キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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21:雹嵐に目覚めるは ―化身態との戦い―

 

          □□□

 

 

 《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になったシリカの力は想像以上のそれであった。

 

 彼女が吼えれば天気が瞬く間に荒天となり、あちこちから強風が吹き付けてくるようになり、降り注ぐ雨は(みぞれ)になり、(あられ)になり、そして(ひょう)となって地上を襲うようになった。

 

 彼女の雹は共に戦いへ臨んでいるシノンの友人達に甚大な被害をもたらしていた。誰もが降ってくる雹による痛みに耐えきれず、身動きが取れなくなっている。

 

 当然、各々の武器を振るってシリカにダメージを与える事もできていない。シリカはほとんど傷を負っていない状態でゆうゆうと空を泳いでいる。

 

 《EGO化身態》はできる限り短時間の間に鎮圧しなければならないというのに、一向にそれを進める事ができずにいた。ここまで上手く戦えていない《EGO化身態》の鎮圧戦は初めてだ。

 

 本来ならば、ベルクーリやファナティオといった整合騎士達に加わってもらったうえで鎮圧に臨むべきだろうが、生憎彼らはこの場にいない。

 

 西帝国が再び謎の荒天に見舞われているというのは央都の外壁から確認できているだろうから、もしかしたら向かおうとしてくれているのかもしれないが、この雹と風だ。飛竜が飛んでいけるわけがないと判断し、様子見に入っている事だろう。やはり協力者は望めない。

 

 この状況下で、全てをこの場に閉じ込めたうえで痛めつける雹の嵐によって一番激甚な被害を受けていたのは、シノンにとって掛け替えのない大切な人であるキリトだった。

 

 リランというシノンにとっても家族に近しい人が狼竜となった姿の、その背に乗って上空でシリカと戦闘を繰り広げている彼は、誰よりも早く雹による被害を受けた。激しく降る氷の塊の群れに穿(うが)たれたリランが上手く飛べなくなり、そこを暴風に吹き付けられた。

 

 キリトは闇に近しい雲に支配された上空から放り出され、地上に落ちた。そのキリトのところにシノンが辿(たど)り着くのと、リランが墜落するのはほぼ同時だった。

 

 

「キリト!!」

 

 

 悲鳴のような声しか出なかった。こんな声を出していては、彼を余計な不安を与えてしまうだろう。ただでさえ傷だらけにされたうえで落とされたというのに。

 

 ――それは誰のせい?

 

 

「シノン……ぐうッ」

 

「あぁッ」

 

 

 彼はゆっくりと上半身を起こそうとするが、すぐに地面へ仰向けに倒れてしまった。大きめの氷の塊が降ってきて、彼の腹部付近に直撃したためだった。

 

 現実世界にいた時、雹が降って被害が出たというニュースは何度も聞いた事があった。だが、その時に出た被害といえば農作物が傷だらけになったとか、住宅やビルの窓ガラスが割れてしまっただとか、車のボディが凹凸(おうとつ)だらけになってしまったなどといった話ばかりで、人が雹を浴びて大怪我を負ったなんて話は出てきていなかった。

 

 雹が降ってくるような気象になれば、誰だって屋内に避難するのだから当然だ。しかし、農作物や建造物の被害の有り様を見ていると、人が浴びればどうなるのかと気になっていた部分もあった。

 

 ……雹は予想以上に凶悪で残酷だった。傷だらけになろうが打撲だらけになろうが容赦なく降り続け、どこまでも執拗(しつよう)に駄目押しをしてくる。今まさに傷を負わされている自分達のように。

 

 ――だけど、一番苦しめられているのは、誰?

