キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 長め。


23:二人の心

 

 

「キリト、《EGO(イージーオー)》、抜いてッ!!」

 

 

 詩乃(しの)の叫びを貫くような声がして、キリトはその場に意識を取り戻し、その声に従って白き炎剣を詩乃の身体から引き抜いた。

 

 

「詩乃……詩乃ッ!!」

 

 

 すぐさま詩乃に声をかけた。彼女は全く動かなくなっていた。声も出なくなっている。

 

 まさか死んでしまったか。長く《EGO》を突き刺し過ぎてしまったというのか。いつもならばそれくらい判断できていたはずだろうに、どうして――。

 

 そう思ったその時だった。よく見ると詩乃の胸がごく僅かであるものの、上下しているのがわかった。恐る恐る詩乃の顔元に手を近付けてみたところ、息がかかった。

 

 生きている。

 

 

「詩乃!!」

 

 

 呼びかけた次の瞬間、詩乃の身体を(むしば)んでいた《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》の部位が青と黒の光の粒子へと分解されていき、大気の中へと消えていった。

 

 肌が白水色の細かい光が(うごめ)く黒から見慣れた肌色に戻っていき、異物も消え去っていく。

 

 そして十数秒の内に全ての《EGO化身態》の特徴が消え去り、彼女は元の姿を取り戻した。こうなったという事は、詩乃は助かったという事なのだろうか。

 

 キリトは振り返り、その視線の先にいるルコに尋ねた。

 

 

「ルコ、詩乃は……」

 

 

 ルコはリランの隣付近から駆け寄ってきて、キリトの隣に膝を下ろした。数秒沈黙してじっと詩乃を見つめた後に、ルコは閉じていた口を開いた。

 

 

「シノンの、《EGO化身態》の《天命》、消えた。《EGO化身態》の《天命》、シノンの《天命》より、少なかった。もうシノン、怖いのに、ならない」

 

 

 その宣言を受けて、キリトは全身の力が抜けてしまいそうになった。しかし心を安堵(あんど)で満たす事はできなかった。

 

 詩乃の顔から血の気が失せている。今にもなくなってしまいそうなくらいの生命力しか残っていないのが一目でわかったからだ。

 

 

「シノン……回復、するね」

 

 

 ルコが回復神聖術を唱えた。突き出された両手から暖かい緑色の光の珠がいくつも現れ、詩乃の身体へと吸い込まれていった。見る見るうちに詩乃の顔に血色が戻っていく。しかしその勢いはまだ弱い方だった。

 

 そこでキリトはルコと並んで回復の神聖術を唱える。ルコが使うものほど効果はないが、少しでも詩乃の中に辛うじて残った《天命》を回復させてやりたかった。

 

 やがてこの場の空間を満たしていた神聖力の全てが消費されたところで、二人は術の使用を止めた。横たわる詩乃の顔を見つめてみたところ――先程よりもずっと顔色が良くなっていた。

 

 

「……詩乃」

 

 

 キリトがそっと声をかけると、彼女は一度(まぶた)をぴくりと言わせた後にゆっくりと開いた。

 

 真っ直ぐな意志の光を蓄えた青水色の瞳がキリトの黒色の瞳を映し、キリトの瞳が詩乃の瞳を映す。そこには弱々しいものの、確かな生気が感じられた。

 

 

「……和人(かずと)……」

 

 

 今にも消えてしまいそうな大きさであったものの、その呼び声をキリト/和人は聞き逃さなかった。思わず小さな声で呼びかけ返す。

 

 

「詩乃……俺が……わかるか……?」

 

 

 詩乃はゆっくりと静かに(うなづ)き――微笑んだ。

 

 

「……和人……また、助けてくれたね……今まで……みたいに……」

 

 

 次の瞬間、目の前が一気にぼやけた。頬に大粒の涙が流れていっているのがわかった時には、和人は詩乃の身体を抱き締めていた。

 

 壊してしまわないように、優しい力で、可能な限り抱擁(ほうよう)する。

 

 

「ごめん……ごめん、こんな、こんな方法でしか救えなくて……君を苦しめるような事をしてしまって……ごめん……」

 

 

 詩乃は和人の胸の中で首を横に振った。

 

 

「ううん……いいの……あれしか、方法がなかったんだもの……あなたは精一杯やってくれた……あれしかやれる事がなくても、あなたはやってくれた……ちゃんと……私を助けてくれた……私を……怪物にしないでくれた……」

 

 

 やがて詩乃は和人の胸から少し離れ、儚い表情と声で和人に伝えた。

 

 

「ありがとう、和人……私の我儘(わがまま)を聞いてくれて……」

 

 

 今度は和人が首を横に振り、微笑みを返した。

 

 

「我儘なんかじゃないよ……君は当然の頼みをしただけだ。その頼みを……断るわけないだろ」

 

 

 そう言って和人は詩乃に顔を近付け、互いの額を合わせた。そのままゆっくりと優しく擦る。これまで何度もやってきた二人だけのスキンシップに、詩乃は答えるように額を擦り返してくれた。

