キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

570 / 645
16:リコリスの花

 

 

 

 

          □□□

 

 

 グラジオの《EGO(イージーオー)》というものは、メディナの想像を遥かに超越したものだった。

 

 それ自体は茜色(あかねいろ)の鋼鉄鎧なのだが、その範囲は全身に及んでいるうえ、(まと)ったグラジオを二回りくらい巨大にする。何よりその形は人間と鷲と獅子が複雑でありながら綺麗に混ざり合ったようなものだ。

 

 挙句背中から鎧と同じ茜色の鋼鉄の翼を生やし、それで空を飛ぶ事ができるのだから、最早(もはや)言葉が出てこなくなりそうだ。グラジオはメディナの知る《EGO》使いの《EGO》よりも極めて特異なそれを獲得していた。

 

 そんな《EGO》を纏ったグラジオの両手に抱えられ、メディナは人界の空を飛んでいた。目指しているのは、北帝国の一角だ。キリト達には勿論、グラジオにも教えていない場所だった。

 

 茜色の鋼鉄の籠手にメディナは触れているが、不思議な事に、冷たさは感じていなかった。(むし)ろ人肌のように暖かい。上空に満ちる空気に触れる事で冷たくなっていそうなのに、グラジオの纏う鎧は暖かかった。

 

 茜色をしているからかとも思ったが、そんな単純な理由ではないのだろう。これもまたグラジオの《EGO》の機能の一つなのだろうか。

 

 それを話そうとも思ったが、空を飛ぶ彼の集中を乱すかもしれないとも思ったので、結局メディナは何も言わずにいた。

 

 再度口を開ける事になったのは、目的地の目印が確認できるようになった頃だった。

 

 

「グラジオ、地面が赤い絨毯(じゅうたん)みたいになっているところが見えるだろう」

 

《はい。絨毯っていうか、赤い花の群生地ですかね?》

 

「あぁ。あの花畑が目的地だ。近くに降りてくれ」

 

 

 グラジオは「はい」と言って高度を下ろし始めた。

 

 岩山に囲まれた荒れ地の一角に、広大な花畑が広がっていた。そこを作っているのは赤い花。

 

 血のように毒々しい赤ではなく、空の色を反転させたかのような美しい深紅の花弁が特徴的な花の群れが、辺り一面を包み込んでいた。

 

 これまであそこは地上からしか見た事がなかったが、空から見るとその美しさの別な面が見えた気がした。

 

 やはりあそこは地上から見ても空から見ても美しいのだ。

 

 そんな気持ちを胸に抱くメディナを両手に乗せたグラジオは、花畑の近くに降り立つ。彼の動きが止まったところを見計らい、メディナは地面へ降りた。

 

 グラジオが「あっ」と言ってびっくりしたような反応をする。優しく丁寧に降ろしてくれるつもりだったのだろうか。

 

 だとすれば少し悪い事をしてしまったかもしれない。ここは彼の厚意に甘えるべきであっただろう。

 

 そんな事を考えながら、メディナは花畑に近付いた。やはり全ての花が美しい赤色をしている。自分がいない間にも、手入れをしてくれている者がいたようだ。

 

 長らく空けてしまっていたため、全て枯れてしまっていたならばどうしようかと思っていたが、杞憂(きゆう)で終わってくれてよかった。

 

 

「メディナ先輩、この花って……」

 

 

 《EGO》を纏った姿から、いつもの灰色の制服姿に戻ったグラジオが歩み寄ってくる。この花は彼の知らないものではないだろうが、一応説明しておこう。

 

 

「あぁ、見ての通り、リコリスの花だ。ここはオルティナノス家代々で世話してきたリコリスの花畑だよ」

 

「おぉー……」

 

「なんだグラジオ。リコリスの花を見るのは初めてか?」

 

 

 グラジオは首を横に振った後に、メディナの横に並んで花を見下ろした。どこか珍しいものを見ているような目をしている気がした。

 

