キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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20:歪なる暴風龍 ―化身態との戦い―

 

 

「フェザーリドラ……!?」

 

 

 それは《SAO(ソードアート・オンライン)》の舞台であるアインクラッドに生息していたドラゴンの名前だった。

 

 リランのように羽毛の翼と、二本の尻尾を持ち、どちらかというと愛らしい顔つきをした、水色の体毛と赤い瞳が特徴的な竜だ。

 

 それの小型を《ピナ》という《使い魔》としていたのがシリカであり、彼女も自分達も、ピナの《使い魔》という枠組みを超えた振る舞いに助けられ、時に癒されたりしていたものだ。

 

 そのピナの元になったフェザーリドラの姿に、今のシリカの姿は酷似していた。

 

 しかし相違点はかなりある。全体的なシルエットこそリランサイズにまで巨大化したフェザーリドラであるが、身体のあちこちが鋭利で物々しい水色と白色の装甲に包まれている。特に脚回りが顕著(けんちょ)だ。

 

 隙間から見える毛のない黒い肌には緑水色の粒子のような光が(うごめ)いていて、それ以外のところはフェザーリドラらしい水色の剛毛に包まれている。尻尾はやはり二本あるものの、前脚と後ろ脚同様に装甲に包まれていて、鋭利な蛇腹剣のようになっている。

 

 そしてフェザーリドラを象徴する大きな翼は――奇妙な事に、金属質の水色の装甲で構成されていて全く柔軟性がなく、羽ばたく事などできないもののように見えた。

 

 赤い瞳はシリカのそれと同じであり、禍々しい闇と怒気で満たされていた。

 

 

「あれって……」

 

「ピナ……!?」

 

 

 その姿を目にしたアスナとリズベットが瞠目(どうもく)しながら言う。アリスとユージオは何の話だと言わんばかりの顔をしているが、シリカと《SAO》時代から交流のある者達は、今の彼女の姿を見て驚くしかなくなっていた。

 

 まさかピナという《使い魔》の《ビーストテイマー》である彼女が、ピナと酷似した姿になってしまうなどという皮肉な事になるなど、誰が予想できたというのだろうか。

 

 そんな信じがたい姿となったシリカは、その(あぎと)を開いて咆吼した。禍々しい龍の声の中にシリカの声が混ざっているかのような不気味な声だ。

 

 その声を周囲に木霊させたシリカは――突如として空中に浮かび上がった。本来ならば羽ばたく事で揚力を生み出す翼は一切動いていない。なのに、シリカの巨躯は浮かび上がっていた。

 

 

「なっ……!?」

 

《馬鹿な……どういう事なのだ!?》

 

 

 キリトとリランの驚く声は重なった。いったいどうやって浮かんでいるのだ、あれは。そう思った時に、身体に風が当たるのを感じた。

 

 竜巻や台風まではいかないものの、かなり強力な風だ。それが《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》となったシリカを根源にして流れてくる。まさか、風と空気を常に操る事によって浮力を得ているというのか。

 

 いや、そうとしか考えられない。《EGO化身態》のシリカには、風や空気を操る力が備わっているのだ。《EGO化身態》となったリーファが大地と植物を操る力を、リズベットが即時物体生成と炎を操る力を得ていたのと同じように。

 

 それに気が付いたのはキリトだけではなく、他の皆もそうだった。そのうちの一人であるシノンが弓を構えつつ口を開く。

 

 

「シリカ、風を操っているっていうの……!?」

 

 

 リーファが焦り気味の顔をして言う。

 

 

「そんな力を得るなんて……もしかしてあたしやリズさんよりもヤバいのになった……!?」

 

 

 確かに、リーファとリズベットの時は、《EGO化身態》になる直前に身体が《進想力(しんそうりょく)》の炎で燃えるなんていう事はなかった。

 

 その炎に包まれて変身を遂げた者の内の一人であるメディナは、身体の一部を急激に変形させる事もできるうえに、人間の知能を失わず、時と場合を見極めて適宜(てきぎ)ソードスキルを放つ事もできるという、非常に強力な《EGO化身態》となっていた。

 

