事は叶わなかったが、グラジオが囮を買って出てくれていたのかもしれない。

 

 そしてその後、グラジオの悲鳴と皆の呼ぶ声が聞こえていた。グラジオは《赤黒の猫人》の気を引く事には成功したものの、捕まって重傷を負わされてしまっていたという事らしい。彼は結局《赤黒の猫人》に追い詰められ、絶体絶命の危機に(さら)されていたのだろう。

 

 だが、逆転が起きた。グラジオが未知の姿となって、捕まえていた《赤黒の猫人》に掴みかかり返したのだ。この奇跡とも言える現象から導き出される答えと言えば、一つしかない。

 

 

「《EGO》……!!」

 

「そんな、グラジオさんまで《EGO》を……!?」

 

 

 キリトとシリカが言ったのは同時だった。

 

 そうとしか考えられない。自分が《EGO化身態》となったライオスと戦っている最中に《EGO》を発現させたのと同じように、グラジオも土壇場で《EGO》を獲得したのだ。

 

 カーディナルによると、《EGO》は発現させた者によって全く異なる形や性質を持っているのが基本であり、武器である事もあれば、鎧でもある事もあるらしい。

 

 グラジオの場合は後者――現実世界(リアルワールド)くらいの文明レベルで言うところのパワードスーツのような形となって、《EGO》が発現したのだ。

 

 グラジオは整合騎士どころか上級修剣士ですらなく、ティーゼやロニエと同い年の修剣士であり、メディナの《傍付き練士》でしかなかった。そんな彼が他の同級生達は勿論、上級修剣士や卒業生を差し置いて《EGO》を発現させるなど、誰一人予想していなかった事だ。

 

 恐らくも何も、彼が作り出したこの状況そのものが、修剣学院の歴史の中で指折りの快挙であろう。彼はきっと、同学年の修剣士の中で最強の存在となったに違いない。

 

 今の光景を先生達が見ようものならば、瞠目(どうもく)し、修剣学院の歴史書に彼の名前と偉業を書き加える事を議論し始める事だろう。

 

 並みの修剣士達が目にすれば顔を青褪(あおざ)めさせるであろう巨大で特別な鎧を纏う事で巨躯となったグラジオは、掴みかかってきている《赤黒の猫人》を押し返し始めた。

 

 まさか捕まえていたグラジオの姿が一瞬にして変化し、自身と同じくらいの大きさになるとは思っていなかったであろう《赤黒の猫人》は、後方へ押し込まれていく。

 

 しかし途中で《赤黒の猫人》は我に返った――メディナの意識を取り戻したわけではない――ように、後ろ足に力を込めて踏ん張り出した。両者の重さはかなりのもののようで、《赤黒の猫人》の後ろ足が置かれている地面の土が(めく)れて盛り上がる。

 

 

《メディナ先輩……今、元に戻してあげますから!》

 

 

 茜色の鷲獅鎧(じゅしがい)の中から声を響かせた直後、グラジオは右足で膝蹴りを繰り出した。踏ん張る事に夢中になっていたせいで咄嗟(とっさ)に対応できず、《赤黒の猫人》は横腹にそれを(もろ)に受けた。《赤黒の猫人》は初めて悲鳴を上げ、大きく体勢を崩した。

 

 《ステイシアの窓》を開いて確認したところ、メディナを(むしば)む《赤黒の猫人》の天命が明確に減少したのがわかった。この減り方は《EGO》による攻撃でなければ起きようのない事だ。

 

 やはりグラジオを包んでいる茜色の鷲獅鎧は、彼の《EGO》であり――それを纏う彼は今、《赤黒の猫人》の天敵となっているのだ。《EGO化身態》は《EGO》による攻撃を一番の弱点としていて、《EGO》を全身に纒った存在ほど怖いものはないのだから。

 

 《赤黒の猫人》の元となったメディナは、《冒険者達》や、彼女を()めた元凶であるハァシリアンに《救世主様》と呼ばれていた。そんなかつての救世主であり、今は怪物と化してしまったメディナを救う、二人目の救世主――それこそがグラジオだった。

 

 その二人目の救世主を目にして、憎悪を滾らせた《赤黒の猫人》は巨剣を構えた。刀身に禍々しい赤黒い光が(つの)り、魔剣のような容姿となる。ソードスキルを放つつもりでいるのだろう。それも奥義クラスの強いものを、だ。

