キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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15:照らされた道

 

 

 

 

          □□□

 

 

 ――メディナ先輩!

 

 ――メディナ!

 

 

 多くの呼び声が、メディナに目を開ける力を与えた。ゆっくりと(まぶた)を開いたが、(まぶ)しさはなかった。暖かな光を届けてくる太陽(ソルス)ではなく、多くの者達の顔がそこにあったからだ。

 

 

「メディナ先輩……!」

 

 

 その中で目に付いたのは、赤茶色の短髪と飴色の瞳をした少年。メディナの傍付き練士であるグラジオ・ロレンディアだった。深い安堵(あんど)の表情を浮かべている。

 

 

「……グラジオ……?」

 

「はい……おれの事、わかるんですね……」

 

 

 メディナは(うなづ)き、上半身を起こした。その時自分は一枚の大きな青い布が巻かれているだけの服装だという事に気が付いた。これは確か、整合騎士アリス様のマントだっただろうか。

 

 特に確認する気も起こさず、メディナは自身の右腕を見た。つい先程は黒い装甲に包み込まれた異形になっていたが、今のそれは元の姿を取り戻していた。

 

 指を動かそうとすれば普通に動き、肘を曲げるとやはりいつも通りに動いてくれる。更に首を動かして肩の辺りまで確認したところ、いつも通りのそれがそこにあった。

 

 やはり、元に戻っている。身体が《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になりかけていた時の、正体不明であるものの不気味さのない強い力が(たぎ)ってくるような感覚も消失していた。

 

 

「私は……元に戻ったのか……」

 

「あぁ。グラジオのおかげだぜ」

 

 

 そう言ったのはキリトだった。彼も随分と疲れた様子を見せている。《EGO化身態》になりかけた自分と死闘を繰り広げたのだから当然だが、その時よりももっと疲れるような事態に出くわしたようだった。

 

 それが何なのか、メディナには既に見当が付いていた。自分は《EGO化身態》になったのだ。そしてここに集まる者達の手によって鎮圧されて、今こうしているのだろう。

 

 

「私は《EGO化身態》になったんだろう」

 

「えぇ。それはもうすごいのになってたわよ」

 

 

 答えたのはシノンだった。隣にいるアスナとリーファ、リズベットも肯定しているような顔をしている。直後、マントを貸し出してくれているアリス様が声をかけてきた。

 

 

「メディナ殿……貴女は……」

 

「全部、壊されたんだ」

 

 

 皆が「え?」と言って不思議がる。誰に聞かれているのでもないのに、メディナは独白しているように言った。

 

 

「《冒険者達》も、友達だったクラリッサも、みんな殺された。ハァシリアンにな。あいつは私の覚悟の程を見たいだとか言って、私の目の前で《冒険者達》を惨殺した。私を動けなくさせたうえで、これ以上ないくらいに酷いやり方で殺してみせたよ。

 恐ろしくてたまらなかった。ようやく手に入れられたものを、また取り上げられて、手元から奪われていったんだ。お前達を裏切ってまで手に入れたものが、全部壊されていった……もう奪われる事はごめんだったっていうのに……唯一できた友達も殺されて……その後にもう一度《欠陥品》って罵られた時、頭の中でそれが爆発的に増えて止まらなくなって……そこで私の《声》が《欠陥品》だと罵ってきた瞬間、絶望だとか怒りだとか悲しさだとかが私の中いっぱいに広がって……そこからは記憶がない」

 

 

 ありのままを全て伝えたところ、皆は「あぁ……」と言った。何が起きたのか把握できているらしい。

 

 返答するように言ってきたのは初老の女性の《声》――リランだった。

 

 

《やはりお前も《進想力》に当てられたのだな》

 

 

 クィネラ様とカーディナル様から聞いた事がある。

 

 確か空間神聖力、空間暗黒力と共にこの世界に存在しているものであり、強い利己心を抱いた者に共鳴してそこへ流れ込み、その利己心を物理的な力へ変えるものだ。

 

 だが、大抵はその者を自分のように《EGO化身態》へと変えてしまうという。

 

 

