キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 アリシゼーション・リコリス編終章、開始。




―アリシゼーション・リコリス 05―
01:襲い来る混沌


          □□□

 

 

「これで……ついに……」

 

 

 今や自分達だけの領域となった白亜の塔、《セントラル・カセドラル》の最上階で、鼠色の髪の男――ハァシリアンは溜息交じりに呟いた。

 

 本当は歓喜で満ちた声だけを出したかったところだが、ここまでかなりの時間をかけてしまったうえ、想定外の事もそれなりに起きた。そのために知らず知らずのうちに疲労が積み重なり、溜息まで一緒に出てしまった。

 

 無礼な真似は絶対にしないと誓っていたというのに、なんという失態なのだろう。《()の人》の耳はどこまでも良い。今のも聞かれている可能性も十分にある。……聞かなかった事にされてもらえないものだろうか。

 

 

「いや、そんな事を考えてる場合でもないか」

 

 

 ハァシリアンはもう一度独り言ちて、周りを見回した。かつて《彼の人》が命を散らす事になってしまったその部屋には、大量の赤黒い《実》が置かれていた。

 

 大罪人達に不名誉な名前を付けられた花より産み出された《実》。《彼の人》から聞かされていた計画を成すために集めていたそれは今、十分な量が収穫されて、この場に集められた。

 

 ようやくその時がやってきた。ハァシリアンは《彼の人》からみっちりと仕込まれた神聖術を唱えた。

 

 

「システム・コール、コネクト・トゥ・マテリアル」

 

 

 その言葉に呼応するように周囲に無造作に置かれていた《実》の全てが紫色の光に包み込まれ、小さな光の珠となってふわりと宙に浮かんだ。

 

 それらはすぐさまハァシリアンの目の前にある紫色の巨大な繭へと一斉に向かっていく。(あたか)も川の水のような流れを形成し、繭の中へ吸い込まれるようにして消えていった。やがて繭の中は紫の光でいっぱいになり、中にあったモノの姿が見えなくなる。

 

 さぁ、どうだ――ハァシリアンが心中で成功を祈りながら見守っていると、変化が起きた。繭の中からどくん、どくんという脈動の音が聞こえてくるようになった。繭そのものが心臓になっているかのようだった。

 

 直後、繭に小さな亀裂が走った。それは数秒の内に全体に広がり、今にも繭は割れそうになる。

 

 ハァシリアンが「おぉ」と声を漏らした次の瞬間、繭は(まばゆ)い光を放ちながら爆発するように割れた。光はカセドラルの最上階そのものの色を塗り潰し、ハァシリアンの視界さえも奪おうとしたが、果たしてハァシリアンの目はその程度の光で潰れるようなものではなかった。

 

 人界そのものを(あまね)く照らすのではないかと錯覚するくらいの光が収まった頃に見えた光景に、ハァシリアンは即座に感動を覚えた。それまで大いなる繭のあった場所に、一人の女性が姿を見せていた。

 

 絹などの価値の高い布等を遥かに超える美しさを放つ、紫がかった銀色の長い髪の毛に包まれた頭部の後部に不思議と浮かんでいる、植物を模した半円状の装飾以外に何も身に着けておらず、ありのままの姿をしている。

 

 その四肢はこれ以上ないくらいにすらりとしていて、頭の先から足先まで、どんな彫刻や美術品であってもそこら辺に転がる石ころ同然に感じられるほどの美貌を誇っていた。

 

 その神々しさと美しさのみで構成された姿は間違いなく、彼の求めている人そのものであった。

 

 

「おはようございます、最高司祭様」

 

 

 ハァシリアンはその場で(ひざまず)き、声をかけた。見上げてみたところ、目の前にいる女性――最高司祭様の(まぶた)がゆっくりと開かれていったのが認められた。中から現れた本紫色の瞳は、やはり如何なる宝石よりも遥かに美しかった。

 

 その瞳でハァシリアンを捉え、最高司祭様は静かに笑った。

 

 

「……上手くいかせてくれたようね」

 