 

 キリトは《赤黒の猫人》からグラジオに目を向け直して、思わず驚いた。茜色の篭手に覆われたグラジオの右手に、どこからともなく橙色の光が集まったかと思うと、一瞬にして一つのシルエットを作り出し、弾けた。

 

 中から現れたのは、《赤黒の猫人》の持っているそれを超えるサイズの巨大な剣――グラジオの使用武器である両手剣だった。

 

 しかしその姿は先程までグラジオが持っていたような簡素なものではなく、ところどころに豪勢な黄金の装飾が施された、所謂(いわゆる)聖剣のようなそれだった。その大きな刀身から柄まで、しっかり茜色に染められているので、あの鷲獅鎧とセットになっているものなのだろう。

 

 てっきり鎧だけかと思いきや、剣までついてくるとは。本当に《EGO》というものは千差万別、十人十色だ。どういう形態で、どういう性能を持っているか、具現化するまでわからない。

 

 自分達のように何らかの武器として出てくる事もあれば、グラジオのように武器と鎧のセットで出てくる事もある。どんな形になろうとも何も不思議な事はないのだ。

 

 ……もしかしたら自分達の《EGO》も武器だけではなく、実はグラジオと同様に鎧や服も存在しているのではないだろうか。呼び出し方がわからないでいて、百パーセントの力を引き出せていないのではないか。グラジオの《EGO》を見ていると、なんだかそんな気がしてきてしまった。

 

 キリトにそんな気を起こさせたグラジオに向けて、《赤黒の猫人》は赤黒い光を纏う巨大魔剣で斬り掛かった。最初の左上から右下へ振り下ろしたのを皮切りにして連続する斬撃をグラジオに叩き込む。

 

 連続攻撃刀ソードスキル《幻月》。

 

 刀のソードスキルの中でも一際強力なそれを受ける直前で、グラジオは両手剣を盾のように構えた防御態勢に入った。

 

 

《やあッ!!》

 

 

 《赤黒の猫人》の巨剣の刀身がグラジオの両手剣に吸い込まれるようにぶつかり、凄まじい火花が散って一瞬世界が白くフラッシュし、鋭い金属音が空間中に響き渡る。

 

 《幻月》には対象の防御を貫通するという特殊効果が存在しているのだが、果たしてグラジオは完全に受け止め切れているようだった。このアンダーワールドにおいては、これまでのゲームで存在していたようなソードスキルの特殊効果は適応されていないのだろうか。

 

 もしくはグラジオの《EGO》自体がその特殊効果に打ち勝ち、弾いているか。いずれにしても、これについてはカーディナルやクィネラに解析してもらわないと答えは出そうにないだろう。

 

 そんな事を考えているうちに、《赤黒の猫人》はソードスキルを放ち終えた。一発でグラジオの防御を破れなかった事を察したのか、更にソードスキルを放とうとしている。だが、その中で防御に徹しているグラジオではなかった。

 

 《赤黒の猫人》が放ってくるソードスキルを防ぐための姿勢をやめ、両手剣を構え直した。そこからすぐさま、水平斬りを放つ直前の態勢を作る。茜色の両手剣に光が集まり、《赤黒の猫人》が持つ巨剣と似たような状態となった。

 

 それに気が付いたかどうかは定かではないが、《赤黒の猫人》が次のソードスキルを放とうとしたが――先に動いたのはグラジオの方だった。

 

 

《せぇやあああああッ!!》

 

 

 勢いを乗せて回転斬りを繰り出して《赤黒の猫人》の身体を一度水平に斬り裂き、更にもう一回転して強烈な薙ぎ払い斬りをお見舞いして見せた。

 

 範囲攻撃両手剣ソードスキル《ブラスト》。

 

 両手剣のソードスキルの中でも初歩的なものであるが、しかし同時に他のそれよりも汎用性に優れ、繰り出しやすいもの。そのうえ範囲攻撃なので、多数の敵を相手取っている時には群がるそいつらを一網打尽にする事もできる、単体にも多数にも使える便利技だ。

 

 クィネラがソードスキルの取得方法とその使い方を対策本部に流布し、広め始めた頃、数日も経たないうちに両手剣使いであるソルティリーナが「全ての両手剣ソードスキルの取得に成功した」と報告してきて、周りを仰天させると同時に納得させた。

 

 流石はソルティリーナ・セルルト、《歩く戦術総覧》の異名は間違っていなかったのだと。

 