 

 詩乃は安らかな深呼吸をして、小さな声で和人に伝えてきた。

 

 

「……愛してる、和人……」

 

「うん、俺もだよ詩乃……愛してる……」

 

 

 何年ぶりかわからないくらいのお互いの気持ちの確認をして、和人は詩乃の額から自分の額を離した。

 

 

「シノのん……!」

 

「シノンさん……!」

 

 

 直後、続々と足音が聞こえてきた。振り返ってみたところ、アスナ、リーファ、アリス、ユージオの四人がこちらに駆け寄ってきていた。

 

 そこでアリスの鎧からマントが離れている事に和人/キリトは気が付き、同時にそれが何に使われたのかも把握した。その事を特に口にする事なく、キリトは先頭にいるアスナに声を掛ける。

 

 

「アスナ、それに皆も……」

 

「キリト君、シノのんは……!?」

 

 

 アスナの問いかけに答えたのは、キリトの胸に抱かれている詩乃/シノンだった。

 

 

「この通り、無事よ」

 

 

 シノンの声には先程よりも力が戻ってきていた。神聖術を掛け続けたのが効いたらしい。

 

 そんなシノンを目にしたリーファが歩み寄ってきて膝を地面に下ろす。目の高さがほとんど同じになった。

 

 

「シノンさん……詩乃さんまであたし達みたいに《EGO化身態》になりかけるなんて……」

 

「……えぇ、そうね。でも、こうなるのは必然だったのよ」

 

 

 リーファは「え?」と言って目を丸くした。その時キリトも同じ顔をしていた。

 

 

「必然だったとは、どういう事なのですか」

 

 

 アリスの問いかけにシノンは答える。

 

 

「私……《EGO化身態》になったリーファ、リズ、シリカ、メディナと戦ってる時、ずっと思ってたんだわ。皆してキリトの命を狙ってるって。皆してキリトを殺して、私から奪おうとしてるって。周りにいる皆は、結局は簒奪者(さんだつしゃ)なんだって……私からキリトを奪おうと必死になってる簒奪者だって……」

 

「《EGO化身態》になったあたしを止めてくれようとした時から、ですか……?」

 

 

 リーファの言葉にシノンは頷く。

 

 

「リーファも、リズも、メディナも、さっきまでのシリカも、本当にキリトを殺そうとしていたじゃない。それは《EGO化身態》だから当然だし、誰も悪くないんだけど……私はそれが許せなかった。キリトの命を奪おうとしてくる奴らが憎くて、キリトが殺されるのが本当に恐ろしくて仕方がなかったの。

 そんな気持ちがずっとあったからなんでしょうね、シリカと戦ってる最中に《声》が聞こえてきたわ。簒奪者を殺せ、キリトを殺そうとする奴を殺せ、キリトは私だけのものなのだからって……その《声》が聞こえた時には、私は従っていたわ。

 リーファがそうなった時と違って、最初からその《声》に従順になって、身体も意識も《声》に言われるままになってた。それで気付いた時には、《EGO化身態》のなりかけになってた。今まさに奪う者だと思って攻撃していたシリカと同じ怪物になろうとしていたのよ」

 

 

 そこまで話したところで、シノンの声に震えが生じた。

 

 

「その時になんだか正気に戻る事ができて……怖くなった。私が《EGO化身態》になってしまったら、私が自分でキリトの命を奪おうとしてしまうって。キリトを奪われるのが怖かったから、襲ってくる奴らを倒してきたのに、そいつらと同じになったら、私がキリトを殺してしまうって……それがたまらなく怖くなって……」

 

「だから、《EGO化身態》になる直前で踏み留まったんだ」

 

 

 ユージオがびっくりしているような顔で(つぶや)く。恐らく彼の言った通りなのだろう。

 

 シノンは俺の命を奪おうとしてくる奴らを憎悪し、そして俺の命が奪われる事を何よりも恐れていた。《EGO化身態》になったら、その時はシノンにとって大切な人である俺の命を奪おうとしてしまう。

 

 何よりも恐れている事が、自身の手で起こされてしまう。そう気が付いたからこそ、《EGO化身態》になる直前で止まる事ができたのだ――キリトは理解したが、同時に驚きもした。

 

 シノンは自身で自身にブレーキをかけ、《EGO化身態》のなりかけで済ます事ができたのだ。これまでリーファもリズベットもシリカもメディナも、整合騎士達もできなかった事を、シノンはただ一人だけ成す事ができた。

 

 きっとそれはシノンが自分を殺したくない、自分を殺してしまった時の恐怖によるものなのであろうが、それでもシノンはこれまで起こりえなかった奇跡を起こせた。

 

 こんな時に思うべきではないだろうが――キリトはシノンが誇らしく思えていた。

 

 直後、シノンは顔を下げた。覗き込んで見たところ、自嘲(じちょう)の表情がそこにあった。

 