 

「いえ、リコリスの花自体は何回か見た事があります。だけど、ここまで綺麗な赤色をしているのは初めて見た気がします」

 

「そうか? ここ以外に咲いてるリコリスだって、同じような色をしてないか?」

 

「いいえ。絶対、ここに咲いてるリコリスは他よりずっと綺麗な赤色してます。っていうか、オルティナノス家の人々が代々お世話をしてきたって事は、メディナ先輩も?」

 

 

 グラジオの問いかけに、メディナは素直に(うなづ)いた。この花達を世話している時の光景が脳裏に浮かび上がる。

 

 

「あぁ。この近くに私の実家があって、そこから通って世話をしていたんだ。この辺りの一帯は、オルティナノス家に(あて)がわれた私領地なんだ」

 

 

 つまりここら一帯が私の故郷なんだ――メディナがそう話すと、グラジオは少し驚いたような顔をした。

 

 

「ここら辺がメディナ先輩の生まれ育った故郷……だけど、空から見てましたけど、この花畑以外どこもかしこも酷く枯れてるっていうか、かなり荒れた土地でしたよ。こんなに酷い土地がオルティナノス家に与えられた土地だっていうんですか」

 

「あぁ。とても貴族が所有する土地とは思えないだろう?」

 

 

 メディナは笑って見せたが、グラジオは苦い表情を変えなかった。

 

 

「……はい。一緒に、改めてアドミニストレータは酷い事をする奴だって思いました。メディナ先輩みたいな真っ直ぐな人をこんな酷い土地に追いやって、メディナ先輩と正反対な傲慢で腐った根性の貴族の連中を央都やその周りの良い土地でのうのうと暮らさせて、胡坐(あぐら)かかせてやがるんですから」

 

 

 これまでこの土地を見た貴族達は、決まって「《欠陥品》には丁度いい土地だ」「こんな土地にこそ《欠陥品》は相応しい」などとほざき、こちらを(ののし)っていた。どいつもこいつも同じだった。

 

 だが、そうしなかった貴族が、たった今この場に現れた。それが目の前にいるグラジオ・ロレンディアだった。

 

 彼がそうだからか、メディナの胸中で(くすぶ)っているとある思いが、より燻りを強くしているようだった。

 

 

「お前、そんな事を言ってくれるのか」

 

「言いますよ。何度だって言います。ここに送られるべきなのは、オルティナノス家じゃなく、オルティナノス家を(けな)す貴族の連中です。そういう連中こそここに送り込まれて、色々と矯正されるべきなんですよ」

 

 

 やはりグラジオは央都にいる貴族の者達に対する嫌悪というものが強いらしい。

 

 前からそうではあったものの、今日起きた出来事が余計にそれを強くしてしまったようだ。いや、きっとクィネラ様からアドミニストレータの真実を聞いた事が一番の要因であろう。

 

 アドミニストレータという悪霊が根幹に居たから、今の腐敗した貴族達がある。

 

 アドミニストレータがクィネラ様に成り代わっているという事を知る手段がなかったとはいえ、アドミニストレータの甘言を疑う事なく受け入れ、言われるままになっていた連中は悪である――それが彼の今の考えのようだ。

 

 ……少し悪い方に傾いてしまったのだろうか。言っている事が少し前に聞いた時よりもかなり過激だ。

 

 

「いや、それは駄目だな」

 

「えっ、何でですか。そうしてやればあの腐った根性の貴族の連中だって、考えを――」

 

「突然そんな事をされて耐えられる人間はそうそう居ない。お前が言う腐敗した根性の貴族であれ、そうでない貴族や平民であれ、こんな土地に突然追放されようものならば、不満や怒り、憎悪を募らせて《進想力》に呑み込まれ、《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になって破壊を撒き散らすのが関の山だ。私みたいにな」

 