 その際、メディナの《傍付き練士》であるグラジオもソードスキルの習得に一生懸命打ち込んでいたと、ソルティリーナは言っていた。「あんなに熱心な後輩が居てくれるとは」と誇らしげに話す彼女の嬉しそうな顔が、一か月以上経った今も脳裏に残っている。

 

 ソルティリーナも認めるくらいに熱心に取り組んだ鍛錬の成果が、今になってグラジオの力になっているのは間違いなかった。

 

 グラジオの放ったソードスキルをその身に受けた《赤黒の猫人》は後方に大きく吹っ飛ばされ、地面に激突した。しかし、数回転がった後に身体をぐるんと一回転させて四足歩行形態になり、体勢を立て直す。

 

 流石は柔軟かつ俊敏な猫を身体の主要素にしているだけある身のこなしだ。頑丈で重そうな黒い装甲に身を包みつつも、それを感じさせない身動きを披露できるとは、やはり《赤黒の猫人》はこれまで相手にしてきた中で最も強い《EGO化身態》と言えるだろう。

 

 グラジオが《EGO》を発現させなかったならば、本当に対策本部と整合騎士団の総力戦となり、大きな損害を出していた事だろう。

 

 そしてそれだけ対策本部と央都を消耗させたメディナに、あの腐敗した根性の貴族達が黙っているわけがない。これまで以上に苛烈且つ陰湿な嫌がらせや迫害をした事だろう。

 

 グラジオはこれから起こるかもしれなかった悲劇の数々を、退けてくれたのかもしれなかった。それくらいにまで、今のグラジオの存在は大きく感じられた。

 

 《EGO化身態》となったライオスと戦った時からずっと、メディナの後に付いて行っている程度にしか思えていなかったグラジオが、ここまでの成長を遂げるだなんて。ソルティリーナの気持ちがわかるような気がした。彼はとても誇らしく思える後輩だ。

 

 そのグラジオを《傍付き練士》に選んだメディナである《赤黒の猫人》は、四足歩行形態のままグラジオに走り出した。口に(くわ)えた巨剣で、ソードスキルではない斬撃を放つつもりでいるのだろう。

 

 キリトの読みは当たり、《赤黒の猫人》はグラジオに接敵する直前でジャンプして身体を(ひね)り、巨剣で縦方向に切り裂こうとした。

 

 グラジオは軽い足取りで横方向へステップし、空振りで終わらせる。直前までグラジオのいた空間を縦一閃が襲い、地面に綺麗な裂け目が出来上がった。

 

 先程、あの剣の衝突をグラジオは確かに受けていたはずだが、その際彼はびくともしていなかった。それだけグラジオの纏う鷲獅鎧が頑丈であるという証拠だが、あまりにも頑丈すぎる気がする。

 

 ……そう言えば、これまで相手取ってきた《EGO化身態》からの攻撃を受け止める際、《夜空の剣》では衝撃を受け止め切れずに弾き飛ばされたりしたものだが、《EGO》ならば地面にクレーターができるほどの威力を受け止めても大してダメージを受けずに済んだ事が多々あった。

 

 もしかしたら《EGO》は《EGO化身態》に効果的なダメージを与えられると同時に、《EGO化身態》からの攻撃を最も良く防げるものなのではないだろうか。そうだとすれば、《赤黒の猫人》の攻撃を受けても、あまりダメージを負っている気配のないグラジオにも説明が付く。

 

 やはりグラジオは今、《赤黒の猫人》にとって天敵となっている。いや、よくよく考えれば《EGO》を持っている自分達もまたそうだ。彼のように全身を包めているわけではないが、《EGO化身態》に効果的な一撃を何度もお見舞いできる武器は持っている。

 

 そして《赤黒の猫人》の注意は完全にグラジオに向けられたまま動かなくなっている。グラジオは敵視(ヘイト)を集めるタンクとなってくれているわけだ。グラジオに意識を向けているために、《赤黒の猫人》は自分達の存在をほぼ忘れているに等しい。

 

 ふと身体に意識を向け直す。シリカに加わってユピテルが治療神聖術を使ってくれたおかげで、傷はほとんど治った。今ならば《赤黒の猫人》ともう一度戦う事が可能だ。

 

 この場にいる《EGO》使いはキリト、アスナ、リーファ、リズベット、グラジオの五人。このうちグラジオが《赤黒の猫人》の注意を引いてくれているのが現状だ。

 