「……そういう事なのだろうな。キリトを殺そうとした時の私は、利己心の塊のようになっていた。オルティナノス家の汚名を雪ぐためならば何でもしよう、人々を利用して使い捨てるような事でも喜んでやろう。最高司祭様に認められて、汚名を返上して、私達を罵倒してきた貴族の連中を見返してやろう、報復してやろうって――それ以外に何も考えなくなっていた」

 

 

 メディナは下を向いた。そこには地面しかないが、殺されていった《冒険者達》の顔と姿がぼんやりと映っていた。

 

 

「私には《冒険者達》がいるから大丈夫だとも思っていたが……その(じつ)私は彼らを友人のようには思っていなかったんだ。その証拠に、彼らに酷い事をするよう命令を下し、本当にやらせていたのだからな。私の命令を聞いてくれる、どこまでも都合の良い道具だと……そう思っていたんだよ。だから、こうなったんだ。全部奪い尽くされて、何もかもを失った。信じてくれていたお前達も裏切った結果が、これなんだよ……」

 

 

 利己心のまま突っ走り、周りの者達を信用せずに、信じてくれていた者達を裏切り、殺そうとした。その末路がこの有様――そう思った時に、ふと思い浮かんだものがあった。

 

 それは、自分をグラジオが止めてくれたという話だった。彼の顔が脳裏に浮かびあがり、答え合わせするようにメディナは彼の元へ顔を向ける。

 

 

「……グラジオ。お前が私を止めてくれたという話は本当か」

 

 

 グラジオは躊躇(ためら)うような表情をしてから答えた。

 

 

「はい。おれもメディナ先輩を止めたい一心で戦ってたんですが……おれはメディナ先輩より強いわけじゃないですから、あっという間にやられちゃって……それで死にかけてた時に、メディナ先輩みたいに《声》が聞こえてきて、答えたら急に力が湧いてきて……」

 

 

 それは《EGO》だろう。自分は《EGO》を発現させられず、利己心と《進想力》に呑み込まれるまま《EGO化身態》になってしまったが、グラジオは呑み込まれず、《EGO》を取得するに至る事ができた。

 

 ……置いて行かれた。キリトにも、キリトの仲間達にも、そしてグラジオにも。

 

 

「その力で私を鎮圧してくれた……という事か」

 

 

 答えたのはグラジオではなく、ユージオだった。少し興奮気味になっている気がする。

 

 

「うん。グラジオの《EGO》はすごかったよ。冬追(フユオイ)やリランみたいな身体で、それでおいて全身に鎧を(まと)っていて、両手剣もあって、空も飛べてたね!」

 

 

 思わず愕然(がくぜん)としそうになった。リラン達のような姿をしていて、鎧で全身を包み、翼で空を飛ぶ事もできる。そんな《EGO》は前代未聞だ。

 

 キリト達でさえ武器のみだというのに、グラジオは武器だけじゃなく鎧もあり、更に特殊能力がある。

 

 こんなもの、逸材と言う以外に何と言えるというのだろう。そんな存在を、自分如きが傍付き練士にしていただなんて。

 

 

「そう、か……」

 

 

 肩を落としたメディナを心配したのか、その逸材のグラジオが声をかけてくる。

 

 

「メディナ先輩?」

 

「――ごめんな、グラジオ」

 

「えっ?」

 

 

 きょとんとするグラジオの声がした。メディナは胸の内を吐き出すように続けた。

 

 

「私がお前を《傍付き練士》に選んだばかりに、お前まで貴族達に《欠陥品》の付属品なんて呼ばれるようになってしまって……お前は私よりもずっと優秀で、優れた《EGO》を得るほどの力があったというのに……お前に散々屈辱的な思いをさせてきてしまって……それに加えて、先輩である私はここまでの愚者で、西帝国に来てからは、止めてくれるお前の言葉を聞き入れないどころか、お前に大怪我を負わせたりもして、挙句の果てに《EGO化身態》になってお前を襲った。本当に幻滅しただろう……」

 

 

 涙が出てきそうだった。だが、泣いたところで何も変わらない。自分がグラジオにした仕打ちは到底許されるようなものではなく、それをやった事実は変えようがないのだから。

 

 

「……えぇ。本当にこれ以上ないくらいに幻滅しましたよ」

 

 

 グラジオからの返答にメディナは顔を下げ、何も言い返そうとはしなかった。

 