 

 

「キリト……!」

 

 

 シノンは咄嗟(とっさ)にキリトに覆い被さろうとした。少しでもキリトに雹が当たらないようにするために。

 

 背中に絶え間なく氷の塊がぶつかってきて、大小異なる痛みが常に走る。それよりも衝撃が激しくて、足から力が抜けてしまいそうだ。

 

 

「あうっ、あぐッ」

 

「シノン、駄目だ、やめてくれ……」

 

 

 キリトは首を横に振ってシノンと立場を入れ替わろうとしていた。

 

 まただ。また彼は自分を守ろうとしてくれている。

 

 どんなに自身が傷だらけでも、命がなくなりそうになっていたとしても、自分の命の方を優先して助けようと、守ろうとしてくる。それが彼、キリト/桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)という人なのだというのはわかっている。

 

 今まで彼はずっとそうであり、そうであったからこそ自分は今ここに居られている。私がここに居られているのは彼が守ってくれるおかげ。片時もそれを忘れた事はない。そして彼は今、ぼろぼろの身体で自分の事を守ろうとしている。これまでと同じように。

 

 だけど、自分が守られたのと引き換えに彼の命がなくなってしまったら何の意味もない。

 

 ――今やるべき事は何かしら? 根本的に解決するなら、そうじゃないよね。

 

 そうだ。キリトに覆い被さっていれば、確かに彼がそれ以上傷を負うのを防げるだろう。だけど、根本的な解決にはならないし、このまま雹に打たれ続ければ二人して共倒れしてしまう。

 

 ――離れたくない? わかるわ。だけど、キリトを守るなら離れなきゃでしょ。

 

 

「ごめんなさい、キリト」

 

 

 シノンはキリトに言われる通りに離れ、弓に矢を(つが)えて振り返った。

 

 そこに広がっているのは闇だった。シリカの発生させた雲はとんでもないくらいに厚く、昼であった周囲を闇夜に変えるほど光を遮断していた。

 

 その中で雪を交えた雹が降っていて、ほとんど何も見えない。ホワイトアウトと言っても差し支えのない状態になっていた。

 

 視覚の方を諦めて聴力に意識を集中させてみても、ごおおおおおという雹が地面を叩く音で何も聞こえない。見る事も聞く事も封じられていた。

 

 ――見えない? 聞こえない? そんな事ないでしょ。

 

 いや、そんな事はなかった。意識を刃のように研ぎ澄ませて鋭敏にしてみたところ、白い闇の中に光が見えた。

 

 青白くぼんやりとしているが、確かに光がある。色合い的にシリカの放っているものではないだろう。

 

 更に目を凝らしてみたところ、その正体が掴めた。青白い光のエネルギーで自身を構成する、一対の巨大な腕を肩に当たる部分から生やした大きな狼。アスナの《使い魔》の形態になっているユピテルだった。

 

 全ての足を地面に突き立て全身に力を込め、光を発しているようだ。雹による痛みを受けている様子は見受けられない。あれは何故だろうか。

 

 ……そういえばユピテルは《使い魔》形態になると、金属の部分以外に痛覚等の感覚がなくなるらしく、その金属部位も強すぎる力を加えられないと痛みが発生しにくいようになると聞かされた事がある。

 

 もしかしたら、そのおかげで彼は雹による被害を受けずに済んでいるのかもしれない。雹は確かに硬くて、当たるとかなり痛いが、金属よりかは硬くない。

 

 それに《使い魔》形態のユピテルの身体は常に雷並みの電気で帯電しているから、そのおかげで雹を喰らわずにいられているのだろう。

 

 つまり天候を操る事で間接的に常時攻撃を仕掛けてくるシリカの大敵であるが、しかし彼は女性を癒やすために産まれたAIであるため、《EGO化身態》となっていたとしても女性を攻撃できない。

 

 それがシリカという、《SAO》の時から苦楽を共にしている娘ならば尚更だ。だからこそ、彼は今光を発して周囲の視界確保に努めているのだろう。攻撃できればシリカに大ダメージを与えられるのがわかるせいで、歯痒(はがゆ)くて仕方がなかった。

 

 しかもその視界確保の光の範囲もかなり限定的で、この暗闇雲の中にいるシリカの姿を照らせてはいなかった。あれでできる事と言えば、シリカが突進してきたところを照らして回避しやすくする程度であろう。

 

 ――キリトが危ないのに、役に立ってるって言える?