 

「でも……不公平よね。リーファもリズもシリカも《EGO化身態》になったのに、私だけ《EGO化身態》にならずに済んで……挙げ句キリトに助けを求めるような事をしたのだから……リーファもリズも、《EGO化身態》になる前はキリトに助けを求めてたっていうのに……私だけ……キリトに助けてもらったのだから……(ずる)いでしょう……」

 

 

 直後、リーファが首を横にぶんぶんと振った。

 

 

「そんな事ないです! 詩乃さんは、あたしよりずっと強いです。あたしよりずっと心が強かったから、《EGO化身態》にならずに済んだんです。それに、詩乃さんはおにいちゃんに助けを求めて良いんですよ。だって、詩乃さんは……」

 

 

 リーファは微笑みを浮かべて、はっきりとした声で続けた。

 

 

「だって詩乃さんは、おにいちゃんのお嫁さんで、あたしの大切な義姉(おねえ)さんなんですから。いくらでもおにいちゃんを独り占めして良いんですよ」

 

 

 俺を独り占めしたい――それはキリトが《EGO》を獲得した時にも思った事だった。シノンを狙う怪物の全てを討ち滅ぼし、その後でシノンを俺だけのモノとして独り占めしたい。一番最初の《EGO化身態》との戦いでのキリトの原動力はそうだった。

 

 それはどうやらシノンもそうだったらしく――彼女に至ってはキリトよりもずっと長い間そう思って、戦い続けてきていた。それこそが彼女の原動力であり、強さの秘訣みたいなものだった。

 

 自分が独り占めしたいと心の根底で思っている人が、同じ事を思っていてくれた。やはり場違いだとは思うものの、心の奥底で、キリトはその事に純粋な喜びを抱いていた。

 

 

「なるほど……シノンが《EGO化身態》にならずに済んだのは、シノンのキリトへの愛情が起こした奇跡だったというわけですね」

 

 

 アリスが深く納得したような表情で呟くと、周りの皆も同じように納得しているような様子を見せた。

 

 こんな事を言われたシノンは、さぞ恥ずかしそうにするのかと思いきや、嬉しそうにしていたのだった。

 

 前まではそんな事言われようものならば恥ずかしさで悶絶していたものだが、ここに至るまで色々あったからか、受け入れられるようになったのだろう。

 

 そんな彼女が自分への愛情で奇跡を起こした。やはりそれは、キリトにとってこれ以上ないくらいに嬉しく感じられる事象だった。

 

 

「あっ、シノのん!」

 

 

 直後、アスナが何かに気付いたように声をかけた。皆がきょとんとし、キリトもその中の一人になる。アスナの目はシノンの胸元に向けられていた。

 

 思わず誘われるようにしてそこを見てみたところ――シノンの胸の中から白水色の光の珠が現れた。その姿を見てキリトは思わず目を見開く。

 

 

「シノン、それって……!」

 

 

 シノンは両手で持ち上げるように光の珠を持った。周りの皆の注目を浴びた光の珠は変形を開始する。目に見えない職人の手でこねられる粘土のように、球体からゆっくりと姿を変えていく。

 

 そして変形が止まったところで光は弾け、その真の姿を見せた。

 

 長弓だ。ところどころに金色の金属の装飾が施され、純白の弓幹(ゆがら)はかなり太くて大きく、弓柄(ゆづか)には金属の輪のガードが装着されている。

 

 弓の神の使うモノであると言われたら即座に納得できるような、強い存在感と神々しさを(まと)う長弓が、シノンの手に持たされていた。

 

 

「これって……」

 

 

 シノンの呟きに答えたのはリーファだった。

 

 

「《EGO》……シノンさんの《EGO》ですよ!」

 

 

 彼女の言う通り、リーファ、アスナ、リズベットが獲得した《EGO》と、シノンの持っている長弓の雰囲気は酷似していた。何よりその出現シーケンスもほとんど同じだったように見えた。

 

 シノンは《ステイシアの窓》を展開し、長弓の性能を確認する。

 

 

「……《アニヒレート・レイ》。オブジェクトクラス六十……って書いてあるわね」

 

 

 そこでキリトは皆の《EGO》を思い出す。アスナのは《ラディアント・ライト》で、リーファのは《ヴァーデュラス・アニマ》、リズベットのは《アーデント・ハート》という名前をしているという話だった。

 

 そしてシノンが持っている長弓の名前は《アニヒレート・レイ》で、オブジェクトクラスは六十。確実に《EGO》であろう。

 

 

「君の《EGO》だよ、シノン」

 

 

 キリトの言葉を聞いたシノンは、自身の《EGO》として現れた長弓をまじまじと見つめた。

 

 

「これが私の《EGO》……やっと、手に入れられたのね……」

 

 

 シノンの声には深い安堵があった。まさしく長らく渇望していたものが手に入った時のそれである。間もなくして、シノンはキリトに顔を向けてきた。

 

 

「キリト」

 

