キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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19:暴風来たりて

          □□□

 

 

「気を付けろ、こいつは強い!」

 

「なんでこういうタイミングで来るのよ!」

 

 

 キリトとシノンは交互に言っていた。目の前にいるのは巨大な鹿だ。

 

 しかし普通の鹿と違って複雑に枝分かれした異様な形の角を生やしていて、眼も四つある。何より身体のあちこちに黒い装甲が見て取れる。つまり《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》だった。

 

 利己心を暴走させた人間が元なのか、それとも生存欲の強かった鹿なのかはわからない。いずれにしてもそれがキリト、シノン、リラン、ルコの四人と、アスナ、ユピテル、リズベット、リーファ、シリカの五人、そしてアリスとユージオと冬追の三人からなる十二人の敵であった。

 

 

 具合を悪くしたシリカの容体を見に行った翌日、シリカは高熱を出してベッドからほとんど動けなかったのが嘘だったかのように元気になっていた。

 

 自分達が一旦シリカの天幕を去った後、夕方にアスナ、ユピテル、シノンの三人でお粥を作って持っていたそうだが、そこでシリカは完全に眠っていたのだという。

 

 それは眠っているというよりも気絶してしまっているかのようで、どんなに声をかけようとも、身体を揺すろうとも起きなかったらしい。

 

 まさか良くない事が起きているのではないかとアスナがびっくりし、ユピテルに調べさせた。結果はただ深く深く眠っているだけ。クィネラの作った薬が効いてきて、深い眠りに入ったのだろう――と、ユピテルは告げたそうだ。

 

 把握したシノンとアスナはひとまず安堵したが、同時に「シリカねえちゃんは一晩は起きないでしょう」とユピテルは言った。仕方がないけどお粥は持ち帰ろう。アスナはそう言って、持ってきたお粥を再度持ち、二人と共に天幕を出たのだった。キリトは帰ってきたシノンからこの話を聞いた。

 

 そして翌日を迎え、いつも通りの朝食を終えた後に来客があった。

 

 それはシリカだった。昨日の具合の悪さが嘘のように回復していた彼女はキリトの家に来るなり、「鍛錬(たんれん)のために魔獣を狩りに行きたい」と言い出した。

 

 あまりに突拍子もない話に少し驚いたキリトが理由を尋ねたところ、「アドミニストレータの復活が間近に迫っている今こそ、鍛錬を積んで少しでも強くなっておきたいんです。だから力を貸してほしいんです」とシリカは答えてきた。

 

 確かに昨日の会議で、アドミニストレータの復活がもう間もなくの段階に来ているという話はした。アドミニストレータと再び戦う事になるのは間違いないし、その時は以前よりも激しい戦いになる事も確実であろう。

 

 今のうちに修練や鍛錬を重ねて強くなっておくべきという提案は理に適っている。そして丁度、西帝国の方にまだ魔獣の残党が残っている。そいつらを狩れば修練を積みつつ、カラントの発生と魔獣の出現及び《EGO化身態》の襲来によって危険地帯となっていた西帝国の安全確保もできるだろう。

 

 キリトはシリカの提案に乗ったが、直後にぞろぞろと仲間達がやってきた。アスナ、ユピテル、リズベット、リーファの四人と、アリスとユージオの二人。彼女達が急にやってきたものだから驚いたが、「シリカちゃんが心配で来たんだよ」というアスナの言葉で納得した。

 

 やはり皆、シリカが倒れた事を心配していたのだ。そんな皆に元気な様子を見せつけ、シリカは「魔獣退治に向かいましょう!」と進言した。

 

 あまりに急な回復を見せたシリカに皆は驚いていたが、アスナやアリスやユージオといった者達は安堵し、シノンやルコといった者は不思議そうにした。特に昨日シリカに色々聞き込んでいたリズベットとリーファは「本当に大丈夫かしら」と、とても疑問そうだった。

 

 そんな各々思うところがありそうな十二人――冬追は人ではないが仲間なので人としてカウントする――のパーティで再び西帝国へ戻り、未だに討伐されずにいる魔獣達の残党討伐へと向かったのだった。

 

 あの厄介な雷雲の消え去った西帝国には、キリトの想像を超えるほどの数の魔獣が残っていた。《カラント・コア》も《カラント》も消え去っているため、もう新たに生まれてくる事もないのだが、それにしたって多すぎる。

 