 彼の言う通りだ。自分は幻滅され、見放されて仕方がない事を――。

 

 

「メディナ先輩をいつまでも侮辱して、罵倒して、迫害した貴族連中と、メディナ先輩を利用したハァシリアンと偽者の最高司祭に」

 

 

 メディナは思わず目を見開き、顔を上げた。そこにいたグラジオの表情は険しいものとなっていた。

 

 

「今回ではっきりしました。悪いのは全部あいつらです。ハァシリアンが言っていた真実の最高司祭アドミニストレータ……そいつこそが極悪人で、メディナ先輩はそいつに嵌められてたんです。いいえ、きっとオルティナノス家の人達全員が嵌められてたんですよ。

 きっと、どんな逆境に立たされようとも誇りを失わないオルティナノス家の人達が目障りだったから、アドミニストレータは《欠陥品》なんて言い渡したんです。アドミニストレータは最高司祭クィネラ様の身体を乗っ取って、好き放題やっているような奴だったってアリス様が言ってました。絶対、身勝手な理由でオルティナノス家を《欠陥品》って言い渡したに違いありません」

 

「お前、何を言ってるんだ。悪いのは私だぞ。《冒険者達》を良いように利用して、人々を傷付けるような事を平然とやらせて、挙句全滅させた。全部私のやった事だ。私は身勝手の限りを尽くして、お前も散々傷付けて……」

 

 

 メディナがどんなに言い聞かせようとしても、グラジオは首を横に振った。

 

 

「いいえ。メディナ先輩は何も悪くないって、おれは思います。だからおれ、メディナ先輩には全然幻滅なんてしてません」

 

「なんでだよ……なんで私を責めないんだ、お前は……」

 

 

 これでは埒が明かない。そうとしか思えなかったメディナは、周りの者達に声をかけようとした。しかし、その時に背後から大きな声が響いてきた。

 

 

「キリトにいさま!」

 

 

 よく通っていく綺麗な声色に、メディナは背筋をびくりと言わせた。呼ばれたキリト共々振り返ってみたところ、黒煙の上がる央都の方から多数の人影が走ってくるのが見えた。

 

 色とりどりの髪の毛と、無駄なく整った形状の鎧を着た男達だ。整合騎士エルドリエ様、デュソルバート様にレンリ様で間違いない。

 

 その先頭に居るのが、紫がかった銀色の長髪をなびかせ、紫と白と金で構成された分厚い司祭服に身を包んだ女性。

 

 ここにいる者達に鎮圧されるに至るまで、偽者だと思っていた最高司祭クィネラ様だった。

 

 

「「クィネラ!」」

 

 

 キリトとリランの声が同時に重なった。なんて時に彼女は来たというのだろうか。……いや、(むし)ろ丁度いいかもしれない。真実を話せば、きっと自分の望む返答をしてくれるはずだ。

 

 そんな事を考えるメディナの近くにまで、クィネラ様はやってきた。

 

 

「皆様、ご無事のようで何よりです」

 

 

 安心したような顔のクィネラ様に、キリトが答える。礼儀があまり感じられない。

 

 

「そっちはどうだった」

 

 

 応じたのはデュソルバート様だった。

 

 

最高司祭(さいこうしさい)猊下(げいか)には頭が上がらぬ。央都に残っていた整合騎士の誰よりも早く現場に駆けつけて、襲撃してきた《EGO化身態》と戦ってくださっていた」

 

「私達が猊下をお守りして、央都の民を助けねばならなかったというのに、猊下本人に守られてしまったのだ。申し訳ないだとか、面目ないどころではない」

 

 

 エルドリエ様が続けていたが、表情はかなり曇っている。彼から引き継ぐようにして、レンリ様も言った。

 

 

「まさか最高司祭様が僕達よりも早く戦いに行くなんて思ってなかったよ。おかげで肝が冷えたっていうか……」

 

 

 整合騎士達もかなり戸惑っていたようだ。急に央都を《EGO化身態》が襲ったのだから、仕方がない。そしてその元凶は、自分に他ならない。

 

 

「最高司祭様……その《EGO化身態》ですが……」

 

「アリス様、私が伝えます」

 

 