「そんな事……いいえ、そうかもしれないですけど、だからってメディナ先輩がこんな土地に追いやられてるのは納得いかないですよ」

 

「そうか。そう言ってくれるか……」

 

 

 どこまでも自分を悪く言わない。あれだけの悪行を働き、本当に《欠陥品》と証明するような事さえもしてしまったのが自分なのに、グラジオは一切責めようとしてこない。それが嬉しくもあり、同時に悲しくもあった。

 

 私は本当に、何という事をしてしまったというのだろう。グラジオは口ではこう言っているが、本当に(ゆる)してくれているのだろうか。いや、赦してもらえなくても構わない。

 

 メディナは近くに咲いている一輪のリコリスを摘み、眺めた。とても美しい深紅の花弁が目を引く。これならば妥当だ。

 

 

「メディナ先輩?」

 

 

 首を傾げている後輩に向き直ると、メディナは深呼吸をした。

 

 一度大きく息を吸い、吐き、そしてもう一度大きく吸って――グラジオにリコリスの花を差し出した。

 

 

「……ごめん、グラジオ」

 

「え?」

 

 

 グラジオはきょとんとしているような顔をした。

 

 

「ごめんって……何がですか」

 

「それは、色々ありすぎて……列挙(れっきょ)していくと恐らく数時間はかかる」

 

「えぇっ、数時間もかかるんですか!?」

 

「だから、手短に話す」

 

 

 メディナは本心から伝えようとしていた事をひとまず置いて、今伝えるべき事を伝えた。

 

 

「グラジオ。お前を西帝国に無理矢理連れていき、ハァシリアンの言いなりになって行動してしまって……お前を裏切り、大怪我をさせて、更には《EGO化身態》となってお前を殺そうとした事……本当に悪かった」

 

 

 グラジオは目を見開いた。彼を見ていると、(おぼ)えていないはずなのに頭の中で《EGO化身態》になった自分がグラジオを殺そうとしている場面が浮かび上がってきて仕方がなかった。

 

 

「お前はいつだって私の味方でいてくれた。私が言っている事をあまり否定しなかったし、私が無茶をしようとすれば心配してくれて、私が誤った道に進もうとしていたならば制止してくれた。だというのに、私は……お前よりもハァシリアンとアドミニストレータの方を信じてしまって、《冒険者達》の皆を死なせ、お前までも手にかけようとした……」

 

 

 これまでやった事の全てが思ってもないのに思い出されてくる。信じてしまったハァシリアンに鏖殺(おうさつ)されていく《冒険者達》。失われていく友人達。

 

 見放されても仕方がない自分を見放さずに、立ち向かってきてくれたグラジオ。いつだって信じてくれていたグラジオ。そんな彼に向けて、何という事をしてしまったのだろう。

 

 先程流しきったと思っていた涙が、またしても流れ出てきた。(せき)が切られたかのように、とめどなく溢れ出て頬を伝い、地面に落ちていく。

 

 

「私は……取り返しの付かない事をしてしまった……だから、お前に謝ろうと思った……だけど、今更謝ったところで、赦してもらえるわけ……ない……」

 

 

 あれだけの事をやったのだ。やはり自分に赦される資格など――そう思いかけたその時だった。

 

 

「それは違いますよ、メディナ先輩」

 

 

 急に声が飛び込んできて、メディナははっとした。目の前にグラジオがやってきていて、伸ばされているメディナの手を、その手で優しく包み込んでくれていた。

 

 

「おれ、メディナ先輩が元に戻ってくれた時、すごく嬉しかったです。助ける事ができて、本当に良かったと思いました。その後すぐにクィネラ様が来て、メディナ先輩の……オルティナノス家の汚名を取り消す事を約束してくれたのを見た時も、ものすごく嬉しかったです。ようやくメディナ先輩が《欠陥品》って呼ばれなくなるんだって、ようやくメディナ先輩の願いが叶うんだって……心の底から嬉しいって思いました」