 もしかしたら、雷雲に撃たれる事を恐れて隠れていた魔獣達だったのかもしれない。そしてそこに加わっているのは、大小様々な大きさで、尚且つ一匹一匹が違う姿をしている《EGO化身態》。大昔に利己心を暴走させた誰かの成れの果ての姿。

 

 「これだけ居れば良い鍛錬になりそうですね!」。それらを見たシリカはそう(つぶや)いた。確かに鍛錬をするには最適な数が居るとは思う。だが、流石に多すぎはしないか。

 

 意識していないと苦い顔をしてしまいそうな状況だったが、キリトは渋々魔獣と《EGO化身態》が徒党を組んでいる現地へと向かい、リランと冬追による空中からの爆撃を皮切りにして攻め込んだ。

 

 結果は良い方に入っていた。魔獣と《EGO化身態》達は数こそ多いものの、一体一体の強さはそこまでのものではなかった。リランと冬追のブレス、ユピテルの雷撃によって十分に弱らせる事ができ、後は《EGO》で一回から二回ほど斬れば倒せるくらいだった。

 

 なんだ、あまり強い奴はいないじゃないか。半分拍子抜けしたような気持ちになりながら、キリトは仲間達と共に魔獣と《EGO化身態》を薙ぎ倒していった。

 

 そして最後の一匹を倒そうとしたその時に――それは乱入するように現れたのだった。大きな足音を立てながら爆走してきたそいつは、今まさにシリカが倒そうとしていた最後の魔獣を角で突き刺し、()(さら)った。

 

 その時の衝撃によって後方へ跳ね飛ばされたシリカを助けに行った時に、現れた敵の正体は巨大な異形の鹿であると判明したのだった。

 

 

「いいえキリト、そんな事はないわよ」

 

 

 (よこしま)な姿をした異形鹿を睨みつつ、リズベットが歩み寄ってきた。その手に握られているのは彼女の《EGO》だ。

 

 

「《EGO化身態》の弱点は《EGO》。ここにはあんたとアスナ、あたしとリーファの四人の《EGO》使いがいるわ。あたし達で攻撃すればあっという間に片付くわよ」

 

 

 リズベットが言うなり、アスナとリーファもキリトの隣に並ぶ。二人とも手に持っているのはそれぞれの《EGO》。整合騎士の神器を超える力を持つ、自身の利己心を昇華させたものだ。

 

 一昨日の《EGO化身態》になったファナティオ、及びメディナとの戦いでも、自分達の《EGO》は猛威を振るった。目の前に居る異形鹿も《EGO化身態》。つまり《EGO》を弱点とし、《EGO》使いを天敵とするモノだ。

 

 そして異形鹿も、確かに見た目こそ禍々しいが、複雑に枝分かれした巨大な角と四つ目くらいしか特徴がなく、リーファやリズベット、ファナティオやメディナが《EGO化身態》になった時のような凄まじい威圧感を覚えない。所謂(いわゆる)力を持つ者のオーラというものが、かなり弱く感じられる。

 

 もしかしたら、そこまで強い《EGO化身態》ではないかもしれない。急に自信が湧いてきて、異形鹿への恐怖が薄れてきた。こいつはそこまで苦戦するような敵ではないだろう。

 

 キリトは左手に《リメインズ・ハート》、右手に《EGO》を構え直して、《リメインズ・ハート》の作り主に返答した。

 

 

「……それもそうだな。見た目で圧倒されそうになったけど、リーファやリズが《EGO化身態》になった時みたいに明らかに強そうって感じでもない」

 

「それ、なった本人の前で言う?」

 

 

 リズベットは呆れたような声色で言っていた。でも、本当にそうなのだから仕方がない。

 

 樹木の巨大女神龍というべき姿であったリーファと、筋骨隆々の隻眼龍人というべき姿であったリズベットと比べると、目の前の異形鹿はかなり弱々しく感じられるのだ。いや、彼女達の足元にも及ばないだろう。

 

 さっきビビった自分を情けなく思いながら、キリトは皆に号令した。

 

 

「皆、こいつは多分見た目くらいしか大したものはない。だけど、《EGO》による攻撃が一番効くから、攻撃をする時は《EGO》持ちの俺達に任せて、他の皆は――」

 

 

 それは最後まで言えなかった。キリトの後ろから前方へとぎゅんと何かが駆けて行ったからだ。異形鹿に突撃して行ったのは、明るい茶色の髪をツインテールにしている小柄な少女。

 