 そしてシリカは、風を自由自在に操って空へ浮かぶ事のできる《EGO化身態》となった。まだ戦い始めてすらいないので、具体的な強さはわかっていないけれども、既に強大な力を持っているというのはその全身から放たれているオーラによって感じられている。

 

 恐らく《EGO化身態》となったシリカの強さは、メディナと並んでいるだろう。

 

 二人の共通点は身体が炎で燃えてから《EGO化身態》となった事だが――もしかしたらあの炎は、《EGO化身態》の強さを反映したものなのではないだろうか。

 

 これまで確認された事がないくらいに強力な《EGO化身態》となる時は、多大な《進想力》によって構成された炎で身体が燃える。そういうふうになっているのではないか。

 

 クィネラとカーディナルにこの事を相談してみる必要がありそうだ。――尤もそれは、シリカを鎮圧できて、全員無事に央都へ戻る事ができたのであればの話だが。

 

 今やるべき事はシリカの鎮圧に集中し、誰一人欠ける事なく生還できるように戦う事だ。誰もシリカに殺されてはならないし、このままシリカを死なせるわけにもいかない。全員が生きて帰る。

 

 いつも通りではあるものの、時に酷く困難になる目標を胸に抱いて、キリトは双剣を握り締めた。直後、《EGO化身態》となったシリカ――暴風龍は吼えて突進を繰り出してきた。その向かう先に居たのは意外にも自分だった。

 

 

「おっと……!」

 

 

 キリトは直前まで引き付けてから横方向にダイブして回避した。それまでキリトが居た空間を暴風龍の巨躯が通り過ぎていき、更にその通り道に居た仲間達も全員別方向に飛び込んだりステップしたりする事で回避していた。

 

 突進を避けられた暴風龍は勢いを落として空中でゆらりと反転し、再び顔をこちらに向けてくる。その一通りの動きは、まるで水の中を泳ぎ回る水龍の如しだった。

 

 いや、実際そうなのだろう。暴風龍は風――空気そのものを操って空を泳ぐ事ができるのだ。空中での機動力は――競わせていないけれども――リランを超えているだろうし、恐らく空気さえあれば、暴風龍はこのアンダーワールドの全ての領域で本領を発揮して戦えるのだろう。

 

 アンダーワールドの全域が縄張りであり、自身が最も有利に戦える場所。それだけじゃない。あの暴風龍にはまだ見ぬ力があるような気がする。

 

 あいつは空中を泳ぐように舞える力だけじゃなく、もっと強い能力がある事を隠している。そんな気がしてならない。

 

 だが、それでも攻撃を加えない事には暴風龍をシリカへ戻す事はできない。怯んでいる暇などないのだ。《EGO化身態》の鎮圧に時間をかけるという事は、そうなってしまった人物が元の姿へ戻れる猶予を少なくするという事なのだから。

 

 キリトは双剣の内の一つ、自らの《EGO》に意識を送るようにして力を込め、暴風龍へ飛び込んだ。暴風龍は自身の身体を右後方へ捻った後、その場で横方向に薙ぎ払うように回転する事でキリトの迎撃に当たったが、それはキリトには当たらなかった。

 

 暴風龍に接敵する直前で足にブレーキをかけ、その足に力を入れて後方に飛び退く事で回避する事ができた。そしてそのバックステップの勢いを乗せて暴風龍にジャンプし、両手の双剣で暴風龍を右上方向から左下方向へ一閃する。

 

 確かな手応えがあった。やはりというべきか、《EGO》による斬撃が最も強い効果を示したようだった。《EGO》は暴風龍の鎧のような甲殻を焼き斬り、その下に隠れていた素肌を斬った。

 

 既に確認できている事ではあったが、暴風龍の水と白の甲殻の下にある肌は黒く、緑色の粒子のような光が蠢いていた。そう言えば、リーファとリズベットが《EGO化身態》になった時も、甲殻の下はこのような風貌だった。

 

 一方で、遥か昔に利己心に呑み込まれた者達、整合騎士達やメディナが《EGO化身態》になった時には、このような特徴は見られなかった。彼らが変じた《EGO化身態》の甲殻を破壊した際に見えたのは、赤や紫といった強い光を放つ筋肉質な肌であり、粒子状の光が蠢いているような事はなかった。

 