 

 

 きょとんとした顔のメディナに、グラジオは優しく笑みかけた。

 

 

「だからおれ、メディナ先輩の事、全然怒ってないですし、恨んだりなんてしてませんよ。(むし)ろ、メディナ先輩の願いが成就するまで力を貸したいって思ってるくらいです。だからメディナ先輩、もうご自分を責めないでください」

 

 

 そう言われた途端、視界が更にぼやけてしまった。間もなくして、嗚咽(おえつ)が出てきそうになる。

 

 グラジオは自分を責めていないし、恨んでもいない。これまでと同じように自分と接し、自分の力になろうとしてくれている。

 

 自分を、赦してくれている。それが嬉しいのか、それとも彼ほどの心優しい少年を《欠陥品》と蔑まれる自分の《傍付き練士》にしてしまった事が後ろめたかったのか。

 

 いずれにしても余計に涙と気持ちが止まらなくなってしまった。

 

 

「……お前、本当に何なんだ……どうして私を赦してくれるんだ……どうして私から離れようとしないんだ……」

 

 

 前に彼は言っていた。自身を《傍付き練士》に選んでくれたメディナに恩返しをしたいのだ、そのために力を尽くすんだと。

 

 メディナへの恩返しとして、オルティナノス家の汚名を雪ぐ事に協力するのだと――そう言ってくれていた。彼はそれを有言実行してくれているのだが、ここまで来ると不思議に感じてくる。

 

 彼をここまで動かしているのは、本当に自分への恩義のためなのか。

 

 メディナは涙を拭い、グラジオを再度見つめた。

 

 

「グラジオ……お前の原動力は変わっていないのか。お前を《傍付き練士》として選んだ私への恩返し……本当にそのためだけに、ここまでしてくれたのか」

 

 

 次の瞬間、グラジオは身体を少しびくりと言わせた。何かに引っかかったらしい。やがてその目がこちらから逸らされていく。

 

 

「と、途中まではそうでした。おれ、もしメディナ先輩に選ばれなくて、他の腐った根性の貴族出身の連中に選ばれたら、修剣学院を辞めるつもりでいました。だけど、メディナ先輩が連中とは違って真っ直ぐな人だったから、おれは修剣学院に留まる事ができて、今こうしていられてるんです。だから、その恩返しをしなきゃって、そう思ってました」

 

「途中まで? 途中までとはどういう事だ。今は違うという事か?」

 

「はい……今は、その……」

 

 

 そう言ってグラジオは視線を完全に逸らしてしまった。気のせいか、頬に赤みが差しているように見える。いや、周りをびっしりとリコリスの花が囲んでいるから、その深紅が映っているのだろうか。

 

 

「グラジオ?」

 

 

 もう一度声をかけたところ、グラジオは深呼吸を始めた。つい今しがた自分がしたのと全く同じ仕草だったものだから、思わずメディナは目を丸くする。やがてグラジオは一際大きく息を吸って吐いた後に、メディナに向き直った。

 

 

「……メディナ・オルティナノス先輩」

 

「な、なんだ」

 

「……今から言う事を聞いたら、迷惑極まりないって思われるかもしれません。もしかしなくても、《傍付き練士》を辞めさせたくなるかもしれません。それでも構いません。だけどおれ、こう思ってたおかげで《EGO》を獲得できて、メディナ先輩を救う事ができたんです。だから、伝えます」

 

「え?」

 

 

 グラジオはぎゅうとメディナの手を強く包んだ。

 

 

「おれ……おれ、好きなんです、メディナ先輩の事が」

 

 

 その言葉が耳に届いた途端、全ての音が消え去った。鮮やかなリコリスの花達が、青く澄み渡る空さえも色を失って白黒になる。

 

 その中で目の前のグラジオだけが色を保ち、音を発していた。

 

 

「え……え?」

 