「はい。僕にできる限りの事を尽くした所存です。どこか調子の悪いところはありませんか」

 

 

 最高司祭様は見つめている手を軽く動かし、腕を動かし、足を動かす仕草をした。

 

 その動作のどれもこれもが美しくてたまらない。目にした人間を必ず見惚(みと)れさせ、その心を鷲掴みして離さない容姿と仕草を見せるのがハァシリアンの知る最高司祭様の数多くの特徴の一つであったが、それは眼前の最高司祭様にも変わらずにあった。

 

 

「相変わらずの美しさでございます、最高司祭様」

 

「身体にも意識にも……これといった問題はないわね。記憶も完全に再構築できてる。完璧じゃないの」

 

「全ては貴女様の計画の通りです。僕はあくまでそれに従い、完璧な結果となるように努めただけですよ。全ては貴女様の素晴らしい知恵と御心がもたらした事なのです」

 

 

 事実を客観的に伝えたそこで、最高司祭様は跪くハァシリアンの元へと歩み寄ってきた。その時に(つむ)がれる全ての音さえも、職人が丹精込めて作り上げた楽器が奏でる音色のようであった。

 

 そして届けられてきた声は、全ての楽器を超越する美しい音色そのものだった。

 

 

「それでも、成し遂げたのはお前よ。お前のおかげで私はこうして完全なる復活を遂げる事ができた。やっぱり私の目に狂いはなかったわ。お前こそが最優秀者よ。整合騎士のお人形さん達やチュデルキンなんて目じゃないくらいに、優秀な子……」

 

 

 ハァシリアンはきょとんとして顔を上げた。最高司祭様はそれを待っていたと言わんばかりに、その美しい手でハァシリアンの顔を包み込んだ。

 

 待ち焦がれていた温もりがじんわりと伝わってきて、冷たかった身体が内部から暖まっていくのを感じた。

 

 

「もしあの時、お前を選んでいなかったなら、私は復活できなかったでしょうね。お前を選んで正解だった。本当に良くやってくれたわ、ハァシリアン……褒めてあげる」

 

 

 これまで聞いてきたそれよりもずっと暖かく、柔らかく、優しい声で告げ、最高司祭様はその美しさを極めた身体でハァシリアンを抱き締めた。

 

 顔だけでなく、身体全体がこれ以上ない程の温もりと心地良さに包み込まれる。こんな心地良さを味わわせてもらえたのはいつ以来だっただろうか。少なくとも、ここ最近ではなかっただろう。

 

 あまりにも待ちわびた心地良さ。帰るべきところに帰ってこれたような安堵。泣き出してしまいそうな気持ちを抑えながら、ハァシリアンは答えた。

 

 

「それ以上褒めないでいただけますか。この身が爆ぜてしまいます」

 

「あら、私に褒められるのが嫌なの?」

 

「いいえ、嬉しすぎておかしくなりそうなんです。つい今も申し上げた通り、僕は貴女様の遺したご指示に従ったまでで、そこまでお褒めいただけるような事をしたわけではありません」

 

「違うわ。お前はこうして私に褒められるほどの事をやってみせたのよ。もっと自分のやった事を誇りに思いなさい、ハァシリアン。お前は本当に頑張ってくれたわ」

 

 

 謙遜しても謙遜しても、最高司祭様は褒めてくださる。本当に嬉しさのあまり身体が爆発してしまいそうだった。そんな気持ちを全身に巡らせながら、ハァシリアンは呟くように伝えた。

 

 

「僕は当然の事をしたまでですよ……でも、お褒めいただけて、ありがたき幸せにございます……母様(かかさま)

 

 

 最高司祭――母様がふふんと笑ったのが聞こえた。しかしすぐさま次の声が耳に届いてくる。

 

 

「でも、私はまだ完全ではないみたい。もう少しお前に仕事をしてもらわなきゃいけないわ」

 

「お力が完全ではない、という事でしょうか」

 

「そうよ。記憶こそお前のおかげで完全なんだけど、力はかつての一部だけしかないみたいでね。残りを取り返さなきゃいけないわ。そして、《最終負荷実験》への対策にも取りかからないといけない」