 

 もっと耳を澄ませてみたところ、獣の声と掛け声が聞こえてきた。これは冬追(フユオイ)とユージオによるものだ。更に金属同士がぶつかりあったような鋭い音、重いものが同じくらい重いものにぶつかったような鈍い音まで聞こえてくる。

 

 どうやら二人はシリカとまともに戦う事ができているらしい。そもそもユージオと冬追は冷気を自在に操る力を持っているから、それでバリアみたいなものを張る事で雹を防いでいるのかもしれないし、(ある)いは雹の方が彼らを避けて落ちていっているのかもしれない。

 

 いずれにしてもこの気象下ではユージオと冬追くらいしか頼れる味方はいなさそうだ。その中に自分も加わり、一刻も早くシリカを鎮圧しなければ。このまま雹が降り続ければ――。

 

 ――私のキリトが危ないものね。

 

 そんな言葉が頭の中に響いた時、シノンは不思議な感覚を得た。痛みがあまり感じない。先程からずっと雹が打ち付けてきていて、痛くて仕方がなかったというのに、その痛みが引いてきた。

 

 体表の痛覚が麻痺してきてしまったのだろうか。だが、どうなっているのかを詳しく確認している時間はない。それに、痛みを感じにくいのは今は好都合だ。 

 

 これならば弓を引ける。痛みが邪魔してこないのだから。今ならシリカと戦える。シノンは雹の中を突っ切るつもりで走り、ユージオと冬追が出しているであろう戦闘音の発生源へと急いだ。

 

 少し進むと、暗闇の中で動き回る三つの影が見えるようになってきた。巨大な影が二つに、人影が一つ。巨大な影の正体は冬追とシリカ、人影はユージオで間違いなさそうだ。

 

 巨大な影は闇の中を踊るようにして取っ組み合っている。どちらが冬追でどちらがシリカなのかの見分けは付きそうで付かなかった。

 

 並大抵の生物ならば視界を奪われてしまうであろう――先程までの自分もそうだった――暗闇の中で目を凝らしていると、徐々に巨大な影のシルエットがしっかりしたものなってきた。今ならば撃てる。

 

 ――さぁ、いつも通りに弓を引きましょう。奪おうとする者を倒すの。

 

 弦を引き絞ると、いつもよりもずっと力が籠った気がした。ぎりぎりという音を弦が出している。弦がこんな音を出しているところなど見た事があっただろうか。

 

 それくらいにまで力が入っているらしい。このまま引き続けたら弦が千切れてしまいそうだ。

 

 しかしシノンはほとんど気にせずに弦を引き絞り続け、狙いを闇の中で踊る巨大な影のうちの一つに定める。《GGO》の時ならば《弾道予測線(バレット・ライン)》が出てサポートしてくれるものだが、この世界にはそんなものはない。

 

 だからいつでも目視で狙いを定めるしかなかった。だが、それも《SAO》と《ALO》ですっかり慣れたものだ。今更苦戦したり、使いづらさを感じたりする事などない。

 

 目を細めて更に狙いを鋭くしていくと、瞳孔が拡大されたような気がした。筋肉に程よく力を入れて矢の向く先を調整していく。巨大な影と矢の向く先が重なり合った。

 

 

「――そこよ」

 

 

 口元から小さく声を出すと同時にシノンは右手に構える矢から手を離した。弾き出された矢は雹嵐どころか空間の全てを引き裂くようにして突進していった。

 

 そして、あろう事か発射とほぼ同時に巨大な影に着弾した。

 

 ずだんっという明確な音がしたかと思うと、悲鳴が聞こえた。獣の悲鳴だ。だが冬追のものではなかった。この距離では冬追とシリカの違いがわからなかったが、どうやらシリカを撃てたらしい。