「どんなに追い詰められても誇りを失わずに戦い続け、上へ上へと昇る事を目指し続ける。そんなメディナ先輩はおれの憧れでした。メディナ先輩みたいに誇り高い人になりたいと思って、一緒に鍛錬に臨ませてもらいました。

 そうしてるうちに、段々とメディナ先輩と一緒にいる事自体がとても楽しくて、その傍に居られる事が嬉しくなってきて、メディナ先輩と一緒ならどんなに辛い鍛錬でも乗り越えられるようになって……。

 メディナ先輩を《欠陥品》って罵ってふんぞり返ってる奴らがこれまで以上に憎らしく思うようになってきて……メディナ先輩が危険に晒されるような事があれば、守ってあげたいと思うようになってきて……メディナ先輩が嫌じゃないなら、可能な限りいつでも一緒に居たいって思うようになってきて……気を付けてないと四六時中そんな事を考えてしまうくらいになってたんです」

 

 

 メディナは見開いた目で瞬きを繰り返した。その中で浮かんだ疑問を口にする。

 

 

「……って事はなんだ。グラジオ、お前は……私が好きだから、私に殺されそうになっても離れなかったって……《EGO》を覚醒させて私を助け出したって、いうのか」

 

 

 グラジオは赤く染まる頬の顔で――頷いた。

 

 

「はい。メディナ先輩、あなたは素敵な人です。きっと、最高司祭様に認められて、整合騎士に昇り詰める事のできる人です。そんなあなたの事が……おれは好きです」

 

 

 ようやく世界に色が戻ってきた。だが、音は聞こえてこない。グラジオの言葉だけが響き続けている。まるで自分の身体がグラジオの言葉だけしか受け入れなくなっているかのようだった。

 

 不意に、グラジオが憎む貴族達が思い出された。どいつもこいつも口を揃えて《欠陥品》と罵ってくる連中。その中には父上が生前に与えてくれた婚約者、オルギス・キュリエアスの姿もあった。

 

 彼の者は婚約者であるにも拘らず――いや、婚約者だからこそメディナを好き放題に虐げ、やはり《欠陥品》扱いを最後の時までやめなかった。

 

 結果的に大会でメディナに叩きのめされる事で、彼の者は醜態を晒した上でメディナの元を去ったが、同時にそれはメディナが婚約者を失う事でもあった。

 

 自分を好きになる人なんて結局いない――その出来事はメディナをそう思い込ませるのには十分だった。

 

 だが、この場にその考えを(くつがえ)す存在は現れた。それはまさかの、後輩であり《傍付き練士》であるグラジオだ。つい先ほど思った、自分を《欠陥品》扱いしない貴族と同じだった。

 

 やはり、グラジオは――そう思った直後に、メディナは顔を下げた。それが見えたのか、グラジオから声が聞こえてきた。

 

 

「や、やっぱり駄目ですよね。おれみたいなのに好きになられたって、その、迷惑以外何物でも、ないですよね――」

 

「……グラジオ。一つ、話をしていいか」

 

 

 強引に彼の言葉を(さえぎ)ってメディナは伝えた。グラジオは黙る。どうぞと言葉なく言ってくれている。

 

 

「……この花畑……リコリスの花畑は、私の一族が代々守ってきたものだと伝えたな。このリコリスの花は、オルティナノス家にとっては『希望』の象徴なんだ」

 

 

 皇帝と最高司祭に(うと)まれて央都を追放されたオルティナノス家に宛がわれたのが、この枯れ果てた土地だった。ここではろくに作物も育たず、民は勿論領主までもが常に飢えている有様であり、常に嘆いていた。

 

 まさに嘆きと絶望の地に満たされた土地。

 

 だが、こんな土地でも唯一不変的に咲き誇る花があった。それがこのリコリスだった。

 