「うん?」

 

「私、前から思ってたの。もっとあなたの力になりたいって。いつだって私を守るために戦ってくれるあなたを守る力が欲しいって。これまでもそう思っていたけれど、この世界に来てからはもっと強く……そう思っていたのよ」

 

 

 シノンは柔らかい笑みを浮かべて、続けてきた。

 

 

「これがあれば、きっと……あなたを守れる、よね」

 

 

 キリトは迷わずに頷き、シノンの身体を抱き寄せた。

 

 

「あぁ。きっと君の力になってくれるはずだよ。だけど、それが活躍する事になるより前に、俺が君を守るよ。これまでと同じように、これからも」

 

 

 ずっと心に誓い続けている事を改めて口にしたところ、シノンはキリトの胸の中で「うん」と頷いた。

 

 奇跡が起きた後であるが故なのか、いつも以上にシノン/詩乃の事が愛おしく感じられて、いつまでもそうしていたい気持ちになっていた。

 

 

 

「やめて……こないでッッ」

 

 

 

 その時、周囲の静寂を吹き飛ばすような絶叫がした。その声でキリトは我に返り、意識をその場に戻す。

 

 聞き覚えがあるというレベルじゃないくらいに何度も聞いた声による絶叫だった。

 

 

「大丈夫です、シリカねえちゃ――いえ、珪子(けいこ)ねえちゃん。落ち着いてください」

 

「そうよ珪子、大丈夫よ! 大丈夫だから!」

 

 

 直後に何かを(なだ)めようとしているような声もしてくる。それぞれリズベットとユピテルの声であるとわかり――そして絶叫の主がシリカであった事がわかった。

 

 そうだ、シリカだ。詩乃/シノンの方に意識が傾いてしまって忘れかけていたが、《EGO化身態》となったシリカがシノンによって鎮圧され、この状況に至っているのだった。

 

 キリトはひとまずシノンを離し、声の発生源に向き直る。その場から少し離れた場所で、リズベット、ユピテル、そして(くだん)のシリカの姿があった。

 

 アリスから借りたマントを羽織っているシリカは後ずさりし、リズベットとユピテルから離れようとしていた。

 

 

「「シリカちゃん……!」」

 

「「シリカ……!」」

 

 

 アスナ、リーファ、シノンの三人と声を重ね、立ち上がったキリトはシリカの元へと歩み寄った。キリトが近寄った時、シリカは更に後ずさりしてこちらから離れようとしていた。

 

 

「シリカ」

 

 

 声をかけた時、シリカがか細い声で「ひっ」と言ったのが聞こえた。視線を向けられている事に気が付き、目を向けたその時キリトは思わず驚いた。

 

 シリカの表情が酷い恐怖に満たされたものとなっていたからだ。そんな顔をするシリカを見たのはこれまで接してきた中で初めての事だった。その顔で、シリカは大きな声を出す。

 

 

「やめて……やめてっ、こないでッ」

 

 

 首を何回も横に振り、シリカは後ずさりを続ける。こちらが近付けば近付くほど、シリカは離れようとした。

 

 

「また……また、あたしを……」

 

「え?」

 

 

 キリトが思わず声を出した直後、シリカは一際大きな声を出した。

 

 

「またあたしを(いじ)めるんでしょう? あたしを異常者って言って、苛めるんでしょう? わかってるんだから、わかってるんだからぁッッ」

 

 

 苛め? 異常者? 何の事なのか全くわからない。

 

 だが、そこでとある事に気が付き、キリトは目を見開いた。

 

 酷い恐怖に支配されたような表情と、恐慌に陥った声――それらは今まさに隣に居るシノン/詩乃が発作を起こした時と全く同じだった。

 

 何かしらのトラウマを根源とするパニック。それがシリカに起きている。だからこそキリトはリランとユピテルに指示を出そうとしたが、それよりも先に動き出した者が居た。

 

 それは今まさにキリトが声をかけようとしていたユピテルの母親である、アスナだった。アスナは酷く怯えるシリカの元へ歩み寄っていく。

 

 そしてシリカのすぐ目の前に辿(たど)り着くと、その小さな身体に手を伸ばし、しっかりと抱き締めた。

 

 

「大丈夫だよ、シリカちゃん。そんな事は起きない。誰もシリカちゃん――珪子ちゃんを苛めたりなんてしないわ。だから、大丈夫だよ」

 

 

 シリカ/珪子はアスナに抱きすくめられても動こうとするのをやめなかった。手でもがくような仕草をしたかと思えば、アスナの背中を包む髪の毛を退かし、そこに直接爪を立てようとする。

 

 とにかくアスナから逃れようとしているのだけは確かだった。それでもアスナは珪子を離そうとはしない。どんなに背中を引っ掻かれようが、珪子の華奢な身体を抱き締め、その髪を優しく撫で続けた。

 

 やがて珪子はアスナの背中を引っ掻こうとするのをやめ――アスナの背中に手を廻し、

 

 