 

 弦を引き絞っている時、その事と狙いを定める事だけに集中していて、暗闇の中で動き回る影のどちらが冬追で、どちらがシリカなのかの判別はしていなかった。なのに狙いはシリカの方に向き、放たれた矢は真っ直ぐシリカに吸い込まれた。

 

 どうしてこれだけの暗闇の中でシリカと冬追を判別できていたのだろう。まるで無意識のうちにシリカを狙う事ができているかのようだった。

 

 ――当然よ。だってあなたはもう――。

 

 その時ようやく、頭の中に《声》が響いてきている事、先程から無意識のうちに聞き取っていた事に気が付いた。

 

 この《声》って確か――。

 

 思いかけたそこで、それまで見えていた影が急に巨大化したのが見えた。いや、違う。影の主が一気にこちらに接近してきたのだ。

 

 闇が斬り裂かれて、影の主の正体が明かされる。《EGO化身態》となったシリカだった。白と水色の刺々しい鎧に身を包んだ禍々しいフェザーリドラともいうべきそれが、巨躯をきりもみ回転させながらこちらに突っ込んできていた。

 

 恐らくこちらの放った矢を受けて、敵視をこちらに向けてきたのだろう。この暗闇がなかったならば即座に確認して回避行動に移れたかもしれないが、視界をほとんど潰されていた状態であったために、そうはできなかった。

 

 シノンは咄嗟に弓を突き出して盾のように構え、防御態勢に入った。本物の盾でもなければ両手剣でもないので防御性能は(たか)が知れているが、それでもないよりはマシなはずだ。

 

 間もなくしてシリカの渾身の突進が直撃した。一瞬のうちに全身に鋭い衝撃が走り、筋肉がびりびりと痺れる。踏み止まる事はできず、シノンは後方へ吹っ飛ばされた。

 

 

「あうぐッ」

 

 

 一秒も経たないうちに地面に激突し、そのまま勢いよく転がった。肺が潰されて空気が一気に吐き出され、息ができない。そのくせして肺は焼けるように熱くなっているようだった。

 

 普段ならば、こんな事が起きれば仲間達の心配する声がしてくるものだが、誰の声も聞こえてこない。そもそも何が起きたのか見えていないのだ。この雹と暗闇の中だから当たり前である。もう誰も居ないのではないかという不安が起きてくる。

 

 

「ぐぅう……」

 

 

 しかし、不安と痛みはすぐに引いた。身体に力が戻り、立ち上がる事ができた。雹が当たってくるものの、痛みが感じられない。まるで身体が自分のモノでなくなっているかのようだった。

 

 だが、それも幸運に思えた。まだまだ戦えるのだから――シノンが身体をしっかり伸ばして弓を構え直そうとした時、シリカの姿がはっきりと見えた。

 

 明らかに暗闇の中に紛れていて見えなくなっているはずなのに、荒れ狂うシリカの姿だけがしかと確認できた。他の仲間達の姿は見えない。

 

 まるでシリカを見る時だけ、《GGO》にあった暗視スコープのような装備の効果が働いているかのようだ。僥倖(ぎょうこう)だ。シリカさえ見えれば矢を放てる。

 

 シノンは弓を構えようとしたが即座にシリカがもう一度攻撃に出てきた。軽くこちらに近付いたかと思いきや、電撃を纏わせた尻尾で横方向に薙ぎ払って来る。

 

 本人は暗闇にいるから見えないと思っていたようだが、生憎見えていた。シノンはバックステップしてシリカの薙ぎ払いを回避し、そのまま勢いを乗せて弓に矢を番えて放つ。

 

 一瞬のうちに放たれた矢はシリカの装甲を纏っている部位に命中したが、弾かれる事なく突き刺さり、黒い血を噴き出させた。彼女はかなりの痛みに襲われたようで、またしても明確な悲鳴を轟かせた。

 