 アリス様が言い辛そうに伝えようとしたそこで、メディナは遮った。メディナはゆっくりと立ち上がり、クィネラ様の前へと歩み寄った。

 

 その顔を見る事は叶わなかった。罪悪感と悲しさのあまり、首が折れてしまいそうなくらいに頭が重い。

 

 

「最高司祭クィネラ様……その……何が起きたのか、教えていただけないでしょうか……」

 

 

 消え入りそうな声で問いかけてみると、クィネラ様から返答はあった。

 

 

「……央都の西の区画の一角に《EGO化身態》が襲来しました。被害は比較的広範囲に及んでおり、多数の家屋が薙ぎ倒されたり、焼き壊されたりなどし、既に五十名を超える死亡者が出ています。亡くなりはしなかったものの、負傷した人の数も百名近くに及んでいます。死亡者、負傷者ともにそのほとんどが上級の貴族達です。彼らを襲った《EGO化身態》は、まるで初めから狙っていたかのように攻撃していました」

 

 

 思わず目を見開く。央都の近くであるここにいる事と央都の方から黒煙が上がっている事、整合騎士様達が駆け付けてきた事、そしてクィネラ様の証言によって、最も恐れていた事が起きてしまったとわかった。

 

 自分は《EGO化身態》になり、央都を襲った。そこに住まう人々の家や建物を壊し、火を放ち、人々を殺戮(さつりく)したのだ。

 

 なんて事をしてしまったというのだろう。その時の記憶がありさえすればと思ったが、《EGO化身態》になってからは一切記憶がない。

 

 だから恐ろしい。自分は無意識のうちに央都を襲い、人々を殺していたのだ。

 

 

「……その《EGO化身態》は、私です」

 

 

 クィネラ様が喉から小さな声を出した。衝撃を受けているらしい。間もなく次の言葉を伝えてくる。

 

 

「……やはり、そうだったのですね。あの《EGO化身態》には、メディナ様と共通する身体的特徴が見受けられていたものですから、まさかとは思っていたのですが……」

 

 

 メディナは地面に両膝を付き、土下座に近しい姿勢でクィネラ様に懇願(こんがん)する。麻痺しかかっていた喉は動いてくれた。

 

 

「最高司祭様……私を処刑してください! 私は、オルティナノスは貴女様が言っていたように、《欠陥品》だったのです。《欠陥品》だったから、《EGO化身態》になり、央都を破壊し、多くの人々を殺した。串刺しでも火炙(ひあぶ)りでも斬首でも、何でも受け入れます。だから、どうか私を、わ゛たしを゛……」

 

 

 それ以上は嗚咽(おえつ)になってしまって言えなかった。涙が止まらない。罪悪感と後悔が胸の内を満たし、無数の涙になって出てくる。泣いたところで許されるわけがないというのに、涙は一向に止まってくれなかった。

 

 そうしながらクィネラ様のお言葉を待っていた時だった。彼女はついに言葉をかけてきた。

 

 

「……メディナ様」

 

 

 そんな呼び方をされる資格などないのに、クィネラ様はそう呼んでいた。次の言葉が来る。それはきっと、私の処刑を決行する――だと思っていた。

 

 

「貴女様に、わたくしはお話ししなければならない事がございます。オルティナノス家に《欠陥品》という蔑称(べっしょう)を与えた最高司祭の事です」

 

「……え?」

 

 

 強くきょとんとしてしまい、涙が止まった。顔を上げてみたところ、クィネラ様の顔がそこにあったが、彼女はすぐにとある方向へ目を向けた。アリス様の居る方だった。

 

 

「アリス様。今ここに至るまでの間、わたくしと《あの人》の事を、どなたかメディナ様にお話しされましたか」

 

「はい。西帝国で交戦する前、メディナ殿を説得するため、私が話しました。詳細までは伝えきれていませんが……」

 

「……そうなのですね。承知いたしました」

 

 

 そう言ってクィネラ様は顔をもう一度こちらへ向けてきた。

 

 

「メディナ様。貴女様はきっと、ご自身がいくら頑張って武功を立てようとも、わたくしが《欠陥品》の蔑称を取り消さない事を認められなくて、結果としてハァシリアンという人の言葉に丸め込まれてしまい、《進想力》に呑まれてしまったのでしょう」