 この違いは何なのだろうか。リーファ、リズベット、シリカに共通している事と言えば、女性である事と、現実世界(リアルワールド)人であるという事だが――もしかして現実世界人が《EGO化身態》になると今のシリカのような特徴が現れるが、アンダーワールド人には現れないという事なのだろうか。

 

 先程からずっとこんな事ばかりが頭に(よぎ)る。シリカが《EGO化身態》になってしまっているというのに、その力や容姿にばかり意識が行ってしまっている気がする。

 

 これまでも結構そういう事があって、その事をシノンに話してみたら「お願いだからその時は相手を倒す事に集中して」と言われたものだ。

 

 彼女の要望はキリトも思っていた事であり、自分でも治そうとしていたが、どうにも治ってくれる気配はない。これもまた生まれ持っている何かなのだろうか。そんな事を考えるキリトに向けて暴風龍は吼え、次の攻撃を繰り出してきた。

 

 二本に分かれている尻尾を絡ませて太い一本にさせ、それを振り上げる。間もなくしてその場で高速で宙返りし、前方を下から上へと薙ぎ払った。所謂(いわゆる)サマーソルトという攻撃だった。キリトは咄嗟に二本の剣を交差させて防御態勢を取り、受け止める。

 

 がぁんという金属音が周囲に響き渡ると同時に凄まじい衝撃が全身に襲い掛かってきた。剣を伝ってきたそれのせいで腕の力が緩んだ時、キリトは思い切り宙にかち上げられていた。

 

 《EGO》で防御したおかげでダメージも痛みもあまり受けずに済んだが、暴風龍の尻尾に掬い上げられるのだけは防ぎ切れなかった。足先に何の感覚もなく、動かせば宙を切るばかりだ。

 

 

「う、わあああッ」

 

 

 思わず悲鳴を上げてしまったその時だった。真下を巨大な何かが通り過ぎ、キリトはそれの上に乗せられる形で拾われた。

 

 結構な速度を出しているその飛行体から振り落とされそうになり、キリトは咄嗟に《EGO》を仕舞ってしがみ付く。

 

 柔らかくも強靭で、少し引っ張った程度じゃ千切れる事など決してない剛毛を掴んでいる感覚が手にあった。下を見るとそこは一面の白金色の毛の絨毯(じゅうたん)。リランの背中で間違いなかった。

 

 

「リラン悪い、助かった!」

 

 

 頭の中に初老女性の《声》が響いてきた。

 

 

《気を付けよキリト。シリカは並大抵の相手ではないぞ!》

 

 

 リランは忠告をした後にスピードを落とし、ホバリング態勢へ移った。身を乗り出して見下ろしてみたところ、暴風龍が地上付近でこちらを睨み付けているのが確認できた。

 

 恐ろしいまでの殺意と怒気がその目から(にじ)み出ていて、背筋が凍りそうになる。あの暴風龍の元になったのはシリカだが、彼女の中にあれだけの怒りと憎悪が(ひそ)かに募っていて、暴風龍という形になって具現化しているという事なのだろうか。

 

 だとしたら、どうして自分達は気付かないでいたというのだろう。あの姿はきっと傷付いたシリカの心の姿だ。あんなになるまで、自分達はシリカの事を気にかけないでいてしまった。

 

 彼女はきっと助けを求めていたのだろうが、自分達は一切気が付かないでいた。だから彼女はあんなふうになった。

 

 そして、その傷付いた果てに暴走した心そのものにシリカは呑み込まれつつある。完全に呑み込まれればそれで終わりだ。彼女をこんな形で終わらせてしまうわけにはいかない。一刻も早く助け出さねば。

 

 と思って《リメインズ・ハート》を鞘に戻して《EGO》を呼び戻したその時だった。暴風龍が唐突に空に向かって吼えた。歪な龍のそれとシリカの絶叫が混ざったような声が空間中に響き渡る。

 

 今のは何だ――キリトがそう思った時に、暴風龍は翼を羽ばたかせる事なく高度を一気に上げてきた。こちらに突進を繰り出してきたのではなく、キリトとリランの目の前を通り過ぎて行った。

 