「う……うぅっ……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ」

 

 

 先程から聞いているそれよりも遥かに大きな声で泣き出した。キリトを含めた周りの者達は皆静まり、ただ珪子が落ち着きを取り戻すまで見守っていた。

 

 それから数分経ち、珪子の泣き声が収まった頃、キリトは改めて珪子に歩み寄った。時を合わせるように珪子もアスナの胸から離れ、涙の跡がくっきりと残った顔を見せてきた。

 

 

「……珪子」

 

「……和人……さん……」

 

 

 キリト/和人は目の高さを珪子と同じにして、先程の彼女の様子、そして《EGO化身態》と成るに至ってしまった事を思い出し、頭を下げた。

 

 

「ごめん、珪子……悪かった」

 

「え?」

 

「君が《EGO化身態》になったって事は、それほどまでに苦しんでいたって事だ。その事に全然気付かないで、放っておくような事をしてしまって……苦しむ君に寄り添ったり、支えたりする事もしなくて……本当にごめん」

 

 

 またやってしまった。リーファ/直葉(すぐは)の時もそうだったし、リズベット/里香(りか)の時にもやってしまって、もう繰り返すものかと思っていたというのに、珪子までこんな目に遭わせてしまい、尋常ではない苦痛に晒させてしまった。

 

 どうして彼女達の苦しみに気が付かずに放っておいてしまうのか、どうしてこんな事ばかりやってしまうのか。それも二度ならず三度まで。いよいよ自己への嫌悪が湧いてきた。

 

 その被害者になってしまった珪子は、首を横に振った。

 

 

「違います……違うんです。和人さんも、皆さんも、誰も悪くないんです。元はと言えば全部あたしが悪いんです。あたしが、弱かったから……だから、こんな事になって……皆さんの事を……殺そうとしてしまって……」

 

 

 いや、そうじゃない。君は悪くないんだ――和人が珪子の言葉を否定しようとしたその時、隣にシノン/詩乃がやってきた。

 

 

「ねぇ珪子。さっきあんた苛めとか異常者とか言ってたけれど、もしかしてあんたも私みたいに……?」

 

 

 何も理解しない愚者達によって苛められ、迫害にも等しい扱いを受けていた詩乃が尋ねるなり、珪子は(うつむ)いた。

 

 

「はい……あたし、《SAO》に閉じ込められるまで、学校で苛められてました。あたしを苛めていたのは、それまであたしが親友だと思っていた人達でした。あの人達とは本当に仲良くしていたんです。でも、ある時その人達が将来の夢とかを聞いてきて……あたしは正直に答えました。将来の夢、大人になったらやりたい事を、その場に集まっていた皆に話したんです。

 そしたら、皆急に様子がおかしくなって、あたしの事を異常者って言うようになって……次の日からあたしを苛めるようになったんです。こいつは異常者だ、こいつは異常者だって言って……」

 

 

 和人は思わず首を傾げた。

 

 将来の夢を語ったら異常者扱いされ出しただって? その時珪子が何と答えたのかは予想が付かないが、珪子の口ぶりからするに、明らかに珪子が理不尽に裏切られ、虐げられるようになったのだけはわかる。

 

 

「そんな日々が辛くなったあたしは、たまたまネットのプレゼント企画で手に入れた《SAO》に逃げました。少しでも現実から逃げたかったんです。そしたら、《SAO》はデスゲームだって事になって、現実に戻れなくなって……でも、誰かを頼ろうとは思えませんでした。頼ろうとしたら、また裏切られるって、裏切られた時が怖くて仕方なくて……だから、偶然友達になれたピナと一緒になんとなく攻略を進めたりして……」

 

《我らと出会ったという事か》

 

 

 リランの《声》に珪子は頷いた。

 

 

「和人さんとリランさんに助けてもらって、皆さんと交流するようになってからは、本当に毎日が楽しくて仕方がありませんでした。本当にわかり合える人達と出会えたんだって、ちゃんとした居場所に来れたんだって思って……《SAO》は怖い事だらけでしたけど、皆さんと一緒に居られるから、あたしにとっては心からずっとここに居たいって言える場所だったんです。

 《SAO》をクリアした後に行く事になった《SAO帰還者(サバイバー)》の学校も、引き続き皆さんと一緒に居られるってわかった時、すごく嬉しかったです。その後もずっと皆さんと一緒に過ごせて、本当に楽しかったですし、これまで苦しかった現実が嘘みたいに苦しくなくなりました。あたし、皆さんに救われたんです」

 

 

 和人は軽く喉を鳴らした。やはり珪子は詩乃と同じ苦しみを味わわされていた。

 

 理不尽に周りから痛めつけられ、苦しめられ、居場所を奪われた。そして心に深い傷を付けられてしまい、その苦痛に今も襲われている。

 

 珪子は続けた。

 

 