 

 

 ハァシリアンは口角を上げた。ついに母様の計画を最終段階へ移す時が来た。この時をどれほど待ちわびた事か。本当に待っていた事が多かったものだ。

 

 

「既に準備しておりますよ、母様」

 

「あら、本当に?」

 

「えぇ。こんな事もあろうかと、母様がお目覚めになるまでに準備しておいたのです。いつでも発動できますよ」

 

 

 母様はハァシリアンを胸から離し、笑んだ。美しさの中に強さの見える笑みだった。

 

 

「それじゃあ、取り掛かるとしようじゃないの、我が息子よ」

 

「仰せのままに、母様。システム・コール!」

 

 

 ハァシリアンは計画の最終段階を発動させる呪文を唱えた。

 

 

          □□□

 

 

 

「アドミニストレータの記憶情報……だって?」

 

 

 対策本部の母屋にて聞かされた話の中に登場した言葉を、キリトは繰り返した。

 

 今、対策本部の母屋には全ての整合騎士達と彼らを取りまとめる最高司祭クィネラ、及びその補佐官であるカーディナル、そしてキリトとその仲間達の全員が集められ、緊急作戦会議が行われていた。

 

 事の発端は、クィネラとカーディナルの二名によって進められていた、《カラント・コア》から出てきた種子の解析結果が判明した事だった。

 

 南帝国と北帝国でそれぞれエルドリエとデュソルバートが《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》にされた後に発見された、赤黒い色をした謎の種子。その解析をクィネラとカーディナルが長きにわたって行ってきたが、ついにその正体が割れたらしい。

 

 そしてそれが驚くべきものであったからこそ、クィネラとカーディナルは整合騎士達とキリト達全員を招集し、結果を報告してきたのだった。

 

 

「アドミニストレータの記憶情報って、どういう事なんだ?」

 

 

 キリトの問いかけに、クィネラが答える。

 

 

「そのままでございます。南帝国でキリトにいさま達が採られた種子は空っぽであったものの、北帝国で採られた種子の内部には《あの人》に関する記憶情報が入っておりました。思い出や印象……そういったものに言い換える事のできるものが、そこにあったのです」

 

 

 キリトは思わず首を傾げた。

 

 一つ目の種子には何も入っておらず、二つ目の種子にはアドミニストレータの記憶情報が入っていた。

 

 種子はそれぞれ南帝国と北帝国の《カラント・コア》から採られたものであるという事以外に違いはないはずなのに、中身が違うのは何故なのだろうか。

 

 その事を尋ねようとしたそこで、先に挙手するように声を出したのはメディナだった。

 

 

「最高司祭様、その種子というのはどのようなものなのですか。私はそれを詳しく見た事がないのです」

 

「こちらにございます」

 

 

 クィネラは丁寧な言葉遣いで答え、(ふところ)から(くだん)のモノを取り出した。クィネラの(てのひら)に載せられている、赤黒く禍々しい見た目をした種子を目にして、メディナは即座に驚いた。

 

 

「これは、《カラントの実》!? ハァシリアンが私と《冒険者達》を利用して集めさせていたものと同じです! 大きさは少し違いますが、ほとんど同じものです」

 

「やはりそうか。お主の『《カラントの実》を集めていた』という話を聞いた辺りから薄々思っていたが、その通りじゃったか」

 

 

 カーディナルが納得したような顔をすると、今度はグラジオが発言した。

 

 

「キリト先輩達が拾った種子と、メディナ先輩と冒険者の皆さんが集めてた実は同じ……って事は、あの《カラントの実》にもアドミニストレータの記憶情報が詰まってたって事なんですか。濃密な神聖力じゃなくて?」

 

「はい。ですが、メディナ様達が集められていた《カラントの実》にも、中身があるものとないものがあったはずです」

 

 

 クィネラが答えたところで、キリトはその内容について問いただした。

 

 

「中身が詰まってるのと詰まってないのがあるのは何故なんだ?」

 