 シリカだった。たった今異形鹿の不意打ちを受けて傷を受けていたはずだが、そんな事などなかったと言わんばかりに突っ込んでいった。

 

 

「ちょっと、シリカちゃん!?」

 

「待ってよシリカちゃん!」

 

 

 アスナとリーファの叫びは重なった。シリカは《EGO》を持っていないため、戦えないわけではないものの、《EGO》使いよりも《EGO化身態》に上手くダメージを与えられない。

 

 そればかりか、《EGO化身態》相手に危険を冒す事になるので、《EGO》使いに任せて下がれとキリトは号令したばかりだ。それを完全に無視して、シリカは突っ込んで行ってしまった。

 

 これは流石に予想外だった。シリカに危険が迫る光景が一瞬のうちに脳内に描き出され、背筋に軽い悪寒が走る。

 

 

「シリカ、待て! 戻るんだ!」

 

 

 キリトはシリカに声をかけたが、それは異形鹿の角の振り下ろし攻撃による轟音で掻き消された。シリカを狙ったであろうその一撃は、シリカを捕らえる事なく空振りで終わる。シリカが高くジャンプして空中に舞い上がっていたのだ。

 

 シリカはあまり身体能力が高い方ではなかった。あんな跳躍力を発揮するなど基本的にはできないはずである。

 

 神聖術を使って身体能力を一時的に上昇させたのだろうか。それとも風系の神聖術を使って跳躍力を得たか。

 

 いずれにしても効果的な使い方ではあるものの、今やってもらいたい事ではなかった。キリトが冷や汗を滲ませる中で、空中を舞うシリカは急降下し、異形鹿に一閃を放った。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 ――そうそう。上手くやれるじゃないの。

 

 頭の中に声を響かせながら、シリカは対峙している《EGO化身態》を睨み付けた。異形の鹿とも言うべきそいつは今、自分の下の空間にいる。自分はその上を飛んでいた。

 

 キリトさんが他の人達と色々話しているうちに、シリカは自身に神聖術を使った。身体能力を一時的に強化するものと、風を操作する事で容易に空中に飛び上がったり、落下の衝撃をほとんどなくしてしまえたりするもの。

 

 その二つを使えばいいという声の導きに従って使ってみたところ、身体が自分のものではなくなったように感じるくらいに軽くなり、これ以上ないくらいの身軽になれた。繰り出されてきた異形鹿の攻撃を簡単に避けられたし、簡単に上を取る事ができた。

 

 これは、あたしにしかできない事だ。血が滲むような努力を何度も繰り返して神聖術の鍛錬に勤しみ、他の人達が習得できていないものまで習得し、使いこなせるようになったあたしだけできる事。

 

 あたしはこの異形鹿の上だけじゃなく、周りの人達の上にもいる。皆が認めるしかないところに、あたしはいる――シリカ/綾野(あやの)珪子(けいこ)はこれまで味わった事がないくらいの高揚感に包まれながら、手にした短剣に力を込めた。そのまま勢いをつけて落下する。

 

 珪子/シリカを見上げた異形鹿が角を横に振り、シリカに打ち付けようとしてきた。しかしシリカは十分に引き付けたところでその場でジャンプした。ふわりと身体が浮き上がり、もう一度元の高度へ戻る。

 

 何もないところに空気の床を生成して、空中にいながらジャンプを可能とする、事前に使っておいた風の神聖術の効果の一つだった。

 

 このような方法で回避されるとは思っていなかったのだろう、異形鹿は戸惑ったようにシリカを見上げ、動きを止めた。

 

 

「やあッ」

 

 

 再度急降下したシリカは、隙だらけの異形鹿の(ひたい)目掛けて短剣を突き立てた。ぞぶりという肉が裂ける不快な音が耳に響き、手応えが返ってくる。

 

 しかしそれをシリカは嫌だとは思わなかった。確かに異形鹿に苦痛と与え、傷を付けられている実感だけが、シリカの中にあった。

 

 ――それがあなたの力よ。あなたはこんなにも強いの。

 

 声が肯定してくれた時、シリカは全身に何かが湧き起こるのを感じた。力が湧いてくる。よく感じ取ると、それは全身ではなく、右手に集中しているようだった。

 

 今まさに異形鹿に短剣を突き刺している右手に、右腕に、大きくて強い力が湧き上がってきている。試しに見てみたが、手袋と服によって確認できなかった。

 

 それでも良かった。異形鹿を苦しめてダメージを与えている短剣を持つ手に力が湧いてきているのであれば、それに勢いを載せずにはいられない。

 