 その直後に異変は起きた。それまで晴れ渡っていた空が急激に雲に覆い尽くされた。雲は尋常ではないくらいの厚さを持っているらしく、一瞬にして(ソルス)の光を地上へ届かなくした。周囲はあっという間に夕闇ぐらいにまで暗くなる。

 

 

「えっ、何ですか!?」

 

「な、何が起きたの!?」

 

 

 アリスとユージオが悲鳴のような声を上げて戸惑い、それが皆にも伝染した直後、強い寒気がキリトに襲い掛かってきた。冷風だ。猛暑の真夏の時に使う冷房を強くし過ぎた時のような――いや、冷房では出す事ができないほどの凍て付くような風が雲から吹き付けてきた。

 

 間もなくして、空を覆う雲から大粒の雨が降ってきた。それもアンダーワールドに来てから経験した事がないくらいの凄まじい勢いでだ。

 

 バケツをひっくり返したという表現がそのまま合致しそうなくらいの降雨によって、ただでさえ暗くなっていた周囲は更に暗くなり、闇に包まれてしまったかのようになった。

 

 それだけではない。雨自体が妙に重く、冷たいのだ。そのせいで身体が若干猫背になる。まるで首から背中にかけての辺りに(おもり)を付けられたかのようだった。

 

 直後に身体がぐわんぐわんと揺らされた。リランが姿勢を崩してふらふらとホバリングしている。勿論この雨のせいだった。リランが羽ばたく際に発揮する筋力は並大抵ではないため、ちょっとやさっとの豪雨程度じゃ体勢を崩したりする事などなかった。

 

 そのリランがこうなっているという事は、この雨の勢いは規格外の域に入っているという証明に他ならなかった。

 

 

「リラン!」

 

《何なのだ、これは……この(みぞれ)が今のシリカの能力だというのか!?》

 

 

 リランからの応答にキリトは目を見開いた。霙だって?

 

 霙とは雨と雪が混ざり合って降っている気象の事であるが、今ここで自分達に打ち付けている雨は、雪を含んでいるというのか。なるほど確かに、霙であるというのであれば、この雨がこんなにも重く冷たいのもわかる。

 

 だが、問題はそこではなく、暴風龍が吼えた途端に雲が集まって霙が降り始めた事だ。どう見ても暴風龍が気象を操って意図的に霙を降らせたとしか思えない。

 

 まさか暴風龍の真の力とは、空気と風を操作して空を泳ぐ程度ではなく、気象そのものを自由自在に操る事ができるというものではないだろうか。いや、最早そうであるとしか考えられない。

 

 リーファは暴風龍が宙に浮いた時点で「自分達が《EGO化身態》になった時よりもヤバいんじゃ?」みたいな事を言っていたが、どうにもその通りだったようだ。

 

 暴風龍はリーファがなった《EGO化身態》である《緑樹の女龍》、リズベットがなった《EGO化身態》の《隻眼の鎚龍》、そしてメディナの《EGO化身態》である《赤黒の猫人》よりも強い。

 

 つまり、これまで相手にしてきた《EGO化身態》の中で最も強大且つ凶悪な存在であるという事だ。

 

 現実世界人組の中で最年少であるシリカが最強の《EGO化身態》になるなど、誰が想像できただろうか。少なくともキリトは全く想像していなかったどころか、シリカが《EGO化身態》になってしまう事自体全く考えていなかった。

 

 それだけ彼女の事を意識していなかったという事なのだろうか。もしかしてそれこそが彼女を――。

 

 そう思った時、急に身体中に痛みが走るようになった。よく感じ取ってみたところ、痛んでいるのは全身ではなく、それまで霙が当たっていたところだった。

 

 そこに何か無数の細かくて硬いものが次から次へと当たっているような感覚が起きている。

 

 

「何だ、今度は!?」

 

《霙が(あられ)に変わったようだ》

 

 

 霰。雪が降る前などに見られる、大気中の水分が細かく氷結したものが降ってくる気象である。霙が霰に変わったという事は、暴風龍は雪を降らせようとしているというのだろうか。

 

 と思った時、荒天に舞い上がっていた暴風龍は急に狙いを定めたようにリランとその背に乗るキリトに突進してきた。降り頻る霰の中でも動きを鈍らせず、リランは強く羽ばたいて横方向へ大きく移動し、迫り来る暴風龍の巨躯を回避する。