 

 

 メディナは頷いた。結局のところそうだという事を隠さずにいられなかった。

 

 

「……そうです。最高司祭様、何故なのですか。何故、私達オルティナノス家は《欠陥品》なのですか。何故、そのように呼ばれるようになってしまったというのですか。最高司祭様はどうして、私達をそう呼んだというのですか。私は何も知らないのです」

 

 

 メディナの問いかけを受けたクィネラ様は周囲を見回した。周りにいる者達を見ているらしい。

 

 

「……メディナ様にも、皆様にも、聞いていただきたいお話がございます。わたくしの出自と、公理教会の最高司祭についてのお話です」

 

「え?」

 

 

 メディナが小さく言ったのと、周りの者達――主に整合騎士様達――が言ったのはほぼ同時だった。クィネラ様は話し始める。

 

 

「実のところ、わたくしはこの世界で生まれ育った者ではありません。この世界で起こりうる数々の問題を解決し、この世界に暮らす皆様を、皆様の営みを守るために、わたくしはここではない世界から派遣されてきました」

 

「この世界ではない世界からやってきた……!?」

 

 

 驚くメディナにクィネラ様は素直に頷く。にわかには信じがたい事だ。彼女は続ける。

 

 

「はい。信じていただけないかもしれませんが、そうなのです。わたくしには様々な力が付与されており、それを持ってこの世界の人々を支え、守り、共に歩んでいこうと思っておりました。それがわたくしに課せられた使命であり、この世界に居る理由でした。

 しかし、当時の人界の方々と歩みを進め始めてすぐのある時、わたくしの身体に得体の知れない魂が突如として流れ込んできたのです。それはとても邪悪な心の持ち主で、瞬く間にわたくしの身体を乗っ取り、わたくしの意識を封印し……わたくしと成り代わりました」

 

 

 整合騎士様達の方から驚きと戸惑いの声が上がる。メディナは話に追いついていくので精一杯だが、彼らはその先を行っているため、クィネラ様の言っている事がわかるらしい。

 

 そのうちの一人であるエルドリエ様が尋ねる。

 

 

「それが《あの悪霊》だったのですか」

 

「はい。わたくしの身体を乗っ取った《あの人》は、わたくしに与えられていた力の全てをも乗っ取り、自分だけを特別な存在にして、この世界で唯一無二の絶対の存在へとなりました。

 そして、わたくしが守ろうとしていたこの世界の人々を支配するようになり、公理教会を、禁忌目録を作り、人々を見えない縄で縛りあげ、見えない糸で操るようになり……やがて、人界の完全な支配に成功した時、自らを最高司祭アドミニストレータと名乗るようになりました」

 

 

 アドミニストレータ。ハァシリアンの手引きで遭遇し、真実の最高司祭と聞かされていた女性だ。

 

 セントラル・カセドラルの最上階で眠っている彼女は、キリトによって殺害され、偽りの最高司祭であるクィネラ様に成り代わられた。クィネラ様はこの人界を自分の良いように作り変えようとしている極悪人であると。ハァシリアンはそう言っていた。

 

 この話をした時、アリス様はアドミニストレータこそが偽りの最高司祭であり、アドミニストレータは真実の最高司祭であるクィネラ様に取り憑く悪霊であると言い返してきていた。

 

 あの時、そんな話はまやかしだ、作り話だと思っていたが――クィネラ様もまた同じ話を言っているうえ、嘘を吐いているようには全く見えなかった。

 

 

「しかし、何故《あの悪霊》は狙ったように猊下に取り憑いたというのだ? まるで猊下が神のそれに近しい力を持っている存在である事を最初から知っていたかのようではないか」

 

 

 デュソルバート様の問いかけに答えたのはクィネラ様ではなく、リランだった。

 

 

《クィネラをこの世界へ派遣してきた者の中に、クィネラに歪んだ愛情を向けて付け狙っている男が居た。どうやらそいつが邪悪な人間性を持った魂をクィネラへ注ぎ込んだようだ》

 

「そ、そんな奴に目を付けられていたんですか」

 

 

 レンリ様の言葉にクィネラ様は再度頷く。

 

 