 雹が身体に当たってくる感覚が薄れる。どうやら降り注ぐ雹の勢いが弱まっているようだ。この荒天はシリカの状態とリンクしていて、シリカが弱ると一緒に弱るようになっているのだろうか。

 

 それならば良い事がわかった。このまま攻めれば、キリトを襲うこの嵐は止む。嵐を晴れさせさえすれば、最早怖いものなど何もないに等しい。

 

 ――このまま攻め続けましょう。簒奪者(さんだつしゃ)を殺してやりましょう。

 

 シノンは一度に三本の矢を弓に番え、シリカに向けて放った。

 

 これは央都での鍛錬の時にふと思い付き、そのまま実践したものであったが、いざやってみると一本だけまともに飛び、残りの二本は情けなく落ちるか変な方向に飛ぶなどして、攻撃にならなかった。

 

 その時既に実戦では使えそうにないとわかり、魔獣や《EGO化身態》戦でやろうとも思わなかったが、今ならば上手く行くのではないかという気がしていた。

 

 結果は――シノンの思い通りになった。三本の矢は空中でバランスを崩す事なく綺麗に整列して空を裂き、シリカの装甲を貫き、その筋肉に深々と突き立てられた。

 

 フェザーリドラとなっているシリカはまたしても悲鳴を上げて空中をふらつき、嵐を弱らせた。一度に三本の矢で撃たれたのだから三回分のダメージが入り、堪えたのだろう。

 

 やはり効いている。《EGO》を持っていない自分の攻撃が、シリカに効いている。これならばきっと――。

 

 ――さぁ、続けるの。私のキリトを奪おうとする奴を許す事なんてできないもの。

 

 

「うっ、あああッ」

 

 

 頭の中に強く《声》が響いたかと思うと、急に頭痛がしてきた。頭を両脇から締められているような痛みだった。思わずシノンは片手で頭を抱える。

 

 それだけじゃない。雹の激突をなんともしていなかった身体に突然痛みが舞い戻ってきた。

 

 身体のあちこち――主に右半身からめきめき、みしみしという何かが軋んでいるような、或いは強靭な顎と歯を持つ生き物が硬いものを食っているような音がしている。痛みはそれのせいで間違いなかった。

 

 打ち付けてくる雹による痛みは何もないのに、身体は生きながら何かに食われているような痛みに襲われている。

 

 いったい何なの。

 

 私はシリカを止めなきゃいけないのに。

 

 シリカを――殺さなきゃいけないのに。

 

 ――邪魔はしていないわよ。あなたの願いを叶えられる姿にしているだけだから。

 

 もう一度《声》が響いた次の瞬間、傷付いたシリカが咆吼した。その声は空間を揺らすほどの衝撃波にも近しい暴風を発生させ、比較的近い位置にいたシノンは引っ張られるようにして後退させられた。

 

 直後、シリカはかっとその顔をこちらに向けてきて咢を開いた。怪物となっている彼女の口内が光ったのが見えたのと同時に、シノンは無意識のうちに回避行動を取ってその場を離れていた。

 

 次の瞬間にはそれまでシノンが居た空間を巨大なエネルギー砲弾が貫いていた。雷のエネルギーが内部で渦を巻いているそれは真っ直ぐ飛んでいき、地面に着弾。膨大な雷を周囲に(ほとばし)らせた。

 

 身体を食われるような痛みがひとまず収まった。すかさずシノンは弓に矢を番える。今度は四本一度に弦に装着して引く。明らかに手に収まっていないが、不思議な事に矢が手から外れそうにならなかった。

 

 狙いを定めた時、シリカはもう一度シノンを睨んで咆吼した。またしてもその口周りで雷らしきエネルギーが迸ったが、ブレスを発射してくるのではないと瞬時に理解できた。

 

 来るのは――真上。真っ直ぐこちらに向かって落ちてくる。そんな予感が頭の中で響き、シノンは弓を構えた姿勢のまま脚に力を込めて地面を蹴り、バックステップした。

 