 これを見た当時のオルティナノス家の当主は『私達にとっての希望として咲き続けてくれ』とリコリスの花達に願い、この花畑を丹念に手入れをするようになった。以来、オルティナノス家の一族は代々、この花畑を守り続けるようになったという。

 

 そして、その思いに答えるかのように、干ばつが襲った時もリコリス達は強く美しく咲き誇り続けてくれて、いつもオルティナノス家に希望を示し続けていた。

 

 この花畑には、メディナの先祖の思いが受け継がれているのだ――と、メディナは話した。

 

 

「希望の花……リコリスが、ですか」

 

 

 グラジオの(つぶや)きのような言葉にメディナは頷き、続けた。

 

 

「……そのリコリスの花とお前は同じだよ、グラジオ。お前は私の希望だったんだ」

 

「へっ?」

 

 

 メディナはグラジオを《傍付き練士》に迎える直前の事を思い出した。下級生達も上級生と同じように腐った根性の貴族出身の者が多く、《傍付き練士》に選びたくないような者達でいっぱいだった。

 

 その時、どうせこいつもそうなんだろうと思って選んだのがグラジオだった。それが一番の正解だった。グラジオはこれまで見てきた通りの人格者だったからだ。

 

 

「最初はお前からも《欠陥品》呼ばわりされるものだと思っていた。だが、お前はいつもその逆だったし、いつも私の味方でいてくれた。私を蔑むどころか肯定してくれて、私に付いてきてくれた。

 お前が最初だったんだよ、私の事を蔑まないでくれて、一緒に居てくれた年の近い男っていうのは。そんなお前と一緒に過ごしているうちに、もっと一緒に居たいと思うようになったし、お前は気付かなかった――いや、お前に気付かせようとしなかった私が悪かったんだが、お前と一緒にいるといつも心が躍ったし、気持ちも穏やかになれたんだ。

 いつも、お前を《傍付き練士》に選んでよかったと思ってたんだ。だから、つまりだな……」

 

「つまり……?」

 

 

 明らかにわざとらしく感じられる言い方だが、グラジオに自覚はないらしい。メディナは続きを伝える。

 

 

「お前が思っている事と同じだ。私もお前の事が好きだ、グラジオ。ここに来る前に言った、私が伝えたかった本当の望みは……家名を取り戻す事でも、偽りの軍勢を率いて称賛される事でもない。お前からもっと強い信頼を受けて、共にこれから歩んでいきたい――という事だ」

 

 

 ハァシリアンの口車に乗せられて利用された時も、《冒険者達》の勢力を大きくしようと思った時も、アドミニストレータを復活させようとした時も、根底はそうだった。

 

 強い力を手にした時にはグラジオに真っ先に教えようとしたし、それでグラジオの事を安心させてやろうと思っていたものだ。

 

 グラジオの打ち明けた思いと同じように、自分のやってきた事と、考えていた事の中心と根底には、必ずグラジオの姿があった。

 

 ようやく気が付いた。このグラジオ・ロレンディアという少年に恋をしているのだと。

 

 

「えっ、えっ、えっ」

 

 

 伝えきった時、グラジオは何やらあたふたとしていた。顔の赤みが強くなっている気がする。

 

 

「って事はなんですか、あれですか、メディナ先輩もおれの事を好きでいてくれて……おれ達、その、お付き合いしてもいいって事ですか?」

 

「わからないか。そういう事だ。私はお前と付き合いたい」

 

 

 その辺から、メディナも言葉を出すのが少し難しくなった。その状態のまま続きを伝える。

 

 

「それで……願わくば……お前と婚姻関係を結びたい……私には婚約者がいたが、そいつはどうしようもない屑野郎で、私自ら叩きのめして婚姻を破談にさせたからな……だから、お前にこの空いた席に座ってほしい……んだ」

 

「婚姻関係!? 婚約者!? おれがですか!?」

 

 