「その後、《あの人》はわたくしの力の全てを悪用し、自身の天命が自然経過で無くならないようにしたりするなどの処置を施し、無限の時を生きれるようにしました。そうして《あの人》は三五〇年もの間、人界の頂点として君臨し続けたのです」

 

 

 アドミニストレータはクィネラ様に成り代わり、最高司祭として人界を支配し続け、それは三五〇年も続いた。つまり、オルティナノス家に《欠陥品》と言い渡した時の最高司祭様は――。

 

 

「では……私達オルティナノス家を《欠陥品》と言って追放した最高司祭様というのは……」

 

「はい。わたくしではなく、《あの人》です」

 

 

 クィネラ様の表情に強い曇りが出る。

 

 

「そして……わたくしは当時、《あの人》によって完全に意識を封印されていたため、どうしてオルティナノス家に《欠陥品》などという酷い蔑称を与えられる事になったのか、把握できていないのです」

 

 

 メディナは目を見開いた。足元ががらがらと崩れていくような錯覚に陥る。

 

 これまで、《欠陥品》という汚名を雪ぐ事を使命に武功を立てようとしてきたというのに、当時オルティナノス家を《欠陥品》と罵って央都から追放した最高司祭は偽者で、本物もその時の事を知らないと言っている。

 

 では、私のやってきた事とはなんだったというのだ。

 

 何が何でも武功を立てようとして、こうして外道と言われても仕方がないような事までやって、信じてくれていた皆を裏切ったというのに。

 

 唯一の理解者達だと思っていた冒険者達のほぼ全てを失ったというのに――心を見えない手で掴まれ、そのまま握り潰されそうだった。

 

 

「そ……んな……では……私はどうすれば……いいのですか……どうすれば、私は……オルティナノス家の汚名を……」

 

「メディナ先輩」

 

 

 言いかけたそこで声をかけてきたのは、グラジオだった。最早(もはや)合わせる顔などないというのに、グラジオは構わずにメディナと目を合わせてきていた。

 

 

「メディナ先輩のやりたい事って、本当にそうなんですか。オルティナノス家の汚名を雪ぐ事だけが、メディナ先輩の望みなんですか。それしかないんですか」

 

 

 メディナは「え?」と言った。それこそが自分に課せられた使命であると何度も言ってきている事なのに、どうして今更聞いてくるのだろうか。

 

 グラジオは続ける。

 

 

「おれ、メディナ先輩がそう言ってたから、それの手伝いをしてましたけど……たまに、メディナ先輩が望んでる事は他にあるんじゃないかって気がしてたんです。だってメディナ先輩、オルティナノス家の汚名を雪ぐって言ってる時、あまり楽しそうにしてなかったから……だから、本当は別にやりたい事があるんじゃないかって思ってたんです。メディナ先輩、そうなんじゃないですか」

 

 

 そう問いかけられたその時だった。不意に亡き父上の声が頭の中で蘇ってきた。

 

 

「望むように生きなさい、メディナ。わたしは家の事なんて、どうだっていいんだ。お前が望むように生きてさえくれれば、それでいいんだよ」

 

 

 父上は迷うメディナに向けて、優しくそう言っていた。

 

 ようやく思い出した。家の事なんて気にするな、望むように生きろ――それが生前の父上の願いだった。父上は「何としてでもオルティナノス家の汚名を雪ぎ、元の地位を取り戻せ」とは言っていなかった。

 

 自分が武功を立てて最高司祭様に認められ、オルティナノス家の汚名を雪ごうとしていたのは――その先を、メディナは話した。

 

 

「……グラジオ。お前にも散々言ってきた私の使命だが……確かにそれは私の本当の望みじゃない。私がオルティナノス家の汚名を雪ぐためと言って武功を立てようとしていたのは、私達を《欠陥品》と罵ってくる貴族の連中に復讐したかったからだ。父上を殺したあいつらよりも高みに昇り、上から踏みつけてやる事で、父上の仇を取りたかったからなんだ」

 

 

 皆から一斉に驚きの声が上がった。どうやら父上の話で驚いているらしい。そう言えば、この事を話すのは初めてだった。

 

 

「メディナ様、貴女様のお父上様が貴族の方々に殺されたとは、本当なのですか」

 

 