「でも……明日奈(あすな)さん達と一緒に和人さんと詩乃さんを助けるためにこの世界に来てから、あたしは力不足を感じるようになりました。これまでみたいに戦えなくて、ピナも居なくて……それでもできる事を探そうとして、神聖術を使いこなせるようになろうとしたりして……皆さんに強いって認めてもらいたかったんです。

 だけど、上手くいかなくて、段々と皆さんの足を引っ張っているような気がしてきたんです。そしたら、怖くてたまらなくなったんです。また、あの時みたいな事が起きるって……あたしの居場所がなくなってしまうって、また苛められるって、独りぼっちにされるって思って……」

 

 

 反応したのはリズベット/里香だった。里香も《EGO化身態》になった時、自分達の足手まといになっているのではないかという不安と、自分に振り向いてほしいという願望と、それを邪魔する者達が居るという怒りと嫉妬に駆られていたと言っていた。

 

 後半は違うものの、前半はほとんど里香の思っていた不安と同じものだ。しかし珪子の場合はそれがとても強かった。現実で珪子を苛めた奴らのせいで。

 

 

「そしたら……直葉さんと里香さんが言っていたように、《声》が聞こえてくるようになったんです。その《声》はあたしの味方をしてくれていました。あたしは弱くない、あたしは強い、周りの人達がそれを見て見ぬふりをしてる、悪いのは認めない皆の方だって言っていて……」

 

「《声》が聞こえていたの? でも、昨日は聞こえてないって……」

 

 

 リーファ/直葉が尋ねると、珪子はもう一度首を横に振った。

 

 

「あの時、本当は聞こえていたんです。だけど、言い出せなかったんです。もし言い出したら、皆さんになんて思われるかって……また異常者って言われるようになって、現実が苦しくて仕方がなかった時みたいな事がまた起こるんじゃないかって怖くて……言い出せなかったんです……」

 

 

 和人はもう一度喉を鳴らした。

 

 やはり詩乃と同じだ。珪子は心にトラウマを抱えてしまっている。そしてそれもまた詩乃と同じ、外部の身勝手な人間達に袋叩きされた結果付けられた傷なのだ。

 

 その傷のせいで、思うように動く事もできなければ、周りを信頼する事もできない。だから、自身が危なくなっていても相談する事ができなかった。

 

 自分達がその事に気付かないでいたばかりに、珪子は苦しみ抜き、あんなに恐ろしい《EGO化身態》となってしまった。

 

 珪子を《EGO化身態》にしてしまったのは、彼女の苦しみに気が付き、支えなければならなかった自分達だ。

 

 

「でも……もう、駄目ですよね……あたしは《EGO化身態》になって、皆さんの事を本気で殺そうとした……やっぱりあたしが全部悪かったんです……あたしが弱くて、そのうえ、異常者だったから……もう、皆さんの傍に居ていい権利なんて……」

 

 

 珪子が震えて泣き出そうとしたその時だった。和人の隣で話を聞いていた詩乃がそのまま前に出て珪子に近付き――先程のアスナ/明日奈のように珪子を抱き締めた。

 

 

「ごめんなさい、珪子」

 

 

 きょとんとしている珪子の声がした。

 

 

「……え?」

 

 

 詩乃が続ける。

 

 

「私、何も知らないでいたわ。ううん、気にかけてすらいなかったのよ。あんたが私と同じような苦しみをずっと抱えていたっていうのに、全然気付かないでいてしまって……本当はあんたの事を支えてあげないといけなかったっていうのに……ごめんなさい」

 

「なんで……なんで詩乃さんが謝るんですか……だって、あたしは……」

 

 

 そこで和人も加わり、珪子の言葉を遮った。

 

 

「詩乃の言う通りだ。改めて言うけど、本当にごめん。君がそこまで苦しんでて、助けを求めてたっていうのに、俺は全然気付かないでいてしまっていた。悪いのは俺達で、君は何も悪くないよ、珪子」

 

「和人さんまで……」

 

 

 珪子が戸惑っていると、更に明日奈と里香も加わった。

 

 

「話してくれてありがとう、珪子ちゃん。ずっと辛い思いをしてきたんだね……だけど、もう大丈夫だよ。わたし達は珪子ちゃんを悪く言ったりなんてしないし、わたしも珪子ちゃんが悪いだなんて思ってない。珪子ちゃんはずっと頑張ってきた、本当の頑張り屋さんだよ。わたしはそんな珪子ちゃんが友達だって事を誇りに思う」

 

「あたし、あんたの事は親友だって思ってる。あんたが何を思っていようと、それを変えるつもりはないし、例えあんたに何を言われようが、あんたが《SAO》に行く前にあんたを苛めてた最低な連中みたいに(てのひら)返しなんてしないわ。あんたはあたしの親友! それだけは絶対に変わらないからね!」

 

 

 詩乃の胸から一旦離れた珪子は明日奈と里香を見回していた。やはりきょとんとしているような顔だった。

 

 そこへ直葉とユピテルも言葉をかけてくる。

 

 