 彼が《赤黒の猫人》を引き付けてくれている隙を突いて、後方からありったけの攻撃を叩き込む。

 

 《赤黒の猫人》はグラジオのソードスキルを喰らって、かなり天命を損耗させていた。そこに自分達の《EGO》による総攻撃を仕掛ければ、《赤黒の猫人》をメディナへ戻せるかもしれない。

 

 いや、増援が期待できない今となっては、それに賭けるしかない。《赤黒の猫人》を完全に打ち倒すつもりで攻撃して、天命を削り切って倒す。

 

 《赤黒の猫人》ではなく、メディナ・オルティナノスという一人の少女に戻らせる。それ以外何も考えない。

 

 キリトは深呼吸をした後に立ち上がった。シリカとユピテルのおかげで痛みはもうない。

 

 

「アスナ、リーファ、リズ! 四人でメディナに仕掛けるぞ! 《EGO》の攻撃で、メディナの天命を削りきるんだ!」

 

 

 紆余曲折(うよきょくせつ)を経て《EGO》使いとなった三人に声をかけたところ、三人ともほぼ同時に(うなづ)いてくれた。確認したキリトは《赤黒の猫人》へ走り出す。

 

 丁度その時、《赤黒の猫人》はグラジオに回転斬りや水平斬り、飛び掛かりと言った連続攻撃を仕掛けており、キリト達には気付いていないようだった。

 

 今ならば行ける――地面を蹴ってキリトは《赤黒の猫人》との距離を詰めていく。《赤黒の猫人》との距離が二十メートル付近になった時、それはその場で踏ん張り、一際強力な回転斬りを繰り出したが、グラジオは力強いバックステップで回避する。

 

 鳥はあまり足腰が強いイメージがないが、ヒクイドリなどは人に致命傷を与える程の威力を誇る一撃を脚から繰り出す事ができるという。グラジオの鷲獅鎧はそういった鷲以外の鳥の能力も持ち合わせているのかもしれない。

 

 そんな単純な攻撃も必殺技級の威力になりそうな脚力で地面を割りながら蹴り、グラジオは振り被った両手剣を《赤黒の猫人》へ垂直に振り下ろした。赤い光を纏った切っ先は(くう)を裂き、回転攻撃を終えて隙だらけになった《赤黒の猫人》の背中付近に直撃する。

 

 重攻撃両手剣ソードスキル《アバランシュ》。

 

 その炸裂を受けた《赤黒の猫人》は一瞬のうちに地面に打ち付けられ、同時に《赤黒の猫人》を中心にした大きなクレーターが轟音と共に出来上がる。

 

 そしてグラジオのその一撃によって、《赤黒の猫人》の身体を守る黒色の装甲のほとんどが砕け落ち、赤く発光する筋肉が剥き出しになった。

 

 

「そこッ……!」

 

 

 キリトが《赤黒の猫人》に接敵する直前で、少女の声が響き――《赤黒の猫人》の身体の一部に青く光る矢が勢いよく突き刺さった。咄嗟に振り返ってみたところ、シノンが青白い光で構成された大弓を構えて、矢を放った後の態勢をしていた。

 

 矢の効かないアドミニストレータを倒す際にも使っていた、光の弓矢を作り出して射貫く神聖術だ。空間リソースの関係で連発できないそうだが、普通の弓矢よりもずっと高い威力を持っているそれを放ったシノンは、キリトに目でサインをした。

 

 矢が刺さっているところを狙って――。

 

 受け取ったキリトは《赤黒の猫人》に接敵するなり、彼女の放った矢をロックオンした。

 

 曝け出されているうえに、シノンの放った矢が刺さる事で非常に視認しやすくなっているその弱点に向かってソードスキルを繰り出す。

 

 

「はああッ!!」

 

 

 思い切り地を蹴って身体をドリルのように螺旋回転させながら前方へ飛び込み、突き出した二本の剣で《赤黒の猫人》の剥き出しの筋肉部位を抉る。

 

 突進攻撃二刀流ソードスキル《モーメント・バイト》。

 

 リズベットの《EGO》で作られた《リメインズ・ハート》と自分の《EGO》によるごく短時間での連続攻撃を受けた《赤黒の猫人》は大きな悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

 

 

「やあああああああッ!!」

 

 