 

 しかし大分寸前の回避であり、暴風龍が横切った際の風がキリトの頬を掠めるように吹き付けてきた。リランは空中での機動力と速度に自信があると言っており、キリトも実際にそうだと把握したうえで信頼しているが、暴風龍はリランを上回る機動力を出せるのかもしれない。

 

 最早暴風龍は空を掴んでいるようなものだから当然であろう。

 

 その暴風龍は突進を繰り出した際の勢いを乗せたままくるりとその場で反転し、(あぎと)を開いた。弾を放つ大砲が出すそれのような音を出して、ブレスを放ってくる。

 

 放たれたのは――圧縮された風の中で雷がスパークするように渦巻くエネルギー弾だった。

 

 

「雷!?」

 

 

 思わず驚いて動きを止めたキリトと対照的に、リランは暴風龍と向き合うように体勢を変えて同じように咢を開き、体内で燃え盛る炎を火球に変えて放った。両者のブレス弾は正面衝突し、大爆発を引き起こしたが、吹き荒ぶ風と霰によって煙や炎が残ったりはしなかった。

 

 リランは続けて暴風龍に向けて数発ブレスを放つ。空を裂いて進む火炎弾の群れの接近を認めた暴風龍はぎゅんと急加速して上昇し、それらを回避して見せる。

 

 反撃が来ると思ってキリトはリランの背中の剛毛を強く握ったが、同時に頭の中で考えを巡らせていた。今、暴風龍が放ったエネルギー弾には風だけではなく雷が含まれていた。

 

 暴風龍は気象を操る能力と共に、体内に雷エネルギーを宿しているのというのだろうか。だとすれば最早何でもできるじゃあないか。空気を操って宙に浮かべるし、気象を操って荒天を意図的に作り出せるし、雷エネルギーでの攻撃もできる。

 

 流石にクィネラの神聖術には及ばないが、それでもかなり万能だ。味方にすればさぞかし頼もしいだろうが、生憎今のシリカは完全なる敵。元に戻さなければならない《EGO化身態》だ。実に最悪な状況になっていると、キリトは改めて思っていた。

 

 その時、リランが放ったブレスの一発がようやく暴風龍に命中した。それも甲殻のない部分に当たったようで、暴風龍は明確な悲鳴を上げて爆炎の中から飛び出してきて、数秒ふらふらと飛んだ。

 

 今ので結構なダメージが入ったはずだ。このまま攻撃を続けて撃ち落とし、地上に居る《EGO》使いの皆を中心とした仲間達で一斉攻撃を仕掛けて一気に鎮圧する。そうするべきだ。

 

 あの暴風龍との戦いを長期に及ばせるような事があってはならない。何故かそんな気がしてならなかった。

 

 そう思いつつリランに更なるブレス攻撃を支持しようとしたその時だった。暴風龍が体勢を立て直し、こちらを睨み付けてきた。

 

 またもやブレスを放ってくるかと思いきや、暴風龍はくるりと身体を反転させるようにして高度を上げた。あっという間に上を取られる。正面からでは防がれるうえに反撃をもらいやすいから、上を取ったのだろうか。

 

 その予想は外れだった。暴風龍は再度吼え、辺り一面の空に声を轟かせた。その声色の中にシリカのそれはなくなっていた。まるで僅かに残っていたシリカの部分が完全に暴風龍の中に埋もれてしまったかのようだった。

 

 今度は何をするつもりだ。最初に雲を呼び寄せて霙を降らせ、次にそれを霰に変えた。となると次は雪にするつもりだろうか。(ある)いは吹雪を起こして視界不良を起こさせ、更に寒さで体力をじわじわ削る作戦に入るのか。

 

 気象操作という力から連想できる戦い方を片っ端から頭の中に浮かび上がらせて、キリトは身構える。次に来るのはなんだ。何が来ても大丈夫なように身体に力を入れたその時だった。

 

 ごっという音がすると同時に背中の辺りに鋭いようで鈍い痛みが走った。また何かが降ってきて直撃したようだ。また霰だろうか。いや、それにしては当たった時の痛みが強い。

 

 

「がっ……!」

 

 