「あたし、珪子ちゃんとお話するのが好きなんだ。今、珪子ちゃんのお話をもっとよく聞きたくなってるし、あたしの事も沢山話したい気持ちになってるくらい。だから、帰ったらもっと珪子ちゃんの事を教えてくれないかな。あたしと、皆で、楽しくお茶しながらさ!」

 

「詩乃ねえちゃんや和人にいちゃんと同じような事を言いますが、珪子ねえちゃん、今まで気が付かないでいてしまってすみませんでした。もしよろしければではありますが、珪子ねえちゃんにカウンセリングとセラピーをさせてくれませんか。《MHHP(エムダブルエイチピー)》として、珪子ねえちゃんの友達の一人として、珪子ねえちゃんの苦しみを癒してあげたいです」

 

《ユピテルと同意見だ。今までずっと一緒に居たというのに、お前の苦しみをわかってやれずに居て、本当にすまなかった。珪子、勿論無理にとは言わぬが、我にも治療をさせてくれぬか。お前の心の傷を放っておけぬのだ》

 

 

 リランが最後に伝えたところで、珪子は瞬きを繰り返し、やがて一つ問うてきた。

 

 

「……あたし、皆さんと一緒に居ていいんですか。あたしは、こんなに弱いのに……?」

 

 

 和人は頷いた。

 

 

「弱いのは皆一緒さ。この世界に来てから、俺も弱くなったよ。俺も詩乃も、皆も、もう一度強くなろうと必死だ。だから、一緒に強くなっていこう、珪子。俺達には君が必要不可欠だ。大切な仲間として、君が必要なんだ」

 

 

 周りの皆も同じように「うん」と頷いた。

 

 相変わらず珪子はきょとんとしたまま固まっている。それは今、和人にとっては好都合だった。簡単に珪子の頭に手を乗せる事ができたからだ。

 

 

「珪子、もう大丈夫だよ。もう誰も君を苛めたりなんかしないし、誰も君を独りになんてしない。もし君を苛めるような奴らが現れたりしたら、その時は俺達が君を守る。だから、安心してくれ」

 

 

 いつかのように、そのままゆっくりと優しく珪子の頭を撫でた。それから数秒後、珪子の綺麗な赤い瞳から大粒の涙が零れ出し、ぼろぼろと頬を伝うようになり――やがてその顔がくしゃっとなる。

 

 

「あり、が、とう……ありが、とう……あり、う、うぅ、うう、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ッッ」

 

 

 もう一度大きな声を出して、珪子は泣き出した。先程のような悲しみによるものではなく、心からの嬉しさによるものだ。

 

 その泣き声を聞く事で、珪子の心がようやく救われた、救う事ができたのだと和人は思い、泣きじゃくる珪子の頭と髪の毛を優しく撫で続けたのだった。

 

 そうして一頻り泣き続けた珪子が泣き止んだその時だった。それまで意外にも沈黙していたルコが声をかけてくる。

 

 

「シリカ、聞きたい、事、ある」

 

「え?」

 

「シリカ、将来の夢、なに?」

 

 

 次の瞬間、皆が一斉にぎょっとした。すぐさまユージオが慌ててルコに言う。

 

 

「だ、駄目だよルコ! それ今一番聞いちゃいけない事だって!」

 

 

 ルコは首を傾げていたが、すぐさまアリスがその背後に回り込み、ルコの口を両手で塞いだ。

 

 

「すみませんシリカ、今のは忘れてください。あなたはその事で傷付けられていたのですから、無理に話したりする必要はないのですよ」

 

 

 確かに気にはなりはするが、聞くべきではないのは間違いない。ルコは不服そうに「むぐぐー!」と言っているが、聞くべきではないのだ――と和人が思ったその時、

 

 

「……獣医です」

 

 

 珪子が答えた。皆が一斉にルコから珪子へと視線を移す。珪子は話しづらそうに言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「あたし、動物のお医者さんになりたいって言いました。怪我したり病気したりした猫とか犬とか、動物とかが居たら治してあげられる動物のお医者さん……獣医になりたいって……そう言ったんです」

 

 

 その答えを聞いて、和人は目を丸くして口を閉ざした。傍から見れば完全に硬直(フリーズ)していると言える状態になる。周りの皆も和人と同じような状態になっていた。

 

 沈黙がその場を満たす中、和人は考えた。

 

 珪子の夢は獣医になる事。

 

 病気したり怪我したりした動物達を治療し、癒してやりたいからという純粋な思いで、彼女は獣医を志している。

 

 そして珪子はピナを筆頭に、VRMMOで無害な動物達からよく懐かれる傾向にあったし、珪子自身も動物達と触れ合う事、その面倒を見る事を楽しんでいた。彼女には獣医としての適性はあると言えるだろう。

 

 ……これのどこに問題や異常性がある?

 

 獣医になりたいという彼女が、何故異常者扱いされなくてはならなかったというのだ?