「恐らくですが、その場所と、そこで散ったであろう人物によるものではないかと。南帝国の時は《カラント・コア》とその周囲の《カラント》から、かつてそこで命を落としたジャイアント族が現れ、北帝国ではかつての北帝国の皇帝であるカヨーデが現れておりました。

 このうち、ジャイアント族は《あの人》と何も接点がありませんが、カヨーデは皇帝。皇帝は年に一度最高司祭への拝謁(はいえつ)を行います。そのため、カヨーデは《あの人》に関連する記憶を持っておりました。それを読み取った《カラント・コア》が、これから生み出す種子の中にカヨーデの持っていた《あの人》の記憶情報を封じ込めたのではないかと推測されます」

 

「……って事は、ハァシリアンはアドミニストレータの記憶情報を集めていたという事になるわよね。いったい何のためにそんな事を?」

 

 

 シノンの疑問はキリトも思っていた事だった。ハァシリアンはアドミニストレータを蘇らせるべく、《カラントの実》を集めていた。

 

 そして、その《カラントの実》にはアドミニストレータに関連する記憶情報が詰まっていた。そこはわかるのだが、その集めた記憶情報を何に使うのかが全く読めない。

 

 頭の中に霧が出そうになっているキリトを横目に、クィネラが自信のないような様子で喋り出す。

 

 

「これも推測の域を出ませんが、もしかしたらハァシリアンの狙いは《カラントの実》や種子ではなく、《カラント・コア》に取り込まれて《EGO化身態》にさせられた整合騎士の皆様にあったのかもしれません」

 

「我々が、ですか?」

 

 

 ファナティオがきょとんとした顔をする。他の整合騎士達もほとんど似たような表情をしていた。

 

 その中、《カラント・コア》に取り込まれずに済んだベルクーリとレンリは目だけ動かして他の整合騎士達をきょろきょろと見ている。

 

 「オレ達は何か違うのか?」とでも言いたそうにしているように感じられ、キリトは苦笑いしそうだった。

 

 

「はい。整合騎士の皆様を取り込んだという事は、その行為自体に大きな意味があったと思うのです。《カラントの実》や種子に《あの人》の記憶情報があったという事から考えるに、恐らく皆様の中にある《あの人》の記憶情報を――」

 

 

 そこまで言いかけたところで、クィネラの声は唐突に切られたように止まった。

 

 皆が「え?」と声を漏らした次の瞬間、クィネラはその身体をびくりと言わせた。見る見るうちに顔が一気に蒼褪めていくのが見え、キリトは思わず驚いた。明らかに何か異変が起きている。

 

 

「クィネラ?」

 

 

 ふと声をかけた直後、クィネラは両手で自身の身体を抱き締めるような動作を取った。そこでようやく皆も驚き、母屋の一室に動揺が広がる。

 

 

「「クィネラ!?」」

 

「「クィネラちゃん!?」」

 

「「「猊下!?」」」

 

「最高司祭様!?」

 

 

 キリトとカーディナル、アスナとリーファ、ファナティオとエルドリエとデュソルバート、アリスの声はほぼ同時に発された。その他のキリトの仲間達もまたクィネラを心配する声を出し、整合騎士達は一目散に駆け付ける。

 

 

「猊下、どうなされたのですか!?」

 

 

 すぐ近くに居たファナティオが言葉をかけたところ、クィネラは消えてしまいそうな声で答えた。その身体を酷く震わせながら。

 

 

「……たった今、カセドラルの方から……とてつもない程に強く禍々しい心意を感じました。《あの人》のものです。《カセドラル・シダー》や《カラント》から感じられるものを何十倍、何百倍も強くしたような《あの人》の心意が、カセドラルから……!」

 

 

 周りの者達の驚きと動揺が一気に強くなる。カセドラルからこれ以上ないくらいに強いアドミニストレータの心意が感じられたという事は――。

 

 

「まさか、アドミニストレータが復活した……!?」

 

 

 キリトが恐る恐る呟くと、クィネラは顔を向けてきた後に(うなづ)いた。

 

 