 今度は頭に何かが当たった。それほど重くはないものの硬く、頭蓋骨と首の骨に衝撃が走って一瞬意識が遠のいて戻った。間もなくしてその時と同じものが連続して降ってくるようになり、背中から頭にかけて絶えず痛みが走る。

 

 

「ぐあ、ぐあああッ」

 

 

 耐えきれなくなって、キリトはリランの背に伏せた。そこにも容赦なく空からの飛来物が襲って来る。地上から皆の悲鳴と共にごおおおおおという音が聞こえる。

 

 空から降る無数の硬い塊が地表を襲い、穴を穿とうとしているようだ。その中でも容赦なく硬い塊は降り注いできて、キリトはたまらず頭を両手で覆った。

 

 背中を中心とした身体の後部の痛みが止まらない。きっと背中は既にあちこちで内出血を起こして酷い事になっているだろう。そこに駄目押しと言わんばかりに空からの塊が降り続ける。最早感覚が麻痺するのも時間の問題だった。

 

 霰よりも大きくて硬いものが降り、時に建築物のガラスを割ったりして傷付け、時と場合によっては自然界に生きる動物達を苦しめて殺してしまう事さえある気象。

 

 ――(ひょう)だ。

 

 今、自分達を襲っているのは雹。降ってきているのは高高度で冷え固められたゴルフボールくらいの大きさの氷の塊だ。

 

 現実世界では、雹が降ってきたならば即座に屋内に避難しなければならない。落ちてくる氷の塊に当たろうものならば、基本的に怪我で済まされないからだ。

 

 だが、今ここに雹を防げるほどの建物などない。防げそうなところまで逃げようにも、暴風龍が逃がしてくれるわけがない。完全に暴風龍の戦略に嵌められてしまった。

 

 

《ぐ、あ、ああああああッ》

 

 

 リランの悲鳴が《声》となって頭の中に響いた。すぐさま羽ばたきが不規則になって一気に高度が下がり、キリトは空中に投げ出されそうになる。

 

 キリトや他の皆を乗せて飛べるくらいに大きな身体を持つリランにとって雹ほど最悪の気象はない。硬いものの貫通力のない小さな氷の弾が全身に撃ち込まれるのだから。

 

 

「リラン、しっかりしろ……!」

 

 

 言ったところで無意味だとわかっていても、言わずにはいられなかった。今相手にしているのは雹という気象ではなく、それを操る暴風龍だ。

 

 空を駆ける力を持つ暴風龍と対等に戦うには、リランの翼が必要不可欠である。この戦いの中でリランの翼を使えなくされるわけにはいかない――そう思ったその時には、リランは地上のすぐ近くにまで高度を落としていた。この短時間で体力を相当削られてしまったのだろう。

 

 キリトは咄嗟に回復系神聖術を唱えようとした。少しでもリランの《天命》と体力を回復させ、浮力を取り戻させなければ。

 

 詠唱が完了しようとしたその時だった。急に暴風が吹いてきて、リランの身体があらぬ方向に引き寄せられた。雹が混ざる嵐の中に吸い込まれたかのように、天と地が何度も反転を繰り返す。上へ引っ張られたかと思えば即座に下に引っ張られ、右へ左へと振られる。

 

 その中でキリトがリランの剛毛から手を滑らせるのは容易だった。リランの背から剥がされたキリトは、掴まっていた時と同じようにあらゆる方向に身体を引っ張り廻された後に、地面へ叩き付けられた。

 

 

「かはッ」

 

 

 肺の中の空気が一気に絞り出され、呼吸ができなくなる。全身に鈍くも強い痛みが喰らいついていた。何とかして顔を上げ、目を開こうとすると、今度はその目に痛みが走った。

 

 頭部のどこかに裂傷ができて、そこから血が垂れていた。地面に激突した衝撃でできたのか、それとも雹によるものなのかは定かではない。

 

 

「キリトッ!!」

 

 

 不意に自分を呼ぶ声がして、キリトは血と涙で潤む目でそちらを見た。弓と矢を持った少女――自分にとって大切な人であるシノンが走ってきていた。

 

 が、そこでキリトは目を疑った。シノンの周りにぼんやりと、黒と青の光の粒子みたいなものが多数漂っているように見えたからだ。

 

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