 

「はあッ!」

 

 

 シリカは掛け声を出して短剣を引き抜き、再度異形鹿の額に突き刺した。異形鹿から墨のようにどす黒い色をした血飛沫が上がり、シリカの顔や身体を汚す。血腥い匂いがしてきそうだったが、意外にも嫌な匂いはしてこなかった。

 

 穢れた存在の穢れた血を浴びる事など、今までシリカはこれ以上ないくらいに嫌だと思っていた。だが、今はそうではなかった。

 

 今は寧ろ、それが楽しく感じられている。噴き出た血が身体を汚してくる度に高揚感が突き上げてきて、もっと身体に力が入ってくる。

 

 滅多刺しにしてやればやるほど身体に湧き上がる力の勢いが増し、右手にもっと強い力が宿る。

 

 ――ほら、続けましょう。あなたの力を見せつけてあげるの。

 

 声の導きに頷き、シリカは異形鹿の額を更に滅多刺しにした。刺して抜く、刺して抜くを何度も、何度でも繰り返す。その都度湧いてくる大きな力を載せて、もっともっと滅多刺しにする。

 

 やがて異形鹿の叫びが止まり、動き自体も止まった。それでもまだ滅多刺しを続ける。もう穴が掘れていると思えるくらいに突き刺しと引き抜きの動作の繰り返しを続けた頃、異形鹿はその場に崩れ落ちた。

 

 

「ん……あれ」

 

 

 シリカは思わず首を傾げた。

 

 どうしちゃったんだろう。

 

 まだあたしはやる気なのに。あたしはもっと力を見せつけなきゃいけないのに。

 

 そう思った時、地面に倒れた異形鹿の身体が発火した。噴き出てはシリカの身体を汚していた血と同じような色合いのどす黒い炎が突然異形鹿の身体の至るところから発生し、燃え上がり始めた。

 

 それが足を付けている位置にも出る前に、シリカは離脱した。直後、どす黒い炎は異形鹿の全身を包み、異形鹿は炎の塊になってしまった。肉が焼けて燃えていく匂いは特にしてこず、煙も上がらなかった。

 

 十数秒後、シリカの力を見せつけるための獲物は灰も残さずに消え失せてしまった。せっかくの良い獲物だったというのに、なくなってしまった。

 

 高揚感が消え、空虚な感覚と入れ替わる。まだやらなきゃいけないのに。

 

 

「シリカ……」

 

 

 聞こえた声に振り返ってみたところ、キリトさん達が歩み寄ってきているのが見えた。しかし誰も嬉しそうにしていない。強すぎるが故に鍛錬の邪魔者となっていた異形鹿が消えたというのに。

 

 

「キリトさ――」

 

「シリカ!!」

 

 

 言いかけたその時に止めてきた人物がいた。それはリズさんだった。何かが気に食わないような顔をしている。

 

 

「シリカ、あんた……なんて事してんのよ」

 

 

 シリカは思わず首を傾げた。

 

 

「何が、ですか」

 

「あんた、キリトの言った事を聞いてなかったわけ? キリトは《EGO》を持ってない人は下がれって言ってたのよ。なのにあんた、無視して突っ込んで……!」

 

 

 なんで。

 

 なんで褒めないで怒るの。

 

 邪魔者だった《EGO化身態》を倒したじゃない。

 

 

「リズベットの言う通りです。シリカ、 今の《EGO化身態》がもっと強い《EGO化身態》だったら、どうするつもりだったのですか。もし、そうだったならば、あなたはきっと反撃に遭って殺されていたかもしれないのですよ」

 

 

 アリスさんまで一緒になって同じような事を言ってくる。

 

 周りの皆は全員揃って同じような顔をしていた。皆揃って、あたしを責めている。

 

 強さを見せつけたあたしを、強いあたしを認めようとしていない。

 

 

 ――結局そうなんだよ。

 

 え?

 

 ――結局皆はあなたを弱いままにしておきたいのよ。いいえ、弱いものだと思っていたいのよ。

 

 あたしを弱いものだと、思っておきたい?