「……間違いありません。《あの人》が蘇りました。やはりわたくし達はハァシリアンに(おく)れを取っていたようです」

 

 

 クィネラの表情には恐怖と悔しさの色が同時に存在していた。前からアドミニストレータの復活は防ぎようのない確定事項だと言っていたが、それでもクィネラにはアドミニストレータの復活を阻止したいという思いがあったのだろう。

 

 しかし結果はアドミニストレータとハァシリアンの勝ち。西帝国で見たハァシリアンが勝ち誇ったように高らかに笑っている光景が脳裏を過り、怒りが込み上げてきそうだった。

 

 

「《アレ》の取り憑き先だった最高司祭殿が今無事だって事は、《アレ》は最高司祭殿に取り憑く必要がなくなってるって事みたいだな」

 

 

 ベルクーリが冷静に分析するように言うと、リランが応じた。

 

 

「あぁ。カセドラル最上階での決戦にて、我がクィネラから切り離したからな。あいつは自分の肉体というモノを得て独立した存在だから、戦う際にクィネラの事を気にする必要はないぞ」

 

「確かにそうだが……」

 

 

 そうベルクーリが答えた直後だった。

 

 突然どこからともなく轟音が響いてきた。同時に地震にも似た衝撃が床を揺らし、母屋全体が小刻みに震えてミシミシと音を立てた。

 

 それまでただでさえ動揺で満たされていた母屋の部屋の一室が、更なる動揺と驚きの声で満たされるようになったのは、それから三秒程経過した時だった。

 

 

「何、何が起きたっていうのよ!?」

 

「何かが爆発したみたいですよ!?」

 

 

 リズベットとシリカが慌てながら言ったそこで、更に爆発音と衝撃が響いてきた。今しがた飛んできたものと同じものだ。

 

 キリトは飛び付くように窓の方へ向かい、窓を開放した。カンカン、カンカンという大きくて平たい金物を鳴らしているような音が飛び込んでくるようになる。それに反応したのはエルドリエとレンリだった。

 

 

「警鐘だ、警鐘が鳴らされているぞ!」

 

「まさか、また《EGO化身態》が央都に侵入してきたのか!?」

 

 

 周りの皆に更なる動揺が広がる。アドミニストレータが復活してしまい、これから対策と作戦を練らなければならないというのに、そこに《EGO化身態》の襲来が積み重ねられたらたまったものではない。

 

 (ある)いはそれ自体が復活したアドミニストレータの狙いなのか。そんな気さえしてくる。《あの悪霊》はどこまでも意地汚く、支配のためならば何でもするような奴だったのだから。

 

 

「ん……!?」

 

 

 その時キリトはとある異変に気が付いた。ここから少し遠くに位置するセントラル・カセドラルの白い外壁に溶け込もうとしているような同じ色をした何かが、複数動いているように見えた。

 

 なんだ、あれは――キリトは西帝国に行く前にクィネラに作ってもらった双眼鏡を取り出し、覗き込んだ。拡大率を限界まで引き上げたところで見えたモノに、思わず背筋を凍らせそうになる。

 

 それは人間だった。しかしその下半身は全てを隙間なく白銀色の鎧に包み込んだ、鋏と尻尾のない(さそり)の身体のようになっていて、複数の足で歩いている。

 

 上半身も鎧に包み込まれているが、頭部だけは(さら)け出されており、その肌は陶器のように白かった。目で確認できる特徴の何もかもが普通の人間からかけ離れている異形が、群れを成してセントラル・カセドラルの外壁を歩き回っていた。

 

 クィネラに取り憑いていた頃のアドミニストレータがダークテリトリーへ侵攻し、そこに生きる者達を根絶やしにし、ダークテリトリーも人界も焦土と更地にするために産み出した悪魔の発明。

 

 生きたままの人間を素材とし、その意思や思考の全てを奪い去り、金属と機械とを組み合わせる事で誕生する兵器。

 

 その名を、キリトは叫んでいた。

 

 

「機械人間!?」

 

 