 クィネラ様もかなり驚いているようだった。殺人を犯す事は許されないと決め、その教えを広めているのが彼女なのだから、当然の反応だった。

 

 メディナは仔細を話す。連中がどのように禁忌目録を掻い潜って、父上がどのようにして殺されたのかを。話が終わると、クィネラ様はとても悲しそうな顔をした。

 

 

「そうだったのですね……意図的に事故を起こさせる事で、間接的に対象を殺害する……確かにそのやり方ならば、禁忌目録に瀬戸際で触れずに済みます」

 

「なんと非道な事を。どうして連中はそう悪しき事にばかり頭が回るのだ」

 

 

 エルドリエ様が強い怒りの表情で言う。他の整合騎士様達も、キリト達も同じ様子だった。父上を殺害した者達を憎み、メディナを憐れんでくれている。

 

 だが、自分はもう奴らを憎む事も、憐れんでくれている者達に礼を言う事もできない。《EGO化身態》になるというやり方で、央都にいる貴族達を、何の関係もない一般人を虐殺してしまったのだから。

 

 

「最高司祭様。私は父上を殺した連中と同じ事をしました。《EGO化身態》になって暴走する事で禁忌目録を掻い潜り、罪なき人々を殺しました。そればかりか、偽者の最高司祭を(よみがえ)らせようとしました。もう私には本当の望みを言う資格などありません。早く私を処刑してください」

 

 

 メディナはそう言って顔を下げた。

 

 全てを受け入れよう。当然の報いだ。

 

 ここにいる皆を裏切り、冒険者達を死なせ、央都に住まう人々を殺害し、多大な損害を出させた罪を、死を持って償おう。

 

 私にできる事は、それだけだ――。

 

 

「メディナ・オルティナノス様」

 

 

 クィネラ様の声が耳元に届いてくる。いよいよ、処刑が決まる。何が来ても受け入れよう。

 

 

「……《EGO化身態》となって暴走し、周辺に被害を出した場合は、罪には問われません。それにメディナ様のお父上様が殺害されたのも、オルティナノス家が《欠陥品》と呼ばれて迫害されているのも、元はと言えば悪しき心を持った貴族達を最高司祭が正そうとせずに野放しにしていたためであり、《あの人》に抗えなかったわたくしの責任です。貴女様をここまで追い詰めてしまったのも、わたくしです。ですから、わたくしも、キリトにいさま達も、整合騎士の皆様も、貴女様を悪いとは思っておりませんし、貴女様を処刑しようとも思っておりません。

 ですが、そう申し上げても貴女様は受け入れてはくれないでしょう。なので、ここで貴女様に裁きを下させていただきます」

 

 

 クィネラ様は一呼吸置いて、放つように言った。

 

 

「メディナ・オルティナノス様。わたくし達と共にハァシリアンなる者を討ち、アドミニストレータの復活を阻止してください。もしアドミニストレータが蘇った場合はそれも討ち滅ぼし、人界に平穏をもたらすために共に全力を尽くす事を命じます。

 それが成功した暁には、貴女様の家であるオルティナノス家が《欠陥品》というのは誤りであると正式に人界に広め、尚且つ、貴女様を新たなる整合騎士としてお迎えいたしましょう」

 

 

 メディナは思わずくっと顔を上げた。

 

 確かにクィネラ様のお言葉が耳元に届けられてきたが、その内容は信じがたいものだった。

 

 処刑しないどころか、オルティナノス家の《欠陥品》という汚名を取り消し、整合騎士に迎え入れてくれるだって?

 

 

「本当、なのですか……最高司祭様……!?」

 

 

 そこで答えてきたのはキリトだった。メディナのすぐ隣にまで来て、膝を下ろす。

 

 

「メディナ。君は自分を責めてるみたいだけど、オルティナノス家が《欠陥品》呼ばわりされてるのも、ハァシリアンが冒険者達を殺したのも、結果的に君が《EGO化身態》になったのも、貴族達が腐敗して好き放題しているのも、元を辿れば全部アドミニストレータのせいだ。君から何もかもを奪ったのは、アドミニストレータなんだよ」

 

「キリト……では、なんだ。全てをアドミニストレータのせいにしていいとでも言うのか。私はあれほどの事をやったというのに、お前を本気で殺そうとしたというのに、その全てをアドミニストレータのせいにしろと?」