 

 ――そうよ。皆の共通認識は、あなたは一番弱いという事。あなたに強くなられるのは気に食わないのよ。

 

 あたしが、一番弱い……。

 

 ――そう。皆はずっとそう思っていたいのよ。

 

 なんだか、くるしい……むね、ずきずき、する……。

 

 ――苦しいでしょ。皆が認めてくれないからよ。皆、あなたを苦しめたがっているのよ。あなたが一番弱いから。

 

 なんで、なんで、なんで。

 

 ――でも、あたしはそうは思わない。何度も言ってるでしょ。あなたは強いのよ。でも、強いあなたが今、こんなにも苦しいのは、誰のせい? 誰が悪くて、誰があなたを苦しめているのかしら?

 

 わるいのは、あたしをくるしめるのは――。

 

 

「どうして、みとめないの……」

 

 

 シリカの零した言葉に、皆が「え?」と返してくる。何もわかっていない人達だ。

 

 

「あたしは、よわくない……なのに、なのに、なのに、なのに」

 

 

 身体から熱さが突き上げてくる。まるで痛む胸の中で炎が燃え盛っているかのようだった。

 

 食い縛っている歯からぎりぎりと音がして、口の横の辺りからつぅと液体が顎に流れていく感覚があった。

 

 直後、大きな声が飛び込んでくる。それはルコちゃんのものだった。

 

 

「キリト、駄目! シリカから離れて! シリカ、怖いの、なる!!」

 

 

 ルコちゃんの声に周りが反応した次の瞬間に、シリカ/珪子は思っていた事を吐き出した。

 

 

 

「ぜんぶ、あたしをみとめない、あなたたちがわるい」

 

 

 

 その声が放たれると同時に、珪子の身体は熱そのものへと変じた。身を汚していた血も、身を包んでいた衣服も蒸発し、真っ新な身体だけがそこに残った。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

「シリカ!!」

 

 

 キリトの叫びは禍々しい炎の竜巻の中に吸い込まれていった。その中心にいるのはシリカだ。

 

 シリカが光を失った瞳でこちらを睨み付け、溜まりに溜まった何かを吐き出すように言い放った次の瞬間、彼女の身体を激しい炎が包み込んだ。

 

 しかもそれは赤と橙色という一般的な炎の色をしておらず、緑黒色をしていた。炎は一瞬にしてシリカの全身を覆い尽くし、彼女の身を包んでいたもの、汚していた血を焼き尽くして――やがて激しい火炎竜巻となった。

 

 その光景には既視感があった。メディナだ。

 

 ハァシリアンによって追い込まれたメディナが頂点に達した絶望に呑み込まれ、《EGO化身態》へと変じようとしていた時、彼女は赤黒い炎の竜巻に包み込まれていた。

 

 メディナを《EGO化身態》へ変えた炎と、シリカを包む炎の色は異なっている。だが、感じられる熱さと凍て刺すような怒気はほとんど同じだ。恐らくあの炎はシリカの利己心に共鳴した《進想力》であろう。

 

 シリカに流れ込む《進想力》が炎の形を取り、シリカを《EGO化身態》にしようとしている。

 

 

「やっぱり、やっぱりそうだったんだ! シリカちゃんもあたしやリズさんと同じように……!」

 

「シリカ……あんたもこんなになるくらいに思い詰めて……!」

 

 

 リーファとシノンが酷く焦燥したような顔で(つぶや)く。

 

 そう言えば、リーファやリズベットが《EGO化身態》になった時、その身体が燃えるような事はなかった。

 

 しかしメディナとシリカは身体が燃え、炎の竜巻まで起こしている。この違いはいったい何なのだろうか。そんな事を疑問に思っている場合ではないというのに、考えてしまう自分の頭に若干のおかしさを感じる。

 

 

「キリト!」

 

 

 アリスを右隣に、キリトを左隣に置く立ち位置に居るユージオが呼びかけてくる。何を伝えようとしているかは、その手に握られている《青薔薇の剣》の姿でわかった。

 

 キリトは呼びかけに応じ、皆に号令した。

 

 

「皆、シリカが《EGO化身態》になった! 一刻も早く鎮圧するぞ!」

 

 

 その場に集まる仲間達が武器を構え直したのを確認してから、キリトも両手の剣を構え直し、シリカを呑み込んだ緑黒の火炎竜巻を睨んだ。

 

 数秒後、シリカを包む火炎竜巻と同じ色の光の粒子が集まり、やがて卵のような球体を作り上げた。《EGO化身態》を産む卵だ。

 

 禍々しい光の卵はすぐに割れ、中から新たな姿のシリカが顕現(けんげん)してきた。

 

 その姿を見た時、キリトは思わず一つの名前を口にした。

 

 

「フェザーリドラ……!?」

 

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