 次の瞬間、暗闇を切り裂く稲妻が落ちてきた。紫と白色で構成された一本の槍のような雷が、それまでシノンの立っていた地面を直撃した。

 

 

「雷……!」

 

 

 ブレスを放った時から見えていたものの、シリカには雷を操る力も存在しているらしい。気象を操作する能力がそもそも備わっているのだから、気象の一つである雷を操れても何ら不思議ではないので納得はできる。

 

 しかし、今は余計なものが追加されていっているような気しか感じない。こちらを邪魔する要素が次から次へと絶え間なく加算されてくる。

 

 ――どこまでキリトを奪おうとすれば気が済むのかしらね。

 

 またしても頭痛が走ってきた。大きな両手で左右から締め上げられているかのような痛みだが、そのうち万力で締め上げられるような痛みに変わるのではないかという気がしている。

 

 それくらいにまで痛みは強くなっていた。しかしシノンは歯を食い縛って耐え、シリカに矢を放つ。通常の四倍の数の矢は、まるで一本となっているように嵐を裂いて飛び、もう一度鎧を貫いてシリカの身体に突き刺さった。

 

 嵐の根源であるシリカは大きな悲鳴を上げて傷口から黒い血を噴き出させ、ぐらりとよろめき、地面にその身体を叩き付けた。大きなダメージを負った事によって浮遊できなくなり、墜落したのだ。

 

 地面から足へと衝撃が伝わってきた直後、打ち付けてくる雹が目に見えて減少した。間もなく、雹が地上に降り注ぐ事がなくなった。シリカが弱った事によって嵐が勢いを削がれたのだろう。

 

 その嵐をもたらしていた雲もシリカの制御を外れた事で薄くなり、闇に包まれていた周囲が明るさを取り戻し始めた。そして、共に戦っている仲間達――友人達の姿が確認できた。

 

 ――まだよ。手を緩めてはいけないわ。徹底的にやらないと。

 

 その時、またしても頭の中に《声》が響き、酷い頭痛がして、シノンは身体をふらつかせた。その身体へと、得体の知れない何かが噛み付いてきているような痛みが走り出す。激しすぎる運動をした後のような息苦しさが襲ってきて、肩で息をするしかなかった。

 

 そんな自分に、何か信じられないものを見ているような視線が向けられている気がした。

 

 

 

          □□□

 

 

「嘘……だろ」

 

 

 暴風龍となったシリカが作り出していた闇が晴れ、周囲が確認できるようになった時に見つけたモノを目にして、キリトが出せた言葉はそれだった。

 

 その正体はシノンだった。自分が地面に落とされた時に駆け付けてくれた彼女は、すぐさま(きびす)を返してシリカのところへ向かっていった。

 

 そこからは闇と雹の嵐のせいで見えず、何が起きているのか把握する事は困難を極めていた。

 

 しかも地表を雹が襲う音のせいで戦闘音も掻き消され、誰がどこで何をしているのか、どういう戦況になっているのかもわからなかった。

 

 ただ《EGO化身態》の特効武器である《EGO》を構えて、降り注いでくる雹による痛みに耐えながら、周囲を見回す。それくらいしかキリトにできる事はなかった。

 

 そんなある時、急に雹の勢いが弱まり、周囲の様子が確認できるようになった。そのおかげで、キリトから離れて戦いに行ったシノンの姿を見れるようにもなった。

 

 そこで見えたのは最悪の光景だった。

 

 シノンの右半身と両足が、白水色の装甲を伴う人外のそれになっていた。装甲の隙間から見える肌は黒く染まり、装甲と同じ白水色の粒子状の光が(うごめ)いている。

 

 その姿はまさしく、メディナが(おちい)った《EGO化身態》のなりかけだった。

 

 






 ――くだらないネタ――

 推奨BGM『Battle_ Tiamat – Motif from “Flying Fortress”』

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