 グラジオは包んでいる手に力を込めてきた。強い力を入れられているはずなのに、痛くないのが不思議だ。その彼からの問いかけに、メディナは頷きで答える。

 

 

「あぁ。その印として、このリコリスをお前に贈ろう。私にとっての希望の花を、な」

 

 

 そう言ってメディナは、グラジオにリコリスの花を手渡した。グラジオはまじまじと右手に持ったリコリスの花を見つめる。

 

 

「無論、それらの手続きや話を進めるのは、アドミニストレータの復活阻止が――」

 

 

 メディナが言い切るより前に、グラジオはぱああと顔を明るくさせて手を放し、その両手を空に思いきり突き上げて、

 

 

「やったあああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 と、辺りに木霊(こだま)するくらいの声量で叫んだ。これ以上ないくらいの喜びに満ちた声だった。ここまで喜んだ彼を見るのは初めてだ。

 

 どうやら今の告白はグラジオにとって、もっとも心から強く願っていた事であったらしい。こちらに「好きです」と伝える時、「《傍付き練士》を辞めさせたくなるかもしれません」とも言っていたから、大方拒絶されると思っていたのだろう。そうならなかったからこそ、この反応の仕方と大声なのだろう。

 

 グラジオはくいっとメディナに向き直り、その両手をメディナの両肩に乗せてきた。

 

 

「メディナ先輩、その、これからもよろしくお願いいたします!」

 

 

 メディナはもう一度頷き、近い未来の婚約者に答えた。

 

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞ」

 

 

 そう言ったその時だった。突然メディナの腰の辺りで光が起こった。

 

 二人で何事かとびっくりしてそちらに向き直ったところ、腰に下げている剣が光を放っていた。オルティナノス家に代々リコリスと共に伝わってきている剣、《陽炎の剣》だ。

 

 

「剣が……」

 

 

 メディナは咄嗟(とっさ)に《陽炎の剣》を抜いた。《陽炎の剣》は赤い光に包まれていた。それは《EGO化身態》になる時の禍々しい赤色ではなく、リコリスのような美しい深紅だった。しかしやはり何が起きているのかわからない。

 

 そう思っていたところ、光は急に収束した。かと思いきや、《陽炎の剣》の刀身に同じ色の光の紋様が浮かび上がった。

 

 

「これは……」

 

「リコリスの花!」

 

 

 グラジオに言われてメディナは「え?」と呟く。改めて《陽炎の剣》の刀身を確認したところ、浮かび上がる光の紋様は、確かにリコリスの花がいくつも重なり合ったかのような形になっていた。

 

 まるで《陽炎の剣》に光のリコリスの花が宿ったかのようだ。

 

 

「《陽炎の剣》が……変わった?」

 

「……! メディナ先輩、これ《EGO》です!」

 

 

 メディナは驚いてグラジオに向き直った。彼もまた驚いているようで、しかし納得しているような顔をしている。

 

 

「これが《EGO》? 私の《EGO》という事か?」

 

「はい。キリト先輩やアスナさん達が使ってる《EGO》と同じ力を感じます。きっと整合騎士様達と同じように、元々持っていた武器が《EGO》となったんだと思います」

 

 

 グラジオの説明に即座に納得できた。確かに《陽炎の剣》から強い力が伝わってくるのがわかるし、親近感に似た感覚も胸の中に起きている。

 

 

「これが私の……《EGO》か。こんなものまで手にできるとはな」

 

 

 もし、グラジオと出会わなかったならば、いや、出会っていたとしても、グラジオが自分を好きになってくれなかったならば、これを手にする事などなかっただろう。

 

 やはりここまで来られたのは、グラジオのおかげだ。メディナは《EGO》となった《陽炎の剣》を鞘へ戻し、グラジオに顔を向けなおし――。

 

 

「ありがとう、グラジオ。お前のおかげだ」

 

 

 そう伝えた。その時初めて、メディナはグラジオに笑顔を向けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。