 

 

 キリトは深々と頷いた。

 

 

「あぁ。全部アドミニストレータが悪い。君はずっとアドミニストレータと、あいつの息のかかったハァシリアンに良いように利用されていただけなんだ。だから、君は何も悪くないよ。っていうか、さっきグラジオも言ってたじゃないか」

 

 

 メディナはキリトに「お前……」と言ってから、皆の方を見た。

 

 誰も自分を責めている様子はなかった。誰もが優しく微笑みかけてきてくれている。罪人が居れば厳しく咎めるはずの整合騎士様達でさえも、だ。それを確認して、クィネラ様に向き直る。

 

 

「良いのですか、最高司祭様……?」

 

「はい。貴女様のお力を、どうかわたくし達にお貸しください」

 

 

 そう言われた瞬間、一気に目の前がぼやけた。先程まで止まっていた涙が、(せき)を切ったように流れ出てきた。

 

 どうして、この人達は私を赦してくれるのだろう。

 

 どうして私は、こんなにも優しい人達を裏切ろうとしていたのだろう。

 

 色々な感情がぐしゃぐしゃに混ざり合い、涙の形を作って出てくる。その中で、メディナは頭を深々と下げた。

 

 

「拝命、いたしました。必ずや゛、必ずや、最高司祭様のご期待に、答えて見せますッ」

 

 

 嗚咽交じりの言葉に、クィネラ様はもう一度「はい」と答えてくれた。

 

 暗がりの中に、ようやく希望の光が差してきたような気がした。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 メディナが一頻(ひとしき)り泣きじゃくった後、クィネラ様達はキリト達と話をした後に央都の方へと戻っていった。被害を受けた場所の様子を再確認するためと、その修復を行うためであるというのは聞かないでもわかった。

 

 その後に続いて、メディナの周りを囲んでいる仲間達が戻ろうとした時だった。

 

 

「ところで、メディナ先輩が本当に望む事って、何なんですか」

 

 

 急にグラジオが問いかけてきた。メディナは思わずきょとんとする。

 

 

「えっ?」

 

「メディナ先輩、お父上の事とか話してくれましたけど、肝心なそこは話してくれなかったじゃないですか。メディナ先輩が汚名を雪ぐ以上に望んでる事って、何なんですか?」

 

「なっ……」

 

 

 メディナが思わず漏らすと、周りの仲間達まで反応し始めた。「そう言えばそこは聞けなかったね」だとか「それって何なんだろう」だとか言い出す。

 

 (まず)い状況になってきているかもしれない。逃げ場が塞がれていっている気がする。

 

 

「お前、そんなに聞きたいのか?」

 

「はい。聞きたいです」

 

 

 グラジオは何故か食い下がる様子がない。周りの皆も段々と同じような状態になってきている。揃いに揃って、自分の本当の願いを聞きたそうにしている。明らかにグラジオが原因だ。

 

 本当の願い。それは確かに自分の胸の中にある。だが、それを話したいと思う相手は――一人しかいない。そしてその一人にだけ、伝えたいものだった。

 

 

「……グラジオ!」

 

 

 わざと驚かせるように大声を出した。皆と一緒にグラジオはびっくりする。

 

 

「はい!?」

 

「お前の《EGO》は空を飛べるそうだな。なら、その力で連れて行ってもらいたいところがある」

 

「えっ。今からですか?」

 

「あぁ。今からだ」

 

 

 何故か皆がもう一度びっくりしたような反応をする。グラジオも同じ状態だったから不思議に思えた。

 

 

「できないか?」

 

「いえ、できないって事ないですが……」

 

「なら何が問題だ――くしゅっ」

 

 

 言いかけたその時、不意にくしゃみが出て身体が震えた。すかさずアスナが寄り添いつつ、声をかけてきた。

 

 

「メディナさん、とりあえずまともな服を着た方がいいと思うわ……」

 

 

 メディナは自分の身体を見た。そう言えば、マントの下には何も着ていなかった。

 

 その事に気が付いた途端、顔から火が出そうな気持ちになったが、メディナは即座にそれを押し込むようにしてその場に(うずくま)った。

 

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