 皆が一斉に驚き、キリトの方を向いた。そちらを見ていなくても、皆が視線を向けてきているのが感じられていた。その中でキリトは再度双眼鏡を覗き込んで、セントラル・カセドラルを確認する。

 

 やはり見間違いではなかった。機械人間だ。

 

 セントラル・カセドラルに突入した際に投げ出された外壁にて交戦する事になったそれとは下半身が異なる形のモノに換装されているという違いはあれど、同じ機械人間である事は違いなかった。

 

 

「機械人間ですって!? どこに、どこにいるというのですか!?」

 

 

 後ろからアリスの声がして、ようやくキリトは振り返った。アリスがすぐ後方で自分同様に身を乗り出していた。その周囲で皆が驚き切ったような顔をしているのも認められた。

 

 

「カセドラルだ。カセドラルの壁を這い回ってる!」

 

 

 キリトはアリスに双眼鏡を渡して位置を交代した。アリスは双眼鏡を覗き込み、カセドラルの様子を確認しにかかる。

 

 十数秒後、彼女は双眼鏡を離し、信じられないものを見たような顔でクィネラに呼びかけた。

 

 

「最高司祭様、機械人間です! 機械人間の大群が、カセドラルから央都へと雪崩れ込んできています!」

 

「なんですって!?」

 

 

 皆の間にどよめきが走った。キリトもその中の一人となり、思わず目を見開く。

 

 機械人間の大群が央都に流れ込んできているだって?

 

 あの機械人間の群れはただカセドラルの壁を這い回っていたのではなく、央都に向かっているというのか。

 

 キリトはアリスから双眼鏡を返却してもらうと、即座にもう一度カセドラルに群がる機械人間達の様子を確認した。

 

 ――アリスの言う通りだった。上半身が人間で下半身が蠍のようになっている機械人間達が、雪崩もしくは濁流のように央都に押し寄せていた。

 

 間もなくして人々の悲鳴、潰される家や建物の崩壊音、そして機械人間が放つ攻撃の轟音が聞こえてくるようになる。

 

 混沌が始まった。《EGO化身態》となったメディナが襲来した時よりも、大規模かつ凶悪な混沌が央都を包み込み、何もかもを呑み込もうとしている。キリトはそうとしか思えなくなっていた。

 

 その中で部屋の反対側の窓から身を乗り出し、神聖術でカセドラルの様子及び機械人間の姿を確認したクィネラがキリトとアリスにも聞こえる声で伝えてくる。

 

 

「あれは、ガーダーの陸戦タイプ……! それも、あんなに沢山……!?」

 

「アドミニストレータめ、あのような外道兵器をあんなに生産しておったのか!? あんなモノのためにいったいどれだけの民を犠牲にしたというのじゃ……!!」

 

 

 クィネラの後ろで同じ光景を目にしているカーディナルは激しい怒りが込められた声で言っていた。

 

 彼女の言う通り、機械人間は人界の民を素材にして作られる兵器。(おびただ)しい数の機械人間が確認された時には、既に同じ数の民が犠牲になっているという事だ。

 

 

「とにかく外に出るぞ! 対策本部の人員を総動員して、央都の人々を守るんだ!」

 

 

 ベルクーリの号令に皆頷き、出口へと急いだ。その中でキリトは窓から飛び、誰よりも早く外へと出た。

 

 すぐさまカセドラルの方角を確認する。あちこちから黒煙が上がり、空が黒く染まりつつあった。機械人間による蹂躙(じゅうりん)が行われているのは間違いない。一刻も早く止めに行かなければ――。

 

 

「きゃああああああああああああッ!!」

 

「ティーゼッ!!」

 

「このっ、ティーゼを離せッ!!」

 

 

 と思ったその時、悲鳴と怒号が耳元に届いてきた。どれも聞き覚えのあるものであり、頭の中で持ち主を探す。二人の少女、一人の女性の姿が思い浮かんだ。

 

 ティーゼ、ロニエ、ソルティリーナだった。

 

 

「ティーゼ、ロニエ、リーナ先輩!」

 

 

 キリトは一目散に声の発生源へと急いだ。

 

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