 続けて《赤黒の猫人》に接敵したアスナが、キリトとは別方向からソードスキルを仕掛ける。息子であるユピテルを守るためならば、どんな者であろうと討ち倒すという誓いから生じた細剣《ラディアント・ライト》に鋭く清らかな光を宿らせ、《赤黒の猫人》に神速の突きを叩き込む。

 

 連続攻撃細剣ソードスキル《カドラプル・ペイン》。

 

 彼女が得意としているソードスキルの直撃を喰らった《赤黒の猫人》は、あちこちからどす黒い血を噴出させる。まるでメディナを(むしば)む闇となった《進想力》が抜けていっているようにも感じられる光景だった。

 

 だが、そこで皆の勢いは止まらなかった。今度はアスナと《スイッチ》して、リーファとリズベットが《赤黒の猫人》の元へ躍り出た。

 

 自分自身の利己心を昇華させた長剣《ヴァーデュラス・アニマ》をリーファが、片手棍《アーデント・ハート》をリズベットが持ち、それぞれのソードスキルを《赤黒の猫人》の弱点部位へと放つ。

 

 

「はああああああああああッ!!」

 

「止まれメディナあああああッ!!」

 

 

 リーファは回転斬りを(ともな)う四連水平斬りで《赤黒の猫人》を()で斬りにし、リズベットは振り上げた片手棍に電気を伴う青い光を募らせ、身体が浮き上がるほどの勢いで思い切り振り下ろして叩き付け、爆発を起こさせた。

 

 四連続攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。

 

 超重攻撃片手棍ソードスキル《ミョルニルハンマー》。

 

 二人の《EGO》による渾身のソードスキルを受けた《赤黒の猫人》は大きな悲鳴を上げ、ついにその場に倒れ込んだ。四人の連撃で一気に天命を削り取る事に成功したのが目に見えた。

 

 だが、まだ倒しきるには至っていない。

 

 

「エンハンス・アーマメント!!」

 

「フロストコア・エンハンス・アーマメント!!」

 

 

 その時、背後から声が轟き、《赤黒の猫人》を無数の黄金の花吹雪と、刃のような氷を大量に含んだ猛吹雪が襲った。振り返ってみたところ、アリスとユージオが剣を前方に突き出した姿勢をしていた。

 

 合計七人による一斉攻撃を受けた《赤黒の猫人》は倒れ伏し、息も絶え絶えになっていた。だが、まだメディナを開放しない。ほんの少しだけ残っている天命でメディナを離さないでいるといったところだろう。

 

 

「グラジオ!!」

 

 

 キリトは巨躯を手にした《EGO》使いに呼びかけた。鷲獅鎧に身を包んだ後輩グラジオは、

 

 

《わかりましたッ!》

 

 

 と力強く答えて、両手剣を構えた。

 

 鎧と同じ茜色の剣に(まばゆ)い光が募り、最早茜色の光のシルエットと変わりがなくなる。次の瞬間、グラジオは背中から生える鋼鉄の翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。

 

 (あわ)せてキリトは皆と共に《赤黒の猫人》から距離を取る。

 

 

《メディナ先輩――――――ッ!!》

 

 

 グラジオは咆吼しながら急降下し、天から地へ向かう勢いを全て両手剣に乗せ、《赤黒の猫人》に刀身を叩き付けた。轟音と共に地面が大きく(めく)れ上がり、茜色の光の大爆発が巻き起こった。

 

 超重攻撃両手剣ソードスキル《メテオ・フォール》。

 

 最後の一撃を叩き込まれた《赤黒の猫人》は、もう悲鳴さえ上げなかった。

 

 ただでさえ割れていた地面が更に強くかち割られて濃密な土煙が舞い上がり、爆風が吹き荒れてきた。咄嗟に目を腕で覆い、吹き飛ばされてしまわないように踏み止まる。

 

 風が止んだタイミングで目を向けなおしたところで、キリトは思わず安堵(あんど)した。前方の地面に出来たクレーターの真ん中で、一人の少年が薄着で腰を下ろしていた。

 

 その胸元に、少年がそれまで着ていた上着に身体を軽く包まれ、目を閉じた少女が抱えられていた。燃えるような赤い髪に、凛とした顔つき。

 

 《赤黒の猫人》となっていたメディナ・オルティナノスだった。遠目から見ても、その身体のどこにも《EGO化身態》の特徴は確認できなくなっていた。

 

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