 

 

「……ねぇ、和人」

 

 

 恐る恐ると言わんばかりの声色で話しかけてきた詩乃に和人は応じる。

 

 

「……なんだ」

 

「珪子の将来の夢……普通に良いものよね?」

 

「……うん。普通に素敵な夢だと思う」

 

 

 珪子を除く周りの全員が同じ反応をしていた。それだけ、珪子に一切非はなく、珪子を異常者と言って叩いた連中の思考回路が全く理解できないものだった。

 

 

「えっ……でも、小学校の人達は……」

 

 

 またしても戸惑い始めた珪子。正直なところ戸惑いたいのはこちらの方だった。何故珪子が異常者扱いされなくてはならなかったのか。

 

 

「……もしかして、獣医は公務員にもなるから?」

 

 

 その時思い付いたように口を開けたのはユピテルだった。和人はそちらに向き直る。

 

 

「公務員?」

 

「はい。獣医は動物病院とかに勤務する事が大半ですが、中には厚生労働省や農林水産省に採用されて、公務員として働く人もいます。そうなったりすれば、収入も安定して、年収も高くなるって情報を調べた事があります」

 

 

 ユピテルがそこまで話したところで、直葉が驚いたように声をかけてくる。

 

 

「じゃあ、珪子ちゃんは公務員になるかもしれない獣医を目指してるって理由で、苛められてたっていうの? 本当にそうなるのかもわからないっていうのに?」

 

「その辺りまではわからないですが、年収が高くなるかもしれない職を目指しているという理由で噛み付く人もいたのでしょう。現に《SAO事件》が起きる前後、日本の経済状況はかなり悪い方に傾いていて、年収の高い職の人に誹謗中傷をぶつける人は多かったと聞きますから……」

 

「……その流れを破壊したのが須郷(すごう)だったな」

 

 

 ネット上で未だに英雄と言われ続けているサイバーテロリストであった男の高笑いが脳裏に一瞬だけ(よみがえ)ったが、和人はすぐさま振り払い、珪子に声をかけた。

 

 

「こんな事言うと不謹慎だけど、君は《SAO》に巻き込まれて良かったんだと思うよ、珪子。あの事件のおかげで、君は君を苛めていた異常者の集まりから逃げられて、俺達に出会えたんだからさ」

 

「そうよ。どう考えてもあんたを苛めてた奴らこそ異常者だわ。改めて言うけど、あんたは何も悪くない」

 

 

 詩乃が続き、周りの皆も頷く。その光景を見た珪子は、軽く俯く。

 

 

「……獣医さんになりたいのは、おかしい事じゃない、んですよね……?」

 

 

 和人は深く頷き、付け加えるように言った。

 

 

「あぁ。少なくとも俺は君の夢を応援するよ」

 

 

 他の皆も同様の事を言った。この場に居る誰もが珪子を非難せず、珪子の夢を良いものだと言っている。それを認めてくれた珪子は、

 

 

「……ありがとうございます、皆さん」

 

 

 と、心から嬉しそうな笑みを顔に浮かべ、答えたのだった。

 

 その直後、つい先程も見る事のできた光景が再び目の前に訪れてきた。珪子の手元にどこからともなく無数の白緑の光の珠の群れが集まってきたのだ。

 

 

「珪子、それ!」

 

 

 里香が呼びかけた時、珪子は自身の手に集まる光の群れに釘付けになっていた。彼女から視線を向けられている事を認識したのか、光は大きな珠となり、やがて弾けた。

 

 そうして現れたのは――短剣だった。結晶で作られているような風貌の新緑の刀身に深緑の鍔で構成されていて、全体的に神々しさを感じさせる姿をしていた。

 

 

「これって、まさか!」

 

「「「「《EGO》!!」」」」

 

 

 和人と、女の子達の声はほぼ一斉に重なった。珪子の手に持たれている短剣は、詩乃が《EGO》を手に入れた時と全く同じシーケンスを経て出現した。最早《EGO》である事に疑いの余地はない。

 

 皆の声を聞いた珪子は短剣を見つめ、呟いた。ふと手元を見たところ、既に《ステイシアの窓》が出現していた。

 

 

「名前は《フィアーズ・スカージ》で、オブジェクトクラス六十って書いてあります。これがあたしの《EGO》……」

 

「えぇ、間違いないわ。やったわね、珪子。これであんたも《EGO使い》よ!」

 

 

 里香が言われるなり、珪子はぱぁと表情を明るくなっていった。

 

 

「あたしも、あたしも《EGO使い》に……なれた……!」

 

 

 そう呟いた珪子は皆の事を見回し、最後に和人に向き直った。

 

 

「あたし、これからも頑張ります、キリトさん!!」

 

 

 そう告げた珪子/シリカの顔には、見慣れた元気の良さが取り戻されていた。

 

 

 

(アリシゼーション・リコリス 05に続く)

 

 





 次回からアリシゼーション・リコリス編の終章へ。


 ――原作との相違点――

・シリカ/珪子の将来の夢の職業が獣医になっている。原作では不明。
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